第5章~北海道を手にする者~

 突如行われた吸血鬼、イラタゴ・ムジナによるゲーム大会は苛烈を極めた。

 負ければ死ぬ。

 ゲームの種類によっては瀕死もありえ、ゲームにも障害になる。

 訪れる多くの強敵の前に、コントラクターの治癒能力をもってしても体はボロボロ。疲労もたまり凡ミスも増える。

 それでも、ゲームを楽しむものとして、自称ゲーマーとして負けるわけにはいかない。

 何度もピンチに陥りながらも、俺、堀井奏太は最後の人間に勝利するのであった。

 ・・・と、いうのは真っ赤な嘘で。

 いや、最後の人間に勝利したというのは事実。むしろ、事実はそれしかない。

 ピンチなんて1度もなっていない、どの戦いも無傷、ノーミスで楽勝だった。

 傷もなければ疲れもない。

 高揚感でいっぱいだった。

 一方で、向かいに立つタケさんはそうでもなかったようで、体はボロボロ。肩で息をしている状態だ。

「ったく。慣れないことをするからこういうことになる。ほら、これ飲めよ」

 懐から水色の液体が入ったガラス瓶を取り出し、手渡そうとした。ところが、

「回復のポーションか?これくらいの傷どうってことない。もっとピンチになってから使えよ」

 と、使用を拒んだ。

 確かに1個しかない希少なポーションを今つかうにはもったいないことかもしれなかった。それでも、必要なのは今だ。

 タケさんはムジナがこれから何を始めようとしているのかを知らない。

「タケさん!」

「あ?」

 返事と共に開いた口に瓶を突っ込む。

「こぼすなよ?残すなよ?1個しかない希少なポーションだからな」

 笑いながら、耳元でささやく。

 それを眺めていたムジナは言った。

「なぁ、天使族。貴様、本当に天使族か?まるで悪魔のようなことをするなぁ?」

「人間として生きていくのに必要なんでね。さて、そろそ」

「奏太!てめぇ!」

「「黙って」」

「お、おう」

 ポーションを空にしたタケさんが怒鳴る。が、それを俺とムジナの一言で黙らせる。

「ムジナ。そろそろ始めようぜ」

「フン!血気盛んな天使族だなぁ?よいぞ?始めようか」

 俺とムジナの間に緊張が走る。が、タケさんは違うようで、メリケンサックを構えているものの、困惑の色を隠しきれていない。

「お前ら、何をする気なんだ?」

 戸惑いながら声を上げるタケさん。

「俺から説明するのもめんどくさいからムジナ、ちゃんと説明してやってくれ」

「我輩だって面倒だ。貴様の仲間だろ?ちゃんと面倒を見ろ」

「お前が始めたことだ。お前がやるのが普通だろ」

「我輩は普通なんて知らん。貴様がやれ」

 お前が、貴様が、の押し問答の末、声を上げたのはタケさん。

「お前ら!どっちでもいいから簡単に教えろ!」

「「ゲームだ!」」

 なぜかハモった天使と吸血鬼。というのはどうでもいい。

 俺はやっと説明を始める。

「いいか?」

「これから」

「「・・・」」

「俺にかぶせんじゃねぇよ!」

 せっかく人が説明してやろうと思ったのに。

「それはこっちのセリフだ!せっかく我輩が説明してやろうと思ったのに」

「お前らあぁぁぁぁぁ!」

 遂にタケさんが怒鳴ってしまった。

「無駄な時間は省く。我輩が説明する。よいな?」

 今までのが無駄な時間であったのはなかったことにしてやろう。

「どうぞ」

 初めからそうしていればよいものを。

「さて、そこの天使族はもうわかっているようだが、ゴーレム、貴様のために教えてやろう」

 タケさんがうなずくのを確認してムジナは説明を始める。

「これから行うのは生き残りをかけたバトルロイヤルだ。と言っても、3人で殺しあうだけだがな。元々、貴様と天使族で戦わせるつもりだったが、正直それだとつまらない。本音を言うとそろそろ我輩も体を動かしたい。退屈なんだよ!」

「お、おう」

 本音は隠せよ。

「で、バトルロイヤルについてだ。貴様らは2人で我輩を攻撃しに来るだろう。別にそれでも構わなかったが、我輩は仲間討ちを見たいのでな。そこで我輩は考えた。この部屋で殺し合いを行う。その時、2人が1人を攻撃対象とみなしたとき、その2人に罰が起こるようにした。こうすれば必然的に1対1対1が実現できるというわけだ」

「なるほどな」

「そのためにあいつはすべての人間を使い切った。ゲーム中に俺らが死ねばよし。死ななくても疲れさせることが出来ればそれはそれでよしってわけだな」

「そういうことだ。最後だけ持っていきやがって」

「そんなこと気にすんなよ」

 小さい男だ。

「なぁ、奏太。俺はどうすればいい?」

「逆に、お前はどうすればいいと思う?少し考えればこのゲームの大きな穴に気付くはずだ」

 だが、タケさんの頭にはクエスチョンマークが浮かぶばかり。

「すまん。わからん」

 数分悩んだ末の結果がこれである。

「いいか?ずっと1対1にしとけばいいんだよ。何も俺らのどっちかが死ぬって話じゃない。俺があいつを。タケさんはこの建物を」

「建物を?」

「破壊しろ」

 俺の放った言葉で辺りに緊張が張り詰める。

「か、奏太?」

「よく我輩の前でそんなことを言えたなぁ?」

「言わなくてもお前は心を読むだろうが。じゃあ、タケさん。できるだけ遠くに行ってくれ。『ブレイズチェイン』!」

「『クローズウォーター』」

 俺が出現させた火の鎖は、ムジナの纏った水の衣で無力化された。

 タケさんはまだ行こうとしない。

「さっさと行け!建物を作ることのできる魔力を持つお前ならできる!」

「わかった。死ぬなよ」

 そう言ってやっとタケさんは駆け出した。

「当たり前だ」

「行かせん!『イビィウィップ』!」

 走り去る背中に向かって放たれたのはツタの鞭。植物なら、

「『ブレイズウォール』」

 火の壁に当たったツルは当然燃えてなくなった。

 自然系統の魔力だけか?水に植物、建造物の属性は土。それならそれで越したことはない。

 問題があるとすれば、俺の魔力攻撃が効かなくなるということ。

 隙でもつかない限りは、水の魔力で無効化され吸収してしまうだろう。

 今思いつく手段は1つしかなかった。

「『ブレイズクロス』」

 出現したのは吸血鬼が最も嫌うであろう十字架。前回はこれで何とかなったため、今回もなんとかなると思ったのだ。

 ところが、ムジナに動じる様子はない。

「何ともないのか?」

「ふん、いろいろ吸収したおかげでな」

 なんてこった。十字架に耐性がつくなど完全に誤算だった。

 こうなったらしょうがない。

「『漆熱トライデント フォルム:ハチェット』」

 槍の形状を鉈へと変え、ムジナに突撃する。

 一方でムジナは微動だにせずその場に立っている。

 ・・・不死身のあいつを殺すことは不可能。せめて戦闘不能には追い込みたい。そのためには、

「再生速度を上回る速度で攻撃をいれる!」

 ムジナは動かぬまま、俺の鉈攻撃を受ける。

 1発、2発。3発と速度をどんどん上昇させムジナの体を切り裂く。だが、

「手ごたえが、ない・・・?」

 違和感を覚え、攻撃をやめ後方へ下がる。

 ムジナの体には傷一つなかった。

 再生した。にしては明らかに早すぎる。

 確かにすべての攻撃はムジナに当たっていたはずだ。だが、そのどれもがまるで空を切っているような感覚だった。

「まさか」

 そう思った時には遅かった。

 ムジナが口元を歪ませて笑った。

 その瞬間に、背筋に悪寒が走る。

 ・・・何か、まずい気がする。

 その場からさらに離れようとした。

 しかし、その願いは叶わなかった。

 地面にできた少しの隙間から出てきたどろどろの液体が俺の足を絡んでいた。

 驚異の粘着力。足が上がらない。

「くそ」

「天使の捕獲完了。これより、攻撃に入る」

 ムジナは誰かに状況を報告している・・・?

「『クリエイトウェポン タイプ:アタッカー』」

 思考はそこで一旦止まる。

 ムジナが淡く青色に光る両刃の大剣を手に突っ込んで来た。

「さぁ、ショウタイムだ!」

「ッ!『漆熱トライデント フォルム:ナイフ』!」

 俺の首を大剣が切り裂く前に小型のナイフがそれを防いだ。

 甲高い金属音が耳を刺す。

 ・・・危ないところだった。間一髪間に合ったが、ピンチなのには変わりはない。足が上がらない。

 ムジナの攻撃を片手かつナイフ1本で防がなければならない。

 こんなことならバッティを持ってくればよかったなんて思っても後の祭りだ。

 その間にもムジナの攻撃は続いていた。

 足を狙ったかと思えば次は胴体。頭、かと思えば腕。

 ムジナの思考を読んで何とかなっている状態だ。

 防戦一方。

 ・・・ないものは作ればいい。

 一か八かの賭けに出ることにした。

「『ブレイズソード』!」

 ムジナの後ろ空中に炎の短剣が出現した。

「『クローズ・・・』」

「『インパクト』!」

 ムジナが魔力を発動するよりも一瞬だけ早く、短剣が刺さり爆発した。

 ムジナの体に大穴が開き、ムジナは片膝をついた。

 態勢を整えるよりも早く、足に絡まったものを切り裂く。

 分離したスライムに自己再生能力はないのでこれで自由だ。

「ったく。スライムまで吸収しているとはな。どうりで俺の攻撃が効かないわけだよ」

「殺すには相手の無力化が重要だからな」

 クリエイトウェポンは、ダークエルフのライも使っていた武器を作り出す魔力。火を消す水の魔力に、タケさんと同じ建物を作る魔力。俺にはあまり意味を為さない植物の魔力。

 さらに、もともと持っているドレインの魔力、吸血、不死身、何でも溶かす唾液。

 ・・・チート性能じゃねぇか、この野郎!

 俺はズボンのポケットから耐火手袋を取り出し装備した。

 火が効かなくても、爆発は効果がありそうだ。

 だが、まだ足りない。不死身のあいつを瀕死まで追い込む決定打が。

 火は水に触れると効果をなくす。いや、待てよ?違う。俺の出した火は水に触れると、大きさを変えることはできないが、消えることなく自由に動かせる。この性質を使えば、

「考えはまとまったか?」

 腕に火をまとう。熱さなんて気にしていられない。

「決まったよ。・・・ここがお前の死に場所だ!」

 ムジナの顔面を炎の拳で殴った。

 ムジナの顔に俺の拳がめり込み、火だけを残して腕を抜く。

「『インパクト!』」

 火が爆発し、ムジナの顔が不自然に歪む。

 その隙をつき、俺はバックステップで距離を置く。

 小さな火の玉を次々とムジナに打ち込み爆発させる。

 スライムには必ず核がある。そこを破壊すればスライムの体は消滅する。・・・ムジナのように後天的になったスライムにも核があるのか。と、問われれば怪しいものの、世の中には完璧なものなど存在しない。必ず何かしらの欠点があるものだ。

 俺は核の場所を確かめるように火の玉を打ち続ける。が、

「いつまでそうしているつもりだ?」

 後ろから聞こえる吸血鬼の声。と、同時に前方に飛ぶ。出していた火を通し、ムジナが攻撃しようとしているのが見えたからだ。

 案の定、俺が元いたところに大剣が振るわれる。

 正面にも後ろにもムジナ。

「分身か」

 それも実像を伴った。

 どの種族の魔力だったかなんて考えている余裕もない。

 ムジナとの距離を置こうと、走り出す。ところが、

「うそ、だろ・・・?」

 たくさんのムジナに囲まれていた。

 100・・・いや、もっとか?これだけの人数の分身などすぐに魔力切れを起こしてしまう。

 それに、分身している一体一体の持っている能力は別々のようだった。

 火や水に体を包んでいる者、持っている武器もそれぞれ違う。

 魔力の複合に分身。使用魔力は常識的には考えられないほど膨大になるだろう。にもかかわらず、分身を維持できているということは、

「この建物に何かあるな?」

 ムジナは何も答えない。それが、答えだった。

 建物を作ったのがムジナなのならば何かしらの恩恵を受けていても不思議ではない。例えば、魔力の無限供給。十分に考えられる。

 タケさんがこの建物を壊さない限り俺に軍配が上がることは絶望的だろう。確実に俺は死ぬ。

 さすがに腹を括らなければマズイ。

「『漆熱トライデント フォルム:ビッグサイズ』」

 静かに呟き、手にした槍を巨大な大鎌へ変化。さらに、切っ先に魔力を流し熱量を上げる。すると、黒かった大鎌は鈍く赤く光った。

「行くぞぉぉぉぉぉぉぉぉお!」

 俺が雄たけびを上げるのと、ムジナの大群が動くのは同時だった。




 遠くで奏太が叫ぶのが聞こえた。

 だが様子を見に行くわけにはいかない。俺には為すべきことがある。それに、奏太は簡単に死ぬような奴ではない。じゃなきゃ秘書官なんてやっていない。

「にしても、本当に広いところだな、ここは。まぁ、空の上だから尚のことか」

 建物にはずっと魔力が流れている。空に浮遊させるものと、建築者に魔力を与えるもの。早く壊さなければ奏太には不利だろう。

 そのため、建物の核を探しているのだが、一向に見当たらない。

 魔力で作られた建物には最低でも1つ、建物を支える核がある。それを壊せば建物は消滅する。

 そして、核は普通の奴には見つけることが出来ない。同じか同系統の魔力を持つ者にしか核を感じることが出来ない。

 俺は核を探しだすことのできるのだが、この建物が広すぎるせいでまだ核のありかを掴めずにいた。

 自身を中心に魔力を半径150mの円状に広げている。これがレーダーとなり、核があればその反応を示してくれるのだが、天井まで届いていない上に、まだ全部回り切っていない。つい先ほど1つ目の角を曲がったところだ。

 長期戦だけは勘弁だ。

 少しだけ念じ5mを超える方手斧を出現させる。機械族の知り合いに作ってもらった特注品である。

 だが、アーウェルサにいるとき、つまりゴーレムの時に使っていたものなので、今の体では使えない。持ち上げることすらできない。

「『グイル・アックス ライドタイプ:ホース』」

 そう呟くと、5mの斧は機械音とともに馬の形へと変化した。

 それにまたがり散策する。

 さすがは馬。車には劣るものの、歩くよりは格段に速い。あっという間に地面を一周した。レーダーの範囲を広げたので床に見落としはない。

 しかし、核は見当たらなかった。壁か天井にあるということだろう。

「『グランドフロア』」

 馬は空を飛ぶことが出来ないので、空中に足場となる土の道を作る。

 うっすらと天井が見えるころには、すっかり床は見えなくなっていた。ものすごく高い。

 馬の走る先に道を作り、レーダーで核を探す。魔力の消費が激しい。

 ポーションを飲む前の状態ならばこんな芸当はできないな、と奏太に感謝しつつ、

「見つけた」

 立方体の建物の一角。そこに核が埋め込まれていた。

 深さ50cmのところ、半径1cmにも満たないほど小さな核。

 馬から降りアーウェルサ産のメリケンサックを両手に装備する。

 俺がこちらに来るときにもらった、どんな固いものでも砕くという1級品だ。

 メリケンサックを構え、一発入れようと思ったその刹那。

 ―ドーン!

「何だ?」

 遠くで爆発音がしたかと思えば、建物全体が震えた。

 何か嫌な予感がする。

「待ってろよ、奏太!」

 俺の拳が壁に衝撃を与えた。




「おらぁぁぁぁぁあ!」

 空中から放った巨大な火の玉は、床に着くと爆発を起こしその周囲にいたムジナたちをまとめて吹き飛ばした。

 増援は無し。なんとか分身の始末は終わった。

 分身は所詮分身で、不死身でもなければ一体の性能も高くはなく、とても弱かった。たとえスライムの体を持っていたとしても、核が大きく倒しやすい。

 そんなこんなで全滅させることが出来たが、

「はぁ、はぁ」

 床に降りて片膝をついた。

 魔力、体力ともに消耗が激しく受けた傷も一つや二つではない。直にすべての傷は塞がるだろうが、正直もう疲れた。帰って寝たい。

 まったく、あの吸血鬼は今なら俺を殺すのも容易いってのに、空中から俺を見下ろしていた。不死身だからって調子に乗りやがって。

 徐々に呼吸も落ち着き、ムジナと同じ目線になるように浮かび上がる。

 ルノには感謝しなくてはならない。

 つい先ほどまで忘れていたが、浮遊能力を与えてくれている。これがなければきっと今頃は、思わぬ形での帰郷になっていたことだろう。

「ふー」

「お疲れだなぁ?天使族よ」

「うるせ。向こうでもここまで動いたことはないからな」

 タケさんはまだだろうか。もう少ししか耐えれそうにないぞ。早くしてくれ。

 そんな願いは通じてはいないだろうが、早くこの状況を打破したかった。

「天使族。貴様が我輩に勝つことはできん!」

 言うが早いかムジナの持ち大剣が振り下ろされた。

 俺は槍を横にしてその一撃を受ける。しかし、勢いは死なず床に叩きつけられた。

「グハッ」

 骨が何本か逝ったかもしれない。なのに、床には傷一つついていない。頑丈なこった。

「でいやぁ!」

 俺は後方に跳躍。元いた場所に大剣が振り下ろされる。

 よく見るとムジナの持っている大剣が、初めに見たものとは違っていた。恐らくは、ムジナの本来の武器。赤黒く禍々しい見た目をしているそれは、ムジナの背と同じくらいの刃に短い柄だった。

 それを軽々と振り俺へと攻撃してくる。

 左へ、右へ避けながら反撃のチャンスをうかがう。

 右、左、上から下、足払い。右、下、上から下、足払い。右、左、上から・・・ここだ!

 振り下ろされる大剣を漆熱トライデントで挟んで止める。

「『ブレイズランス』!」

 動きの止まったムジナに無数の炎の槍が矛を向けた。

「『クローズウォーター』」

 その様子を見て水の衣に身を包むムジナ。それを見て俺は確信した。

「そぉれ!」

「何!?」

 すぐさま懐に入り込み、水もかまわず一本背負いを決めた。

 突然のことに受け身もできずにムジナは床に投げ飛ばされた。

「グッ」

 やはり実体がある。

「お前、同じ系統の魔力を同時に使えないんだろ?」

 スライムもクローズウォーターも水系統。スライムは打撃・斬撃を無効化することが出来ても火は消せない。確実に火を消すためには水。だが、その間はスライム状にはなれない。

「なぜ、分かった?」

 ムジナは立ち上がりながら言う。

「影だよ」

「影?」

「そうだ。どこに光源があるかは知らないが地面にはたくさんの影が出来ているだろう?けど、その影はスライム状にある時は光を透過するのか薄め。水を纏う時は濃くなっていたのさ」

「ふん。笑えない冗談はよせ」

 いや、鼻で笑ったよな。

「我輩の心を読んだのであろう?ん?違うか?」

「正解。何も考えない奴なんていないからな。使う魔力を変える瞬間は必ず何かをイメージするからな」

「だが」

「心を読んだところで戦況は変わらない。そう言いたいんだろ?そんなの百も承知だよ!」

 ムジナの周りに火が集まるのをイメージする。初心忘れるべからずってな。

「『ブレイズスクェア』」

 ムジナを火の立方体が包んだ。

(ふむ。お互いに視認できなくなったが、どういうつもりだ?まぁ、いいこの程度簡単に出ることが出来る)

「甘いよ」

 こちらからは火を通して見えている。

「『ブレイズニードル』!」

 面を埋め尽くさんほどの針が中にいるムジナを串刺しにした。

 水を纏う暇もなければ抜け出す隙も無い。

「ッ・・・!」

 ムジナの体から青色の粒子が抜けた。

 核をつぶし、スライムの能力が消えた証拠だろう。

 核が残る隙間を与えない攻撃。いずれ戦うことになるであろうスライムおじさんとの戦闘前にいい経験を積むことが出来た。

「感謝する」

『インパクト』。小さくつぶやき箱を爆発する。煙に包まれムジナがどうなったかはわからない。

 手ごたえはあったが、きっとすぐに再生するだろう。そうはさせまいと、連撃を加える。

 漆熱トライデントのノーマル形態。変化させるよりも使いにくさはあるものの攻撃力は一番高い。

 一突き。グサリ。

 二突き。ぐちゃ。

 三突き。四突き。五突きと、突き刺さるたびに血が噴き出す。

 まだまだ足りない。

 トライデントを右手に、ブレイズランスを左手に持ち、二刀流ならぬ二槍流で目にもとまらぬ速度で突き続ける。

 床には血だまりができ、異臭を放っている。

 それでも俺は攻撃の手を緩めない。

「うがぁぁあ!」

 ムジナの咆哮と共に後ろへと弾き飛ばされた。

 煙が晴れ露わになったムジナの体は風穴だらけだった。不死身でなければ確実に死んでいたのに。そう思っても仕方ない。再生する前にもう一度、と駆け出そうとして足を止めた。

「もう、回復してる」

 いくらなんでも早すぎる。

「うーむ。なかなか効いたぞ?だが残念。我輩は不死ッ・・・!?」

 言い終わる前にムジナの体をブレイズランスが貫いた。何度も、何度も。

 そのたびに再生を続けるムジナ。

「もう聞き飽きたよ。その言葉は!」

 槍を増やし攻撃を続ける。

「『ブレイズビー』」

 まるで意思を持った蜂のように無数の槍はムジナを貫く。

 自分で言うのもなんだが、魔力の扱いがうまくなってきている気がする。それでもムジナが動じないのは俺の落ち度ではないと信じたい。

「あー。チクチクチクチクうざったいなぁ」

 遂に動き出した。何をする気だ?

「『バキューム!』」

 あ、マズイ。

 ムジナは口を開けて息を大きく吸い込む。

 何という吸引力。足の力を少しでも抜けば簡単に吸い込まれてしまうだろう。

 俺の出した槍は無情にもムジナの口へ吸い込まれていく。

 魔力は有意義に使わねえとな。

「『インパクト』!」

 吸い込まれていない槍をまとめて爆破するが、ムジナには何のダメージもない。

 『バキューム』で何個目の魔力だ?

「一体どれだけ吸収したんだよ」

「貴様が知る必要はない!『ライトニング』」

 ムジナの周囲に雷が発生する。雷の魔力・・・にしては少し異様な感じがする。

「『フリーズ』」

 次に発生したのは氷。氷に雷が纏わり・・・

「発射!」

 その合図で雷氷の弾丸のごとく飛んでくる。

 火には火を。水には水を。弾丸には弾丸を。

 指先を銃に見立て火の弾丸を放つ。

 2つの弾はあっという間に衝突し、俺の放った弾丸は消えた。しかし、ムジナの方は簡単に消えてはくれず、衝突するなり周囲に散開し俺に向かって飛んできた。

 槍を横に回してそれをガードすると、

「『テンペスト』!」

 次に現れたのは竜巻。風の魔力か。竜巻には竜巻を。

「『ブレイズトルネード』!」

 使うのは実に2週間ぶりの炎の竜巻。

 2つの竜巻はお互いの回転を打ち消し消滅した。次は、

「『クリエイトウェポン タイプ:ガンナー』!」

「『ブレイズアーチェリー』」

 ムジナが青白く輝く弓から矢を放つと同時に、俺の火の弓から火の矢が放たれた。

 それぞれの矢はお互いの頬をかすめ後方へ消えた。

 さーて、次は?と動きを待つがムジナが動く気配は全くない。

 ・・・なぜ動かない。

(貴様が真似をするからだ)

 ・・・仕方ねえ。俺から動いてやんよ。

「『ブレイズドール』」

 俺の目の前に火でできたムジナが現れた。戦闘力は・・・知らない。

「行け!」

 俺の命令に、火のムジナはニタァと笑うと猛スピードで突っ込んでいく。本物と同じくらいの移動速度だ。

 が、それに本物はまったくもって意に介さず偽物から魔力を吸収する。

 魔力を失った火は、燃料を失うことになるので消える。

 なるほど、戦闘力は無しか。近づかせて爆発させるか?いや、それならばわざわざ人形にする必要はない。思い付きでの試みだったが、失敗か。

「我輩がお手本を見せてやろう」

 いきなりムジナはそんなことを言い出す。

「『クリエイトクローン』」

 ムジナの前に背が低く白髪ロングヘアーの女の子が姿を現した。

「ルノ!?」

 いや、あれは偽物。そう言い聞かせるが、あまりに似すぎて開いた口が塞がらない。

「さぁルノよ、行け!」

 髪の感じ、肌、体型、そのすべてがルノそのもの。

「ドール系統の魔力を使う時は相手の大事な人で作ることだな。貴様にルノは」

「ほいっと」

「え」

 俺は何のためらいのなく、ルノを槍で突きさした。

 偽物のルノは血を流すこともなく空気に溶けて消えた。

「俺は相手が偽物だとわかっていれば容赦はしない。残念だったな。が、参考になった」

 人形は相手の大事な人、と頭のメモに残しておく。

「お礼にいいものを見せてやるよ」

「いいもの?」

 左手に新たな武器を出現させ振るう。

「グッ」

 ムジナの左肩に当たった。

「それは、『スリット・ウィップ』!?優衣にあげた奴か。どこにもないと思ったら貴様が回収していたのか」

「まぁな。って言うか、これも神器じゃねぇか!なんだ?ルノといいお前といい魔族ってやつはルールも守れないのか?」

「それが魔族だ」

「開き直るな。俺の知っている魔族はちゃんとルールを重んじる奴だったけどな。まぁいい、そのおかげで俺の武器が増えたんだ、今回は許してやろう」

 どの代の神が使っていたものかは覚えていないが、『スリット・ウィップ』は目の届く範囲にならどこまでも伸ばせる。さらに、魔力でできたもの以外なら容易に切断することも可能。他にも、神器ならではの驚異的な能力があるはずだが勉強不足、何があるのか知らない。

 それでも、ムジナを瀕死に追い込むには十分な武器だろう。

「ほい、ほい、ほいっと」

 鞭を変則的に操りムジナの体を次々に切り裂いていく。

 トライデントよりも扱いやすいうえ、遠くからムジナの片膝をつかせるほどのダメージを与えることのできるのはなかなか便利だ。わざわざ危険を顧みず近づかなくてもいいのだから。

 しかし、それでもムジナの体は再生する。

 鞭の速度を今以上に上げようものなら、たちまち俺の腕は限界に達し動かなくなることだろう。つまり、現状では鞭の速度を上げることは不可能なのである。

 建物が速く壊れてくれれば、タケさん。早く!

 俺は無我夢中で鞭を振り続けた。

 そんな攻撃の雨の中、ムジナがうっすらと笑っていたような気がした。




「おんどりゃあぁぁあ!」

 もう何度目かわからない声を上げ、壁に拳を打ち付けた。

 だが、壁には傷一つついていない。

 どうしたものか。核の周りにはそれを守る魔力障壁が張られるのだが、それを相手に苦戦するとは思ってもいなかった。

 障壁の強度は建物の大きさに比例する。

 建物が大きければ大きいほど、簡単に破ることはできない。さらに、物理的ダメージ、魔力ダメージを完全に無効化するものもある。

 この障壁にはぎりぎりダメージが入る。そもそも、ダメージの無効化をする障壁など神、エストがいる神殿以外に俺は知らない。

「おらぁ!」

 ドン!

「ってぇ」

 遂に片方の手から血が滲みだした。

 壁は、まだ無傷。

 このままだと障壁を破るのに何日かかるのか分かったものではない。

「はぁ、これだけは使いたくなかったんだけどな」

 今まで使うことを拒んでいたあることを使おうとする。

 これをつかうには、今残っているすべての魔力を使うことになり、人間に戻ることもできなくなるかもしれない。

 だが、もう迷っている暇はない。

 奏太は、俺がこの建物を壊すのを待っていることだろう。その期待に応えないわけにはいかない。

「・・・『リフテット・リミッター』」

 体が暖かい光に包まれる。

 背丈は二倍ほどまで高くなり、体を作っているのは土。幾度となく襲撃を受け、そのたびに耐え抜いてきた自慢の屈強な体。十数年ぶりの、本当の体。

 ゴーレム族。アースゴーレム種。レイト・ヌミレオ。それが本当の自分。

 当然、人間だったころよりも力は強い。

 これなら、魔力障壁を破ることが出来る。自信を持ってそう思えた。

 障壁に向かって、人間の何倍もある拳を壁にぶつける。

 ―ピシッ

 今まで無傷だった障壁にやっとひびが入った。

(・・・イケル)

 二発、三発、四発目でとうとう障壁は割れた。これで核を守るものは何もない。

(オワリダ)

 拳を振り上げた瞬間、目も開けられぬほどの光が核から放たれた。

 目くらまし?しかし、核の場所は分かっている。

 光の中心に向かって勢いよく腕を突き出す。

 核に拳があたり、これで建物が消える、そう思った直後、

 ―ドゴーン!

(バ・・・クハツ?)

 核が爆発し建物は消滅。

 任務は果たした。

 俺は重力に従い札幌の街へと落ちていった。




 ―ドゴーン!

 遠くで小さな爆発音がしたかと思えば、建物が消えた。

「やったか!・・・って、空の上かよぉぉぉぉぉぉお!」

 重力に従い落ちていき、地面に衝突する直前に浮遊能力を発動し着地する。

「よくやった、タケさん」

 その本人の姿が見えないが、あいつのことだ、きっと無事だろう。

 久しぶりの外の空気がおいしい。

 ここは、例の小屋のある山の麓か。

 一呼吸置いてもう一度空へ戻る。

 ムジナは建物のあった場所から動いていないようだった。

 本当に高いところだ。札幌の街があるはずなのに、建物の姿は見えず光の点になっていた。

 寒いし空気も薄い。一刻も早くここから立ち去りたかった。しかし、それも叶わぬ願い。ムジナを倒すというミッションがまだ残っている。

「クックック、ハーハッハッハ!」

「何だ?負ける前の魔王みたいな笑い方をして」

「面白くなって笑っていただけだ。負ける気など毛頭もない」

「そりゃこちらも同じだ」

 いまだに笑い続けるムジナ。

「何がそんなにおかしい?」

「いや、勝ちを確信したのでな」

 勝ちを、確信?

「おいおい、気が早いんじゃないか?建物もなくなりお前にかかっていたバフもなくなった。それに、

「1対1だ」

「は?」

「2対1だから我輩は勝つことが出来ない。そう言いたかったのだろう?残念だったな。貴様の仲間はもうこの世には存在しない。死んだ」

 死んだ。その言葉で頭が真っ白になる。いや、そんなはずはない。そう言ったが、ムジナはキッパリと否定した。

「貴様の仲間は死んだ。なぜだかわからない、そんな顔をしているなぁ?わからないか、天使族。ならば教えてやろう。建物には核があり、その周りを魔力障壁が覆っている」

 それは知っている。

「そのが二つがタケさんによって破壊されたから建物は消えたんだろ?」

 そうでなければ建物の消滅理由が説明つかない。

「違うな。魔力障壁は確かにあのゴーレムによって破壊されたのであろう。しかし、我輩はこうなることを見越して魔力障壁が破壊されると核が自ら爆発するようにしたのさ」

「・・・」

「爆発に加えこの高さだ。あの体ではまず爆発ですら耐えられるかもわからん。それに加えこの高さだ。言っている意味は分かるな?奴の生存率は0パーセントだ」

「・・・さない」

「何?」

「許さない」

 俺の心に火がともった。

 信じたくはないが、この気持ちに歯止めをかけるなど到底不可能だった。

 怒り。それだけが俺を支配した。

 無言で鞭を振り、ムジナの右足に巻き付ける。さらに、地面に向かって叩きつけるように放つ。

 落下していくムジナに無数の『ブレイズランス』で追撃し、爆発させる。

「ッチ!『クローズウォーター』!」

「『ブレイズ・オブ・エポレイ』!」

 巨大な火の玉が水を纏ったムジナを包み込む。

「ぬ?水が蒸発していく?」

 水がすべて蒸発し、ムジナは火だるまになる。

「燃え尽きろ」

「『エナジードレイン』」

 魔力を吸い取る気か。させるか、

「『インパクト・クラッシュ』」

 大きく爆発し火の玉は散開。散開したそれは鋭いガラス片のように変化しムジナに刺さる。

「『インパクトコンボ』!」

 爆発、散開、刺さる。爆発、散開、刺さる。それを何度も何度も繰り返し火がなくなるまで続いた。

 そして、火がなくなるころにはすでに地面がすぐそばまで迫っていた。

 ムジナは動くことなく地面に叩きつけられた。

 もう原型をとどめていないその体に、再生している様子はなかった。体中が凹み、穴が開き、一部が紛失している。

「戦闘不能にはできたか。『ブレイズチェイン』」

 とりあえず拘束しようと試みる。だが、

「『ブレイズチェイン』!『ブレイズチェイン』!なんでだ」

 どんなに火の鎖をイメージしても、それが実際に現れることはなかった。

「魔力切れさ」

 後ろから声がした。

「ムジナ・・・」

 無傷のムジナが夏の夜空に浮いていた。

「なんで?」

「まぁ、分身相手によくやった。褒めてやろう」

 分身?

 さっきまでそこにあったはずのムジナはきれいさっぱり消えていた。

 はぁ、そう言うことか。

「いいぞ?その絶望に落ちた顔!アッハッハッハ!」

 ちくしょう。

 何とかムジナと同じ目線まで浮かぶことはできた。

「フラフラだなぁ?」

「うるせぇ・・・」

 強がってはいるが安定しない。

「『漆熱トライデント』、『スリット・・・ウィップ』」

 だが武器は現れない。

「くそ!はぁ、はぁ」

 自分でも思っている以上に疲れているようだった。

 と、脳天に衝撃を受け俺は地面に叩きつけられた。

「グハッ!」

 口から血を吐き出す。

「はぁ、はぁ」

 傷の治りが遅い。もう、限界か。

 それでも好機をうかがうため立ち上がる。

 しかし、たまりにたまった疲労のせいか足が体を支えることが出来ずに仰向けに倒れる。

「辛そうだなぁ?天使族よ」

 お前は楽しそうだな。そう言う余裕もない。

「今楽にしてやろう!『エイド・アクト』!」

 ムジナの周りに黒い靄が集まるのが見えた。

 あれを喰らえば、俺は確実に死ぬ。あれが何の魔力かわかり俺は脱力した。

 すべての生物の死をつかさどる種族、死神族の魔力。

 天使族の俺が魔族である死神族の魔力で死ぬなんて、笑えない冗談だ。

 死を覚悟し俺は目を閉じた。

 タケさんは死に、俺も死ぬ。ゲームは完全に俺たちの負け。力がルノに戻れば仇を取ってくれるだろうか。

 莉佐、玄魔、優衣。約束、守れなくてごめん。

 目から願ってもいない涙があふれる。

「死ねぇ!」

 耳に刺すムジナの声、終わりか。




「「「はぁ!」」」




 え?

「ぐぬぬ・・・?」

 ムジナのうめき声。何があった?

「ふぐっ!?」

 口に柔らかいものが触れた。もう、何度目だろうこの感じ。目を開けなくてもわかる。ルノだ。

 うっすらと目を開けその姿を確認し俺は安心した。

「大丈夫か?奏太」

 心配そうに顔を覗き込むルノ目には涙が溜まっていた。

「大丈夫そうに見えたか?」

 そう、笑って言う。

「それだけ言えれば十分じゃな」

 ルノは言いながら胸に飛び込み泣いた。

「安心するのはまだだ」

「うむ、そうじゃな」

 ルノを降ろし立ち上がる。

「で、お前らはなんでここにいるんだ?」

 後ろにいる3つの影に話しかける。

 ムジナの両手両足がなくなっているということはこいつらがやったのか。

 振り返ると、元コントラクター3人が立ち、それぞれの手にはバッティが握られていた。

「マスターから連絡があったんだよ」

 俺の疑問に答えたのは玄魔だった。

「タケさんから?」

「そう。話を遡るなら、僕たちが家を出て数分後のことだよ」




 5時間前。

「さっさと行けよ」

「そんなにデートが」

「まだ言うか」

「じょーだんだよ。さ、行こうか」

 奏太をひとしきりからかい、満足した僕は優衣の手を取り玄関に向かった。

 ルノは奏太と話しているようだ。

 なんとなく2人だけの雰囲気が出ていたので外で待つことにしよう。

 靴を履き外に出ると、少し先に莉佐の姿が見えた。

「莉佐さんはもう帰るんですか?」

 その言葉に驚く素振りを見せる莉佐。恐る恐るといった感じで

「暇だし、ついていこうかなって思ったんだけど・・・いい?」

 と言った。

 別に僕は構わない。そう言おうとしたのだが、優衣が握る手を強めたのでそちらを見た。

 優衣が小さく首を横に振っている。

 この反応は、もしかして。

「ねぇ、優衣ちゃん」

 目線の高さを合わせ優しく聞く。

「莉佐さんのこと、嫌い?」

 遠回しに聞くのもめんどくさいので直球に聞いてしまった。

 優衣は首を縦に振った。

「そっか・・・」

 直球に聞いた僕も僕だが、素直に答えられるとそれはそれで困ってしまう。

「ルノさーん?行きますよ?」

 重くなった空気から逃れようとルノを呼ぶ。

 この雰囲気を作ったのは僕だ。何とかしなきゃ。

「優衣ちゃん。何で莉佐さんのことが嫌いなのかは聞かないよ。けどさ、悪い人じゃないよ?」

「・・・それは、わかってる」

「え」

 どういうことか考えている僕に優衣は言った。

「・・・リー姉ちゃんは良い人だと思う。それは、わかってるの。けど、それと同時に、怖い」

「怖い?」

「・・・そう」

 それだけ言って優衣は黙ってしまった。

 怖い、か。莉佐は優衣に何をしたのだろう。

「優衣は愛情というものに慣れていないんじゃよ」

「ルノさん」

 いつの間にか外へ出てきたルノはそう言い、莉佐と手をつなぎ早くいくぞと言わんばかりに歩き出した。

「僕らも行こうか」

 立ち上がり優衣と共に後をつける。

 愛情に慣れていない、か。

 優衣が施設で育ったということは先日聞いた。自殺しようとしていたとも聞いた。

 慣れていないというのは、つまり愛情を知らなかった、ということだろうか。

 このことはちゃんと奏太に伝えた方がいい。知らず知らずのうちにこの子を傷つけるのは奏太も本望ではないだろう。

「・・・ゲン兄ちゃん?」

 心配そうに優衣が見上げていた。

「あぁ、ごめん。どうかしたの?」

「・・・なんか、なってるよ?」

「なってるね」

 我ながらおかしな返答だと思いつつスマホを取り出す。

 音の発生源は電話だった。友達の誰かだと思っていたが違った。

「マスター?」

 スマホに表示された画面には土井タケル、すなわちマスターからの着信であることを示していた。

「もしもし?」

「おう、金髪青年か?俺だ」

 電話に出たのが僕じゃなければ一種の詐欺にもとれる返答だ。

「そうですけど。金髪青年というのを」

「金髪に頼みがある」

 金髪青年を訂正させようとしたのだが、『頼み』という言葉で吹き飛んでしまった。

「僕に、ですか?」

「他に金髪はいないだろ?」

 それもそうだ。

「それで、何ですか?」

 危険なものじゃなきゃいいんだが。しかし、次の一言で簡単に期待は裏切られた。

「札幌の防衛だ」

「切っていいですか?」

 どう考えても危険だろう。

「待て!早まるな。話を最後まで聞いてくれ」

「嫌です。聞いたらやらなくちゃいけなくなるじゃないですか」

「それじゃあ、説明するぞ」

「話を聞いてください」

「いいか?」

「よくないです」

「・・・実は今日の夜なんだが」

 強引すぎる。話も聞かずに説明し始めたよこの人。いや、人じゃないんだけど。

 ん?今日の夜?

「今晩なにかあるんですか?奏太と一緒に店をするんじゃないんですか?」

 すると、スピーカーから戸惑いの声が聞こえた。

「奏太がそう言っていたのか?」

「はい、そう聞いています」

 一昨日、奏太が確かにそう言っていた。

「そうか、そうなんだよ。俺は奏太と一緒にお金を稼ぐつもりだ」

 胡散臭い。

「で?本当は何をするんですか?札幌の防衛とは何ですか?」

「お、引き受けてくれるか?」

「内容によります」

 一応聞くだけ聞いておくことにした。引き受ける気は実際ない。

「話してください」

「今晩、奏太の身に危険が迫る」

 マスターはさっきまでのおちゃらけた口調とは打って変わって低い声で言った。

「危険・・・ですか」

 コントラクターなのだから常に危険と隣り合わせではあるが、あえて危険というのだから、もっと違う何かなのだろう。今晩、と時間がわかっているのにも引っ掛かりを覚える。

「お前、いや元コントラクター3人には奏太の手助けをしてやって欲しい」

 明らかに危険だ。だが、奏太に身の危険が迫っているというのなら話は別だ。

「具体的には何をすればいいですか?」

 この返答はつまり、引き受けるということを意味していた。マスターにもこちらの意図が伝わったようだ。

「正直なところ、俺にもこれから何が起こるかなんて理解できていないんだ。だから、手助けするその準備をしていて欲しい」

 何とも曖昧で抽象的な指示だ。

「詳しくわかったらまた連絡する。それまでは、目いっぱい祭りを楽しんでくれよ?」

 そう楽し気に笑って言うのだった。

「あ、それと。このことは奏太には黙っていてくれ」

 最後にそう付け加えた。

 この人は、いや、人ではないけども。とにかく、奏太のことを大切に思っているのだろうと感じた。

 それが当然僕も同じで、きっと前を歩く二人も、手をつないでいるこの子も同じ、だと思いたい。きっと、喜んで手伝ってくれるだろう。

「わかりました。準備しておきます」

 お待たせ。奏太のそう言う声が聞こえた。

「それじゃあよろしく」

 マスターはそう言い電話を切った。

「・・・ゲン兄ちゃん、今の誰?」

「マスターだよ」

 その言葉にルノが反応した。

「ルノさん、どうかしました?」

「奴は何と言ってたんじゃ?」

 表情を強張らせ聞いてくる。

「えーと」

 いざ自分で説明すると難しい。

「なるほどのぉ」

 なんかルノが納得している。そう言えば考えが読み取れるんだったか。

「ルノさん」

「何じゃ?」

「僕たちはどうしましょうか」

 ルノはあきれたように言った。

「まずは祭りを楽しむんじゃよ!悩むのはその後じゃ。今悩んでしまっては、そのことばかり気になって楽しいものも楽しめなくなる」

「それもそうですね」

 ルノの言う通りだ。折角の祭りなのだ、楽しまなきゃ損である。

 笑いあう僕とルノを横目に莉佐と優衣はそれぞれ首を傾げていた。


 次に電話が来たのは21時ごろ。

 ショーも終わり、子供騙しだなとあくびをかみ殺している頃だった。

「もしもし?」

「金髪か?俺だ」

 また詐欺みたいな返答だ。さっきと違うのは声に焦りがあるということだろう。

「玄魔です。何かわか」

「札幌・・・上空」

 ノイズが混ざって聞き取りにくい。

「すみません、もう一度・・・切れてる」

 まぁ、重要そうなところは聞き取れたしいいか。

「ゴーレムか?奴は何と言ってたんじゃ?」

 若干興奮気味のルノに聞こえた部分だけを伝える。

「ふむ、上空か」

 うつむいて何かを考えるルノ。

 確かこの子は空を飛べたはず。迷う必要はあるのだろうか。

「どうしましょうか」

 祭りに行く前にした質問をもう一度する。

 しかし、答えは返ってこない。

「ルノさんだけでも先に」

「無理じゃ」

 行ってもらおうとしたのだが、無理?

「今の我に浮遊能力はない。奏太に貸しているからな」

「そうだったんですか。とりあえず、場所の特定と必要なものを準備しますか」

「そうじゃな。場所の特定はもう済んどる。奴の魔力は分かりやすいくらい強大じゃからな」

「そうですか。なら準備を」

「ちょっと待って!」

 話の進行を莉佐が妨げた。

「どうかしました?」

「どうかしました?じゃないよ。ここに来る中でも思ったけど、カナだとかマスターの名前が出てるけど、何かあったの?」

 心配そうに言う莉佐。そういえば、楽しむことに夢中で莉佐と優衣にはまだ話していなかった。そのせいで不安にさせてしまっていたようだ。

「奏太とマスターが上空で何かしているらしいんだ」

 その説明にルノが続けた。

「我の旧友であり優衣の契約種。吸血鬼、イラタゴ・ムジナと戦っているはずじゃ」

 驚いた。そんなこと初耳だ。一番驚いているのはやはり優衣だった。目を丸くし口が開いていた。

「・・・ムジナ、生きてたんだ」

 いつもと変わらない口調だが、少し嬉しそうにも聞こえる。

「・・・でも、どうして私はコントラクターじゃなくなったんだろう」

 今度は少し悲しそうに言った。

「奏太によって瀕死に追い込まれた奴は自ら優衣との契約を切ったんじゃ」

「・・・契約を?」

「そうじゃ。あそこまで追い込まれたのは初めてのことじゃったのだろうな。不死身であるとはいえさすがに分が悪い。そして、勝つなら圧倒的に。それが奴のモットーじゃ」

 さらりと言うので聞き逃しそうになったが、

「不死身だって?じゃあその吸血鬼を殺すのは」

「不可能じゃな」

 これまたさらりとルノは言うのであった。

「殺せないなら、どうすれば?」

「考えるのは後じゃ。一旦帰るぞ」

 そういってそそくさと歩き出す。

「莉佐さん、何をするか分かった?」

 結局ろくな説明もしていないが。

「さすがにわかったよ。助けに行くんでしょ?」

「理解が早くて助かります」

「優衣は少し違うようじゃがな」

「「え」」

 ルノが言い、僕と莉佐はハモった。

 優衣を見ると、嬉しそうにステップを踏んでいた。

 これは、

「優衣は吸血鬼、ムジナのことが好きなんじゃよ」

 耳元でこそっと教えてくれた。しかし、これはまずいような。

「うむ。まずいな」

「だよね」

 全員がことの深刻さを理解しているようだった。

「まぁ、その辺も配慮しつつ家で作戦会議でもするかの」

「直接カナがいるところにはいかないの?」

 その疑問はもっともであり、僕もそう思っていた。奏太の身を案じるならば早いに越したことはないのだ。

「奏太のいるところに向かう途中に家があるんじゃよ。何があるかわからないのにこんな動きにくい格好で行くのは命を捨てているのと何ら変わりはないじゃろ」

 ルノは浴衣をあまりよく思っていないようだ。しかし、動きにくいのには変わらないので一度帰ることにした。




 奏太との再会30分前。

 例の小屋のある山の麓にある草原。そこで何度目かわからないあくびを吐き出し、月のない夜空を見上げた。

 新月で雲一つない夏の夜空は、都会であることを忘れさせるような満点の星空が広がっていた。

 その一角、夜の闇とは違う明らかに異様な物体がうっすら見えていた。

 あれからマスターからの連絡はない。

 優衣は僕の背中にしがみついて眠そうに目をこすり、莉佐はルノの手をつないで空を見守っている。そのルノは魔力を探っている。

「どうですか?」

 この質問も何度目かわからない。

「ゴーレムが建物を破壊しようと試みている。奏太とムジナは一応奏太の方が押しているようじゃが、魔力量は圧倒的にムジナの方が勝っておるな」

「そう、ですか」

 ここに来てからかなりの時間が経過していた。

 作戦らしい作戦はたてていなかった。強いて言うのなら、優衣がムジナを見て暴走しそうになったら止めようという話になっただけだった。

 あとは、バッティと呼ばれる包丁が僕含め元コントラクター3人にルノから支給されたくらいだ。

 昨日何処からか奏太が持って来たのを押収したらしい。

 魔力を込めると斬撃を飛ばすことが出来るようになる、調理器具であり武器。

 魔力の扱いは元コントラクターであった時の名残か、何の問題もなく1回の練習で斬撃をとばせた。

 でもそれだけだ。あの建物まで斬撃は届かない。待つことしかできないのだ。

「む?」

 突然ルノが空を、正確には建物を凝視した。

「どうしました?」

「ゴーレムの魔力が何倍にも膨れ上がった。・・・もうじき、あの建物が消滅するぞ」

「そうなると僕らの出番というわけですね」

 そう言うと、元コントラクターの間に妙な緊張感が生まれた。

 莉佐なんか少し震えている。

「最初は、様子見じゃがな」

 言い終わるのとほぼ同時だった。

 ―ドーン!

 大きな爆発音と共に建物が消滅し、1つの物体が悲鳴を上げ落下していく。

「あれは、奏太!?ってか、遠ッ!」

 今いる場所よりも遠くに奏太は落下した。

「こっちじゃ!」

 ルノは奏太の落下したところを目指し走り出した。

 うっそうとした森の中。優衣を背負って全速力で走る。

 ドーン!ドーン!ドーン!

 木の陰になってよく言えないが、連続した爆発音は祭り後の花火ではなく、奏太の攻撃であるということは理解した。

 そして、奏太の姿を視認するころにはすでに爆発音はやんでいた。

 森の一部に木がなくなり、円形に広がっているこの場所は、さながらコロッセオを思い浮かべさせた。

「ストップじゃ」

 ルノの制止命令と共に木の陰に隠れる。

 奏太はちょうど円の中心仰向きになり、吸血鬼は背中を向けて浮いていた。

「どうします?」

 隣で様子を見ているルノに小声で話しかける。

「奴らは我らの存在に気付いていないようじゃ。斬撃を両手両足に当てる。我は右足、玄魔は左足、莉佐は右腕、優衣は左腕を狙うんじゃ。よいな?奏太には絶対にかすらせるな」

 と、早口に指示を出す。

「我の合図とともに一斉に行くぞ。ムジナの周りにある黒いのが当たれば奏太は」

 その先は言わなかったが、何を言わんとしているのか分かった。

 奏太は仰向けになったまま動かない。まさか、諦めてないよな?いま、助けるから。

 いまかいまかと合図を待つ。

 バッティに魔力を込めいつでも斬撃は飛ばせる。

 それは他のみんなも同じようで、バッティは青白く光っていた。

「今じゃ!」

 ルノの合図。

「「「「はぁ!」」」

 4つの斬撃は寸分の狂いもなく手足を切り裂いた。

「あ、優衣ちゃん!行っちゃだめ」

 莉佐が優衣を抑え、ルノは真っ先に奏太のもとへ駆け出し口づけを交わしていた。

 すぐに僕らも奏太のもとにたどり着き、奏太は初めからいることを分かっていたかのように、こちらを見ないで言った。

「で、お前らはなんでここにいるんだ?」




 と、いうわけさ。

 玄魔は最後にそう言って話を締めた。

「そうか、お前らありがとう」

 本当なら危ないことに首を突っ込むなと叱りたいところだったが、助けてもらったのは紛れもない事実だ。

 ルノとの口づけの影響か、魔力が体中にみなぎってくる。

 まだ、やれる。

 左手に鞭を、右手に槍を持ち戦闘態勢に入る。

 両手両足を再生したムジナはあたりを見渡した。そして、莉佐の陰に隠れる小さな影に向かって言った。

「優衣、3日ぶりだな」

「・・・ムジナ、また会えてよかった」

 優衣の目はうるんでいた。

 感動の再会。とはいかなかった。

(始末しておくか)

 そう、ムジナの考えが伝わった。

 マズイ。優衣は完全に油断している。

「『エイド・アフト』」

 ムジナの周りに再度、黒い靄が集まる。

 当たれば即死の魔力。それは不死同然の下僕にも通用するのだろうか。

「強力な魔力は絶対的な死に通ず、じゃ」

 ボソッとルノが言った。

「なんて?」

「何でもない。早くあれを止める方法を考えろ」

「そうだな」

 ムジナの周りにあった靄は黒色の球に変わっていた。

「『ブレイズ・オブ・エポレイ』」

 俺が出現させた巨大な火の玉がムジナの黒い球を包み込む。

「『コンポレッション』!」

 火の玉が黒い球を包んだまま縮んでいき消滅する。

「邪魔をするな!」

 ムジナが俺を一瞥して怒鳴る。

「うるせぇ。ふう、お前の相手は俺だろうが」

 少し呼吸が乱れた。

「奏太、大丈夫か?無茶するな」

「ん、大丈夫」

 思っていたより魔力の消費が大きくて驚いただけだ。だが、あれを使わなければ魔力負けで俺の火の玉は消えていたことだろう。その点もムジナは考えていたのか。

 まぁ、今はとりあえず。

「お前ら!」

 後ろに立つ3人に向かって言う。

「下がってろよ、あいつは俺が倒すから」

 しかし返事はない。

「いいか?」

「よくないよ」

「莉佐たちはカナを助けに来たんだから」

 莉佐と玄魔が俺の命令を拒否して言った。

「やめろ。何かあっても俺はお前らを守れねえぞ?」

「僕らは死なない」

 ぽつりと玄魔はこぼした。

「主を守るのも下僕な役目だ」

 次ははっきりとそう口にした。

 こんな時だけ下僕ぶりやがって。奥歯をかみしめた。

「その主が下がれと言っているんだ。命令を聞け」

 それでも2人は下がろうとしない。優衣は莉佐の後ろでたたずんでいるだけ。

「戦う力は持ってる。それに僕らは不死身だ」

 それは違う。

「強大な魔力は絶対的な死に通ず」

 アーウェルサの住民ならだれもが知っていることわざのようなもの。

 不死者も大きな魔力でも死ぬ。そう表していた。

 不死者を殺す。その大きな矛盾は魔力によって解決できる。

 例えば先ほどからムジナが使っている死神族の魔力は相手がだれであれ魂を消し去る。つまり、不死者だろうが下僕だろうがこの世にはとどまることが出来なくなる。

 そして、俺にもそれは可能だった。

「強大な魔力を使ってあいつを跡形もなく消し去る」

 再生するものがなければもちろん、復活する心配もないのだ。

「そんなことが・・・」

 話を聞いた玄魔は驚いて口が開いてしまっている。だが、

「それが出来れば苦労はしない」

「え」

「気づくのが、思い出すのが遅すぎた。もうあいつを消し去るほどの魔力が残っていない」

「どうするのさぁぁぁぁぁあ!」

 玄魔が大声を出すが、構っていられない。とりあえず、

「お前らにも危険があるというのは分かっただろ?だから、下がれ」

「わかったよ」

 さすがに身の危険が迫るとわかり下がってくれるようだ。

「援護するだけさ。僕が勝手にやるだけだから奏太は気にしないで戦ってよ」

 まだそんなことを言うか。

 しかし、玄魔にも莉佐の目にも強い意思が宿っていた。もう説得は不可能。そう判断して一言だけ言った。

「・・・死ぬなよ」

 ムジナは変わらず浮いていた。

「話は済んだか?」

「あぁ、まさか待ってくれるとは思ってもいなかったけどな」

「それで?我輩を倒す術は思いついたのか?ん?」

「まぁ、な」

 一応、うまくいくかはわからないが1個だけ思いついている。

「んん?貴様の残存魔力で我輩を消し去るのは不可能だと思うが、あー、そうか。ククク、面白い!やってみろ!」

 作戦は筒抜けということか。

 隣に立つルノが心配そうな顔で見上げていた。

「本当に、やるのか?」

「他に方法はないしな。それに、もう迷っていられない。お前も離れていた方がいいぞ?」

「いや、ここにいる」

「そっか。危なくなったら逃げろよ!」

 言い終わると同時に鞭を持つ左手を振り上げた。

 鞭がムジナの右腕を体から落下する。

 しかし、ムジナはこの程度では動じない。

 次いで残りの手足、それから首を立て続けに切り裂いた。

 頭だけを残し浮くムジナに頭頂部から右手で持つ槍で刺し、俺のはるか前方へまとめて飛ばした。

 俺との距離は300mほど。

(やってみろ!)

 ムジナの声が頭に響いた。

「遠慮なくやらせてもらう」

 鞭の装備を解除し両手を前に出す。

「はぁぁぁぁあ!」

 魔力がムジナの中心に集まる。

 火の玉を、巨大な火の玉をイメージする。イメージは『太陽』。

 イメージが強ければ強いほど再現度は高まる。その分多くの魔力を消費するけれど、もう何も気にしないことにした。

 最初はピンポン玉サイズだった火の玉は、野球ボールほどになり、ボウリングの玉くらいの大きさになった。さらにそれは膨張をつづけ、ムジナの姿を完全に覆いつくした。

「まだだ、まだ足りない。ゴホッ」

 口から血を吐き出す。すでにだいぶ無理をしているのがよく分かった。

「奏太、もうやめるんじゃ。魔力が、もう」

 ないことは分かっている。けれど。魔力の源は命。命があるのだから魔力は尽きない。むしろ、命を削ってでもムジナを消滅させることにした。

 火の玉は遂に建物の3階くらいの高さまで大きくなった。

 しかし、この火の中でムジナが体を再生し水の衣に身を包んでいるのが見えた。

 まだ余裕っていうのか?なら、もっとだ!蒸発しろ!

 額から玉のような汗が滝のように溢れ出る。爪もはがれ、鼻や塞がったはずの傷から血が溢れてきていた。

「奏太!何しようとしているのさ!」

「カナ!一旦ストーップ!」

「もうやめるんじゃ!」

 口々に言われるがそれだけは絶対に聞けない。

 火の玉はすぐそばまで迫るほどまで膨張していた。

 そろそろ、頃合いか。

「うおぉぉぉぉぉお!『インパクト・クラッシュ』!」

 巻き起こる大爆発。それを俺も至近距離で受け後方へ飛ばされ背中を打つ。

 まだだ、

「『インパクト・・・コン・・・ボ』」

 連続した爆発音。

 それがやんだのはすぐだった。攻撃が終わったのではない。鼓膜が破れたのだ。何も聞こえない。視界には何もなく真っ暗な世界。視力も失った。何も感じない。すぐそばに誰かいるはずなのにその存在を感じることもできない。体は何にも触れていないかのような浮遊感。

 せめてムジナがどうなったのかだけでも確認したかったが、それはもう叶わない願いだ。

 考えることさえおぼつかない。

 意識が薄れていく。最後に口が動いているのかはわからないが、これだけは伝えたい。ありがとう、と。

 そこで意識は闇に落ちていく。




「私はまだ、お主が死ぬことを許可していない」




 頭に聞き覚えのある男の声が直接響いた。

「まったく、無茶しすぎですよ?人間の体です。もっと大事にしなさい」

 今度は耳から鼓膜を通して、これもまた聞き覚えのある女の声。

 聴力だけじゃない、視力も魔力も回復し、傷も癒えている。

「お前ら何でここに?」

 起き上がりながら、強力な助っ人に聞く。

「その前に、助けてもらったらなんていうんでしたっけ?」

 女がそんなことを言ってくる。

「ありがとう。メチ」

 その言葉を聞いて満足げに頷く時の神。

「で?なんでここに?」

 もう一度おなじ質問をする。

「何でもなにも時間かけすぎ。・・・やぁ、初めまして、イラタゴ・ムジナ君」

 相変わらず無傷、ではなく体の半分以上を失ったムジナがその男の姿を見て目を見開いた。

「貴様、まさか」

「エスト・テリッサ。全世界を統べる神さ」

「「「神!?」」」

 元コントラクター3人が驚いているのはひとまず置いておく。

「イラタゴ・ムジナ君。お主を捕らえに来た」

 いつものふざけた口調とは違う、相手を威圧するようなトーンで言った。

「お主はアーウェルサの住民を殺しすぎた。素直についてきてくれれば手荒な真似はしなくて済む。さぁ、同行願おうか」

「フ、ハハハ!やれるものならやってみろおぉぉぉぉお!」

 ムジナは回復のポーションを飲み干し言った。傷が完全に治った。

「やれやれ、無駄なことを。メチ、やるよ。トリアは後ろで休んでいるといい」

「傷は治っていますが疲労は相当溜まっているはずです」

 確かに立ち上がろうとしても足が動かない。

「任した」

 そう言ってムジナのもとに向かう2人を見守る。

 ドタバタとにぎやかな足音が後ろからした。

「奏太!大丈夫?」

「今はな」

「カナ!無茶しちゃだめだよ」

「悪い」

 玄魔と莉佐は俺に声をかけ、優衣は何も言わず胸に飛び込んできた。この子にも何かしら思うところがあったのだろう。

「ルノも、悪かったな」

「別に、何とも思っとらん」

「目から水が出てるが?」

「あ、あくびをしただけじゃ!・・・もう、命を簡単に捨てようとはしないでくれ」

 小さく言うルノの頭を撫で俺は言う。

「もうしないよ」

 それにしても、あの二人が来るとは完全に予想外だったと、空中戦を繰り広げているのを見て改めて思った。

「ねえ、奏太」

「どうした?玄魔」

「あの2人が」

「男の方は全世界の神エスト・テリッサ。女の方が時の神メチ・エクルディ。どっちも俺の幼馴染だ」

 幼馴染の戦いを地上から観戦する。




「トリアがいる手前、失敗はできないよ?メチ」

「わかっていますよ、エスト」

 戦闘を控えているというのに2人に緊張はない。これは、ただの仕事だからだ。

 目の前の吸血鬼と対峙する。

「ふむ、やはり魔族は魔族ということか。天使族の力は取り込んでいないみたいだね」

「ええ、そのようです。現在確認できるのはエルフ族、ダークエルフ族、ドラゴン族、機械族、雷獣族、風民族、ゴーレム族、妖精族に水獣族。他種族の魔力の根源は以上でしょう」

「それに加えて魔族である死神族に悪魔族、オリジナルである吸血鬼か。人間の世界で言うチート性能というやつだな」

 私とメチで吸収されたであろう種族を読み上げる。

「ふむ、さすがは神と言ったところか。一目見ただけですべて見抜くとはな」

 今の言葉に引っ掛かりを覚える。

「お主、まだ何か隠しておるな?」

 神である私ですら感じたことのない異様な魔力。気味が悪い。警戒しておこう。

「さて、メチ始めようか」

「はい」

 メチは頷くと魔導書を手にする。それを開き詠唱を開始する。

「させぬぞ?フン!」

 ムジナの手に大きな大剣が出現する。

 詠唱中のメチは完全に無防備となる。その間は私が守らなくてはいけない。

「メチの邪魔はさせないよ。『神器エクシサクト』」

 空中に五本の短刃が出現しくるくる回る。

 自分の意のままに操ることのできる短刃。これでムジナの足止めをする。

 ムジナは大剣を軽々と振るい重い一撃を与える。しかし、エクシサクトがそれを食い止め、大剣の刃をボロボロにする。

 当然の結果だ。神器と一般的な武器では質も強度も違う。

 大剣だけでは分が悪いと判断したのか、ムジナは次の一手を打った。

「『イビィウィップ』」

 ツタの鞭か。だが、その一手は悪手だ。

「『ストレイン』」

 メチの周囲に光り輝く結界が張られ、ムジナの攻撃をはじいた。

「むぅ、次だ」

「遅い。『ライトバインド』」

 光の縄がムジナを拘束した。

「ッち!こんなもの!」

 拘束から逃れようとムジナはもがく。

「遅いって言ったよね」

 ムジナの足元に赤色の魔法陣が出現した。メチの詠唱が終わり、魔力が解き放たれる。

「『ボデステッドターン』」

 よく通る声と共に魔法陣が効果を発動した。

「ぐおぁぁぁぁぁあー!」

 辺りにムジナの悲鳴が響く。

 ボデステッドターンを受けたものは体の状態の時間を戻すことが出来る。今のでムジナの体はポーションを飲む以前の状態に戻った。トリアがいいダメージを与えてくれたのを利用する。

 体の時間を戻しただけなので持ち物は戻ってこない。つまりポーションで回復される心配もない。

 一方、トリアにかけたものは魔力も含めて体の状態を戻すが、精神的疲労が残ってしまうもの。

 回復魔法とは違い、時間を操るだけなのでこのような欠点がある。

「まぁ、今の状況ならこれだけでも問題ないんだけど」

 徐々にムジナの傷が回復していく。

「さすがは不死者、といったところか。メチ!」

「詠唱は終わっています」

「そうか、やれ」

「はい。『エイミープット』」

 またもムジナの足元に赤色の魔法陣が出現したかと思えばすぐさま発動する。

「グ、傷が塞がらない?」

 言う通りムジナの再生は止まっていた。

「何をした?」

「あなたの体の時間を止めました」

「何だと!?」

「まぁ、その状態だと傷を負うこともないんだけどね。さて、少し話をしようか」

 体の状態がよくない今のうちにでもしなければならない話がある。

「貴様と話すようなことなどない!」

 予想通りの反応だ。

「とりあえず聞けよ。不死者を殺す話だ。お主にはどうやら知識に偏りがあるようだしな」

「ふん!存在を消す。それ以外にはない!『エイド・アフト』!」

 全く、それに偏りがあると言っているのに。

 ムジナの周りに黒い靄が集まる。

「甘いよ、甘々だ。『セイクリッド・リフレクター』」

 光の壁が私たちとムジナの間に発生した。

「お主がいま発動している魔力を使えば不死者も消える。さっきのトリアのように強大な魔力で消し去ることも可能だ。まぁ、トリアは失敗していたけどね。あぁそれと、この壁はいかなる魔力でも当たるとそっくりそのまま跳ね返るから注意してね」

 そう言うとムジナは魔力を解いた。

「さて、ここで問題。不死者を殺す方法は他にもある。・・・ムジナ君。不死者のお主なら当然わかるね?」

 だが、ムジナはうなるばかり。

「なんだ、わからないのか。残念だよ。メチ?わかるよね?」

 当然ですとでもいいたげに胸を張ってメチは説明を始める。

「対象の時間を止めてしまえばよいのです」

「・・・」

 さすがの私もこの返答は予想外で黙ってしまった。

「いや、それはお主にしかでいない事だろ?ほら、天使族ならだれにでもできるアレだよ」

「封印、ですね?わかっていますよ、そのくらい」

 どうやら先ほどの返答はメチなりの冗談だったようだ。それにしてもわかりにくい。

「ちゃんと理解しているようで安心したよ」

 封印は天使族が魔族に対してのみ使える秘術。

 これを受けた魔族は何もできなくなる。体を動かすこともできなければ話すこともできない。生命はあるが死んでいるのと変わらない状態。不死者が多い魔族に対して一番有効的な措置だ。

 これは蛇足であるが、悪魔や吸血鬼を総称して魔族とよぶのに対し、天使や神獣族は神民と呼ばれる。

「貴様ら、我輩を封印するつもりか?」

 と、封印の話を聞きそう思ったのだろうが、

「それは向こうに戻ってから。今回は捕か」

「ふざけるなぁぁぁぁあ!」

 捕獲が目的と言おうとしたのにかき消されてしまった。聞いたのはそっちなんだから最後まで話を聞けなんて言えるわけはなく、ムジナが光の壁を壊し呆気に取られていた。

 ムジナが光の壁を殴り破壊する。たったそれだけのことだが、ただのパンチで簡単に壊れるというのは普通ではありえない事だった。

 そう、『普通』では。

「ダークエルフの戦闘能力を上乗せしたのか」

 ムジナの攻撃を避けながらも冷静に分析する。

 さっきは封印をしないとは言ったが、そのことも視野に入れた方がいいかもしれない。

 一度封印すると解くのが面倒で仕事が増えるから嫌だったが、うん、仕事はこれ以上増やしたくない。

「メチ!」

「了解です」

 ただ名前を呼んだだけなのにこちらの意図を察しメチは詠唱を始めた。

 当然この間に何もしないムジナではあるまい。

「やらせんぞ!」

 ムジナがメチの方へ向き直る。

「お主の相手は私だ。どこへ行くつもり?『ライトバインド』」

 出現した光の縄が再度ムジナを拘束しようと襲い掛かる。

「遅い!」

 しかし、身体能力を上げられ捉えることはできなかった。

 ムジナがメチの前に立ち武器を構える。

「それで、出し抜いたつもり?」

 ムジナは今にも襲い掛かろうとしているのに対し、メチは詠唱を続ける。『ストレイン』を張ったところでたちまち壊されてしまうのは容易に想像できる。

 エクシサクトの五本の短刃をムジナの周りに散開させ短く詠唱する。

「うぐ、これは?」

 魔法陣が出現しムジナは足を止めた。

「『セイクリッド・リターン』」

 ムジナの体を聖なる光が包み込みムジナの体を蝕む。

「ー!」

 ムジナは声にならない悲鳴をあげる。

 魔を滅する聖なる光。エクシサクトは自身の魔力『セイクリッド』の威力を増幅させる。

「詠唱、完了です」

「了解」

 魔力を解き魔法陣が消滅する。そこにメチが作り出す新たな魔法陣が出現した。

 ムジナの体は頭部だけを残し完全に消滅していた。だが、まだ再生は続けるだろう。やるなら今しかない。

「メチ」

「はい。『エフィル・ポイスト』」

 メチは頷いて魔法陣を発動させた。

 魔法陣から無数の光の筋がムジナに流れ込み、消えた。

 エフィル・ポイストは生命の時間を止めてしまう。時の神、メチだからこそできる封印の一種で解くのも簡単。メチが魔力を解くと同時に封印も解ける。それまでは動くことはない。

 つくづく敵にはしたくない。そう思った。

「さて、一先ず任務は完了かな」

「そうですね。・・・久しぶりに疲れました。早く帰りましょう」

「あぁ、そうだね」

 そう言って優しく笑いかける。

 動かなくなったムジナの頭部を持ち、トリアのもとへ降りる。

「トリア、これが神の実力だよ」

 ニヤリと笑った。




「・・・ムジナを簡単に捕まえるなんて」

 優衣は俺の膝の上で空を見上げて呟いた。

 時間を操る『メニキュレイト・タイム』は時の神に代々伝わる唯一無二の無力である。発動しては最後、全世界を統べる神ですら逆らうことはできない。ムジナに次ぐチート能力だ。

 それでも、メチが来てくれなければムジナを捉えるのは不可能だったように思える。

 気づけばエストが目の前に立ち何かを言ってニヤリと笑っていたが、俺は聞き流した。

 なにはともあれ、

「お疲れ、メチ」

「ありがとうございます。早く帰って休みたいですね」

 メチが休みを求めるなんて珍しい。それだけ疲れたということだろう。

「あれ?トリア、私は・・・?」

「ん?お前はメチほど頑張ったわけでもないだろ?」

「冷たいな。私だってかなりの魔力を消費し・・・?」

 そこでエストは言葉を切り、空を見上げた。

「どうかしたか?」

 その問いに答えたのはルノだった。

「何かきとる。それも強大な何かじゃ」

 立ち上がるほどの体力は回復していたので優衣を降ろして立ち上がり、同じように見上げる。

 星が見えるだけで他には何も見えない。

 と思っていたが、空から何か降ってきた。

「・・・注射器?」

 優衣がそれを見て言った。そう、注射器だ。空から降ってきて注射器はエストの持つムジナの頭部に刺さった。

「マズイ」

 エストはそれを夏の夜空に投げはなった。

 その瞬間である、ムジナがまた再生したのだ。

「活力のポーションでも入っていたのかな」

「冷静に分析している場合か!?まだ、変化してるぞ?」

 ムジナの体は再生というレベルには到底及んでいないように見えた。

 体は原型をとどめていない。胴体は機械族のように金属とドラゴンの鱗が一部に覆われ、右手は水、左手がツタ。両足はなく、背中からまるで蜘蛛の足のように武器が生えていた。

 剣に、鞭、鎌、斧、ナックルスター、鉈、槍の計七つ。

「さて、どうする?」

 解決策を求めて神に聞く。だが、返ってきたのは、

「トリア、魔力と体力は回復しているね?」

 と、体の状態を質問するものだった。

「あぁ」

「私にはもう、あいつを倒すほどの魔力はない。それはメチも同じ」

「じゃあ、諦めるのか?」

 ありえないと思いつつも聞く。

「まさか。人間界を滅ぼされるわけにはいかないからね。だから、『汝に光あれ。覚醒の時きたりけり。魔を滅し、闇を振り払いたまえ』」

 詠唱が終わるとともに俺の体は光に包まれた。

 体の内側から魔力が溢れてくる。暖かい、そして懐かしい。

 ものの数秒で光は消えたが、俺にはとてつもなく長く感じた。

「私にできるのはここまで。トリア、後は任せたよ。神からの命だ」

 ここまで?十分だ。

 俺の背中には白い翼が生え、頭上には光の輪が浮いていた。

「これが、奏太の本当の姿なの?」

 玄魔が驚くのも無理はない。

 完全に天使族である頃の体になっていた。堀井奏太ではなくアーク・トリアへと姿を変えたのだった。魔力も完全にかつても自分の物だ。だが、

「あいつ、封印してもいいのか?」

「メチの魔力もないからね。しょうがないさ」

「了解し」

「待ってください」

 玄魔が俺の言葉にかぶせて言った。

「僕らの魔力を上げることはできませんか?」

 そう言う玄魔にメチは優しく微笑んで言った。

「感謝します、人間。トリア、私の詠唱が終わるまでの間、時間を稼いでください」

「わかった、任せろ」

「奏太、気を付けるんじゃぞ?」

「大丈夫だよ。神民の俺が魔族に負けたりしない」

 俺はルノにそう言い、大きな翼を使いムジナのいる空中へ行く。

「そろそろ幕を引いてもらおうか」

 そうムジナに言ったのだが反応はない。ただ、うめいているだけ。

 心を読もうとしたが、ルノ能力を使うことが出来なくなっているのか、何を考えているのかわからなかった。

 まぁいいか。腰に刺さった大剣を引き抜いた。

「久しぶりだな。『エクセリオン』」

 かつて愛用していた俺の武器は錆びることなく光り輝いていた。

 エクセリオンを両手で構えるが、ムジナは一向に動く気配はない。何かつぶやいているような気もするが、聞き取ることはできなかった。

「ッ!?」

 いきなり、初期動作もなしにムジナがお腹からレーザーを放った。それを何とか大剣で防御。さらに間髪入れずに鉈と剣での追撃。

「『ストレイン』」

 透明な壁が現れ攻撃を防いだ。

 エストも使っていた天使族固有の聖なる魔力『ホーリーブライト』。俺はそれに『ブリリアント』という光を操る回復専門の魔力。エストは攻撃を専門とする『セイクリッド』が加わる。

 光での回復は魔族にとっては破滅的なダメージを与えることが出来る。

 魔族を殺すための天使族、『デビルキラー』と呼ばれていた時代が懐かしい。

 と、過去の思い出に浸っている場合ではない。やられっぱなしではだめだ。こちらも攻撃を始めないと。

「『ライトリング』」

 ムジナの周りに光の輪が現れた。

 それは、俺が手を握るのに連動して穴を狭めていく。輪が狭まるということはつまり、ムジナの体を絞り上げるということ。これで大半の魔族は命を落としていたが、ムジナには効果が薄いようだった。

 体が機械族の物だからだろうか?魔族としての部分は頭部だけか。

「次はちゃんと頭を狙うとしようか」

 ムジナは背中から生えた鉈で光の輪を破壊してしまった。

「ウゴォォォォォオ!」

 ムジナが吠える。

 言葉を話すだけの知性は残っていないようだ。魔力が暴走し、自我を失っている。

 きっとムジナに打ち込まれたのは『暴走のポーション』だったのだろう。あれは、生き物の意思に関係なく暴れさせるものだったはずだ。

 お腹からレーザーと弾丸を放ちけん制しつつ、ツタや水を操ってちまちまと攻撃を繰り返している。

「はぁ、オリジナルの方が強かったよ」

 どれも動きが単調。俺に攻撃がかすることもない。一言で言っちゃえば、弱い。知性を失い退化してしまったようだ。

 詠唱はそろそろ終わるだろうか。

 せっかく元の体に戻ったのにもかかわらず相手が弱体化しているなど誰が予想していただろうか。

 強敵との闘いだと思っていたが、残念だ。

 そうだ、久しぶりのこの体だ。封印はメチがしてくれるのだからいっそ魔力を使い切ってしまおう。

 手にしたエクセリオンにありったけの魔力を込める。

 太陽のように明るく輝く大剣。

 その異常を敏感に感じ取ったのか、ムジナの攻撃が素早く、どんどん雑になっていく。

「はぁあ!」

 まずは横に一閃。ムジナの頭部と胴体を切り離す。

 さらに切断した胴体が落下する前に細かく切り刻む。

 胴体は玉ねぎのみじん切りよりも細かくなり、光の粒子となって消えた。

 残すは頭部のみ。

 再生はしない。もう大丈夫だろうと手を近づけた時だった。

 死神の魔力が発動した。この至近距離では確実に2人とも死ぬ。

 急いで離れようとしたが、すでに黒い靄が、球に変わっていた。

 しかし、それが放たれることはなかった。

 メチの『エフィル・ポイスト』が間一髪発動したのだった。

「封印完了」

「封印完了です」

 封印されたムジナの頭部を手に地面に降りたところで魔力が切れてしまった。その瞬間、俺は人間へと戻る。

「はい、トリアお疲れ様」

「おう、体がなまってなくてよかったよ」

 地面に座りそうになるのを何とかこらえ、フラフラになりながら立ち続ける。

「魔力を使い果たしたのはどうかと思うけどね」

 放っておけ。

「さて、その頭を渡してくれる?」

「ほらよ。だが、その状態で大丈夫なのか?」

 手渡しながら疑問を口にした。

「まぁ、ポーションの効果だって永遠じゃなからね。効果がきれるまでは安全なところに監禁しておくことにするよ」

「それがいいだろうな。それにしても、誰がムジナにポーションを?」

「さぁ、それはまだわからない。こちらで調べておくよ」

「これからもっと大変になるだろうに」

「それが仕事だからね。・・・ひとつわかっていることとすれば、この間の戦いでムジナ君は一度消滅させられている。他でもない、トリアの手によってね」

「え?じゃあなん」

 唇に柔らかいものが触れ最後まで言うことはできなかった。

「ルノ?」

「・・・力は返してもらうからの」

 浮遊能力を俺からとったルノは小さく言った。まったく素直じゃない。「おつかれ」くらい普通に言えばいいものを。

「ルノ、トリアを堕とすなよ?」

「奏太次第じゃ。ほら、もう行くぞ?」

 と、ルノは歩き出す。

「俺は悪魔にはならないよ。人間だからな」

 悪魔は天使族が堕天してなるものも少なくない。が、俺は人間なのでその心配もない。

「じゃあな、エスタ、メチ。次会う時はこのゲームが終わってからだ」

 そう言いルノについて歩き出す。

 莉佐と玄魔も挨拶をそこそこに、についてくる。・・・優衣はどこだ?

「・・・あの」

「お主は・・・、こいつのコントラクターだったか」

 やっぱりというか、案の定というかエスタと話していた。

「ふぅ、いまだにこいつのことが・・・ちょっと待ってて」

 エスタは目を閉じ詠唱を始めた。

「汝に安らぎを。自然の摂理を覆し者よ。不死なる者に平等なる死を与えよ。『レフィスント』」

 ムジナの頭部から赤く輝く宝石が現れた。それをエストはペンダントに変え優衣に差し出した。

「・・・これは?」

 と戸惑いながらも受け取る優衣。

「ムジナ君の不死の力を凝縮したただの石さ」

 明らかにただの石ではないのだが、優衣はとりとめて気にすることもなく両手で大事そうに包み込んだ。

「少しの間、預かってくれるかい?」

「・・・はい、わかりました」

 いつもと変わらない受け答えだが嬉しそうにしているのがわかった。

「エスタ、何で優衣に?」

「アーウェルサも決して平和とは言えないからね。こちらに置いておく方が安全なのさ。それじゃあね、トリア」

「失礼します」

 と、アーウェルサへのゲートをくぐろうとする。

「忘れてた。トリア、もし次にお主が死んでも蘇生はしない。なぜなのかはよくきれる頭で考えてくれ」

 言い終わると同時に2人の神は消えた。

 なぜ蘇生をしないか。そんなの少し考えれば簡単にわかった。死に戻りをさせないためだろう。

「さて、帰ろうか」

「そうだね」

「お疲れ、カナ」

 莉佐と玄魔に労ってもらい、優衣の手を握ってルノを背中に乗せる。

 やっと北海道に本当の平和が訪れた。

 残るコントラクターはどのくらいいるのかは分からない。

 日本各地、世界各地、同じ空の下で戦いは行われている。まだ見ぬ強敵もいることだろう。

 それでも、俺は負けない。負けるわけにはいかないのだ。

 俺は人間、堀井奏太。ロリ悪魔と危険のない契約をし世界征服を行う者。・・・なんてね。

 夏の夜空には日が昇り、澄んだ青空が広がっていた。

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