第4章~異常事態に発生するバグ~

 時刻は午後6時。いつものようにゲームは始まった。

 各プレイヤーは仮想空間へと飛ばされ、そして驚愕した。とあるものは目を見開き、とあるものは口を開けたまま呆然とする。

 予兆はあった。

 4組のチームに対して相手はチームでもないたった2組。これを知った時点ではまだ、今までにないほどの強敵なのだろうと思っていた。

 それが間違いであったことにようやく気付いた。いや、気づかされた。

 戦闘フィールドは日本の古都、京都のはずだった。だが、実際に現れた場所は、巨獣族の里『セッコールディナ』だった。

 事前に与えられていた場所とは異なる場所。

 これは異常だ。始まって間もないゲームに何かが起こっている。それが何なのかは、この時はまだ、誰も知らなかった。




「いきなり撃ってきやがった!?」

 光り輝くレーザービームを後方に見送り、ゾイルは驚きと共にそう言い放った。

「・・・距離は?」

 レーザーの飛んできた方角を凝視して、ゾイルの脇に抱えられた優衣は聞く。

「少なくとも、10キロは離れている。どんなに頑張ったところで、お前の斬撃は届かない」

「・・・むー」

 端末を操作して確認、開始と同時に地図を見て撃ってきたのだろう。

 おまけに聞こえた『目標。補足完了』の声。間違いなく機械族、ソル・マスケアー。

「優衣、今回の力は?」

「・・・『アイ・エンチャント』。目にかけるバフ」

 優衣の持つ魔鉱石は、このゲームでのみランダムで効果を発揮、契約しているゾイルも少しだけ恩恵を受け取れる。

 暗視と熱変化の読み取りを行うことが出来るというのが今回の効果。まずまずいい方だろう。

「・・・ん、くる」

「わかってるよ。『アドヘッション』」

 視界の端にこちらへと向かってくる何かを捉えた。それにめがけて魔力を発動。ゾイルの指先から放たれるのは粘着剤だ。厳密にいえば、薬品と酸素の反応で出来上がるものだが、難しい話は省略する。

とりあえず、当たった相手の動きを鈍くするものだ。相手は機械族であり、各関節のどこかに当たればいい。

「・・・当たってないよ?」

「思っていたよりも速いな」

 目で追うので精一杯。確実にとらえることが出来ていない。その距離はぐんぐんと縮まっていく。

「魔神族、ゾイル・テイヌ。戦闘能力12,500。コントラクター、神谷優衣。戦闘能力、9,300。確認」

 独特な機械音声をこぼしながらソルはゾイルらの目の前で制止した。

「敵データ更新。接触を開始」

 機械の無表情な顔が、不自然なほど明るい笑顔に変わる。

「初めまして。魔族ども」

 独り言の独特な声とは打って変わり、自分たちと同じように流暢な言葉遣いに。

「わたしは『全種族掃討殺戮兵器』ソル・マスケアー。今回のあなた方の相手です」

 機械に見合わない優雅な動作でソルは言う。

「・・・あなた、何者?」

 ソルの異常性に優衣は真っ先に気付いた。彼女、いやこの機械には、ゲームのプレイヤーであることを示すバングルがついていなかったのだ。

「わたしの任務はあなた方を殺すこと。あなた方はわたしを殺すことで次のステージへと進むことができます」

 淡々とした説明。だが理解できた。

 言うのなら、こいつは刺客。本物のゲームで言うところの中ボス的な存在であるのだろう。でなければ、この状況をちゃんと理解できるような理由がなかった。

「始める前に一つだけいいか?」

「どうぞ?」

 本当はもう始まっているのだろうが、問題はそこじゃない。

「もう一人の奴もそうなのか?」

「はい。わたしと同じ、神より派遣された者」

 神が送り込んだという事実に驚きこそしたが、表情には出さなかった。

「終わりですか?」

 代わりに浮かべたのは、笑み。

「あぁ、終わりだ」

 ゾイルから見れば右前方。ソルから見れば左後方からジグザグに光の線を描く雷が放たれた。

 それはソルへと直撃した。空中をホバーしていたソルはその機能に支障を来したのか、姿勢を保つことが出来ずに落下した。

「呆気ないですね」

 一匹の雷鳥が目の前に降り立った。その上には孝光もいる。

「珍しいな。お前がこっちの姿とは」

 普段は人間の姿をした絵美が今回は本来の姿である雷鳥、即ちエミリーとしてここにいた。

「本来の姿の方が魔力を扱いやすいですからね」

 鳥の表情と言うものはかなり読み取りにくいものではあるが、得意げであるということは確実だった。

「話は聞かせてもらったよ。僕たちも今回はこっちにつく」

 孝光は言いながら地面に何事もなく立ち上がるソルを睨みつけた。

「不意をついても無傷、ですか」

「それはちょっと違うな」

 どういうことですか?と長い首を傾げたエミリーに、ゾイルは一瞬だけ感じた違和感を説明する。

「あいつ、お前らに気付いていたんだよ」

「わかっていて、あえて僕らの攻撃を受けたって言うのかい?」

「あぁ、そうだよ。見てみろよ」

 雷が直撃し姿勢を崩して落下したソル。にもかかわらず、体を反転させ、何事もなく着地。そして、今も何事もなく動いている。

 攻撃を受けた機械族がすること。

「解析してるんだよ。お前らが、本当に危険な相手なのか、そうじゃないのか」

「雷獣族雷鳥種エミリー・ドガットルート。戦闘能力7,200。コントラクター東孝光、戦闘能力3,200。現在破損率0%」

 早口の解析結果をぎりぎり聞き取ることが出来た。

 機械族は独自の解析力、膨大なデータを持つ。ゆえに、一度見せた攻撃はほとんど当たることはなく、逆に避けるのが困難なほどの攻撃を仕掛けてくる。

 瞬間解析で相手の行動を読む。

 こちらにも優衣という読みが深い存在がいるが、ソルの読みは、さらに広い。

 そして、機械族にはもう一つ。普通の生物には持たないものを持つ。それが―

「消えた!?」

 孝光の驚きの声を発す。

 自身の姿を光の屈折隠す力、ステルス。

 先ほどまでそこにいたはずのソルの姿はそこにはなかった。

「優衣、目を変えろ」

「・・・目?」

 普通ならステルスを使ったやつを視認するには特殊な魔道具が必要だ。そんなもの、普段から持ち歩いているはずはなく、何もなければここで終わっていたことだろう。

 今回は、優衣の恩恵がうまい具合に働いてくれた。

「・・・あ、いた」

 さっきいた場所から少し離れたところに奴はいた。

 両腕は長い筒・・・砲塔へと変形し、空中にいる4人へと照準が定められていた。

 完全な死角から攻撃するつもりだったのだろう。それを、ゾイルらは破ることとなった。

「優衣、行けるか?」

「・・・うん。思いっきり投げて」

「よしきた」

 返事と共にゾイルは右手で優衣を抱きしめ直し、思いっきり振りかぶってそのまま放った。

「えぇぇぇえ!?」

 驚く声が耳に響くが、何も見えない二人にとっては、何もないところへゾイルが幼女を投げたという構図でしかない。

 弾丸のようなスピードで放たれた優衣。スピードがあるため、目を開けていられないのが普通だが、ここでも恩恵は働く。

 どれだけ目を開けていようとも乾くことがない。風の抵抗も受けやしない。

 このゾイルと優衣の行動は、ソルにとってはまだ想定の範囲内だった。

 ゆっくりと照準を優衣へと合わせて魔力を集中させた。

 それに対して優衣も今まで使ってこなかった魔力を発動することにした。

「『クリエイトウェポン タイプ:アタッカー』」

 優衣の手に出現したのは、カッターナイフの刃のように角張った剣が片手にそれぞれ一本ずつ。

 ダークネスの魔力を混ぜたのか、優衣の背丈ほどの刃は黒く輝き、その柄は短かった。

「発射」

 姿を現してレーザーを放つソル。優衣は慌てる様子もなく冷静に対処する。

「・・・切る」

 右手を前に、左手の剣は逆手で持ち己の体を縦に回転させる。そして、言葉通りレーザーを切り裂いて進んでいく。

「出力上昇」

 優衣の対処に、ソルは威力が足りないと判断したのだろう。レーザーの勢いと輝きが増すが、それでも優衣は止まらない。

 それを見るや、ソルの攻撃法も変わる。

「アタッカーシフト。ウェポン、ダブルソード」

 優衣がソルに切りかかろうとしたまさにその瞬間、レーザーは消え、両腕が片刃の長剣へと変化。襲い掛かる優衣を押し返した。

 くるっと空中で一回転し地面に着地した優衣は、左手の剣を持ち直し、二つの剣に魔力を込める。

「『クロスブレード』」

 優衣が剣を振ると同時に、二本の剣から闇の斬撃が放たれる。

「魔力データコピー・・・、ペースト」

 ソルはすぐさまそれを解析。同等の斬撃を放って相殺した。

 優衣の次の反撃はない。ソルはそう判断し、自身の背後に背を向ける。

 そこには静かに忍び攻撃を加えようとしていたゾイル。

 自身の剣をソルの関節部分めがけて振るう。が、ソルの生物ではありえない間接の動きにより、ソルの腕が半回転。攻撃を受け流す。

 力の行き場を失くしたゾイルの剣は、しかしその勢いを利用して優衣の横まで移動する。

「完全に気配を消したつもりだったが」

「・・・無駄口、後。次、くるよ」

「へいへい」

 気づけばソルの腕が砲塔に戻っていた。

 ゾイルと優衣は左右それぞれに跳躍。間一髪で放たれたレーザーは二人の間を通り過ぎる、かのように思われたが、一本だったものは二本に別れ、追尾してくる。

 ゾイルはそれを剣で上方へとはじく。

「危ないじゃないですか!」

 何やらエミリーが騒いでいる。どうやらはじいた先にいたらしい。

「そこにいるのが悪い!」

 剣を握り直し、視線を優衣へ。どうやら問題なく対処できたようで、ソルを見据えていた。

 一歩踏み込み、二歩目で魔力を足に、三歩目で前方に跳躍しソルとの距離を詰める。

 頭でそう思い浮かべ、実行しようとしたその最中、一筋の光がソルへと向かった。

「あなたたちだけの獲物じゃありませんよ」

「僕らだって、戦える」

もちろんエミリーと孝光なのだが、ゾイルと優衣は揃ってにらみつける。

「邪魔すんな」

「・・・私たちの、見つけた獲物」

 さっき想像したとおりに二人よりも早くソルへと距離を詰め剣を横に一振り。がっちりと受け止められたその背後から今度は優衣が飛び出す。

 それを先読みしていたソルは迷うことなく左腕の砲塔を優衣に向けて発射。

 左腕の剣を横にしてそれを防いだ優衣は、体を捻り逆手に持った右手の剣をソルの首筋めがけて振るう。

 が、それも空を切るだけにとどまり、ソルには届かなかった。

 背中のジェットパックの噴射口をこちらに向けたソルが強引にこちらとの距離を開けた。

 すかさず優衣はソルの背後から迫るように軌道を変更した斬撃を二本、追尾を二本を放つ。

 ソルはぎりぎりまで動かず当たる寸前で飛翔。四本の斬撃はそれぞれが相殺して消滅。

 エミリーと孝光は、あぁ、と残念そうにする。が、

「まだまだだぞ。あいつの恐ろしさはな」

 と、ゾイルは優衣を見て呟いた。

 今まで傷をつけることのできなかったソルの脇腹に小さな切れ込みが入った。

 ゾイルと優衣はわずかに口元を歪ませて笑う。






 どうやら3回目の今回は選別らしい。

 自分たち以外のステージでも同様のことが行われているそうだ。

 すなわちこれは、ゲリライベント。

 数回勝ち上がるために行われるが、そのタイミングはランダム。コントラクターは存在せず、ステージも事前に提示されたものとは異なる。

 チームの対応力までもが観察対象。

急に現れた環境でいかにして勝利をつかみ取るのか。

即興性とチームの底力が試される。・・・はずだった。






 巨獣族の里『セッコールディナ』岩山地帯。

 標高およそ1,000m。草木が一本の生えず、岩肌が剥き出しとなったはげ山の頂上。

 円く平らに広がったその場所の中央に一体の鬼。全長10m。全身が黒い煙のような魔力に覆われ、大きな牙を口にしまいきれていない凶悪な顔。

 頭には生物を串刺しにするのも容易いであろう鋭い角が2本生えている。

 名をヘイブ・グラージュというこの怪物は、間違いなく今回の対戦相手だ。

 彼から今回のゲームについて聞いたものの、その体のせいで内容が全く入ってこない。

「写真と全然違くない?」

 隣にいたメルスに思わず訊ねた。

「どう考えても魔力の影響だとは思うけど、嫌な予感がするよ」

 いつになく緊張したように言うのだった。長いこと戦いの中に身を投じていたという彼女すらも緊張するような相手。今一度、気を引き締める必要がある。

「最後に聞くぞ。身を引くつもりはねぇか?」

「ないね!」

 玄魔たちから少し離れて降り立つネアがヘイブにそう返す。その後ろには既に莉佐が弓を引き、ネアは剣を構える。

 戦闘態勢だ。

「まぁ、そうだろうな」

 ヘイブは静かに呟き、眼光を鋭く向けた。

 莉佐が光り輝く矢を放つ。天使族であるネアの魔力をそのまま使っているため、魔族に対して絶大な威力を誇る。

「『シャドーウルフ』」

 それに対し、ヘイブは魔力で2mほどの黒い狼を数匹召喚。光の矢へと喰らいつく。

 宙を駆ける黒い狼たちはあらゆる方向から光の矢を襲い、貪り、光は消えた。役目を果たした狼は従順に主であるヘイブの下へ戻っていく。

「光が闇に負けるなんてね」

「珍しいことじゃないよ。ぼさっとしてないで私たちも行くよ!」

「りょーかい」

 メルスは空気中に溶け込むように視界から消えた。

 役回りとしては玄魔があいつの注意を引き、メルスが死角から強烈な一撃を叩き込む。

 足に魔力を込めて高く跳躍。同時に手足に武器を纏わせる。

「『暴樹龍のかぎ爪』」

 かつて、『龍化』していた時のような長く鋭いドラゴンの爪。

 素材は鋼質化した植物。実際にアーウェルサに存在する木の皮らしく、近接タイプの妖精族は主にこの植物を自分好みに変形させて戦うらしい。

 玄魔の場合は、前の能力をいまだに忘れることが出来ず、龍の爪を模した。

 鋼質化した足で宙を蹴って加速。両手の爪を振りかぶって鬼の目を目指す。

「あめぇよ」

 ヘイブはこちらの思惑にすぐさま気付き、何処からか取り出した大剣を振るった。

 咄嗟に両手の爪をクロスしてガード。腕に微かな衝撃。じわじわと押し返される。

 だが、玄魔の役目は、こんなにも簡単に果たされるのだ。

「・・・何が甘いって?」

 ヘイブの背後から声が響く。かと思えば、ヘイブの四肢、胴体、首にまで緑色の蔓が巻き付いて行く。

「『エントワインドヴァイン』」

 勝ち誇ったような笑みを浮かべ、メルスはヘイブの目の前に姿を現す。

 こんなもの、とヘイブは体を捩る。が、体に巻き付いた蔓はほどけるどころかより強く締め付ける。

「あまり動かない方がいいよ?蔓についた棘があなたに食い込めば食い込むほど、あなたの魔力がなくなっていくんだから」

 徐々に力を失い、両手の爪で大剣をはじく。そして、その大剣を足場にし、玄魔は尚、眼を目指す。

 大剣を思いっきり蹴飛ばし跳躍。今度は何にも邪魔されることなくヘイブの左眼球に爪が突き刺さる。

 だが、奴はうごかなかった。ピクリともしなかった。

「てめぇらの存在が、甘いつってんだよ」

 ギリギリと歯ぎしりの音が聞こえた。何かが、来る。

 慌てて爪を抜こうとする。抜けない。まるで向こう側から掴まれているかのようにがっちりと刺さってしまっていた。

「たったこれしきのことで、俺に勝てるとでも?舐められたもんだな」

「玄魔!引け!」

 ネアが叫んでいた。

 もちろんそのつもりだ。全体重をかけ、爪を抜こうとしても、それでも動かない。

 そうしている間にヘイブは魔力を高めていた。

「『シャード―フィッシュ』」

 こちらを取り囲むように現れたのは宙に浮く、いや、空中を泳ぐ魚の群れ。大きさも見た目もまるでピラニアそっくりだ。と、同時に鳥肌が立った。

 その魚には、ピラニアよりも鋭い牙が口に収まっていた。

 このまま爪を抜こうとすれば魚群の餌食になる。多少魔力がもったいないが爪の装備を解除。ヘイブを軽く蹴って離脱。それに合わせて魚群は動き始める。

 始めの数匹は足の爪で何とか対処。しかし、あまりの数の多さにすべてを防ぐことは到底不可能だった。

 多少のダメージは覚悟しよう。

 体を前に倒し急速に落下。いくらかは振り切れたが、やはり数体は脇腹、腕、足へと噛みついてくる。

「グッ」

 痛みを何とかこらえながらも地面が近づき、着地しようと態勢を変える。が、痛みのせいでうまくバランスが取れない。

 あ、やばいかもこれ。

 コントラクターの身体能力である程度は耐えられるかもしれないが、何本か骨がやられることだろう。

 だが、そんな予想とは裏腹に、ふわふわの何かに包まれた。

「『モスカーペット』まったく。何やってんだか」

「ごめん」

 どうやらこの柔らかいものは苔のようだ。その割にふかふかしていて眠くなる。

「はい!起きる!」

 ふっと苔のクッションはなくなり固い地面に。

 気づけば服は破れたままだが、噛みつかれた時の傷は塞がっていた。

「ダメージはなし、か」

 メルスはヘイブを見上げて言う。

 慌てて起き上がった玄魔も奴を見据える。

 メルスの言う通り傷はない。こちらの爪は確かに刺さったはずなのに。その鋭い眼にはその痕跡すら残っていなかった。

 複雑に絡まっていた蔓も狼が引きちぎりあまり効果はないように見える。

「魔力の塊ならもう少し小さくなっていても不思議じゃないんだけどなぁ」

「大丈夫かい?」

 どこか不安げなメルスにネアは声をかける。

「やっぱり手強いね」

「わかっていたことさ。勝つには連携が必要不可欠さ」

 敵は一体でこちらは4人。数の利はこちらにある。

「あたしとメルスで攻める。莉佐と玄魔は援護を頼む」

「「了解」」

 返事と共にそれぞれが散った。

 玄魔と莉佐は後方へ跳躍し敵との距離を大きく開ける。ネアとメルスは自身の翼でそれぞれ敵を挟み込むように距離を詰める。

 対して、ヘイブの周りには黒い魔法陣が浮かび上がっていた。その数、10は下らない。そのそれぞれから、闇に染まった獣たちが姿を現す。

「『シャドーパティ―』」

 狼、魚群に加え、蛇、蜂、闘牛、ヤモリにカラス。いずれも大きさは2mを超え、総数はざっと100を超える。

 が、所詮はただの動物。ひるんではいられない。

 与えられた仕事は援護。ネアとメルスが攻めやすいように道を作らなければならない。

「いくよ、莉佐さん!」

「オッケー!暴れちゃおうか!」

「『エントワインドトロン』」

「『アニ・イラシオン・レイ』」

 まずは自分の発動した魔力で、動物たちを巻き込んで木を生やす。そこに莉佐が放つ浄化の光で殲滅。

 一瞬だけ出来た道を通りネアとメルスはそれぞれ首筋を狙った鋭い一撃を放つが、ヘイブにはあたらない。

 新たに現れた蛾の大群によって阻まれた。

「そんなんで俺を止められるわけねぇだろ」

 捕らえては殺し、何度もヘイブに向けて攻撃を向ける。それでも、倒した以上の獣が次々と召喚される。

 むしろ、殺すよりも早いスピードで増え続けていた。

 魔力による拘束は既に追い付いていない。ならば、戦い方をかえるしかない。

 さっきのように爪を両手両足に再度装備。莉佐は装備していた弓を、見たことのない二丁銃に変形させた。

「「はぁぁぁあ・・・」」

 お互いに魔力を高め、玄魔は足に、莉佐は背に充填。発現。

 爆発にも似た足音を後方に残して高く跳躍し獣の群れに飛び込んだ。

 手足合わせて20本の爪を駆使し、四方八方からやってくるカラスへと切りかかる。死体を蹴り次へ、次へと。地面へと落下する前に跳躍を繰り返し二つに裂く。

 莉佐は背に天使族のように白い翼を背中から生やし空に。手にしていた二丁銃のトリガーを引き、宙にいる獣たちを次々と撃ち落としていく。

 弾は光の魔力。リロードは必要なし。連射性能は高いものの一つ一つの弾の威力は低い。

 それでも、相手は闇であり相性はいい。宙にいる獣を落とすだけなら他愛もない。

 二人ともあまり長くは持たないが、確実に獣の数を減らしていた。

 少なくとも、そう思っていた。

 しかし現実は、殺した数と同じ量の獣が増え続けていた。

「キリがない・・・!」

 メルスは目の前の蛾を切り裂いてそう呟く。

 獣たちはヘイブを取り囲んで壁を作る。おかげでヘイブに攻撃が通るどころかまともに近くまで行くこともできやしない。

 加えて、ヘイブはこの戦闘が始まってから一歩も動いていない。何を企んでいるのかも、わからなかった。

 ただ一つ分かることとすれば、以前とは比べ物にならないほどの魔力を持ち合わせているということ。

 この巨大化だってそうだ。こいつには、こんなことが出来るような魔力なんて持っていなかった。

・・・何かが決定的におかしい。

 ネアはこの異常性に気付いているのだろうか。

 背後から迫っていたカラスの翼を切り裂き、少し離れた彼女に目を向けた。

 メルスが感じた異常性に、もちろんネアは気づいていた。

「『ディスパッチ』」

 魔族に対してのみ効果を発揮する光が山全体を包み込む。すべての獣はそれに呑まれて消滅したが、やはりヘイブだけは無傷で残った。

 さらに、消えた分だけ新たな獣はやってくる。

 ヘイブ本体には一切のダメージがない。いや、そんなことはあり得ない。そう見せているだけか、それとも。

「これは・・・、『ファントム』か?」

 ネアは一つの仮説を立てる。

 幻影の魔力『ファントム』。『サモシオン』同様データの少ない魔力の一つだ。

 奴がこの魔力を使えるという事前情報はなかった。ポーション等による付加魔力と見ていいだろう。

 奴が『ファントム』を使っているとすれば、あのでかぶつに一切の攻撃が通らないのもうなずけてしまう。

 あのでかぶつ自体が幻影。そうだとすれば、本体は一体どこにいる・・・?

 迫りくるカラスたちを捌きながら周囲へと目を光らせる。

「・・・あの中か?『四方結界』」

 巨大なヘイブの四方を光の結界で囲み、

「『バニッシュ』」

 重ねて魔力を発動。結界の中が光に包まれ、消失する。残ったものは、なにもない。

「はずれ、か」

 このはげ山には物陰と言うものがほとんどない。可能性としては自身の幻影に姿を隠している、そう思ったが。

「ネア!後ろ!」

 瞬間、メルスが叫んだ。

ネアは咄嗟に振り向き、それと同時に剣を抜いた。

 周囲に耳障りな金属音が鳴り響く。

 音もなく迫っていたのは一本の矢だった。

 一体どこから?矢が飛んできたコースを推測する。

「見つけた」

 撃った本人は、カラスの群れの中。

 端末で見た通り、短い白髪に二本の角。手にしていたのはクロスボウだった。

 飛行している獣たちの間を潜り抜け、本物のヘイブめがけて剣を振る。

 ネアの持つ剣は確実にヘイブを捉え、肉を切り裂いた、ように見えたが、まるっきり手ごたえがない。

 また幻影か。と思っていると、左後方からまた金属音が響いた。

 今度はメルスとヘイブが剣を交えている。

 小柄なメルスは大柄な相手にも負けじと隙をつき、ヘイブの胸を刺し貫く。が、これもまた幻影。空気に溶けるようにして消えた。

 今度は玄魔の前に、次は莉佐の前に姿を現すが、それのどれもが実体を持たない偽物。

「まったく、こざかしい真似を・・・」

 ネアは奥歯を強く噛み締めた。

 こちらが本物を見つけることが出来なければ、勝つことなど不可能だ。

 この間にも召喚される獣は増え続けている。・・・いや、おかしい。

 上手く歯車がかみ合わないような、そんな違和感。

 データの少ない『サモシオン』という召喚の魔力だが、唯一解っていることは実在する生物だけを別の場所から呼び出すということ。

 確かに今戦っている獣たちは実在する獣だ。それは間違いない。問題なのは、この数だ。

 魔法陣一つに膨大な魔力を消費し、かつここから遠く離れた世界にいる獣たちを呼び寄せる。

 どんなに魔力を持っていようと、すぐに魔力切れを起こすはずだ。

 なのに、倒しても減らない。減らないどころか増え続ける。それはつまり、相手は一切の消耗をしていないのだ。

 ならば、これ全体が幻影か!

「メルス!」

 少し離れたところにいた妖精の名を呼び、己の胸を指で示した。あらかじめ用意していた心を読めと言う合図だ。

「了解」

 メルスはこちらの考えを読み取り急上昇。

「『クルビィ』」

 メルスの発動した魔力により山全体が植物のツタでできた巨大な鳥かごが囲む。それにネアの光の魔力を発動。

「『ジャッジルミナイト』!」

 鳥かご全体が白い光に包まれる。

 偽物を消し、真実だけを残す。裁判の時に多用される術だ。

 光が消えるころには多くの獣はすべて消えていた。

「っち」

 山の中央にこんどこそ本物のヘイブがいた。

「あんたが『ファントム』を使えるって気づいた時点で発動しておくべきだったよ」

「あぁ、ほんと。その選択を後悔することになるだろうよ」

 睨みつけるネアに対し、ヘイブは挑戦的な目で見上げる。

「おかげで、準備万端だ」

 ヘイブが口元を吊り上げて笑ったその瞬間、山全体に紫色の巨大な魔法陣が浮かび上がる。

 四人はそれぞれの武器をヘイブへと向け、襲い掛かろうとする。が、魔法陣から現れるそれに圧倒される。

「お前ら、死ぬ準備はいいか?」

 周囲に突如として漂う悪臭。まるで地面から這い上がるかのように現れた、巨大な何か。

「ショータイムだ」

 魔法陣から現れたのはドラゴンだった。と言ってもただのドラゴンではない。肉の一部が溶け、骨の一部が露わになった腐ったドラゴン。

 現れたが最後、すべてを腐食するまで止まらない暴龍。誰もがその姿を見るのは初めてだった。

「アンデッドドラゴン!?」

 死んだ龍の、成れの果て。

「てめぇらの残存魔力で勝てるかな?」

 あぁ、なるほど。確かに後悔した。『ファントム』をさっさと対処しなかったがばかりに、全員の魔力は元の半分ほどしか残っていない。対して、ヘイブはさほど魔力を使っていない。

「ヴォオ!」

 呻き声のような咆哮が空気を激しく揺らした。

 これは少しばかり、危険な戦いになりそうだ。






 同刻。

 数十キロ離れたゾイルたちの耳にも死龍の雄叫びが聞こえていた。

「なんだ?」

「・・・なんでも、いい。集中」

「へいへい」

 二人の男女はそれぞれ背から漆黒の翼を生やし、ソルを中心に目にも止まらない速度で飛び回る。

 優衣は斬撃を飛ばしながら、ゾイルは隙を衝いて死角から。確実に、そして着実にソルの体を削っていた。

 機械族には一度見せた攻撃が通用しない。ならば、攻撃をはじめから見せなければいい。

 ソルが二人を抜け出そうと上昇。剣に変化した右手で優衣の仕掛けた隠し刃を破壊。

 その時わずかにできた隙。これを待っていたと言わんばかりに、優衣はソルの背後から距離を詰めて一太刀を浴びせる。

 が、その剣は届かず、代わりにソルの後ろ蹴りが優衣の脇腹に直撃した。

「ぐぇ」

 今までに聞いたことのないような声を上げて優衣は地面に落下。地面へと叩きつけられる直前にゾイルは小さな体を抱きかかえる。

「大丈夫か?」

「・・・へーき」

 ペッと地面に血を吐いてふわりと浮かび上がる。

 この大きくできた二人の隙をソルは追撃してこなかった。入れ替わるように攻撃を始めたエミリーと孝光のせいだ。

「次、準備しとけよ」

 雷を操る二人の攻撃はソルにかすりもしない。そう長くは保たないだろうとゾイルは判断する。

「・・・わかってる。ちょっとだけ、驚かせにいこ」

 優衣は今まで以上の強敵を相手に臆するどころか、むしろ楽しんでいるかのようだった。

 目を爛々と輝かせ、剣を握る手にはいつも以上に力が入っている。

「グハ!」

「お、終わったな」

 雷使いの二人が落下したと同時に優衣とゾイルは翼を使って上昇する。

 わざわざ心配している余裕もない。放っておけばおくほどソルは学習してしまうのだから。

 その隙を与えないように絶えず攻撃を叩き込む。かつ、ソルが見たこともないであろう方法で。

 ソルから一本のレーザーが放たれる。何の変哲もない、避けることも容易いスピードだ。

 それを優衣は斬撃を放って縦半分に切り裂く。

 二つに分かれたレーザーはそれぞれがさらに細かく分裂し、まとめて二人に襲い掛かる。

 咄嗟に二人は闇を展開しレーザーから身を守る。

 が、それは想定の範囲内だったようだ。

 複数のレーザーは一点に集中し闇の障壁を貫通し、中にいる二人に命中する。

「『絶対命中』わたしの特殊能力から逃げられると思うな、魔族ども」

 こいつも特殊能力持ってんのかよ。

 レーザーの貫通した体は、貫かれた部分が消失した。二人は急所を免れたものの、出血量はかなり多い。

「・・・ゾイル、生きてる?」

「こんなんで死ぬわけねぇだろ。魔族のタフさを舐めんな」

 溢れ出る血液が地面に赤黒い染みを作る。それでも尚、二人の闘志は尽きていなかった。

 傷は一旦魔力で塞いでおく。治癒したわけではないが、血がとめどなく溢れるよりはだいぶましだ。

「次は楽に逝かせてあげましょう」

 先ほどよりも大きなレーザーが放たれる。

 切断する。防御を張る。先ほどと同じ行動は当然見抜かれていることだろう。避けるというのはもってのほかだ。

 じゃあどうするか。

 三つの選択肢が潰された。じゃあ、四つ目がある。

「『レウニールメタル』」

 出現したのは銀色の四角い板。真っ直ぐ飛んできたレーザーはそれに当たり、そのまま全てその板に吸収された。

「レーザーっていうのは、質量を持った光の粒子の集まりだ。そして、その金属板は光を透過しないで、そのまんま吸収する特殊なものだ」

 ソルはこれを見るのが初めて。ゾイルはそう確信した。

 今まで無表情だった奴の顔にわずかに動揺が見える。

 データにない、新たな防御方法。次に攻撃してくるときには、この特殊な金属を破るようなことをしてくるだろうが、もう次はない。

「優衣、ケリをつけるぞ」

「・・・了解」

 返事と同時に優衣は二本の斬撃を放った。今までとなんの変哲もない攻撃を、ソルは避ける必要がないと判断し、直撃した。無傷。

「なに・・・?」

 ソルが驚いたのはここからだった。

 当たっても問題ないという油断から生じたピンチ。

 二つの斬撃は確かにソルに対してダメージを与えるような威力ではなかった。それがわかっていたからこそ、ソルは避けなかった。

 ざまぁみろ、とゾイルは心の中で笑った。

 優衣が放ったのはただの斬撃ではない。ソルの右脇腹と左肩に当たった斬撃は、それぞれが覆うように固まった。さらに、それが重石となりソルは地面に落下。

「『ソリッドメタル』。物に当たると固まる特殊な金属だ」

 とても重たく、強度も高い特殊なもの。高い攻撃力を誇るソルでも、破壊するのは困難だ。

 現に、関節の動きを封じられた奴は重石を取ろうと必死になっている。

 これで、終わらせる。

 光を吸収した金属をぐにゃりと変形させ、ソルへと纏わせる。

「この金属は、光エネルギーを燃料として―」

 ドーン!と言う大きな音が鼓膜を揺らす。

「―爆発する」

 ソルのいたあたりはモクモクと黒い煙が上がる。動きを封じられ、逃げ道も塞いでの爆発攻撃。

 だが、ソルの気配はまだ残っていた。本当に、恐ろしい種族だ。

「今のを防いだか」

 煙が晴れて明らかとなるソルの姿。砲塔や剣へと形を変えていた腕が、今度は巨大な盾なようなものに変わっていた。

「アーマーシフト」

左腕の機動力は失ったが、その手で前方を。自由に動く右手で頭部から背中にかけてを守った。

 一筋縄ではいかない、か。

 今のでダメだったということは、また別の方法を考えなくてはならない。まだ見せていない攻撃方法はいくらでもある。ただ、実行に移すとなればそれなりの時間がかかる。

 孝光とエミリーに時間を稼いでもらおうか。いや、あの二人じゃ明らかに力不足。

 一度退いて作戦を立て直すこともできやしない。はてさて、どうしたものか・・・。

「・・・ねぇ。まさか終わった、なんて。思ってないよね?」

 その声に反応したのはソルだけではなかった。

「は?何を」

 しようとしている?そう聞こうと背後にいた優衣へと声をかける。しかし、そこには既に誰もいない。

「アタッカーシ」

「・・・遅い」

 響く金属音に再びソルへと目を向けた。

「こいつぁ・・・化けたか」

 ソルの四肢、腰のあたりが地面と細い何かで繋がれていた。

 逃れようと細いものに攻撃を加えても、まるで当たり判定がないかのようにすり抜ける。それでも、ソルをがっちりと掴んで離さない。

「液体金属、か」

 金属でありながら、常温常圧だと液体の物。有名なものだと水銀だろうか。それとよく似たものを魔力で作り出し、ソルを拘束していた。

 優衣にこの能力については少ししか教えていない。まさか、こんなにもあっさりと発動するとは。

「いや、ちげぇか」

 優衣自身、これがうまくいくとは思っていなかったようだ。もしかしたらこんなことが出来るかもしれない、というただの好奇心。

 子供の発想力が功を制した。

「・・・さようなら」

 四肢を拘束していた液体金属がソルの体を蝕むように拡がっていく。

 ソルの内部へ入り、隙間を埋め尽くし、そのまま飲み込んでしまおうという算段らしい。

 攻撃を寄せ付けないこの金属に対し、ソルにも打つ手がないのか銀色が体の大半を占め始める。

「こんな、ものでぇ!」

 刹那、空気が変わった。

 ソルの体が突如として赤く輝きだし、白い煙が上がる。

 何が起こっているのか、科学者であるゾイルにはすぐに理解できた。おまけに、恩恵で得たこの目はサーモグラフィのように温度の変化を明らかにする。

「優衣!離れろ!」

 じりじりとした熱が肌に突き刺さる。熱の発生源は言うまでもなくソルだ。奴の体の温度が異常なまでに高まっている。

 水銀の沸点は約365度。水の3倍以上の高さだ。それを遥かに上回る熱を発し、液体金属が蒸発を始めていた。

 魔力のおかげで有毒なガスは発生しないものの、これ以上、奴にこの技も通用しない。

 優衣はとっさに魔力を解除し、液体金属を消した。それでも、一度火のついたソルは、止まらない。

「『オーバーヒート』アタッカーシフト」

「は?」

 一瞬、何が起こったのか理解できなかった。

 ゾイルの目は確かにソルを捉えていた。しかし、瞬きをしたその一瞬。目を開けたとき、ソルの姿は視界になく、視界そのものが変わっていた。

 天地がひっくり返り、地面が視界の上から近づいてくる。手足の感覚はない。あるのは、浮遊感のみ。

「ゾイル!」

「ゾイルさん!?」

 エミリーと優衣の驚いたような声。視界の隅では優衣が見えない何かからの攻撃を防いでいた。

「やってくれたな」

 奥歯を強く噛み締めた。

 遅れてやってきた激痛に耐え、何が起こったのかをようやく理解する。

 瞬きをしたその一瞬。ソルはゾイルの上半身と下半身を真っ二つに切り分けた。下半身の感覚はないし、近くに自分の足が転がっているのだから間違いない。

 大抵の魔族ならここで死んでいたな、と自嘲気味に笑う。

「あー、ほんとに、舐められたもんだな。魔神族ともあろうこの俺が」

 戦闘を好み、戦闘能力が他の追随を許さないほどに高い魔神族。

 自分は戦闘よりも研究を好んだが、その本質的なものは変わらない。

 この、執念深さと言うものは。

 戦いに飢えているがために、簡単には死なない。不死というわけじゃないが、体を二つに切られたた程度ならば、再生は可能。

 戦闘をより長く楽しむために植え付けられた本能。

 二つの体の断面図から魔力が溢れ、互いに混ざり、体を引き寄せる。徐々に足の感覚も戻り、体は元に戻る。

 我ながら反則じみているとは思っているが、ありがたい体質である。切られた時の傷も残っていない。

 優衣とソルは未だに切りつけ合っている。優勢はソル。優衣はソルをとらえきれずに防戦一方だ。

「俺らだけじゃ力不足か」

 今までの敵のほとんどは優衣が葬っていた。その優衣がかなりの苦戦を強いられているのだ。はっきり言って、敵う相手じゃない。

「エミリー、まだ動けるな?」

 背後で遠巻きに戦闘を眺める二人に、目を向けて問いかける。

「なんとか」

「万全ではないけどね」

 エミリーの受けた傷は細い右足に腹部、片翼にわずかな切り傷。孝光はあばらの骨折、太腿からの出血。

 魔力はまだ十分残っているようだ。

「今回はお前らに花を持たせてやる。魔力を限界まで高めていろ」

 この時のエミリーと孝光は、ゾイルが何を思ってそう言ったのかわかっていなかった。それでも、勝利のためだと、言われた通りに魔力を練り上げることに集中する。

 そして、ゾイルは覚悟を決め、勝ち筋を立てる。

 背に魔力を集めて翼を生やし、空へ。防戦一方となっていた優衣の腕を引き、ソルの間合いから脱する。

 優衣はところどころに傷を負っているが、どれもかすり傷程度。大したものだ。だが、

「優衣、今回の戦い。死を視野に入れておけ」

 そう、冷たく言い放った。

 優衣はそれに、無言でうなずく。

「・・・相討ち狙い?」

「そうなれば最高だな」

 話しながら余裕がないことをひしひしと感じる。

 獲物を奪われ、すぐさま追いかけてきたソルが、すぐ側まで迫る。

 細い棒に丸い岩石が乗ったような奇妙なオブジェクトの間を抜け、距離を放そうとする。きっと無駄だろう、と思いながら。

 相手は計算高い種族。こちらの逃げ筋など見切っている。

 オブジェクトなんて関係ない。常に最短の距離で追いかけてくる。

 それは、二人が一緒にいるから。

 一緒にいるからソルは追いかけることしかできないし、ゾイルたちも逃げることしかできない。

 必要なのは、一瞬の隙なのだ。

「優衣、俺のことを、とことんまで恨め」

「・・・え?」

 優衣は驚いて声を上げ、次の瞬間、体が宙に浮いたのを感じだ。次いでやってきたのは、無数に走る激痛。

 何が起こったのかわからないまま、優衣は重力に従って地面へと落下した。

 今起こった惨劇の本当の意味を理解できたものは、ゾイル。唯一人だった。

 遠巻きに眺めていたエミリーと孝光は目を見開いて唖然とした。

 この二人が見たものは、追いかけてくるソルに向かって優衣を投げつける姿。さっきのように、攻撃のために投げたのではないとすぐにわかった。

 優衣は何もできず、無防備になり、ソルに切り刻まれた。

「生命反応無し。死亡を確認」

 ソルの放つ無機質なその一言が、現実を突きつける。

 誰の目から見ても、優衣は死んでいた。地面にひれ伏し、ピクリとも動かない。

「目標。残り3」

 ソルはすぐさま次のターゲットを殺そうとする。ゾイルか、エミリーか、孝光か。

 魔力を練りながらも、二人は恐怖した。ソルに迫る。そいつの姿に。

「―と、思うだろ?」

 何が起こっているのかを、ゾイルだけが知っている。それはつまり、ゾイルだけが、次の行動へと素早く移ることが出来た、ということだ。

 音もなくソルの背後に忍び寄り、胸部に己の剣を突き刺す。

「『テルフローズン』」

 剣を通して魔力を発動。高まった熱を強制的に冷やし、凍らせていく。それに伴い、機能も低下する。

 とはいっても、戦闘力は残っている。腹部めがけて飛んできた回し蹴りを両腕で防ぐ。その時にできたわずかな隙でソルはゾイルの剣から逃れようとする。

 無駄だ、とゾイルは笑う。今貫いた胸部には体を動かすほとんどの回路が詰まっている。生物の心臓部分を貫いたのだ。

「エラー、発生」

 体を動かそうと、一歩でもいいから前に進もうとソルはもがく。もがいて、あたりにレーザーを飛ばし、暴れる。

 それでも、前には進めない。

「エミリー!孝光!」

 そろそろ頃あいだ、と、二人に合図を出す。

「俺ごとやれ!」

 万が一にでも逃げられないよう、ソルを後ろから羽交い締めで抑える。

 恐らくあの二人もゾイルを恨んでいるはずだ。ならば、心おきなく攻撃を加えることが出来るだろう。

「早くしろ!」

 明らかに困惑しながらも、エミリーはあれでも軍人。今やるべきことをはっきりとわかっている。

「後でちゃんと説明してもらいますからね!」

 何かを吹っ切るように言い放ち、孝光と共に練り上げた魔力を空へ打ち上げた。

「いきますよ!」

「とっておきの一発をね!」

 空に吸い込まれるようにして消えた、明るく輝く黄色の球。

 それは雷雲を引き寄せ、あたりを暗くする。

「「『ラージュ・オブ・ペルーン』!」」

 空から降り注ぐ二筋の雷。それはソルめがけて落下し、直撃。さらに、当たった反動で跳ね返り、もう一度。二度、三度、四度・・・。

 当たるたびに威力と速度が増し、押さえつけているゾイルの体もびりびりと焼き付く熱に襲われる。

 死んでもこいつを離すものか。

 魔神族の異常なる生命力をここぞとばかりに利用し、雷撃で肉が裂け、内臓が焼けても尚、一切力を緩めなかった。

「こ、んな、ものぉ!」

 攻撃を受けるだけだったソルは、何処にそんな力を隠していたのか、魔力で大きな衝撃波を起こした。

 いちばん近くにいたゾイルは10mほど飛ばされ、受け身も取れずに地面を転がる。

 まだ、足りないのか・・・!?

 そんな心配とは裏腹に、

「あ、れ・・・?」

 という、機械に見合わない素っ頓狂な声が聞こえた。

「体が動かないんでしょう?」

 エミリーは小ばかにしたように言った。

「雷はその体に蓄積するんですよ。あなたはもう動かないですし、時機にすべてが壊れます」

 自分たちの力で強敵を倒せたことがよっぽど嬉しかったのだろう。エミリーにも孝光にも余裕が生まれ、笑みが浮かんでいる。

「エラー。破損率70%。回路破損。エラー。身体・魔力、ともに制御不能。エラー、エラー。エラー。エラー・・・」

 何度もエラーとこぼすソルの体は再び熱を上げていく。その様子に、先ほどの攻撃を心配したのか、エミリーは零した。

「あれ、大丈夫なのでしょうか」

「問題ない」

 それに対し、ゾイルははっきりと答える。

 全ての傷を塞いだわけではないが、一先ず歩いて行動するだけは回復させた。

「想定の範囲内だ」

「じゃあ・・・」

 と、エミリーは鋭いくちばしを向ける。

「優衣が死んだのも?」

 息をゆっくりと吐き、答える。

「必要経費だ」

 瞬間、エミリーの中でふつふつと怒りの感情が沸きあがったのをゾイルは感じた。

「な!あなたって人は!」

「落ち着いて」

 危うく飛び掛かりそうになった雷鳥を孝光が止めた。

「落ち着いて、エミリー。今はまだ、いがみ合っている場合じゃないよ。ネアさんたちはまだ戦っているんだ。優衣ちゃんのことは残念だけど、目の前のことに集中して」

 ただの人間だと思っていたが、軍人であるエミリーよりも冷静だった。

「ですが、これから応援に行くだけの魔力が」

「残っているだろ?」

「いや、今の攻撃で全部使い切って・・・」

 エミリーは言いながら違和感を覚えた。

「あれ?もしかして、まだ残っている?」

 魔力切れを起こした場合、個体差もあるが大体の場合は体調不良を起こす。貧血になった時のようにふらふらとして、倒れてしまう場合もある。

 けど今は、全くそんなことはなかった。

 体内に残っていた魔力は先ほど全部使い切ったはず。それがどういうわけか、再燃焼していた。

「なんで?」

「チームスキル。ゲームが始まってすぐに設定したろ」

 わからないエミリーにやれやれという風にゾイルは言った。

「あ!そういえばそうでしたね」

 今回のゲームではチームを組むことが出来る。チームを組めば一度に戦える相手は減る。それだけではなく、ボーナスがつく。

 それがチームスキルと言うもの。設定するのは自分たちで在り、リーダーの種族によって能力も変わる。

 天使族であるネアがリーダーのこのチームには『天使の祝福』が設定されている。

 チームメンバーが深手を負う及び魔力切れを起こした場合、一ゲームに一度だけ完全治癒を実行する。

 思えば、今までこんな強敵と戦うことがなかった。だから、この強力なチームスキルが発動せず、影が薄くなっていた。

「さて、と。ソル。お前はもう、俺らが何もしなくても壊れる。その前に、一つ聞いておきたいことがある」

 もう勝ちはほぼ確定した。悠長にそう話しかけた。

「『オーバーヒート』アタッカーシフトォォォオ!」

 聞く耳持たず。先ほどのように体を熱くし襲い掛かってくる。本当に最後の力を振り絞った攻撃。

「もう見たよ、その動きは」

 慌てることなくゾイルは自身の剣でソルを抑える。

「危ない!」

 エミリーが叫ぶ。

 防がれることをソルは読んでいた。体を滑り込ませるようにゾイルの背後に回り、右手の剣を振り下ろされ―

「周囲を見ないのが、お前の悪い癖だな」

―ることはなかった。

「あ、が・・・」

 ソルの下半身が切断されて地面に落下。

「サンキュー、助かった」

「・・・こういうこと、先に、言え」

 ソルの背後には死んだはずの優衣が、大変ご立腹な様子で剣を向けていた。

 こいつには後で謝るとして、優先すべきことに片を付ける。

 残った上半身。その両腕を掴み、優衣へと向ける。

「優衣、やれ」

「・・・死んでも、知らないよ」

「上等だ」

 ニヤリと笑ってそう言った。

 ソルの体は熱く、手の皮は焦げ、肉が焼ける。それでも、離すことはない。確実に、この殺戮兵器を壊すためにも。

「『リクエファクション』」

 両手を前に突き出した優衣から発せられた魔力の波動。ゾイルとソルの体はそれに当たり、どろどろに溶けだし―















―あたりを。予期せぬ白い光が包んだ。













 優衣がソルに攻撃を加えたほんの数分前。

「どうなってやがる!」

 ヘイブは信じがたい光景を目の当たりにして声を上げた。

 アンデッドドラゴンは、生物だろうと、金属だろうと、地面だろうと質量のあるものすべてを腐らせる。

 光も闇も、空気ですら、腐の嵐から逃れることはできない。

「ヴォオ・・・」

 なのに、ヘイブの召喚した死龍は情けない声を出して倒れ伏した。

 おかしい。何かが、決定的に。

 アンデッドドラゴンは一度、あの四人を確実に殺したのだ。どろどろにして、再起不能なまでに徹底的に。

 なのに、どうして。

「天使族を甘く見ないでいただこうか」

 ネアの剣が真っ直ぐ鼻先まで突きつけられる。

 いや、コイツの剣だけじゃない。人間の拳銃、爪、妖精の剣が揃って向けられていた。

「ったく、こいつらに勝てとか、あの神もとんでもねぇことを言いやがる」

 神、という言葉にネアが反応した。

「その話、詳しく聞かせてもらおうか」

「残念だが、詳しく話すことはできない。なにせ、神の命なんでな」

「あっそ、それじゃ君に用はない。死ね」

「それも断る。俺は最後まで」

 しかし、ヘイブの声は途中でかき消されることになった。巨大な、爆発音によって。

「何事だ?」

 ヘイブを取り囲む四人は驚いてあたりを見渡していた。見れば、島の一部が完全に消滅し、空虚な黒い空間が広がっていた。

「何という爆発・・・」

 大陸一つを吹き飛ばす爆発。直撃すれば命の保証はない力の暴力にメルスは呟いた。

「始まったか・・・」

 ヘイブのその言葉をきっかけに次々と爆発が起こる。

 これが、ヘイブにとっての合図でもあった。

「お前らに付き合っていられるのもここまでだ」

 4人からの威圧が和らいでいたのをいいことに、ヘイブは島の中心に向かって移動する。

「あ、逃げるよ!」

「追いかけましょう!」

 莉佐と玄魔はすぐさま後を追い、少し遅れてメルスが。ひとしきり考えたのち、ネアも追いかける。

 山を三つ超え、奇妙な形のオブジェクトが並んだ平原を過ぎたところに、それはあった。

「コロッセオ・・・?」

 誰かが呟いた。

 ぽつりと佇む巨大な円形の闘技場。そこに先客が6名。

 ボロボロの優衣、ゾイル、エミリー、孝光。体の大半を失い、火花を散らすソル。この中で一番傷がないヘイブ。

「君たち、なんでここに?」

 ネアは闘技場に降り立ちゾイルに尋ねた。

「あいつにとどめをさしていたはずだったんだけどな」

「・・・気づいたらここに飛ばされてた」

 優衣はゾイルの背中で不服そうに零す。

「優衣ちゃん、機嫌悪い?」

 莉佐が心配したように声をかける。

「・・・ゾイルに、殺されたから」

 その場の全員の頭上にはてなマークが浮かんだ。

「でも、チームスキルは発動していないみたいだけど?」

 エミリーと孝光は静かに驚いていた。優衣はゾイルのせいでソルに殺され、それもチームスキルで回復していたと思っていたのだ。

「『アスフィキエーション・メディカント』」

「あすふぃき、なんて?」

「いや、覚えなくていいから。生物に仮初の死を与える『メディシン』の魔力の一つだ」

 優衣を囮にしたが、勝利に優衣は必要だった。そこで思いついたのが、仮死状態にすること。

 実際に死んだわけではないが、死と同じ状態にする。だからソルを騙すことが出来た。

 仮死になった生物はあらゆる攻撃を受け付けないという大変強力な術。

「同じ奴に二度は使えないとっておきさ」

「・・・何も、言ってくれなかった。から」

「敵を騙すにはまず味方から、ってな」

 そう言ってゾイルは笑う。

 騙されて、不貞腐れて、おんぶしてもらっている、と。

 それにしても、ゾイルの『メディシン』という魔力。これもデータが少ないだけあってなかなか興味深い。

 なんて、今はそんなどうでもいいことを考えている場合じゃない。まだ疑問はある。

「まだ、ゲームの途中だよね?」

 そう、仮想空間にいるということはまだゲームは終わっていないのだ。敵は二人とも残っている。なのに、なんだかこの雰囲気はまるで、終わった後のようだ。

「いや、ゲームは終わった。っていう表現は正確じゃないか。終わらせられたんだよ。強制的にな」

 闘技場に後からやってきた者たちは静かに動揺する。

「ゾイル!どういうことか説明してもらおうか!」

「俺に聞くな。つか、落ち着け。今こいつらが事のあらましを教えてくれる」

 そう言いながらゾイルの視線はヘイブへと動く。

「時間がないんだろ?早く説明してくれ」

 うんともすんとも言わず、ヘイブは重々しく頷いた。

 その態度に、ネアは本当にゲームが終わったのだと悟った。

「神の命がある。あまり詳しくは話せないが、承知してくれ」

「そっちにもそっちの事情があんだろ?けど、神の命以前に、お前らは俺らに話す義務があるよな?わざわざ敵を演じ、戦闘を中断したんだからな」

 ッチ、という舌打ち。どうやら図星のようだ。

「わかった。知っていることの全てを話そう」

 あまりにも簡単に受け入れ、嘘を吐くのではないかとも思った。けれど、この場には感情を読み取るゾイル、心を読むメルスとネアがいる。言論に欺けられるということはなさそうだ。

「まず、俺たちのことだが。俺たちはコントラクターを選別するために送り込まれた。神の従者でもないのに、だ」

 そうだろうな、とネアは思っていた。

 書類上でしか見たことはないが、ソルの方は殺戮兵器とも呼ばれ、エンジェリング、デビルキイス、その他多数の島々から追われている大罪人。

 神の従者になれるはずもない。

「俺とコイツ、ソルは罪人だ。それなのになぜ、このゲームに選ばれたのか。大方察しがつくだろ?」

「罪を軽くする、あるいはなくすってとこか」

 ゾイルの回答に返答はない。それが答えだ。

「ゲームが中断された理由は?」

「私が答えよう」

 声を上げたのは上半身だけのソル。こいつまだ動けたのか。って言うかまだ喋れるのか。頑丈すぎる。

「このフィールドに、複数の爆弾を仕掛けた」

 こちらの心など意に介さず、淡々ととんでもないことを言いやがる。

「なんのために?」

「いざという時に、世界そのものを破壊するため」

 メルスの脳裏に消滅した島の一部が思い浮かぶ。

「サーバー負荷の際、少しでも負担を軽くするための処置」

「へ?」

 急に現実らしい話になった。

「このゲームを管理しているのは、一人だけ。全部で一万を超える仮想空間。参加者の情報処理をそのゲームマスターが一人で行っている」

 ここでいうゲームマスターは神のことだろう。

 エストは頭は切れるが、同時に複数のことをこなせるような器用さはないと、ネアはトリアから聞いていた。

「まさか、神がぶっ倒れたなんて言わないよな」

「そこまでは不明。万が一、神が管理しきれなくなった場合、この世界を強制的に消す。そのためわたしたち」

「それに、だ。この仮想空間もそうだが、お前らのつけてるバングル、持っている端末。それらに消費している魔力は未知数だ。いくら神で、わからない」

 この場にいる者たちは一般的なゲームを好んでやる者たちばかり。ヘイブとソルが何を言わんとしているのかをすぐに理解した。

 リアルとゲームは全くの別物だが、普段やっているゲームがどれだけ苦労して作られているのかを知っている。

 このゲームは初めから不安定だったのだ。

 空間の結合からほんの数時間後に始まったこのゲーム。デバッグなんて当然されていない。バグだらけで修正されない駄作。

 そんなものに、身を投じていた。

「もうじき、この空間は消える」

 ソルは言った。

「ここにお前らを誘導したのは、空間の消滅に巻き込まれるまでの時間が長いからだ」

 ヘイブも重ねるようにして言う。

「ここは、島の中心。猶予はある」

「だから、選ばせてやる」

「この空間での死か」

「降参による脱出か」

「「デス オア ロス」」

 ソルとヘイブは揃えて言い、魔力を発動した。

 まだやろうってのか。

 黒い魔法陣から召喚されたのは、三本のアームの足。アームの二本の手、赤く光る丸いレンズのついたロボット。手には青く光る剣が握られていた。

 そいつらが、全部で四体。

「あれは、キラーマシーン!」

「いや、ガーディアンでしょ!」

「ゲン!孝光さん!今はどうでもいい!」

 優衣以外の人間3人が既視感のあるそのロボに、興奮したように声を上げる。

 それらを全部聞き流し、ゾイルは考える。

 死ぬか、敗北か。

 身の安全を優先するのなら、こいつらを倒す。だが、それには問題がある。

 ソルはまだしも、ヘイブはまだまだ戦えそうだ。

 ゲームが始まって既に3時間は過ぎた。ネアたちですら大したダメージを与えることのできない相手を、残り時間がわからない中で戦う余裕はない。

 ならば降参するか?と聞かれれば、それはダメだ。

 降参とはつまりこの二人に対しての敗北。二度とゲームへの参加が出来なくなる。それに、負ければ何があるかわからない。現実にもなんらかの影響があるだとかないだとか。

 どうする。どうする。どうすれば―

 焦ってまとまらない思考。それが、一瞬にして止まった。

「・・・ゾイル、落ち着いて」

 優衣がそっと首に腕を回し、優しく力を込めてきた。

「・・・私たちは、負けない。まだ、戦える」

 こいつ・・・。言ってくれるじゃねぇか。

 優衣はそっとゾイルの背から降り、4体のロボの前に立つ。

 その横に、ゾイルも立った。

「後悔しねぇか?」

「・・・愚問」

 こんなにも小さな子供が、臆することなく戦うことを選んだ。大人が情けなく見ているわけにはいかない。

「ネア!こいつら全員。俺たちが引き受けた」

「はぁ!?正気じゃない。なんなら、私達も」

「1分だ」

 ネアを黙らせるように人差し指を立てる。

「・・・1分で、全部終わらせる」

 その場が静まり返った。

 冗談でも言っているのではないかとチームメンバーははらはらしたが、こいつらならやりかねないという期待もあった。

 一方で敵サイドは大声で笑う。そんなことができるはずもない、と。

「手加減なしだ。本気で行くぞ」

 二人は同時に魔力を高め、自身の周りを銀色の液体に変える。

 液体金属。今、この場で素早く終わらせるには、これが一番早い。

 優衣が右手を振った。

 すると、地面の液体金属はそれに反応し、刃となって同じように動く。

 まずは一体目。足を切断する。立て続けに、二度、三度と刃を蛇のように素早く動かし、ばらばらにしていく。

 赤い目が一際赤く輝きだす。それが攻撃の合図だと気づき、ゾイルが液体を持ち上げるように壁を作り、硬質化。レーザーからの攻撃を守る。

 その間にも優衣は一体目を切り刻む。

 あっという間に、原型がなくなった。

「おい、マジか」

 ヘイブの驚いた声。

 この間、わずか10秒である。

 同じようにして2対目、三体目を二人で切り刻む。

 奴らの剣、レーザーはこの金属を破ることはできない。ロボの破壊だけは簡単だった。

「・・・あと、20秒」

 律儀に数を数えていた優衣。器用なことしやがる。

「予想、外」

 ソルも何かつぶやいていた。

「二人まとめてさようなら、だ」

「・・・ばいばい」

 敵二人は動かない。いや、動けなかった。

 魔神と人間の子供の、圧倒的な戦力に。

 ソルはソルで解析を始めた。この二人、自分と戦った時は本気ではなかったのだと。

「解析不能。戦闘能力、未知数」

「くそったれが、けど、役目は果たしたぞ。クソ兵士」

 二人が液体金属に飲み込まれていく。

「「『リクエファクション』」」

 二人が最後の魔力を発動した瞬間、世界は元に戻った。

 アジトとしている、地下空間。

 どうやら、無事に二人を殺し、帰ってくることが出来たようだ。

「なんとかなったみたいだね」

 疲れた様子でネアは言う。

 疲れているのはネアだけではない。優衣とゾイルを除く全員が疲弊し、地面に座っていた。

 やはり魔神族は特別スタミナが高いらしい。そして、契約している優衣も。

 とはいっても、疲れたものは疲れた。

「ネア、今日はもう休むぞ」

 眠そうな優衣の手を引き、部屋へと戻ろうとする。

「あ、あぁ」

 ネアの返事もあいまいだ。軍を取り仕切るものとして、情けない姿だ。

 ゾイルはあくびをかみ殺し、優衣を連れて歩く。だが、その優衣が突然、止まった。

「どうした?」

「・・・何か、くる」

「なにかって」

 全て言い終わる前に何か強大な魔力反応を感じた。肌を突き刺すような、この魔力は。

「やっと、見つけたよ。お前ら」

 突如響いた声。その声の主は、地下空間の中央にいた。

 空間の神、ミノ・ディーテ。

 声はいつもどおりだが、なにやら様子がおかしい。

 人を小ばかにしたような笑みはいつもどおり。目のやり場に困る服装もいつも通り。ただ今回は、目のやり場に困るの意味がずれていた。

 露出した肌色のほとんどが、血で染まっていた。

「ディーテ・・・」

 いつもなら叫んでいただろうネアも、今日ばかりは疲れも相まって不思議そうな顔をしている。

 そして、ディーテはその場に倒れ、こう言った。

「お前ら、あたしを、助けてくれ・・・!」

 この瞬間。この場にいた誰もが、この世界に何かとんでもないことが起こっていると、そう思った。

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