エピローグ
「体調管理はしっかりしろよ?」
「うん」
「身の回りのことは自分でやれよ?」
「・・・うん」
「あまり他人に迷惑をかけるようなことはするなよ?」
「・・・あの、トリア?」
「それから」
「トリア!」
大声で名前を呼ばれ、歩みを止めて並んで歩くエルの顔を見る。
「どうかしたか?」
「そんなに心配しなくても大丈夫だから!何?トリアは私の保護者か何かなの?私はもう子供じゃないの。お酒も飲めるし、その、け、結婚もできるんだから!」
「俺からしたらまだまだお子様だよ」
そう言っては見たが、過保護すぎたことを自覚していないわけでもない。だが、やはり心配で、一緒に行きたいという気もある。しかし、それはできない。だから、こうしてやや過保護気味に気に掛けることしかできない。
これは、晩餐会が行われた翌朝。
その日のうちに帰るのかと思っていたが、爺やが出発は翌日と、気遣ってくれた。だから、出発するまでの間、少しだけ散歩しようということになった。
1月ほど通った学校にも足を運び、学校祭が終わったことでいらなくなった火の建物もこの時に消滅させた。
「トリア、本当にありがとね」
エルの頬を伝う一粒の涙。
「はぁ、昨日で全部出し切ったと思ったんだけどな」
昨晩。エルは優衣の作った特別メニューを見て、号泣した。それを食べて、笑いながら、泣いていた。
エルが紗奈として初めて接触してきたその日、人間界で初めて口にした料理。それが、エルにとって忘れられない深く心に刻まれたものになっていた。
醤油ラーメン。俺はこれからしばらくの間これを食べることが出来ないかもしれない。食べようとすれば、エルのことを思い出し食事どころではなくなってしまいそうだから。
「ひっぐ、トリアと、離れ離れに、なりたくないよぉ」
全ての文字に濁点がついてしまうほどの涙声。
「あー、もう」
エルの体を引き寄せて優しく抱擁する。
早朝のせいで空気が冷えていたが、エルの体温のおかげで寒くはなかった。
「あまり泣くな。このゲームが終われば、真っ先にお前のところに飛んでいくからさ」
そうあやしてもエルは泣き止まない。
「・・・前にした約束。覚えてるか?大人になったお前を商業島『コメレス』に連れていく約束だ」
腕の中でエルは小さく頷いた。
「まだ果たせてないからさ、その約束を果たすためにも、俺は必ず帰る。コメレスだけじゃない、工業島『ヴィオミカニア』、水獣族の住む島『シーアイランズ』とかいろいろなところに行こう。今まで行けなかった分も含めてな。そしてさ、」
と言いかけてやめた。
泣き疲れたのか、エルは眠っていた。その様子を見てため息を一つこぼす。
「ほんと、まだまだ子供だな」
背中に乗せて俺は家路についた。
「トリアと、結婚する」
背中から聞こえたそんな寝言は聞こえなかったことにした。
「・・・行ったか」
「そうだな」
アーウェルサへとゲートが消えてからルノはそう呟いた。
結局あの後エルは目を覚まさず、爺やの背中に移されてそのまま帰ってしまった。起きてから怒ってないと良いけど。
「・・・奏太?」
名前を呼ばれ、俺はすぐに反応することが出来なかった。目から涙があふれて止まらなかった。
俺は大丈夫だと思っていたんだけどな。
今後会えなくなるというわけではないというのに。いや、こういうのがもしマンガやアニメだったら。大切な人を待たせている人ほど先に殺されるものなのかもしれない。そうはならないようにするつもりだし、なるつもりはない。だが、心のどこかで不安に思っている自分がいた。
自室のベッドへと倒れこみ顔を枕へと沈める。
もしも俺がこっちの世界で死んだら、向こうには行くことになるがそこに自由は存在しない。エルとの約束も果たせなくなる。
「奏太も、エルと離れるのがつらいんじゃな。それだけエルのことが」
好きだと思い知らされた。
「俺は、一刻も早くアーウェルサに帰りたいよ」
「そう焦るな。これ以上人間性というものを失うつもりか?人殺しをするつもりか?まだ人間の心は残っているじゃろ?」
このゲームが始まった頃。人殺しを否定していたのは俺だった。それが、ルノが止める立場へと変わっていた。本来なら積極的に人を殺してほしいはずなのに。だからこそなのか、ルノの言葉は心に響かない。
「悪い、ルノ。俺は少々長く生き過ぎた。その分、多くの戦闘を経験してきた。血を見ることにも慣れてしまった。自分に関係ないやつが死ぬことに、何も思わなくなってしまった」
そんな俺に人間の心が存在していると言えるのだろうか。
体も持っている魔力も、少し若返っただけで昔と変わりない。
天使族であることを忘れ、人間として過ごした約17年。そのうち覚えているのはここ3、4年ほど。
失った記憶の中で、俺はどんな性格をしていたのか。天使族と思い出す前と後で何がどう変化した?
今の俺を作っているのは。天使族か人間か。
考えれば考えるほど頭がぐちゃぐちゃになる。記憶がごちゃ混ぜにされる。
俺は、俺は、
「奏太!弱気になるな!過去なんて過ぎたものじゃろ。今の自分を作っているのは紛れもなく今を生きている自分自身に他ならん。この際、奏太とトリアをはっきりと分けろ!今、この場を、人間界を生きているのはトリアではない!奏太じゃろ!」
どっちも名前が違うだけの同一人物だよ。
俺はどちらでいたいのだろうと思う。天使族か。人間か。
「ルノ。俺は決めた。人間界ではちゃんと俺は人間でいる。そうじゃなきゃ、世界に許されないからな。まぁ、天使族の力も、内なる者の力も使うけれど、俺が人間であることに変わりはない。そうだろ?」
「そうじゃな。我は人間のお主しか知らんしな。仮に天使族へと完全に変化すればコントラクターになることもないじゃろうしな」
「そうなの?」
「知らんけど」
適当かよ。
・・・あれ?そう言えばコントラクターってどうやって選ばれるんだっけ。
不意にそんなことが頭をよぎった。
「なぁ、ルノ」
「異世界に憧れをもつ人間をいくらかピックアップされリストが契約種に配られる。そこから自由に選ぶ。選ばれたものがコントラクターになるんじゃ」
心を読んでからの説明ありがとう。
今の説明だと、俺は人間としてそのリストとやらに挙げられた。
「そのリストを作ったのって?」
「むろん、神じゃろうな」
何のけなしに言うルノ。
おいおい、ちょっと待てよ。エストは俺が堀井奏太あることを知っていたんだぞ?なのに、わざわざゲームへの参加者へと俺を選出した?異世界民であるとわかっていながら?
疑問は溢れて止まらない。あいつに対する不信感が徐々に積もっていく。
「・・・お兄ちゃん?」
「え?あ、優衣か、どうかしたか?」
「・・・あの、これ」
顔を上げて優衣を見る。手には端末を持っていた。優衣のではなく俺の。
「・・・メール。来てた」
「おう、ありがとう」
起き上がって端末を開く。そして驚愕する。
「奏太?どうしたんじゃ?」
メールの主が、神であるエストからだった。
『命題:私に不信感を抱いている中ごめんね♪』
お見通しかよ。しかし、そんなことも次の文によりどうでもいいこととなった。
『本文:800年前の神であり、妖精族の女王。フロール・セミルが現在も生存していることを確認した』
<了>
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