第3話
お菊は皿と共に、青山の屋敷にやって来た。雪で洗われたかと思うようなその美しさに一目見て、思わず息を飲んだ。
あれは二日前、激しい雪の降ったその翌朝、厠へと起き出した青山は、白い庭に立つお菊を見た。
まだ日も昇りきらぬ薄明、しんしんと雪が降り続く中、お菊は一枚の伊万里の皿を胸に抱いて、白い着物姿でぼうと立っていた。
「何をしている」
と青山は声をかけた。
すると、あっと小さく声をあげ、お菊は体を捩って何かを隠そうとした。
「見せてみろ」
青山はお菊に歩み寄り、その肩を強く掴んだ。
その痛みにお菊のうなじがびくりと震えた。
次の瞬間、青山の裡でお菊への思いが爆ぜた。
「どこへゆくつもりだ」
青山は皿ごとお菊の体を抱きしめた、はずだった―。
しかしお菊は青山の腕から子兎のように逃げ、はずみに皿はするりとお菊の袂から落ち、庭石に当たって割れた。
丹波守にどんな責めを負わされるか―。
青山の頭によぎったそんな怯えが、お雪への怒りに化けた。
青山のこめかみにぶくりと浮いた青筋に気付いたお菊が
「お許し下さいませっ」
と雪の中に土下座する。
しかし言葉もなく、割れた皿を見つめている青山に、その言葉が響かぬと見てとるや、お菊はすぐにすっくと身を起こし
「どうぞ皿を割った不届き者として、私をお殺し下さい」
と青山の目を見据えて言った。
「そのようなことを儂がすると思うのか?」
「しなければ、私が父に讒言をします。
青山様が故意に皿をお割りになったと」
「本気か?」
「本気でございます」
二人は雪の中、途方もなく長い間、瞳に焔をたぎらせ、見つめあっていた。
「切り捨てられるまでは、ここを動きませぬ」
雪の冷たさにみるみる赤く染まるお菊の裸足の足裏がそう言っていた。
やがて、そうかと頷くと青山は刀を抜いた。
一時、俺の物になるよりも死ぬ方がよいか、それとも道連れが欲しいがために皿を割ったのか、わからんが―。
「ザシュッ」
松の枝の雪を払うような音を立てて、青山はお菊の首を落とした。
我ながら下らぬことをしたものだ。
お菊が思い余って井戸に身投げなどしないようにと、頑丈な蓋を被せたくせ、その自分がよもやお菊を斬り殺すとは。
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