第4章~ゲーマーの名に懸けて~

 ―ガチャ

 ドアを開けるその音で俺は目を覚ました。

「あ、おはよう。奏太」

 体のあちこちが痛む。リビングのソファは思っていたよりも寝心地が悪かった。まぁ、大方の原因は昨日優衣がソファをボロボロにしたからなのだが。

 そんな俺を不思議に思ったのか玄魔は俺に聞いてきた。

「なんでソファで寝てたの?徹夜?」

 手元に携帯ゲーム機があるためそう思ったのだろうが、

「違う。ちょっと俺の部屋を覗いてみ?そしたら分かるよ」

 玄魔は首を傾げながらも俺の部屋のドアをそっと開けた。

 何かを確認した玄魔はドアをそっと閉じた。そしてまたそっと開け、そっと閉じる。それを何度も繰り返す。

「いや、何回確認しても変わらねえからな?」

「じゃあ聞いてもいい?」

「何?」

「何?じゃないよ!」

 大声を出すな。

「何で人が増えてるの!?っていうか昨日の子じゃん!奏太、まさか本当に・・・?」

「声が大きいって。それと、お前は何か誤解してる。あの子、神谷優衣は施設暮らしなんだ。昨日送りに行ったら見事に『引き取ってくれ』って言われたんだよ」

「施設の人に?なんでまた・・・」

「それがな、どうやら優衣には親族というものがいないらしい。最近は自ら死のうともしていたらしい。それで生きる環境も変えたかったらしい。荷物も全部持ってきている」

「つまり、奏太はあの子の里親になったの?」

「いいや、義理の兄ってことにされている。施設の人も何かあったらそれで通せってさ」

 本当におかしな話だ。

「死なれるよりはましってことなのかな。でも、」

「コントラクターによって生まれた下僕は、他人の手によって死ぬことはない。だが、自分の手で自分を殺すことはできるらしい」

 というのがルノから得た知識。ここからは俺の推測。

「死にたがっている人はこの世にはごまんといる。そんな奴は死んでもかまわない。そういう考えなんだろうな」

「何か、納得いかないなぁ」

 玄魔がそう思うのも無理はない。正直なところ俺も納得はしていない。

「けど、アーウェルサに連れて行くまで死なれちゃ困るからな」

「それ、どういうこと?」

 あぁ、そうだった。俺が人間じゃないってこと伝えなきゃいけねえな。

 玄魔だけじゃない。莉佐にも優衣にもだ。一人一人に説明するのも正直めんどくさい。なら、一か所に集めればいい。

「お前、今日はひまか?」

「うん。誰とも予定が合わなくてね。どこか行くの?」

「ああ。北海道のもとコントラクターを全員集める。そこで、少し話をする」

 玄魔は不思議そうに俺を眺めていたが、頷き、了承した。




 ルノと優衣が目を覚ましたのが昼近くだったため、昼食を済ましてから家をでた。

 わざわざ出かけずとも莉佐を家に呼べばよかったのだが、バイトがあるらしく、その場所は俺もよく知る場所だったため、出向くことにしたのだった。

「あの、優衣ちゃん?そろそろ歩かない?」

「・・・ない。頑張って私を目的地まで連れて行って」

「はぁ、了解。奏太、変わっ・・・いてて。何するのさ」

 おぶってもらっている優衣が玄魔の耳を噛んだ。正直よくわからない子だが、

「懐かれてるな、玄魔」

「本当にね。何で・・・いたい」

 また噛みつかれた。

 それに苦笑しつつ目的地へと歩みを進める。

「なぁ奏太。この道は一昨日に行ったカフェに続く道じゃな?」

「正解。よく覚えてたな。どうやら莉佐のバイト先はそこらしい」

 ・・・タケさんに騙されていなきゃいいけど。

 頼りにはなるが信用できないのがタケさんだ。

「この間のこと、謝った方がよいかのぉ」

「グラス割ったことか?大丈夫だと思うよ。瓶詰野菜のふたの裏に払ったグラス代入ってたし。まぁ、その方がいいと思うならそうすれば?」

「ふむ、じゃあそうする」

 ルノは俺の背中に乗りながら答えた。

 相変わらず質量の感じられない体である。

 特に話すこともないまま、目的地のカフェが見えてきた。

「あれ?ここって・・・」

 玄魔が声をあげた。

「知ってんのか?」

「『メルゴ』だよね?このあいだ雑誌の特集で見たんだ。イケメンバリスタの土井タケルが経営する女性に人気のあるカフェだよ」

 一体どれだけの女性を口説いたのだろうか。というのは口に出さずにいた。

 実際、多くの女性から連絡先を聞いているのも俺も知っている。まぁ、口には出さないが。

 多くの連絡先を聞いている割に結婚はおろか付き合ったこともないらしい。

「絶対に本人には言えないけど」

「ん?奏太、何か言った?」

「いいや、なに」

 ―ドカーン!

「え」

 その場にいた全員が目を丸くして驚いていた。

 目的地のドアが爆発し、建物から煙が出ている。

「まさか他のコントラクターが?」

 玄魔はそう言ったが、その可能性はないだろう。

「カフェを攻撃する理由がない」

「魔力も感じられんしな」

 俺とルノの言葉に玄魔は口を塞いだ。

「・・・誰か、出てきた」

 優衣の言葉に視線がカフェの入り口に集まる。

 大柄な男と小柄な女性。タケさんと莉佐がカフェから出てきた。

「り」

「マスター!」

 俺の莉佐を呼ぶ声が、莉佐の怒号によってかき消された。

「営業中に実験をするのはやめてくださいっていつも言ってるじゃないですか!」

「いや、俺もやめようとは思ってるんだけどな?好奇心というものが抑えきれなくてな?いや、ごめんて、だからそんな怖い目で俺をみないでくれ」

 意外にもタケさんが尻に敷かれていた。莉佐のような気の強いタイプは珍しいのだろうか。

 まぁ、何はともあれ無事のようだ。

「よぉ、タケさん。今度は何をやらかしたんだ?」

「んお?奏太にルノちゃん。と、見慣れない顔もいるな。ま、中で話そうか」

 俺の質問は無視かよ。

 ルノはルノで莉佐とじゃれあっている。いつの間に仲良くなったんだ。

 タケさんも店に戻ってるし。・・・ドアはいいのか!?

「はぁ、入るか」

 いまだ困惑気味の玄魔と優衣を連れて店内に入る。

「うわぁ・・・」

 店内のあまりの惨状に思わず声が出る。

 ドアが吹き飛べば当然店内もごっちゃだ。・・・マジで何をしたんだろ。

「悪いなこんなんで。奏太、今は客もいないし表の看板を準備中に」

「しましたよ、マスター」

 そう言ってルノと莉佐が店に入ってきた。

「ヤッホー、カナ。久しぶり!」

「おひさ」

「莉佐ちゃんも元コントラクターだったか。てっきり奏太が狙ってるのかと」

「タケさん。その冗談おもしろくない」

「ごめんて。で、何飲む?」

 何飲む?じゃねぇよ。

「先に店を片付けろよ」

 椅子もテーブルもひっくり返った店内では落ち着けない。

「そのテーブルはあっちで椅子を4つ置いて」

 タケさんの指示を受け、全員でカフェを元あった通りに戻していく。

「なぁタケさん。何したらこうなるんだ?」

「・・・俺の口からはいいにくいかな」

「あ、そ」

(まさか爆竹の火薬を増やしたらこうなったなんて絶対いえない)

 ・・・ほんとこの人は営業中に何してんだよ。

「馬鹿だな」

 他には聞こえないようにボソッと呟く。

「?何か言ったか?」

「別に、莉佐が無事でよかったなって」

「おいおい、そんなに莉佐ちゃんが気になるか?あの子はお前の下僕だろ?なら絶対死なないだろ。てか、俺の心配もしろよ」

 あんたも死なないだろ。というのは言わずにスルーした。

「で、ドアはどうするの?」

 店内は元に戻りつつあるが、肝心のドアがない。

「お前らが帰ったら直しとくよ」

「?しばらく帰らないよ?そもそも飲食店なんだから衛生面には気をつけなきゃ。そうでしょ?」

 だが、タケさんは固まって動かない。

 まぁ、いいか。

「さて、と。片付けも終わったし、話したいことがある」

 そう言って俺は入り口に一番近いテーブル席にみんなを座らせる。

 一番入り口に近いとこにタケさん。隣に優衣、そして俺。

 俺の前にルノ。隣に莉佐、玄魔の順番だ。

「それで?僕らに話したいことって?」

「んー、俺のステータス?かな。まぁ、先にお互いを知っといた方がいいと思うんだが」

「あ、カナ、それならもう済ましといたよ。さっき片付けているときにね」

「あ、そう?じゃあ、話すか。・・・お前ら、左手の甲を見せてくれるか?あ、ルノはいいよ。何もないだろうから」

 テーブルに出された手には皆、黒い槍のマークがある。

「それが、どうかしたの?」

 玄魔の頭にはクエスチョンマークが浮かんでいる。

「どうかするんだよ。優衣!タケさんのマークに触れてみて」

 優衣は不思議そうにタケさんのマークに触れ、自分のマークにも触れた。

「どうだ?」

「・・・なんか、触り心地ちがう?」

 それを聞いてタケさんは腕をひっこめた。いや、もう遅いけどな。

「奏太、お前まさか俺の正体を?」

「あぁ、全部思い出したよ」

「思い出した?まさか4年前の」

「悪い、玄魔。それはまだだ。自分の正体だよ。俺もタケさんも今は人間だが元は違うんだよ」

「カナ、どういうこと?」

「タケさん、もう1回手だして。・・・違う、右じゃない左だ。よく、みとけよ?」

 タケさんのマークの端っこを何回か爪でひっかき、一気にはがした。

「いってぇ!奏太もうちょいゆっくりやれよ」

「ありがとう。良い悲鳴が聞けたよ」

「このドSが」

 タケさんはホッとしているが、元コントラクター3人は自分のもはがせないか試している。

「・・・これは?シール?」

「はい、優衣正解。どうやら人に成りすますために自分で貼ったみたいだな。よく見ると大きさも形も少し違う。・・・お前らのはどうやってもはがれないからあきらめてくれ」

 莉佐と玄魔はまだはがそうとしている。優衣の方が諦めがいい。

「ったく。タケさん、改めて自己紹介してくれる?」

「ううむ」

「悩むだけ無駄だから早くしてくれる?」

 タケさんは言うべきか悩んでいたが、意を決し話始める。

「俺は、アーウェルサから来たゴーレム族アースゴーレム種の『レイト・ヌミレオ』だ。奏太のお守役でこっちに来た。魔力は『ビルディング』。建物や空間を瞬時に作ることのできる魔力だ」

 そう言ってマスターはドアの前に立ち右腕を突き出した。

「はぁ!」

 魔力が発動し、

「すごい」

「一瞬でドアが」

「・・・直った」

 ・・・元コントラクターの団結力すごいっすね。

「と、いうわけだ。・・・これでいいか?奏太」

「おう、いいんじゃない?お前ら、分かったか?」

「うん、マスターについては分かったよ」

「・・・次はお兄ちゃんの番」

「カナも向こうの世界の住人だったんだよね」

「そうだよ。俺の本名は『アーク・トリア』。天使族で魔力は『ブリリアント』。回復系統の魔力だ」

「じゃあ、けがをしたら奏太に頼めばいいね」

 玄魔がそんな呑気なことを言っている。

「残念だが、俺はそこのゴーレムとは違って純粋な人間なんだ。だから、ルノから貰った魔力しか使えないんだ」

「なんだ、そうなんだ」

 下僕はけがをしてもすぐに治るはずだから気にすることでもないと思うのだが。

「でさ、奏太は天使なのに悪魔と契約してるの?それって」

 言わんとしてることは分かる。

「特に、問題はないな。お前が心配するようなこともないさ」

「そうだよ!ゲン!」

 ゲン!?莉佐はどうして人の名前を二文字にしたがるのか・・・。

「ゲンが何を心配しているのかは知らないけどさ、ルノちゃんはかわいい悪魔だよ?かわいい子に悪い子はいないよ!」

 なんて横暴な理論なんだ。間違ってないけど。

「・・・お姉ちゃんは、優しい」

 おねえちゃん!?優衣はルノのことをそう呼んでいるのか。見た目年齢的には優衣の方年上に見えるから物凄く不自然に感じた。

「それで、奏太はなんで思い出したの?」

「ああ、うん」

 言わなきゃ、ダメか。

「当然じゃろ。さっさと話せ奏太」

「わかったよ」

 若干黒歴史があるから実際話したくないんだけど・・・。

「まず、人が死ぬとアーウェルサに魂が送られる。ってのは知っているか?」

「ライから聞いたよ」

「僕もジャックから」

「・・・私は、聞いてない」

 まぁ、ムジナが説明するとは思ってなかったが。本当に説明していなかったのか。

「死んだ人間の魂はアーウェルサに送られる。それがこの世界の摂理だ。俺は昨日、優衣の契約種との戦いで1度死んでいる」

 元コントラクター3人の顔色が徐々に青ざめていく。

「・・・別に幽霊じゃないからな?話を進めるぞ?」

 全員が頷いたのを確認して俺は続ける。

「一度俺は死に、アーウェルサに送られた」

「そこで自分の正体、それから俺の存在まで思い出したってわけか」

 タケさんの呟きに頷きで返す。

「そして、死んだ俺は時の神のもとへ行き『タイムトリップ』してこちらの世界に戻ってきた」

「・・・生き返って、もう一度私と戦ったの?」

「ああ」

「・・・やっぱり」

「やっぱり?」

「・・・動き、知られてると思った」

「マジか」

 動きをなるべく再現したはずなのに。まあ、それでも優衣が同じ動きをしていたので気にすることでもないだろう。

「ねぇ、カナ」

 莉佐がおずおずと聞いてくる。

「『タイムトリップ』ってどういう仕組みなの?」

「そうだなぁ。難しいことは省くが、対象の時間を巻き戻す。ってことかな。俺の場合は、時間を戻して死んだことをなかったことにした。・・・わかるか?」

「なんとなくわかったよ」

「それでいい。なにせ、魔力という得体の知れないもので起こったことだから難しく考える必要はない。感覚として捉えてくれ」

「わかった」

 昔、メチがものすごく詳しく教えてくれたが、さっぱり覚えていなかった。

「話を戻すぞ?俺は向こうの世界に送られ、『タイムトリップ』でこっちに戻る間に、このゲームを始めた張本人に会った」

「張本人!?奏太それって」

「そうだ、玄魔。お前の察しの通り、神だ。俺が死んだあと、優衣の契約種は、地球を滅ぼした」

「え」

 誰よりも早く反応したのは優衣だった。

「・・・お兄ちゃん。それ、本当?」

「あぁ、本当だ。神はそれをまずいと思い、俺の死をなかったことにした。かっこよく言えば、未来を変えるために生き返ったわけだ」

「なるほどね」

「それと、もうひとつ」

 まぁ、メインの話はこっちだ。

「神は俺に言った。『お主が勝てば元コントラクターもこっちに来る権利を与える』ってね」

 その言葉に一同は黙った。ただ唯一、タケさんの食器を洗う音だけが響いている。

「カナ!」

「奏太!」

「・・・お兄ちゃん!」

「は、はい!」

 三人の迫力に押され、たじろいでしまう。

「「「絶対勝ってね!」」」

 この三人も異世界、アーウェルサに行きたいようだ。安心した。

「時間はかかっても必ずお前らをアーウェルサに連れて行くさ」

「奏太は決め顔でそう言った」

「タケさん!そのナレーション風やめろ」

 カフェの店内に笑いが起こった。

 ・・・俺が帰る方法も勝つ以外にないしな。

「奏太・・・?」

「なんでもないよ。ルノ」

 と言ってもルノには隠し事はできない。

 ルノは難しい顔をしていたが、何も言わず元コントラクターたちの雑談に混ざっていった。

「奏太は混ざらないのか?」

 俺はそっと輪から抜け出し、定位置であるカウンター席に座った。

「タケさんに用事があってね」

「俺に?」

「そう。いろいろ感謝しなくちゃなんねえからな」

「やめろ。お前から感謝を伝えられるのは気持ち悪い」

 おいこら。

「地下に空間を作ったのも、毎月俺の口座にお小遣いを振り込んでいるのもお前だろ?」

 聞くだけで、感謝は伝えない。

「・・・それが神の命だからな。俺は逆らうことが出来ねぇしな。それに、俺も人間の生活を楽しんでる」

 主に女性を口説くこと、とタケさんが心に秘めていたということは知らないフリをした。

「そういえば。お前って喋れたんだな」

 なんてことを言うんだ。そう言いたそうにこちらを見てくる。

「いや、お前向こうじゃ1ミリも動かず、喋らずに公務を全うしてたじゃん」

「おいおい、秘書官よ。他の種族のことも頭に入れておけよ。ゴーレムだって喋れる」

「お?俺の方が立場が上なのに随分偉そうだなぁ?ヌミレオよ」

「トリア、ここは人間界だぜ?俺の方が年上だ。偉そうにする権利が俺にはある。それに、今までもそうだったろ」

「それもそうだな。・・・あ!」

「どうした?」

 大事なことを忘れていた。

「タケさ、いや、ヌミレオ!お前に折り入って頼みがある」

「・・・その言い方だと、俺の魔力に用事があるみたいだが、その捉え方で合ってるか?」

「うん、あってる。とにかく力を貸してほしい。ここ最近の戦闘で札幌のいたるところが壊れちまったんだ」

「それを直すのに俺の力、魔力が必要ってことか」

「そういうことだ。話が速くて助かる」

「・・・いくらでだ?」

 はぁ?

「お前は上司から金をとろうとしてんのか?」

「ここは人間界だ」

 言い分はわかる。わかるのだが、

「これを見ても同じことが言えるか?」

「はぁ?何言って」

 俺は端末を開き、今朝送られてきた一通のメールを見せつけた。

「これは!?・・・近くて何も見えねぇよ」

「あ、悪い」

 そう言い端末を差し出す。

 絶対わざとだろ。と、ぶつぶつ言いながらタケさんはメールに目を通す。

「えーと、『拝啓:レイト・ヌミレオ 修復よろしく~。神の命だぞ♡』・・・エスト様は一体何を考えているんだ。まぁいい。神の命なら仕方ないか。奏太、さっさと済ませるぞ」

 端末を返しながらいう。

「店は?」

「今日はもう閉める。この時間に客はほとんど来ねえしな」

 そう言ってタケさんは店の奥に、

「そうか。お前ら、出かけるぞ!」

 テーブル席に向きながら雑談をしていた元コントラクターたちに声をかける。

「どこに?」

「・・・帰るの?」

「店は!?」

「奏太、説明するんじゃ」

「説明するから一人ずつ話せ。今までの戦闘で壊れたところを直しに行く。店はもう閉める。行くのは俺とタケさんにルノ。玄魔、お前もこい。となると、優衣も来た方がいいな。莉佐は、どうする?」

「みんなが行くなら行くよ」

「よし、わかった」

「準備はいいか?」

 店の奥から私服に着替えたタケさんが戻ってきた。

「俺らはいいよ。車あったよね?だして」

「何言ってるんだ?走ればいいだろ?屋根」

「お前が何言ってるんだ?こいつらは走れないだろ?」

「ん?莉佐ちゃん達も行くのか?わかった、ちょっと待ってろ」

 そう言って店を飛び出していった。

「で、何処から行くの?っていうかなんで僕まで行かなきゃなんないの?」

「4年前に起こった事件。その山小屋にもいくからだ。そこ、壊したんだよね。莉佐が」

 その言葉に莉佐はびくっと肩を震わせた。

「え、人のせい!?莉佐のせいなの!?いや、まぁ確かに壊したのは莉佐だけどさ。あれはしょうがないでしょ!?」

「ま、そう言うわけだ。玄魔もこい」

「わかったよ」

「ねえカナ!無視!?無視なの!?」

「莉佐ちょっとうるさい」

「ちょっ!?」

 騒ぐ莉佐を黙らせる。

「・・・ねぇお兄ちゃん。私は?」

 次は優衣か。

「お前は一応、俺の妹だ。かわいい妹を一人で留守番させるわけにはいかない。今のご時世、何が起こるかわからないしな」

「・・・でも、私は不死身だよ?それに、コントラクター以上に危ない人はいないと思う」

「どうだろうな。人じゃなくてもタケさんのようにゲームに関係ない他種族がいるかもしれない。それに、たとえ不死身だとしても自分の体は大事にしてくれ」

「・・・うん。お兄ちゃんがそう言うなら。わかった。ついてく」

「良い子だ」

 そう言って頭を撫でた。

 聞き分けがよくてほんと助かる。

 と、カフェの前に七人乗りの白い車が一台停車した。運転席にはタケさん。

 それを確認し車に乗り込む。

「莉佐ちゃん。鍵よろしく」

「はーい。わかりました」

 少し元気をなくした莉佐がカフェの戸締りをし、車は出発する。

「まず、山小屋に向かってくれ。場所は分かるか?」

「わかる。このあたりに山小屋なんて一つしかないしな」

 なら大丈夫だろう。

 運転席にタケさん。その真後ろに玄魔が座り、真ん中に優衣、助手席の真後ろに莉佐。そして、助手席に俺。俺の膝の上にルノ。

「なんでお前、後ろ行かないんだよ」

「いいじゃろ。落ち着くし」

「あ、そ」

 こいつがいいならいいか。

「・・・ずるい」

 羨ましそうにこちらを見ている莉佐と優衣が気になる。

(ルノちゃんを膝の上に乗せるなんて羨ましい)

(お兄ちゃんの膝の上に乗るなんて、お姉ちゃんずるい)

 これにはさすがのルノも苦笑していた。

(どうする?)

(放っておいても大丈夫じゃとは思うが、優衣が少し怖いな)

(怖いって・・・。じゃあ、帰りはお前が莉佐の膝の上。俺の膝の上に優衣。これでいいか?)

(まぁしょうがないのう。よいぞ)

 帰りの座り方をお互いの心の中で決める。

「なぁ奏太」

「どうした?」

「お前、山小屋を壊したのか?」

「まぁ、主に莉佐が」

「カナ!はぁ、もういいや。そうでーす。莉佐が壊しましたー」

 とうとう開き直った。

 一方でタケさんはバックミラー越しに莉佐を驚愕の表情で見ていた。

「莉佐ちゃん。壊される前の山小屋に入ったか?」

「ええ、まぁ。少しのあいだ寝泊りをしてましたけど」

「どうだった?ほとんど使ってなかったし建物自体はきれいだったろ?」

「え、えぇ、まぁ」

(ほんとは汚かったなんて言えない)

 汚かったのは4年前の影響だろうか。

「玄魔、4年前はどうだった?」

「うーん。正直もう血だまりしか記憶に残ってないんだよね」

 その言葉に反応したのはタケさんだった。

「血だまり?おい、金髪青年どういうことだ?」

「えっとですね」

「はぁ、いいよ玄魔。話さなくて。こいつ、知ってるから」

「「え」」

 なんでタケさんも驚くんだよ。

「山小屋を建てたのタケさんだろ?」

「グ、よくわかったな」

「え、そうなんですか?マスター?」

「あぁ、そうだよ。奏太、なんで知ってる?」

 何でかって?

「心が読めますから」

「はぁ!?」

「お前にそんな力あったか?それとも・・・」

「悪魔の力じゃよ。天使族にはない力じゃろ?」

「まあね。まぁ、同じ天使族でもあの神は持ってるんだよなぁ。たまたま俺が使えないだけかもしれねえな」

「まぁ、エスト様は特別だからな。んで、莉佐ちゃん」

「何ですか?」

「汚かったなら俺のせいにはするなよ?」

「その辺の事情はもう聞いているので大丈夫ですよ」

「それは、玄魔から?」

「まぁね」

 さっき話した時にその内容もあったのだろうか。それでも、あまり人に話すような話しじゃないきもする。まぁいいか。

「なぁタケさん。山小屋を4年前の状態に戻すことってできる?」

「無茶言うな。俺は建てることしかできない」

 やっぱりそうか。だが、

「ゴーレム族、特にアースゴーレム種は土地の過去を知ることが出来たはずだよな?」

 それは、ゴーレム族が必ず持っている特性。いろいろな種類がいるゴーレム族のなかでもアースゴーレム種はその能力に長けているはずだ。

「悪いが。それはできねぇ」

「え。なんで?」

「俺の体は人間なんだよ。あくまで、魔力の使うことのできる人間ってだけで特性までは使えないんだよ」

 そういうものなのか。

「お前だってそうだろ?」

 俺?俺の場合は、

「正直特性に関しちゃ分からねぇな。あれは周囲に影響を与えるものだしな。それに、アーウェルサの住人ではあったが、俺はこっちの世界で純粋な人間として誕生してきてるから自分の魔力すら使えない」

 そのため、俺の魔力はアーウェルサで魔導書に込めてこちらに持ってこなければ使うことができなかったわけだ。

「そうだったのか」

 タケさんはそうつぶやき黙った。

「あの、マスター。聞きたいことがあるんですけど」

「お、どうした莉佐ちゃん」

 心なしかタケさんの元気がないように見えたのは気のせいだろうか。

 車中だと特にすることもないので、莉佐の話に耳を傾ける。

「建物を作る時って、水道とか電気ってどうしてるんですか?」

「なんだそんなことか」

 タケさんは半ばあきれてるようだったが、めんどくさいんだけどな。と説明を始める。

「適当に地下で繋げちゃうんだよ。元々戦闘用の魔力だったから慣れるまでにはなかなか時間がかかったけどな。それが、どうかしたか?」

「いえ、少し気になっただけです。あのあたりに電線はなかったし、壊れた後にも何も残っていなかったので」

「建物の核となる部分が壊れりゃ消滅する仕組みだからな。・・・お前ら、どんだけ派手に壊したんだ?」

「「・・・」」

 これには俺も莉佐も口を塞ぐ。

「な、なぁ。なんで山小屋なんて建てたんだ?」

 ジト目で睨んでくるタケさんを誤魔化そうと、別の話題をふる。

「特訓だな」

「特訓?」

 どういうことだ?

「今向かってる山小屋は俺が建てた」

「それはさっき聞いた」

「俺がこの世界に来て初めて建てた家があれなんだよ。電気と水道は適当に繋げるとは言ったが、実は地下では複雑だし、何度も失敗した」

「その成果が山小屋ってわけか」

「そう言うことだ。さて、もう着くぞ」

 タケさんの言う通り、街中を走っていた車は気づけば舗装のされていない山道を走っていた。この道を真っすぐ進めば山小屋まではすぐだ。

 そして、到着して建築者は一言こういった。

「こりゃあ、ひどいな」

 と。

 だが、俺には何がひどいのか全く分からなかった。

 もともと山小屋のあった場所にはその姿、形は確かにない。ならば、そこには多くの瓦礫があるはずで、莉佐と戦闘したあの日も残骸を見ていた。

 なのにどうして、

「瓦礫がきれいに片付いているんだ?」

 その疑問の答えを求めて莉佐の方を見た。

 莉佐は首を横に振る。莉佐も知らないならだれがやったのだろう。

 瓦礫は資材ごとに分けられて整理されている。

「うーん。謎だ」

「何がだ?」

 何も知らないタケさんに説明をする。

「誰か心の良い人が片付けたんじゃねえか?特に気にすることでもないだろ」

 それも、そうか。そう言うことにしておこう。

「あ、そうだ。素材からある程度は元あった通りに戻せると思うが、どうする?」

「じゃあ、頼む」

「おう」

 誰か心の良い人が片付けた、か。何だろう釈然としない子の気持ちは。

「もしかして、恋?」

「ちょっと、ルノ黙ってろ」

 どこで覚えたのやら。と、こちらを見ていた莉佐が俺から目をそらした。

 ・・・あいつか。いつかルノによくないことを吹き込みそうだな。ここは釘を刺しておいた方がいいかもしれない。

「なぁ、り」

「奏太!終わったぞ!」

 俺が莉佐を呼ぶ声はタケさんの大声でかき消されてしまった。

「おう、ありが・・・早くない!?」

 30秒も経ってないような。

「まぁ、慣れだ」

 慣れって怖い。

 山小屋は確かに壊される前の状態に戻っていた。

「電気も水も通ってる。内装はちょっと違うかもしれないが、外見はほぼ同じだと思う。どうだ?」

「そうですね。若干内装が違いますが、ほとんど同じですね」

 少しだけ住んでいたからだろう、内装をよく知る莉佐が指示を出しながら、内装をより壊される前の状態に戻していく。

 目を爛々に光らせた優衣の手をとり山小屋に入ろうとする。

 玄魔は4年前を思い出したのか、顔を少し青くしながら中に入ってきた。

 そこに、内装を直し終えたタケさんが近寄ってくる。

 優衣を玄魔に任せ、タケさんは俺の横に立った。

「なんで俺に山小屋を直させたんだ?」

 おもむろにそんなことを聞いてくる。俺が返す言葉はただ一つ。

「壊れたから」

「んなことは分かってるんだよ。何のために。そう聞けばいいのか?別に直す必要は俺には感じられなかった。誰か住んでいたのか?それとも、誰かが住むのか?」

「どっちもハズレだ。また4年前の事件がらみだ」

「好きだねぇ」

「好きでこんなこと言うわけないだろ。・・・俺が人間の中1夏以前の記憶を失った原因が恐らくはこの建物にある」

「お前が入院生活をし始めた原因が、あの事件」

「そういうことだ」

 俺は中1の夏から中2になる春までを病院で過ごしていた。その原因があの事件に関係あるというのはもうわかりきったことである。

「で?なにか思い出したのか?」

 何かを期待するようにタケさんが見ていた。

「いいや。何も」

 記憶を失った場所に行くと記憶が戻る。なんてゲームでありがちなことは実際には起きてくれなかった。

 まあ、征服ゲームを勝つことが出来れば必ず記憶は戻ってくるので特に落胆はしない。

「そろそろ、次に行こうか」

 山小屋から外に出ながらタケさんに伝える。

「次はどこだ?まだ、たくさんあるんだろ?」

 そうだな。

「テレビ塔に札幌駅。それから東の草原だな」

「んじゃ、次はテレビ塔だな。それでいいか?」

「どうぞ。運転手はお前だ。全部行くんなら文句はねえよ」

「そうか。・・・お前ら!行くぞ!」

 タケさんが山小屋内にいた元コントラクター3人を大声で呼んだ。




「これはまた、ひどいな」

 地面にできたクレーターを見てタケさんはつぶやいた。

 札幌テレビ塔。俺とドラゴン、ジャックとの戦闘跡である。

 ドラゴンのたった一発のパンチで誕生したこの大穴は、何も手が付けられないまま放置されていた。

 うまく加工して滑り台に変えるという案もでたらしいが、真偽は定かではない。

「このまま放置すんのも危ないからさ、同じ素材で埋めてくれ」

「わかった。家を建てるよりは簡単だな」

 そう言い、タケさんは周囲に人がいないのを確認し魔力を発動させた。

 一応こっちの世界で特別な力を持つのはコントラクター及びその契約種だけなので、普通の人間と認識されているタケさんが魔力を使うのを見られるのはマズい。だから周囲に人がいないのを確認した。

「・・・もっとも、魔力を使っているかどうかなんて普通の人間がわかるはずがないがな」

 ルノの言う通りである。心配するだけ無駄なのだ。

「タケさん!今のうちに次行くぞ!」

 元コントラクター3人は現在テレビ塔に昇っている。

 優衣が展望台に行きたがったのを莉佐と玄魔が連れて行った。

 降りてくるのにもう少し時間がかかるだろうから、機動力のある今のうちに行けるところには行っておきたかった。

 その旨をタケさんに伝える。

「わかった。次は、駅だったか?」

「正確には近くにあるビルだね」

「ビル?どのビルだ?たくさんあるが」

「まぁ、行けば分かるよ」

 ムジナとの戦闘跡。ジャックのつくった大穴ほどではないが、屋上の一部がなくなったはずだ。

 爆発のポーションに『インパクト』の魔力をまとめて使ったのだ、被害がないわけがない。

 そのおかげでムジナを殺せたのだからまぁいいだろう。

「そうじゃな、我もスッキリした」

 500年来の幼馴染を殺したというのに、ルノには特に変化は見られなかった。少なからずショックを受けたり悲しんだりすると思っていた。

「幼馴染とはいっても、奴は我を散々いじめてきたからのぉ。我は奴のことを特になんとも思っとらん」

「ただ付き合いが長いだけで仲良くはなかったってことか」

「まぁそうじゃな」

 雑談しつつ、気づけば駅についていた。

「おい、奏太。あれか?」

 タケさんは一つのビルを指差して言った。

「他に壊れたビルがないんだからそうでしょ」

「そうだな。・・・お前、もうちょっと他に言い方あるだろ」

 タケさんは何かぶつぶつ言っていたが、走っている俺の耳には入ってこなかった。

 そして、そのタケさんはビルの屋上を見て一言、こう言った。

「・・・ここが一番ひどいな」

 大げさでもなんでもなく、ここの壊れ方が何よりも激しかった。

 やったのは俺なのだが、正直ここまでひどいとは思っていなかった。

「軽くだと思ってたんだけどなぁ」

「お前は、ビルの屋上を消し去るのが軽くだというのか?」

「あの時は暗くてよく見えなかったからなぁ」

 ビルの一部だけ消えたと思っていた屋上は、爆発したところを中心にきれいに消えていた。一つではない。爆発させたところのほとんどすべてがそうなっている。

「・・・壊れた残骸がないな。まるでそこだけ消え去ったかのような。そんな感じがするが、奏太、心当たりは?」

「ないね。もっと石が転がっていたと思う」

「ふーん、そうか」

 まぁ、嘘だけど。爆発ですべて消えた。そのおかげで地上に瓦礫が落ちていないのだから、それでいいのだ。

「奏太、終わったぞ」

「おう、ありがと」

 ビルの屋上は何もなかったかのようにきれいに元通りになった。

 相変わらず便利な魔力だ。と、感心しているその時だった。

「奏太!ちょっとこっちに来てくれ」

 ルノが少し離れたところでかがんでいた。

 ルノのいる場所には赤黒い染みが目立つ。あの場所は確か優衣の右腕が切断された場所だったはず。

「何かあるのか?」

 何とも言えないデジャブ感に襲われながらも、そこに近づきルノに聞く。

 俺の目には乾いた血しか見えず、変わったところも特に見受けられない。

 だが、その考えもルノの次の一言で変わった。

「ここを、炙っとくれ」

 昨日、ムジナを見つけるために追いかけていた時のこと。こことは違うビルで、同じことをさせられた。

「いや、まさかな」

 それでも不安は拭い取れない。

 そして、何もない血だまりを火で炙ったとき、俺は落胆のため息をついた。

 ただの血痕から、アーウェルサの文字が浮かび上がる。今度は、俺にも読めた。

『くっくっく、油断した。だが、我輩は吸血鬼、不死身である。あの程度の爆発で我輩を消し去れるとでも思ったか?天使族の青年よ。我輩はあの爆発の中、契約を解除しその場から離脱した。そして、我輩は決めた。3日後の夜、我輩はゲームを開始する。参加するかしないかは貴様の自由だ。だが、貴様が参加しないのであれば、北海道は海に沈むことになる』

 要約すると、3日後に再戦をしたいということだろう。

「ルノ、どう思う?」

「そうじゃな、奴ならこういうことをしても不思議ではないな」

「そうか。なら、なんでこのメッセージがここにあると思う?」

「どう言うことじゃ?」

「わからないか?俺がここに来るのは今日決まったことだろ。それに、今日は1日中晴れだ。雲はなく太陽が隠れた時なんて一時もない」

「はぁ、奏太、忘れていることがあるぞ?」

「え」

「吸血鬼は確かに太陽が苦手じゃ。じゃが苦手なだけでどうにもならないわけではない。太陽に当たらなければ動くことも可能じゃ。それに、奴は吸血鬼の中でも1,2位を争うような実力の持ち主じゃ。仮に太陽に当たったとて、しばらくは耐えるじゃろうな。我らがここに来ることを調べたうえで先回りし、この場にメッセージを残した。そう考えるのが妥当ではないか?」

「なるほどな」

 あくまで仮説ではあるが、そのほかの方法が思いつかない。

 俺が参加しなきゃ北海道は海に沈む、か。指定は3日後。何があるのかは知らないが妙に引っかかる。

「恐らくは、その間に奴は力を蓄えるのじゃろうな」

「どういうことだ?」

「奴はもう誰とも契約しとらんじゃろ?そうなると、コントラクターを失った契約種と同じ状態になる。当然アーウェルサにも帰れるわけじゃから、力を蓄えるにはもってこいということじゃよ」

「マジかよ」

 力を蓄えるとはつまり、他の種族を殺して自分の力にしてしまうことを指すのだろう。

 そんなことすると神も黙っていないだろうが、正直気が滅入る。

 アーウェルサから持ってきたものを使っても、あいつは死なない。せいぜい瀕死に追い込む程度だった。

 だが、もうあっちから持ってきたものと言えば、回復のポーション1瓶のみ。

「なかなか苦しい戦いになりそうだな」

「まぁ、相手が一匹だけじゃ。なんとかなるじゃろ」

 何とかなるってお気楽にもほどがある。

「お前は、どうしてあいつが一人で来ると思う?」

「奴の目的は、1つしかないじゃろ?」

 一度負けかけた相手に再戦を申し込む理由。

「もしかして、復讐か?」

「うむ。その可能性が高いじゃろうな」

「で、復讐だとどうして相手が1人になるんだ?誰とも契約しなかった場合、もしも俺が死んだ場合すべての人間が元に戻るってことだよなぁ?」

 そうなれば、北海道のゲームはやり直し。とても手間がかかる。

「だから、奴の目的は復讐じゃと言ったじゃろ。契約すれば確かにゲームは有利になる。じゃが、それだと、契約種の力が本来よりも劣ってしまうんじゃよ」

「確実に俺を殺すにはその方がいいってことか」

 ほんと、めんどくさい。

 俺はため息をついた。

「勝ち目は、ないと思うか?」

 ずっと話を聞いていただけのタケさんが口を開いた。

「別にそうじゃないが、前回よりも厳しい戦いになるのは確かだな。1回、俺もあいつに負けてるんだからそれでいいだろうに」

「そんなのムジナの記憶には存在しとらんじゃろ」

「そうなんだけどさ。正直なところ、あいつにはもう勝てる気がしないんだよ」

「珍しく弱気だな、秘書官よ」

「秘書官はやめてくれ。いくら魔力を自在に操れたとして、それ以上の力は持っていない」

「奏太らしくない発言じゃなぁ。偽物か?」

 本物だよ。

 あいつは不死身。殺すことはできない。

「本来の俺の魔力なら、なんとかなったかもしれないけどさ。お手上げだ」

「本当にらしくねぇな、奏太。人間での生活が長すぎてなまっちまったのか?」

「はぁ?どういう意味だよ」

「そのままの意味だよ。俺が知ってるお前は、何にも怖気づいくことなく、堂々と敵に向かっていた」

 いつの話をしているんだ?

「覚悟もプライドも、お前にはないのか?いつからお前は弱くなったんだよ!」

「別に、弱くなったわけじゃ」

「いいや、弱い。俺にはわかる。お前には守るべきものがあるだろ?守らなきゃいけない人がいるだろ?そこに書かれているのはゲームに参加しなければ北海道が海に沈むだけだ。参加するだけでひとまずの平和は守られる。そうだろ?」

「そう、だな。俺には俺のできることをする」

「お、いくらかましな顔になったな。で、だ。俺から今回のことに関して提案がある」

 そう言ってタケさんはニヤリと笑った。

 いい予感はしないが、

「一応聞いてやろう」

「信用なしか!?」

「まさか。話せ」

 そう言うと、タケさんはいつになく真剣な表情で言った。

「俺も、ゲームに参加する」

 思考が止まった。

 こいつは一体何を言っているのだろう。危険だとわかっているはずなのに。

「よく文章を読め。新しくゲームを始めると書いてある。それに、参加も自由とな」

「まぁ、書いてあるが。あくまで俺に宛てた文章だろ。俺が参加するかは自由ってことで、他の奴らが参加してもいいってことにはならないだろ。元々、俺らしか読まないと思っているだろうからな」

「そこは勝手に勘違いしている吸血鬼が悪い。さて、そろそろ戻るか」

 そう言って、タケさんはくるりと方向転換した。

「あいつらにはいうなよ?危険にはさらしたくないからな」

「わかってるよ。ほら、行くぞ。元コントラクター3人を迎えに行って、他のところも行くんだろ?・・・ゲームまではあと3日だ。あまり、考え込むなよ?」

 タケさんはテレビ塔に向かって走り出した。

「で?」

「で、とは?」

「これからどうするんじゃ?」

「ゲームの内容がわからないから特に何もすることはない、かな。どうせ、殺し合いをすることになるだろうから、魔力の練習を少しだけしようかなとは思う」

「賢明な判断じゃな」

「だろ?まぁ、俺はいざとなったら逃げるぞ?奴は他種族の力を取り入れるような奴だ。なにがあるかわからない。いいか?」

「どうするかは奏太に任せる。我はそれについていくだけじゃ」

「そうか、分かった」

 タケさんを追ってテレビ塔に駆け出した。




 テレビ塔に到着するとそこにはもう全員集合していた。

「・・・お兄ちゃん」

「奏太」

「カナ」

「「「遅い」」」

「わ、悪い」

 全員がソフトクリームを手にして言った。

 ずるい、俺も後で食べようかな。そんなことを考えていると、

「奏太!これ見てよ」

 何やら興奮した様子の玄魔に袖を引っ張られた。

 玄魔が俺に見せてきたのは、いつか俺も見つけた夏祭りのポスター。

「優衣が行きたがっていたから、一緒に行ってあげてよ」

 俺も行きたかったが、魔力の練習もしたい。

「玄魔、お前が連れて行けばいいだろ」

「僕は3日目、最終日しかあいてなくてさ」

 このリア充が!

「じゃあ、3日目だけで・・・も?」

 物凄い視線を後ろから感じた。

「優衣?」

「・・・私は、日替わりで行われる、マジカルガールキュアキュアのショーを見たいの」

 マジカルガールキュアキュアは、毎週日曜日朝に放送される子供向けのアニメ。それのショー、しかも日替わり。これは見に行くしかない。

 そんな優衣の思いが伝わる。

 ショーは1日目が昼。2日目が夕方。3日目が夜。

 3日目以外は行けそうだ。

「わかった、行くか。俺も元々誘おうと思ってたし」

 魔力の練習は夜でもできるだろう。

「・・・やった!お兄ちゃん、大好き!」

「お、おう!ありがと」

 笑顔でそう言う優衣に少し照れてしまう。素直すぎるのも罪だな。

「ルノも行くだろ?」

「いいや、我はいい」

 おや、ルノなら喜んで行くって言うと思ったのだが・・・。偽物か?

「人込み嫌いじゃし、外に出たくない。奏太の部屋でゲームをして留守番してる」

 本物だ。引きニートみたいなこと言いやがって。

「誰が引きニートじゃって?」

「お前だ、お前」

「それはいやじゃな。しょうがない。我も行くとしよう。キュアキュアのショーも気になるしな」

 完全に後半がメインなんだろうな。

「む、なんじゃ?その眼は。気持ち悪い」

「失礼だな!ちょっとほのぼのしてただけだ」

 ちょっとかわいいなって思ったらすぐこれだ。ルノはもう少し優衣の素直さを見習った方がいい。

「莉佐はどうする?」

「友達と行く予定があるんだ。でも、合流できそうだったらしようかな」

「ほい、了解。んじゃ、次行くか」

 俺の言葉に全員が、駐車場に向かって歩き出す。

 俺は少し先を歩くタケさんの耳にそっと囁いた。

「戦いに備えといてくれ。いいな?」

 タケさんは何も言わずにこくりとうなずいた。




 札幌の東側にある草原。

「草原・・・ねぇ」

 タケさんは草が一本も生えていない、元草原を見て首を傾げた。

 玄魔、ジャックとの最終決戦跡。草はすべて燃え尽き、地面のいたるところにクレーターが出来ている。

「奏太、俺はクレーターを埋めることはできても草をはやすことはできないからな?」

「いいよ、とりあえず危険さえなくなれば。植物はいずれ自然に生えるだろうしな。まぁ、妖精がいればここを草原に戻すことも容易いんだけど」

『妖精』という単語に、優衣が反応した。

「・・・妖精って、あの、小さくて羽の生えているかわいいやつ?」

「え?まぁ、そうだな」

 少ししどろもどろになりながら答えた。

 というのも。羽の生えていないものも、普通の人間と変わらないくらいの大きさの妖精も実在する。

 なんて、目を輝かせた優衣に言えるわけがない。

「・・・お兄ちゃん」

 何かを期待した目で優衣が見ている。

「どうした?」

「・・・私、妖精に会いたい」

 だと思った。

「おう。任せとけ」

 笑ってそう言った。

「ねぇ、奏太」

 俺が話し終わるのを待っていたらしい玄魔が駆け寄ってきた。

「なんかあったか?」

「うん。ジャックのことなんだけど・・・。何かわかった?」

 ジャックがムジナに吸収されたことを玄魔はまだ知らない。

 だが、優衣がいるこの場で話していいものかと戸惑う。

「奏太?」

「えっと、だな」

「・・・ゲン兄ちゃんのドラゴンは多分、私の契約種に吸収された」

 戸惑う俺をよそに口を開いたのは優衣だった。

「どういうこと?」

 玄魔には何を言っているのかよくわからないようだった。一方で優衣もこれ以上は話す気はないらしく、気まずそうに俺の背中に隠れてしまった。

 となると、話すのは必然と俺になるわけだが、

「言葉通りの意味だよ。優衣の契約種である吸血鬼は生き物及び死体を吸収し、自分を強化することが出来る。あの日、俺とお前が由香と話しているときに吸収したんだと思う。そして、吸収された死体は消えてなくなるってわけだ」

「へぇ、そうなんだ・・・」

 玄魔はジャックの死体があった場所にしゃがみ、目を閉じて手を合わせた。

(ジャック、ありがとう。どうか安らかに)

 玄魔の目から涙が一粒、頬を伝って地面に落ちた。

 俺はひどい罪悪感に襲われた。

 玄魔もまた、俺や優衣と同じく契約種を大切に思っている人間の一人だ。

 自分が生き残るためとはいえ、俺は他人が大切にしている物を奪った。

 これでよかったのか?不意にそんな考えが横切った。

「いいんじゃよ。始まりがあれば終わりは必ず訪れる。あやつらは、終わりが少しだけ早まってしまっただけじゃ」

「ルノ・・・」

 少しだけ心が軽くなった。

「莉佐も、両親を殺されなければ大切に思っていたじゃろうな」

 唐突にルノがそんなことを言い出した。

「そういうものか?」

「そういうものじゃよ。なんせ、コントラクターは異世界に憧れをもった人間から選ばれておる。異世界から来た別の種族。これほど人間を奮い立たせるものはないじゃろうな。契約種を大切に思うのは当然のことじゃろう」

「異世界へのあこがれがコントラクターを生み出したのか」

「じゃなきゃ、人間が人間を殺そうとなんてしないじゃろ」

「それもそうか」

 異世界に興味のない人に、人を殺せば異世界へ行けますなんて言ったところで、実行には移したがらないだろう。

 自分は他とは違う。そんな考えから殺そうとする奴もいるかもしれないが、それは少数のように思えた。

「奏太は元々あっちの世界の住人じゃからもう異世界に行けるということに関してはどうでもいいことかもしれん。じゃが、莉佐に玄魔、優衣が異世界に行きたがっているというのはカフェのやり取りでわかったじゃろ?」

「3人とも『絶対勝って』って言ってたっけ」

「そうじゃ。奏太。もう引けんぞ?」

 楽しそうにルノは笑顔を向けた。

「わかってるよ。俺は3人分の想いを背負ってるんだ。負けるわけがない」

 そう言って俺も笑う。

「油断は禁物じゃがな」

「俺はいつだって本気だ」

「ならよい、特にこの国で一番の強敵はスライムおじさんじゃろうな」

「総理か」

 ゲーム開始10分で関東の他のコントラクターと人間を殺し、征服を終えた日本の、このゲームのボス。

 あの人は今どこで何をしているのだろうか。ゲーム開始から早3週間程。どのくらい征服をし終えたのだろうか。

 関東地方を終わらせ九州に行った。そこから先は知らない。

「スライムは強敵じゃろうな。なんせ、打撃・斬撃が効かないのじゃ。そうそう負けんじゃろうな」

「そうだな」

 それに、総理が死ねばきっとニュースになるだろうし選挙も行われる。だが、最近はそんなニュースを耳にしていない。

「奏太、全部終わったぞ。他に行くところあるか?」

 全ての穴を埋め、一仕事を終えたタケさんが歩いてきた。後ろには莉佐の姿もある。

「ないよ。お疲れ」

「おう。んじゃ、全員車に乗れ」

 全員が車に向かう中、莉佐が動こうとしなかった。

「どうかしたか?」

「カナ・・・。莉佐も、ライと仲良くすることはできたのかなぁ。って思ってさ」

「どうだろうな。あの出来事がなくても、それは難しかったかもしれないな」

「え」

 莉佐にとっては予想外の返事だったのだろう。なんてことを言うんだ。そんな顔をしている。

「ライは、向こうの世界ではちょっと有名になっていたんだ。本来、ダークエルフが得意なのはチームでの集団戦。だが。ライは単独で突っ込むことが多かった、らしい。自分一人でできる。他は手を出すな。そういう雰囲気があいつにはあった。まぁ、俺も聞いた話だし事実は少し違うかもしれない。・・・俺がこのゲームに勝って莉佐を向こうの世界に連れていくことが出来たら、まずは他のダークエルフにそのことでも聞きに行こうか」

「莉佐も、少しだけ苦手意識はあったんだ。何も両親を殺されたことに限らず、横暴というか何というか・・・。それでも、ありがとね、カナ」

「感謝されるようなことは何もしていない。これからする。それと、莉佐に頼みたいことがあるんだ」

「莉佐に?」

 何だろう。そう言いたげな顔をしている莉佐にそっと耳打ちをした。

 俺の頼みを聞いた莉佐は徐々に口角を上げ、笑顔になった。

「オッケー!任しておいて!」

 この時俺は、明日からの3日間を目一杯楽しむことを密かに誓った。




 翌日。つまり、札幌夏祭り初日。

 大通公園には様々な出店が並び、大きなステージが設けられ、たくさんの提灯が装飾されていた。

 まだお昼過ぎということもあるかもしれないが、人は多くなくチビっ子2人が迷子になることもないだろう。

「チビっ子2人・・・。我は入っとらんよな」

「入っとらんわけがないだろ。他に誰がいるんだよ。一応、俺から離れんなよ?」

「・・・わかった」

 優衣は素直で助かる。

 問題はこいつ。

「ルノ、返事は?」

「ふん!我が迷うわけないじゃろ」

 でた、傲慢発言。

「あっそ、余計なお世話だったな」

「わかればよい」

 こ、こいつ。こっちが下手にでれば調子に乗りやがって。

「もし、お前がいなくなっても、迷子だとは判断せずに俺は探さないからな?」

「え」

 まぁ、嘘なのだが。ルノには効果があったようで俺の手をそっと握った。

「べ、別に迷子にはならないぞ?念のためじゃからな?」

「はいはい」

 普段から素直になればいいのに。

「・・・お兄ちゃん。早く、早くいこ!」

 優衣に手を引かれキュアキュアショーが行われる特設ステージに向かう。

 始まるまで時間はまだあるが、よっぽど楽しみだったのだろう。早歩きがいつしか駆け足に変わった。ここまでアクティブな優衣を見るのは初めてだ。

 特設ステージ前は、開始30分前なのにもかかわらず、たくさんの人であふれていた。

「座るところないけど、どうする?」

 用意されていたプラスチックの丸椅子に空席はない。

 キュアキュアは女児向けのアニメだと思っていたが、同年代くらい、というか、同級生の姿もあった。 あまり関わり合いたくないので見なかったことにする。

 全年齢を対象にしているアニメなのだろうか。

「・・・お兄ちゃん。どうしよう」

 優衣もあまりの人の多さにおろおろしている。

「俺に言われてもなぁ」

 座るところもなければ、優衣が立ってみていられるようなところもない。

「我にいい考えがあるぞ」

「浮遊以外だったら聞くぞ?」

「グッ」

 俺の言葉にルノが声を詰まらせた。

「図星かよ!」

 決して心を読んだわけではないのだが。

「何がいけないんじゃ!?」

「はぁ、お前なぁ、服装を考えろ。お前らどっちも莉佐から貰ったスカートを履いてるだろ?飛んだら下から中が見える」

「あぁ、そんなことか」

 そんなことって。

「我は、気にせんぞ?」

「いや、少しは気にしろよ」

「長年生きてると気にしなくなるんじゃよ」

「あっそ。お前がよくても優衣は」

「・・・無理」

「だよな。それが普通だ」

 とすればどうするか。

 一応端末の機能でここにいる俺の下僕を避けることもできるが、それはしたくない。

「奏太!あそこはどうじゃ?」

 どうしようか考えている俺に対し、ルノが何か見つけたようだ。

 ルノが指差したのはステージの周りに生えていた木。

「まぁ、悪くないか」

 他に思いつきそうもないので、ルノの案を起用することにする。

 ステージからほど近い背の高い木に登る。

 ステージまでは遮るものはなく見晴らしがいい。

「特等席じゃな」

「はしゃぐな、落ちるぞ」

「我は飛べるからな」

「そうだったな。・・・食べ物を買ってくるけど何かいるか?」

「我はいい」

「・・・私もいらない」

「あ、そ。ここから動くなよ?ちょっと行ってくる」

 俺はそう言い残し木から降りた。

 ルノと優衣のいる木は、葉が生い茂り目を凝らさなければその姿を視認することはできない。

 ルノはミニスカートだったが本人が気にしていないのでいいとして、優衣はロングスカートなので万が一下から覗き込むような変態がいても問題ないだろう。

 俺はステージから離れ、人の波に合わせて歩く。

 たこ焼き、わたあめ、お好み焼きにリンゴ飴などの出店の雰囲気が懐かしい。

 最後に祭りに行ったのはいつだっただろうか。

 アーウェルサでも祭りはあるがこんな雰囲気ではない。

 人間になってからは、記憶を失って以来は入院中に1度行ったことがあった。

 4年ぶりの祭りということになる。

 まずは何から買おうか。

「・・・た」

 最初はしょっぱいものが食べたい。

「・・・なた」

 1度だけ行った祭りで唐揚げを食べたときは味がいまいちだったが、味に変動はあったのだろうか。

「奏太!」

 フランクフルトを売っている出店から聞き覚えのある声で呼ばれた。

「・・・何してるの?タケさん」

 そこにいたのは青色のハッピを身にまとい、頭にねじり鉢巻きをした元アースゴーレムだった。

「何って、商売だよ商売。1本どうだ?」

 ちょうどしょっぱいものが食べたかった。

「貰うよ」

 タケさんの作るものにまずいものはない。

「ついでにこっちにこい」

 お金を払い、フランクフルトを手に出店へ入る。

「働けって言わないよな?」

「言わねぇよ。・・・例の件についてだ」

 昨日の今日で何かわかったのだろうか。

 フランクフルトを頬張りながら耳だけ傾ける。

「いいか?よく聞けよ?毎度あり!・・・お前の下僕が減っている」

 商売しながらと、忙しそうだ。

「なんでだ?」

「詳しくは何とも言えない。減っている、というよりはお前の下僕に別の魔力が流れているようだ。昨晩、ゲームについて調べようとして北海道を1周してきた」

 どういう経緯でゲームを調べるのが北海道を1周することにつながったのは分からないが、グッジョブだ。

「それはどのくらいの人間が?」

「さぁな。デスソースですね!100円です!毎度あり!で、札幌の周りを固めているっぽいんだ。塩コショウ1本にケチャップ&マスタードが1本ですね!200円です!毎度あり!」

 ほんと忙しそうだ。

「人間を使って俺を殺すつもりか」

「もし、そうなったら俺に任せておきな」

「そうだな、頼りにしてる。じゃあな。忙しそうだし俺はもう行くぜ?」

「おう、その前に。勝手に食った分の金を払え」

 おっと、あまりのおいしさに無意識のうちに手が伸びてしまっていたようだ。

「ほらよ。情報感謝する。ごちそうさま」

 追加代金を払い出店から出る。

「気を付けろよ。何もしてこないとは限らないからな」

「わかってるよ」

 そう言って俺は来た道を引き返した。

 ステージのルノたちのもとへ戻る。

「遅かったな、奏太。もう終わるぞ?」

「え、マジで?」

「マジじゃ」

 少し見てみたいなと思っていたので少し残念である。

 まぁ、明日もあるしいいか。

 優衣はステージにいた3人の女の子、キュアキュアが「ありがとうございました!」そう言ってステージから立ち去るまで1ミリたりとも動かなかった。




 祭り2日目。つまり翌日。

 今日のショーは夕方からなのだが、昨日の人の多さを考え、また昼からステージに向かって歩いていた。

「ふむ、さすがにまだ人はおらんな」

「そりゃ開始3時間前だからな」

 それでも、ショーが目当てだろうという人は、もう座って待機していた。さすがに早すぎるとは思うが。

「・・・お兄ちゃん」

「ん?どうした?」

「・・・あれ」

 優衣が見ているのはわたあめの出店。

「食べたいのか?」

 その問いに優衣は頷きで答えた。

「まだ時間もあるし他にもいろいろ買いに行くか」

「そうじゃな。昨日から気になってたものがあるんじゃ。奏太は昨日何か食べていたようじゃが我らは食べとらんからな」

「悪かったって。財布に金を入れ忘れてたんだよ」

 それでもフランクフルトの代金を払えたのは不幸中の幸いだ。

「今日はちゃんと入れてきたから何でも買うよ」

「ん?今なんでもって」

「値段による。あ、そうだ。お前らにこれをやる」

 取り出したのは首から下げる財布。中には3000円ずつ入っている。

「・・・昨日、リー姉ちゃんから貰ったやつ?」

「財布はな。金は俺のだ」

 優衣の言うリー姉ちゃんとは莉佐のことだ。

 莉佐がそう呼ばれた時顔を真っ赤にして優衣に抱き着いたというのはここだけの話だ。

「何か買う時は基本的には自分で払え。もしお金が無くなったら時と場合を見て俺がやる」

 まぁ、3000円あれば余るだろう。

「いいな?」

「了解じゃ」

「なくすなよ?」

「当然じゃ」

 少し不安ではあるが、きっと大丈夫だろう。

「行くか」

 ルノと優衣と手をつなぎ、俺たちは出店の並ぶ通りへと足を踏み入れた。


「・・・お兄ちゃん、あれ」

「奏太!次はこっちじゃ!」

 祭りが初めてという幼女2人に振り回された俺の体力は30分と持たなかった。

 そして、ショー開始1時間前。

 両手に食べ物を持つ2人とともにステージ前の椅子に座っていた。

 空席はもうほとんどなくほぼ満席状態。1時間前なのにである。

「ふぁあ、ふぁあふ」

「口の中がなくなってから話せ、何言ってるかわかんないから」

 ルノは口の中の物をごくりと飲み込んだ。

「なぁ、奏太。」

「どうした?」

「祭りっていいところじゃな」

 と、無邪気に笑うルノ。一方俺はため息をついて言った。

「財布には優しくないけどな」

 自分の空になった財布を見る。

 正直なめていた。いや、忘れていた。ルノは小柄な見た目に反してよく食べるということを。

 現在ルノは、右手にアメリカンドッグ、左手にチョコバナナ、膝の上にはお好み焼きまで待機している。

 それだけじゃない。ここに来るまでに、たこ焼き、クレープ、ドネルサンド、優衣の残したチキンステーキも食べている。

 ドネルサンドは辛いと言って残していたが、確実に俺より食べている。

 一方で優衣は小食。わたあめ、クレープ、チョコバナナと甘いものを連続で食べた。が、しょっぱいものが欲しくなりチキンステーキを購入するものの油で胸がいっぱいになり残す。現在はフライドポテトを食べていた。

「・・・食べる?」

「ありがとう」

 優衣からフライドポテトを1本貰う。

 俺は今貰ったポテトと、ルノ残したドネルサンド以外には何も食べていない。財布が空だから。

 それでもやはりお腹は減る。タケさんの出店にでも行ってこようかと考えていると、頭に衝撃を受けた。

「いってぇな。誰だ?」

 俺が顔をあげるとそこにいたのは、

「久しぶりだな、奏太」

「・・・誰?」

 見覚えのない3人の男が立っていた。中1以前の知り合い・・・だろうか。

「俺らが誰なのかはこの際はどうでもいい。ちょっと面を貸せよ」

 典型的な不良タイプか。

「いいぜ。昼飯おごってくれたらな」

 どうにかして昼飯は食べたかった。せっかくの祭りだおいしいものを食べたい。

 3人の男は面喰っていたが、すぐに真顔に戻って言った。

「わかった。ついてこい」

「と、いうわけだ。ルノ、優衣、ここにいろよ」

「・・・わかった」

「ふぉ、ごくん。了解じゃ」

 俺は見知らぬ3人と共にステージを離れた。

 3人の男のうち2人は俺よりも背が高く、もう1人は小さい。

 1番背が高いのは俺と話したリーダー格の男。目つきが鋭く、髪の天辺の方が黒色で先の方が金髪。決して本人には言えないがまるでプリンのような髪だ。プリンと呼ぶことにしよう。

 次に背が高いのは耳にピアス、目が細く、髪がスーパーサ〇ヤ人のように逆立っている。ヤサイと呼ぶことにしよう。

 最後に一番背の低い男。スキンヘッドにサングラス。それに加え全体的に丸い。重そうだからオモシと呼ぶことにする。

 3人とも見た目はいかついが恐らくは同い年くらいだろう。

「なぁ奏太」

 不意にプリンが口を開いた。

「本当に覚えてねぇか?」

「あぁ、さっぱりだ。それよりも飯だ」

「調子乗んな」

 俺の余裕な態度からかヤサイが切れた。

「切り刻むぞ」

 オモシもそれに乗ってきた。

 そして、俺はここですべてを知った。

「なるほどねぇ。俺の下僕が減っているってこういうことだったのか」

 気づけば人気のない路地裏に来ていた。

「何ごちゃごちゃ言ってやがる」

「ごめんプリン、黙って」

「プ!?」

 俺はプリンの口を閉ざし、考える。

 まず、下僕は主に逆らうことが出来ないというのがこのゲームのルールの1つである。にもかかわらず、この3人は俺に刃物を向けていた。

 そして、目。よくよくみてみると焦点があっていないし光もない。操られている。そう考えるのが妥当だろう。

 さらに、こいつらからは何を考えているのか知ることが出来ない。人は必ず何かを考えてから行動に移す。それがこいつらにはなかった。

「あいつがテストでもしてるのかね。まぁ、いいか」

 今日の昼飯は抜きだな。

 俺は高速で3人の首に手刀を喰らわせ気絶させた。

「お、こいつら持ってんのってバッティか。ありがたくいただいておこう」

 バッティは、ルノも持っている例の包丁のことだ。

 あいつは、1度あちらに戻り人間に与えているのだろう。ここで3本もいただけるのは幸運だった。

「さて、急いで戻らないとショーが終わっちまうな。こいつらは、まぁ時期に目が覚めるか」

 そう呟いて俺は駆け出した。

 だが、急いでステージに戻ったものの、ちょうど3人の女の子が挨拶を終えるところだった。

「また見れなかったー!」

「奏太、うるさいぞ」

 ルノに咎められ、俺の祭り2日目は終了したのであった。




 札幌夏祭り最終日の夕方。

 今日のキュアキュアショーは夜。ムジナが始めるゲームも夜。

 つまり、俺は1度もショーを見ることのできなかった残念な子ということになる。

「カナー、終わったよー」

 ドアを開け莉佐が俺の部屋から出てきた。その後ろには、

「お、かわいいな」

 浴衣に身を包んだ2人の少女。

 莉佐なら持っているだろうと、2人分の浴衣の準備をするように頼んだのが3日前。わざわざ持ってきてもらい着付けまでしてもらった。

「動きにくいのぉ」

 そう言うルノは、黒をベースにした花火柄の浴衣を身にまとい、長い白髪は二つのお団子にまとめられていた。

「これ着なきゃダメかのぉ」

「だめ」

 俺は即答する。

「なぜじゃ?」

「かわいいから」

 その言葉にルノは顔を真っ赤にした。

「むむむ、何で奏太は平気なんじゃ。普段なら顔を赤くしとるじゃろうに」

 そうだっけ?と思いつつ自分の顔を触るが当然わかるわけがなかった。

「最近、お前のことを生意気な妹のように思えてきてるからかな。兄が妹に言うのは恥ずかしくないというかなんというか、ね?」

 一人っ子ではあるが、それゆえ妹がいたらこんな感じだろうななんて妄想したのは数知れない。

「我の方が年上じゃろ。敬え」

「それは俺が人間だとだろ?向こうじゃ確実に俺の方が生きてるよ。そんなことよりも、優衣もかわいいな」

 これ以上ルノと話すと何か墓穴を掘る気がするので、莉佐にちょっかいをかけられ続けている優衣に話題を振る。

 優衣は、赤をベースとし色とりどりの花が描かれた浴衣。元々短かった黒髪は後ろでまとめられ、顔の横に触角のように髪が垂れていた。

「・・・えへへ、ありがとう」

 優衣が少し恥ずかしそうに笑う。それに莉佐が反応した。

「あ!ずるい!」

「え?何が?」

「莉佐には『ありがとう』って言ってくれないんだよ」

「それは、あれだよ。『感謝しろー』っていうオーラが出てるんだよ」

「うぐっ!否定は・・・できないけど」

 いや、否定しろよ。適当に言ったんだから。

「まぁ、せっかくやってくれたんだし、優衣も何か一言いってあげなよ」

 だが、優衣は俺の言葉を無視してルノの頭のお団子で遊んでいる」

 普段は素直な優衣が珍しい。これは、もしかして、

「・・・莉佐、あまり言いたくはないんだけどさ」

「カナ、じゃあ言わなくていいよ?」

「あ、はい」

 やっぱりそうなるか。まぁ、もしかしたらのはな、

「嫌われてるんじゃないのか?」

 ルノの一言でその場の空気が凍りついた。

 そして、悪意のないルノの言葉が莉佐の精神にクリーンヒットした。

「ルノ、確かに俺もそんな気がしてたけどさ」

 カナひどい。というのは聞き流して俺は続ける。

「そういうのは言っちゃいけない」

「すまん。つい」

「ついって、みんなひどいよ」

「じゃが、我は莉佐のこと嫌いじゃないぞ?」

 お、いいフォローだ。

「ありがとう!ルノちゃん!」

 莉佐はルノに後ろから抱き着いた。

「まぁ、たまにちょっとだけうざいがな」

 また莉佐が精神ダメージを負った。折角のフォローの意味が皆無である。

「何か楽しそうだね」

 ガチャとドアが開くのと同時に玄魔が部屋から出てきた。

 その姿を見て俺は一言。

「・・・お前もな」

「え?」

 玄魔はモスグリーンの浴衣にひょっとこのお面を顔の横に付け、手には水風船のヨーヨーを持っていた。

「めっちゃ満喫してんじゃん」

「最終日だしね」

「お面はともかく、ヨーヨーはいらないだろ」

「それもそうか」

 玄魔はハッとして部屋に戻る。

 ・・・準備の段階で気づけよ。

「ゲンも楽しそうだね」

「そうだなー」

 多分この中で一番楽しんでいるのは玄魔だろう。

「お待たせ」

 待ってないけど。

「もう行く?」

 ヨーヨーの装備を解除した玄魔が戻ってきた。

「行きたいのはお前だろ。まぁ、行くなら行ってらっしゃい」

「あ、そうか。用事があるんだったね」

「そうそう。一応この2人には3000円ずつ持たせてる。・・・多分足りなくなると思う」

「あー了解。もしそうなったら奏太に請求すればいいんだね?」

「まぁ、そうなるな。ところで、その浴衣どうしたんだ?」

「あぁ、これ?古着屋で1000円だったんだよ」

 そう言って見せびらかしてくる玄魔。別に羨ましくもなんともない。ただ、様になっているのに腹がたった。このイケメンが。

 そんな玄魔を見て、

「言ってくれれば作るのに」

 と、莉佐がため息と共に言った。

 いや、作る?

「莉佐って服作れんの?」

「ム、カナさ莉佐のことバカにしてる?ルノちゃんのも優衣ちゃんのも莉佐が作ったんだよ」

「つくったー!?すごいな」

「いやぁ、みんなでカフェに集まった日にカナが頼んだじゃない?」

「浴衣があれば準備してほしいってやつだろ?俺は『あれば』って言ったんだが」

「まぁまぁ細かいことは置いておいて。探したけどなくてさ、なら作ればいいかなってね。莉佐も2人の浴衣姿見たかったし」

 ないものは作ればいいとはこのことを指すのか。なら、これからはルノと優衣の服を莉佐に頼めば作ってくれそうだ。まぁ、そうなるとかなり大変だろうし、頼むのも気が引け・・・ん?

「どうした?ルノ」

 ルノは莉佐をチラッと見て、もう一度俺を見た。

 あぁ、そういうことか。

 俺は玄魔と談笑している莉佐をじっと見た。

(ゲンに似合いそうな色は灰色かな・・・?それとも白?金髪イケメンの衣装なんて作ることないしなぁ。またルノちゃんと優衣ちゃんの服でも作ろうかな。双子コーデなんてカナがするとは思えないし・・・。何より、莉佐が見たい)

 ・・・なるほど、莉佐は服を作ることを苦に思っていないのか。放っておけば新しい服を作ってくれることだろう。服代が浮くのは大変ありがたい。

「さて、と。優衣、ルノさん。そろそろ行こうか」

 時間は6時を回っていた。ショーは8時からなので今から行っても席は確保できるだろう。

「んじゃ、気を付けてな」

「あれ?カナは行かないの?」

「まぁ、用事がな」

 玄魔には伝えておいたが、莉佐には伝え忘れていた。

「カフェのマスターとデートなんだって」

「おいこら。ちょっと待て」

「あ、そうなんだ。邪魔しちゃ悪いし莉佐も行くね」

「違うからな?」

 莉佐は、そうだ、と付け足す。

「デート、楽しんでね」

 そう言って玄関に向かった。

「マジで違うからな!はぁ、嘘だってわかっているぶんたちが悪い」

「しょうがないよね」

 へらへら笑う玄魔を軽くどつく。

「お前のせいだろ。ったく、さっさと行けよ」

「そんなにデートが」

「まだ言うか」

「じょーだんだよ。さ、行こうか」

 玄魔は優衣を連れて玄関に向かった。

「ルノも行きなよ」

 だが、ルノは動こうとしなかった。

「じゃが」

「気にすんなよ。あいつとはきっちり決着をつける。だから、俺の分まで楽しんできてよ」

「ありがとう」

「お、お前がお礼を言うなんて珍しいことも」

 口に柔らかいものが触れ、俺は最後まで言うことが出来なかった。

 その感触はやがて離れ、耳元でルノが囁いた。

「奴は契約種最強クラスじゃ。不死身に加え、他種の力まで扱う。気を付けるんじゃぞ?奏太に死なれては、我も困るからな」

 普段はツンツンなルノが心配してくれている。

「ルノさーん?行きますよ?」そう玄魔に呼ばれルノは家から出る。

 ひとり部屋に残された俺は、タケさんから連絡が来るまで動くことが出来なかった。

「ありがとう」

 誰にともなくつぶやき、俺は家から飛び出した。




「お待たせ」

 カフェのドアを開け中に入ると、タケさんは電話をしていた。

「それじゃあよろしく。と、遅かったな、奏太」

 電話を終えていつも通りコーヒーを作り出すマスター。俺の他に客はいない。店が休みだからだ。

「これでも早い方だ。で?あれから情報は?」

 いつものカウンターの定位置に座り訊ねる。

 タケさんは黙ってコーヒーを出し、遂に口を開いた。

「残念だが、ない」

「ない?何も?」

「そうだ」

 なんてことだ。情報を得て作戦をたてようと思ったが、結局わかるのは吸血鬼に大勢の下僕がいるということだけ。

「本当に、今日だよな?」

「それは間違いないだろうな。来るとき、空を見たか?」

 空?

「いや、見てないけど」

 窓に近づき空を眺める。雲がなく、無数の星が瞬いていた。だが、確実に夜空として足りないものが一つあった。

「月がない。今日は新月か」

「そうだ。月には魔力を高める効果があるらしいが、恐らく奴は逆だな。光が少ないほど、つまり、闇が大きいほど魔力が高まる稀なタイプだ」

「だから日付を今日にしたのか」

 力を蓄えるだけでなく、魔力の質も上げ、確実に俺を殺すために。そう思うと背筋がゾッとした。

 前回あいつを撤退させることが出来たのはポーションの効果が大きい。

 だが、今はそれがない。

 今あるものは、『ブレイズ』と『インパクト』の魔力。『漆熱トライデント』に『回復のポーション』が1つ。

「とりあえず、今ある情報だけでも整理するか」

 他にすることもないのでそうすることにした。

「今日何かが起こることは確か。そうだな?」

「ああ。それと、ゲームと書いてあったが目的は俺への復讐。さらに、人間を使ってくるだろうな」

「人間は厄介でもないだろ」

 不思議そうな顔をするタケさん。そう言えば伝え忘れていた。

「俺は、人間を殺せないからな。殺したくもない。それがたとえ生きる屍だったとしてもな」

「なるほどな。あちらさんはそのことを知ってるのか?」

「恐らくな」

「そうか。もし、人間がお前に危害を加えるようだったら俺に任せてくればいい」

「助かる。だが気を付けろ。奴らはバッティを持っている可能性が高い」

「な・・・」

 さすがのタケさんも目を丸くして驚いた。

「バッティって、あのバッティか?」

「他に何があるよ。切れ味がよくて発酵・熟成のできるあのバッティだよ」

「・・・何で人間がそれを持っているってわかるんだ?」

「昨日の昼ちょっとな」

「そうか。魔力は?」

「今の俺は魔力を感じることはできない」

「じゃあ、わからないってことか」

 タケさんが落ち込むのも無理はない。

 魔力の有無によってバッティの性能は大きく変わる。

 魔力がなければただの切れ味がいい包丁。

 魔力があれば斬撃も飛ばせる武器に。

『すべての人間は魔力を持っている』ルノが出会った当初に言っていたことを思い出す。だが、普通の人間は魔力の使い方を知らない。元コントラクターのあの3人なら、という考えもあるが今回の件には関係ないので思考から除外する。

 あとは、

「あいつが何かアクションを起こしてくれればいいんだがな。タケさん、魔力を探れないか?」

「1つだけ強大な魔力があるな。しかも徐々に高まってきている」

 おいおい。

「何でもっと早く言わねえんだよ。場所は?今から抑えにいくぞ」

 店を飛び出そうとした俺をタケさんが腕をつかんで止めた。

「待て奏太。・・・近づいてきてる」

 その瞬間、緊張が走った。

 奴が来る。もうじき何かが起こる。そう思った直後、カフェの床に水色の魔法陣が出現し、目を開けていられないほどの白い光が俺とタケさんを飲み込んだ。

 次に目を開けた時。そこは見慣れたカフェの店内ではなく、床が真っ黒な空間が広がっていた。

 光源は見当たらないが、視界を十分に確保することはできた。

 天井も壁も見えないが室内であることは容易に想像がついた。理由は単純明快。風がないからだ。

「お、奏太無事だったか」

「あぁ。ここは・・・?」

「魔力でできた建物の中だな。吸血鬼が転移魔法でここに移動させたようだな」

「やっぱりそうか」

 水色の魔法陣の多くはテレポート・・・転移魔法の発動時に現れる。

 近づいてきたのはテレポートの範囲内に俺らを入れるため。

 ここがどこにあるかはわからないが札幌に危害がないならそれに越したことはない。

「わーはっはっは!」

 突如、あたりに笑い声が響く。それと同時に真正面から俺とタケさんに4本ずつ矢が飛んできた。

 こんなことで焦るような俺たちではない。

「『ブレイズウォール』」

「『グランドガード』」

 俺の前には火の壁。タケさんの前には土の壁が現れ矢を防いだ。

 壁に当たった矢はそれぞれ消滅し、壁も消した。

「ふむ、さすがに防ぐか」

 後ろから声。

 振り返ると、そこにいたのは2m弱の吸血鬼。たくさんの人間を引き連れて俺らを見下ろしていた。

「あいつが、吸血鬼か」

「・・・ビビってんの?」

「ちげぇよ。思ってたよりも大きいな」

 まぁ、むこうでの俺には劣るけど。というプチ自慢は無視する。

 確かに前に戦ったよりも大きくなったような気がする。気のせいか?

「ふむ、アースゴーレムか。レイト・ヌミレオ、神の護衛経験あり、か。なるほどなぁ、面白いやつを連れてきたなぁ天使族の青年よ」

「まぁな」

「だが、勝つのは我輩だ」

「いいや。俺だ。さっさと始めようぜ」

 俺はトライデントを構え戦闘態勢になる。タケさんもそれにならい、手にメリケンサックを装着した。

 ・・・それで大丈夫なのかな。

「まぁ待て。焦るな天使族」

「何?」

「我輩はちゃんと伝えただろう?『新たにゲームを始める』とな」

 殺し合い、ではないのか?

「まさか、殺し合いだ。だが、ゲームだ。ゲームにはルールが存在する。そうだな?それに普通に殺し合いをしてもつまらないのでな。そこで、我輩は思いついた」

 そこまで言ってムジナは指をパチンと鳴らした。

 すると、何もなかった空間は瞬時にゲームセンターへと姿を変えた。

「レースゲームにシューティングゲーム、格闘ゲームにクレーンゲームもあるな。プリクラ・・・はこの際いらなかったとは思うが。すごいな、全部魔力でできてやがる」

「タケさん、感心してる場合じゃねぇよ。ムジナ、説明しろ」

「ここに我輩の下僕が100人ほどいる。これから様々なゲームを使って勝負する」

「俺らはその100人全員と戦うのか?それだと時間が」

「ゴーレムは黙ってろ。我輩は天使族に話している。続けるぞ?ゲームに負ければ貴様は死ぬ。我輩の下僕が負ければ元通り天使族の下僕に戻る」

「なるほどな」

「さて、そこに天使族が面白いやつを連れてきた」

 俺はタケさんをチラッと見て、視線をムジナに戻す。

 何か嫌な予感がする。

「貴様もここにいる以上はゲームの参加者だ。負ければそこの天使族同様・・・死ぬことになる。それでもやるのか?ゴーレムよ」

「当たり前だ。俺は俺の意思でゲームの参加を決めたからな」

「ふん。後悔するなよ?シャッフルタイムだ!」

 ムジナが言い終わると同時に目の前に白い糸が出現する。

「好きな糸を1つ選べ。糸はすべて誰かとつながっている。それが対戦相手だ。対戦方法も糸が導いてくれる」

 なかなかおもしろいことを考えたな。だが、これだと、

「チームを組めないな」

「当然だろ?ゲームは個人戦だ。我輩は今から天使とゴーレムの戦いが楽しみでしょうがない」

 そう言って大きく笑う。

 やってしまった。タケさんがそんな顔をしている。

「タケさん、とりあえず俺と当たるまでは負けんなよ」

「すまねぇ、奏太」

「気にすんな。どうにかして2人で生き残る方法を考えるぞ」

「ゲームスタート!」

「健闘を祈る」

 糸に引っ張られ、俺とタケさんは別々の方向へ行く。初戦では当たらなかったようだ。

 負ければ死ぬ。ルールとしては征服と変わらないが、勝負内容は正真正銘ゲーム。今までやってきて正解だった。負ける気がしない。

 俺がつかんだ糸は1つのゲームの前で止まった。

 アクセル、ブレーキ、ハンドルのついた機械。レースゲームか。

「・・・苦手なんだよなぁ」

 対戦相手の姿も見えないしちょっと練習しようかなと思ったが、俺が椅子に座るよりも早く対戦相手が来てしまった。しかも、3人。

「プリン!ヤサイ!オモシ!?」

 昨日の昼に出会った例の3人だった。相変わらず焦点が合わず、光もない。

 3人は俺に目もくれず機械の前の椅子に座る。

 俺もあわてて椅子に着いた。すると、

『タイセンアイテガ ソロイマシタ。 ゲームヲ カイシシマス』

 しゃ、しゃべったー!?

 見た目はどこのゲーセンにもあるレースマシンなのに。ま、まぁいい。ゲームが始まる。

 カウントダウンが終わり、一斉に車が発進する。コンピューターはいないので、車は全部で4台。

 出だしは順調。どの車もほぼ同時に第1コーナーを迎えた。

 だが、そこでゲームは終了した。

 俺以外の3台の車は曲がりきることが出来ずにクラッシュ。

 再起不能となり失格。勝者は、俺。

 敗者3人は体を痙攣させて気絶。

 床に穴があき、落下していく。

 その光景を俺は、ポカンと口を開けたまま呆然と見ていた。

『ショウシャ テンシゾク』

 無機質な機械音が俺の勝ちを告げた。

「まぁ、焦点も合わずにゲームしたら、そりゃあ俺が勝つよ」

 じゃなきゃ事故なんて起こさないだろうし。

 勝ちは勝ちなのだが・・・、何か引っかかる。

 もしも他の人間があの3人と同じ状態ならば、勝負にならない。俺が確実に勝つだろう。

 自称ゲーマーの俺に有利すぎる。

 ムジナは俺がゲームをやることまでは調べていなかった。ということだろうか。じゃなきゃ、ゲームを使った勝負にはしないだろう。

 違和感が吹っ切れないまま、目の前に垂れてきた新しい糸を掴んだ。




 格闘ゲーム。

 ゴーレム、土井タケルは苦戦を強いられていた。

 ゲーム機には久しく触れていなかった。

 3ラウンド先取で勝利なのにもかかわらず、対戦相手は俺を2回も倒した。こちらはまだ、ダメージすら与えることができていない。

 体中の傷が痛む。

 ゲームの中のキャラクターがダメージを受けると操作しているプレイヤーにもダメージが入る。

 その影響で視界まで霞んできた。

「まずいな、また奏太に馬鹿にされちまう」

 それだけは避けたい。

 必死で覚えたてのコマンドを打ち込む。

 物覚えだけは昔から良かった。それが、こんな形で役に立つとは思はなかったが。

 相手が反撃する間もなく、体力を削り切った。

 2回負けたのもタダで負けたわけではない。

 相手の動きを観察し、クセを見分け、行動パターンを把握した。

 さらに、後に引けない状況となると集中力が格段に上がる。

 と、2回目も危なげなく勝利。

「あと、もう1セット」

 コマンドはもう体で覚えていた。

 考えなくても出したい技が出る。

 何だこれ、楽しいじゃねぇか。

 今までこれを知らなかったのは少しもったいない。

 相手の体力は半分を切った。

 一方こちらは無傷。

「これで、終わりだ」

『ショウシャ ゴレーム』

 最後の拳が相手に当たることなく、勝ちを告げられる。

 対戦相手をよく見ると、体中から血を流し意識を失っていた

「戦闘不能、ってわけか」

 目の前に垂れてきた糸を掴む。

 上に引っ張られる途中、見てしまった。

 床に穴が開き落ちていく対戦相手。

 その間から見えたのは、

「札幌の夜景」

 ここは、札幌のはるか上空にある。

 俺はスマホを取り出した。

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