第3章~危険なき契約~

  相も変わらず今日も暑い。

 玄魔がうちへ来てから早1週間程経った。

 玄魔は朝早くから出かけている。

 あのイケメンは、俺よりも札幌にいる期間が少なかったはずなのに俺よりも友達が多いようだ。毎日遊び呆けている。

 あいつに友達が増えたのもイケメンなのも、どうやら過去の俺の仕業らしい。

 それを玄魔から聞いた時俺は、過去の俺を殴りたくなった。

 ただ、なんとなくだけどイケメンは嫌いだ。それを作り出した俺はもっと嫌いだ。

 そんな若干、鬱なことを考えてしまうほど退屈だ。最近は他のコントラクターも動くことなくやることがない。

 まぁ、来ないならそれでいいし、できることなら戦闘もしたくないというのが本音だ。だが、こうも退屈だと少しは他のコントラクターに動いてほしいなとも思う。

 それでも梃子でも俺からは動かぬ。

「あー、なんじゃこれ。クソゲーじゃな」

 一方でルノはというと。ここ1週間でゲームの楽しさを知り毎日12時間以上はテレビの前から動かなくなってしまった。

 まさかこんなにはまるとは思っていなかった。ちなみに、ゲームの腕、才能はないに等しい。その証拠に、さっきからゲームオーバーのSEがうるさい。

 テレビを見ると、ルノが赤い帽子をかぶった髭のおじさんを操作して、茶色の栗のような敵に体当たりして死んでいく。

 その敵は踏めばいいのだが、どうやらルノは体当たりで何とかなると思っているらしい。

「なんで栗に当たっただけで死ぬんじゃ?貧弱すぎではないか?」

 ゲームに文句点けるなよ。そこまだ、一番最初のステージなんだから。言っちゃえばチュートリアルのようなステージだ。ちゃんとした進み方を覚えていれば死ぬ要素なんてない。

 ルノのゲームに特に進展は見られそうにないので、テレビから目を離し元から持っていた自分のスマホを開く。

 札幌の征服が終わっているため、征服ゲームが始まった頃に比べると通知は格段に減った。減ったというより、全く来ない。元々来ないのが普通だったため、元に戻っただけなのだが、「大丈夫?」とか「頑張って」といったメッセージもなくなってしまったのは正直寂しい。

 まぁいい。寂しさを紛らわすためにいつの間にか消えていたスマホの電源をもう一度つけ、日付と時間を確認する。

 特に用事はないがたまに気になってしまう。

 今日は日曜日・・・。

「日曜日!?」

「なんじゃ奏太。うるさいぞ?集中できん」

「あ、悪い」

 まぁ、お前は集中したところで体当たりをやめなきゃクリアはできないだろうけど。

 しかし日曜日か。昨日も日曜日だったような気が・・・。長い休みのせいで完全に曜日感覚が狂っている。

「奏太よ。日曜日がどうかしたのか?」

 テレビから目を離さずにルノが言った。

 俺は立ち上がり言った。

「買い物いくぞ!」

 だが、ルノは嫌そうな顔をしてこちらを見上げた。

 そんな嫌な顔しなくても・・・。少しショックだ。

 最近心が弱っているのは気のせいだと信じたい。

「買い物に行くなら一人で行ってくれ。我はこんな暑い日に外に出たくない」

 うん、その気持ちはとってもよくわかる。

「我はゲームをしてお留守番しとる。お土産期待しとるぞ」

 そう言ってルノの操作する赤帽子は栗に突っ込んで死んでいく。

 ・・・こいつダメだ。将来引きこもりになってしまいそうだ。

「だらけてないで行くぞ。帽子もあるしある程度は暑くないだろ」

 そう言って袋から麦わら帽子を取り出す。なぜか俺の押し入れにしまってあったもので、小さくて俺はもうかぶれない。ちょうどルノサイズだ。

 それでもルノは動く気配がない。

「嫌じゃ。我はこのステージをクリアするまで、あ!何をする」

 俺は黙ってコントローラーを奪い、ノーミスでこのステージをクリアしてやった。

「さて、行く・・・ぞ?」

 だが、当の本人は無反応。それどころか、肩を震わせてうつむいている。少しやりすぎたか?

「・・・跳べるならなぜ我に教えんのじゃ!?」

 そう言って頭をペシリ。

「跳ぼうとしないのが悪い」

「跳び方なんて教えて貰っとらん。大体このゲームはチュートリアルが無いのじゃ。知らなくても当然じゃろう?」

「まぁ、確かに?」

 昔からあるせいか、すべての人に仕組みがわかっていると制作側が思っているのか、このゲームにチュートリアルは存在しない。だからと言って、説明書には操作方法が書いてあるのだから結局悪いのはルノだ。

「さて、ゲームもクリアしたことじゃし行くかのぉ」

 そう言ってルノは俺が出した麦わら帽子を自ら被った。

 意外とすんなり納得してくれたものだ。わがまま契約種のことだから『全部クリアするまで行かん!』とか言うと思ったが杞憂だったようだ。もっとも、そうなったら俺はルノの説得を諦めて一人で買い物に出ていたが。

「なんじゃ?我の顔をじろじろ見よって。そんなに我の麦わら帽子姿がかわいいか?」

 自分でかわいいなんて言うなよ。なんて言わない。俺は素直に、

「うん、かわいい」

 そう言った。なんで俺の押し入れに入っていたのかは覚えていないが、これもきっと過去の俺の仕業だろう。過去の俺グッジョブ。

 そんなちょっとテンションの上がった俺をよそにルノは顔を赤くして呟いた。

「正直すぎるのも罪じゃな」

「ん?なんか言ったか?照れてんのか?」

「う、うるさいわい!行くならさっさと行くぞ!」

 そう言ってルノは窓から外に飛び出してしまった。

 俺もテレビとゲーム機の電源を消して後に続く。

 外は太陽がじりじりと照り付けていて暑い。

 屋根の上は太陽を遮るものがないので、もう10分以上は直射日光を浴び続けている。

「俺も帽子被ってくればよかったなぁ」

 そんな俺の呟きを、少し後ろを行く俺の契約種は聞き逃さなかった。

「我のを使うか?」

「いや、いい。お前も暑いのは苦手なんだろ?アーウェルサに夏はないって言ってたもんな」

「まぁ、そうじゃが。あ、いいことを思いついたぞ」

 後ろにいるため表情がわからないが、きっとニコニコいや、にやにやしているのだろう。聞こえる。伝わる。ルノの考えていることが。だが、これはダメだろう。

 俺は足を止め、振り向きながら言った。

「ルノ、やめろよ?余計に熱くなりそうだから」

「ん?奏太にとっては一種のご褒美みたいなものじゃろ?ほれ、あっちを向け」

「お断りだ。とっとと済ませればいいんだ。行くぞ」

「足を止めたのは奏太じゃろ」

 少しぼやいてはいるが、納得してくれたようだ。なんて油断してしまった。

「がったーい!」

 首にわずかな重み。肩からルノの足が垂れている。

 そう、肩車である。

「がったーい!じゃねえよ。お前がいるおかげで太陽は遮られる。けどなぁ、人が密着すると暑くなるだろ」

「?何を言っとるんじゃ?我は人ではない。悪魔じゃ」

「そうなんだけど」

 まぁ、若干ひんやりして、る?けど、ご褒美ではないよな。

 とりあえず直射日光を遮ることに満足したので歩みを再開しながらルノに聞いた。

「奏太はロリコンじゃろ?じゃから、首を幼女の素足に挟まれるなんてこの上ないご褒美じゃろ?」

「俺はロリコンじゃない。それにその言い方だとお前は自分がロリっ子だとか幼女だとかを認めることになるぞ?」

「ふん!我自身は自分のことをロリっ子とも幼女とも思ってないわ。じゃが、奏太は違うじゃろ?そういう風に我を見ているじゃろ?」

「ぐぬ」

 そう言われると反論はできないが。

「ロリコンの意味を分かってるのか?」

「興味ないわ」

 こいつ、重要なことの意味を分かっていない。

「いいか?ロリコンって言うのはなぁ」

「そんなことよりも、ヒキニートのお主がこんな暑い日に外に出るということの方が興味あるわ」

 そんなこと。かぁ。ロリコンは性的対象に幼女を見ることだから俺は違うと言おうとしたのに。

「で、何故じゃ?」

「はぁ、まずはヒキニートを訂正しろ。俺は引きこもってない。単純に外に出る理由がなかっただけだ。それに、ちゃんと学生という職業についている」

「うむ。ヒキニートじゃないのは分かったから説明してくれ」

 こいつ絶対わかってない。返事が適当だ。それでも説明しなきゃこいつは引き下がらないだろう。

 ・・・こういう時こそ考えを読み取ってほしいものだが。

「さっさとせえ」

 はいはい。

「今日って日曜日だろ?」

「昨日が日曜日ではなかったか?」

 お前も曜日感覚狂っているな。

「今日が日曜日だ。さっき確認したから間違いない。んで、日曜日はいろいろと物が安くなるんだよ。正直バイトもしてないし、毎月の小遣いを考えると安い日にまとめて買った方がいいだろ?」

「なるほどのぉ。だからヒキニートの奏太が外に出ているというわけか」

「だから、ヒキニートを訂正しろって。あとは、しばらくバタバタしてて買い物に行けてない。食糧も生活必需品も尽きそうなんだよ」

「それは大問題じゃな。それで、目的地まではどのくらいかかるんじゃ?」

「いや、もう着いてる」

 目の前に白い壁のデパートがたたずんでいる。

 何でもあるし、何かに困ったときはここに来れば何とかなる。

 目的地に着き、ルノは地面に立った。

「お前いつの間にそのサンダルはいた?」

 肩車しているときは履いていなかったのに。それに見覚えがない。

「今、降りる瞬間に履いた。このまえ莉佐に貰っての。ちゃんと歩いた方がいいって言われてしまった」

「ふーん」

 たまに一人で出かけていたのはこのためだったのか。誘って欲しいという気持ちがないわけではないため、少しだけ寂しい。

「奏太よ。女同士の会話というものは男に聞かれてはまずいものばかりじゃ。察せ」

 その説明はむしろ気になってしまうのだが。

「ほら、さっさと済ませるんじゃろ?」

 そう言ってルノはデパートに入ろうとする。が、

 ―ゴン

 痛そうな音をしてルノがうずくまる。

 ルノの身長にオートドアが反応しなかったようだ。

「大丈夫か」

「笑いながら言うでない。うぅ」

 おっとこれは失敬。

 ルノを連れて今度こそデパート内に入る。

 ちゃんと俺の身長には反応する。それが当然ではあるが。

 デパート内は冷房が効いているおかげかとても涼しい。が、休日のせいか人が多い。

「ルノはぐれんなよ。あ、そうだ。手でもつなぐか?」

「大丈夫じゃよ。我がはぐれるわけなかろう」

 だと良いんだが。

「もし、迷子になったらあそこに行けよ?」

 総合カウンターを指さしながら言う。

「じゃから、大丈夫じゃって」

「なら、いいんだ。あくまでも確認だよ。気を悪くするな。さて、さっさと済ませるぞ。まずは食品売り場からだ」

 ルノの手を取り、人込みをかき分けて進む。

「ほんと人が多いのぉ」

 食品売り場に到着し、人込みから解放されたルノは言った。

「ここにコントラクターがいたら奏太は気づけるか?」

「まぁ、無理だな。けど、その可能性は低いと思うぜ」

「ほう?やけに自信たっぷりじゃな」

「だって、残りは吸血鬼だろ?吸血鬼は太陽に焼かれて死ぬ、夜行性だろ?」

「まぁそうじゃな」

 ルノがそういうのだから俺の適当な推測は間違っていないようだ。

「なぁ奏太よ」

「どうした?」

「なんかこの辺甘い匂いがしないか?まさか、毒ガス!?」

「ちげえよ。果物だろ。ここ果実系エリアだし」

「ほう?果物か。匂いから察するにきっとうまいんじゃろうなぁ」

「・・・買わないからな?」

 金銭的にそこまで余裕はない。食べたいのはやまやまではある・・・

 ―シャリ、シャリ

 隣から何かを咀嚼する音が聞こえる。

「・・・何食ってんだよ」

「名前は知らんが赤かったぞ。それにとってもみずみずしくて甘いぞ」

 スイカのことかな。だが、周囲にスイカの試食なんてない。売り物のスイカが置いてあるだけ。

「はぁ」

 置いてあるスイカの一つを見て、思わず幸せを少し逃がしてしまう。

 1玉で置いてあるべき場所に1つだけ。きれいに2等分されたスイカが混ざっている。

 ラッピングもされていない。不自然だ。

「・・・お前、あれ持ってきてないよな?」

 あれ、とは例の包丁のことだ。

「何を言っておる。我の必需品じゃぞ?いつも肌身離さず持っているわい」

「・・・はぁ」

 また幸せが逃げてしまった。

「あれ切ったのお前だろ?」

 その言葉にルノは目をそらす。

 買わなきゃダメ、だよなぁ。

「あの、お客様!」

 3度目のため息をつこうとしたところで近くにいた男性店員に呼ばれてしまう。

「はい!すいません!うちのが。ちゃんと買いますんで」

 一気にまくし立て早口で言い、その場を立ち去ろうとした。が、店員の反応は俺の予想外の対応を見せた。

「いえ、そうではなくてですね」

「え」

「あなた様はわたくしの主様、でいらっしゃいますね?わたくし、このデパートの社長を務めさせてもらっています。お代は結構ですので好きなだけ持って行ってください」

 笑顔で言う社長に、俺は素直に喜べなかった。

「奏太!タダじゃぞ!タダ!」

 ルノはとても喜んでいるがこれではいけない。

「いえ、ちゃんと払いますよ。あなたの主ではあるが俺は一人の客です。客にはお店にお金を払う義務がある。そうでしょ?それでは失礼します」

 社長と目を合わせず、スイカとルノを連れてその場を離れる。

「いくらコントラクターとはいえ奏太は人間でいたいんじゃったな」

「ああ。あれは同じ人間として扱われている気がしなかった。さて、残りを済ませるか」

 俺は一刻も早くここを離れたかった。


「へー、奏太らしいと言えばらしいな」

 この話を聞いた目の前に立つ男は笑って言った。

 ここはデパートからそう遠くない場所にあるカフェ。

 俺以外に客はいなく静かである。

 やっぱり一人は落ち着くな。

「ヒキニ―・・・」

「おいルノ、これ以上は言わせねぇよ?」

 そのやり取りを見ていた、俺の座っているカウンターの向こう側にいるマスターはまた笑った。

「結構元気じゃん」

 このカフェのマスターこと土井タケルは言った。

「元気ないとは言ってないだろ」

「それもそうか」

 そしてまた笑った。

 あの後何事もなく買い物を済ました俺は、かつては毎日のように行っていて最近は行くことのできなかったカフェに足を運び、デパートでの出来事を話したのであった。

「ほい奏太、お待たせ」

 そう言いカウンターからアイスコーヒーを差し出された。

「ありがと、タケさん」

 ルノは俺の受け取ったものを不思議そうに見ている。

「・・・飲んでみるか?」

「うむ。興味ある」

 俺はルノにグラスを渡し、何か言いたそうにしているタケさんを目で黙らせる。

(ほんとドSだな)

 別にSじゃない。面白そうだと思っただけだ。

 ルノはじーっとグラスを眺め、一気に飲み干した。

「あ!バカ!」

 ルノの顔は徐々に青ざめていき・・・

「何じゃこれ!」

 げほげほ言いながらグラスを床に落としてしまった。

「あーあ。奏太、これ弁償だぞ?」

「わかってるよ。にやにやしながら言うな、気持ち悪い」

「お?気持ち悪いってなんだ?大人には態度をわきまえた方がいいぞ?」

「悪い、つい本音が」

 タケさんは素早くグラスを片付け、新しい飲み物を作り始める。

「ほい、クリームソーダ。これなら嬢ちゃんでも飲めるだろ」

「ほう、感謝する。それと嬢ちゃんではない。ルノじゃ」

 もうワーペル様はいいのか。

「・・・誰も呼んでくれんしな」

「そりゃね」

「ん?何の話?」

 タケさんが頭にクエスチョンマークを浮かべている。

「こっちの話さ」

「ふーん。あぁ、奏太は何か飲むか?」

「いやいいよ。このクリームソーダ、注文した覚えはないけど払わなきゃいけないんだろ?」

「奏太に責任があるからな」

「それプラス、グラスの弁償代だろ?これ以上払える金がない」

 財布が空になってしまう。

「そういえば、やけに荷物が多いなぁ」

「しばらく買い物に行けなかったし、備蓄分がね」

「あー、あれのせいか。お前も大変だなぁ。ま、何かあれば言ってくれ。できる限り力になるよ」

「・・・いくらで?」

「こんなんで金をとると思うか?」

「タケさんならありうる」

「俺の信頼って・・・」

「もしくは、そうやって普段女性を口説いてるんだっけ?」

「違うな。断じて。絶対だ」

 覚えている限りの過去にどのくらいマスターが客を口説いているのを見たことがあっただろうか。

「1回や2回じゃないんだよなぁ」

「大人の恋愛はまだ早いぞ?奏太君」

「君付けやめて。気持ち悪い。口説いてばっかで恋愛にすら発展していないもうじき40の男が何言ってんのさ」

「言ってくれるなぁ?いいか奏太。恋愛に発展する間には駆け引きというものがあってだなぁ・・・」

「その駆け引きを毎度ミスって現在独身と」

「勝手に納得するな。まぁ。お金も何も関係なくだ。何か困ったら俺を頼れ。俺はお前と違って何か特別な力はない。だから、例のゲームに関しては助けられることは少ないだろう。が、前にも言ったが生活の助けをすることはできる。今も実質一人暮らし何だろ?頼れるときはちゃんと頼れ。お前はまだ高校生なんだからさ」

「珍しくタケさんがマジメなことを言ってる。明日は大雨か?それとも雪だろうか」

「せっかく人がいいこと言ったってのにお前はまたそういうこと言うか」

「ま、困ったらここに来るよ。それと、今日はもう帰る。こいつが眠そうだし」

「ふふぁあ?」

 うん、かわいい。

「じゃなくて。ルノ、帰るぞ」

 今日は荷物が多いためルノをおんぶしては帰れない。そのため、眠そうなとこ悪いがちゃんと歩いてもらう。

 ルノを歩かせカウンターの端っこにあるレジに向かう。

 会計金額、は今回はしょうがない。

「あ、そうだ。奏太、ちょっと待ってろ」

 お金を払い終わり、店を出ようとしたところでタケさんはそう言い店の奥に消えた。

 そして、戻ってきたその手には野菜スティックの入った瓶が握られていた。

「ほれ」

「・・・いくら?」

「金はとらねぇよ。長持ちするし栄養もある。持って行っても損はねぇぞ?当然俺も気にしない」

「ありがと。この恩はいずれ帰すよ」

「じゃあここで・・・」

「じゃあね」

 タケさんが何か言おうとしているのを遮って、店から出た。

 どうせバイトしろというのだろう。別にしてもいいのだが、自由な時間を俺は過ごしたい。

「なぁ奏太よ」

「どうした?」

 ルノは空中浮遊するのもままならないくらい疲れていたので、久しぶりに地面を歩いている。

 『久しぶり』。自分は人間と言っておきながらこれはまずいな。屋根の上はしばらく禁止にした方がよさそうだ。

「おい?奏太?」

「え、ああ、ごめん。何?」

「疲れた」

「・・・がんばれ」

 こいつもちゃんと歩かせなきゃだめだ。そう思いつつも、疲れの原因である人込みに連れて行ったのは俺だ。その罪悪感からなのか、俺は次にこう言っていた。

「おんぶは無理だ。が落ちないようになら乗ってもいいぞ」

「うむ、そうさせてもらう」

 首に腕が、腰に足が巻かれ歩きにくくなった。まぁ、しょうがない。

「そうじゃ、奏太」

「今度は何?」

「あのマスターとはどういう関係じゃ?」

「どういう関係とは?」

「そのままの意味じゃ。なんとなく、客と店主ではないものが感じられた」

「いや?客と店主の関係でそれ以下でもそれ以上でもないよ。まぁ、残っている記憶では毎日のように通ってたから、ある程度親しいとは思うけど」

「ふーむ」

 あれ?納得してないな。

「何か気になることでもあったか?」

 が、返答はない。

「ルノ?」

 背中でルノは寝息を立てている。

 おいおい、落ちたらどうすんだよ。これは急いだほうがいいのか。それともゆっくり丁寧に行くべきだろうか。

 そんなことを考えてはいたが、結局歩く速度を変えることなく家路の半分まで来たところで異変が起きる。

 ―カシャ

 左手のバングルが外れたのである。

 決して外れることはなく、発信機までついているバングルが。

 これが外れる原因は一つだけ。契約が切れること。

 それはつまり。俺が死ぬか。契約種、ルノが死ぬかだ。

 俺は生きている。

 俺の右手を伝って何かが流れる。

 赤い。これは、血。ただし俺のではない。では誰のか。そんなの一人しかいない。そもそもバングルが外れたのだ、答えは一つしかない。

「おいルノ!返事をしろ!」

 だが、いくら声をかけても体をゆすってもルノは目を開けない。

「なんでこんなことに・・・」

 言いかけて目の前に人がいるのに気付いた。

 逆光で顔は分からない。だが、体型、髪型から女であることは分かった。ただし幼い。背はルノよりも少しだけ高いくらいだ。

 その影には右腕がなかった。

 それでも、ルノを殺ったのはこいつ。それは本能が告げていた。

「お前が、ルノを・・・!」

「ソウ・・・ツ・・・バン・・・」

 影がなにか言っているが聞き取ることが出来ない。

 ちゃんと聞き取ろうとしたところで俺の意識が途切れた。


 目を覚ますとそこは見覚えのある俺の部屋だった。

 左手にバングルはついたままだ。ルノも気持ちよさそうに寝息を立てている。それを見て俺は安堵のため息をついた。

 今のは夢だったようだ。だが、どこからが夢だったのか判断がつかない。

 まだ眠くはあるが、一度気になってしまうと寝れなくなってしまうのでとりあえず冷蔵庫に向かった。

 冷蔵庫には昨日買ったものと、タケさんから貰った瓶詰の野菜がちゃんと入っていた。

 タケさんのところに行ったのは間違いないようだ。帰り道に俺とタケさんの関係もルノに話したと思う。

 だが、そこからの記憶がない。家にいるということはちゃんと帰ってきてはいるが、昨晩何を食べたのか、何をしていたのか全く覚えていない。

 ここ連日の戦闘で疲れているようだ。ルノが無事であったことに俺は安心し、もうひと眠りしようと部屋に戻る。

 その途中、リビングから何気なく外を見ると闇に赤く光る目と合ってしまった。

 窓の外から部屋をのぞく目。ここはマンションの8階。外はまだ夜が明けていない。

 俺は尻ポケットに入っていた端末を出し、マップを開く。

 このマンションにマーカーが2つ。俺と、神谷優衣。

 夜にしか動けない吸血鬼だからだろうか、目を覚ましていなければ死んでいたかもしれない。今度からは夜も気を付けなければ。

 それにしても、なぜ入ってこないのだろう。

 俺を観察しているのだろうか。それでも、コントラクターなら窓を割って入ってくることも可能だ。

 こないならそれはそれで越したことはない。今は戦いたくないし、契約種の姿も見えない。

 気づいていないフリも今更できない。目が合ったし、めっちゃ見られている。

 と、視線がなくなり、ドサっという何かが倒れる音。

 慌てて窓に駆け寄ると、1人の少女が倒れていた。

 ・・・マジでどうしよう。

 こいつはコントラクターで、ここにいるということは十中八九俺を殺すことが目的だろう。だからと言って幼い子供を外に放置しておくこともできない。

 数分に及ぶ葛藤の末、俺は敵を中に入れることにした。

 ベランダに出て周囲を確認する。見えなかっただけで近くに契約種がいる可能性もあり、少女が倒れたのも作戦の一部で、のこのこ外に出てきた俺を仕留めるつもりかもしれない。

 だが、そんな心配も虚しく周囲には誰もいない。

 急いで少女を家に入れ、窓の鍵を閉める。

 いつから外にいたのかは知らないが、少女の体は冷え切っていた。

 とりあえず、眠っているようだったので、リビングのソファに寝かせておく。

 このままだと、目を覚ました時に襲われるかもしれない。そう考え、何か動きを封じることのできそうなものを探す。

 リビングを見渡し、一つのおもちゃが目に留まった。

 昨日、ルノにねだられて買った警察官セット。おもちゃの拳銃に警棒、帽子と手錠がついたあまり安いとも言えない子供向けのおもちゃ。

 その中の手錠を少女につける。

 おもちゃじゃ心もとないが、何もないよりはましだろう。

 つけ終わり、優衣を見て俺は思った。

 ・・・なんだかいけないことをしている気分だ。

 少女を家に入れ、拘束する。言い方は悪いがそういうことだ。アウトだ。こんなの誰かに見られては俺のロリコン疑惑がさらに深まって・・・。

 ―ガチャ。

 不意に開いたドアの音に驚く。

 ドアから出てきたのは玄魔。

「あれ、奏太。こんな時間に何を」

 玄魔は俺と少女の姿を見て絶句した。

 これはマズイ。

「いや、奏太。僕は奏太の趣味については何も言わないよ」

 気まずそうに言った。

「ちょっと待て。誤解だ」

「いや、いいんだ。ごめんね?邪魔しちゃって」

 そう言って玄魔は部屋に戻ろうとする。

 誤解させたまま戻っては困る。

「マジで誤解だから。こいつはコントラクターなんだよ」

 コントラクター。玄魔はその単語に反応した。

「なら尚更だよ。殺されるかもしれないのにいったい何をしているの?この子は奏太を殺しに来たんじゃないの?」

「多分そうだと思うよ。けど、俺は人間は殺さないし、たとえ敵でも見殺しにはできない。ほっとけば凍えて死んでいたかもしれない」

「あっそ。まぁ気を付けてね。僕はトイレに行ってもうひと眠りするからさ」

 そう言って玄魔はトイレに消えた。

 俺も寝ようと思ってたのになぁ。この状況だと眠るのは危険だろう。

 時間はまだ午前1時だ。

 眠い目をこすりながら、少女を調べる。

 身長はルノよりも少し高め。着ている服のポケットは膨らんでいるところがないので持ち物はないと判断する。

 短髪で黒髪。ルノは長髪の白髪だから真逆の外見である。

 一応、先週に確認してはいるが、一応おさらいしておこう。

 神谷優衣、小学4年生。契約種は吸血鬼。

 吸血鬼と言えば、弱点はニンニクと十字架。戦う時のヒントになりそうだ。

 そして、能力は吸血。

 血を吸うのだからきっと歯に何かあるだろう。そう思い、指で口をあけ確認する。前歯の両隣に鋭くとがった歯が生えていた。それ以外は普通の人間と何ら変わりない。

 だが、念には念をだ。口も塞いだ方がよいだろう。

 ハンカチを噛ませて後ろできつく縛る。

 ・・・これ本当に大丈夫だよな。

 そんな不安が頭を横切った。犯罪をしているかのようなそんな緊迫感もある。

 いや、これは俺が生き残るのに必須なことで、しょうがないことで、何も悪いことはしていないのだ。と自分に言い聞かせる。

「ねぇ奏太」

 後ろから声がする。ゆっくり振り向き声の主に言葉を返す。

「な、なに?玄魔」

 少し声が震えた。

「ほんとに何も」

「悪いことはしてない」

「いけないことも?」

「当然していない」

(まぁ、奏太がそんなことが出来るとは思っていないんだけどね)

 なら、おちょくらないで欲しい。

「じゃ、頑張ってね」

 玄魔はそう言い残し自室に戻った。

 今でやっと1時間たった。

 ・・・玄魔トイレ長かったな。多分ねてたな

 こうなればもう夜明けまで起きるしかないようだ。

 俺はコーヒーを用意し、携帯ゲーム機で日が昇るまでモンスターを狩り続けた。




「んー、おかしいなぁ」

 1人の男はビルの上に立ち、端末を見てつぶやいた。

「我輩のコントラクターは、もう1人を殺りに行ったはずだよなぁ?」

 端末のマップには一つのマンションに2つのマーカーが重なって表示されていた。

 どっちも動かないため戦っているわけではないのはすぐに理解が出来た。

「やはり我輩が行くべきであったか。けど、もう少しで日が昇ってきちまうんだよなぁ」

 もう東の空は白く明るくなり始めている。

「特性はあいつに移っていないし、大丈夫だとは思うが・・・」

 親というわけでもないのに心配になってしまう。

 戦闘能力もないわけではない。ちゃんとコントラクターとしての実力は持っている。

 それに、噂だが、堀井奏太という男はコントラクターのくせに人間を殺さずに征服を進めているらしい。

 代わりに契約種を殺す。それが奴だ。

 だから俺は行かずに優衣が行った。

 噂通りなら優衣が死ぬことはない。だからあいつはまだ生きている。

 これから殺される可能性もないわけではない。が、3時間以上動きがみられないのでそれもないだろう。

「ここは、眷属たちも使うか」

 端末の命令機能を使い、下僕たちを札幌に集める。

 下僕は死ぬことはない。すでに死んでいるというのもあるだろうが、その力はこのゲームを進めるのには有効だ。

 コントラクターはそいつらに手を出すことはできない。さらに、契約種が悪魔。仮にあいつなら、俺を追うのに時間をかけてくれるはずだ。普通の奴らにはわからないメッセージでも残しておくか。

 ビルの屋上に膝をつき男は何かを書き込み、それが地面と同じ色になる。

「さて、時間か。今晩に決着がつけばいいんだがな」

 男は太陽に焼かれて消えた。




「ふぁあ。朝か」

 あれからずっとモンスターを狩り、素材を集めてレベルを上げる。その作業を淡々と続けているうちに夜が明けたようだ。

 立ち上がりストレッチをする。関節のあちこちからバキバキと音がなる。

 ―ガチャ

「なんじゃ奏太、今日は早いのぉ」

「お前もな。てか、俺は寝てないんだよ。こいつのせいでな」

 そう言うと、ルノは拘束された少女をみて言った。

「このロリコンめ。奏太にこんな趣味があったとはな。軽く引くぞ」

 軽くではなく、ドン引きしているルノに俺は言う。

「誤解だ。手を縛ったのは自由に動くと危険だから。口を縛ったのは」

「騒がられると困るからじゃな?」

「違う。吸血能力を使わせないためだ」

「吸血?なんじゃ、コントラクターじゃったか」

 左手に着いたバングルを見てやっと気づいたようだ。

「して、どうするんじゃ?」

「この子の契約種の居場所がわからないから起きるまで待つ」

「いや、起きとるぞ?」

 あ、ほんとだ。凄い睨まれてる。

「―。―。」

 優衣は何か言いたそうに口をもごもごさせている。

「神谷優衣、だな?今から口のそれを外す。だが、一つ約束しろ。絶対かみつくなよ?いいな?」

 優衣がうなずいたのを確認し、口のハンカチを外す。

「・・・ロリコン」

 第一声がそれか。

「違う。俺はロリコンじゃない」

「・・・嘘、襲おうとしてた」

 ルノの視線が痛い。

「してない。するわけがない。というかお前、寝ていただろ。だから俺が何をしていたなんて知らないだろ」

「・・・うん。想像で言った」

 この子はなんとなく大物の匂いがする。

「・・・ねえお兄ちゃん」

 兄弟のいない俺にとって『お兄ちゃん』呼びは嬉しい。

「どうした?」

「・・・私のために死んで」

 嬉しさは一瞬で消えてしまった。同時に恐ろしさが込み上げてきた。口は笑っているのに目が笑っていない。

「俺は死なない。けど、お前を救う」

「・・・救う?」

「ああ。俺はお前を殺さずにゲームを終わらせる」

 そして、失われた記憶を取り戻しに行く。

「・・・噂通りの人」

「噂?」

「・・・お兄ちゃん。私は契約種の今いる場所は知らないよ。今頃はきっと遠くにいる。私が死ぬか、お兄ちゃんが死なないとこのゲームは終わらない」

 ただ淡々とそう言いのけた。

(私が勝ってアーウェルサに行くんだ)

 この子の決意は固い。いくらか嘘もまぎれているようだが、この子は本当に契約種の居場所を知らなさそうだ。

「なぁお前、どれくらい人を殺した?」

「・・・質問の意図がわからない。私がどれくらい殺したなんてお兄ちゃんには関係ないでしょ。まぁ、お兄ちゃんよりは殺してるかな。他のコントラクターを倒していないんだから」

 そう言いながら優衣は腕の手錠を壊した。

「あ」

 ルノが小さく声を漏らした。

「やっぱりおもちゃじゃダメだったか。まあいい・・・ったいルノ、新しいの買うから髪を引っ張るのはやめろ」

 優衣はそのやり取りをソファに座ってみていた。てっきり逃げる、もしくは襲い掛かってくると思い、少し身構えてもいたが無駄だったようだ。

 部屋を見渡しルノを凝視する優衣。

 何がしたいのだろう。

 この子は、玄魔ほどではないにしろかなりの強敵だと思う。ただ単純に玄魔の能力が強すぎたとは思うが、なんとなく、ただなんとなくだ。そんな気がする。

「・・・ねえ、あなた」

 俺の横に浮いていたルノを指差して優衣は言う。

「・・・ねえ、あなたの持っている物。ちょっと貸して」

 ルノは今なにも持っていないのだが。ルノには何を差しているのかが分かったらしい。

「この包丁のことか?」

 そういい、懐からいつも持ち歩いている必需品を出した。

「うん。禍々しいものを感じる」

 俺は特に何も感じないが、優衣はルノが包丁を持っていることに気付いたようだ。

「嫌じゃ。これは我の」

「じゃあいい」

 その言葉と同時に優衣の姿が消える。いや、素早く動いた。さすがに3度目となればぎりぎり目で追える。

 優衣はルノのもとへ近づき包丁を強奪した。

 今までの3人よりも早いだろうか。ライ、ジャック、龍化した玄魔。その誰よりも早く感じた。

「くっ。奏太!何を感心しておる。早く取り返すんじゃ」

 そうだった、こちらの強力な武器を盗られたのだ。ぼさっとしている場合ではない。

「なあ、優衣。それ、お兄ちゃんに返して」

 くれないか?そう最後まで言う前に、優衣は包丁を左手に持ち替え、自身の右腕を切断した。

「何を、しているんだ?」

 切断された部分から血が溢れ出て床を汚した。

 優衣は右腕の切断を口に入れ喉を鳴らしている。

 ―ガチャ

「みんなおは、うわ!」

 起きてきた玄魔は口から手をはやしている少女を見て気絶してしまった。

 まぁ、寝起きにこんなものを見てはしょうがない。

「・・・はい、これ」

 いつの間にか右腕を元ある場所に戻した優衣が目の前に来ていた。口の周りが血だらけだ。

 優衣は俺を殺そうとするわけでもなく、ただ包丁を返しに来た。

「何をしていたんだ?」

 包丁を受け取りながら聞く。そういえば、この包丁に触るのは初めてだ。なんてことを考えながら優衣の話に耳を傾ける。

「・・・食事。けーやくしてから主な食事は血なの。お兄ちゃんたちから血を吸えば子もゲームは終わる。けど」

「けど?」

「・・・魔族の血はおいしくなかった」

「血においしいとかあるのか?」

「・・・あるらしい。私は契約種、魔族の血しか吸ったことがないからわからないけど、人間の血が一番おいしいって言ってた。私も吸ってみたいけど、お兄ちゃんたちを含めてこの辺にはもう魔族しかいないから確かめられない」

「魔族しかいない?それってどういうことだ」

「・・・知らない」

 優衣はそう言い黙ってしまった。それに代わりルノは言う。

「コントラクターに殺された下僕は、主と酷似するようになるんじゃよ。いろいろとな」

 だから、魔族しかいないということか。あと、俺らは血が吸われる心配もないということだ。ならば、

「お前、なんでここに来たんだ?」

「・・・お兄ちゃんを殺すため。それ以外にないよ」

 ですよねぇ。

「・・・お兄ちゃんは私を殺せない。それに、さっきも言った通り私の契約種はこの辺にいない。だから、素直に死んで」

 そう言って俺らと距離を置き、鞭のようなものを取り出した。そして、次の瞬間、

 ―シュッ

 耳の横で風を切る音が聞こえ、後ろにあった花瓶が真っ二つに割れた。

「・・・外した」

 外すも何も、俺は動いていないのだが。それよりも、短い鞭がその見た目に反して長く伸びたように感じたが。

「そのとおりじゃな。気を付けろ」

「了解」

 俺は優衣の背後に回り、窓の方向に投げた。それと同タイミングでルノが窓を開ける。

 窓から外に放りだされた優衣は、ピタッと空中で止まった。

「あいつも浮遊するのか」

「そのようじゃな。・・・やらんぞ?」

「はいはい」

 優衣は窓の外から部屋に向かって攻撃を繰り返す。ソファが、テーブルがきれいに真っ二つである。

「これ以上の被害はまずいな」

 窓から飛び降りて屋根の上を走り抜ける。

 これから、契約種を探さなければならない。だが、何も手掛かりがないうえ、そもそも札幌にいるのかもわからない。

 それに今は太陽が昇っている。吸血鬼ならば暗いところか室内にいるだろう。外だけを探しても見つからないだろう。

「いったん止まるんじゃ、奏太」

「どうした?」

「奴はもうおらんぞ」

「奴とはどっちを指してるんだ?優衣がいないのは途中から気づいてたけど」

「コントラクターがいないことを知っているならそれでいい。して、契約種じゃが、ちょっと気になることがある。テレビ塔に向かっとくれ」


 夏休みにここへ来るのももう4度目。普通に生活していればまず来ることはなかったであろうそこの頂上に俺はいた。

「・・・ここ、上る必要あったか?」

 今日も太陽さんさん。高いからか風はあるが気休め程度にしかならない。そのため、汗が滝のように流れている。

「うーん。もう少しでつかめそうなんじゃが」

 ちゃっかり帽子をかぶり俺の周りをぐるぐる飛んでいたルノは、俺の周りをくるくる飛んで、何かを考えている。

「ルノ、終わったら降りてきて。下で待ってるから」

 ずっとここにいればたちまち脱水症状と熱中症になってしまうだろう。

 地面に降りて飲み物を買う。

 テレビ塔の下には売店があり、お土産などを買うことが出来る。

 買ったコーラを飲みながら売店を眺めていたところ、一枚の張り紙に目が行った。

 札幌夏祭り。最近はすっかり行かなくなってしまったが、毎年この季節になると大勢の人が集まる祭りだ。

 殺し合いゲームが各地で起こってはいるが今年も明日からの3日間、開催されるようだ。ひと段落がつけばルノと行くのもいいかもしれない。

 何はともあれ、コントラクター以外がちゃんと人間らしい生活をしているようで安心した。

 大通り公園を見渡しても、散歩している家族や仕事に行くのであろうサラリーマンが歩いている。ゲームが始まり、ここに来た時のように今更、平和だな。なんて思わない。それが、普通で、当たり前なのだから。

「奏太!わかったぞ!」

 突然頭上から声がしてルノが急降下してきた。

「わかったって、契約種の場所か?」

「それ以外に何かあるか?」

 ないな。

「で、何処にいるんだ?」

「あっちじゃ」

 そう言ってルノが指したのはここから遠くないビル。

「中か?」

「いや、来れば分かる」

 それを聞き俺はビルに向かって駆け出した。近くにあったので1分もかからずにそこの屋上にたどり着いた。だが、

「何もないんだが!?」

「いるとは言ってないぞ?手がかりを見つけただけじゃ」

「けど、何もないぞ?本当にここか?」

「うむ、契約種がここにいたのは間違いない。なにより、ここに少しじゃが魔力が残っておる。これをたどればいいじゃろう」

 と言っても、俺に魔力と言った類を感じることが出来ないため、ルノ頼りとなる。少し頼りないが。

「むむ。ちゃんと頼ってくれていいんじゃぞ?」

「はいはい。んで、次はどこだ?」

「その前にここを火で炙ってとくれ」

 俺にはただのコンクリートにしか見えないが、ルノは何かを感じ取ったらしい。

 言われた通り火をちょっとだけ出して屋上を炙る。すると、いろいろな形の記号が浮かび上がってきた。

 文字?だろうか。だが、日本語でも英語でもない。ただの記号だ。ゲームでよくある読めない文字。それが並んでいる。

 一方ルノはそれを見たまま動かず、何かつぶやいている」

「なぁルノ、これってなんだ?」

「ん?ああ。アーウェルサの言語じゃよ」

「これが、言語?じゃあ、お前読めるのか?」

「まあの」

「何が書いてあるんだ?」

「我の知人からのメッセージじゃ」

 知人、というと当然向こうの世界の奴だろう。今回の相手はルノの知り合いということだろうか。

「まぁ、そうなるが。だからと言って手を抜くんじゃないぞ?我は奴のことが嫌いじゃからな。ほれ、さっさと次にいくぞ」

「詳しい内容・・・」

 までは聞かない方がいいのだろう。ルノの顔がとても嫌そうだった。それでも一度わいた好奇心は収まらない。

(『親愛なるルノよ。我輩を覚えているか?無論、忘れたとは言わせんぞ?我輩は吸血鬼、イラタゴ・ムジナである。我輩に会いたければ魔力を追い見つけてみよ』なんとも奴が考えそうなことじゃ)

 ふむ。変わった名前の吸血鬼だな。親愛なる、それなりに親しかったということだろうか。まぁいい、今は追うことが先決だ。

「ルノ、次はどこだ?」

「あっちの方じゃ」

 そう言いルノは札幌駅の方に飛んでいく。俺もビルの屋上を跳び追いかける。

 吸血鬼については追っていけばきっとわかるだろう。


「さてさてさーて」

 札幌駅の屋根に着いたのだが、

「人が多すぎて魔力がうまくつかめんな」

「人と吸血鬼って持っている魔力が似てるのか?」

「いいやそういうわけではない。今朝話したことを覚えておるか?」

「えーと、『コントラクターに殺された下僕は、主と酷似する』ってやつか?」

「そうじゃ。なぜかは知らんが、そこかしこで吸血鬼の魔力が溢れかえっているんじゃ」

「奴らの下僕がいるってことか」

 吸血鬼は昼間動かない代わりに下僕を使う。俺が人間を殺さないことを知っているのならこのやり方は適切と言える。

「じゃが、それだと契約が下僕に移ってしまうじゃろ」

「自分で動く夜に、そいつを殺せばいいだろ」

「なるほどのぉ。奴ならそうしても不思議ではないか」

 少しだけ相手がどんな性格なのかわかった気がする。

「で、どうするよ」

 相手の目的がわかったところでそいつの居場所がわからなければどうしようもない。

 俺には魔力を感じることが出来ないので、ルノを手伝うこともできない。

「なあ奏太よ」

「どうしたよ」

「お尋ねステ、ッググ?」

 言わせてなるものか。棒を倒したらその方向に探し人がいるなんて言う23世紀の道具なんて存在しない。

「ないのなら作ればよいじゃろ」

「無茶いうな。ちゃんと自力で探せ」

 ったく、21世紀の科学はそんなものを作るほど発展していない。だからこそ、ちゃんと魔力を感じ取ってもらいたい。

「そうは言っても、奏太が思っている以上に大変なんじゃぞ?1度やってみればわかる」

 と言われても、

「うお!」

 ルノの指が俺の体に触れた。その瞬間、俺の中で何かが渦巻くような感じがした。気持ち悪い。

 ルノの指が離れると同時にそれも収まる。

「はあはあ、お前、何した?」

「我の魔力を流したんじゃよ。魔力を感じるというのがどういうものか分かったか?」

「ああとっても」

「まぁその程度で音を上げるということは、一生慣れることはなさそうじゃな」

 それはそれでいい。

 いまだ気持ち悪さが残り、お腹をさすっている俺の周りをルノが飛びながら魔力を探る。

 その動きが止まったのは日が沈みかけたころ。

「さすがに時間かかりすぎじゃない?」

「そ、それが徐々に魔力が増えているんじゃよ」

「集まっているということか?」

「そのようじゃ。このままでは奴の居場所がわからんぞ」

「んー、じゃあ、あいつのところに行ってみるか」

 そう言って端末を取り出す。

 あいつは契約種はここにいないと言った。だが、魔力とメッセージからそれが嘘であるということがはっきりした。

 契約種の情報はないが、あいつのところに戻っている可能性もある。

「奏太、その必要はなくなったぞ」

 ルノはにやりと笑う。

「わかったのか?」

「うむ、日が暮れるにつれ高まっている魔力が一つだけある。奴に間違いないじゃろ」

「オッケーわかっ・・・ん?お前いま、魔力が高まっているって・・・」

「さぁ行くぞ!」

 ルノは何も気にせず飛んでいく。

「いや、危なくね?」

 心を重くしながら俺も続く。

 駅を飛び降り、ルノを追いかける。

 ルノは周りと比べ一回り程大きいビルの屋上に向かって一直線に飛んでいく。

 こんな時くらい俺に浮遊能力をくれても良いだろうに。飛べない俺は、垂直の壁をどうにか登り切った。

 だが、そこにルノ以外に人影はない。

「おい、ルノ?」

 若干ではあるが、ルノの顔が青ざめている。

「気を付けろ。来るぞ」

 くる?考えがまとまる前にそれは姿を現した。

 照明がなく真っ暗な屋上。そこの中心あたりに夜の闇とはまた違う、それよりも黒いものが渦巻いていた。

 やがてそれは人の形となり、本体が姿を現した。

「あ~あ、あんなのチートだろ。なんで音ゲーなのに止まったり早くなったり、挙句の果て逆に動いたりするんだよ。あんなん初見でフルコンは無理だな。他はなんとかなったがな」

 そんな愚痴をこぼす、身長はゆうに2mは超えるだろう大柄な筋肉質な男。こいつが、イラタゴ・ムジナ。

「久しぶりだなぁ、ルノ。やはりお前だったか」

「ふん。我はもうお前に会いたくなかったわ」

「おいおい、ツンデレか?ツンデレロリなんて需要しかねえぞ?」

 あー。今のやり取りだけでわかった。こいつは、

「ロリコンか」

 そう小さくつぶやいたのを聞き逃さなかったらしい。

「あぁ?ロリコンだぁ?まぁ、否定はしないが、ルノだぞ?」

 いや、ルノだぞと言われても。

「お前、自分のコントラクター、つまり、優衣は好きか?」

「あぁ、愛してる」

 即答である。

 それを答えたのと同時にムジナの両腕がとんだ。そして血が噴き出す。俺らは何もしていない。

 俺は困惑しているが、腕がなくなった本人は笑っている。

 なぜ、平然としていられるのだろう。これをできるのは俺ら以外に一人しかいないというのに。いや、そいつしかいないからか。

「おい優衣。こういう愛も悪くはないけどさ、もうちょっとノーマルな愛の方が我輩は嬉しいぞ?」

 言い終わると同時になくなっていた腕が生えた。

 何という再生力だろう。厄介だな。

「おい、貴様」

 そう言って俺を指さすムジナ。その指ちょん切る優衣。

 話が進まない。

「おい優衣。落ち着け。これやるから」

 ムジナはどこから取り出したのか紙パックのトマトジュースを優衣に渡した。優衣はジュースを受け取りちょこんと座って飲み始めた。

 こ、これは・・・

「可愛いだろ?」

 ムジナの言葉に頷いた。そして、ハッとなる。

「うんうん。やっぱりな。貴様もロリコンだろ。同じ匂いがすると思ったぞ」

 こいつと同じにされたくない。そもそも俺はロリコンではない。

「へー。んじゃ貴様、ルノのことをどう思ってる?」

 こいつも考えを読み取る系の奴か。俺はルノのことを、

「愛してるってよルノ。やっぱり貴様はロリコン。一緒にうまい酒が飲めそうだ」

「心にないことを言うのはやめてもらおうか」

 気づけば叫んでいた。

「俺はロリコンじゃねえ!」

「本当は好きだったりするだろ?」

「しない」

「いいや、お前の心は告げているぞ?『俺はロリっ子しか愛さないし愛せない』ってな」

「おい、それは違」

「ふん、お主に心も告げとるぞ?『あ、それは我輩のことだった』とな」

「「・・・」」

 ルノの言葉に俺もムジナも黙った。

「・・・てへ!」

「てへじゃねえよ」

 こいつマジで何なんだろう。これが俺への精神攻撃ならうまくいってる。

(思ったより疲れてるな。これからロリの素晴らしさを語り合おうと思ったのに)

 前言撤回。こいつ、間違いなく素だ。

 もう帰っていいかな。

「ダメに決まってるだろ。ルノの昔話をしてやるからお茶でも飲んでもう少しゆっくりしていけよ」

 お茶なんてないしましてやここはビルの屋上だ。ゆっくりするような場所ではない。

 だが、ルノの過去も気になる。

「お前らってどういう関係なんだ?」

 ムジナが昔話をするというのだから、長い関係なのだろうが。

「我輩とルノは幼馴染である」

「・・・そうなのか?」

「まぁ違うとは言い切れんな」

 ムジナは何というか胡散臭いからルノに聞いたが事実だったようだ。

「もう500年来の付き合いじゃな」

 5、500年。

「それってそっちの世界だとどれくらいなの?」

「アーウェルサでの500年は、人間が成人になるのと同じじゃ」

 500年で成人か。アーウェルサの奴らの寿命っていったい。

「長くても5000年だな。生きる奴はもっと生きるがそこまで長生きはまずいない。たいていの場合、戦闘で命をなくすからな」

 ムジナにそう説明されたが長すぎて実感がわかない。

「さーて、そろそろルノの昔話でも・・・」

「しなくていいわい。そんなことよりもじゃ」

「ルノはせっかちだなぁ。わかったよ、じゃあ始めようか」

 空気が変わった。

「今晩、我輩たちは北海道の征服を完了することをここに誓う。まぁ我輩は何もしないがな」

 ムジナがそう言って笑う。それと同時に優衣が飛び掛かる。・・・自分の契約種に。

 こいつら、どんだけ仲が悪いのだろう。

「それは違うぞ奏太」

「え?」

「あの女の子が今何を考えているのか。わかるじゃろ?」

 優衣が今考えていること?

 俺はムジナと戯れている優衣をじっと見つめる。

(好き。好き。大好き。全部。欲しい)

 こ、これは・・・

「愛、じゃな」

「ムジナが愛って言ったのは間違いじゃなかったのか」

「そうじゃな」

 さっきから優衣は高速でムジナのそばを往復する。その度にムジナから血が噴き出て地面を汚す。だが、そのムジナの傷は瞬時に回復する。

「これ、どうする?」

「それを決めるのは奏太じゃぞ?」

 だよなぁ・・・。あの二人がいちゃついていると的が絞れずに優衣に攻撃が当たってしまうかもしれない。少しだけ、かすり傷程度ならコントラクターの治癒能力で回復する。だが大きな傷を与えてしまい、その状態でムジナが死ねば・・・優衣も死んでしまう。ゲームのシステム上それでいいのだが、あくまでも俺は人間を殺さない。

 さらに、今回に関しては何も作戦を立てていない。この隙に一度引き作戦を立てるのもアリだ。その場合、今度こそムジナは姿を消し俺らの前には現れないだろう。そう、奴の心が告げている。

 となると、今晩中に優衣へ攻撃を与えずムジナを殺さなければならない。

 そのためには優衣の動きを一度止める必要がある。動きをよく見ると、同じところを往復しているだけのようなので狙うのは簡単だ。

「ブレイズチェイン!」

 俺は掛け声と共に能力を発動させた。

 何もない空間から突如、火でできた鎖が優衣の腕とビルの屋上を繋げた。

 ブレイズチェインはその名の通り火でできた鎖。見た目は火だが、とても硬くて頑丈だ。その証拠に、優衣が振り払おうとしているが取れずにもがいている。

 うまくいった。そう思ったのもつかの間。

 優衣からの攻撃から解放されたムジナは黙って優衣のもとに近づく。そして、優衣の動きを止めた鎖に顔を近づけ、舐めた!

「魔力は『ブレイズ』。ルノの元々の火の魔力だな。味は金属に近いな。よくできてやがる」

 そう呟き、恍惚な表情を浮かべる。

 ルノが自分の意思で消せなくなった火や、ダークエルフの矢を消したのように魔力を吸ったわけではない。

 ならばなぜ、

「消そうとしていないのに俺の火が消えるんだ?」

 鎖が、舐めたところから消えていく。

「奴の唾液のせいじゃよ」

 小刻みに震えながらルノは言う。

「奴の唾液にはどういうわけかなんでも溶かす性質があるようじゃ」

「なんでも?」

「そうそう。昔ルノも溶かしたよなぁ」

「え?」

 懐かしそうにムジナが言うのを俺は聞き逃さなかった。

「それ以来、口をきいてくれなかったっけ」

 鎖を全て溶かし終えムジナは立ち上がる。

 俺は今のを聞いて一つ納得した。

 俺が夏休み中、初めて玄魔と会った日のこと。なかなかアイスを食べようとしないルノに向かって俺は「とけるよ?」と言った。その直後、ルノは体調を崩した。

「トラウマ、だったのか」

 実際ルノの顔は当時を思い出したのか青ざめている。

 俺はそのことを後悔した。それと同時にムジナに対して怒りの感情が込み上げてきた。

 それは、俺が誰かに初めて殺意を持った瞬間でもあった。

「ムジナ。俺はお前を必ず殺す」

 ムジナを見てそう言った。ここで、優衣の姿がないことに気付く。

 一体、どこに・・・?

「奏太!うし」

 ルノが言い終わるよりも早く。背中に重い衝撃を受ける。

 前によろめき顔を上げるとムジナのいかつい顔面が目前に迫っていた。

 後ろに下がろうとしたが、ムジナに首をつかまれる。

「はぁ、せっかくルノと契約してるんだからどれだけ強いのかと思ったら・・・。がっかりだ。雑魚に興味はねえ。死にな」

 言い終わるのと同時に首に激痛が走る。

 ムジナが吸血鬼の力を使っている。

 熱い。痛い。視界が霞む。血を吸われて、俺は死ぬのだろうか。

(楽勝だな。これで北海道は我輩たちの物。ルノは、こいつが死んだらたっぷり遊んでやろう)

 !?そうはさせない。俺はまだ生きなければならないはずだ。約束がある。

 俺は槍を手に取り、ムジナの心臓めがけて突き刺した。

 確かな手ごたえ。だが、血は吸われ続ける。

 ルノが何か叫んでいる。うまく聞き取れない。意識がはっきりしない。視界が狭まる。

 堀井奏太の意識は深い闇に消えた。




 奏太がムジナに攻撃を加えた。だが、ムジナは動かずに奏太の血を吸い続ける。

 そして、奏太は倒れムジナは笑う。

 奏太との契約が切れた。それはつまり死を意味する。

 力が戻ったのを感じる。

 こうなれば、我の選択肢は2つ。

 1つは新しい人間と契約する。もう一1は故郷、アーウェルサへ帰る。

 これからの生活の安定を求めるのなら新しい人間と契約した方がいいのじゃろうが、そうする気力が起きなかった。

「ふっふっふ、我輩たちの勝ちだ」

 ムジナが胸の槍を抜きながら言う。抜かれた槍は空気に溶けて消えた。

 ここにとどまるのは危険。早くアーウェルサに通じるゲートを開こう。

「待て待てルノ、久しぶりの再会であろう?もう少し楽しもうではないか」

 ムジナのその言葉には答えず、無言で能力、すなわち魔力を発動する。

 火で作った無数の槍。それはムジナと優衣の体を貫いた。

「ほう?やる気か?確かに、今我輩たちを殺せば北海道の人間はすべて元通りになり、より強い人間と契約することが出来るもんなぁ?だが、そうはさせんぞ」

 体が貫かれても元気な男は放っておいて、ゲートを開くための詠唱をする。

「我が魔力に従え。ここにアーウェルサへのゲートを開くことを命ず。黒き門よ。その姿を現したまえ」

 言い終わると、ルノの身長の5倍はある門が現れる。

「おい、ルノ。本当に帰るつもりか?」

 槍を溶かしながらムジナは問う。

「うむ、我は奏太がいい」

 コントラクターとして死んだ奏太は一足先にアーウェルサにいる。

 あっちに帰れば奏太に会える。

 強制的に働かされてはいるが、連れて逃げれば特に問題はないだろう。

「・・・問題しかなかろう。ルノ、我輩と遊んでいけ」

「しつこいのぉ!そんなに遊びたいなら付き合ってやろう」

「ほう?」

「殺し合いじゃ。問題はないな?」

「いいねぇ。そそるねぇ。ここまでガチな貴様を見るのは久しぶりだなぁ。いいぞ、血がたぎってきたぞー!」

 相変わらずちょろいやつじゃ。力が戻った以上やつに勝ち目はないんじゃがな

「優衣、手ぇ出すなよ」

「・・・わかった」

「よいのか?」

「我輩とルノとの対決だ。他の奴らの手出しは無用」

「後悔するんじゃないぞ?」

 そう言って、アーウェルサに通じるゲートに座る。

 それを見てムジナは面食らった顔をする。

「何の真似だ?」

「ハンデじゃよ。力が戻って普通に戦えば我が簡単に勝ってしまうからの」

「舐めやがって」

 思惑通りにムジナは怒った。これで幾分か戦いやすくなった。

「行くぞ!」

「ふん!こい!」

 ムジナは空中に飛びあがり目標めがけて一直線に突っ込んでくる。

 吸血鬼は身体能力は高いものの、一番の武器は魔力であるドレイン。

 触れたものの生命力を奪いながら血を吸う。それが吸血鬼の戦い方。

 それはつまり近づかなければいけない。裏を返せば近づかなければ何もできない。

「『ブレイズウォール』」

 ゲートを中心に火の壁を作り出す。

 ムジナの動きが止まる。この隙をつき内側から外側へ火で作ったナイフを無数に放つ。

「っち」

 ムジナはナイフの対応に追われ、こちらには近づけない。

「まだまだ行くぞ、『インパクト』!」

 掛け声と共に無数のナイフがけたたましい音と共にすべて爆発した。

「ゲホ!」

「なんじゃ元気じゃな」

「もう一つの魔力か」

「そうじゃ。なんじゃ知っとたのか」

 『インパクト』は『ブレイズ』の魔力と組み合わせることで発動する爆発能力。

 奏太には渡していなかったが、ブレイズだけでも戦えていたので渡していなかった。

 ・・・与えていればまだ奏太は生きていたかもしれない。

 と後悔しても、もう遅い。

「お?勝負中に考え事かルノ。いただけなぇなぁ」

 気づけば目前にムジナが迫っていた。

 顔めがけて飛んできた拳を飛んで回避。

「おい、飛ぶのかよ!ハンデはどうした」

「我は肉弾戦が苦手じゃ。それに、ずっと座ったままやるとは言ってないぞ?」

「そうだったな!」

 ムジナはなおも近づこうとする。我は火の壁を出しながらそれに応戦する。

 だが、壁を避け、さらにスピードを上げたムジナに追い付かれてしまった。そして、

「しまっ」

「ふふふ、やったぞ」

 遂に首をつかまれてしまった。魔力が吸われていく。

「終わりだなぁ?」

「と、思うじゃろ?」

「なにぃ?」

「『ブレイズクロス』!」

 火の十字架がムジナの少し後ろに出現する。

「『ブレイズチェイン』」

 首から手が離れムジナが十字架に縛り付けられた。

「くそ!こんなもの!」

「どうじゃ?お主が大嫌いな十字架に縛り付けられた気分は」

「・・・最悪だよ」

「そうか、すぐに楽にしてやろう」

「な、まさか」

 そのまさかである。

「さらば旧友」

「待て!」

「『インパクト』!」

 再度起きた大きな爆発により、ムジナの気配が消えた。

 それを確認し、出してあったゲートをくぐりアーウェルサへ向かった。


 ゲートのその先はよく見慣れた世界だった。

 地面からマグマが噴出し、針の山があり、血の池がある。

 ほんの数週間帰らなかっただけでなつかしさが込み上げてきた。

 だが、感傷に浸っている場合ではない。早いとこ奏太を見つけなければならない。

 アーウェルサはたくさんの島が浮いた世界で、悪魔や吸血鬼、魔族の住むところは世界の最下層にある。

 一番上の層が天使族や神などが住む島。

 そのすぐ近くに、死んだ人間を管理する島がある。そこに向かえば奏太の行方も分かるだろう。

 各島同士をつなぐテレポーターを使い、その島に向かう。

 ついてすぐ目の前に大きな門と2人の門番とみられる男女が目に入った。

 2人の男女は我を見るなり叫んだ。

「あなたは悪魔族ですね?」

 と、天使族の女。

「ここにはきちゃいけないって習わなかったか?お嬢ちゃん」

 こちらも天使族の男性。

「うるさい!そんなことよりも奏太に!堀井奏太に会わせとくれ!」

 一気にまくし立て言う。

「あぁ、ゲームの参加者ですね。残念ですがお会いすることはできません」

 さすがは天使族というべきか、優しそうに女は言う。

 だが、納得できない。

「入れろ」

「お嬢ちゃん。そもそも悪魔は出入り禁止だ。一応いるのかどうかは調べてやるよ」

 こちらはやや乱暴な口調な男天使。

 いるかどうか?

「いるに決まっとるじゃろ。奏太は我の前で・・・」

「死んだのは?」

「今日じゃ」

「今日?ねぇ、貴男、今日って死んだ人いないわよね?」

「そうだな。昨日はいたが」

 どういうことじゃ?奏太は一体どこへ消えた?




「久しいな、アーク・トリア」

 黙る俺に目の前に立つ青年は続ける。

「それとも、今はこう呼んだ方がいいかな?堀井奏太くん!」

「はぁ。別にどっちでもいい。呼びたいように呼べ」

 適当に返し、現状を思い出す。

 俺はムジナに確かに殺された。そして、ここは人間が死後に訪れる場所。アーウェルサだ。

 こっちで意識が戻り俺は、白を基調とした神殿のような建物にいた。建物の中なのに水が流れている。

 建物の外には大小さまざまな浮き島と建物が見える。

「で、トリア。戻ってきた感想は?」

「感想も何も、今まで忘れていたんだからなつかしさも感じねぇよ」

 そう、忘れていた。俺が元々こちら側にいたことを。

「んなことよりも、俺の両親は?」

 普段家に帰らなかった両親はここで働いている。当然帰ってこなかったわけである。

「今日も元気に門番業をしているよ。最近は暇そうだけどね」

「暇の原因はお前だろ」

「神に向かってお前とは。口の利き方がなっていないぞ、秘書官トリア」

「うるせぇよ。今更口の利き方とか言われても元から俺はそうだろ」

「そうだったね」

 俺と目の前の男、神は家が近所ということもあり、幼馴染という関係だ。

「お前の気まぐれのせいで地球は変わっちまったよ」

「そうでもないでしょ?人間はみんな力を欲しがっていた。トリア、お主以外はな」

「じゃあ、ルールを変えろ。わざわざ殺し合いなんてさせる必要ないだろ」

「いやいや、それだと人間がどれくらい戦えるのかわからないでしょ?わたしの目的はここに来た最強の人間と戦うことなんだよ」

「なんでまた」

「人間が大好きだからさ。アーウェルサを統べていても干渉することのできなかった人間界。やっと人間が死ぬ以外で認識される時が来た。これほどまでに嬉しいことはないよ」

「あっそ」

 昔から人間好きは知っていたが、ここまでだっただろうか。

「さて、トリアよ。これからどうする?」

「どうするとは?」

「今から時の神に会いに行くのか、ということさ」

 そういえば、こっちでの記憶は戻ったが、人間の失われた記憶は今でも思い出せない。けど、

「もう行く理由がないな。あいつらともう会えないのなら思い出す必要もない」

 約束は果たせなかったがこれはこれでよかったように思う。

「はぁ、違うよトリア。私が言いたいのはね、あいつに頼めばこっちでの記憶を保持したまま人間として生き返られるって意味で聞いたんだよ」

「あいつそんなことできたっけ」

「うん」

 生き返る、か。人間の世界は確かに楽しかった。だが、今更生き返ってどうしろというのだろう。記憶はあっても、今の人間界は力がなければ生きられない。

「うんうん。やっぱそう思うよね。けどトリア。これを見ればきっと生き返りたくなるよ」

「催眠術でも始めたのか?」

 そんな冗談を華麗にスルーして神は何もない空間からモニターを出現させた。

 そこに映し出されたのはムジナと、瓦礫の山。

「おい、なんだよこれ」

「ムジナ君が地球を滅ぼしたんだよ。お主が死んだ後にね。んで、これは終わった後の札幌」

 札幌・・・?空はガスで覆われていて、人の姿もまともな建物もないここが?

「信じられない。そんな顔をしているね。けどこれは事実。人間は、ゲームを勝ち抜くことが出来なかったのさ」

 神は残念そうに言う。

「だから、トリア。いや、堀井奏太。お主は過去に戻り、この吸血鬼を殺せ。いいか?これは神からの命だ」

「神の命か。なら、俺には逆らえないな。だが、俺が勝ってもいいのか?」

 俺は人間ではないのに。

「ああ、大丈夫。向こうではちゃんと人間だし。それと、お主がこのゲームを勝ち抜くことが出来れば、元コントラクターを無条件でこちらに来ることのできる権利を与えよう」

「おお!マジか!なら、まだやる気が出るよ」

 俺がもう一度戦いに身を投げ出すことを決意したその時。

「奏太ー!」

 聞き覚えのある声が頭上からあたりに響いた。

「ルノ!」

「奏太!」

 ルノは浮遊し俺の胸に飛び込んできた。少し照れる。

「待て待て!」

 神が何か慌てているようだが・・・?

「どうした?」

「どうしたじゃない!天使と悪魔が慣れ慣れしくしてはいけないって決めたでしょ?」

「「知らん」」

 凄く久しぶりにルノに会った気がする。俺はルノを抱きしめた。

「奏太はこっちの世界の住人だったんじゃな。労働島にいないので門番の力を借りて探していたのじゃ」

 門番はきっと俺の両親だと思うが黙っていた。

「俺は天使族アーク・トリア。神の秘書官だった。今は、悪魔と契約を交わした人間さ」

 そう言ってルノに微笑む。

「トリア、今すぐそいつから離れるんだ」

「なんで?」

「なんでもなにも、悪魔との契約は危ないって習っただろ?」

 その言葉にルノが反論する。

「今更何を言ってるんじゃ?」

 まったくもってそのとおりである。

「この、ロリ悪魔との契約は危なくない。それは俺が自信をもって主張できる」

「それは今までの状況から知ってる。けど、これから何もないとは限らないだろ?ムジナ君が地球を滅ぼす原因を作ったのも彼女だし」

「「え?」」

「ムジナ君はそこのロリっ子にハンデをかけられ、負けに追い込まれた。が、殺し合いだったのにもかかわらず殺すことなくロリっ子はアーウェルサに帰還。そのことに情けをかけられたと思った吸血鬼は怒りから地球を滅ぼした」

「じゃあ特にルノが悪いってことはねえな」

「はぁ。何があっても知らないからね。せっかく神直々に忠告しているのに。このロリコンが」

「おいおい、ロリコンはやめてくれ。さて、行くぞ?ルノ」

「まだじゃ」

 ん?ああ、何するか伝えてなかったっけか。

「そうではない。ロリっ子とかロリ悪魔とかやめてくれんか?」

「「だってロリじゃん」」

 俺と神は一発ずつ痛くない腹パンを受けた。


「久しぶり、メチ」

 ルノをなだめ、神と別れた俺たちは少し寄り道をして時の神、メチのもとに向かった。

「お久しぶりです。アーク・トリア殿」

 メチもまた家が近い幼馴染。だが、メチは美人なお姉さんというイメージでアーウェルサ中に知られている。よく透き通る美声で陰で女神と呼んでいる奴らも少なくない。

「堅苦しいのは無しにしようぜ」

「クスクス。そうですね。・・・おや?そちらのお子さんは?トリア、いつの間に子供が出来たんですか?」

「いや、違うからな?っていうか、知ってるんだろ?」

「ええ、もちろんですとも。時の神ですから」

「じゃあ、俺らが来た理由も」

「存じておりますとも」

 なら話は早い。

「俺らを人間界に戻してくれ」

「・・・嫌です」

「え?」

 今なんて?

「嫌だと言ったのです。また危険な戦いに身を投じるのでしょう?」

「まぁ。そうなるが、心配してくれてるのか?」

「幼馴染ですから。このまま秘書官として過ごせば平和ですよ?」

「人間界を救えるのは俺しかいないんだ。それに、神の命だしな」

 俺は笑ってそう言った。

「そうですか。貴方の意思は固いようですね。それに、神の命には逆らえませんしね」

「そういうこった」

「では、そこの魔法陣にお立ちください」

 言われた通り、地面に書かれた白い魔法陣の上に立つ。

「では、どの時間に行きますか?」

「ムジナと戦闘した日の朝で頼む」

「承知しました」

 そう言って、メチは魔導書を開き読み上げる。

 すると、魔法陣が淡く光り始めた。

「それでは、ご健闘を祈ります」

「おう、ありがとな」

 そう言うのと、白い光が俺らを包んだのはほぼ同時だった。

「ッ・・・」

 あまりの眩しさに目をつぶる。

 目を開くと光はなく、見慣れた自分の家のリビングだった。

 日付はあの時と同じ。ソファには拘束された優衣が眠っている。

 今から夜まではあの時と同じ行動をし、ムジナと戦闘する。作戦はちゃんと寄り道した時に立てた。

 さあ、夜が明ける。




「なぁ、奏太」

「どうした?」

「暇じゃ」

「しょうがないだろ、俺らはあいつの場所を知っていて探す必要がないんだから」

 現在は、優衣を振り切り、テレビ塔で時間をつぶし、札幌駅の屋根にいた。

「暑いー」

「じゃあ、中に入るか?」

「いいや、やめておこう」

 吸血鬼の下僕がそこかしこにいることをルノはちゃんと覚えていたようだ。

「そうじゃ、今のうちに聞いておきたいことがある」

「聞きたいこと?」

「そうじゃ。奏太は、アーウェルサの記憶はあるんじゃな?」

「あるよ?それがどうかした?」

「17年前、アーウェルサで起こった出来事を覚えているか?」

 17年前というと確か、俺が人間界に来るときに転送ゲートじゃなくて間違えて転生ゲートをくぐってしまった年だ。それは、

「俺がこっちに来る原因の出来事だな。忘れるはずはない」

「まぁそうじゃろうな。あれを起こしたのは我とムジナじゃ」

「え?」

 驚かずにはいられない。




 17年前。

 アーウェルサは地球くらい大きな空間に大小様々な島が浮いている。島によって気候は違い、住む種族も異なる。

 天使族は最高層に、魔族は最下層に。二つの種族が相容れることはなく、支配力を持っていたのは天使族だった。

 そんなある日。俺が人間界に行くことになった事件の日のこと。俺は今の神と、時の神であるメチと食事をしていた。

 神にも当然食事は必要で、秘書官である俺も一緒に食事することも少なくなかった。

 少なくなかった、というよりかは毎日の食事を共にしていたと思う。だから、それは普通の出来事であり、ごくごく普通の日常だった。

 だが、その日常は空間が180度回転したことで崩れた。

 最高層に住んでいた天使族の島は最下層に、魔族の住む島は最高層に位置した。

 最高層に近づくほど魔力の質は高まり、天使族は支配力が高かった。だが、空間の入れ替えにより立場は逆転した。

 魔族はこれを機に天使族の住む島へと攻め込んだ。

 神を殺せば次の神は殺した者となる。それはアーウェルサでの常識であり、当然神も簡単に死なない力を持っている。

 だが、状況が悪かった。魔力の質の低下。それは神にも通用し、神よりも力のない天使族は戦う力をほとんど失い、魔族たちの為すすべもなく殺されていった。

 俺自身も魔力の質の低下による影響を受けていなかったわけではない。だが、秘書官は仕事の補佐だけでなく、神を守らなくてはならない。その思いに駆られ、俺は魔族と戦い続けた。

 それでも、天使族は追い込まれた。元々戦う力のない民と、メチ、俺、神の3人。気づけばそれくらいしか残っていなかった。

「おい!どうするんだ!?」

 さすがに焦った俺は神に問う。それでも神は冷静に言う。

「トリア、お主は逃げろ」

「はぁ?何言ってんだ。今更逃げられるかよ」

「聞いてくれ。まだ、この戦いが起こった原因がわかっていない。それにこの状況、最悪の場合だが天使族が全滅する可能性がある。それだけは絶対に避けたい。わかるな?」

 いつになく真剣な声音。神も焦っている。

「わかった。護衛は俺だけじゃないしな」

 そう言って、神に向かってくる魔族を蹴散らしているアースゴーレムを見る。

「で、俺はどこに行けばいい?」

 近くて妖精の住む島。遠くて水のない砂漠の島。そう予想していた。だが、

「・・・人間界だ」

 一番近くて遠いところを、神は指定した。

 異論はなかった。人間界はあこがれの場所だ。だが、逃げる先としては適していないように思えた。何かあってもすぐに救援に向かえない。

「わたしとメチ、護衛がいれば大丈夫さ。ひと先ず人間界に行き、休息をとってくれ。神からの命令だ」

 神に仕える俺は、その命令に逆らうことが出来なかった。

「さぁ、早くあのゲートをくぐるんだ」

 神が指差す方には2つにゲートが並んでいた。人間が転生する用のものと、アーウェルサにいる奴らが人間界に行く用のもの。

「どっちのゲートなのかは分かっているな?」

「あぁ。右だ!」

 そう言って俺はゲートに飛び込んだ。

「違う!そっちは転生よ・・・」

 そんな神の制止は聞こえていなかった。




「見事転生を果たした俺は、神の手により記憶を失った赤ん坊として今の家に住まわせた。両親も少しだけ人間界で俺の世話をした、らしい。」

「奏太も間抜けじゃな」

「うるさい。そもそもこうなったのがお前らに原因があるってことなんだろ?」

「そうじゃ。アーウェルサの中心に神器の保管島があるじゃろ?」

「あるな」

 先祖代々、神が辞職するときに使われていた武器、武具は神器として中心の島に保管されるのを俺は思い出した。

「そこに、空間を曲げる砂時計があるんじゃが・・・」

 そこで、ルノは言葉を切った。

「はぁ、お前とムジナがそれにいたずらしたんだな?」

 重々しく頷くルノの頭を撫でた。

「すまぬ」

「いいよ別に。戦いは無事終わったんだろ?」

「まぁ、天使族の被害は大きかったようじゃがな」

 まぁ、そうだよなぁ。

「じゃが、あの時の神が時間を戻して死んだ奴らは生き返ってたぞ」

 さすがはメチ。いい仕事をする。

「よし、日没までもうちょっとだ。気を引き締めるぞ」

「うむ」

 沈みかけている太陽を見て俺らは戦闘に向けて準備を進めた。


 日没。

「奴の魔力が高まってきておるな。そろそろ行くか?」

「ああ。決着をつけに行こうか」

 そう言ってクスリと笑う。準備はオッケー。秘策もある。問題ないはずだ。

 例の屋上に到着。そこには黒い魔力が渦巻いている。

 それは人の形となり、本体が姿を現す。

 ここまでは、俺の知っている状況と全く同じ。

「あ~あ、あんなのチートだろ。何で音ゲーなのに止まったり早くなっグボォェ?」

 最後まで言わせることなく槍を突き刺す。さらに魔力を放出し後方へ吹っ飛ばす。

 ムジナは腹部に大きな風穴をあけ倒れた。

 だが、何事もなかったように立ち上がる。

「なんだぁ?お前。・・・お、ルノじゃん」

 最後まで言い終わるころには傷は完全に修復されていた。吸血鬼の生命力は非常に高く、どんな傷でもすぐに治る。

「ルノよ、久しぶりだなぁ?どうした?怖い顔をして、我輩と遊びに来たのか?」

「まさか。我らはお主を殺しに来たんじゃよ」

 ルノは笑ってはいたが、目には強い決意を持っていた。

「我輩を殺す?面白くない冗談だなぁ」

 とりあえず、優衣がここに合流する前までには終わらせてしまいたい。

 俺は、アーウェルサで入手していたポーションと呼ばれる飲料薬を飲み干す。

 タイムスリップする前、寄り道した時に買っておいたものだ。

(ありゃアーウェルサのもの?あいつは人間だよなぁ?じゃあ、ルノが持ってきていたと考えるのが妥当か。どちらにせよ、はっきりさせといた方がよいだろうな)

「おい、貴様ら。それって」

「答えられない」

 ムジナの言葉を遮り、俺は能力を発動する。

 毎度おなじみ火で作られた槍。数にして50本以上。その槍先全てがムジナに向けられ囲んでいた。

 ムジナはそれを溶かそうと1本の槍に顔を近づけた。ムジナの舌が火の槍に触れた、その瞬間。

 ―ズドォォォン!

 激しい光、音と共に槍が爆発を起こす。

 1つの爆発をきっかけに他の槍も次々と爆発し、ムジナは深い黒煙に包まれた。

「ルノ、どうだ?」

 手ごたえはある。だが、ルノは首を横に振った。

「残念じゃが、まだじゃ。まだ確かな魔力が残っとる」

 煙が徐々に晴れ、その中に立っていたのは、鱗に覆われた吸血鬼。そして何より、あの鱗には見覚えがあった。

「この間、ドラゴンを吸収しておいてよかったぜ。人間もなかなか面白いことをするなぁ?」

 体の一部を覆う鱗。間違いなく龍化した玄魔と同じだった。

 だが、俺は慌てない。

「吸血鬼の一部は血だけじゃなくて、他種族の特徴も得られるんだったっけか?」

「そうじゃな。これであの日にドラゴンの死体が消えたことも説明がつくな」

 玄魔が疑問に思っていた死体の神隠し。それは、太陽にさえ当たらなければ動くことが出来る吸血鬼が起こしたものだった。なにしろ、あの日の天気は曇りだった。

「何だ?来ないのか人間よ。ならば、我輩から行くぞ!」

 ムジナは両手に生やした鱗を盾に突進してくる。

 玄魔ほど、ではないがまずまずのスピードだ。だが、

「グッ・・・?なんだ?」

 小規模な爆発の中ムジナは呟く。

 少し前まであの鱗は厄介なものだった。そう、少し前までは。けれど、魔力の扱い方を完全に思い出した俺にとってドラゴンの鱗は、豆腐を切るように簡単に切れた。

 そして、この槍。とても見覚えのあるものだ。

「ルノ、これ神器だろ?」

 ルノは頷く。

 神器・漆熱トライデント。魔族がアーウェルサの神だったころの武器。神器の保管島にあったものの一つだ。本来、保管島の物は持ち出し禁止のはずだが、ここは緊急事態ということで目を瞑る。

 漆熱の特徴は槍先が熱くなっているだけではなく、魔力を込めることで槍先の形状を変えることが出来る。

 今突撃してきたムジナに対しては、薙刀のような形にし鱗を全て剝ぎ取った。

 鱗がなくなったムジナは茫然として動かない。

「もう終わりか?」

 それでもムジナは動かない。

(どうやら、我輩がかなう相手ではなさそうだ。少なくとも、今は)

 後半はよく聞き取れなかったが、俺は勝ちを確信しムジナに向かって三又の槍を刺した。

 ポーション効果により爆発が起こる。

 爆発によって起こった風に揺さぶられながらも視線はムジナから外さない。きっとまだ死んでいない。だが、それがいけなかった。俺は後ろから高速で近づいてくる襲撃者に気付けずにいた。

 首に走る鋭い痛みと共に血が吸われていく。

「奏太!」

 ルノが大きな声を上げるが、ムジナと比べると吸血スピードが遅い。俺は、襲撃者・優衣の首元をつかみ離れさせた。

 思っていたよりも多くの血を持っていかれていたようで、軽く貧血状態になる。

 優衣が能力を使えるということは、やはりムジナは生きている。

 煙が晴れると、そこには無傷のムジナが立っていた。

 ・・・不死身かよ。

「・・・ムジナ?大丈夫?」

「あぁ、愛しの優衣!我輩は大丈夫さ」

 最も避けたかった2人そろうという事態が起こってしまった。優衣に被害をださずにムジナを仕留める方法。当然想定内である。

「ルノ、優衣は任せた」

「うむ、任された」

 ルノはそう言い、何もない空間から魔導書を出した。

 魔導書はメチが持つ、いろいろな力を魔力を消費しずっと使えるものや、アーウェルサで普通に売っている、好きな魔力を込める代わりに使い捨てという2種類がある。

 今回の場合は後者。俺本来の魔力が魔導書にこもっている。

「魔なるものよ。深い眠りにつきその身を改めよ」

 ルノが魔導書を読み上げる。すると、俺に回りこもうとしていた優衣の足元に白い魔法陣が現れ結界が張られた。

「少し眠っといてくれ」

 結界の中で優衣は眠っている。音は届かず衝撃が中に伝わることもない。そして、魔族が触れればたちまち浄化される。コントラクターは浄化されないようだが、これで優衣を気にせずに安心してやれる。

「はぁ」

 ムジナはため息をついた。

(2人ならなんとなくなると思ったが、あの結界は我輩にはどうしようもできないな)

「なら、死ぬ覚悟はできたか?」

 ムジナはこくりと俺の問いに答えた・・・わけではなかった。

 ムジナの右手が、機械に変わっていた。

「ありゃ機械族の!」

 ルノが目をまん丸にして驚いていた。その気持ちは俺もおなじだった。

 機械族は、アーウェルサで最も遅く誕生した種族。ロボットたちなので当然血は流れていない。なのに、どうやって吸収したのだろう。

 答えが出るよりも先にムジナが右手からレーザーを放つ。

「死ねぇ!人間!」

 避ければ町は壊れ、避けなければ死ぬ。

「『ブレイズウォール』!」

 咄嗟に火の壁を作り出す。だが、火を通して見たムジナの顔は笑っていた。

 レーザーは壁に当たらず、方向を変え優衣のいる結界に当たった。

 だが、魔族の攻撃は効果がない。・・・はずだった。

 結界にひびが入り、それは大きくなり崩れた。

「おいおい、嘘だろ?」

 こんな事例は初めてだ。魔族が他種族の武器を使った場合はそっちが優先されるのか。

 結界が割れたことにより目を覚ました優衣は俺めがけて高速移動してくる。手には鞭。

 槍先をナイフのように変え応戦する。

 優衣の右腕が飛んだ。けれども、動じることなく優衣は立ち上がる。

「・・・さようなら。お兄ちゃん」

 その優衣の姿に俺は見覚えがあった。今朝の夢。ルノが死に、目の前に現れた女の子のシルエット。それと同じだった。

 ・・・予知夢?だが、ルノは死んでない。それに、さようなら?

「奏太!よそ見をするでない!」

 ルノの言葉にハッとなる。ムジナがすぐそこまで迫っていた。

「っち!『ブレイズウォール』!」

 いきなり、何の前振りもなく出現した火の壁を軽々と避けたムジナは、次に出現したものを見て動きを止めた。

「『ブレイズクロス』」

 それは、とても大きな火の十字架だった。

 吸血鬼の弱点は十字架とニンニク。

 特に十字架は吸血鬼が見ると力が失われていくほどの代物だ。ましてや、天使の俺が作り出した十字架は効果絶大だったようで。

「うう、あ、があぁ」

 体から黒い靄が出てきている。

 押すなら今だ。

「『ブレイズチェイン』」

 火の鎖が十字架から出現し、ムジナを貼り付けにした。

「ぐあぁ・・・この程度、で・・・我輩は」

「無理するのもよくないぜ?今、楽にしてやるよ」

「・・・ダメ!」

 右腕のない優衣が止めに入る。だが、それよりも早く能力が発動した。

「『インパクト』」

 十字架が激しい爆発を起こした。もしかしたら、ビルの屋上が軽くなくなったかもしれない。

 インパクトはルノから貰ったもう一つの魔力。それに加えポーション効果。通常の倍以上の爆発がゼロ距離でムジナを襲った。さすがに、死んだであろう。

「そのようじゃな。奴の魔力が消えた。それに、バングルも外れとるぞ?」

 そういうルノの視線の先には、左手からバングルが外れ、死にかけている優衣が倒れていた。

 右手が切断されたままで血がこれでもかというくらい溢れている。

 今死んでもらっては困る。今死ぬと、俺が人殺しをしたということになってしまう。それだけは絶対に避けたい。

 俺は優衣にかけより、赤色の液体が入った瓶を取り出す。

「待て奏太。ここで治癒のポーションを使うつもりか?」

 治癒のポーションは、対象の心臓さえ動いていればどんな傷でも治ってしまうというアーウェルサでも大変貴重なものだ。

「それを、今使うよりも残しておけ。絶対にその方がいいじゃろ」

「だが、それだと」

「我に任せろ。こいつが奏太の傷で死ぬ前に我が殺す。それでいいな?」

「ん。任した」

 そう言って。ルノと優衣から距離を置いた。さっきから、具体的にはムジナが死んだくらいから貰った端末が振動している。

「もしもし?」

 通話相手を確認せずに応答する。

「おめでとう!アーク・トリア」

 俺は黙って電話を切った。聞き覚えのある男の声で、向こうでの俺の名前を知っている奴は一人しかいない。

 ぶぶっと、端末が小さく揺れる。今度はメールのようだ。

「えーと・・・?『件名:神からの電話を切るなんてひどくない!?本文:勝利おめでとう、堀井奏太。お主のおかげで未来は変わった。これからも人間のために頑張ってくれ。それから、気を付けて』か。やっぱり神だったか。意味深長に終わらせやがって」

 何に気を付けろというのだろうか。他のコントラクターだろうか。と、また端末が揺れる。

「またか・・・『件名:それから 本文:北海道を全て征服したことにより端末の機能が増えたから確認するように』・・・了解」

 端末の新機能・・・殺す系じゃなきゃいいのだが。

「か、奏太!」

 突如としてルノが叫んだ。が、声音に焦りはない。俺は落ち着いたまま後ろを振り返る。

「どうした?」

「重いから代わっとくれ」

 ルノが優衣に潰されて倒れていた。

「・・・何してんの?」

「下僕にし終わったから運ぼうと思ったんじゃよ」

 その結果がこれか。

「ケガは?」

「我はないぞ」

 我は?

「・・・優衣は?」

「多分ないぞ。仮にあったとしてもすぐ治るから問題ないじゃろ。それよりも、早くこ奴をどいてくれ」

「はいはい」

 優衣をルノから離し背中に乗せる。

 優衣はとても気持ちよさそうに眠っている。その寝顔を見て俺の思考は一瞬だけフリーズする。

「・・・かわいい」

 ボソッと口に出てしまった。

「ん?何か言ったか?」

「いや何も?」

「本当か?」

「うん」

「ふーん、まあよい」

 ルノが納得したのかはわからないが、とりあえず引き下がってくれた。

「で、こ奴はどうするんじゃ?」

「そうだな、優衣の出身地さえわかればいいんだけど」

 とりあえず両親の元に返さなけらばならない。優衣は一応死んではいるが、下僕はこのゲームの中では普通の人間だ。早くいつも通りの日常に戻したい。

「端末の機能を使えばいいじゃろ」

 ルノの提案に俺は不服申し立てる。

「端末で調べられるのはコントラクターのことだけだろ?優衣はもうコントラクターじゃない」

 だが、ルノは意にも介さずに行った。

「そのための新機能じゃよ。知らんのか?天使なのに」

「ゲームに関していえば何も知らねえよ。知ってるのは種族くらいだ」

 そう言いつつ優衣を落とさぬよう端末を開く。

 新しいアプリがインストールされていた。

 アプリ名は『サーチ』。アイコンは虫眼鏡。間違いなく検索ツールだろう。

 アプリを開くと、単語もしくは画像から物事を調べられる検索ツールだという注意書きが現れた。

 ゴーゴルや、ヤッホーのような大手検索ツールと違うのは、情報が随時更新され個人情報まで調べられるということ。

 犯罪臭がムンムンするアプリだ。

 あまり気は進まないが優衣を家に帰すには使うしかないだろ・・・。

「いってえ!」

 いきなり右耳に激痛が走った。

「おま、起きてたのか」

 いつの間にか目を覚ましていた優衣にどういうわけか耳を嚙みつかれた。

「・・・おはよう、お兄ちゃん」

「え、ああ、うん。おはよう」

 よくわからない子だ。耳を噛みついたことには何も触れてこない。俺も言及はしない。何はともあれアプリを使う必要はなくなった。

「なぁ優衣。お前ってどこから来たんだ?」

「・・・お母さんのおなかの中、だよ?」

 うん、そうなんだけど。

「えっと、家はどこにあるんだ?」

「・・・えりも町」

 まぁ、ずっとそこにいたのだから予想はついていた。

「今からお前を送ってく。ただ、えりも町には言ったことがないからさ、道案内、頼める?」

「・・・うん。任せて」

「ルノは?」

「当然行くに決まっとる」

 即答である。

「よし、行くか」

「うむ」

「・・・うん」

 俺は屋上の一部がなくなったビルを見て苦笑し、その場を後にした。

 こうして、俺の北海道征服は終わった。他のコントラクターが攻めてこない限り俺の征服は進むことはない。だが、その方が平和であることは違いない。しばらくは平和、そのことに俺は安堵する。

 ・・・何か、忘れているような。まぁ、いいか。




 お兄ちゃんの背中に揺られながら、私はここ2週間程を思い出していた。

 昔からファンタジーな世界に憧れていた私の前に、夢の中でムジナという王子様が現れた。

 私は夢の中でなぜか多くの物に追いかけられていた。何に追いかけられていたのかははっきりとは覚えていない。けど、人の見た目をしていなかったことは確かだ。

 もうどれくらい走ったのかも分からない。汗びっしょりで腕に力が入らない。もう少しで追いつかれる。そう思った瞬間、足がもつれて私は転んだ。

 追ってはもうすぐそこまで来ている。何をされるのかはわからない。早く夢から覚めたい。そう思い目を閉じた。

 だが、追っていたものの足音が消え、やがては遠ざかっていった。

 うっすらと目を開ける。

 そこにいたのは、得体の知れない集団ではなく、背が高くて上半身の筋肉がムキムキの、少しファンタジーっぽさはなかったけど、王子様だった。完全に一目ぼれだった。

 王子は私を舐めまわすように見た後に言った。

「我輩はイラタゴ・ムジナである。お前、かわいいな。我輩と契約する気はないか?」

 自分の呼び方と名前が変わってるなって思った。けーやくの意味も分からなかったけど、とりあえず頷いておいた。

「よし!ではお前にはこれを与えよう」

 気づいたら左手にわっか、右手にスマホを持っていた。

「・・・これは?」

「特に気にしなくていいぞ?恐らくお前が使うことはないからな」

「・・・ふーん」

 なら何で渡したんだろ。

「・・・ねぇ、けーやくって?」

「約束さ」

「・・・約束?」

「あぁ。我輩が力をあげるかわりに地球を征服する」

「・・・せ-ふく?」

「まぁ、気にするな」

 結局何もわからなかったけど、けーやくすればこの人と一緒にいられるんだなって思った。

 そしたらいきなり、目の前が真っ暗になった。

「い・・・優衣!起きろ」

 王子、ムジナの声がする。さっきのは夢だった、はずなのに。

 目を開けるとムジナと目が合った。

「おはよう!優衣」

「・・・うん。おはよう。今、何時?」

「13時ちょうどだ」

 長い夢を見たせいか、長く寝すぎた。

「二度寝をしたせいではないのか?」

「・・・そうだっけ?」

 確かに1回起きた気もする。

 立ち上がると、何かが違うような気がした。そう言えば力を与えるって言ってたっけ。

 不思議そうにしている私の頭を不意にムジナが撫でてきた。

 照れる。それと同時に、なぜかは分からないがムジナの腕が欲しいという衝動に駆られ、気づけば体が動いていた。

 ムジナの背後に立ち、先ほどまで自分を撫でていた腕を手にしていた。

「・・・あ、あれ?」

 慌てる私に対し、ムジナは落ち着いていた。さすがは王子様。

「もうここまで扱えるのか。さすがはコントラクター・・・」

 コントラクター?不思議に思ったのが伝わったのかムジナは説明する。

「コントラクターは人外と契約をした人間のことだ。特別な力を得ることが出来る。我輩は吸血鬼。お前は血を吸えるようになる」

 それを聞き試したくなる。持っていた右腕に嚙みついた。

 血が口に入り、

「ゲホッ、ゴホッ。おいしくない」

 あまりの苦さに思わず吐き出す。

「すまん。我ら魔族の血はおいしくないのだ」

 先に言ってほしかった。

「まさかいきなり吸うなんて思っていなかったしな。まぁいい。力の説明は必要か?」

「・・・いらない」

 そう言うと同時にムジナの左手を奪う。

「あのー優衣?」

 後ろから戸惑うムジナの声。

「・・・これで、大好きな人の両腕は私の物。次は、足を・・・」

「ストップ。ここでやれば床が汚れるであろう?」

「・・・ねぇ、腕、なくても平気なの?」

「無視か?はぁ、我輩は腕がなくても平気だ。とりあえず、優衣。落ち着け」

 ?私は十分落ち着いている。慌てているのはムジナだ。さて、次は。

「ちょっ、待て優衣。話を聞いてくれ。それが終わったらな?な!?」

 あまりに必死な姿に笑ってしまう。

「・・・わかった」

 場所を森にある小屋に移してムジナから説明を受ける。

 地球で殺し合いが始まった。この辺は私が起きる前にムジナが済ましたらしい。殺し合いに勝つことが出来れば、異世界に行ける。そこには、妖精もいるらしい。

 それを聞いて私はムジナを相手に戦いを学んだ。

 3日後。札幌で堀井奏太という人が別のコントラクターを殺したらしい。

 さらに1週間後。また堀井奏太と別のコントラクターが戦っているらしい。ムジナはそれを見に行った。

 天気が曇りだと外に出てもいいらしい。

 戻ってきたムジナを見て息を飲む。体を鱗が覆っていた。ドラゴンをきゅーしゅーしたらしい。

 勝ったのは、また堀井奏太。

 北海道のコントラクターは私とその人だけ。

 その人を殺せば私は北海道で一番になれる。

 最後くらいは私がやりたい。そう言って、ムジナの制止を無視して夜に札幌へ行った。

 その後は・・・思い出したくない。

 ムジナは私にとっての王子様。気づいたらいなくなってたけどそれは変わらない。きっとまだムジナは生きている。

 ムジナと過ごせて、私は幸せだった。

 私は、お兄ちゃん、堀井奏太の背中をぎゅっと掴み、涙を流しながら深い眠りについた。

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