第5話 1974年

その男にハサミを渡したのは、彼の妻だった。


「洋服を切るだけでいいの」


妻の囁いた言葉に、男は頷いてマリーナの服に背中からハサミを入れた。


会場を包んでいた、


胸元から切り裂け!


という期待はその男には重すぎるようだった。



けれど、「マリーナの裸が見たい」


という一度、火が付いた欲望は、瞬く間に会場全体に燃え広がった。



数名の男たちは、マリーナの体を抱え上げ、テーブルの上に載っていたワインやパン、拳銃といった道具を乱暴に手でどかすと、テーブルに彼女を横たわらせた。


数枚、用意されていたカミソリは、すべて男たちの手の中に収まり、マリーナの服は、次々に切り取られていった。


マリーナは脚を開かされ、その間には下着のすぐそばにまで刃先を近づけて、ナイフが置かれた。


やがて、体は、鎖でがんじがらめに縛られ、殴られ、傷つけられた。


柔らかい肌には、壊死したような青アザと切り傷が次々に浮かび上がった。



パフォーマンス開始から4時間が過ぎた―。


マリーナは全身にワインを浴び、喉を切られ、その血を男たちに吸われていた。


「もしかして、レイプや殺人が見られるのかしら?」


妻が嬉しそうな顔で、私に囁いた。


「あなたは、何かしないの?」


妻の目は、テーブルから払い落とされた、鉄の棒や注射器、割れたワイングラスといったものに釘付けになっていた。


「見るだけにしておくよ」


私がそう言うと


「そう、もったいなくない?」


と妻は残念そうに言った。


このギャラリーイベントの参加者は、みなそれなりの収入を持ち、医者や経営者、学者など社会的な地位の高い人間ばかりのはずだった。


もちろん、その配偶者たる妻もほとんどが美しく、レディ、淑女として申し分ない資質を備えているはずだった。


時間に対して、もったいないと思う感覚はあっても、無抵抗の女性を自由に傷つけることができる場において、「しなくてもったいない」という感覚などないと思っていた。


しかし、妻は、ぺろりと舌を出して、声を潜めてこう言った。


「私も女じゃなかったら、何か道具を使ってみたいのに」

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