エピローグ
堀井奏太及びアーク・トリア。真名トリア・タジェルクの死はすぐさま各地に伝わった。
堀井奏太と言うコントラクターが、他のコントラクター以外に殺されたことにより、下僕だった人間はただの人間へと戻った。
ゲームにほとんど関わらなかった一般人は特に気にも留めなかったが、元コントラクターたちは、それが何を意味しているのかを知り、涙した。
神谷優衣は、一人薄暗い部屋で泣いていた。
ここの家主は、もういない。血の繋がっていない大切な家族が帰ってくることも、もうない。
唯一の友達は、妖精だった。彼女と会うことも、きっともうない。
誰もいなくなってしまった。そんな世界に、私が生きる意味などあるのだろうか。ない。
優衣は懐から愛用している異世界産の万能包丁を取り出した。
施設にいたころは、やる前に止められた。けど、今回は止めるものなどどこにも。
「ッ!?」
薄暗い部屋の中で、何かが光を放った。オレンジ色の、自然と心が安らぐような暖かい光。
「・・・ムジナ?」
そっと、かつての契約種の名前を呼ぶ。
光り輝いていたのは、神様がムジナの力をどうにかして変えた宝石。
幼い優衣に、その光の意味など分かりもしなかったが、ただ黙って両手で包み込み、涙で頬を濡らす。
―パリーン!
刹那。リビングの窓が割れた音がした。
優衣は得体のしれない恐怖に、宝石を持ったまま体を震わせる。
「優衣!いるかい?」
聞き覚えのある声に、部屋の扉を少しだけ開けてリビングを覗く。
電気はついておらず、暗いはずの部屋は、青い髪をした天使族を中心に明るく照らされていた。
「・・・ネア、お姉ちゃん?」
小さくその名を呼んだ。
「優衣!よかった」
安堵の表情を浮かべ、侵入者、ネアは駆け寄りこう言った。
「トリアを、君の兄を取り戻したくはないかい?」
一瞬だけ、ネアが何を言っているのかわからなかった。兄は、奏太は死んだのだと、何もない左手が物語っているのに。だけど、取り戻せるというのなら。
「・・・取り戻し、たい」
ネアはその言葉を待っていたかのようにニカッと笑った。
「じゃ!行こうか!」
ネアに手を引かれ、宝石を持ったまま優衣は家を発つ。
新たなゲームが行われようとしていることを、この時の優衣はまだ知らない。
場所は変わって。アーウェルサ。エンジェリング。
空間の結合が済んだとアーウェルサ中に伝えられ、各地があわただしくなる。
いまだ反論する者と肯定する者の争いは続いている。
一つの種族を統べる王も対応に追われていた。
無論。エンジェリングでもそれは変わらない。
エル・ネミナスは天使族の姫であって王ではない。母である王が働いている中、娘である姫は部屋で膝を抱えて泣いていた。
「トリアが、死んだ・・・?」
エルは小さく呟く。
空間の結合が済んだということは、つまりそう言うことだ。
「約束、したのに」
旅行に行く。結婚する。何も、叶うことはない。
今までの我慢は一体何だったのだろう。こうなるなんて、一体誰が予想出来ていただろう。
「私はこれから、何を目的に生きればいいの?」
やがては姫から王となり。天使族を統べ、無味乾燥な毎日を送る。そこに、華はない。
違う。私の思い描いていた未来はそんなものじゃない。トリアと共に、幸せな毎日を。送りたかった。
「姫様!」
その時、爺やが大慌てで部屋の戸を叩いた。こちらもあわてて涙を拭き、極力いつも通りを装って返事をする。
「どうしたの?」
「二名の来客です!」
来客?こんな時に王ではなく姫である自分に?
「一人はかつての執事、シュミル・フィンクス。それと・・・うわ!」
爺やの声が途切れ、部屋の戸が思いっきり開け放たれた。
入ってきたのは、二人の大柄な男。一人は見覚えのある顔。もう一人は見覚えのない顔だった。
「貴様が、天使族の姫様か」
男はエルを舐めまわすように見てこういった。
「突然の訪問。深くお詫び申し上げる。そなたに、どうしても頼みごとがある」
「は、はぁ」
片膝をついてそう言った男にエルは戸惑いを隠せない。
「とりあえず、顔を上げて?」
この二人からは魔族の魔力を感じる。だが、悪いやつらではない。少々非常識なところはあるようだけれど。
「それで、私に頼みたいことって?」
「一つ、術を伝授していただきたい」
はぁ、術、ねぇ。私にしか使えない能力と言うものもないはずだけれど、その前に。
「魔族が神民の術を使うのは無理なんじゃない?」
「その疑問は御尤もですね」
そう言ったのはシュミルだ。何が面白いのかにこやかな笑みを浮かべている。
「ですが、姫様。ここにいる男はただの魔族ではありません」
ただの魔族じゃない?妖魔族とでもいうのだろうか。
「いいえ、この男は、吸血鬼族なのでございます」
シュミルはこちらの考えを読み、答えを提示する。
「吸血鬼族?」
「はい。我輩は、吸血鬼族。その気になればすべての魔力を扱うことだって可能でございます」
いや、いくら吸血鬼だろうと魔族であることに変わりはない。なのに、この男からはただならない凄みを感じる。
この男なら、本当に魔族にして神民の術だって扱えるようになるかもしれない。
「何の術かは知らないけど、私でよければいいよ」
「ほ、本当か!?」
許可が下りると思っていなかったのだろうか。男は目を見開いて驚いていた。
「うん。本当だよ。それで、君、名前は?」
「失礼しました。名を名乗らず」
男は、じっとエルの顔を見て言った。
「我輩は、吸血鬼族イラタゴ・ムジナである」
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