第8話

そもそも青山の屋敷にお菊が来たのは、さる大名との縁談に否と激しく抵抗したためだった。


主家に釣り合う家に嫁ぐ、それは武家に生まれた美しい娘なら当前の宿命だった。


しかしお菊は、夫となる大名が父親とさほど年の変わらぬ六十近い高齢なのを苦にして、気鬱となり床に臥せってしまった。


お菊があまりに嘆くので、父の丹波守が、青山家に皿と共に、しばらく預かるようにと命じたのである。


いわば青山はお菊のお目付け役を押し付けられたようなものだった。


だから、あの日、まだ夜も明けきらぬ薄明の中、雪の積もる庭に皿を抱いて庭先に立っていたお菊を見た時、逃げるつもりかと思った。


お菊はきちんと着物を着、髪を綺麗に結い上げ、一分の隙なく化粧をしていた。


お菊を逃がせば、青山の家はただでは済まない。


あの時の全身を激しく突くように突然燃え上がった情欲の正体を、どう説明していいのか青山にはわからない。


お菊を犯してでも、この屋敷から逃がすわけにはゆかぬと思ったのか、好色な翁大名家に嫁ぐ前に、一時でも若くまともな武家男子の体を知らしめてやろうとでも思ったのか。

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