第4章~祭りは楽しまきゃ損だろ?~

 トリアと戦っている魔族が放った火の矢。それが私に刺さって爆発した。

 そのとき私は確信していた。死ぬと。

 体の一部がなくなり、血は止まることなく流れて行く。魔力が失われて行く。

 いやだ、私はまだ死にたくない。死ぬわけにはいかない。トリアにまだ自分の気持ちを伝えきれていない。恩返しができていない。

 なんとか回復術をかけて見ても未熟ゆえに塞がらない。

 ついさっき、トリアは言っていた。『いつでもいるわけじゃない』と。だから自分で治せるようになれ、と。

 トリアならこの傷を治すなんて容易いのだろう。けれど、彼は今戦っている。私が攻撃を受けたことに激怒して戦っている。

 いつだっているわけじゃない。トリアの言葉が頭に響く。

 それがこんなにも早く訪れるなんて誰が予想しただろう。平和で、他愛もないお喋りをして、楽しい時間がずっと続くと思っていた。

 気づけばトリアが私の体を抱きかかえていた。

「ごめん、エル。俺はお前をちゃんと守ることができなかった」

 大丈夫。私は生きている。あれほど深かった傷も綺麗に治されている。けど、ダメだ。私はトリアの顔をまともに見ることができない。

 あの矢だって、しっかり気を張っていれば当たらなかったかもしれない。トリアが守ってくれる。こちらに攻撃が来ることはないと思っていた。

 トリアには私のせいで無理をさせてしまった。きっとこれからも私はトリアに無理をさせ、トリアは私のために無理をする。

 私は、このまま罪悪感に潰されてしまいそうだよ。

 トリアは、私に縛られちゃいけない。そのせいでこんなことが起きた。

 これからはもうこんな事を起こさせない。

 だから、ごめん。トリア。あなたが無理をしないように。

 私は精神の弱ったトリアに魔力を使った。

「あれ?ここは?お前は、誰だ?」

 私のことはしばらく忘れて。

「・・・ここは、天使族の住む島『エンジェリング』あなたは城に仕える兵長さん。忘れちゃったの?私は天使族の姫エル・ネミナスよ。さぁ、城に帰りましょ?」

 私との記憶がないトリアはポカンとしながらも黙って従った。

 トリアには私と過ごした記憶はない。消したわけではなく奥深くに封印し、ここでは何もなかったと改竄した。

 城に戻った私は、真っ先に自室へ引きこもると国中に私とトリアの仲が良かったというのを無しにすべく魔力を放った。

 これで、トリアとの思い出を持つのは私だけになった。

 それ以外の国民も、じいやも、お母様ですら私とトリアは一国の姫と兵長としか認識していない。

 これで、良かったのかと聞かれれば何も良くない。充実感をまるで失った。楽しくない日々が続いた。

 けれども、私は耐えた。1人前になってまたトリアの記憶を消し戻すことを目標にしてしばらく過ごした。

 1人前になればトリアに迷惑かけることなく楽しい時間を過ごすことができる。そう信じていた。

 けれども、事はうまくいかない。

 神が変わったのだ。

 その神はトリアの幼馴染らしく、彼は秘書官になり城から出て行ってしまった。

 もう会うことはない。私は城を出る事を許されず、秘書官は神から離れることができない。

 私は泣いた。

 もう、彼の封印を解くことはできないのだと。

 そして私は後悔した。

 あの時記憶を封印せず、トリアに守ってもらう生を選んでいれば良かったのだと。




 話を聞き終えた俺はあまりに驚愕な事実に目を見開いた。

「つまり、お前は俺を想ってやったんだな?」

「怒らない?」

 困惑気味にエルは言った。

 別に怒りはしないけど、

「本音を言えば必要のない事をしたな。あの時、お前が生きていると分かっていたのなら、きっとお前のことはずっと掴んで離さなかったと思うぞ?」

「だって、それは私のプライドがさ」

 エルにどんなプライドがあるのかはわからないがこれだけは分かった。

「お前、俺が思っているよりも臆病だな。来るときはグイグイ来るのに」

「う、うるさいな!私だっていろいろ考えたんだって!」

「はいはい、ありがとな」

 そう言って頭を撫でてやると、リンゴのように顔を真っ赤に染めるエル。

「わ、わ、私だってもう大人になったんだから、そう簡単に頭を撫でないでよ!」

 ムキにはなるが反抗はしないのをいいことにエルの頭を撫で続ける。

「俺からすればお前なんてまだまだ子供さ」

 記憶と何ら変わりない、そう言う意味で言ったのだがエルは違う意味でとらえたようだった。

「これは血筋だからしょうがないでしょ!あの、トリアはやっぱり大きい方が好き?」

「・・・なんの話だ?」

「発育の話」

 うん?

「いや、別に小さくても何も言わないけど、今は別に発育の話をしているわけじゃなぇよ」

 どうしてそうなった。

「え、トリアは大きいのが好みじゃないの?押し付けた時喜んでいるように見えたけど」

 完全な誤解である。

「むしろ迷惑だった」

「う、うそぉ」

「いや、本当だ。この際にはっきり言わせてもらうと紗奈と言う存在はすべてが嫌いだ」

「過去形じゃないの?」

「あぁ、俺は紗奈のことが大っ嫌いだ。何考えてるのかわかんねぇし」

 そういうとエルは驚いたように言った。

「心を読んでなかったの?」

「お前が人間だと思っていたからな。知られたくないことを知りたいわけでもないし」

「ふーん、そんなしょうもないことを考えていなけりゃもっと早く私の正体に気付くことが出来たのかもしれないのに」

 そうは言ってもタケさんのように人間に化けた異世界民がいるなんて想像もしていなかったのだからしょうがない。

「はぁ、ルノはとっくに気づいていたというのに」

 はぁ?

 驚いてルノを見ると、慌てて目をそらされた。

「人間ではないということは分かっておった。心を読んだのもそうじゃし、魔力の感じも人間ではなかったからな。特に害があるわけでもなさそうじゃったしのぉ」

「先言えよ」

 だが、聞いたからと言ってエルにたどり着くことはなかったと思う。なにせ、死んだと記憶を書き換えられていたのだから。

 そんなことももうどうでもいい。

「おいエル」

「どうしたの?」

「どうしたの?じゃねぇよ、聞きたいことが山ほどある」

「え?えーと、家に帰ってからにしない?」

 そうもいかない。

「まず、あの態度は何だよ。一人称をころころ変えたりおしとやかになってみたり。全然お前らしくない」

「キャラ作りと言うやつだよ。ボクは最初にそう言ったでしょ?トリアに正体がばれるわけにはいかなかったしね。というか、おしとやかが私らしくないってどういうことさ。私だって一国の」

「はいはい。で?なんで俺と他の奴らで態度を変えた?」

「疲れるから」

 おいコラ、即答するなよ。

「特に深い意味なんてないよ。まぁ、トリアどんな態度でも受け入れてくれるような広い心の持ち主だということを知っていたからさ」

 あながち間違いでもないが、なんだか見透かされたような気がして腹が立つ。

「まぁまぁ、そう怒らないでよ。ほら、聞きたいことは山ほどあるんでしょ?」

 それもそうだ。

「とりあえず後でシバく」

「何で!?」

 驚くエルを無視し質問を投げかけた。

「俺が初めて総理と戦った時に傷を治したのはお前だろ?」

 あの時。腕を切り落とされ傷が塞がらなかったのに、目を覚ますと塞がっていた。あの場に傷を治せるような奴はいなかった。つまり、

「お察しの通り、私がトリアの腕を元に戻したよ」

 よかった、ちゃんと回復術を覚えたんだな・・・じゃなくて!

「なんであの場に?」

「そりゃ、つけていましたから」

 胸を張って言うことでもない。

「ほらほら、怒らないで?あの時私がいなかったらトリアはどうなっていたかわかるよねぇ?」

 こいつのすぐ調子に乗る癖はどうにかならないのか。

「お前がいなくても詠唱術のおかげで30分もすれば傷なんて塞がってたよ」

「もー、素直じゃない」

 俺は物凄く素直なのだが。

「じゃあ、次な。・・・お前はどうして俺に『マインドコントロール』かけた?」

「それはさっき説明したでしょ?」

「違う。お前が俺の記憶を改ざんした時のことじゃない。こっちの世界で、割と最近の出来事だ」

 部屋が静寂に包まれた。

「・・・まさか、奏太に記憶を見せたのがこやつと言うのか?」

「そういうことだ。そうだろ?」

 しかしエルは何も言わない。

「あの時、お前は偶然に俺のことを見つけ運んだと言ったな?」

「うん。言った」

「それは偶然ではなく事実でもない、そうだろ?」

 それを聞いたエルは大きな声で笑いだした。

「ばれちゃったか」

 まるでいたずらが見つかった子供のように舌をペロッと出すエル。

「トリアさ、たまに私のことを思い出していたでしょ?長い間放っておいたせいか封印の効力が弱ってきていたみたいでさ、いっそ解いちゃおうって思ってさ。いてて、何するのさ」

 俺は説明を聞きエルの頭を拳で挟みぐりぐりしていた。

「なんかむかついた」

「理不尽!」

 俺の気が済むまでぐりぐりし、もう1個気になっていたことを聞いた。

「城はどうした?って目をそらすな、俺の目を見ろ」

 都合が悪くなると目を逸らす。昔と変わらない。

「抜け・・・ました」

「もっと大きくいってみろ」

「抜け出してきました!」

「大きい声で言えとは言ったが威張れとは言ってないだろうが。抜け出しただと?お前はバカかよ」

「あー!今バカって言った。トリアが言っちゃいけないこと言った!バカっていう方がバカなんだよバーカ!」

「お前もいってんじゃん」

「違うよ。私は、『バーカ』だもん。『バカ』とは言ってないからセーフだもん」

 とくに違いが感じられない。というか意味は全く同じじゃねぇか。

 と、俺とエルがとてもくだらない言い争いをしているのを見ていたルノが小さく言った。

「・・・幼稚じゃのう」

 その言葉を俺らはちゃんと耳にした。

「お前にだけは言われたくない」

「ルノにだけは言われたくない」

「な!?」

 期せずしてハモってしまった。

「我のどこが幼稚じゃと言うんじゃ!?」

「「見た目」」

 またもぴったりとハモった。

「さすがの我も今のは怒ったぞ。この貧乳にロリコンめ!」

 カチンときた。それはエルも同じだったよ・・・違う。普通に凹んでいる。いや胸のことじゃなくて、な。明らかにショックを受けていた。

「魔力が戻れば・・・」

「紗奈にはなるなよ?」

 俺、あいつは大嫌いだから。

 俺の言葉にさらに凹むエル。

 胸の大きさなんてそんなに気にするようなことでもないと思うのだが、女心と言うものはよくわからない。

「うぅ、トリアー」

 若干涙目のエル。本気で気にしているんだな。慰めようかと思ったその矢先、

「トリアってロリコンだったの?」

「断じて違う」

 やっぱりやめた。聞き流してくれていればよかったものを。

「奏太はロリコンじゃ。我のパンツを見て興奮したり、風呂を覗こうとしたり、肩車した時は喜んでおったぞ?ご褒美だ!とか言って」

 ここぞとばかりに事実を捏造してくるルノ。エルの視線が痛い。

「別に興奮してないしルノなんて、ほら、妹みたいなものだからな?断じて違うからな!」

 一気にまくし立て呼吸が乱れてしまった。

「ねぇ、トリア。もしかして、昔も私のことをそういう風に」

「見てないから」

 そういうとなぜかショックを受けた様子のエル。

 いや、そこはショックを受けるところじゃないだろ。俺としてはさっさとロリコン疑惑を晴らしてしまいたい。

 顔を下に向けていたエルは不意に顔をあげ俺の腕を引っ張った。

 突然のことに俺は反応することが出来ずそのままベッドに倒れこむ。

「何する」

 最後まで言うことは出来ず、口を塞がれた。

 柔らかな感触、温もり。

 エルが俺の唇に自分の唇を合わせたのだと理解するのには数秒を要した。

 ―天使の口づけ。

 天使族での男女間の口づけには特別な意味がある。

 婚儀である。

 口づけを交わした男女は愛を誓いあわなければならず、誓わなければお互いに不幸が訪れる。

 だから、本当に愛し合っている男女だけがその行為を許される。一応、これは異性同士じゃなくても同性同士でも効力を発揮する。

 俺から口を離してエルは言った。

「トリア、私に愛を誓って」

「断る」

 即答した。

「え、なん、で?」

 困惑した様子を隠し切れないエル。

 まぁ、不幸が訪れると言われているのだからこういう反応も当たり前か。

「俺、今は人間だからさ」

 その言葉にハッとするエル。

 そう、天使の口づけをするにあたっての絶対条件は、互いに天使族であるということ。

 しかし、残念ながら俺は人間に転生した元・天使族だ。過去の記憶もあるがそれはいわゆる前世のようなものだ。

 アーウェルサに行けば天使族に戻ることも当然できるが、それが叶うのはこのゲームが終わってからだ。当然、戻りたいという気持ちもある。だが、人殺しを好まない俺が勝つには時間がかかることだろう。まぁ、最悪帰れない場合もあるがその可能性を考えると本当になりそうなのであまり考えないようにしよう。

「もう少しだけ待ってくれ。お前が待っていてくれるなら俺は必ずお前を迎えに行くから。そしたら、今度は俺から言う。俺からする」

「ちょ、か、か、か、奏太。それって」

 ルノがなにやら慌てているが何かあったのだろうか。

 あれ、エルも顔真っ赤だ。・・・?

「プロポーズするならもっと雰囲気大事にしてよ」

 顔を赤く染めたままエルが言った。

 なるほど、そう言うことか。

「今のはプロポーズじゃなくて、ただの約束だ。プロポーズも向こうでするさ。約束する」

 俺の言葉に笑顔を見せたエルとは対照的にルノはその表情を曇らせた。

 ルノが俺のことをどう思っているのかわかっているつもりではあるが、いささかこれはルノにはきつかったか。

「なぁ、ルノ。そう落ち込むなよ。色恋沙汰は向こうでじっくり考えるからさ。向こうは一夫一妻制じゃないから」

 ルノは見た目がロリロリしくて幼稚園児っぽくはあるが、一応結婚はできる年齢であることは判明している。・・・合法ロリかぁ。ロリコン疑惑待ったなし。さすがに少し考える必要があるな。

「ねぇ、トリア君」

「何?気持ち悪い」

「一夫多妻制なのをいいことにハーレムでもする気?」

「さぁ。お前ら次第」

「・・・ない」

「え?」

 声が低くて小さいと何を言っているのか全く分からない。

「許さない。許さない。許さない。何とか法律をかえな・・・きゃ」

 寝てしまった。

 ったく、一夫多妻制にしたのはお前の母親だってのに。親と子で考え方は違うものだ。

 そんなことを考えながらエルに布団をかける。

 なんとも幸せそうな顔だ。いろいろあって疲れたんだろうな。今日はこのまま寝かせておくとしよう。

「なぁ、奏太」

 ちょっと不機嫌そうなルノが俺の名を呼んだ。

「なんだ?」

「・・・いつまでそこまでいる気じゃ?」

 あぁ。ルノ不機嫌な原因はこれか。

 俺はいまだにエルと共に寝ていたのだ。

 このままでもいいがさすがにルノに何か言われそうなので部屋にあった椅子に腰かけた。ルノはテーブルに座った。椅子が1つしかないためしょうがない。

「で?何か話したいことあるんだろ?」

 決して心を読んだわけではない。ただなんとなく、今までかかわってきてそんな気がした。

「うむ、実は、我の体についてじゃ」

 なんだ?卑猥な話か?

「違うわい!真面目な話じゃ」

「じゃあ真面目に聞くか」

「初めからそうしとくれ」

 悪かった。と口に出すのはなんか癪なのでルノの言葉を待つ。

「呪いについての知識はあるか?」

「兵長から秘書官になった実績をお忘れか?ある程度の知識は持っている。・・・まぁ、呪いに関しては一般民程度にしか知らない」

「初めから知らないと言えばよいものを。一応説明しておくが、呪いとは天使族で言うところの封印じゃな。じゃが、1つだけ決定的に違うことがある。封印はその対象だけを封じ込める。一方で呪いはかけられた生物の身体に害を与える」

「つまり、お前のそのロリボディは呪いをかけられてずっとそのままということか」

 俺の解釈にルノは頷いた。

「なんでまたそんな呪いを?」

「それが、かけられたのが本当に小さな時で何も知らないのじゃ。ただ、呪いをかけたということだけは聞いた」

「体が成長すると困るってことなのかな」

「恐らくそうじゃろうな」

 一体どんな理由で困るというのだろうか。もしや、島1つが消し飛ぶような力があったりするのだろうか。

「いや、それはないじゃろ」

 ・・・お前なら十分あり得そうなのだが。

 もしくは、何かが体に住み着いていて体が成長するとともに中にいる何かまでもが成長するとか。これもまた、向こうの世界なら可能性はゼロじゃない。

「まぁ、考えるだけ無駄じゃろうし、我自身この呪いを解きたいとも思っておらん」

「まぁ、そうか」

 ルノがさっき言っていたように呪いも一種の封印だ。解いてどうなるのかわからないのなら解かない方が善策だ。

「ただ、どうして呪いをかけられたのか。それだけは知っておききたいのじゃ」

 なるほど。向こうの世界でなら簡単に調べることが出来そうだが、俺もルノも向こうに行くことは出来ない。

 そうだ、あいつなら。

「シュミルにはもう聞いた」

 俺がドS執事の名を出す前に言われてしまった。ただ、

「その様子じゃうまくいかなかったみたいだな」

「そうじゃ。断られたんじゃ」

「断った?あいつが?」

「わたくしからは何も言えません、とな」

 あまりに似ていない物真似に笑いをこらえたのはおいといて、

「その口ぶりからすると何か知っているが、ってところか」

「そうじゃろうな」

 本人に隠しておかなければならないような秘密か。

 成長されると困る。裏を返せば幼少時なら安全。体の成長が止まれば魔力の質はよくならないが、ルノは貴族の血筋だ。質は良いに越したことはないだろうし、ルノの魔力を使って数々の戦闘をこなしたがまだまだ伸びるなとも思っている。

「我からの話は終わりじゃ。最後に、これだけは忘れんでくれ。こんな身なりではあるが我は十分大人じゃということをな」

 ・・・大人ねぇ。

「な、なんじゃその目は!?」

「いや、普段のお前の言動やら行動からはちょっとな。いや、頭ではちゃんと理解しているんだけどさ、うん、あれだ、お前精神年齢が幼いんだ」

「失礼じゃのう!我はこれでも」

「悪い、ちょっとトイレ。あ、そうだ。今お前の後ろにあるドアの先に電話あるはずだから優衣に連絡しといてくれ。あと、エルのことをちゃんと見張っててくれ」

 そう言ってルノの言葉を遮った俺は部屋から出て大広間へと出た。

 本当にトイレがしたかったわけではない。侵入者がいると気づいたのだ。

 まったく、予想外の来客だ。

 地上へとつながる扉が開き、1人の人間が俺のいる空間へと足を踏み入れた。その瞬間、空気が張り詰めたような気がした。

「・・・よくここがわかったな。中島さんよ」

 トライデントを左手で持ち来客者、中島に向けて言い放つ。

「ご無沙汰しています。奏太殿」

 静かに、けれども相手を圧倒するかのような響き。そして軽くお辞儀する中島。

 ここは発信機には映らないと前に騙した相手から聞いている。しかし、消えた場所を押さえておけばここはすぐにばれるとも言っていた。中島がここにこられたのはそれのせいか。もしくは、空間の神であるディーテが伝えたか。どちらにしても、こいつがここに来た目的は1つしかない。

「俺を殺しに来たのか」

「えぇ、そのとおりですよ!」

 中島が言い終わると同時に水色の槍が飛んできた。

 ・・・速い!?

 何とか回避したものの肩をかすめてしまった。若干肉が裂け血が出たがすぐにふさがった。

 無数に飛んでくる槍を飛んで避け、なお近づいてくる中島と距離を離すために壁を走り、さらに火の玉を打ち込む。しかし、

「『アクアエンクローズ』」

 中島を囲む水の壁が邪魔をする。

 水に触れても俺の出した火は消えないがほとんど意味を為さなくなる。強いて使い道があるのなら、

「『インパクト』」

 と爆発させることくらいだ。

 それでも中島に効果が薄いようだ。少なくとも衝撃はあるはずなのにピンピンしてやがる。

 そもそも、スライム種が属す水獣族の固有魔力『アクアマリン』と俺の扱う『ブレイズ』は相性が悪い。無属性であるインパクトも組み合わせた魔力により属性が変化するため、俺の持つ能力は中島には通用しないと思った方がいいかもしれない。

 そうなると、詠唱術を使うことになるのだが、

「ほらほら、どうしました?逃げてばかりじゃ私に勝てませんよ?」

 絶え間なく来る攻撃を避け続けているため、詠唱をする余裕なんてまるでなかった。

 一瞬でも隙をつくことが出来ればいいのだが。

 もしくは、とても簡単な詠唱術。

 攻撃を避けながらも頭を巡らせた。

「『氷槍よ、万事に凍結を』」

 パッと思い出した詠唱をし、水色の魔法陣が出現した。魔法陣からは氷の槍が中島に向かって放たれる。

 水の壁は氷の槍に当たることにより凍り付いていく。これなら、足止め程度にはなる。そう思っていたのだが、

「甘い!」

 一瞬だけ中島の体淡く光り、氷が砕け散った。

 やはり初級詠唱術じゃだめか。

 完全に凍りつかせるには氷の魔力である『フリーズ』が必要となる。そうじゃないと中級以上の詠唱術を使うことが出来ない。

 俺は考え、攻撃を避け、パターンを読もうとするが不規則に攻撃が来るためにそれも叶わない。

 考えろ。スライムはどっかのチート野郎と違って不死身ではない。ただ攻撃を無効化するだけだ。殺すこともできる。

 けれど、相手は人間。・・・少なくとも俺はそう思っているため殺すことは出来ない。

 撤退してもらうか。戦闘不能にするか。

 前者はまずありえない。相手はわざわざ遠くから俺を殺しに来ているのだ。後者の場合は最低でも気絶させることが出来ればことは済む。

 まぁ、それが簡単に出来ていればこんなに悩む必要もないんだけどな。と、自嘲気味に笑う。

「何がおかしいのですか?さっさと死んでくださいよ」

「お断りだ」

 そんなやり取りの合間にも攻撃はどんどん激しくなる。

 こんな状況でも落ち着いていられるのは過去の影響か、それから天井付近に出した火を通してどこから攻撃が来るのか正確に把握しているからだろう。

 俺は再三頭を巡らせる。

 スライムのように全身がプルプルな奴に有効なのは氷結と電撃。

 詠唱術で雷を起こすこともできるがそれも初級までだ。さっきの氷結から初級では効果がないと容易に想像がつく。

 ここで忘れてはいけないのは属性関係なく攻撃が通るのは核だということだ。

 ムジナの時もそうであったが、後天的にスライムになっても核は存在していた。あの時のように核を破壊することもできる。

 しかし、今回ばかりは状況もよくない。

 と言うのも、スライムは核を壊せば体を保っていられることが出来なくなる。それが意味するのは、死だ。

 では、中島スライムにあるであろう核を壊せばどうなるのか。考えられるのは2つ。

 1つ目。スライムの体が消え人間の体に戻るものの、状態としては契約したまま。

 2つ目。普通のスライム同様、姿を保つことができなくなる。

 ・・・待てよ、そもそも核が存在していないという可能性もある。

 となると、3つ目。核は存在しないものの人間の体が打撃・斬撃を無効化している。

 ざっと考えられるのは以上だ。

 核があるかないかで考え方は全く変わってくる。

 そういえば、中島の能力は『斬撃・打撃の無効化』というだけで体がスライムとは言っていない。

 ルノが『あのおじさんはプルプル』と言わなければ3つ目の考え方は1番最初に思い浮かんだことだろう。

 あとは、1つ目の考え方はすぐに否定することが出来る。

 スライムの体が消えるというのは能力が消えるということになる。能力が消えるのなら必然と契約は切れるだろう。

 もしも2つ目があっているなら、俺は人間を殺すことになってしまうためできない。

 核があるのかないのか。こればかりは本人に直接聞くしか知る術はない。

「おい中島!お前に核はあるか!」

 攻撃の嵐の中、声を張り上げる。多分の中島の耳に届いているはずだが返答はないし、俺も返答には期待していない。

 火を通して中島を見たことによって答えは知れる。

(核、とはなんのことです?)

(あなたさまは、おきになさらず、はい)

 1つの体から2つの別々の声。

 1つは間違いなく中島のものだったがもう1つは聞き覚えがない声だ。どことなく臆病と言う印象を受けたが戦闘にうまくいかせるだろうか。

 なにはともあれこれではっきりした。中島とその契約種であるスライムは1つの体を共有している。

 この場合、スライムの核をつぶせば中島は人間に戻るだろう。まぁ、中島とスライムが核を共有していなければの話であるが。

 とりあえず、スライムを中島の体から離す必要がある。そして、スライムだけを確実に殺す。

「『汝に眠りし秘めたる力よ』」

「また何かする気ですか?」

 俺が詠唱を開始したのを見な中島は攻撃の手をさらに早めた。

 妖しく輝く妖刀の斬撃も飛んでくるが俺もそれを避け詠唱を続ける。

「『体内に寄生し者よ、その意に反し姿を現せ。汝に救いの手があらんことを』」

 詠唱が終わると、さっきまでの激しさが嘘のように攻撃がぴたりと止み辺りは静寂に包まれた。

 中島はその体を光に包み、声を発することなく苦しんでいるように見える。

 やがて光は収まり体長5mはありそうな水色の物体が中島の後方に出現した。

 こいつが中島の中にいたスライムか。天辺の方に2つの目がついている。

「あなた、この私に何をしたのです?」

「ただの分離詠唱術さ。これでお前を気にすることなく俺もゲームを楽しむことが出来る」

 作戦としては、まずスライムを火の箱へ閉じ込める。逃げ道を塞いだところで核を壊す。そう、ムジナに行ったのと同じだ。今の俺にはそれ以外の方法で核を壊すなんて芸当は到底できない。

「ック、ポニス!もう1度私の中に入りなさい!」

「う、うん。わかった」

「させるかよ。『ブレイズスクェア』」

 大きな火の箱が出現し、当初の予定通りスライムを囲う。

「やらせませんよ!」

 俺の動きを止めればいいと思ったのか、中島が懐に入り込み妖刀を振るう。

 けれども、後方へ跳躍しそれを回避。

 着地と同時にまた剣が振るわれる。まぁ、そんなの無駄なんだけど。

 右手にもう1つに神器である鞭を手にし妖刀に向かって振るった。

「何!?」

 ガラスが割れるような音と共に妖刀はちょうど中心あたりから折れた。

 たとえ魔力を纏っていようとも所詮はただの刀だ。この鞭にかかれば折ることだって簡単だ。

「もう邪魔しないでくれ」

 妖刀を失った総理にもう用はない。それでも尚、中島はスライムの前に立ちはだかった。

 武器を1つ失くしたのにもかかわらず纏っている空気は変わらない。

 その存在がやけに大きく感じ、思わず後ずさってしまう。

 何だ?この感じは。・・・勝てる気が、しねぇ。

 向こうで味わったこともないような絶望感。いや、ここで負けちゃだめだ。相手は人間だ。戦闘経験も俺の方が多い。負ける要素は、



 ―パン!



「・・・え?」

 胸のあたりに激痛が走る。

 力が入らない。

 俺は何が起きたのかわからないまま膝を崩しうつぶせに倒れた。

「戦闘中に考え事など無用ですよ」

 顔を上げて見えたのは、右手が拳銃のように変化した中島の姿。

「何があなたの身を襲ったのか。それを考える必要はありません。あなたはもう死ぬのですから」

 傷は治っているはずなのに一向に力が入らなかった。

 不意にディーテの言ったことが頭をよぎった。

『絶対無二の戦闘力はどこへ置いてきたんだい?』

 ・・・ほんと、何処に置いてきちまったんだろうな。

 昔なら、こんな奴敵じゃなかったのに。

 いいや、今もだ。俺は、こんな奴には負けない。

 死ぬわけにはいかない。

「終わりです。さようなら」

 中島の右手から何かが放たれる。しかし、それは俺に当たる前に消滅した。

 俺は負けないし死なない。

 俺は立ち上がり中島と対峙した。


 私は目の前の男に何度も溶解液でできた弾丸を打ち込んだ。

 1度目の攻撃でこの男の体の組織を内側から完全に破壊した。なら、どうしてこの男は立っていられる? 

 それどころか、何か見えない力が働いているのか攻撃が届く前に消えてしまっている。

「あなた、一体何者ですか?」

 当然そう聞く間も攻撃の手は緩めない。

「我が名はアーク・トリア。全生物に滅びを与える者」

 声は低く雰囲気も違う。

 アーク・トリアについてはディーテから聞いている。

 天使族と聞いていましたが、目が真っ赤に染まりまるで私がゲームが始まって1番最初に殺した悪魔族のようですね。

 しかしどうしたものか。相手に全く攻撃が通らないとは。

「ポニス、もう1度私の体の中に入れますか?」

「そ、それが出来たら、もうやってる」

「それじゃあ後はあなたに任せます。あなたに核とやらはないんでしょう?」

「う、うん。任せて」

 正直頼りないですが、何もしないよりはましでしょう。

 私とスライム、ポニスは体の位置を交換した。

 この子の核を持つのは私。それゆえポニスが死ぬことはない。

 けれども、私に力を与えているため戦闘能力は高くない。だから、ポニスが堀井奏太を相手している間に私が横から仕留める。

 その予定でした。

 ポニスが溶解液でできた体で堀井奏太を飲み込んだ。それでも微動だにしない堀井奏太。それどころか、ポニスが堀井奏太のいるあたりから凍り付いてきている。

「まずい!離れるのです!」

 そう叫んだものの遅かった。ポニスの体は完全に凍り付き動かなくなってしまった。

 そして、堀井奏太が右足で床を思いっきり踏み鳴らした。その振動で建物は揺れ、ポニスの体に徐々にひびが入っていき、粉々に砕けた。

 驚いて声も出ない。いや、焦ることは何もありません。私の体内にある核さえ無事ならあの子は再生するはずです。

(透、逃げよう)

 核から直接脳内へ声が響いた。

(相手が、悪すぎるよ)

 ですが、まだあきらめるわけにはいかないのです。ここにはそうそう来られるものではありません。それに、この人は放っておくと危険なタイプです。今のうちに殺した方がいいでしょう。

(やめて!透が死んじゃうよ!)

 全く、臆病な契約種です。

 ポニスの声を無視し自身に宿る魔力を練り上げていく。

 ありったけの魔力をつかえば瀕死にさせることくらいならできるでしょう。

 この一撃を確実に当てるために全速力で堀井奏太の背後に回る。

 こちらに気付いているはずなのに全く動かない。全く、不気味ですね。まぁ、こちらにとっては好都合ですけどね。

 練りあがった魔力を発動しようと手を突き出すと、ようやく堀井奏太は振り向いた。

「フン、もうおそッ!?」

 鋭い視線に射抜かれた私は魔力を解いた。

 なんですか、この圧倒的大物感は。これは、勝てる気がしませんね。

「仕方ありません。今日は帰ることに」

「『エイド・アフト』」

 私の言葉を遮り堀井奏太は魔力を発動した。

 出現したのは黒い球。

(死神族の魔力!?透!早く、逃げよう!あれは、まずい!)

 焦ったような声、それと同時に怯えも伝わる。

 焦燥感に襲われた私は身をひるがえし来た道を引き返そうと地上に繋がるドアに手をかけた。

 その直後。目を開けていられないほどの光と体が蒸発してしまいそうな熱風が私の身を襲った。






「牙登、少し上げて頂戴!」

「承知しました」

 神楽の指示で牙登が校門に『第17回学校祭』と書かれた看板を飾り付ける。

 神楽は牙登の取り付けた位置に満足したのか、嬉々とした表情で俺の方を見た。

「どうかしら、私の書いた看板は」

 へぇ、あの看板の文字を書いたのは神楽なのか。そういえば前に私は書道部なのよって言っていたな。

「勢いがあっていいと思いますよ」

 そう言って褒めると神楽は当然ねとでも言いたげに鼻を鳴らした。

「部長である私が書いたんだもの」

 と、誇らしげに、けれどもどこか嬉しそうに言った。

「にゃあ、かにゃ太」

「ノノか、どうした?」

 つむぎを背負ったノノがそこか心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。

「本当にもう大丈夫にゃのか?」

「ん?あぁ、今のところ、というか半日以上過ごしてなんともないから大丈夫だろ。特に問題なしだ」

 俺は3日前に中島と戦闘し死にかけたあたりからの記憶がすっかり抜けていて、今朝、目を覚ますと3日後である今日だった。

 中島がどうなったのか俺は知らない。あの時別室にいたルノとエルは中島があの場にいたこと自体知らない。

 エルを寝かせたあの部屋は外部からの音、衝撃、魔力を完全に寄せ付けず、内部から外へ伝わることもない。

 唯一そのすべてを感じ取れるのは建築者であるタケさんと、部屋の主である俺だけだ。

 そんなわけで、俺は目を覚ました時に、魔力をうまく扱う練習をしていたら制御しきれずに倒れたとルノとエルに伝えた。

 まぁ、あいつらは人の考えを読むことが出来るから隠しきれてはいないと思う。

「ねぇ奏太君。3日も寝るってどんな気分?」

 物凄く呑気なつむぎの質問に俺は答える。

「気分としては最悪だな。意識がなくなってすぐに目を覚ましたと思ったら実際は俺の想像をはるかに超えるだけ時間が経過していたんだからな」

「ほうほう、まぁ、寝るってそういうものだよね。じゃあさ、そんなに一瞬だったなら夢を見たり、臨死体験したりもしてないの?」

「してないな。感覚としては、例えば今この瞬間に瞬きをするだろ?そしたらその瞬間に学校祭が終わっているみたいなものだ」

 だから俺は今朝、3日たっているということを信じられず、学校に来るまで半信半疑だったのだが、今日が前夜祭だと聞いて認識せざるを得なかった。

「ほら、雑談はそこまでよ」

 手をパンパンとならし神楽が歩み寄ってくる。気づけば葵も合流していた。

「さて!百鬼夜行計画の準備を始めるわよ!」

 神楽の一言で生徒会の面々は行動を開始した。

 生徒会長の神楽と計画の立案者であるつむぎは参加者を招集し最終打ち合わせを。

 副会長の牙登と、次期生徒会長(仮)である葵は校内にいる一般生徒の誘導を行い。

 書記のノノは「当日まで秘密にゃ!」と言われ、今日が当日だというのに結局教えてもらっていない。

 そんでもって校則取り締まり委員会の俺は、場を盛り上げる演出担当のため百鬼夜行計画もとい仮装パレードが始まるまでやることはない。なので、ルノを連れて風変りした校内を散策することにした。

 俺が眠っていた間に教室だけではなく階段や廊下までもが装飾され、最後の記憶とは遠くかけ離れていた。まぁ、前日に何も変わってなきゃ問題どころの話ではない。

 と、くだらないことを考えているとルノに裾を引っ張られた。

「なぁ、奏太。ほんとのホントにもう大丈夫なのか?」

「お前も意外と心配性だよな。大丈夫さ」

「3日も寝てたんじゃ。心配もするに決まっとるじゃろ」

「ありがとさん。けど、ほんとのホントに心配はいらない。特別身体にも能力にも異常はないようだからさ」

 そう言いながら俺は今朝のことを思い出す。




 腹部に微かな質量と暑苦しさで俺は目を開けた。

 見えたのは自室の天井。カーテンが閉じているため少々薄暗いが、その隙間から見えた空から判断するに今が朝であることが分かった。

 あれ?俺はついさっきまで中島と戦っていたはずなのに、いつの間に移動したのだろう。

 中島はどうなった?俺が生きて寝ていたということは奴は死んだのだろうか。

 確認しようと体を起こそうとして、暑苦しいのが気温のせいだけではないということが分かった。

 まず、俺の体の上にルノが寝ており、右腕にはエル、左腕には優衣がそれぞれ抱き着いて眠っている。

 シングルベッドに4人も寝ていれば当然狭いわけで、肌と肌が密着し窮屈で暑い。

 唯一助かっているのは、両腕を抱いている2人の体が貧相であると言うところだ。おかげで少し力を入れるだけで簡単に腕を引き抜くことが出来た。

 両腕を解放した俺は体ルノが目を覚まさないように細心の注意を払って体を起こし、ルノを置いてリビングへと向かった。

 ベッドから降り床に立つと少しだけめまいがした。なんだか久しぶりに地面に立ったかのような、そんな感覚だ。それほど長い時間寝ていたということだろうか。

 そんなことを考えながら自室からリビングへ移動した俺は、テーブルの上にスマホとコントラクター用の端末があるのを見つけた。

 確認すべきは中島の行方だ。

 端末の電源を付けた俺は驚愕した。

 日付が俺の知る日の3日後を示していたからだ。

 何かの間違いだと思いスマホをつけてみるも結果は同じだった。また、ルノが前の日の晩に欠かさず破いている日めくりカレンダーもまた、3日後を示していた。

 実はこれはたちの悪いいたずらで、どこかにカメラが隠してあったりしないだろうか。

 なんて疑心暗鬼になりもしたが、スマホの画面を見た時、珍しく通知が多かったことが気になった。

 メッセージアプリのアイコンには受信したメッセージの量が表示されており、その数字は100通を超えていた。

 なんだ、たったの100かよ。とか思うやつもいるかもしれないが、俺の普段の受信量は2,3日に1度、メーカーによる公式アカウントからの3通来る程度なので、100以上のメッセージを受信したのはゲームが始まって以来の多さだ。

 あの時は俺に敵意を持った内容がほとんどであったが今回は違った。

 拓斗や由香、鬼月姉妹に零、蓮などの同級生、生徒会執行部のあいつらから「お大事に」だとか、「クラスみんなで待ってるから」と言った励ましメッセージが送られてきていた。

 これを見て自分の身に何もなかったと思えるほど俺は鈍感でも愚か者でもない。

 最後の記憶が死ぬわけにはいかないと思っていたところまでだが、その後なんやかんやあって3日ほど昏睡状態に陥っていた。と言う風に結論付けてみる。

 なんやかんやの部分が全くもって思い出すことが出来なかったが、端末で中島の生存を確認し撤退させることは出来たのだと自分に説明した。

 あとはディーテの行方だが、エルが生きていることから襲撃はなかったものと考えられる。

 エルが俺の知らぬ間にどの程度成長したのか正確に把握していないが、いくら貴族の血筋が2人いてもディーテとは互角にもならないだろう。

 それだけあいつは強い。本来の俺の力でやっと同等。それでも勝てるかどうかは戦ってみなければわからない。

 ・・・何か引っかかる。

 俺の本来の力とはすなわち天使族であった頃のことを指す。

 そして、今の俺はルノから与えられた『ブレイズ』と『インパクト』の魔力を持った人間であるはずだ。本来の魔力である『ホーリーブライト』と『ブリリアント』の光の魔力は使うことが出来ないはずだ。

 しかし、俺は無自覚のうちに『ホーリーブライト』を要する中級・上級の詠唱術を使っていた。

 中島と初めて接触した時に使った結界術。紅から分離した魔性生物に対して使ったリフレクター。ついさっき、いや、3日前にエルを正気に戻すために使ったものも、中島とスライムを分離させたのも、全部が中級以上の詠唱術だ。

 本来の魔力が戻っているということなのだろうか。

 試しにかつてやっていた時と同じように光の輪を出現させようとするが一向に現れる気配はなく、魔力切れを考えて火を出現させようとすると今度は成功した。

 魔力が戻っている。と言うわけではないのか。

 ならば詠唱術だ。光属性の中級以上の詠唱術には先ほどの魔力が必要不可欠である。

「『光よ、我が意に応じ闇を払拭せよ』」

 言葉を紡ぎ魔力を練る。

 たったこれだけの詠唱だが神民以外には発動させることが出来ない。神民にしか光属性の魔力は与えられないからだ。

 つまり、これが失敗してくれれば俺は本来の魔力を宿していないという証明になる。

 ところが、俺の詠唱術により薄暗い室内が明るくなった。

「・・・成功、か」

 喜ぶべきところなのだろうが、なぜだか素直に喜ぶことが出来なかった。

 聡明な俺の脳ですらこの現実についていけていない。

 悩む俺を余所に端末が明るく着信を告げた。

 鳴ったのはコントラクター用の端末だ。この端末によって連絡を取れるのはコントラクター及び契約種を殺された人間。それから、このゲームを始めた張本人だ。

 今回は後者。

「何の用だ?エスト」

 アーウェルサを統べる神でありゲームを始めた調本人であるエスト。

「なんだか冷たいね。何の用か、と聞かれればお主が悩んでいるようだったからね。こうしてわざわざ連絡を入れたんだよ」

 お見通しってわけか。

「俺が何に悩んでいるのか」

「それもわかっているさ。とりあえず、お主はそもそもの認識が違うようだし、新た知る必要があるね」

 認識の、違い?

「まず、お主の体についてだ。お主は自分自身の体が人間である。そう認識しているね?」

「そうだけど、まさか、違うのか?」

「そのとおりだよ。人間界に行くこちらの住民の多くは人間に化けられる力が与えられるんだ。けど、元から化けられる種族は別としてゲームの参加者には与えていないから安心してくれ。さて、お主の体についてだが、転移用のゲートではなく転生用のゲートをくぐったお主の体は人間の体ではなく天使族の体のままだ」

 なるほど、それだと俺があの詠唱術を使えていたことにも納得がいく。

「しかしエスト。俺は自分の魔力を操ることが出来ないんだが」

「それは、お主の体が若返ってしまっているからだよ。正確にどのくらい若返っているのかは把握していないけれど魔力が開花する前だというのは確かだろうね。だからお主は魔力をつかうことが出来ない。けれどもその身には秘めているから詠唱術は使えてしまうということさ」

 本来転生用のゲートをくぐるのは肉体を失った人間の魂だけだ。

 ところが俺の場合、肉体を持っていたために体が若返り記憶の消去が行われた。ということらしい。

「なぁ、エスト」

「なんだい?」

「ありがとな」

「トリア、お主から素直に言われると気持ち悪い」

 おいコラ、人が折角素直な気持ちを伝えたというのに。

「素直になるのは良いことだけどさ、気持ちを伝える相手は他にいるだろ?」

 こちらもお見通しか。

「そのことに関しては向こうに戻ってから必ずするさ」

「それが死亡フラグにならなきゃいいけどね」

「うるせぇ、言うな。俺は死なねぇよ」

「とか言って何度も死にかけているみたいじゃない」

 こいつ、痛いところをついてきやがる。

「死んでないだけましだ。死にかけたからこそ得たものだってあるし、今を生きているんだから過去に死にかけたことなんてどうでもいいんだよ」

「はいはい、トリア、私はお主がこちらに帰ってくるのを楽しみにしているんだからね?精々私の期待を裏切らないでね?じゃあ、私は仕事に戻るよ」

 プツンと電話が切れた。

 何が私の期待を裏切らないでくれ、だよ。

 そういえば、あいつはエルがこちらへ来ていることは知っているはずだ。というか、こんな危険な状況でもかかわらず姫の転移を許可したのは他でもなくエストのはずである。

 転移と転生のゲートを管理しているのは神であるエストなのだから。

 どうして許可したのか考えていると、1つ忘れていることに気がついた。

 ・・・ディーテのことを聞くの忘れてた。

 ムジナの時に直接出向いていたのだから放っておいているわけではないと思うのだが、調査状況だけでも聞いておくべきだった。

「・・・トリア?」

 もう1度電話しようと思っていると名前を呼ばれた。

「ん?エル、起きたのか」

「起きたのか、じゃないよ!ルノ!優衣!トリ、奏太が目を覚ましたよ!」

 エルの呼びかけに応じ俺の部屋が一気にあわただしくなる。

 ドアが勢いよく開け放たれ妹たちが俺めがけて突進してきた。

 ・・・なんだ、この状況。

 何とか落ち着きを保ち、突進が直撃する直前に体を捻って回避。そのすぐ横を勢いが止まらない妹2人が通過しもつれ合って転んだ。

 最初に立ち上がったルノはまた飛び掛かってきたが、当然のように俺はそれを避ける。

「何で避けるんじゃ!」

「身の危険を感じたから」

「なぬ!?」

「冗談だよ。おはよう、ルノ」

 それは何気ない毎朝の挨拶。3日寝ていたらしいが今が朝であり挨拶としては間違っていないと信じていた。

「おはよう!そして、お帰り。奏太」

 そう言って胸に飛び込んできたルノを今度は避けることなく抱きしめた。

 お帰り、か。俺からしたらついさっきぶりなんだけど、まぁいいか。

 相変わらず質量の感じられない体を抱きかかえて苦笑する。

「むぅ、ルノばっかりずるい」

 と頬を膨らませたエルの頭を撫でてやり、さらに妬みの込められた視線を優衣に向けられ同じように頭を撫でてやる。そして、また思った。

 ・・・なんだ、この状況。

 その後、俺は「何があったのか」と聞かれ、

「ちょっと『ブレイズ』と『インパクト』の魔力。それから詠唱術の可能性について実験していたらどうやらキャパを超えたらしい」

 と、中島と戦闘したことを伏せてそう言った。

「けど、体の組織が壊れてたよ?」

 というエルに指摘に、中島が俺に打ち込んだものの影響だろうと思いつつ、

「魔力の消費は場合によっては身体に影響を与えるから、それだけ強大な魔力を消費したってことだよ。いいね?」

 とゴリ押した。




 と、言うのが今朝の話。

 やはりゴリ押したのがいけなかったのかルノはずっと俺に疑いの目を向けていた。

 その様子に俺はため息をついて言った。

「もう心配するなって。気にしすぎるとせっかくの祭りも楽しめなくなるぞ?」

「うぅ、それも、そうじゃな。祭りは楽しむ物じゃしな」

「その通りだ」

 ずっと不安そうに表情が曇っていたルノの顔にようやく晴れ晴れとした笑顔が浮かんだ。

 ほんと、単純な奴だ。

「それにしてもこの廊下・・・少々おどろおどろしすぎる気がしてならないのじゃが」

「まぁ、そうだな」

 現在俺らがいるのは1年生の教室が並ぶ2階。

 全てのクラスがお化け屋敷を行うという異例の事態らしく、このフロア全体がお化け屋敷のようになっている。

 装飾したのは各クラスであるはずなのに、窓という窓は光が遮られるように塞がれ、電気もついていないため薄暗い。

 壁には血を模した装飾がされていたり、何で作られているのかわからない生々しい手足が生えていたりするため、俺が普通の人間だったならばここを通るのだけは絶対に避けたい。本当に何かいそうだし。

 そう思えてしまうほどにこの廊下は狂気に満ちていた。

 しかし、異世界民である俺とルノに作られたホラーは通用せず、何も面白いことがないまま廊下を進む。

 終盤に差し掛かるころ、何かと因縁の深いC組から話し声が聞こえた。話し声が聞こえるというだけで誰なのかは判別つかない。

 俺とルノは互いに顔を見合わせ壁に聞き耳を立てた。

「・・・はい。はい。・・・です。・・・大丈夫」

 そのすべてを聞き取ることは出来なかったが、室内にいるのは1人のようだ。通話しているのか、それとも独り言か。

 後者の場合だとこの雰囲気も相まって恐ろしく感じてしまう。

「・・・実は誰ももいなかったり」

 背中に乗るルノがボソッと言った。

「ルノ、それは考えるな。こちらの世界での怪奇現象は向こうの世界でも解明できていない。わからないものほど」

 怖いものはない。

 そう最後まで言う前にドアが開いた。

「キャ!」

「うぉ!・・・って、なんだ絵美か」

「先輩、驚かせないでくださいよ」

 と少し困り顔の後輩。

「というか、ちょっと待ってください。どうして先輩がここにいるんですか?」

「なんだ?俺がここにいちゃまずいみたいな言い方だな。どうしてここにいるのかなんて、俺がここの生徒だからに決まっているだろ」

「まぁ、そうなんでしょうけど。まぁいいです。・・・また連絡しなおさなきゃ」

 後半は小さく言っていたため聞き取れなかったが、戸惑っているのは確かだった。

「そういえば、その背中の子が先輩の契約種ですか?」

 絵美が俺の背中にいる小さな存在に気付き聞いてきた。

 そういえばこの2人が会うのはこれが初めてか。

「そうだ」

「弱そうですね」

「な!?」

 本当にこの子は初対面でも容赦ねぇな。だがしかし、

「そうかもな」

「ちょ!?」

 初対面からの批判に加え俺が賛同したことによってルノの腕の力が徐々に強くなっていく。

「悪かった。冗談、ジョークだから。いや、ほんと、ごめん。そろそろ苦しい」

 息が止まる直前に圧迫から解放され大きく深呼吸する。

「仲がいいんですね」

 そんな俺らのやり取りを見て笑いながら絵美は言った。

「よく言われるよ」

「それが、先輩の首を絞めることになるんでしょうね。・・・えーと、物理的に、と言うわけではなくてただの比喩的な表現ですよ」

 意味深長に笑う絵美。

「どういうことだ?」

「今から言うのは、私が下僕になった時、その主が契約種と話していた会話の1部です」『ボクは契約種であるキミとなれあうつもりはないよ。もしキミが死んでも悲しみたくないからね。それに、仲良くすると後がめんどくさそうだ。よくゲームである人質として取られるとかね』

 だから首を絞める、か。確かに似たような状況にはなったことがある。それでも、

「俺は自分が死ぬなんて考えてないから心配することは何もねぇな」

「うわぁ、傲慢じゃな。何度も死にかけてるくせに」

 傲慢って、お前が言うか。

「フフ、先輩は私の主には勝てませんよ」

「ほう?どうしてそう言い切れる?」

「あくまで予想でしかありませんけど、先輩は優しすぎるんですよ。優しさは戦闘には不要であり妨げになります。しかし、彼にはそれがありません。無慈悲に人を殺すことが出来るんです」

「お前が何と言おうとそれはただの推測だ。気持ちなんて確たる証拠になりゃしない」

 確かに優しさというものが戦闘にどれだけ影響を与えるのかは分かっている。だが、負けると決めつけることなんてできやしない。

「少し試してみますか?」

「何?」

「先輩が私を殺せるかどうか」

 気付けば絵美はその手に短刀を握っていた。

 それを見て俺は笑って言った。

「いいや、やめておこう。・・・呼び出しだ」

 着信を告げているスマホを手にし、俺はルノを連れてその場を後にした。




「奏太!遅いわよ!」

「すいません、ちょっと散歩してました」

「言い訳は後で聞くわ。準備を始めなさい」

 神楽の言葉を受け、俺はパレード開始を今か今かと待ちわびている生徒たちのいる体育館へと向かった。

「おやぁ?奏太君、遅いよ」

「悪い、散歩してた」

「お散歩?それならつむぎも誘ってくれればいいのに。水臭いなぁ」

「お前は仕事があるだろ」

「そうだったねぇ。おやぁ?ルノちゃんも連れてきたの?」

 背中にいる存在に気付いたつむぎが驚いたように声を上げた。

「我は奏太から離れることが出来んからな」

 その言葉ににやにやし始めるつむぎ。

「じゃあしょうがないねぇ」

「ほーら、無駄口をたたくのはそこまでにしなさい?」

「あ、神楽ちゃん。お帰り」

 入り口で立ち話をしていた俺らに神楽が割込み会話は強制終了された。

「まったく、あんたたちには緊張感のかけらもないのかしら?」

「そんなことないよねぇ?奏太君」

 俺に振るのか。

「正直言って俺はそんなだな。ただ能力を使うだけだし」

「おー、余裕そうだねぇ」

「ミスだけはやめなさいよ?」

「大丈夫だって」

 周りに延焼しないようにする詠唱術も常に自分にかけている。特に問題はないはずだ。

「いや、それだと襲われた時に対処しきれんじゃろ」

 ・・・学校祭のことばかり考えて戦闘のこと忘れてた。まぁ、襲われないように祈っておこう。

「皆さん!」

 俺が静かに祈っていると神楽が声を張り上げステージに昇った。

 それに合わせて集まった生徒たちの視線が一斉に神楽に集まった。

「この度はお集まりいただき誠にありがとうございます」

 生徒会長のありがたい挨拶とともに改めて百鬼夜行計画について説明が始まった。

 その間に俺は2階にあるギャラリーから集まった生徒たちを眺めた。

 百鬼夜行計画とは言っているが、その実ただの仮装パレードだ。フランケンシュタインや若干トラウマになりつつある吸血鬼の衣装に身をまとった者は少数で、アニメやゲームなどに登場するキャラクターのコスプレをした者が過半数を占めているように見える。

「キュアキュアの衣装に身を包んだ者もいるのぉ」

 キュアキュアとはルノと優衣が大好きな魔法少女アニメであり、子供にはもちろんのこと子供はもちろんのこと大人にまで大人気らしい。鬼月姉妹のまともな方、妹の桃ですらはまっているらしい。しかし、俺はそれを1度も見たことがないので何とも言えない。

「・・・あの衣装が欲しいなら莉佐にでも頼めば?」

「わ、我は何も言っとらんぞ!?」

「いや、ばっちり顔に出てたぞ?あれ欲しいみたいな目で見てたろ」

 見る見るうちに顔を赤くするルノ。・・・こいつの羞恥の基準はよくわからないな。

「さぁ、みんな!盛り上がっていくわよ!」

 神楽の煽りによって体育館がわいた。

 俺はそれを確認すると、下に降り生徒会執行部に再度合流する。

 ここからが本番だ。

 まずは、牙登と葵が参加者の列の先頭にいる、より猫らしさが増した衣装に身を包んだノノと共に参加者を誘導していく。

 ノノのやつは参加者兼誘導係だったらしい。

 俺は列の最後尾についていく。

「おや、下僕も出演者なのか?」

 そう言う最後尾にいたのは、赤い魔法使いのような衣装、黒いマントに身を包み、大きな帽子をかぶった同級生、鬼月紅だった。手には杖のようなものを持っている。

「俺は出演者じゃなくて演出者さ。一緒に行くのはそこの校門までだ。で、その恰好は?」

「フフフ、どうだ?カッコいいだろ?これなら爆裂魔法だって使える気がするぞ」

「うん?なんかよくわからんが嬉しそうだな」

「まぁね、この日をどれだけ待ちわびたことか」

 本当に楽しそうで何よりだ。今までに見たことないくらい輝いて見える。

 そんな紅と数分だけ話し、校門に到着。

「楽しめよ」

「下僕もな!」

 別れの挨拶をし、俺はひっそりと脇に避ける。

 そして、出演者たちは校門前に整列し吹奏楽部の演奏とともに、仮装パレードもとい百鬼夜行計画がスタートした。

 演奏されているのは百鬼夜行を意識したのか和装ではあるものの、肝心の出演者の大半が異国人に見えるため多少違和感があるのを感じつつ俺は決められた道を進むパレード団を見守る。

 パレード団はただ進むのではなく、踊ったり、小芝居をしたりして参加していない生徒、観客を飽きさせず楽しませる工夫をしていた。

 奇妙な格好でけん玉をする人、歯車のようなものを持って回している人もいれば、集団で殺陣を始める人たちまでいる。

 それでも最後尾を過ぎれば帰ってしまう人もいる。・・・ここで、俺の出番だ。

「『ブレイズドール』」

 最後尾が過ぎ誰もいなくなった道路に火の人形を何の前触れもなく出現させた。

 その姿は、『百鬼夜行』という名目であったので日本で妖怪として伝わっている者たちを模した。

 最初に狐のお面を被った人型の人形を出現させ帰ろうとしていた人の足を止める。

 さらに鬼、河童、唐傘お化けや目玉を親父に持つ子供、子供たちの間で妙に人気な地縛霊の猫。さらにはネタが思いつかなくなり十二支も何となく出現させた。

 道の両端には人魂のように火の玉が自由自在に飛び回り明かりの役目も果たす。

 突如として始まった本当の百鬼夜行に辺りは再び盛り上がり、歓喜の渦に飲み込まれた。

 そこにいるだけでも珍しいため観客が飽きることはないだろうが、妖怪たちが軽く喧嘩を始めたり、アクロバティックな動きをし始めたりと尚観客の心をつかんだ。

 あたりが盛り上がる中、陰で火の人形たちを操る俺の心配事はただ1つ。・・・魔力だけは切れてくれるなよ。

「ねぇ」

 ここで魔力が切れたらせっかくの前夜祭も台無しになる。

「あの」

 後は、他のコントラクターに邪魔されない事を祈るだけだ。

「お兄さん!」

「え?」

 呼ばれてあたりを見渡すが誰もいない。おかしいなと思いながらも視線を少し落とすと、見覚えのない小さな女の子が俺を見上げて立っていた。背丈は優衣と同じくらい。小学生だろうか。

「えーと、俺?」

 俺の問いかけに女の子は小さく頷いた。

 一体こんな子が俺に何の用だというのだろう。人形の維持もあるため集中を乱すことは出来ないが、無視することもできない。

 わざわざ路地にいる俺に話しかけてきているのだ、逆に何もないのならこんなところには来ない。

「何か用?」

「えーと、優衣ちゃんのお兄さんですよね?」

「そうだけど、優衣の友達?」

「はい!優衣ちゃんと同じクラス何です!」

 よかった。以前優衣に学校の話を聞いた時に貢がれているという話を聞いたから若干不安になっていたがちゃんと友達がいたようだ。

「よく俺のことが分かったな」

「優衣ちゃんが自分のお兄さんはコントラクターだと言っていたので。あと、今の妖怪たちのパレード、お兄さんがやっているんですよね?」

「あぁ、そうだよ」

「やっぱり。えっと、こんな楽しいパレードをしてくれて本当にありがとうございます!」

 面と向かって感謝の言葉と伝えられるのはこれで何度目だろうか。いつまでたってもなれるものではない。

「すみません。それだけ伝えたくて」

「由樹ー!あ、ここにって奏太!?」

「じゃあお兄さん。さようなら」

 そのままいなくなろうとする女の子。

「うん、ちょっと待って。この子は由香の妹?」

 ここに名前を呼びながら来た俺の同級生に向かって問う。

「うん、この子は由樹。私の妹なんだけど、奏太まさか手出してないよね?」

「いい加減俺のロリコン疑惑は何とかならないかなぁ。何もしてねぇよ」

「まぁ小心者の奏太がそんなことするわけないもんね」

 く、小娘が。俺は大人だ、と言いたいのをぐっとこらえ立ち去ろうとする2人を目で見送った。

「いいの?お姉ちゃん、あの人って」

「しっ!それは絶対に言っちゃだめだからね?」

「はーい。あ、そうだお兄さん。優衣ちゃんも来ていてこのパレードが終わったら校門に来るそうですよ」

 そう言って天城姉妹はいなくなった。

 なんだか気になるようなことを言っていたが、その後も一切取り乱すことなくパレードをこの上なく順調に進めた。

 そして、2時間かけ市内を回り百鬼夜行計画は無事成功に収めて終了した。




 前夜祭終了後、生徒会室にて。

「乾杯!」

 前夜祭の成功と、明日からの学校祭がうまくいくようにとパーティーが行われていた。

 そこには何故か紗奈に化けたエル、優衣、そしてこの学校の生徒ですらない莉佐の姿があった。

 こちらとしても食費が浮くし神楽も許可しているからいいのだろうが、莉佐がいるという事実だけはパーティーが始まって30分経った今でも理解できなかった。

「それにしても、ルノちゃんとカナってば仲直りしたんだねぇ」

 俺の考えていることを全く知らない莉佐は、缶カクテルを手に絡んできた。

 ・・・見た目はクラスにいても違和感がないくらい童顔なのにちゃんと成人は迎えていたのか。

 完全に酒が回っているのか顔もほんのり赤くなっている。

「元々喧嘩なんてしてないんだけどな」

「うむ、こちらの勘違いじゃったようだし」

「なぁんだ、心配して損しちゃった。この損した分は」

 そう言いながら優衣にじわりと近づいていく莉佐。

「かわいい子の頭に顔をうずめて充電しなきゃ」

 うわぁ、そんなだから優衣に嫌われるんだよ。と思ったが意外なことに抱き着かれて髪に顔を沈められている優衣は無反応だった。

 なんだ、成長したな。そう言おうと顔を見て俺は前言撤回した。

 優衣は今まで見たことがないほど心底嫌そうな顔をしていた。

 まさかここまでとは、嫌われすぎだろ。

 そんな俺らに構うことなく生徒会執行部組も盛り上がって・・・いない?

 なぜか葬式みたいな雰囲気が漂っている。神楽を除いたみんなの表情も心なしかひきつっている。

「私の作った料理が食べられないというの?」

 そういう神楽の手には得体の知れない黒い塊が盛りつけられた大皿があった。

 なるほど、あれが原因か。

 俺は苦笑しながらもなんだかおもしろそうなので、黙って見守ることにした。

 それに葵が気づいていたことを俺は知らない。

「お嬢様の作ったものはちょっと、なぁ?夢霧」

 返答に困った牙登がつぐみに振り、

「そうだねぇ、ノノちゃん」

 ノノへと受け流し、

「そ、そうだよにゃあ、葵」

 最後は葵へとバトンが回り、

「会長の作った料理を食べると3日はお腹を下すので」

 とんでもないことを言い葵はここで言葉を切った。

 そして、チラッと俺を見て、

「なんだあれ、面白そうなことをしているな。俺には関係ないだろうし見ていよう。と思っているであろう奏太君に食べてもらうのが得策だと思います」

「おい、巻き込むなよ」

 てか、なんでわかったんだよ。

 いや、その前に俺は物騒なことを聞いた気がするんだけど。

 話題を振られた以上は逃げるわけにもいかない。

「念のため聞きますけど、それは何なんです?」

 決して食べようと思ったわけではない。ただの確認だ。

「見てわからないの?」

「見てわかっていたら聞いていませんよ」

 見た目は真っ黒。形もいびつ。匂いは少し距離があるため分からないし食材も不明。食欲がそそられるような部分は何もない。

「あなたも中々酷なことを言うわね。もしかして、みんなもわからないの?」

 神楽の問いかけに、気まずそうにうなずく生徒会執行部。

「あー、そうよね。私の調理レベルが高すぎたせいね」

 なんたるポジティブ思考。誰かその逆ということを教えてやれよ。

「これはね、唐揚げなのよ。今まで作ってきた中でも1番の自身があるわ!」

 そ言って神楽はどや顔した。

 うん、いろいろ突っ込みたい。

 その黒い塊が唐揚げ?本当に揚げてんのか?焼き焦げたみたいな見た目なんだけど。あと、それが1番の自身作って。今まではどんなものを作ってきたんだよ。

 なんて言うと神楽が怒りそうなので、俺は見たままの感想を言う。

「どこからどうみても揚げすぎでしょ」

「まぁ、ちょっと焼きすぎたかしらね」

 焼きすぎた!?唐揚げを?から『揚げ』なのに?なんだ、俺の予想通りじゃん。つまり、神楽が作ったのは唐『焼き』だったのね。納得・・・出来ねぇ。

「先輩、唐揚げってわかってます?揚げるから唐『揚げ』なんですよ?」

「あぁ。唐揚げの『揚げ』って揚げるからだったのね。食べるとテンションが上がるからだと思っていたわ」

 唐揚げ好きの俺としてはテンションが上がるのというのはよくわかる。だがそのイメージで唐揚げを作ったのなら、神楽の作ったこの自称唐揚げを食べるとテンションがだだ下がりしそうな気がする。

「先輩さ、これ味見してみました?」

「あなたねぇ。失礼にもほどがあるでしょ?」

 じゃあしっかり味見をしてこれというわけか。確かに失礼なことを、

「するわけないでしょ?」

 料理が下手な人が上達しない原因はこれか・・・。

「だっておいしいに決まっているじゃない」

 いくらなんでもポジティブすぎだろ。

 俺は牙登の傍に行き、こそっと耳打ちした。

「ちゃんと料理を教えたらどうだ?」

「一応やってはいるんだが、どうしてもアレンジを加えたがってしまってな。シェフですらもう」

 諦めてしまった。らしい。

 神楽の料理下手はもはや才能か。今度徹底的に仕込んでやろう。少なくとも俺の料理の腕は神楽よりは上だ。

「ほら奏太。私の自身作。1つどうかしら」

 神楽は唐揚げのようなものを1つ箸でつかみ俺の口元へ寄せてくる。

「ほら、口を開けなさい?この私が食べさせてあげるわ」

 絶対に口を開けてなるものか。

 俺と神楽が静かな攻防を繰り広げていると、大皿に盛りつけてあった唐揚げを1つ誰かが持って行った。

「え?」

 そんな素っ頓狂な声を出したのはつむぎだ。

 俺が声を出せば被害者になっている。

 とりあえず、唐揚げが持ってかれたのは神楽も気づいたようで俺に食べさせようとするのをやめた。

「ちょっと紗奈ちゃん?だっけ、大丈夫?」

 つむぎは珍しく焦りの色を表に出し水の入ったコップを渡すが、紗奈は何も反応しない。

「こんらの、口の中で浄化すれば食べられるよ」

 心なしか呂律がおかしい。まさか、と思い顔を覗き込むとここにいる成人済みと同じく頬が赤く染まっていた。

「お前、まさか酒か?」

 俺の言葉に神楽が驚いて声を上げた。

「ちょっと未成年の飲酒は」

「大丈夫らよ?ほら」

 神楽を遮って紗奈は自身にかけた魔力を解き、元の姿エルに戻った。

 ・・・いや、こいつ何やってんの?勘弁してくれよ。完全に酔ってやがるな。

「か、奏太。説明なさい?」

 俺は頭を抱えそうになりながら考える。

 エルのことを説明するということはつまり俺の正体を明かさなければならない部分もあるわけで、あー本当に余計なことをしやがって。

「私はれぇ、トリアのフィアン」

「言わせんぞ」

「ルノナイス」

 とんでもないことを口走ろうとしたエルを俺の背中にいたルノが止めた。

「えーと、簡単に説明すると。こいつは人間じゃありません」

「そんなの見たらわかるわよ」

 ・・・ですよね。

「どうだー、恐ろしいかー」

 両手をあげ襲い掛かるようなポーズを神楽に向けるエル。

「別に怖くはないわよ。それに、あなたも同士だったようだしね」

 自分の胸を見て神楽は言った。

 エルもそうだったが神楽も自分自身の胸がぺったんこなことを気にしていたらしい。

 そういえば、神楽はつむぎにもノノにも神楽にとって後輩である葵にすら大きさでは負けている。

 女子としてはやはり気になるんだろうな、とぺったんこな2人が握手しているのを見て苦笑する。

 なんとか誤魔化せたか。そう思ったのも束の間のこと。

「ねぇカナ~。結局その女の子とはどういう関係なのぉ?」

 にやにやした酔っ払いが絡んできた。

 これはまずい。そう思い俺が動くよりも先に莉佐が口を開いた。

「同じ天使族らの?」

 たったそれだけの一言でこの空間が凍り付いたように思えた。

 こんの酔っ払い!これはもう、引き返せないか・・・?

「あの、奏太?」

 あ、終わった。

「同じってことは奏太も天使族?ってこと?」

 神楽が俺とエルの顔を交互に見て言った。

「・・・このことは黙っていてくれませんか?」

 そう言って俺は深く頭を下げた。

「わかったわ。あなたたちもいいわね?」

 神楽の問いかけに生徒会の面々は頷いた。

 よかった。と胸をなでおろす。

「本当にありが」

「あなた、向こうで何かやらかしたの?」

「向こうにも執事はいるのか?」

「向こうの世界ってどういうところにゃんだ?」

「ねぇねぇ、羽とか輪っかとかないの?」

「文化の違いについて一言!」

 感謝の言葉を述べようとしたら興奮した生徒会執行部に遮られた。

 人間ってこんなに異世界に興味があるものなのか。

 これはクラスで俺の正体を明かさなくてよかった。というか明かしていたらこんな感じで質問攻めだったのだろう。そう考えると身の毛がよだつ感じがした。

「みんな、ちょっと落ち着こうよ。カナが困ってるよ?」

 この酔っぱらいは騒ぎを起きた原因が自分にあることを理解していないようだ。この場にある酒は莉佐の持ってきたものしかない。つまり、エルが飲んだ酒というのはそれしかないのだ。

「とりあえず1つずつ答えるぞ。向こうでは特に何もやらかしてはいない。向こうにも執事はいるし、知り合いにいるから気になるなら紹介する。向こうの世界はたくさんの島が浮いている。羽とか輪っかは自分の意思で出したり隠したりできる。文化の違いは各島で違う」

「「「「おおー」」」」

 何も褒められるようなことはしていないのだが、皆に尊敬の目を向けられている。

 その後、生徒会執行部は各自で異世界について考え、それを話題に話し始めた。

 俺はこそっと輪から抜け出すと、ソファに座って一息ついた。

「まさかこんなに大騒ぎになるとはな」

「だから言ったじゃろ?人間は異世界や異能力に憧れると」

「そうだっけ?」

 言われたような、ないような。

 過去の記憶を呼び覚まそうとしていると、服の裾を引っ張られた。

「・・・お兄ちゃん。お姉ちゃん」

「ん?どうした?」

「何じゃ?」

「・・・眠い」

 俺とルノは顔を見合わせて優衣に微笑んだ。

 ルノは俺の背中を優衣に譲り、俺は近くにいたつむぎに声をかける。

「優衣が眠いみたいだからそろそろ帰るわ」

「うん、わかったよ。明日は楽しもうね!」

 帰ることを伝え、エルと莉佐、2人の酔っ払いの首根っこを掴んで家路についた。




 迎えた翌日。つまるところ学校祭初日。

 全校生徒は体育館に集められ、2階にあるギャラリーには昨日の百鬼夜行の影響もあるのか多くの一般客であふれかえっていた。

「それでは!ただいまより第17回学校祭の開催を宣言するわ!全員!楽しみなさい!」

 生徒会長神楽のありがたい挨拶が終わると同時に会場は熱狂の渦に包まれた。

 人混みがあまり得意ではない俺とルノは生徒会役員として熱狂の渦が巻き起こっている一般生徒とは少し離れたところに設けられ、この時ばかりは神楽に感謝していた。

 学校祭1日目は各部活、主に文化部が主催のイベントがここ体育館や部室等で行われる。

 最初は開催式があるため全校生徒が体育館に集められたがそれも終わった今は自由に動くことが出来る。

 しかし、体育館から出ていく生徒は驚くほど少ない。それだけ今から行われるイベントは注目度が高いということだ。

 まず最初に行われるのは、

「ただいまより!新聞部主催による『美男・美女コンテスト』を行います!皆様!ステージにご注目ください!」

 放送部所属という3年生の女子のアナウンスがされ進行が新聞部に変わる。

「それでは!今年もやってまいりました!『美男・美女コンテスト』!この企画は新聞部独自の調査により」

 司会を務めているのは同級生であり、昨日ちょっとだけ話した由香だった。

 内気な彼女がここまで声を張り上げ盛り上げようとしている姿は新鮮でとても輝いて見えた。

 そういえばこのコンテストにはエルの化けた姿である紗奈もエントリーしているらしいが、大丈夫なのだろうか。

 昨日は思っていた以上に飲んでいたようで、二日酔いを起こしていた。

 いつの間に酒なんか飲めるようになっているとは、それだけ年月が過ぎたということなのだろうが、あいつとが成人を向けた時に一緒に飲みたかった。

 なんて思いふけっていると、

「エントリーナンバー5番!一般からの参加です!」

 一般?学校行事に一般人を参加させていいのかよなんて思いながらもペットボトルのお茶を口にする。

「函館在住の高校生!高島玄魔君です!」

「ゴホッ!ゲホ!」

 思わず噴き出してしまった。

 高島玄魔だと?

「奏太君、大丈夫?新しいお茶買ってこようか?」

「あぁ、ごめん。ありがとう。けど、大丈夫だ」

 俺は掃除を始めるつむぎに申し訳ないと思いながらもステージから目を離せずにいた。

「奏太、あやつは」

「俺らの知る奴だな」

 ステージ上で多くの女子から黄色い声援を受け取る耳にピアスを開けた金髪高身長の爽やかチャラ男イケメン。ただし中身はヘタレ。

「奏太悪口が混ざっとる」

 イケメンは嫌いだ。

 んで、優衣や莉佐と同じで元コントラクター。俺は覚えていないが中1の頃の同級生でもある。

「それでは玄魔君!何か一言お願いします!」

「札幌潮ノ宮学園の皆さん、初めまして!函館在住のただの高校生、高島玄魔です。一般参加の僕にこんなにも暖かい声援をありがとう!けれど、僕には投票することが出来ないことを忘れないでね?間違ってもダメだよ?約束」

 言い終わると同時に会場は大きな歓声に包まれた。

 その後に登場した拓斗は物凄くやりづらそうであった。数少ない友人には申し訳ないが今はそれどころではない。

 俺はステージの横にある待機室へと向かった。

 ドアを開けようと手をかけたところで丁度ドアが開き中から1人の男が現れた。

「あれ?奏太にルノさん?」

 グッドタイミング。

「ちょっと付き合ってもらおうか」

 不思議そうな顔をする玄魔を連れて俺らは中庭へと向かった。

「それで?奏太、僕をここに連れてきた理由は?」

「聞きたいことがあったからな。お前、どうしてここに?」

 今日は金曜日。ド平日なのである。普通の学校なら授業がある日なのである。

「それがさ、今日がちょうど開校記念日でさ、学校が休みだったんだよ。で、由香から学校祭があるって聞いて朝市でこっちに来たんだ」

 まさかコンテストにでるなんて予想外だったけどね。と最後に付け加えた。

「・・・イケメン滅べ」

「何か言った?」

「いいや、何も」

 その後玄魔はどこか困惑したような表情で澄み渡る青空を見上げた。

 何か言いたいことでもあるのだろうか。

「そういえば奏太、ゲームってどうなったの?」

「ん?あー、何も進んでないな」

 中島からの襲撃があったが、1度目は死にかけたもののディーテに拉致られ、2度目は気づけばいなくなっていた。

 どちらかが死ななければゲームは進まない。だから、どちらも死んでいない現状では進捗も特にない。

「ふーん、そっか」

 どこか残念そうな玄魔。

 俺と玄魔は1つ約束をしていた。俺が失われた記憶を取り戻し、とある事件の真実を伝えると。だが、そのためにはゲームを勝ち抜いてアーウェルサへと行かなければならない。

 ゲームが進んでいないとその約束を果たすまでまだまだ時間がかかるということになるので残念に思われたのかもしれない。

 沈鬱な空気に包まれたなかルノが玄魔に向かって言った。

「お主、学校祭以外の別の目的でこちらに来ているじゃろ」

「え?」

 そうか、心を読んだのか。玄魔もそれを理解したようで、ルノさんには敵わないなと呟いて言った。

「僕がここに来たのは、奏太。君と直接会って伝えたいことがあったからなんだ」

 いつになく真剣な目つきで見られ、その内容がおふざけでもなんでもなくとても重要なことであることが伝わった。

「奏太。この学校には向こうの世界の住民が人間に化けて過ごしているらしいんだ」

 眉間にしわをよせ、深刻そうな顔をしている玄魔を余所に俺はひっそりと笑うのをこらえていた。

 俺とルノはこの時、1人の人物を思い浮かべていた。

((紗奈だな))

 しかし、それを口に出すわけにもいかない。

「お前はどこからその情報を?」

「うん、ちょっとね」

 そのちょっとを聞いているんだが。俺は少しだけイラつきながらも玄魔の言葉を待った。

「キュー」

 ・・・え?

 どこか場違いの、小動物のような鳴き声が聞こえた。

「ちょっと、隠れていなきゃダメじゃないか」

 続いて玄魔の取り乱した声。

 よく見ると玄魔の手の上に何かいた。

 トカゲのような容姿をしているが、この生物は地球には存在していないはずだ。どうして、玄魔がこんなのを手にしている?

「奏太、こいつはドラゴンの幼体か?」

「多分そうだろうな」

 普通のトカゲに角なんてないし鱗だってない。なのに玄魔の持つこの生物にはそれがあった。

 いろんな疑問が頭を駆け巡る。まず聞くべきは、

「いつ、どこで、どうしてそうなった?」

「奏太、まとめきれてないぞ?」

 ルノの冷静な突っ込みに体温が上昇する。自分でも思っていた以上に動揺してしまっていたようだ。

「この子が来たのはつい最近のことだよ。気づいたら僕の家にいたんだ」

 律儀に玄魔は俺の質問に答えてくれた。

 しかしどうして、こちらにいるはずのないドラゴン、しかもその幼体がこっちの世界に?

 ゲームが始まってからというものこっちの世界に来るアーウェルサの住民が増えてきているような気がしてならない。

 タケさんのようにちゃんとした任務があるならまだしも、エルのようにろくでもない理由がなかったり、ディーテのように自らの目的のために好き勝手暴れまわったり。

「そろそろこっちの世界の神が動くかもな」

「どういうこと?」

「どういうことじゃ?」

 純粋な人間である玄魔は良いとして、悪魔のルノにはちゃんと世界の関係について理解しておいてもらいたい。

「世界が全部で3つあることは知っているよな?まず、エストの収める『アーウェルサ』。俺らが現在こうして暮らしている『人間界』。この2つの世界の狭間にあるディーテの管理下にある『暗黒世界』」

 俺の前置きにルノは頷き、ディーテという名前に首を傾げた玄魔にムジナを暴走させたやつと説明しておく。

「今回話すのは、人間界のことだ。俺は普通に人間界と呼んでいるけれど、一応地球以外の人がすまない惑星も人間界に含まれる。で、こっちの神についてはその星々に最低でも1人ずつ神がいるらしい」

「星じゃと?」

 アーウェルサにも星はあるがこちらの世界程目立ったものでもなく、ルノは困惑したようだ。

「イメージとしては、向こうの世界の各島に1人ずつ神がいると思ってくれ」

 ルノの頭から疑問符を取り除いてやり説明を続ける。

「アーウェルサと人間界を自由に行き来しない。干渉しない。それがお互いで決めた約束だ。人間が生きていればこっちの世界が管理し、死ねばアーウェルサで管理する。その他の生物をお互いの世界に入れるのも、本来なら禁止事項だ。ただし、俺のように緊急事態で送られるという例外もあるがな」

「だけど、最近はゲームの関係で多くの異世界民がこちらに来ているから、それをこちらの世界の神が黙ってみてはいないだろうってこと?」

「珍しく頭がさえてるな」

「珍しくって・・・」

 ぶつぶつ文句を言ってはいるが、玄魔にも事の重大さというものが伝わったようだ。

「ルノもわかっ・・・てないな、その様子だと」

 何度も何度も首を傾けて考え込んでいた。簡単に歴史を教えた時もそうだったが、本当にこのお嬢様は勉強が苦手なようだ。ワーペル家が本当に英才教育を受けさせているのか疑いたくなる。

 もう少し説明が必要か。

「アーウェルサの住民は人間にない力を持っている。そんな奴らがもしも人間界に来て大暴れしたら。人間がどうなるのかは分かるか?」

「滅亡するじゃろうな」

 それがわかっているならいい。

「人間が滅ぶことをお互いの神は望まない。だから自由に行き来することを禁止した」

「それでも我らのような存在が続々と来ているから神が動くということか」

 さっき玄魔がそう言っていたが、ルノもやっと理解してくれた。

 近々、こちらの神が動く。いや、既に動き始めていても不思議じゃない。

「で、玄魔よ。お前が得た情報というのはそのドラゴンからなのか?」

「うん。そうだよ。僕にはこの子の言いたいことがわかるというか、伝わるというか」

「ふーん」

 ・・・あれ、このドラゴン。ひょっとして。

「少し触ってみてもいいか?ドラゴンの幼体って珍しいからさ」

 と、玄魔の手の上にいるドラゴンに手を伸ばした時だった。

 パチッと音がすると同時に指先から身体中に微弱な電流が走った。

 直接手にしている玄魔が無事ということは俺にだけ放電したのか、それとも。

「サンダードラゴン?らしいよ、この子」

 俺の思考を妨げるように玄魔が言った。

「なるほどな。あの電撃は俺じゃなきゃ死んでいたかもな」

 一般人だと感電死する可能性も十分あり得る。

「こいつを他の人間に近づけたり」

「してないよ。第一、この子が僕らのように事情を知らない人が見たら大騒ぎになるでしょ?さすがにそのくらいはわかってるよ」

 手に乗る幼体を見て玄魔は優しく微笑んだ。

「さて、そろそろ僕は戻るよ。学校一の美少女にも興味あるからね」

「おう、俺はもう少ししたら戻る」

 俺は玄魔が校舎へと戻ったのを確認し、近くにあったベンチへと座り込んだ。

「なぁルノ」

「何じゃ?」

「頼みがある」

 俺の話を聞き終えたルノは大きく頷き校舎へと向かった。

 ・・・一刻も早くこのゲームを終わらせなければならない。




 奏太と別れた玄魔はその足で体育館へと向かわず、螺旋階段を上り自由解放されている屋上へと向かった。

「やはりあの少年、何か隠しておるな」

「ジャックもそう思った?」

 手のひらに乗る幼体は首を縦に振った。


 時を遡ること数日前。

 目が覚めたらこいつがいた。

「ト、トカゲ!?」

「トカゲじゃないわぁ!儂じゃよ儂」

 見知らぬトカゲに喝を入れられ落ち着きを取り戻す。なんておかしな話だとは思うが、この声に聞き覚えがあったからすぐに落ち着けたのかもしれない。

「君は、ジャックなの?」

「そうじゃ。お前さんの元契約種であり、神器を持った少年に両の目をつぶされ、無様に散った元ドラゴン族ヴォルカニックドラゴン種のジャック・トズーじゃ」

 言いながらやられた時の悔しさが込み上げてきたのか口調が弱々しくなっていた。

「また会えてうれしいよ。けど、どうして君がここに?」

 本人が言った通りジャックは奏太に殺された。さらに、その血肉を優衣の契約種である吸血鬼が吸収したはずだ。

 それにこの体。僕の知っているジャックは体長200m以上の巨体だった。しかし今は10cmほどの手のひらサイズだった。

「神からの救い。と言ったところじゃな」

 全然わかんない。

「儂はあの少年に殺された。人間界で失われた魂がアーウェルサへと送られるのは人間だけではなく、アーウェルサの住民も例外ではない。そのことが神にとっては想定外のことじゃったらしくてな、死んだ契約種に新たな器を授け自由に人間界へと行けるようにしたんじゃ。まぁ、死んだ契約種というのもあの少年が殺した奴しかおらんようじゃがな」

 新たな器を与えられたジャックは敗北というものを味わったが故に生まれ育った里へと戻ることが出来ず、悩みに悩んだ末、僕のもとへと来たのだという。


「玄魔、聞いとるのか?」

 再会を思い出していた僕の意識はジャックに呼ばれたことにより現実へと戻された。

「うん、聞いてるよ。それで、なんだって?」

「聞いとらんじゃないか。もう1度言うぞ。この学校には2体のアーウェルサの住民がおる」

「奏太は何か知っていそうだったけど。ねぇジャック、何の種族がいるとかってわかる?」

「天使族と雷獣族じゃな」

 奏太は元天使族だが、ジャックの言う天使族が奏太なのならば雷獣族と言うのも奏太の知り合いなのかもしれない。まぁ、奏太が何か知っているというのも、雷獣族が知り合いというのもこっちの憶測でしかないんだけど。

 とりあえず、僕らがすべきことは人間に化けた異世界民を探し出し、殺すこと。

 奏太から聞いたこちら側の神の話。それはすでにジャックから聞いたことだった。

 何体、何匹ものアーウェルサの民が葬られているらしい。

 その手伝いをし、いくらか評価を稼ぎその神と接触することさえできれば、奏太の契約種、ルノを殺されずに済むかもしれない。

 奏太はちゃんとした理由でこちらに来ているが契約種であるルノは違う。殺される対象であるはずだ。

 なんてことをジャックに言えば叱られるかもだけど。

「それじゃあジャック。探しに行こうか」

 確実に全校生徒が集まる学校祭は探すのにはちょうどいい。

 ジャックを優しく胸ポケットへと入れ体育館へと歩みを進めた。

 その後ろ姿を見つめる影が2つ。

 1つの影がもう一方の影の口を押えていた。

 口を押さえている方の影は玄魔の姿が見えなくなると、ホッと口から息を漏らし口から手を離した。

「シュミル!いったい何の真似じゃ!?」

 押さえられていた方の影、ルノは息を荒げながら言った。

「お嬢様、落ち着いてください。今すぐにでも先輩のもとへ行きたいのでしょうが、少しだけ待ってください」

 それはつまり何か言いたいことがあるということか。仕方ない。黙って話を聞くことにしよう。

「まず、何故わたくしがここにいるのかを話さなければなりませんね。理由としては、先ほどの人間と同じと言えば伝わりますか?」

「うむ」

 いくら勉強が出来なくともこの程度のことを理解することはできる。

「お主には調べはついておるのか?人間に化けた異世界民というのは」

「えぇ。わかっています。特に害もないでしょうし、しばらくすれば自ら向こうに帰るでしょう。なので、今は放っておいてます」

 本当にこの執事は優秀じゃな。

 聞きながらそう思った。異世界民の正体だけでなく、何らかの事情まで調べがついているように見える。

 なんだかうちに置いておくのはなんだかもったいないような気もしてしまう。

 シュミルは以前天使族の王城に仕えていたというのに、今は我の実家、ワーペル家に仕えている。それほど大きな家でもないのに。

 そういえばシュミルとは長いこと過ごしておるが、その素性についてはいまいちよく知らない。今度詳しく聞いてみることにして、今は他に聞くことがある。

「シュミル、玄魔に『マインドコントロール』をかけたのは誰じゃ?」

 我と奏太が見たあのドラゴンの幼体は実在しない。奏太はそれに気づき触れようとしたが、触れる直前に幻影であるドラゴンがそれを拒んだ。奏太が受けた電撃というのは幻影が自らを守るために発する特有のもじゃったらしい。

 そして、我は奏太に玄魔を追うように言われたが、その目的はこの執事、シュミルを釣ること。

 シュミルを釣ることは直接言われたわけではないが、玄魔と話している時にもシュミルの魔力は感じていた。我が接触しようとすれば止めに来る。それが奏太の心を読んだ結果から起こした行動だった。

 シュミルは何かを知っている。

「えーと、ですね」

 珍しくシュミルが我からの質問に答えることを渋っている。

 この反応は答えを知っているが話せない。という時によく見た反応。

 普段ならもういい、というところじゃが、今回ばかりはそうもいかない。

 すまん。そう思いながらシュミルに意識を集中させる。

(・・・ディ・・・金色・・・力)

 心を通して伝わるのはたったこれだけ。

 奴の心が乱れすぎてうまく情報を得ることができん。

 もう少し、もう少しでたどり着けそうなんじゃ。

 さらに集中すると、今度ははっきりと伝わった。

(お嬢様、よろしくお願いします。わたくしからは何もお教えすることはできません)

「シュミル、どういうことじゃ?」

 何か嫌な予感がする。そう感じながらシュミルに投げかける。

 しかし、シュミルは今までに見たことがないほど穏やかな笑みを浮かべていた。

 我の意識があるのはここまでだった。

 

 ルノを魔力により眠らせたシュミルはその小さな体を抱きかかえ呟いた。

「ご無礼をお許しください。これが、最後ですので」




 ルノに玄魔を追いかけさせ俺はベンチに座って戻ってくるのを何もせずに待っていた。

 誰が玄魔に術をかけたのか。偏った情報を与えたのか。大方のめぼしは既についている。だが、確定的な証拠を得るにはうってつけの奴がいる。

 ルノはうまくシュミルと接触してくれただろうか。

 玄魔と話している時、わずかではあるが、かつて感じることのできた魔力というものを感じた。

 体が機能を取り戻してきているのか?それにしても、こんな短期間で成長するものでも、

「先輩、こんなところで何をしているんですか?」

 後輩に話しかけられ俺は一度考えることを中断し顔を上げた。

「なんだ、絵美か。お前こそこんなところで何をしてるんだ?」

「質問に質問で返すのはマナー違反ですよ」

「そうか、悪かった。俺は旧友と話してた。で、お前は?」

「私は自分の出番が終わり、控室となっている教室に戻ろうとしたところ、学校祭の雰囲気に合わないほど浮かない表情の先輩を見つけ、からかいがてら様子を見に来ました」

「そうか。要するに用事はないんだな?」

「まさか。ちゃんとありますよ、用事」

 こいつから俺に用事?なんか嫌な予感しかしないんだけど。

「何で嫌そうな顔するんですか。せっかく先輩に恩返しが出来そうだって話ですよ?興味ありません?」

 なくはないけど、こいつの言う恩とは昼飯を奢ったことだろうか。それともけがを治療したことか?どちらにせよ、俺がやりたくてやったのだから気にしなくていいと言ったのに。

 だが、しょうがない。聞くだけ聞くか。

「言ってみろ」

「私と学校祭デートしませんか?」

「しません」

 即答した。

 こいつはいきなり何を言い出すんだよ。俺に得がないから恩返しにもならない。

「その返答の速さにはさすがの私も傷つきました」

 目つきを鋭くし鞘から抜かれた短刀を手にする絵美。

 いや待て。どっからその短刀出したんだよ。

「ちょっと殺すので動かないでください」

 あ、これやばい。と思った時には短刀が首筋に触れるか触れないか、そんなギリギリまで迫っていた。

「わかった、落ち着け。話し合おう」

 短刀をもつ絵美の手を避け何とか落ち着かせる。

 絵美は何度か深呼吸し鞘にしまった短刀をズボンのポケットに入れた。

「まず、恩返しするのにデートとなった経緯を聞きたいのだが」

「逆に聞きますけど、先輩は私とデートしたくないんですか?」

「質問に質問で返すのはマナー違反と言ったのは誰だっけ?」

「今は私の質問に答えてください」

 うわ、理不尽。というか、答えなきゃ死ぬ気がしてならない。

 絵美は俺の下僕じゃないのだから殺される可能性は十分にある。

「お互いに得がないだろ?」

「私に得があるからいいんです」

 恩返しってなんだっけ。こいつはまた俺に対して恩を作る気なのか。

「あの、もしかしてですけど。先輩体育館にいなかったんですか?」

 突然何を言い出すんだ。

「美男コンテストの最中に抜け出したけど、それがどうかしたか?」

 そう言うとがっかりしたように肩を落とす絵美。

「私の晴れ舞台を見てないなんてもったいない」

 晴れ舞台?

「何のことだ?」

 そう聞くと、またがっかりしたように今度はため息をつかれた。

「本当に見ていないんですね。私、あの柊紗奈先輩を出しおいて美女コンテストで優勝したんですよ」

 どや顔で胸を張る絵美。

 俺は紗奈があまり好きではないけど、見た目だけは良い。まぁ、魔力によって自分の思い通りに姿を変えられるのだから当然のことではあるが、それでも絵美が勝つとは。

 巨乳でスタイルの良い紗奈。貧相で体つきの幼い絵美。どうやらこの学校の生徒はロリコン気質の奴が多いようだ。

「・・・何か失礼なことを考えていませんか?」

「そんなことない」

 納得した様子はなかったが、まぁいいですと言って絵美は話始めた。

「学園一の美女という肩書を得た私とデートしたいという男子はたくさんいる。そう思いませんか?」

「俺が知るか」

「人気な私からデートを申し込んでいるんです。悪いことはないでしょ?」

 悪いことしかなさそう。

「明らかに男子からの視線が痛いだろうし、妬みの対象になるのは勘弁だ」

「まったく、柊先輩と付き合っていると噂の人が今更なにをいっているんですか」

「付き合ってないから。あと、噂はまだ残っているのか」

 自分のクラスの連中は俺らが付き合っていないというのは知っている。だが、他のクラス、学年は違う。

 最近はすっかりなくなったと思っていたが、あいつが来た当初から、周りの男子からの視線は痛かった。

 あまり気にしないようにしてはいるが、いい気はしない。

「とりあえず、デートはしない。恩返しをしたいのなら他のことにしてくれ。それとも、お前が俺とデートしたいのか?」

 ありえないと思いつつも最後にそう口にした。

 こいつにも好意というものがあるのなら俺は今、この瞬間を人生に3度訪れると言われるモテ期のうちの1回に数える。

「まさか、そんなわけないでしょ?自惚れないでください」

「ま、そりゃそうだよな」

 ここで『はい』と答えられたら俺は返答に困っていただろう。そう言う意味でなら断られて正解だった。

 だが、『はい』と答えてくれればこんなこともしなくて済んだのに。

 俺は詠唱を開始した。

 もしこれからも恩返しと言ってこいつと関わるのは、正直めんどくさい。ここで記憶を書き換え・・・。

「ッ!?」

 詠唱をする俺の頭が強い衝撃を受けた。

 勢いよく振り返るとそこにいたのはあきれ顔でこちらを見る後輩執事。

「まったく。一般人に何をしようとしているんですか」

「シュミル!?」

 頭を押さえながら声を上げた。

「人間。ここから離れてください」

「え、でも」

「いいから。早く。じゃなきゃわたくしは悪魔。貴方を殺すことなんて容易いのですよ?」

 絵美はシュミルの何を見たのか表情を変え一目散に教室へと戻っていった。

 ・・・まじで何を見たんだろ。

「はい先輩」

 シュミルの背中にいたルノを受け取り背中に乗せる。

 ちゃんと接触したみたいだが、情報は得られているのだろうか。

「やっぱりいたんだな」

「気づいていましたか」

「まぁ、なんとなくだけどな。大方、お前も玄魔と同じか」

「1つ違うとすれば、わたくしは殺しを行うのではなく説得して帰ってもらっています」

「たくさんいるのか?」

「多くはないです。ただ、量よりも質が問題なんです」

 これには俺も苦笑した。

 エルだって一国の姫だ。城を抜け出すこと自体がアウトだ。

「まぁ、頑張れよ。俺も何かあれば手伝うから」

「えぇ、ありがとうございます」

 そう言ってシュミルは立ち去った。

 あ、ディーテのこと言えばよかったかな。いや、賢いあいつなら大丈夫か。

 と、ルノを起こさなきゃ。

「おい、ルノ。起きろ」

 しかし、何度呼びかけ背中をゆすっても一向に起きる気配がない。

 まさか死んでないよな。なんて不謹慎なことを考えながらルノをベンチに寝かせた。

 すると、首筋のあたりに『仮死の文様』と呼ばれる悪魔の印を見つけた。

 ・・・シュミルの奴。なんでわざわざこんなことを?

 疑問に思ったが、考えるよりも先に詠唱術で仮死状態から蘇生する。

 完全に心肺停止なら蘇生はできないが仮死ならどうとでもなる。

「か・・・なた?」

「おう、おはよう」

 俺の声に反応してルノは飛び上がるように、というか言葉通り飛び上がって起き上がった。

「シュミルはどこじゃ!?」

「シュミルならさっきまでここにいたけど、どっかに行ったぞ?」

 それを聞いたルノは悔しそうに地団太を踏んだ。

「あやつめ。我をこんな目に合わせるとは、とっちめてやる」

「ちょっと待て。何をそんなに怒っているんだ?」

 落ち着かせなきゃまずい。

 怒りによるものか魔力も何倍に膨れ上がっている。下手すればいつかの紅のように暴走する。

 俺は口早に魔力を鎮める詠唱をし、小さな体を抱きしめた。

「何があったか知らないけど。とりあえず落ち着け」

「・・・奏太は、我を裏切らんよな?」

「え?」

 答えられないのではない。はっきりとイエスと言える。だが、質問の意図がわからずに聞き返してしまった。

「シュミルが、我らを裏切った」

 あの誠実な悪魔族が?我らということは俺も含まれているのか?

 ルノのいうことが信じられず次々と疑問が生じる。

「奴は、ディーテのもとについた」

「なん、だと」

 俺の中のシュミルのイメージが音を立てて崩れた。

 あいつが悪党と手を組んでいる?つまり、目的は俺を殺すこと?

 だとしたら、魔生成物を生み出すポーションを内容も言わずに俺に渡したのもうなずける。

 だが、シュミルが俺に対して殺すような素振りを見せたのはたったそれだけ。それに、俺を殺したいのなら先にルノを殺すべきだ。いや、ルノだから殺せなかった?

 落ち着け。俺。落ち着け餅つけ。

 そう心に言い聞かすことでなんとか落ち着いた。

 シュミルのことは一旦置いておこう。こういうのは本人に直接確認するのが手っ取り早い。

「ルノ、玄魔から聞き出したことを報告してくれ」

 ルノとの抱擁を解き話を聞いた。


「雷獣族がいる、か」

 一瞬、絵美の顔が頭に浮かんだがすぐに否定した。

 あいつは雷獣族と契約したコントラクターに殺されたというだけだ。今回の件には関係ない。

 それに、あいつからは何の魔力も感じていないし、俺が傷を治す必要もなく、けがをすれば自己再生していただろう。

「なぁルノ」

「なんじゃ?」

「シュミルってお前に心を通して謝っていたんだよな?」

 ルノの話を聞いた限りはそうなんだが。

「そうじゃ。我が心を読んでいたのがばれていたんじゃろうな」

 そりゃシュミルだって同じ特性を持っているからな。

 だが、その時点でシュミルがディーテの下についていたのなら、奴の情報を言わないのは当然か。

「何はともあれ、あいつとはまた会う必要があるな」

 その言葉にルノは大きく頷いた。

 直接話すことでわかることもある。それは、早い方がいい。

「行くぞ」

「今からか?」

「善は急げってな」

 まだそう遠くには行っていないはずだ。

「ルノ、浮遊能力を」

「やらん!」

 何故か怒ったように断られた。

「しかたない、歩くよ」

 窓のちょっとした凹みを利用して屋上まで一気に駆け上がる。

 確かシュミルがいなくなったのは西側だったか。と、走り出そうとしたのをルノが止めた。

「奏太、あまり言いたくはないのじゃが」

「なら言わなくていいよ」

「・・・人間性が薄れてはおらんか?」

 その言葉に俺は動きを止めた。

「・・・俺は、天使族だから」

 最初から、人間じゃない。

 ゲームが始まる前から異世界に興味があったのは、記憶がなくとも本能が帰りたがっていたから。

「俺は、アーウェルサに帰りたい。人間性も、もういらない。文句ある・・・ッ!?」

 話している最中に頭をたたくな。そう言おうとしたが、

「何で泣いているんだ?」

 ルノは涙を流していた。ただし、目つきは鋭い。

 俺は何かおかしなことを口にしただろうか。

「お主は、人間を殺すんじゃな?」

「当然だ」

 ・・・?

「お前にとってもそれがいいだろ?」

 ・・・あれ?意識が朦朧としてきた。

「このゲームを、俺は終わらせる」

 ・・・これを、言っているのは。

「コントラクターは、皆殺しだ」

 ・・・俺じゃない。

 しかし、俺がただ狂っただけだと思っているルノは俺に聞いた。

「今のお主は我の知る奏太ではない。お主は何者じゃ?」

 意識があったのはここまでだった。


 奏太の様子がおかしい。特に、ここ最近は。

 多分それはエルという存在を思い出してから。

 それよりも前の奏太が普通だったのなら、今目の前にいるのは一体誰じゃ?

「お主、本当に奏太か?」

「我の名はアーク・トリア。全生物に滅びを与える者」

 低くて血が凍り付いてしまいそうな声。

 恐怖。ただそれだけが我の心を支配した。

 何じゃ?この禍々しくて膨大な魔力は。圧倒的な、闇?奏太は、アーク・トリアは天使族ではなかったのか?光の魔力を持つ天使族が、どうして魔族の闇を持っておる?

 我の驚きはそれだけにはとどまらなかった。

 シュッという風の裂く音共に我の頬を何かがかすめ血が出た。

 奏太が我に危害を加えた。否、こいつは奏太じゃない別の何か。だからと言って止めないわけにもいかない。

「奏太!落ち着くん」

「『エイド・アフト』」

 我の言葉を遮って奏太が魔力を発動した。

 天使族が使えるはずのない死神族の魔力。

 当たれば即死の黒い球が迫ってくる。

 一先ず浮遊し空中に逃げ、奏太の様子を見る。

 ここなら奏太も来られない。なにせ、奏太には浮遊が出来ない。

 そう、これが正常な奏太ならば。

 奏太の魔力がさらに大きくなり、背中から大きな漆黒の翼が出現し、あっという間に我のいる高さまで飛んできた。

 さらに我の頭を鷲掴みにし真下に投げた。抵抗する間もなく屋上と衝突した。

 この間わずか1秒。

「グッ」

 背骨が折れる音が直接鼓膜に響いた。

 大丈夫、すぐに治る。

 ・・・奴が、なにもしてこなければ。

「『クリエイトウェポン タイプ:アタッカー』」

 奏太が魔力により手にしたのは黒い双剣。

 傷はまだ治っていない。治ったところでもう間に合わない。

 我が最後に見たのは自身の体からあふれた真っ赤な鮮血だった。

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