第2章~真夏に消えたセーブデータ~

 ダークエルフとの激闘から3日たった日のこと。

「奏太よ。暑い」

「うん。俺もだ」

 8月の上旬。札幌の気温は30度近くまで上がり、今日は猛暑日だ。

 家中の窓を開け、扇風機まで完備しているのにも関わらず俺の家は一向に涼しくなる兆しをみせない。

 こんな時はアレに限る。

「アレとは何じゃ?」

「夏場のアレと言えばアレしかないだろう」

「だからアレとは何じゃ。アーウェルサに夏はないのじゃ」

 わー、なんていいところなんだろう。まぁ、行くにはこのゲームを勝ち抜かなくてはならないが。

「それで、奏太よアレとやらをさっさと教えろ」

「わかったよ」

 これ以上黙っていてもしょうがない。それに、暑い。

 キッチンに行き冷凍庫を開ける。

 そこから例のアレを2つ取り出す。

 そして戻ってきた俺に向かってルノは俺に言った。

「奏太よ、なんで左手に、その、排泄物を持っているんじゃ?」

 可哀そうなもの見るような目で言った。

 さすがに可笑しくなって笑った。

「なんじゃ?暑さで気が狂ったか?」

「違うよ。これはアイスクリームっていう人間の夏を乗り切るための必須アイテムさ」

 冷凍庫には今手にしている、バニラソフト、チョコソフトの他にも、カップアイスや棒付きアイスが所狭しと入っている。

 全て夏休みが始まる前に買っておいたもので、最近は暑くなかったので、夏休みが終わるまでもつだろう。

「ほい、ルノ」

 バニラソフトをルノに手渡す。排泄物と言った方をルノは受け取ろうとしなかったからだ。

「これが、必須アイテムのぉ」

 なんでそんなに疑うんだろ。子供はだいたい喜ぶものなのに。

「我は子供ではない!えーと、これは食べるのか?」

 アイスを食べる以外に使う方法があるのならぜひとも教えていただきたいな。溶かして飲む以外で。

 アイスを見たままルノは動かない。

「何だ?パッケージ開けれないのか?」

「いや、そうではないのじゃが」

 うーん。初めてアイスを見た人はここまで戸惑うのだろうか。それとも、ルノが悪魔だからか?

「なぁルノ」

「なんじゃ?」

「早く食わないと溶けてなくなっちまうぞ?」

 そういうと、パッケージを開けていたルノの手が止まった。

「ん?どうした?」

 返事の代わりにバニラソフトが飛んできた。

 慌ててキャッチしようとしたが、少し遅かった。

 少し開いたパッケージが完全に開封され、床に落ちてしまった。

「あぁ、貴重なアイテムが」

「ん?すまん。じゃが、それはいらぬ」

 床に落ちたからもうどうしようもないがな。

 自分のアイスをさっさと胃袋に収め、床を片付ける。

 その間ルノは全く動かず、目の焦点もあっていないようだった。

 熱中症、だろうか。けど、ルノの手が止まったのは『溶ける』という単語を聞いた時だった気がする。

「ルノ、大丈夫か?」

 頭を撫でながら聞いてみるが、まるで反応がない。それと、体温が下がっているような気がする。正直ルノの体温がひんやりしていて気持ちいい。今なら抱き着いても文句は言われな・・・こんなことしている場合じゃない。

「おいルノ!マジで大丈夫か!?」

「お・・・いた」

「え?」

 なんて言ったんだ。うまく聞き取れない。

「お腹・・・すい、た」

 そういうとルノのお腹がなった。

 確かにもうお昼ではあるが、

「大丈夫、なのか?」

「あぁ、大丈夫じゃ」

 体温も上がっている、気がする。

 それじゃあ何を作ろう。正直、俺はアイスを食べたから昼飯はいらない。ルノには何を作ればいいだろうか。

 ガスは相変わらず止まっている。というより止められている。電気と水が使えるだけましか。

 ガスは止まっていても火は使える。けど、熱くなるから使いたくない。

 どうしたものか。

 ―てててん、てててん

 と、考えが行き詰ったところで軽快なメロディーが聞こえてきた。

 音の発生源は貰った方の端末のようだ。電話だろうか。

「はい、もしもし?」

「ヤッホー莉佐だよ。元気にしてる?」

 耳元のスピーカーから元気な声が聞こえてきた。

「莉佐は元気そうだな。俺は暑くてだるい。あと、ルノが夏バテしてる」

「え!ルノちゃんが?」

「うん」

 莉佐に、アイスのくだりを事細かく伝える。

「食欲はあるみたいなんだけどさ、こういう時って何食わせればいいと思う?」

「うーん、なんだか普通の夏バテとは違う気がするんだけど、野菜はどうかな。栄養あるしお腹に重たくないし」

 なるほど、野菜か。冷蔵庫に食材はある。作れないことはないだろう。

「あ、そうだ。莉佐?」

「どうしたの?」

「いや、何か用事があったんじゃないの?」

 電話をかけてきたのは莉佐の方だ、何かあったのだろうと思ったのだが。

「あー。そうそう、元気にしてるかなぁって思っただけだよ。札幌の人も全員が下僕になったらしいしさ」

 きゅうりを切っていた手が止まる。

「全員が下僕に?」

「あれ?じゃあ違うのかなぁ。最近テレビでこのゲーム関係のニュース見なくなったからさ。みんな普通の生活に戻ったと思ったんだけど」

 最近テレビも見ないし、端末で他のコントラクターについて調べていなかった。確認する必要がありそうだ。

「情報ありがとう莉佐」

「ううん、ルノちゃんによろしく伝えておいて!」

「うん。じゃあね」

 電話を切り、きゅうりの輪切りを再開する。

 冷蔵庫からレタスとプチトマト、作り置きのポテトサラダをだしてお皿に盛りつける。

 これだけじゃ足りないよなぁ。

「いや、今は十分じゃ」

 普段は俺の倍は食べるルノが珍しい。

「マジでお前大丈夫か?」

「大丈夫じゃ。さっさと今の状況を確認せえ」

 そう言ってルノはサラダを食べ始める。

 本人が大丈夫というのなら、今はそれでいいだろう。

 莉佐の話曰く、札幌にいる人が全員だれかの下僕になった。それはつまり、北海道を征服するには他のコントラクターを倒さなければならなくなったということだ。

 だが、それは俺が当初思い描いていた状況になったということだ。

 この間の戦闘で人間を殺さずに征服する方法も見つけた。

 端末を使い北海道の征服率を確認する。


 ・神谷優衣 約35パーセント

 ・高島玄魔 約35パーセント

 ・堀井奏太 約30パーセント

 残りなし


 ふむ、俺以外の奴が5パーセントずつ増えている。どちらかがやったのか、それともどっちともやったのか。後者ならば、この二人が衝突していても不思議ではない。

 それを知るにはこの二人について調べる必要がある。

 バングルのせいでここもばれている。策を練るなら早い方がいい。

「ごちそうさん」

「おう、食器下げてちょっと寝てな」

 顔色が少し良くないように見える。

「そうじゃな、そうさせてもらう」

 そう言ってルノは俺の部屋に消えた。

 食器を片付けながらこれからのことを考える。

 コントラクター同士の対決しかないのだから、俺以外の二人が戦ってくれれば負担が減る。

 だが、他の二人がどこにいるのかによって考えが変わってくる。

 さっさと調べた方がよさそうだ。

 まずは、神谷優衣。小学四年生の女の子。契約は吸血鬼。能力はその名の通り吸血だ。征服範囲は、北海道の東側から南を占めている。現在の居場所は北海道の南、えりも町のようだ。行ったことがないのでどんな場所かは知らない。

 次に、高島玄魔。俺と同じ高校二年生の男。契約はドラゴン。能力は、龍化。征服範囲は北海道の南西にかけて。それから札幌も含まれている。こいつが札幌を征服したのは間違いないだろう。

 ちなみに、俺の征服範囲は札幌のごく一部。それから、北海道の北だ。当然、俺がやったわけではなく莉佐たちがやったものだ。

 さて、玄魔という男が札幌を征服したのは間違いない。問題はどこにいるかだ。

 正直、札幌にいない可能性は低いと思う。まぁ、あくまで推測なので確認しないとわからないが。

 ―ピンポーン

 マップを確認しようとしたところでインターフォンがなった。

 宅配だろうか。

 だが、カメラに写っていたのは、

「高島、玄魔」

 顔はさっき調べたので間違えようがない。マップのマーカーもここを示している。

 さてさて、どうするべきだ?

 突然の訪問に動揺し、考えがまとまらない。

 そうこうしているうちに、カメラから玄魔の姿が消えた。

「どこ行っ・・・」

「おじゃましまーす。久しぶりだね奏太」

 開いた窓から玄魔が入ってきた。

「奏太?知り合いか?」

 いつの間にか起きていた、いや、寝てなかったのかもしれないルノが聞いてくる。

「いいや、知らない。髪が金髪でピアスを開けて、高身長その上イケメンな奴なんて記憶に存在していない。久しぶりじゃなくて、初めましてだろ?」

「それは本気で言っているの?確かに見た目は変わったけどさ。名前くらい覚えてるでしょ!?」

 冗談だろ?という声が聞こえそうなほど玄魔は困惑している。たしかに特徴的というか、あまり聞かない名前だから一度聴いたら忘れそうになさそうなのだが。初めて聞いた名だ。そもそも、これは相手の戦術の一種と考えると油断はできない。

「本当に僕のことを覚えていないんだね・・・」

 玄魔はぽつりと言った。

「この傷を見ても思い出せないかい?」

 そう言い、玄魔は自分の前髪を上げた。

 そこには、左目の上から右目にかけて横一直線の傷跡があった。

 なにか、思い出せそうな、ないような。何かがでてくるが形になる前に消えてしまう。

 まぁ、思い出せないものはしょうがないだろう。

 相手を観察する。身長180前後。俺が170ちょいだから見上げる形となる。足が長くてイケメン。腹が立つ。

 すると突然、頭に声が響く。

(僕は奏太を許さない。けど、覚えていないならここは)

「一度引くよ」

 響いた声と玄魔の声がつながる。

 俺が返答するよりも前に玄魔は窓から飛び降りた。

 なんだったんだろう。

「なぁ奏太よ」

「どうした?」

「ちょっと我の目を見つめてくれんか?」

 言っている意味がよくわからないが、何かあるのだろう。言われた通りに見つめる。

 目を合わせるのは少し恥ずかしい。

(恥ずかしがっている場合ではない)

 また、頭に声が響く。これは、

(特性がちゃんと身に付いたようじゃな)

 特性。前にルノが言っていた、考えがわかるというやつか。

「よし、もういいぞ。まぁ、もともと見つめる必要などなかったのじゃがな」

 んだよそれ。

「そんなことより、奏太はあやつのことを本当に覚えとらんのか?」

「うん。俺さ、中一の夏ごろまでの記憶ないんだよね」

「なんじゃ、記憶にないというのは嘘ではなかったか。まぁ、明日になればわかるじゃろ」

 明日?

「明日ってなんかあったか?」

「聞いてなかったのか?奴はここからいなくなる時に『明日の正午、テレビ塔で決着をつけよう。その間に僕のことを思い出しといて』そういっていたじゃろ」

 何も聞いていなかった。明日、か。

「じゃあ思い出すよりも先に作戦を練ったほうがよさそうだな」

 明日、決着をつける気はないが。

「ん?何でじゃ?」

「だって、玄魔の能力がどんなものかわからないし、契約種がどんな奴かもわからないだろ?作戦の立てようがない」

 まぁ、強いて言うなら『戦略的撤退』が今回の作戦だ。




 翌朝。

 正午まではまだ時間がある。

 作戦は立てないといったが、何もしないとは言っていない。この時間に、火を使った新しい攻撃方法を考えたい。

 火をイメージするだけで、どんなものも作ることが出来る。だから、何をモデルにするかだ。

 前回の戦いでは、弓と竜巻、壁を作って戦った。

 弓や壁はともかく、竜巻を街中で使うわけにはいかない。

 街への被害が最小限に抑える攻撃方法。そうなると当然、規模の大きいものは使えない。

 自分の体にまとうことが出来れば強そうだしカッコいいのだが、耐火手袋ではせいぜいちょっと触ることしかできない。

 そもそも、能力の利点は見えるところに攻撃が出来るということだ。

「直接燃やせばよかろう」

 ルノが眠そうに言った。

「止まってればそれでいいんだけどさ。動くと的が絞れないし、火が出るまでのタイムラグを考えるとあんまり実用的じゃないんだよ」

 ライのように、目にも止まらない速さで動かれると当たる可能性が低い。

 何か参考になるものはないだろうか。

 部屋を見渡すと、ゲームのパッケージが目に留まった。

 それは、戦争を模したゲームで、主に銃を使って敵を殺す、いわゆるFPSというやつだ。

 そうだ、閃いた。

 銃のように火の玉を高速で発射する。弓よりも強そうだ。しかも、出した火の玉を俺が操作すれば確実に当てられるだろう。

 主な攻撃法は決まった。銃で相手の動きを牽制。相手の力がわかったところで、隙を見て撤退。逃げる場所はここではない方がいいだろう。

「奏太、時間じゃぞ」

 さて、うまくいけばいいが。

 俺は窓から飛び降りた。




 札幌テレビ塔。

「ここに来るのはコントラクターになった日以来か」

 あの時は上るのが楽しくて頂上に行ったが、今回はそこに先客がいた。

 高島玄魔。だが、契約種の姿がどこにも見えない。

 俺が契約種を殺そうとしているのがばれているのだろうか。いや、そんなはずはない。

「きゃー!」

 突然あたりに悲鳴が響いた。

 テレビ塔付近にいた女性グループが頂上をみて驚愕の表情を浮かべている。

 その視線の先にいるのは当然、玄魔だ。

 玄魔は空中で一回転して地面に着地した。

「あぁ、主様!」

 女性が玄魔にそう言った。玄魔の下僕だからだろうか。

「レディたち、ここは危ないから遠くに行って」

 玄魔はドヤ顔でそう言った。イケメン、嫌いだ。

 女性たちが遠くに行ったのを確認した玄魔は、こちらに向き直って言った。

「やぁ奏太。待ってたよ。僕のことは思い出してくれたかい?」

 笑って言っていたが、それが作り笑いであることはすぐに理解できた。

「残念だが、何一つ思い出せなかった。そんなことよりもさっさと始めようぜ」

「やる気だね。君は知りたくないのかい?」

「あいにく過去に興味はないんでね」

「ふーん。死んでから後悔しないでね」

 冷たく言い放った。

「ジャック来い!」

 玄魔は何かを呼んだ。周囲に変化はない。なら、

「上じゃ、奏太」

「今確認しようとしたところだよ」

 見上げた先には、とても巨大な龍が空から降ってきた。

 二足歩行。体は鱗に覆われ、巨大な足に手、翼、尻尾。テレビ塔の高さは約150メートル。それをはるかに超える身長。200メートルはあるだろうか。

 ここまで大きいとは予想外だ。

 ドラゴンの大きさに呆気にとられていると、ルノに呼ばれた。

「奏太、あれを見るんじゃ」

 そう言って指差した先には玄魔、いや、あれは玄魔なのだろうか。

 金髪イケメンさはきれいに消え、体中がドラゴンと同じく鱗で覆われ、両手に爪、背中に翼、尻尾まで生えている。その姿は、まさしく龍。

「これが、龍化か」

「くるぞ、奏太」

「わかってるよ」

 玄魔が動くよりも先に火の銃を発射する。だが、鱗にはじかれ消えてしまった。

「奏太、そんなの効かないよ」

 声と同時に懐に入られる。

 この状況は経験済みだ。お腹へのパンチをガードする。

 だが、あまりの衝撃に後ろへ飛ばされた。

 玄魔が追撃しようとこちらへ来る。

 だが、

(右手で顔に一発、続けて左に一発。さらに爪で心臓を串刺し)

 考えがわかっていれば当たらない。

 玄魔の攻撃を全て避けた俺は、ドラゴンをチラ見する。

 玄魔の能力は分かった。さらに、攻撃は当たることはないと確信する。

 問題はドラゴンなのだ。

 玄魔にはきっと勝てるだろうが、狙いはドラゴンだ。

 特に玄魔へ加勢するわけでもなくこちらを見ている。

 観察しているのだろうか。あのドラゴンが動いてくれなければ引くことが出来ない。

 ・・・まぁ、動かないのならば、動かせばいい。

 玄魔と距離を置く。

 あの鱗は玄魔と同じものだろう。なんせ、玄魔があのドラゴンの力を得ているのだから、間違いはないだろう。なら、火の玉は効かない。だが幸い、ドラゴンは動いていない。直接燃やすことが出来る。

 ドラゴンが火だるまになるのをイメージする。

 ドラゴンはイメージ通り火ダルマになった。

 だが、玄魔は慌てないし、ドラゴンも動かない。と思ったらドラゴンは体を少しゆすった。本当に少しだったはずだ。なのに、

「火が消えてしまったのぉ」

 呑気に言っている場合ではない。本格的に能力が効かないということが証明されてしまった。

「少年。儂になにかしたか?」

 そう言ってドラゴンは笑う。喋れたのか。

 ダメージがないのはあの鱗のせいだ。厄介だな。鱗の内側ならきっと効くだろうが、見えないので攻撃のしようがない。

 あのドラゴンの力は分からないが、能力が効かないとわかっただけでもかなりの収穫と言えるだろう。

 撤退だ。

 後方へ2、3歩跳ぶと、後ろを振り返り全力でその場を後にした。

 途中で後ろを見たが、追いかけてきている様子はない。

「どこに行くのじゃ?奏太よ」

 頭上から声がする。

「逃げる。というか、飛行能力を俺に」

「嫌じゃ。身体能力が上がっとるんじゃからいいじゃろ」

 まだくれそうにないな。いずれはくれると信じよう。

「それで、何処へ逃げるのじゃ?どこへ行ってもばれてしまうんじゃぞ」

「大丈夫だ。ちゃんと考えてある」

 そうは言ったものの、あのドラゴンの大きさは厄介だった。

 今から向かう場所は、最悪死ぬ。

 札幌の地下の地下のさらに地下。中学校の頃、とある知り合いに見せてもらった謎の地下施設。なんの施設だったかはもう覚えていない。だが、施設への行きかたは覚えているので、特に問題ない。

 目の前には地下へと続く扉。

 重たい扉に鍵はついていない。扉を開け、続く階段を下りる。さらに暗くて狭い通路を進むと、高さ100メートルほどのドーム状の部屋に着いた。

 ここなら普通の携帯電話は圏外になる。電波がない。ならば、このバングルの発信機も、異常を起こしてくれるだろうと思ったのだ。

 だが、異常を起こしてくれなければあのドラゴンの大きさから、地下の俺たちを生き埋めにする可能性がある。だから、最悪死ぬ。

 幸い、ここではもらった端末は使えない。バングルの発信機も反応してなければいいのだが・・・。

 とりあえず、入り口と天井を気にしつつ、しばらくを過ごすことにしよう。

 電波はなくても電気も水もある。

「奏太、食糧庫がある」

 ようなので食べ物にも困らない。

 作戦をしっかりと練って反撃にでるとしよう。




「・・・なぜ逃がしたんだ?玄魔」

「奏太は弱い。僕らに勝つことなんて到底不可能だよ。それに、簡単に勝ってしっまったらゲームが盛り上がらないじゃないか」

「その油断が命取りになるぞ」

「大丈夫さ」

 玄魔は端末をしまって言った。

 ジャックにはああいったが、追いかけなかった理由はそれだけじゃない。端末を使えば居場所がわかるのだから、追いかける必要はないと判断したのだ。

 実際、奏太は北に進んだ後に反応が消えてしまった。でも、死んだわけではなさそうだ。コントラクターの数は今も変わらない。

 それに、反応が消えたからって慌てる必要はない。消えた場所を覚えておけばいいのだ。

 奏太の消えた場所、そこには何かあっただろうか。特に何もないような場所で反応が消えている。

 まぁいい、

「次は絶対殺す」

 そう呟いて龍化を解く。

 コントラクターとなり身体能力が上がった。龍化はさらに身体能力を上げることのできる格闘特化の能力だ。

 体を覆う鱗はダイヤモンドよりも固いらしい。これのおかげで奏太の能力を無力化することもできる。

「玄魔よ、一つ聞いてもよいか」

 先ほどまで何かを考えていたジャックは言った。

「いいよ。何を知りたいの?」

「お前さんと、あの少年の関係じゃ」

 あの少年、奏太との関係、ね。

「中1の頃の同級生さ。なぜだか奏太は覚えていないみたいなんだけどね」

「その額の傷はあの少年に付けられたものなのか」

「あぁ、そうさ」

 この傷は中1の頃、ちょうど今ぐらいよく晴れた夏の日に奏太に付けられた。


 中1の入学式の時、僕は初めて堀井奏太という人物と出会った。

 出会ったといってもクラスが一緒だっただけで、関わるとも思っていなかった。

 僕は親の転勤で中1のころに札幌に引っ越してきた。当然知り合いは一人もいなかった。

 当時の僕は金髪じゃないし、見るに堪えないほどみすぼらしい姿をしていた。

 話しかけてくれるような人はいないし、なぜだか不良と呼ばれて誰も僕には近づかなかった。けど、こんな経験は初めてではなかったし慣れていた。それでいいとも思っていた。

 けど、そんな僕に初めて声をかけたのが奏太だった。

 当時の奏太は、クラスの中心的な奴だった。

 別に活発というわけではなかったけど、成績優秀、運動神経抜群。おまけに聞き上手だった。だからか、女子とも男子とも仲が良かったんだと思う。

 それが春ごろの話。

 春が終わりかけたころ、奏太は僕に話しかけてきた。

「お前も混ざりなよ」

 席が隣で、話を聞いているのをばれてしまったようだ。それでも僕は、

「いい。一人でいるのが好きなんだ」

 そう言って立ち去ろうとした。

「うんうん、奏太君、こんなやつ放っておこ」

 話したこともない女子からの『こんな奴』扱いに腹は立ったが、聞こえないふりをした。

「はぁ、お前は玄魔と話したことがあるのか?」

「え」

 その言葉に驚いたのは女子だけではない。僕も驚いていた。

「いや、ないけど。ほら、噂が噂だし」

「噂?」

 奏太は当時僕に立っていた噂を知らなかったらしい。

「ほら、この人が引っ越してきた日にその近所で暴行事件があったの。それの犯人が」

「玄魔だって?」

 笑って奏太は言った。

「こんなひ弱で気の弱そうなやつが暴行なんてできるわけないだろ」

 ひ弱、気弱・・・。この人、初対面なのに失礼な人だな。

「どう?間違ってる?」

「いや、確かに暴行なんてしてないけど・・・」

「ほらな」

 奏太はドヤ顔で女子の方を見た。

「でも、嘘を言っているかもしれないじゃん。自分がやりましたなんて認めるわけないじゃん」

「いや、ほんとにやってないんだって」

「嘘」

「ほんとだって」

 何を言っても信じてくれない。これも、慣れてはいる。

「検証してみようか?」

 予想外の言葉に驚く。

「「検証?」」

「そ。高島玄魔という男が暴行事件を起こしたかどうかさ」

「そんなことが出来るの?」

「わからん」

 一瞬でも期待した僕は馬鹿なのかもしれない。

「僕がやってないって言ってるんだからそれでいいでしょ?」

「それは証明にならないだろ。そもそも信用されるほどの人物じゃないだろ?俺はやってないに賭けるがな」

 そう言って笑う。

 思ってたよりもめんどくさい人かもしれない。そう思ったのは内緒だ。

「奏太君、どうするの?」

「うーん、玄魔の家に行ってみるか」

「え」

 予想外の言葉に僕はまた驚く。

「ん?今日は都合が悪いか?」

「いや、大丈夫だけど」

 誰かが自分の家に来るのが初めてなだけだ。

「よし、決まり。いいな?由香」

「わかった、行く」

 決まってしまった。


 放課後。

「お邪魔します」

「あら、お友達?いらっしゃい。ゆっくりしていってね」

 母は奏太達を快く迎えた。

「はい!同じクラスの堀井奏太です!」

「あ、同じクラスの天城由香です」

「よろしくね、奏太君に由香ちゃん」

 リビングでゲームをして、お菓子を食べて雑談する。あれ、意外と悪くない。

「よかったわ、うちの子に友達が出来て。全然呼んでくれないからいないのかと思っちゃったわ」

 そう言って母は笑う。恥ずかしくて死にそうだ。

「はい!玄魔は俺らの大切な友達です」

 そう言った奏太の隣で由香は驚いた顔をしていた。

 まぁ当然だ。僕も同じだから。いつから友達になったのだろう。そもそも、噂を晴らすのではなかったのか。

 その後も暴行事件というものに触れることなく、帰る時間まで楽しい時間を過ごした。

 その帰り道、

「途中まで送ってくる」

 そう言って、奏太と由香と歩いていた。

「「奏太、どういうこと!?」」

 僕と由香はたまらず聞いた。

「何が?」

 だが、当の本人は知らんぷり。

「この人の噂を明らかにするんじゃなかったの?」

「あーそんなことも言ったな」

 おいおい。

「楽しくて忘れてたわ。けどさ、お前らも楽しかっただろ?」

 反論はできない。それは由香も同じようで言葉を詰まらせている。

「楽しけりゃ噂なんてどうでもいい。そう思わない?所詮噂は噂。真実を知っている人はいない。まぁ、納得いかないなら今からでも調べるよ。玄魔、お前が引っ越してきた日を知っている人は家族以外にいるか?」

 引っ越してきた日?

「いや、いないと思う。何で?」

「ん?お前が引っ越してきた日を知っていないと噂立てられないだろ」

「「確かに」」

 引っ越してきた日を知らないと暴行事件と同じ日かなんてわからない。

「でもでも、たまたま誰かが知っていた可能性も」

「ない」

 奏太はそう断言する。

「玄魔のことを知っている奴なんていないだろ。今年からこっちに来たのなら尚な」

 それでも納得がいかない様子の由香。

「この近くに住んでる中学生はいない。それはすでに調査済みだ。それにこの辺は何もない。用事のない中学生がここに来ると思うか?全く、なんでお前はそんなに玄魔を悪役にしたいんだ?」

「べ、別に悪役にしたいわけじゃ・・・」

「じゃあなんで噂を立てたんだ」

「え」

 噂の種がこの人?

 一人、話に追い付かず混乱する。

 由香は困ったような顔をしていたが、観念したように言った。

「ちょっと魔が差しただけだよ。ごめんなさい、玄魔君」

「チョットマッテ、話が見えないんだけど」

「由香はお前が引っ越してきた日を知っていたんだよ」

 うん?なんでだ。

「私のおばあちゃんちこの辺だから」

 それで知っていたのか。でもわからない。それが顔に出ていたのか由香は続ける。

「えーと、たまたま玄魔君が引っ越してきたのを見て、暴行事件がその日に起こったでしょ?そのことを友達に話したら、玄魔君が暴行事件を起こしたって広まっちゃって・・・」

 えへへと笑いながら言った。

「と、いうわけだ。由香は明日ちゃんと誤解を解けよ」

「うん。玄魔君ほんとごめんね?」

「あ、うん」

 この後はどう続けるのが正解何だろう。とりあえず思いついたことを言ってみる。

「これからも、遊んでくれますか?」

「当然さ、俺らは友達だからな。あぁ、そうだ。お前さ顔整ってるんだから自身もちなよ。前髪が長いのは自信のない証拠だ」

 その言葉を信じて翌日から顔をしっかりと出すようにした。すると、今まで話しかけられなかったのが嘘のように話しかけられ、友達が増えた。誤解を解いてくれたおかげもあったと思うが、友達が出来たのがうれしくて仕方なかった。

 それでも奏太とは毎日のように遊んだ。由香は女子といることが多かったため、あれ以来遊ぶことはめっきり減ってしまった。

 奏太と遊んだ時、とても楽しそうにしているのを見て僕らは親友だと思っていた。けど、春が完全に終わり夏になった頃、奏太は変わってしまった。

 学校には来るのだが、何かを探しているのか授業に出ずに校内をうろついたり、学校にさえ来なくなったりと今まで絶対にありえないことだった。

 いつも奏太の周りには人がいた。けれど、その奇行のせいかクラスで避けられるようになり、奏太へのいじめも多発していた。

 僕はその間何もできなかった。友達が出来たこと、次の標的が自分になるのではないかと思ってしまった。自分は助けてもらったのに何もすることが出来ずにいた。

 奏太と遊ぶのも少なくなったが、遊ばなかったわけではない。僕は思い切って、奏太に聞いた。

「最近どうしたの?」

 と。けれど、期待した返答は得られず、

「お前には関係ない」

 ときっぱり言われてしまった。それ以上は僕も何も聞かなかった。奏太は笑わなくなった。

 夏休み前に転勤するということが言えなかった。

 引っ越し前日。最後に奏太と遊んだのは笑わなくなった日が最後。学校でも話すことがなかった。

 そんな折、奏太から電話がかかってきた。

「山小屋に来てほしい」

 奏太はそれだけ言うと電話を切ってしまった。何か嫌な予感がした。

 家から山小屋まで5分もかからない。すぐに山小屋へ向かった。

 目的地に着いた。山小屋の扉が少し開いていることに違和感を覚え、ゆっくりと進んだ。

 少し開いた扉から中をのぞく。部屋の中心に手が血だらけの奏太が立っている。その足元には、腕?

 驚いて扉を開ける。

 やはり人が倒れている。倒れている人物を見て絶句する。

「ゆ・・・か・?」

 倒れているのは由香。胸のあたりにナイフを立て、そこから血を流している。彼女がもう死んでいるということは誰の目から見ても明らかだった。

 吐き気に襲われながらも奏太の前に立つ。とても冷たい目をしていた。

「奏太!君が、君がやったのか!?」

 怒りに身を任せて叫ぶ。

 奏太は何も答えない。

「警察は?」

「呼んだ」

「救急車」

「呼んだ」

 じゃあ奏太はなんで僕を呼んだんだ。答えが出る前に後頭部に強い衝撃を受けた。意識を失った。

 目を覚ましたのは病院のベッドの上。

 警察から事情徴収を受けた僕は、奏太のことも話した。だが、取り調べをしたが何も出てこなかったとのこと。

 その後、僕は奏太に会うことなく引っ越した。


「傷はその時の物ということか」

 話を聞き終えたジャックは言った。

「ちなみに、その時の犯人は無職のおじさんだってさ」

 けれど、僕は知っている。意識を失う直前、奏太が僕に向かって何かを投げていたということを。




「なあ奏太よ」

「どうしたルノよ」

「作戦でも経てようぞ」

「そうだなぁ」

 地下に来てから早2日。食糧庫には1週間分の食料があるためまだ過ごせる。けど、長居するわけにもいかない。

「奏太よ、ここは何の施設なんじゃ?」

「知らない」

 2年前確かに聞いたのだが、まぁ覚えていなくてもしょうがないだろう。

 そんなことよりも作戦だ。

「あのドラゴン。かなり強敵じゃな」

 ドラゴンだけじゃない、玄魔の能力『龍化』もだ。どちらも、硬い鱗のせいで能力が通用しない。

 せっかく考えた火の銃も役に立ちそうにない。

 このドームに燃えるものはないのでいくらか試し打ちしてみる。

 火の銃弾は、スピードを速くすると威力が落ちる。逆に、威力を高めるとスピードが落ちてしまう。

 これなら大きい火を放つ方が威力もスピードも勝っている。

 あくまで、かっこいいかなぁと思って採用しただけで、これから使うことはないだろう。

 せめて、鱗がなければよかったのだが。

 あれがある限り勝つのは不可能に近い。

 ルノの持っている包丁のようなものがあればなんとかなるような気もするが、あいにくそんなもの持ち合わせていない。

「・・・一つだけお主に使える武器があるぞ」

 申し訳なさそうにルノは言った。

「あるの?」

 ルノはどこからか黒くて先が三つに分かれた槍を出した。

 どこかで見たことがあるような。

「下僕の証と同じじゃよ」

 そうだ。莉佐の手にある模様と同じ形をしている。

「てか、あるならもっと早くいってくれよ」

「うむ。忘れてた」

 あきれて言葉も出ない。まぁ、いいか。

 武器を手に入れたことにより作戦の幅が広がる。まずは、こいつの切れあ・・・刺し味?を確かめるとしよう。

 地面はコンクリート。当然固い。槍の先を少しだけ地面につける。

 すると、地面から煙が出て黒い焦げ目が三つついた。これはもしかして、

「ルノ、槍の先熱くなってたりする?」

「そうじゃ。我の魔力が火じゃからな」

 それを聞いてやりに少し力を入れてもう一度地面にさす。

 コンクリートは周りを溶かしながら槍先を飲み込んだ。

 コンクリートを溶かすほどの熱。これなら、あの鱗にも効くだろうか。まだ少し弱い気がする。

 そうだ、魔力だ。元の熱に自分の熱を加えるそうすればいけるのではないか。

 火を出して槍に纏わせる。もう一度槍を地面に刺す。当然溶かすスピードが上がっている。

 使える。それに、この槍を持っていると能力が使いやすい気がする。

「そりゃそうじゃな。槍に魔力を通しやすいという性質があるからな」

 なるほど。

「さらに戦いやすくなるってことか」

 槍の性能は分かった。あとはいかにして戦うかだ。作戦を練って明日には実行したいところだ。




「お、出てきた」

 奏太の反応が消えてから3日が経った。そして今日、奏太が消えたところから現れた。

 何かあるのは間違いないだろう。あとで確認しに行こう。

 マップを見る限り奏太は真っすぐ僕のいるところ、テレビ塔に向かっているようだ。

「3日で何か変わったと思う?」

 横にいたジャックに問う。

「さあな。じゃが、何があっても油断するんじゃないぞ?」

「わかってるよ」

 そう言って龍化。

「次は殺す。そして、かたき討ちの完了さ」

 マップの動きから、到着まではおよそ5分といったところか。

 奏太の能力は火を操る。

 だが、その能力では硬い鱗には効かない。にもかかわらず、奏太はジャックに攻撃を加えた。

 一度、僕に攻撃を加えた後で、だ。

 当然ジャックの方が、力、大きさ、鱗の硬さは僕よりも強い。それは見ただけでわかるほどの差がある。

 なのにジャックへ攻撃をしたのだ。

 僕に攻撃し、より強いものに危害を与える必要はあったのだろうか。それに、僕には一回攻撃したきり、見ようともしてなかった。

 人間を攻撃できないのか?

 いや、鈴野莉佐を殺したのは奏太のはずだ。じゃあ、契約種はどこへ行った?一緒に殺されたのだろうか?考えられなくはないが、契約種に関しては殺す必要はない。

「あぁ、そうか」

 わかった。

「どうしたんじゃ?玄魔」

「奏太は何も変わっていない」

 首をかしげるジャックに説明する。

「奏太は先に契約種を殺す。普通の人間に戻ったコントラクターを殺している。あいつは人殺しをしたんだ。そう考えても不思議ではないでしょ?」

「まぁ、そうじゃな」

「だからさジャック。遠くに逃げて。奏太は君を狙ってくるはずさ。3日前君に攻撃したのはそう言った理由があるからさ」

「なるほどな。じゃが、儂だってそう簡単には死なんさ」

 そう言って豪快に笑う。

「油断するなって言ったのはどこの誰だっけ?」

「むろん儂じゃな。じゃが、儂のところ少年が来ている間にお前さんは契約種をやればいいじゃろ」

 玄魔の頭に、白髪の幼女が思い浮かぶ。悪魔らしいが強そうにはみえなかった。

「それに、それじゃあダメなんだ」

「ほう。なぜじゃ?」

「だって、契約を切ると奏太は死なないだろう?僕は奏太を殺したい・・んだ」

「どうした、玄魔」

 言いながら声が小さくなった。

 奏太が人を殺したいんだったら、契約種を殺す必要なんてない。なら、なんで・・・。

 いや、もう頭ではわかっていた。けど、僕の中にある感情がそれを認められずにいた。

 ・・・あいつのかたき討ちをするんだ。




 ・・・いた。

 3日前と同じ、テレビ塔の頂上に玄魔はいた。

 すでに龍化している玄魔は何かを考えているのか全く動かない。

 3日ぶりの外の天気は曇り。雨が降らなきゃいいのだが。雨が降ってしまうと能力が使えないも同然だ。

 玄魔がこちらに気付いて降りてきた。

「待たせたな」

 だが、反応がない。というか様子がおかしいような。

「殺す」

 低い玄魔の声と共に後方へ飛ばされた。

 前よりスピードが上がっている!?これはまずい。

 追撃してくる玄魔の考えがわかる。

(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す)

 ごめん、わかんねえわ。感情的になりすぎているのだろうか。どこから攻撃が来るのか全く読めない。

「右、左、下、跳んで回避じゃ」

 了解。

 ルノの言われた通りに回避する。玄魔の攻撃はすべて空を切る。

「サンキュールノ。助かった」

「まだまだじゃなぁ。もっと深くまで感じるんじゃよ」

 深くまでは正直まだ無理だと思う。特性が身についてまだ数日しか経っていないから、しょうがないってことにしておく。

 さて、玄魔は今いいや。何かぶつぶつ呟いているが、俺の目的は契約種だ。

 ・・・ドラゴンはどこだ?

 あの大きさが視界に入らないということは遠くにいるのか?それとも、

「奏太、上じゃ」

 やっぱりね。そうだと思ったんだよ。

「嘘をつけ」

 いや、マジなんすけど。まぁいいや。

 空を見上げると、小さな影が徐々に大きくなっている。相変わらずのでかさだ。

「玄魔ぁぁぁぁぁあ!落ちつけぇぇぇぇぇ!」

 とても大きな声でそう言った。

「見てられん、儂がやる」

 以外にも玄魔は引き下がった。ドラゴンと一対一か。願っていた展開だ。

 俺は空中で手を振り槍を出す。これは、魔力によって出現させているため腕を振る必要なんてない。けど、こうした方がカッコいいと思ったからやってみた。割と気に入っている。

 そんな満足げな俺に対し、ドラゴンは槍を見て驚いていた。

「まさかそのトライデント・・・。いや、そんなはずはない。ともかく、少年よ!お前を生きて帰すわけにはいかん!」

 この槍に何かあるらしいが、今は良いだろう。問題は、相手が本気になってしまったということだろう。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉお!」

 ドラゴンが吠える。鼓膜が破けんばかりの大音量だ。それと同時にドラゴンのパンチが飛んでくる。それを、間一髪うしろへ避けた。

 ―ドゴォォン!

 すさまじい音と共に、俺の元いた場所に小さなクレーターが出来た。

 あんなものを食らってはひとたまりもないだろう。それに、街中でクレーターを作られるのもまずい。

 どこかに、クレーターが出来てもいいような場所・・・そんな場所あるわけはないが。とにかく広い場所はなかっただろうか。

 そうだ、東だ。ここから東の方角になにもない草原があったはずだ。そこにドラゴンを誘導しよう。

「ルノ!」

「了解じゃ。あとでちゃんと返してもらうからな」

 もう俺の考えは分かっているようだ。

 ルノは俺に近づくと、口づけを交わした。

 さすがにこれは予想外だ。けど、力が溢れてくるのがわかる。

 今得た力の使い方は感覚的にわかった。

 ルノを背中に乗せ、力を発動させる。

 その瞬間、俺は札幌市上空へ移動した。そう、俺は飛行能力を得たのだ。

 いつも通り建物の屋根の上を移動すると、ドラゴンの大きさからそのまま追いかけてくる可能性が高い。それだと被害は甚大だ。

 被害を出さずに移動するには、ドラゴンを飛ばす必要がある。ドラゴンを確実に飛ばすのは簡単だ。俺らが飛べばいい。ルノもそれを理解している、はずだ。

「・・・?儂と空中戦か?面白いことを考えるのぉ」

 まったくもって違うのだが、そういうことにしておこう。

「ああそうだ。さっさと来なよトカゲ」

 ゲームではお決まりの文句である。

「奏太よ、遊びじゃないんじゃぞ」

 知ってます。

「後悔するなよ!少年」

 簡単に乗っかってくれて大変助かる。

 さて、誘導しなくては。

「ルノ攻撃来たら教えて」

「ほーい」

 大丈夫かな・・・。

「うむ、信用してくれ」

 じゃあ信用しよう。ここで裏切ってもルノに得はないだろ・・・、

「上、下、ちょいとスピードを上げて右」

 とっさに反応して避ける。これに従えば攻撃に当たることはないだろう。

「右、左、上、右、下、上、上、左、右」

 何だこれ、コマンドゲームよりも難しいかもしれない。それでも危なげなく回避する。

「上、右、右、下、スピードを上げて一回転」

 い、一回転?まぁ、いいや。言われた通りに動く。

 スピードを上げたまではよかった。だが、一回転したところで攻撃は来ない。むしろジャックが驚いていた気がする。

 チラッと背中を見るとルノが楽しそうに笑っていた。

「・・・俺で遊ぶな。遊びじゃないって言ったのはおま」

「右」

「おっと。いいか?遊ぶなよ?」

 攻撃を避けて言う。

「了解した」

 ならいいんだ。

 その後もルノの指示で攻撃を避けながら草原に着いた。

 周りには何もない。うん、暴れて困る人はいないだろう。・・・多分。

「さて、反撃しますか」

 地面に着地して槍を構える。

 玄魔とジャックも100メートルほど離れたところに、落ちてきた。

 まともに着地できないのだろうか。毎度落ちてきているように見えるのは気のせいだと思いたい。

 落ちてきたジャックは何事もなかったかのように立ち上がり言った。

「おいかっけっこはもう終わりか?」

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」

 玄魔は相変わらずのようだ。どうしてあんな風になったのかは、きっと勝てばわかるだろう。

 俺は、奴らに近づきながら言う。

「決着をつけようぜ」

 その言葉をきっかけに俺はドラゴンに駆け出す。

 横から玄魔が攻撃しに来ているが、受け流して進む。

 次に、正面からドラゴンのパンチ。当然これも避ける。高くジャンプし、その下に大きな拳がある。

 指は鱗で覆われていないのか。

 ならば、ここを狙う以外にはないだろう。

 槍を下に構えて思いっきり指に刺す。魔力を使わずとも簡単に肉を貫通し、硬いところ、恐らくは骨に当たって槍が止まる。

 さらに、魔力を使い槍先から火を噴射させる。

「グぬぬ」

 ジャックは痛みをこらえている。

 火は骨を破壊し反対側まで貫通した。このままいけるか?出血量がとんでもない。緑の草原を一瞬で血の海に変わってしまう。独特なにおいで少し吐き気がする。

「奏太!右じゃ!」

 右から奏太が長い爪を構えこちらに近づいてきている。

 ギリギリでドラゴンから槍を抜き、玄魔の攻撃をかすり傷にとどめた。かすり傷なら一秒もかからずに治る。

 俺がドラゴンと距離を置いたことにより、一瞬だけ膠着状態にあった。

 先に動いたのは玄魔。俺を一瞬見た後、もうスピードで上昇し見えなくなった。

 俺が見上げている隙にドラゴンが突進してくる。

 ・・・槍で迎え撃つか?いや、スピードが速すぎて止まんねえか。

 そう判断し、跳んで回避する。だが、それを予測していたのか、尻尾で地面に叩きつけられる。

 両腕で尻尾の攻撃を防いだが、受け身が取れずに地面と激突する。

 ―バキッ

 背骨がなってはいけないような音を出した。それでも気を失ってはいけない。気を失うと傷が治らなくなるとルノは言っていた。

「奏太!大丈夫か?」

 正直だいじょばない。声が出ない。

 普通の人間なら死んでいた。コントラクターとなり肉体の強化もされている。

「ふー。厳しいな」

 そう言いながら立ち上がる。痛みはもう引いている。周りを見て俺は一人感心する。

 うむ・・・コントラクターはつくづく恐ろしいな。俺を中心にクレーターができてやがる。

 あのドラゴン、巨体のわりにとても素早い。だが、追撃してこなかったのは使えなくなった右手のせいだろう。俺が風穴を開けた右手の傷はまだ治っていない。ドラゴンに治癒能力はないのだろか。

 じっと目の前に立つドラゴンを観察する。攻撃するタイミングを合わせないと俺が死んでしまう。そのためにも、ドラゴンの考えが必要だ。

(じ・・・ん・・ぎ。げん・・ね・・・しゅ)

 さっぱりわからない。玄魔が飛んで行ったことも気になるし、少しかまをかけてみるか。

 ―ズドォン!

 だが、そうするよりも先に後方で大きな音と熱が発生した。

 小さな火を出し後ろを確認する。さっきまでルノがいた場所が煙に包まれている。

 考えるよりも先に駆け出した。

「ルノ!」

 バングルは外れていないし能力も使える。大丈夫だ、死んでいない。

 煙に飛び込みルノを抱きかかえる。服も体もボロボロになっているが息はある。よかった。

 ルノを背中に乗せ、後悔した。今は飛行能力すら俺に与えているのだ。ただの幼女だ。それに、ルノが狙われると想定していなかった。俺が契約種を殺しているのだから、ルノに攻撃が来ない理由もない。

 ドラゴンと距離を取り考える。今から逃げたところで、あいつらは追いかけてくるだろう。だとしたら戦うしかないが、ルノを背中に乗せたままでは戦えない。ルノの傷がどの程度なのかわからないし、激しい動きが出来なくなる。

「きにせんでいいぞ?」

 耳元でそう囁かれた。

「ルノ大丈夫、なのか?」

「うむ。我もコントラクター同様、傷はすぐに治る」

「少し疲れてない?」

 傷は治ってはいるが、少しぐったりしているようにも見える。

「まぁ、少しな。それよりもじゃ。今回の戦い、契約種を殺すこと諦めるんじゃ」

「え」

 なん、だと。

「なんでだ?俺があのドラゴンに勝てないとでもいうのか?もう勝ち筋は見えているんだ、後は実行に移すだけなんだぞ?」

 それを聞いたルノはため息をついて言った。

「奏太の生存のためじゃ」

 俺の生存?

「そうじゃ。今話すよりも直接確認しに行くといい」

 つまり、問題はドラゴンではなく玄魔にあるということか。

 ドラゴンは動かない、何もしないなら今のうちに確認しに行く。

 玄魔の飛んで行った方に俺は向かった。

 空は厚い雲で覆われおり、肉眼で玄魔の姿を確認することはできない。雲よりも上にいるのか。

 だが、雲の上に来ても姿を確認することができない。

 ・・・どれだけ高いところにいるのだろう。

 標高が高く、酸素も薄い。そして寒い。はずだった。なのに、地上よりも熱い。なんでだ。

「原因はあれじゃ」

 ルノが指差した方には太陽がサンサンと・・・いや違う。

「太陽が・・・二つ?」

 北と西に一つずつ明るいものがある。

 太陽は北に昇らない。偽物はこっちか。

 偽物に近づこうと試みるが、熱くて思うように進めない。それでもなんとか、300メートルくらいまで近づいた。

「なるほどな」

 正体がわかった。玄魔が巨大な火の玉を作り出している。

「・・・お前、あれ喰らったの?」

「うむそのようじゃ」

「・・・よく無事だったな」

 熱に加え爆発も起こるのだ。正直、俺はアレを受けたら生きていられる気はしない。

「これがあれば大丈夫じゃ」

 そう言ってルノはあるものを見せる。

「包丁か」

 このあいだ回収したアーウェルサの万能包丁。

「まさかと思うが、あの火を切ったのか?」

「うむ、咄嗟に構えたおかげで我はこうして生きている。というわけじゃな」

 対処はそれでできるということか。

 ならば玄魔は無視しても良いだろう。対処法がなければ今殺すのも一つの手だ。ルノはそう考えて俺に諦めろと言ったのだろう。だが、対処法があるなら今すぐにでもドラゴンを殺した方がいいだろう。火の玉を放つのにも時間がかかるようだし。

「それでいいのか?」

「俺の判断はダメか?」

「いや、奏太がそれでいいと思うなら我は良いと思うぞ?」

 その言葉に小さく頷く。そして、小さな火を出す。これで離れていても玄魔の様子がわかる。

 地面に向かって急降下しながら槍を出す。そして雲を突き抜け、ドラゴンの位置を確認する。

 狙いを定めて槍を構える。

「奏太、様子がおかしいぞ?」

 大丈夫、あいつが何かするよりも俺の攻撃の方が先に着く。

 魔力を槍先に集め、一気に放出する。火の弾丸を槍先から放つ。重くて速い一撃がドラゴンの鱗に当たった。その瞬間。ドラゴンの鱗がすべてはじけ飛んだ。

「奏太、何をしたんじゃ?」

 俺は何もしていないはずだ。鱗がはじけた影響で強風が吹き荒れる。それを待っていたかのように玄魔も火の玉を放つ。

 強風のせいでうまく飛べない。このままでは当たってしまう。

「我に任せろ」

 ルノはそう言って包丁を構える。ルノが何かを呟くと、包丁が鈍く光った。

「はぁ!」

 掛け声と共にルノは包丁をふるう。すると、斬撃が現れ間近に迫っていた火の玉を二つに切り分けた。

 ちょうど半分に割れた火の玉は、それぞれ爆発した。それのせいでまた強風が吹き荒れる。

 爆風にあおられながらもなんとか地面に着地する。

「ルノ大丈夫か?」

「魔力を使い果たしたが、特に問題はない」

 そうか、ならよかった。

 改めてドラゴンに向き直る。

「あれ?」

 さっきまでと姿が変わっている。

「ありゃボルケニックドラゴンじゃな。どうりで火が効かなかったわけじゃな」

 ボルケニック?火山か?

 体を覆っていた鱗はすべてはじけ飛び、新たな鱗に覆われている。

 さっきまで違うのは、一つ一つの大きさ、それから燃えているということ。唯一傷を負わせた指も治ってしまっている。

 さっき俺が玄魔の様子を見に行ったときに何もしなかったのは、変身するためだったのか。

 指からの出血で瀕死に陥り第二形態になったのだろう。

「この姿になるのは久しぶりじゃなぁ。少年!儂を楽しませろよ!?」

 勝手に盛り上がらないでいただきたい。

 まぁいい。とりあえずあの鱗の硬さを確かめよう。

 ルノから離れるのは危ないとわかったので、ドラゴンから離れたところで火の銃弾を飛ばす。

 さすがは第二形態というべきか、燃え盛る鱗に俺の火が負けてしまった。

 頭の角・・・角なんてあっただろうか。鋭くとがった紅い宝石のような角。ゲーム内知識だと力の源であり、体のどこよりも固いところだろう。

 そして尻尾。尻尾の先にも角と同じ紅い宝石がついている。恐らくこれが一番の攻撃手段だろう。

「奏太、上からくるぞ」

「知ってる」

 頭上から玄魔が急降下しながら爪を構えている。

 その攻撃を避け俺は驚く。

 玄魔にもドラゴンと同じ現象が起きている。鱗が燃え盛り、頭と尻尾にも小さいながら紅い宝石。

 ・・・連動しているのか?

 なんにせよ2対1であることに変わりはない。

「ったく、いろいろ予想外だ」

「勝ち筋は見えているのか?」

「当然だ。じゃなきゃとっくに逃げてるよ」

 ドラゴンの倒し方は思いついた。だが、実行に移せないのは玄魔のせいだ。

 あいつが自由に動いているうちはダメだ。

 俺がドラゴンと殺りあえば玄魔はルノを殺しに来るだろう。動きを止めるにしてもあの体に俺の能力は通用しないに等しい。

 ならば、

「ルノ。俺から飛行能力を奪って逃げろ。お前に発信機はついていないし逃げ切れるだろ?」

「それはそうじゃが、我もここにのこ・・・」

「ダメだ。今のままじゃ俺はお前を守れないし、ドラゴンに勝つこともできない。ちゃんと勝ったら迎えに行く」

 ルノは納得していないようだったが、決意したように首を大きく縦に振った。

「あとでな奏太」

 そう言ってルノは俺と口づけを交わす。力が失われるのを感じた。

 力が戻ったルノは遠くに飛んでいった。

 ・・・それでいい。

 ここで絶対なんて言わない。勝つ。それだけだ。

 玄魔とドラゴンはルノを追いかけなかった。完全に狙いは俺のようだ。

 ・・・おもしれぇ。ケリをつけてやるよ。

 一瞬の膠着状態から、先に動いたのはドラゴン。

 尻尾を地面に突き刺している。

 すると、足元の地面が徐々に膨らんでいる。

 ・・・なるほどな。

 俺は戸惑うことなく後方に跳ぶ。目の前でマグマが噴出した。

 さらに、それを突き破り玄魔が突進する。サイドステップで避け、玄魔の右足を狙って魔力を込めた槍を突き出す。

 刺さった手ごたえを確認し、火を放つ。

「ぐあぁぁぁぁぁぁあ!か・・・なた」

 火は足を貫通し、玄魔は倒れた。

「悪いな、玄魔」

 もがいている玄魔を後にしてドラゴンへと駆け出す。

 ドラゴンは口から次々と火を吐き出す。右へ、左へ避けドラゴンの懐に入る。

 体を一回転させた尻尾での攻撃をジャンプで避け、ドラゴンの頭目指して上る。

 体をゆすり落そうとしてくるが、それでも構わず火の鱗を上る。

 瞬時回復というコントラクターの特性を生かし、実質無傷で頭まで登りきる。

 身体中が鱗で覆われていても一か所だけないところがある。それは、目。

「喰らえ」

 とっさにドラゴンが目を閉じるよりも一瞬だけ早くに、火をまとった俺の槍が眼球を捉えた。

「うぉぉぉぉぉぉお!?」

 槍が目に刺さり大量の血と透明な体液が噴き出す。

 痛みからか、ドラゴンが暴れだした。体に乗っていた俺は慣性にはどうすることもできずバランスを崩して地面に落下した。

「ジャック!」

 玄魔が名前を叫びながら駆け寄る。

「ジャック大丈夫か?いったん落ち着け!」

「さっきまで正気じゃなかったお前さんに言われとおないわ!儂は大丈夫じゃ。左目を完全に失ってしまったがのぉ」

 それを聞いて俺は思わずにやける。

 人間にとって片目失うというのは生活の支障になるくらい大変だ。それはきっとドラゴンも同じだろう。そうであって欲しい。

(ジャック。奏太のことだ、きっと次は右目を狙ってくるよ。僕が隙を作るからジャックはあいつを殺して)

(了解した)

 会話は聞こえなくても考えは丸聞こえです。

 隙を作ると言っていたが、玄魔の右足はもう使い物にならないはずだ。次は左足を刺す。んで完全に動きを止めてやろう。

 槍に火をまとわせておく。

(右、左、足)

 玄魔の考えがわかる。正気になったのか。それはこちらには好都合だ。

 玄魔の攻撃を全て受け流し、左足に向かって槍を突き出す。だが、避けられた。

(やっぱりか。右足が治ってなきゃ危なかったな。けど、だんだん奏太が何考えてるのかもわかってきた)

 右足が治っている?本当だ、完全に切断できたと思っていたが。改めてコントラクターの恐ろしさを知る。

 足を狙っているのがばれている。それに、攻撃して治ってしまうのなら意味がない。やはり足止めするのは難しいか。

 ・・・今はルノがいない。玄魔の攻撃さえ防げれば無視しても良いだろう。

 玄魔に気付かれないほどの小さな火を出し、俺はドラゴンへ駆け出す。

(!?僕を無視してジャックのところに行くつもりか?いや、背を向けている今がチャンスだ。心臓を串刺しにしてやる)

 火を通しても何を考えているのかわかるようだ。

 後ろからの攻撃を軽々とよけドラゴンに進む。

「ッち」

 うしろから舌打ちが聞こえる。

 次は・・・と考えている最中、左肩に激痛が走る。

 見ると玄魔の長い爪が刺さっている。考えを知るよりも早くに攻撃が来てはさすがに避けられない。

「奏太。あの世で後悔しろ」

 まずい、殺される。と思った時には玄魔の爪を折っていた。ルノのためにもまだ死ぬわけにはいかない。

 爪が刺さっていると塞がらなかった傷が、抜いたことで完全に修復された。これは、もしかして。

 俺は、玄魔に微笑んで言った。

「ありがとう。お前は良いヒントをくれた」

 言葉の意味が分からずに玄魔は戸惑っている。その隙をついて、玄魔の腹から地面まで火をまとった槍が貫通した。

「かな・・・た」

「俺があいつ倒すまで死ぬなよ?すぐ終わらせるから」

 傷口は槍があるために塞がらない。きっと抜けば治る。これで動きは封じることが出来た。あとは、玄魔が死ぬ前に目の前の敵を倒さなくては。

「玄魔ぁぁぁぁあ!少年!お前だけは絶対に許さん。どれだけ儂から大事なものを奪えば気が済むんじゃ?殺す」

「あぁ、きなよ」

 相手から奪った武器。前回と同じだな。

 ドラゴンからの攻撃を全て避け、火の弓を作り出す。今回の矢は玄魔から奪った長いドラゴンの爪。

 ドラゴンの隙をつき、爪を放つ。狙いは当然右目だ。

 だが、閉じた瞼にはじかれてしまう。

「ふん、同じ手は喰らわんぞ少年!」

「どうかな?」

「何!?」

 今のは陽動だ。本命はもらった槍を模して作った槍。

 火にも硬さが調整でき、今は元の槍と同じくらい固くなっている。その分消費される魔力は大きいらしいのだが、魔力を特に感じることのない俺には関係ない。

 目を閉じるという予想はしていた。だから爪を放った後にすぐ槍を出現させた。

(同じじゃない。次は何が来る?どこからくる?わからない。恐怖、恐怖)

 あいつの心を支配しているのは恐怖か。

「すぐに楽にしてやるよ」

 空中に静止していた槍は瞼を貫き、目に刺さった。

「グぉぉぉぉぉぉぉ!?」

「終わり、だな」

「まだじゃ!まだ終わらんぞぉ!」

 両目を貫かれたというのに元気だな。だが、ただ闇雲に攻撃したところで当たるわけがない。

(少年はどこじゃ?このままだと、儂は・・・)

 それを聞き、俺はドラゴンに背を向けて玄魔のもとに向かう。

 今ドラゴンを殺せば腹を貫かれたまま玄魔は人間に戻り、死んでしまうだろう。ゲームのシステム上それでいいのだろうが、俺が殺したということになるだろう。あくまで俺は人間を殺さない。玄魔は、ルノにやってもらう。

 玄魔から槍を引っこ抜き、いまだ暴れ続けているドラゴンの体を上っていく。

「奏太!やめろ!」

 頭にたどり着いたとき玄魔は叫んだ。

 傷が治っているのを確認し、俺は高く飛び跳ねる。次の瞬間、魔力のこもった槍はドラゴンの頭を貫通し地面に刺さった。

 ドラゴンの動きは止まり地面に倒れた。

 玄魔の龍化は解け、左手についていたバングルも外れた。

 ・・・長い、戦いだった。

 そう思った直後。お腹にあまり強くはない衝撃を受けた。

「奏太!君は僕の手で殺す」

 玄魔だった。もはや普通の人間に戻った玄魔に俺を殺すのはルノの持っていた包丁のようなものがなければ不可能に近いだろう。

「まったく、落ち着けよ。何がお前をそんなに駆り立てている?ドラゴンを殺したことか?」

 玄魔を後ろに軽く押して問う

「違う!本当に、覚えていないんだね?」

 よろめきながら玄魔はそう言った。少しは落ち着いただろうか。殺意がさっきよりも感じられない。

(奏太が本当に4年前のことを覚えていないなら話すべき、だよね)

 4年前?

「それって、中1の時のことか?」

「え、ああうん。何か思い出した?」

「いや、悪いな。俺は中1の夏から中2になる春までは病院のベッドの上だった。病院に来る前の記憶は名前と家族を除いて失った」

 今でも謎なことだが、こいつが何か知っているなら聞いておくべきだろう。

 記憶を失ったと聞いてから玄魔は少し動揺しているようだ。

「君は、由香を覚えていないのか?」

 ゆか?

「そいつ、苗字は?」

 同じ名前の奴は知っている。だが、苗字が違うかもしれない。

「天城だ」

「・・・知っているも何も今の同級生だぞ。もっと言えば中学校も同じだ」

「え?」

 玄魔は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

(どういうこと?由香はあの時に死んだんじゃ)

 あの時に死んだ?あの時とはいつだ?

「由香に話を聞いた方がよさそうだな」

「うん、由香の連絡先は持ってる?」

「ああ、こっちの端末に」

 そう言って元から持っていたスマホを取り出す。

 貰った端末ではコントラクター同士でしか連絡が取れないようだった。なので、万が一のために通知は切って持ち歩いていた。

 メッセージアプリを開き、スピーカーにして由香へ電話を掛ける。

「はい、由香です」

 しばらくの呼び出し音の後、スピーカーから物静かな声が聞こえてきた。

「俺だ、奏太だ」

「うん?知ってるよ?奏太から電話なんて珍しいね何かあったの?」

「ああ、ちょっと聞きたいことがあってな」

 そう言って玄魔を見る。玄魔は黙って頷く。

「高島玄魔って知ってるか?」

「うん。私の前の主だよ」

 そう来たか。

「今は奏太が私の主なんでしょ。手の甲の模様が赤色の龍?の横顔から黒いフォークに変わったし」

「まぁ。そうだな」

 フォークではないのだが、俺も見間違えたので何も言えない。

「じゃあ、玄魔君死んだんだね・・・」

 スピーカーから寂しそうな声が聞こえた。ゲームの仕組みは知っているのだろう。

「いや、玄魔は生きている」

「え」

「うん、僕は生きてるよ」

「その声は、本当に?」

 話すのは玄魔に任して俺は聞いたことから何があったのか探ろう。

「えっと由香?4年前、身に起きたこと覚えてる?」

「4年前だから、中1の時?」

「うん、そう。僕は4年前の夏、山小屋で君が胸を刺されて倒れているのを見たんだ」

 それで玄魔は由香が死んだと思ったわけか。俺も同じ状況なら死んだと判断するだろう。

「あー、そんなこともあったね。でも、その時の犯人は捕まったよね?というか、玄魔君いたの?」

 今得た情報だと確かに玄魔はその場にいたということになる。

 玄魔は俺を一瞥してから言った。

「奏太に呼び出されてね」

「「え」」

 由香も驚いているということは、知らなかったのか?

「俺が・・・呼んだ?」

「けど、私は奏太をみていないよ?あの時はちょっと嫌なことがあってあの山小屋に行ったの。そしたら知らないおじさんがいて。気づいたら病院だった」

 俺がそれを見つけていたということか?

「おい、玄魔。お前が見たものを話してくれ。由香が気を失っているときの記憶はお前しか持っていないだろ?」

「う、うん。そうだね。僕は奏太に呼び出されて山小屋に行った。そこに由香が倒れていて、奏太が手を血だらけにして立っていたんだ。山小屋に行く途中に誰ともすれ違わなかったし、奏太がやったんじゃないかなって思ったんだ」

 なるほどな。それで、玄魔は執拗なまで俺に殺意があったということか。

「玄魔、それだけか?犯人は捕まったし、お前もそれは知っていたんじゃないのか?」

 まだ、何かが足りない。

「僕も気を失って気づいたら病院だった。けど、気を失う前に奏太に何かを投げつけられたのは覚えてる」

 それが、額の傷というわけか。

 俺が鍵を握っているのは分かった。記憶がないのを今日ほどもどかしく思ったことはない。

「まとめると、由香が山小屋に行った。そこで見知らぬおじさんと遭遇。どのタイミングかはわからないが、俺が由香を見つけ玄魔に連絡を入れた」

「そういうことだね」

「うん」

 ・・・俺はいつから記憶がないんだっけ。

 不意にそんなことを思いついた。

「なぁ、その事件っていつ起こった?」

「確か、4年前のちょうど1週間前だよ」

 確か、俺が入院したのもその日だったような。この時に俺は記憶を失ったのか。

 沈黙が流れる。それを壊して由香が話す。

「私、胸を刺されたらしいんだけど」

 確かに玄魔はそう言っていた。

「僕はちゃんとこの目で見たよ。血だらけなのも」

「それがどうかしたのか?」

「あのね、病院に運ばれた時に、傷がなかったの」

「「え」」

 刺さっていたはずの傷がなくなる?それじゃあまるで、

「コントラクターと同じじゃないか」

 玄魔も同じことを考えていたらしい。

「でも、僕らだってコントラクターになったのは1週間くらい前だよね?」

「ああ、そうだ。もしくは、お前の見間違いってこともあるが・・・」

 気を失う理由に説明がつかなくなる。

 由香もコントラクターだったのだろうか。もしくは、

 ―てててん、てててん

 いきなりコントラクター専用の端末がなった。

「玄魔。俺のスマホ落とすなよ?」

 そう言い、玄魔にスマホを預け少し離れる。

「はい、もしもし?」

「ヤッホー、カナ!勝利おめでとう!」

 考える間もなく電話の相手は莉佐だ。

「もう情報がいってるのか。ありがと」

「いえいえ、これからも頑張って!あ、それと。さっきまでルノちゃんうちにいたんだけど、勝ったのわかった瞬間にそっちに向かったよ」

「そうか」

 いいタイミングだ。

「ありがとう」

「いいって。ちゃんと甘やかしてあげてね?」

「はいはい」

 そう言って電話を切った。




 それから数分後。ルノが飛び去った方向から戻ってきた。服装がワンピースから半袖短パンに変わっていた。前の服はボロボロだったから莉佐が着替えさせたのだろう。

「奏太!ただいま!」

 笑顔のルノが胸に飛び込んできた。

「お帰り、ルノ。戻って来て早々悪いが聞きたいことがある」

 頭を撫でながらルノに聞く。

「何じゃ?」

 玄魔が由香と話しているのが聞こえる。

「誰?」

「奏太の彼女」

 ・・・おいこら。

「違うよ。この件に唯一詳しそうなやつだよ」

「で、何が知りたいんじゃ」

 こういう時こそ考えを読んでくれればいいものを。

「4年前にコントラクターって存在したか?」

「何を言い出すのかと思ったら、いるわけなかろう。何せこのゲームで初めてコントラクターという存在が作り出されたのじゃ。数千年単位前ならあり得るかもしれんが、4年という浅い歴史じゃあいない。何じゃ?お主の記憶に関わることなのか?」

「まぁな。胸を刺されたはずなのに傷がなかったらしいんだよ」

「瞬時に回復したということか?」

「見間違いじゃなきゃそうなる」

「ふむ、それでコントラクターがいつからいたのか聞いたんじゃな?」

 俺と玄魔は黙って頷いた。

「あのー、私だけ取り残された気分なんだけど・・・」

 由香がボソッと言った。

「ん?その電話の相手が胸を刺されたはずなのに傷が治ったという人間か?」

「あ、はい。そうです」

「それを見たのがお主じゃな?」

 玄魔を見てルノは言う。

「うん、そうだよ。確かに胸が刺されて血を流しているのを見たんだ」

 ルノは少し考えてから言った。

「奏太が鍵を握っとるのは間違いないな」

 いや、それはもうわかっているんだけどさ。

「記憶がないんだからもうどうしようもない」

 ルノはふむ、と重々しく頷き言った。

「お主らは、真実が知りたいか?」

 それってどういう・・・。

「僕は知りたい」

 そう言ったのは玄魔。

「答えがわからないままだと気持ち悪いし、スッキリしない」

「私も知りたい」

 それに賛同し由香も言った。

「なら決まりじゃな」

 あれ?俺は?

「仮にお主が反対したところで2対1でお主の負けじゃぞ?」

 じゃあ言うだけ無駄ってことか。

「まぁ、一応聞いておこう。この2人を納得させることが出来れば奏太の勝ちじゃぞ?」

 勝ちって。勝負じゃないんだけど。

「俺は、知りたくないわけじゃない。けど、別に知る必要もないかなって思ってる」

 その言葉に時間が止まったのではないかと錯覚するような沈黙が起こる。

 何この雰囲気こわい。

「なんでだよ!奏太!」

 沈黙を破り玄魔が叫ぶ。うるさい。

「別にもう過ぎたことだし、今をちゃんと生きてるだろ?ならそれでいいだろ。記憶がなくて困ってるのは今だけだ」

「なん・・・」

「はい、ストップじゃ」

 玄魔がまた怒鳴ろうとしたのをルノが止めた。

「奏太の意見は分かった。じゃが、この二人は納得しとらん。つまり2対1でお主の負けじゃ。よって、奏太には自身の記憶を戻してもらうことになる」

 記憶を、戻すだって・・・?

「そんなこと、どうやってだ?思い出そうとして思い出せるなら苦労はしてねえぞ?」

 ルノはニヤリと笑って言う。

「お主が『アーウェルサ』にいけばそれが可能じゃ」

 それはつまり、このゲームに勝てということか。

「アーウェルサに行けば時の神がおる。そやつの頼めば自分自身の知らない過去も知ることが出来たはずじゃ」

 元々アーウェルサには行きたかったし、負けるつもりもない。死にたくないし。でもなぁ。

「「じゃあ奏太。ちゃんとアーウェルサに行ってきてね」」

 電話越しでハモるな。俺にもう拒否権は存在しないようだ。

「ところで奏太、玄魔君。アーウェルサって?」

 今それか。

「玄魔まかした」

 説明は玄魔にさせ、これからのことを考える。

 北海道のコントラクターは俺と、あともう一人。そいつらの契約を切れば北海道の征服は終わりだ。

 その次は、日本全国の征服。総理、スライムおじさんなどのコントラクターの契約種を倒さなくてはならない。

 さらに、暗黒世界でルノは言っていた。『与えた力で世界を征服する』と。つまり、まだ見ぬ海外コントラクター勢とも戦わなくてはならない。

 あー、これはなかなかめんどくさい。

「じゃあ時間がかかるの」

「「え」」

 玄魔と由香はルノが何に対していったのか理解できなかったのか戸惑っているようだ。

「おいルノ。人の考えを勝手に読むな。これからは許可をだなぁ」

「嫌じゃよ~」

 そう言ってルノは浮かび上がる。

 玄魔の顔は困惑している。それはきっと電話越しの由香も同じだろう。さっきから何かぶつぶつ独り言を言っている。

「「奏太、説明して」」

 めんどくさいなぁ。

「俺はコントラクターだ。けど、一人の人間でもある。だから、俺は極力普通に生活したい。夏休みが終われば当然学校にだって行く」

 玄魔も由香も何も言わないのを確認し俺は続ける。

「他のコントラクターが戦闘をふっかけてこない限り俺からは何もしない。時間がかかるとはそういうことだ」

 長い沈黙の末、由香は言った。

「そっか。じゃあ待ってるよ」

 それに対し、玄魔は驚いていた。

「え、由香。それでいいの?」

「うん。真実を知ることが出来るならいつでも。それに、クラスメイトにあまり無理はしてほしくないから」

 あまり学校では関わることがなかったが、少し嬉しい。

「由香そういうなら僕もそれでいいや。まぁ、高校を卒業するまでには知りたいかな」

「努力する」

 まぁ他のコントラクターの動き次第だが。

「それじゃあ、そろそろ切るね?バイバイ奏太、玄魔君」

「ああ、じゃあな」

 由香との電話が切れた。

 さて、と。

「ルノ、帰るぞ」

「ちょっと奏太!待って」

 玄魔に呼び止められた。

 ああ、そういえばこいつはどこに帰るんだろう。もし遠いなら、コントラクターじゃなくなった今は帰るのが大変だろう。

「・・・奏太。こやつが聞きたいのはそうじゃないぞ?」

 え、違うの?

「いつまで僕をフリーにしとくのさ。今の僕は誰の下僕でもないし君を殺すことだってできる。それに、また契約するかもしれないだろ?」

 また契約する?

「あれ?知らない?」

 知らない。うちの契約種様はそんなこと一言も説明していなかった。

「うむ。伝え忘れた」

 ・・・おい。

「このゲームは通常、コントラクターが殺され契約種はまず死なん。そうなると、コントラクターが死んでも契約種は生きるという状況が出来る。そうなった契約種は、自身がフリーの時だけ開けるアーウェルサへの門を開きそちらに帰るか、今のこいつのようにフリーの人間と再契約することになるんじゃよ」

 ・・・何でそんな大事なことを忘れるかなぁ!?

「お主がこのゲームにあまりにも消極的じゃったから言い忘れたんじゃよ!」

 逆ギレされてしまった。俺が悪いのか?

「まぁいいや。ルノ頼んだ」

「うむ」

 ルノは頷き包丁を取り出した。

 それを見た玄魔が声をあげる。

「奏太がやるわけじゃないの?」

「俺は人間を殺したくない」

「そうなんだ。じゃあルノさん。お願いします」

 そう言って玄魔は正座した。

 というか、ルノに『さん』って。なんだかとても不自然に感じ笑ってしまう。

「何がおかしいんじゃ!?別に不思議じゃないじゃろ。何しろ我の方が・・・」

「早くしてくれませんかね!?殺されるとわかっていても怖いものは怖いんだから」

「む、それはすまない」

 やーい怒られてやんの。ちなみに、ルノは自分が年上だからと言いたかったらしい。でも、見た目がそれじゃあね。

 ルノは何か言いたそうにしていたが、結局何も言わずに包丁を構えた。

 それと、同時に俺は耳をふさぎ目を閉じた。

 何度か俺もやってはいるが客観的に見るのはまだ慣れない。いや、慣れてはいけない。

「奏太、終わったぞ」

 早っ!十秒もたっていないだろう。きっと。

 目を開けると玄魔の足元に血だまりが出来ており服が汚れている。どこを切ったらそんな出血量になるのかは考えたくもない。

「うん。特に体に異常はないね。まさか、切腹がこんなに出血するなんて思ってなかったよ。あれ?奏太どうしたの?顔色がよくないみたいだけど」

 あえて考えないようにしていたのに、不本意ながらも知ってしまいちょっと吐き気がするだけで特に何も問題はないです。はい。

「お前、腹を切られたのか」

「うん。ルノさんに頼んでね。死ぬなんて一生に一度じゃない?だからさ、現代ならなかなかできないような・・・」

「もういい」

 聞いた俺が馬鹿だった。正座したのも時代を味わうためだろう。

 死に方はどうであれ、玄魔の左手の甲には黒いフォー・・・槍の模様がしっかりと現れていた。

 これでまた、征服が進んだのだなと実感させられる。

「僕の征服率が35パーセントで、奏太の征服率が30パ-セントだったから今は65パーセントだね」

 ん?それってつまり、

「奏太が北海道一のコントラクターということじゃな」

 いやいや、俺はエルフ一人とドラゴン一匹倒しただけだ。殺した数はもう一人に負けている。

「どっちも苦労したんじゃからいいじゃろ」

 うーん、まぁ、そうか。今回は本当に苦労した。もう3日は家に帰っていない。開けっ放しの窓が気になる。

「ルノ、帰るぞ」

「うむ。して、お主はどうするんじゃ?」

「あ、僕?」

 おっとそうだ、玄魔がどこに住んでいるのかまだ聞いていなかった。かつては札幌に住んでいたらしいが、遠くなら送りに行かなければならない。

「で、どこに住んでんの?」

「函館なんだけど・・・」

 なんだか歯切れが悪い。

 玄魔はしばらく何かを思案した後、思いついたように言った。

「奏太!僕を夏休みが終わるまで止めてくれない?」

「は?」

 予想外の申し出に頭がフリーズする。

「せっかくこっちに帰ってきたんだから久しぶりに友達と遊びたいしさ」

「うーん・・・」

 どうせ親はいないし泊めることは可能だ。だが、夏休みが終わるまで後2週間程。その間だけといえども光熱費と食費、その他諸々お金がかかってしまう。

 実質一人暮らしのようなものなので、生活費を親に払わせるのは申し訳ない。なので自分で払っているのだが・・・。

 自分で火を使うことが出来るので、ガス代は浮く。それでも多少は高くなってしまう。

 いや、違う。玄魔がうちに来るということは食卓を囲む人数が増えるということだ。最近はルノと食べていてもテーブルに空きができ、少し物足りないと思っていたところだ。

 あとはこいつ次第だ。

「・・・ルノ、どう?」

「奏太がいいんなら別にいいんじゃないか?我だって住まわせてもらっとるしの」

「だとよ、玄魔。夏休みが終わるまではうちでしっかり面倒を見るよ。ちゃんと終わるころには送ってく」

 それを聞いた玄魔は嬉しそうに笑って言った。

「うん!ありがとう奏太、ルノさん。これからお世話になります!」

 こうして、俺が北海道一のコントラクターになるのと同時に、同居人が増えたのであった。




 同日夜。

 玄魔は自室で一人眠れずにいた。

 奏太の家の空き部屋を借り、そこに布団を敷いて寝ようとしていた。

 だが、睡魔が全く襲ってこずに、寝ようとしてからどのくらい経ったのだろう。

 どうしても今日の出来事思い出し、眠れない。

 奏太はまた変わった。いや、戻ったといった方が正しいかもしれない。

 食卓を一緒に囲み、奏太お手製のハンバーグを食べた。その時奏太は笑って食事を楽しんでいた。4年前、初めて遊んだ時と変わらない明るい笑顔だった。

 あの事件の後から奏太は記憶を失ったと言っていた。ゲームクリア・・・世界征服をすれば今ある謎がすべて解かれるのだろうか。

 ここに無茶言って泊めてもらったのは、万が一夏休み中にゲームが終わればすぐに真相が知れると思ったからだ。連絡を取ることが出来てもすぐに知りたくなるのが人間というものだ。

 さらに、奏太に関することは謎でいっぱいだ。4年前の事件だけではない。奏太が笑わなくなった頃、学校での奇行など知りたいことが山ほどある。

 だが、そのすべてを奏太が教えてくれるかどうかは疑問だ。誰だって知られたくない過去だってあるだろう。それでも、知れることは全部知っておきたい。

 奏太の記憶が戻るまで、僕はただ待つことしかできない。それでも何もせずにはいられなかった。

 今の僕には何ができるだろうか。奏太の目的地は、異世界アーウェルサ。コントラクターではない僕がそこに行く方法はないのだろうか。

 いや、ある。ジャックがゲームについて説明した時に言っていた。

『アーウェルサというのは人間が一切立ち入ることのできない領域じゃ。じゃが、人間の魂は器である体が死ぬとアーウェルサに送られる。魂だけで人の形はしとらんし、自由もない。記憶をなくして転生するまでの間、ずっと休みなしに働かされる』

 行くことが出来ても実体がなければ意味がない。

 ちなみに、コントラクターには人間のアーウェルサへの強制送還を保留にできるらしい。そのため、魂は体に残り生きる屍と化すようだ。

 コントラクター同士が殺して下僕にならないのは、同じ力のぶつかり合いにより効力がなくなるらしい。だから、コントラクターのまま死ぬと、アーウェルサには行けるものの、強制労働となる。

 そう考えるとぞっとした。相手が奏太ではなかったら、今頃は強制労働だったのかもしれない。奏太はそれを知っていて契約種を殺していたのか。だとしたら、奏太はコントラクター界の救世主ともいえる存在だろう。

 契約種には気の毒だが、奏太のおかげで多くの人間が救われたらいいなと思った。

 コントラクターじゃなくなり、ジャックを失った僕にはもう一つ不可解なことがあった。

 ジャックの亡骸。

 ここに帰ってくる前に、ジャックと最後の挨拶をしようとしたときに、その姿は消えてなくなっていた。

 契約が切れたのだから死んだのは間違いない。けど、奏太のちっちゃな契約種ルノさんも、

「我らが死ぬなんて考えてなかったし説明も受けていなかったからな。我にはわからぬ」

 と、言っていた。

 奏太に関しては特に気に留めてもいなかった。

 契約種を狩っているのが奏太だけならあっちの世界ではまだ対応していないのかもしれない。

 もしくは、今日の天気は曇り。それに、残っている契約種は確か・・・。

 結論が出る前に、今まで現れてすらいなかった睡魔に奇襲を仕掛けられ深い眠りに落ちた。

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