第4話

足元の水は少しずつ少しずつ忍びよるように水かさを増している気がした。


今や青山は雪に溺れようとしていた。


或いは決して凍らぬ生きた井戸に食われるのか―。


恐怖に足をよじると、どぶっ、と空気の爆ぜる音がした。


まるでお菊の呼吸のようだと青山は思う。


二日前、お菊の死体を戸板に括り、重しをつけて、この井戸に放り込んだ。


その時、井戸には再び木蓋を被せ、荒縄で頑丈に閉じた。


戸板に括ったのはお菊を近くの川に流し捨てるつもりだったからだ。


だが、思っていたより川の流れが緩かった。


土左衛門が屋敷の近くで浮かんではまずいと思い直した。


井戸は沼のように大きく深い。


お菊を縛りつけた戸板は、水面にぷかりぷかりと浮き上がり、今、青山はその上に立っていた。


足に重石を括りつけ、縦にしたお菊と戸板はざんぶりと音を立てて、井戸の底に沈んだのを見届けたはずだったのに、なぜか戸板は浮き上がり、井戸の中で青山を乗せる筏となって揺れていた。


戸板にかけられた縄目が青山の足裏に食い込む。

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