第2話

ふふっ。


そこまで、話したメグミさんが不意に笑った。


「悲鳴をあげて起きたら、布団がぐっしょり濡れていたんです。


 大ちゃんちの実家の布団。」



それは、一体、なにで濡れていたんです?


私は、ごく真っ当な想像をしたが、それを口にするのは、女性に対して、さすがにはばかられた。


メグミさんは照れることなく、淡々と続けた。



「わからなかったんです。


 その夜、わたしは裸で眠っていました。


 布団の臭いを嗅ぐと、夢の中ほど、強烈ではなかったけど、水は青い緑の

 ような、奇妙な臭いがしました。」

 


布団をどうしたのだろうと、私が聞くまでもなく、メグミさんが続けた。



「わたしは、大ちゃんを起こして、『気が付いたら、布団が濡れてて』

 と訴えました。


 大ちゃんは、死ぬほど驚いて、そのあと、わたしの話をろくに聞かずに、

 キッチンに行って、オレンジジュースを持ってきて、布団に、びしゃっと

 かけました」



私ならどうするだろうかと考えていると、メグミさんは続けた。



「大ちゃんは、お母さんには


 『布団にオレンジジュースをこぼしちゃって』


 と言い訳したようですけど、その日からわたしは、大ちゃんの家を出入り

 禁止になりました」



それはご不幸でしたねと、私が言うと、


メグミさんは笑った。



「いえ、全然。


 ほんとは大ちゃんの実家に行く前から、わたしたち、うまくいっていなかった

 んです。


 わたしも、大ちゃんと結婚する気なんて、全然なくて。


 『母さんに気に入られるような女の子になれなれ』


 って、しょっちゅう責め立てる大ちゃんがうっとうしくて。


 『将来、僕の家族を、ちゃんと面倒みてほしい』


 とか、いつも聞かされるのが、ほんとにウザくって。」


私は返す言葉がなく、黙っていた。


「別れ話がもつれて、大ちゃんに首を絞められたり、逆に殴ったり、大ちゃんの

 浮気相手にストーカーされたり、そんなゴタゴタが続く間にも、例の、透明な

 イクラが全身にまとわりついて、沼に落とされる夢は、ときどき、続いて

 いました」



それは怖かったでしょうね。


そう私が言うと、



メグミさんは


「みどじい」


と呟いた。



「その臭い沼の水面にいるおじいさんのこと、わたしは、いつの間にか、

 そう呼ぶようになっていました。」



みどじい、私が口の中で繰り返すと


メグミさんは、


「あの卵の夢、正夢だったんです」


と続けた。

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