第5話

昨夜、上半身を鞭打ち、拷問した下女の名は何だったか―。


元は門の前に捨てられた赤子だったのを先々代当主だった青山の祖父が屋敷に入れた者だ。


しんねりと無口だが働き者だった。


その下女、イヨだったかミヨだったかは、昨日、中庭の渡り廊下をゆく青山の前に躍り出て


「お借りしている大切な皿の一枚を私が割りました」


とひれ伏した。


「下らぬ嘘をつくな」


と青山は取り合わなかった。


しかしその時の女は強情だった。


「割った皿は中庭の井戸に投げ捨ててしまいました」


と言い張る。


やがて騒ぎを聞きつけてきた帯刀ら家臣にあれよあれよと女は縄うたれ、


「この者をどう致しましょう」


と青山は迫られた。


「儂に任せよ」


青山はこう言うより他なかった。


仕方なく青山は下女の体を責めた。


しかしどれだけ打ち据えても責め苛んでも、女は決して折れなかった。


女が繰り返したのは、これだけだ。


「割ったのは、私です」


皿を割ったのは青山とお菊だ。


だが、それを言って下女を赦すことは出来ない。


言えばお菊を切り殺したことが露われてしまう。


「やっていないと言え。


 皿など知らぬと言え!」


事実、皿は九枚が箱に納められており、女が割ったと言い募る皿などどこにもなかった。


どうしてあの下女は見つからない十枚目の皿が、すでに割れてしまったことを知っていたのか。


割れた皿は、お菊の袂に押し込んで井戸に沈めた。


誰にも見られなかったはずだ。


あの時、仕置きにささら竹を振るいながら、この女を殺したくないと青山は思っていた。


下女が皿を割ったと青山が認めてしまえば、下女もまた斬らねばならなくなる。


「やっていないと言え!」


どれだけ責めても皿を割ったと言い張る女を、ついに雪を被った松の木に吊るし、寒さに音を上げるのを待とうとその場を離れた。


屋敷の他の者には、


「儂がよいと言うまで、そのままにしておけ。誰も近寄ってはならん」


と命じた。


そして、いったん下女の元を離れ、主家へのどう申し開きをするか考えながら庭を歩いていた青山は、なぜか井戸の底に落ちていた。

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