第5部~最後の契約~

プロローグ

 すべて、わかっていた。

 空間の結合という大きな計画が企てられていたこと。その計画が実行に移されるということ。成功してしまうということ。成功の果てに、失敗だと判断されること。

 そのすべてを、時の神であるメチ・エクルディは知っていた。

 知っていながら、傍観者としてそこにいた。

 トリアが人間界に行くことになったあの日。メチはトリア、エスト共に食事をしていた。

 食事の最中に計画が実行されると、エストはメチに言わなかった。エストも、メチが知っていることを知っていた。

 そこで止めればよかったのだろう。初めからメチの役目は一つだけ。

 自らが起こした問題の後処理担当。時間を巻き戻すことによって、起こった問題をなかったことに変える。その時に生じる矛盾は、時間の流れが勝手に辻褄を合わせる。

 世界が反転したあの日。トリアがいれば死者を出さずに勝てた戦い。そのタイミングでエストはトリアを人間界へと送り、その後でメチに時間を戻させた。

 戦いは起きた。だが、死者は出なかった。死者はいないが、一人の天使族が消えた。

 どうして、止めることが出来なかったのだろう。なぜ、大丈夫だと思ってしまったのだろう。

 未来が勝手に訪れるということを、どこか忘れていたのかもしれない。トリアが人間界に行っても、戻ってくる。こんなくだらない計画も、直ぐにぼろが出て、失敗して、諦められる。

 そう、思っていた。思っていたかった。

 メチは未来を知っていた。そうはならないことを知っていた。

 今もこうして、失敗という形で結合は成功した。世界は誰かさんの予定通り一つになったのだ。

 そして、神も変わった。エストからトリアへと。

 そのトリアが新しくゲームを始める。倒れる。眠りにつく。そして、まだ誰も知らないその先の未来。

 それすらも、メチだけは知っている。

 トリアは神々が空間の分裂が行われるその時まで眠るつもりでいる。しかし、その時は来ないし、トリアはそれよりももっと早く目が覚める。

 その先のことは、いくつにも分岐が見える。だが、どの分岐でも、彼は笑っている。笑って、自分の境遇を受け入れる。

 もしももっと早く、自分が計画を止めていれば。そんなことばかり考える。

 自分の行動で何かが変わるのかは分からない。少なくとも、今のように苦しむだけの未来は来ない。

 そして、自分にはそれが出来た。魔力を行使し、メチだけが過去に戻り、未来を変える。

 出来たはずのことを、しようとしなかった。

 時の神とは時間を管理する神。第三者が時空に干渉しないかを見張り、いれば対処するだけの存在。自分の判断だけで、世界の時間を巻き戻してはいけない。神が私情を挟むなど、ありえない。

「なら、私情ではなく。仕事として、私からの依頼を引き受けて頂けませんか?」

 背後から声がした。聞き覚えのある女の声。

 その声はメチしかいない、この白く広い空間にはよく響いた。

 メチがいる以外には何も無いその空間。神の島『エデン』に建てられたメチの職場。それが『時の間』だ。

 一般の住民が立ち入ることができる場所ではなく、メチに話しかけてきたその女も、もちろん一般の住民ではない。

「お待ちしてました。日本の神ナデシコ様」

「やはり、気づいておられたのですね。いや、貴方様の場合、わたくしがここに来るのも分かっていたのでしょう?」

 ナデシコはそう言いながら近寄り、メチはそれに向かい合う。黒髪、背は低く、白い巫女服姿いつも通りのナデシコ。その瞳には、強い意志が宿っている。

二人は十メートルほど離れて歩みを止めた。

「私には、出来ませんよ」

 先に口を開いたのはメチだ。それに対してナデシコはきょとんとした。それから、メチの発した言葉が、これからナデシコが話そうとした事の返答だと気づくのに時間はかからなかった。

「わたくしが言わずとも、わかっているのですね?」

 メチは静かに頷いた。

「しかし、出来ないというお答え。それは嘘ですね?」

「お言葉ですが、真実です」

「シラを切るおつもりですか?」

「世界そのものの時間を巻き戻す。それは不可能だと私は申しているのです」

 ナデシコの瞳に動揺の色が見える。

「貴方様は時の神でしょう?」

「神が万能ではないと、ナデシコ様なら分かるはずです」

 ナデシコは何か言いたげにメチを見る。どこか落ち着きなく、メチの言ったことが事実であるとその瞳が告げていた。

「私がお伝えしたいことはそれだけです。早く集会へ戻り、神々にそうお伝えください」

「できません」

 キッパリと、ナデシコは言った。

「貴方様を集会へ連れていけば、嘘か真かも分かります。私と一緒に、来ていただけますね?」

 自分一人では解決できないから他に助けを求める。しかも強行手段で。

 両手で薙刀を構え、ナデシコは先端をメチに向けた。

 この未来は、避けられないようだ。

 はぁ、とひとつため息をこぼし、メチは魔導書を手にした。

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