第11話 2017年

2017年。


今、マリーナは、生きている。


世界的に有名なアート・パフォーマーとして。



ところで、彼女の生まれたユーゴスラビアで1991年から2000年まで起きた民族紛争のことを知っているだろうか?


紛争の政治的な背景はここでは特に語らない。


この時に、民族浄化という名のもとに組織的なレイプが行われた。


セルビア兵はみな、クロアチア人の女性へのレイプを命じられた。


上官は言った。


「これは民族浄化運動の一環である」


と。


民族浄化―それは国家から異民族を絶滅させるという、途方もなく現実離れした思想だった。


だが、彼らはそれを実行した。いや、犠牲者の数からいえば、遂行したと言った方が正しい。


セルビア兵は、クロアチア人女性たちを逮捕し、『レイプ・死の強制収容所』に閉じこめて、一定期間組織的レイプを繰り返した。


既婚者も少女も区別はない、妊娠できる年齢の者はすべてが逮捕の対象になった。


レイプしても妊娠しない犠牲者は殺害された。


その殺され方も陰惨を極めた。


妊娠した犠牲者はそのまま収容され、想像を絶する精神的虐待や拷問を受けた後、

中絶ができなくなった時点(妊娠6カ月以上)で釈放された。


兵士は女性たちをレイプしながら、怒鳴り、叫んだ。


「いいか、お前たち、必ず、セルビア人の子どもを産むんだぞ!!!」


と。


その一方で、どうしてもレイプができないセルビア兵には、ポルノや麻薬をふんだんに与え、道徳観や倫理的抵抗感を喪失させ、レイプに必要な心理的身体的状況に追い込んだ後にレイプすることを強制した。


ボスニア政府によれば、この民族浄化という大義名分によって、35,000人の女性が妊娠させられたという記録がある。


男性がこの時、どうなったかも記しておこう。


クロアチア人の男性たちは、100ほどもある強制収容所でほぼ全員が惨殺。


民族の種を絶滅するために、お互いの睾丸をお互いに噛み切らせる拷問も行なわれたと伝わっている。


「女を、人と思うな。


 性的容器とみなせ!」


それがレイプ施政者たちの命令の際の合言葉だったという。



マリーナが、自分を物体にしてしまうパフォーマンスをしたのは、1974年。


彼女はインタビューでこう答えている。


「この作品は、自分に好都合な状況下で、人は、他人をいとも簡単に傷つける

 ことができることを明らかにし、反撃、防御しない人を非人間的に扱うこと

 が、いかに簡単であるかを示しました。


 ステージさえ提供されれば、大部分の『正常な』人間は、暴力的になる可能性

 があるのです」


マリーナは、アートという形を借りた実験によって、それを証明してみせた。



彼女は自分の祖国で、20年後に起こる悲劇を予見していたのだろうか?


あるいは、彼女は自分の望むように、すべてを行ったのだろうか?


あの空間は、すべてマリーナによって演出され支配された空間だった。


注射も、ナイフも、鎖も、拳銃も、弾丸も、すべて彼女自身のセレクトによって、

あの場にセッティングされたものだった。

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