第10話 1967年

チタさんは、お風呂の事件から10年後ぐらいに、ある日、突然、村を出て行った。



理由がある。


仕事がなくなったのだ。


うちの旅館は、老朽化が進んで、土地を売って廃業した。


これは、長男の私が、東京の大学に行き、旅館を継ぐ意思がなかったのも大きい。


同じころ、キュウドウさんも、自動車事故で亡くなってしまった。


よく知らないが、キュウドウさんは、当時、40半ばくらいだったのだろうか。


そのころ、40近くになっていたチタさんは、相変わらず綺麗だった。


そして、ダムの調査だとかで出張で村にやって来た妻子持ちの男と、出て行った。


私は東京で、その話を聞いたとき、


(なんだ、チタさんは別に村に縛られていたわけじゃなかったんだ)


と拍子抜けしたような気がした。


でも、なんでよりにもよって、妻子持ちなんだ?


チタさんなら、独身のどんな男でも捕まえることができたろうにと不思議な気がした。



それから2年後、チタさんはひょっこり村に戻ってきた。


重い乳がんに冒されて。



聞いた話によると、チタさんは、乳がんになったことがわかると、自分がお手伝いをしていた永野加奈さんの家に、電話をしたという。


「病気になってしまったので、家に置いていただけないでしょうか?」


加奈さんは、チタさんを家に引き取り、死ぬまで世話をしてやったという。


チタさんが死ぬ直前、東京の俺のところに、チタさんから1通の手紙が届いた。




その手紙には


「待ってたもの、ついに来たよ。


いいもの、用意して待ってる」


と韓国語で書かれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る