第1章~チュートリアル突破~

 意識が遠のいてからどのくらいたったのだろうか。

 堀井奏太は目を覚ました。

 手元のスマホで時間を確認する。昼の12時。

「休みだからって寝すぎたな」

 今が夏休みでなかったら大変な遅刻だ。

 変なものを見たせいでまだ眠い。

 徐々に視界がクリアになる。そして、不思議なことに気付く。

「あれ?」

 枕元に自分のスマホがある。だが、右手にもスマホがある。

 いや、違う。右手で持っていたのは、先ほど貰ったスマホによく似た端末だった。

「やっぱり、夢じゃないのか」

 わかっていた。だって、腰に何か巻かれている。

 体を起こして巻かれているものの正体を確認する。

 ・・・幼女だ。

 さっき見た、ロリ悪魔が俺の腰に腕を巻いて、気持ちよさそうに寝ている。

 ・・・天使のような寝顔だ。いや、実際は悪魔らしいけど。

 やばい、頬が緩んでしまう。

 頭をなでてみる。さらさら、いや、つるつる。すべすべか?

 語彙力のなさが悔やまれる。けど、ずっとなでていたくなるような心地よさ。

 ほっぺを軽くつついてみる。まるで、生まれたての赤ん坊のように弾力のあるもちもちとした肌触り。

 さて、どうしよう。

 あのときは触れることが出来なかったし、恐怖が大きかったけど今は違う。

 正直なところ、このまま可愛い寝顔を見ていたい。けど、聞きたいことがたくさんある。

 もし。もしだ。このままずっと過ごすのであれば、毎日この寝顔が見られるってことだよなぁ。

 よし。

「おい、ルノ?起きて」

 軽く肩を叩きながら優しく声をかける。

「んぁ?後5分」

 そう言ってまた寝てしまった。

 ・・・はぁうぁぁぁ!

 やばい、可愛すぎだ。理性がどこかに飛びかけた。

 ふー。

 一回深呼吸して落ち着く。

「後5分だからな」

 そう言って、左側にあった自分のスマホを手にとる。

 映し出されたスマホの画面には、おびただしい量の新着メッセージが届いていた。

 それだけでは特に問題ではない。

 適当にメッセージを流していく。特に読む必要なんてない。面倒くさいし。

 だが、たくさんあるメッセージの1つに、ニュースと思われる画像をみて思考がとまった。

「北海道地方。堀井奏太、高校生。鈴野莉佐。大学生。顔と名前にピンときたら・・・殺してください?何だよ、これ」

 名前、顔写真が公開され、それは紛れもなく俺自身だった。

 流していたメッセージにも「殺す」だとか、「死ね」など物騒な内容があった気がする。

「おい!ルノ、起きろ。5分たった。それとちゃんと説明しろ」

 ちょうど5分経っていたので、急いでルノを起こす。

「まったく、うるさいのぉ。さっきから起きとったわ」

 そう言って眠そうに欠伸。

 嘘をつけ。

「まずはこの世界征服というゲームの仕組みを説明するかの」

「はぁ?ゲーム?」

「そうじゃ。そういった方が理解しやすいじゃろ」

 世界征服を、ゲーム、か。まぁ、ゲームは好きだから俺には理解しやすいかもしれない。

「さて、ルールを説明するぞ。全ての人間を殺す。それだけじゃ」

 それだけって。大分とんでもない事を言っているんだが。

「人間を殺すことによってお主の所有地が増える。そう言えば分かるか?」

 まぁ、なんとなく分かるけど。

「まずはここ、北海道を征服。その後、日本を征服。さらに、世界各地を征服する」

 ―やりたくない。

「まぁ、そう考えるな」

「だって、やりたくない」

「さて、説明を続けてもよいか?」

「よくねぇよ!?今ので先に行ってもいいっていう判断できるとこないだろ」

「殺された人間じゃが」

 無視かよ。

「お主のような契約済みの人間、『コントラクター』に殺された普通の人間は、生きる屍となる」

 生きる屍?

「どういうことだ?」

「下僕となり死ぬ。じゃが、魂はそのまま」

 ??

「死んでも普通に生活するのじゃ。いや、殺されて普通の生活に―」

 後半はよく聞こえなかったが、死んでも普通に生活するなら、いいような気がしてしまう。

「全員殺さなきゃいけないのか?」

「何じゃ?やる気になったのか?」

「ちげぇよ」

 なんとなく気になっただけだ。殺したいわけじゃない。

「全員殺さずとも他のコントラクターを殺せばよい。そうすれば」

「相手の所有地、下僕が貰えるということか」

「そうじゃ。よく分かったのぉ」

 分かりたくはなかったけどな。

「ちなみに、北海道にはお主含めて4人のコントラクターがおる。じゃから、時を見計らってコントラクターを3人殺せばお主の征服は完了じゃな。まぁその分大変じゃろうが」

 ふーん。

「そんじゃあさ、俺等コントラクターが死んだらどうなるんだ?普通の人間と同じで、生きる屍になるのか?」

 死んでも生活できるなら自分から死を選ぶという選択肢もある。

 だが、ルノは黙って首を横にふった。

「マジかよ」

「コントラクターは死に方はどうであれ、下僕になることなく死ぬ。普通の人間に殺されれば、死んでから殺した者に契約が移る」

 生き残るには、殺すしかないのか?

 いや、殺さないでどこかに隠れるのはどうだ?

「それでもだめじゃ。気づけばお主1人になるという事態に陥るぞ」

 いいことを聞いた。

「逆だ、ずっと隠れることが出来れば―」

「だから、それが無理じゃと言っておるのじゃ。お主のそのバングル、発信機がついておる」

 はぁ?

「端末でコントラクターがどこにいるのかなんて簡単にわかってしまうわ」

 ―無理ゲーだ。

 死んだらダメ。殺さなかったら、殺される。

 どうにかして生き残る方法を考えながら今後は生活した方がよさそうだ。

 とりあえず、一旦落ち着いた。もう一回冷静に考えよう。

 まずは、あのニュースの画像。

「おい、ルノ。テレビつけたいからさ、ベッドから、というか、まず俺から降りてくれない?」

 起きてから、ずっとしがみつかれたままだ。

「我に降りろと言うのか?」

 うん。

「我を持ってテレビをつければよかろう。我は動きたくないのじゃ」

 ちょっと降りてくれればいいのに。まぁ、いいや。

「よっこいしょ」

 ルノを持ち上げて床に下ろす。

 思っていたより軽い。1キロあるかもわからない。

 テレビの前に腰を下ろし、電源を入れる。

 テレビには東京と見られる風景と、一人の男が映しだされていた。

 この男には見覚えがある。いや、日本に住んでいるならなら誰もが見たことがあるだろう。

「総理の、中島」

 中島透。50代半ばの日本の総理大臣。国民からの支持率が過去最高に高くて話題になっていた、ような。

 そんな人が画面の中、実際には東京で暴れているのだろう。

「こいつは、恐らく関東一のコントラクターじゃな」

 ルノがいつの間にか背中に乗っていた。軽くて気づかなかった。

「端末で調べられたよな?」

「そうじゃ」

 貰った端末を開く。使い方は普通のスマホと変わらないようだ。

 ホーム画面にあるコントラクターと書かれたアイコンをタップする。

 各地方の一覧から、関東地方を選ぶ。

「あった。中島透、契約はスライム?雑魚として扱われたり、最強としても扱われたりすることのある万能なあれか」

「人間界ではそうじゃな。そいつは能力が厄介なんじゃよ」

 能力ね。

「えっと、斬撃・打撃の無効化?」

 スライム=プルプルというイメージがあるから、まさにその通りということなのだろうか。

「そうじゃ、あのおっさんはぷるぷるなのじゃ」

 なんだろう。寒気が。

 そんなことより、関東地方にはコントラクターがこいつ一人しかいない。

「なぁルノ。北海道には4人もコントラクターがいるのにさ、関東地方に一人しかいないのってさ、もしかして」

「そのもしかしてじゃ。あのスライムが関東地方の人間と一緒に他のコントラクターも殺してしまったんじゃよ。もともと5人いたんじゃがな」

 やっぱりか。とんでもない奴だな。

「なぁ、このゲームって始まってどのくらい経つんだ?」

「10分じゃ」

 え?聞き間違いだろうか。10分って聞こえたんだが。

「10分と言ったのじゃ。12時にこのゲームが始まって、今は12時10分じゃからな」

 本当にとんでもないな。こっちにこないことを祈っとこう。

「奴は九州にいるようじゃし、しばらくは大丈夫じゃろ」

 まぁ、しばらくはゆっくり過ごそう。そして、お腹がすいた。

「ルノ?腹減ってない?」

「そうじゃな、減った」

「よし、何かつくるか」

「やった!飯じゃ飯じゃ」

 ルノは飛んで喜んだ。まるで幼稚園児だな。

 ん?待てよ?ルノは悪魔だ。見た目はすごくロリロリしいし、ちょくちょく幼稚園児のような行動もするが、悪魔なのだ。

「そうじゃ、それがどうしたんじゃ?」

「いや、悪魔って何を食うんだ?」

 まさか、人間の魂とか血肉なんじゃ、

「お主と契約しとる内は同じものを食うぞ?好みも同じになるしな」

 好みが一緒なのは良いな、好きなものが違うと作りにくいし。

「ちなみに、普段は何を食べてたんだ?」

「普段は魔界の肉じゃな。たまに人間の血肉も食べておった」

 聞かなきゃよかった。

「んじゃ、作りにいくか」

 自室のドアを開けてリビングにでる。誰もいない、のはいつも通りで、両親はどっちも仕事だ。

 窓から見える景色も特に変わりない。マンションの8階の窓からは見慣れた景色が広がっていた。

「お主よ、何を作るのじゃ?人間の料理はほとんど食べたことが無いから楽しみなのじゃが」

 キッチンに移動して冷蔵庫を確認する。玉ねぎ、卵、冷凍ご飯。これだけでも十分だろう。

 作るのは、チャーハンだ。冷凍ご飯を軽く電子レンジで温め、玉ねぎ、卵とともに炒める。塩コショウなどの調味料で味をととのえるだけで出来る大変お手軽な一品だ。

 さて、まずは玉ねぎをみじん切りにする。その間に卵をルノに溶いてもらおう。

「ルノ?卵割れるか?」

「お主、我を馬鹿にしておるじゃろ。それくらいできるわ」

「そんじゃ、このボウルにいれて溶いといてくれ」

「余裕じゃ」

 そう言ってルノはきれいに卵を割った。中身をボウルの横に落として。

 黙ってルノを見る。ルノは黙って俺を見上げる。その目は徐々に潤んでいき、

「今のはたまたまじゃ!いつもならできる!我にもう一回チャンスをくれ!」

「わかったから泣くな」

「泣、泣いとらんわ」

 完全に涙が出ているが。

「これは、玉ねぎのせいじゃ」

 まだ切っていませんが?そう思いながら、冷蔵庫から卵をもう一つ出す。

「はい、卵。ミスんなよ?」

「ふん!余裕じゃわい」

 さっきも同じこと言っていたよなぁ。

「き、気のせいじゃ。とにかく、集中したいから話しかけんじゃないぞ?」

 はいはい。

「我はできる。我はできる。できる」

 何かのおまじない?を言って一呼吸置いたルノは、

「そりゃ!」

 可愛らしい掛け声と共に卵をわった。

 今度はちゃんとボウルに入った。

 ちょっと殻が入っているけど大丈夫かな。

「どうじゃ!?」

 可愛いドヤ顔だ。

「よくできたな、えらいえらい」

 褒めながら頭をなでる。

 ルノは嬉しそうに笑っていたが、ハッと真顔になりなでていた俺の手を振り払った。

「当然じゃ。我にできないことなどないのじゃからのぉ」

 そう言って笑う。

 ・・・最初はノーカンなのかな。

「よいか?それは忘れるのじゃ」

 あ、はい。

 さて、気を取り直してチャーハン作り再開だ。

 ルノに卵を溶いてもらう。今度は失敗しなかった。まぁ、かき混ぜるだけで失敗のしようなんてないんだけどさ。

 その間に俺は玉ねぎをみじん切りにする。

 これで材料の準備はおしまいだ。

 さて、炒めるか。という時に事件は起こった。

「火が、つかねぇ」

 このマンションはガスヒーターだ。ガスが止まらない限り火がつかなくなる事はないのだが。

「お主よ、いいニュースと悪いニュースが一つずつあるぞ。どっちから聞きたい?」

 こういうときは、

「いいニュースで」

「じゃあ、悪いニュースから伝えるぞ」

 なんで選ばせたんだよ。

「どうやら、お主の家だけガスを止められているようじゃ」

 はぁ?

「まぁ、当然の判断じゃな。お主はコントラクターじゃからな、生活を困らすことも一つの攻撃じゃろ」

「なら、直接来いよ」

「なんじゃ、来てほしいのか?」

 来てほしくもねぇよ。

「さて、気を取り直していいニュースじゃ」

 期待はしない。

「期待してよいぞ?なんせこの状況を打開できる内容じゃ」

「ほぉ?」

 ちょっとだけ興味がでてきた。

「で、いいニュースって?」

「お主は我と契約しとるな?」

 うん、夢だと思っていたし。拒否権なかったみたいだし。

「契約しとるということは、さっきのスライムおじさんのように能力を得ているということじゃ」

 スライムおじさん・・・。一旦忘れよう。

「んで俺の能力は?」

「今にぴったりじゃぞ」

 もったいぶらずにさっさと教えてほしい。

「では、発表するぞ。お主の能力。それは、火を自由に操ることができるのじゃ」

 火を操る。

「まさしく、今のためにある能力だな」

「そうじゃろ?では、フライパンの下に必要な火をイメージするのじゃ」

 火をイメージ。

「頭に思い浮かべるだけじゃ」

 言われた通りに中火のイメージをする。フライパンの下に熱が集まるのを感じた。

 ―ボッ

「よくやった。火が付いたぞ。早く炒めるのじゃ」

 そう言ってルノは玉ねぎを入れようとする。

「待て、まだ早い。油があったまってからだ」

 何はともあれ火は点いた。点いた火は大きくしようと思えば大きくなるのだろうか。

 少しだけ火が大きくなるイメージをする。するとイメージ通りに火が大きくなった。

 今度はフライパンに沿って円になるようにイメージする。またイメージ通りに火が変わった。この方が火の通りは良いだろう。

「なあルノ」

「何じゃ?」

「この能力便利だな。一度火を出せば後はイメージ通りになる」

「それがお主の能力じゃからのぉ」

 自分で火力を調節しつつチャーハンを作る。

 玉ねぎを炒め、温めておいたお米。溶き卵をいれてしばらく炒める。 

「お主よ、まだ出来んのか?」

「もうできるよ」

 塩、コショウで味付けをしたら完成だ。

 炒めるだけで素早く簡単にできるのはチャーハンの良いところだろう。しかもおいしい。

 ルノはチャーハンが初めてだったようだが。

「何じゃこれは!こんなにおいしいものが人間界にあったのか」

 と、大変お気に召されていた。

 なんだかんだで昼食は1時半に終わった。洗い物をしてひと段落しようとしたところで、

「さてと、腹も膨れたことじゃし始めるとするか」

「何を?」

「忘れたのか。征服じゃよ」

 いや、忘れてはいなかったけど、

「俺はやらないよ」

「な、話が違うではないか」

「いいや、何も違くない。俺は征服するなんて一言も言ってないんだけど?」

「そう悠長なことは言ってられん。我らが昼食をとっている間に他の三人は自分の区域の征服を終わらせてしまったようじゃ」

「まじか」

 まだ始まって1時間半しか経ってねぇぞ。

「ここへ来るのも時間の問題じゃな。だからはや」

「パス」

「なぜじゃ」

「今はなるべく目立ちたくない。他の3人がお互いに潰しあうならそれでいい。それにこっちへ来ているんだろう?なら尚更待っていればいい」

 それに、殺さなくてもいい方法をまだ考えられてない。それがわかるまでは待機だ。

「じゃが、お主、我と契約してから動いてないじゃろ」

 そりゃまぁ、起きてチャーハン作っていたからな。

「慣れた方がよいと思うぞ」

「何に?」

「お主は契約して身体能力が飛躍的に上昇しておる。他のコントラクターに出会う前に慣れておかなければ、簡単に負けてしまうぞ?」

 やけに挑戦的だな。

 できることなら運動なんてしたくない。けど、死にたくない。

「わかったよ。少し散歩に行くか。征服はその後だ」

「じゃあ早速」

「いや、まだだ」

 ルノの頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。

「着替えるんだよ、まだパジャマだ」

 起きてから今までグレーの半袖短パンだ。さすがにこれで外へはでられない。


 着替えて外へ一歩踏み出して分かった。身体能力が言われた通り上昇している。

 助走がなくても宙返りができる。軽く跳んだだけで5メートルは跳ぶ。おまけに疲れにくい。運動を一切してこなかった昨日までとは全然動きが違った。

 以前、外国人が屋根から屋根へ飛んだり、壁を上ったりする動画を見たことがある。カッコいいと思い、いずれはやってみたいと思っていた。だが、

「楽しいには楽しいけど、簡単にできるとつまらないな」

「よくいうわい。さっきまで楽しそうにこの塔の昇り降りを繰り返していたじゃろ」

 それもそうでした。

 今いるのは、札幌の象徴ともいわれるテレビ塔。展望台よりも上の頂上に片足で立っていた。

 バランスが崩れないのも契約のおかげだろう。

 天気は雲一つない快晴のため見晴らしがいい。道路は車が通り、人々もいつも通り歩いていたり、自転車に乗っていたりと、

「平和だ」

「そりゃ、お主が何もせんからの」

 そりゃ、人は殺したくない。周りがそう思わなくても、俺だけはちゃんと人間でいたい。

 たとえ普通に生活したとしても死んでいることには変わりない。

「さてと、そろそろ帰るか」

「ん?もういいのか?」

「うん、少しって言ったのにもう夕方になる」

 そう言って、頂上から飛び降りて展望台へ静かに着地。さらに鉄柱を使い素早く降りる。

 家へ帰る途中、普段通っている高校の前を通った。夏休みでも部活はあるようで、それなりに騒がしかった。

 ―平和だ。

 そう思ったのは一瞬のだった。部活中の生徒の一人が俺の存在に気付いたのだ。

「コントラクターの堀井だ。てめぇら、やるぞ」

 その掛け声と共にその場にいた生徒、顧問、およそ五十人以上が俺めがけて走ってきた。

 突然の出来事に俺は動くことが出来なかった。

 囲まれた。それに人が徐々に増えている。ただの野次馬か、それとも殺しに来ているのか、判断できそうにない。

「よお、堀井」

 掛け声をかけていた男が話しかけてきた。

「やっぱりお前ロリコンじゃないか。そんな幼女連れて。休み前はあんなに否定していたのになぁ?」

 俺がロリコンであるかなんて、今はどうでもいい。

 問題は、話していた男の目の焦点が合っていなかったことだ。恐らく、正気じゃない。

「あやつらは力が欲しいのじゃろ」

「正解だよ、お嬢さん。だからこっちへきな」

「嫌じゃ。力が欲しけりゃこの男を殺すんじゃな。まぁ、無理だと思うがのぉ。なぁ、奏太よ」

 初めて名前で呼んでくれた。というのも今はどうでもいい。少し嬉しいけどさ。それよりも、

「おい、ルノ。挑発するなよ」

「俺には無理だと?舐めやがって。やってやろうじゃねぇか」

 ほら、乗っちゃったよ。なんで余計な事するかなぁ。

「俺は誰も殺したくないんだからさ。ルノが何とかしろよ?」

「無理じゃ。我には戦う力などない」

 じゃあなんで挑発したんだよ。

「何ごちゃごちゃ言ってやがる。死ねぇ!」

 そんなやり取りをしているうちに男が攻撃してくる。

 跳んで回避しようと思ったが、周りにいた人たちに足をつかまれてしまった。

 一瞬ひるんだ所に男の拳が頬かすめた。

「いってぇ」

 血が出ている。だが、すぐにふさがった。これもコントラクターの恩恵か。

 ただのパンチでは血なんて出ないだろう。それに、痛みとしては切り傷に近かった。

 攻撃してきた男の手をよく見ると、包丁にもナイフにも見える変わった形のものを握っていた。

「ありゃ、魔界のものじゃな」

「魔界の?」

「そうじゃ、人間が簡単に死んでもつまらんからか?余計な事しおって」

「それは、どういう」

「奏太は戦いに集中せぇ。またくるぞ」

 男がまた向かってくる。

「奏太、能力を使って殺せ。じゃなきゃお主が死ぬぞ」

 嫌だ。殺すのも、自分が死ぬのも。

 それでも、男は俺を殺しにかかってくる。

 やるしか、ないのか?覚悟を、決めろ!

 ―ヒュン

 何かが風を裂く音。さらに、

 ―グサ。

 何かが刺さる音。

 それと同時に男が倒れた。

「何だ?」

 倒れた男をよく見ると、頭に矢が刺さって血が出ている。

「助かったのか?」

「まだじゃ、あそこを見よ」

 ルノが指差した方を見る。

 300メートルほど離れた屋根の上。そこに、黒髪ショートヘアーの女性が弓を構えていた。

 その隣には、褐色肌で長い銀髪の女性がいた。

 弓を構える女性の顔には見覚えがあった。朝見たニュースの画像に、俺と一緒に写っていた女性だ。

「鈴野莉佐。大学生だったか」

 記憶を呼び覚まして確認する。

「おい小僧!死にたくなきゃ避けろよ!」

 遠くから、褐色肌の女性が叫ぶ。それと同時に矢が放たれたようだ。

 首を少し左に傾ける。そのすぐ右を矢が通り、後ろにいた人へ刺さる。

「なぁ奏太」

「何だルノ」

「ずっと不思議だったんじゃが、このくらいの拘束は身体能力が上がっているのじゃから簡単に抜け出せるじゃろ」

 いつの間にか魔界のものを回収していたルノがため息をつきながら言った。

「それもそうだ」

 そう言いながら体に力を入れて拘束を解く。そもそも、わかっていたならその時に言ってほしかった。

 一気に体が軽くなった。

「さて、ここはあやつらに任せて我々は戦線離脱するかのぉ」

「あの人たちにお礼言ってからな」

 一応助けてもらったのだから。

「やめておいた方がいいと思うぞ。あやつらも敵じゃ」

 その間にも周りの人間が倒れていく。いずれも頭を貫かれて。

 だが、倒れた人たちは立ち上がり学校へ戻っていく。そして何事もなかったかのように部活をしている。

「これが、生きる屍。下僕か」

「そうじゃ。殺された時の傷は治り元の生活に戻る」

 ルノが言い終わると同時に、俺を囲んでいた全ての人間は学校へ戻っていった。

 そして、屋根の上からあの二人の姿も消えていた。

 お礼を言いそびれた。

「じゃから、それはやめておけといっているじゃろうに」

 まぁ、同じコントラクターだ。また会うことになるだろう。お礼はその時に言えばいいだろう。

「さて、そろそろ帰るか。夕飯時だし」

 久しぶりに運動したせいで腹ペコだ。

「そう、じゃのう」

 だが、ルノの様子がおかしい。

「どうかした?」

「コントラクター同士は紛れもなく敵同士じゃ。なのになぜあやつらは我らを助けた上に殺さずにいなくなったのかと思ってのぉ」

 それは、あの人たちがいい人だったからだろう。

「違うさ、助けたわけじゃない」

 突然後ろから声が聞こえた。

 振り返るとそこには、大学生と褐色の女性がいた。

「私たちは私たちの征服を進めたにすぎない」

 そういったのは、褐色肌の方。

 近くでみると女性にしては背が高く耳がとんがっていた。

 とんがり耳というと、エルフが連想される。

 とんがり耳に褐色肌。この人はきっと、ダークエルフ。

 ダークエルフは普通のエルフと違い戦闘力が高く、森及びほかのエルフを守る。

 ゲームで得た知識だが、多分あっているだろう。

「ふーん。まぁ、何はともあれ助かったよ。ありがとう。それと、ここに来たってことは何か用?」

 ルノが言っていたように助けられたとは言え敵だ。いつ攻撃が来てもいいように少し身構える。

「あ、特に大した用じゃないよ。だからそんなに警戒しないで?」

 そういったのは大学生の方。

 とても美声で、よく声が通っている。

「あ、自己紹介しようか!そしたら、警戒も解いて!」

 そう言われてもなぁ。

「大学生の鈴野莉佐です!悩みは童顔であること。よろしくね!」

 確かに彼女は童顔だ。同級生に交じっていても違和感はないだろう。

「それでこっちが、」

「私もするのか?」

「当然でしょ?」

 エルフはため息をつきながらも自己紹介を始めた。

「ダークエルフのラックド・ライだ。まぁ、初対面だしラック様とでも呼ぶといい」

 あれ?この自己紹介どっかで聞いたことのあるような。

「莉佐も呼んだことないから気にしなくていいよ」

 ・・・次はこっちの番か。

「俺は堀井奏太、高校二年生。よろしく。それで、こっちが、」

「ワーペル・ルノじゃ。そうじゃな、ワーペル様とでも呼ぶといい」

 暗黒世界と全く同じ自己紹介をした。っていうか、ライと同じ自己紹介だ。

「よろしくね!ルノちゃん!」

「そっちの名で呼ぶでない!我を誰じゃと思っている」

 このやり取りもしたなぁ。

「悪魔だろ?知っているさ」

 ライが言った。まぁ、端末で調べられるしな。

「それに、カナだってルノって呼んでいるでしょ?」

 カナって俺のことか。

「よくご存じで」

「耳がいいからね。だからルノちゃんいいでしょ?」

 莉佐はルノを抱きかかえながら言った。

「ダメじゃ。お主には心を許しておらぬ」

「じゃあ俺には心を許しているのか?」

 名前呼びでも何も言われないし。

「違うわ!」

 ルノはキッパリと言った。

 そんなにはっきり言われると少し傷つく。

「奏太には何度言っても無駄じゃった。あの暗黒世界で何度同じやり取りを繰り返したことか。当の本人は覚えとらんようじゃがのぉ」

 莉佐に抱きかかえられたルノはチラッとこちらを見た。

 繰り返した記憶なんてないなぁ。

「よし、自己紹介は終わったな。では小僧よ。」

 ライに呼ばれ身構えてしまう。なんか、こいつ怖い。

「何?」

「私たちは知床から来たのだ。だが、もう暗い。言っている意味は分かるか?」

 いや、わからん。

「ちょっとライ、それだけじゃわかんないって。代わりに説明するね」

 そう言って莉佐は話し始める。

 莉佐は知床、のある斜里町からきたらしい。今から帰るにしても札幌からはかなり距離がある。さらに、空腹と疲労で帰るのは難しい。だから、寝泊りできる場所を教えてほしい。とのこと。

「適当にホテルなり旅館なり見つければいいじゃん」

 と言ったのだが。

「それが出来れば莉佐だって聞いたりしないよ」

 と、ため息をつきながら返された。

「カナがここの征服をしないから、街中は莉佐たちを狙う人間ばかりで落ち着けないでしょ?今日はもう疲れて殺す元気もないからさ。ライが」

 可愛い顔をして恐ろしいことを言うなぁと思ったが、莉佐はコントラクターだ。それに、昼間ルノが言っていた。『他の三人は自分の区域の征服を終わらせている』と。

 そう考えると殺す気力のない今、俺が殺せばいいのではないか?だが、人を殺す勇気など持ち合わせていなかった。

 ならば、少々遠くに行ってもらおう。元気になれば俺も殺されてしまうのだろうが、何かを考える時間は欲しい。

「カナ?どうかしたの?」

「ううん、どこかあったかなと思って」

 心当たりが一つだけあった。

「ここから西に山があるだろ?そこに誰も使ってない小屋があったと思う」

「オッケー!ありがと、カナ。行くよライ」

「ああ、じゃあな小僧」

「「ちょっと待て」」

 俺とルノは言った。

「ルノを離せ」

「我を降ろせ」

 こともあろうか莉佐はルノをお持ち帰りしようとしていた。

「やだよ。莉佐はこの子が気に入ったの。悪いようにはしないからさ、ね?」

「嫌じゃ、我はお主が嫌いじゃ」

 こういう時ルノはキッパリと言い放つ。

「ガーン」

 口に出すなよ。わからなくもないけど。

「と、いうわけじゃ。降ろせ」

 莉佐はルノを降ろそうと・・・しなかった。むしろ力を入れているように見えた。

「おい、莉佐?」

 たまらず声をかける。だが、

「何?」

 返ってきた声はさっきまでとは打って変わって冷たく、若干声質が低くなっている。

「さっさとルノを返せ。嫌がっているだろ」

 ルノは莉佐の腕の中で暴れている。

「ここでカナを殺せば、ルノちゃんは私の物に」

 やばい。なんかわからんが、殺意を感じる。

「言っておくが、奏太を殺しても我はお主の物にはならんからな。仮に奏太が殺されれば我に力が戻り他の奴と契約しに行くからのぉ」

 あ、そうなんだ。

「ふーん、そっか」

 声が戻った。

「莉佐そろそろいいか?疲れているんだ」

「そうだね、ライ。行こうか」

 そう言うと莉佐はルノを地面に降ろした。

 ルノは俺の方に来ると背中に乗った。

「やっぱりここが一番落ち着くわい」

 正直、照れる。

「何じゃ、顔が赤いぞ?」

 笑いながら言ってきた。

「お前のせいでな」

 そのやり取りを見ていた莉佐は笑いながら言った

「ほんと仲いいね」

 一方ライは複雑そうな顔をしていた。

 その表情が気になったが、

「じゃあね、カナ」

 そう言って夜の闇に消えてしまったため理由がわからなかった。

「よし、俺らも帰るか」

「そうじゃな、すっかり腹ペコじゃ」

 俺はルノを背中に乗せたまま走り出した。

 身体能力が上がっているためルノを背中に乗せたままでも屋根の上を走れる。そして、その方が近道だ。

 家に着くまではもう少し時間がかかるので、今のうちに確かめられることを聞いておこう。

「なあ、ルノ」

「何じゃ?」

 眠そうな返事が返ってきた。

「ルノって悪魔だろ?」

「そうじゃ。何度もいったじゃろ」

 少し怒らせてしまったか?それでも構わずに続ける。

「それじゃあさ、いくら莉佐の身体能力が上がっているにせよ何とか抜け出せたんじゃないのか?」

「あのなぁ、奏太は我と契約しているじゃろ?契約してお主に力を与えている分、我の力が失われているのじゃ」

 つまり、今の話からすると、

「今のルノはただの幼女ってことか」

「な、違うわい!我は幼女ではない!」

「ちょ、背中で暴れんなって。冗談だよ」

 ルノを落としそうになりつつも屋根から屋根へと飛び移る。

 ようやく自宅のマンションに着いた。

 ベランダを駆け上がり自分の部屋の窓を開ける。

 昼間出かけるときにルノに言われた。

「窓から出た方がよいぞ」

「何で?鍵閉められないじゃん」

 それに、泥棒が来ないとも限らない。いくらマンションの8階でも油断はできない。

「お主は普通に玄関から出る気なのか?それだと待ち伏せされていたらお主は何も出来んじゃろ」

 それもそうだ、と思い窓から出てきたのでちゃんと開いている。

 家には誰もいない。いや、いたら怖い。両親はどっちとも朝早く夜遅い、らしい。正直帰ってきているのかもわからない。俺自身、両親にはしばらく会っていない。

 そんなことは知らないルノは、俺の背中から降りて部屋に入る。

「ルノ、待て。まだ降りるな」

「なぜじゃ?あー、そうか」

 ルノも気づいたか。

「お主、もっと我と密着していたいんじゃな?この変態め」

「違う!断じて違う!」

 なんでそうなる。俺はロリコンじゃない。

「お前ずっと裸足で歩いていたろ?拭かないと部屋が汚れるだろ」

「失礼な!」

 お前がな。

「我は歩いておらぬぞ」

 予想外の言葉に一瞬フリーズする。

「いや、莉佐に降ろされた時とか歩いていたじゃん」

「よく聞け。我はなずっと浮いていたのじゃ」

 はぁ、こいつ大丈夫か?

「何で我が可哀そうな目で見られているんじゃ?我はお主に与えていない力があるのじゃ」

「それが、浮遊か」

「そうじゃ。歩いているように見えても実は一ミリメートル程浮いておるから足は汚れてはおらぬ」

 そう言ってルノは足の裏を見せてきた。

「確かに汚れていな―」

 言いかけて俺は反射的にルノから視線をそらした。

 ルノは黒いワンピースを着ているのだが、足を見せてくる位置的に見えてしまうのだ。ワンピースとは正反対の色の白いパンツが。

 俺は紳士だ。うん、脳裏に焼き付けて見なかったことにしよう。

「ん?どうかしたのか?」

「いや、何でもないよ」

 浮遊についてだが、ルノは話している最中も浮いていた。

 テレビ塔に行った時も俺は頂上に立っていたが、ルノはその横に浮いていた。

 歩いていた時は分からないが、青いネコ型ロボットと同じ設定として覚えておこう。

「なあルノ」

「何じゃ?」

「浮遊能力って俺は使えないの?」

 使えればアニメみたいでカッコいいのに。

「使えるわけないじゃろ。お主にそんな力与えてないからのぉ」

 つまり、

「その力を与えてくれると使えるのか?」

「そうじゃ」

 じゃあ、

「その力も俺に」

「やらぬぞ」

 ちぇ。

「嫌じゃ。我がその力まで与えてしまったら何が残るというんじゃ」

 そんなの、

「ロリっぽさだろ」

「だから嫌なんじゃよ」

「安心してよ、仮にそうなったらちゃんと養うからさ」

「尚更嫌じゃ」

 キッパリ断られてしまった。

 こうもはっきり言われると傷つく。

 うーん、嫌われているのかなぁ。呼び方も気づいたら『お主』に戻っているし。

「別に嫌いじゃないぞ?奏太。心配するな」

 そうか、ならいいんだけど。

 そういえば気になることがある。

「会った時からだけどさ、お前心読んでいるだろ」

「そうじゃな。じゃが、これは能力ではなく我の生まれ持った特性じゃ。じきに奏太も使えるようになるじゃろ」

 そうか。それは楽しみだな。

 さて、晩飯どうしよう。

「ルノ食いたいものあるか?」

 キッチンに移動しながら聞いてみる。

「そうじゃな、強いて言うなら肉かのぉ」

 肉。という単語に反応してしまう。昼間ルノは言っていた。『魔界では人間の血肉も食べていた』と。

 恐る恐るルノを見る。

 何やら冷蔵庫を漁っている。

「ん?どうしたんじゃ?」

 そう言って取り出したのは、鳥のもも肉だった。

「言ったじゃろ?契約しているうちは同じものを食べると。それに、人間の血肉なんて滅多に食べられるもんじゃない」

 そうか、ならよかった。

「それと、晩飯については我に任せてくれ」

「卵も割れなかったのに?」

「うるさいわ!あれはたまたまじゃ。普段ならもっとすんなりきれいに割れるわ!人間界の卵は魔界よりも品質が悪いのじゃ」

「わかったよ、任せる」

 台所の高さは、大丈夫か。浮けるし。よく考えると昼もできていたし。

 使いそうな食器だけは出しておこう。

「ん?何作るんだ?」

「人間界でいう唐揚げじゃ。好きじゃろ?」

 それはもう、死ぬ前に食べたいものランキングで他を出しおいて第一位の食品だ。

 それじゃあ、油と鍋。それから大皿にまな板、包丁を出しておこう。

「ルノ?ちゃんと包丁使える?」

「大丈夫じゃ、使える。それと、包丁は準備しなくてよいぞ」

「え」

 そう言ってルノは昼間回収していた、魔界のものを取り出した。

「それって」

「魔界では日常的に使われる調理器具じゃ。調理にも使えるし、武器としても使える」

 大丈夫かな。なんか禍々しい何かを放っている気がするんだが。

「さて、下ごしらえをするぞ」

 そう言ってルノは鶏肉を切り始めた。

 見ていてもわかる。あの包丁、めっちゃ切れ味いい。

 刃が肉に当たるだけですんなりと切れていく。

 あれ、欲しい。

 包丁は後でルノに交渉するとして、俺はお米を炊いて味噌汁でも作るとしよう。

 お米をといでいる横でルノは肉に下味をつけているようだ。

 袋にたれ?と肉を入れて揉んでいる。

「そのたれは何だ?」

「秘密じゃ」

 まあいいか。食べたときに暴いてやる。

 とぎ終わったお米を炊飯器に入れる。

 ルノは下味をつけた肉に包丁を刺して何かつぶやいている。

 耳をそばだてて聞いてみるが、何を言っているのかわからない。

 日本語でもないし英語でもない。なのに、なんとなく懐かしく感じるのは何故だろう。

 少し考えていると、肉が淡く光りだした。

「何しているんだ?」

「肉を3日程寝かせたのじゃ」

「はい?」

「じゃから、3日寝かせたのじゃ」

 そんなことが、

「できるんじゃよ、この調理器具はな」

 便利だなぁ。

「発酵もできるぞ?味噌を一日で作ろうと思えば作れる」

 やっぱり欲しい。

「さて、奏太よ火を点けとくれ。強火でな」

 まだガスが止められているのか。

 油がたっぷり入った鍋の下に強火をイメージする。

 これを調理が終わるまでイメージしなくてはならない。

 絶対に火が油に引火するなんて考えてはいけない。

 まあ、もしそうなっても消せばいいんだけど。

 さて、俺は味噌汁でも作ろう。

 鍋に水、わかめを入れてガス台に置く。

 味噌汁鍋の下にも火をイメージする。

 点いた、が。

「まずい」

「何しとるんじゃ。早く火を元の大きさに戻せ」

 油鍋の火が半分になり、消えた分が味噌汁の方に来てしまった。

 分裂した二つの火を強火にする。

 なんとか二つとも落ち着いた。

「ルノ、後どのくらいだ?」

「あと5分くらいかのぉ」

 5分か。その間だけは火の維持に集中したい。また、何か起こるかもしれない。杞憂だといいのだが。

「そこにある味噌と豆腐を鍋に入れてくれない?」

「了解じゃ」

 これで火の維持に集中できると思ったには一瞬だけ。

「ルノ味噌はお玉ですくっていれて」

 なんで全部入れようとするんだよ。せめて容器からは出してくれ。

「ちゃんと言われんと我だって出来んわ」

 はいはい。これでやっと集中・・・。

「豆腐は切って!」

 なんでもそのまま入れようとしないでほしい。

「文句が多いのぉ。まぁいいわい。切ればいいんじゃな?」

「そうだよ」

 今度こそ本当に集中できる。

 火を2つ扱うのも出してからは簡単だ。今なら自由自在に操れるだろう。

 これ以上の分裂はまだ無理そうだが。

「奏太よ、もう火を消してよいぞ」

「お、完成か?」

 そういえば香ばしい匂いがキッチンを満たしている。

 味噌汁の火はそのままで、油鍋の火だけ消した。

 ルノは唐揚げを大皿に盛りつけている。

 あとはお米が炊けるのと、味噌汁が完成するのを待つだけだ。

 おそらく、もう少しで炊けると思うのだが、

 ―ピー

 いきなり甲高い音が響いた。

「何じゃこの音は」

 この音は、

「お米がたけた炊飯器の音だな」

 これでようやく夕食だ。味噌汁もそろそろ良いだろう。

 味噌汁の火を消して、俺も準備を始める。

 お茶碗に炊けたばかりのお米をよそい、お椀に味噌汁を入れる。なんか味噌汁がいつもと違うのはきっと気のせいだろう。

「「いただきます」」

 俺とルノは食卓で向かい合わせになって言った。

 昼間もそうだったが、誰かと食卓を囲むのは凄く久しぶりだ。こういうのって

「何か、いいな」

「ん?何か言ったか?」

 おっと口に出ていたか。

「そんなことよりも早く食べないと冷えるし、我が全部食べちまうぞ?」

「おっとそれはいかん」

 そう言って唐揚げを一つ箸でつまみ口に入れる。

 ・・・こ、これは。文句なしに、

「うめぇ、今まで食べた唐揚げの中で一番うめぇ!」

「そ、そうか?そんなに褒められると少し照れるのぉ」

 ルノは頬を赤くして恥ずかしながらも唐揚げを頬張った。

 俺ももう一つ口に入れる。衣はサクサクで、中から肉汁が柔らかくも歯ごたえのある鶏肉から出てくる。

 味は醤油ベースなのだろうか。ほんのり生姜も効いている。

 あの下味のタレについて後で詳しく聞いてみよう。

 ルノの食べるスピードが速くて山盛りあった唐揚げはもう半分くらいになっている。

 だが、ルノが速いのではないのだろう。普通に箸が、米がとても進む。

 大皿に山盛りあったはずのに唐揚げは5分程で完食してしまった。けど、満腹、満足だ。

「「ご馳走様でした」」

 やっぱり誰かと食事するのは良いな。

 そういえば、結局夕飯の準備をお米以外すべてルノに任せてしまった。

 味噌汁の豆腐もあの包丁で切ったおかげか形が崩れにくく、なめらかな舌触りの食品に変わっていた。

 元々ルノがやるとは言っていたが、自分で何かやらないと落ち着かない。洗い物くらいはするか。

 そう思い食器の片づけを始める。その間にルノはシャワーを浴びるようだ。

 お湯は電気で沸かすのでシャワーは普通に使える、はずだ。

 俺は別にロリコンじゃないため幼女のシャワーなんかに微塵も興味ない。

 そう、別に興味なんて。ちゃんとお湯が出てるか確認しに・・・おっと危ない。ちゃんと洗い物に専念しよう。

 さて、洗い始めて10分。ようやく洗い物が終わった。

 使ったもの自体は少ないのだが、揚げ物をしたのが久しぶりだったため油の処理に時間がかかってしまった。

 洗い終わった食器をみてあることを閃いた。

 普段は洗った食器を自然乾燥させているのだが、直接火を水滴にあてればすぐに乾くのではないのだろうか。

 おもむろに皿を手に取ると。目に入る水滴すべての中に火をイメージする。

 調理の時は別々に二つ点けたためうまくいかなかったが、今回はすべて同時に火が点くイメージなのでうまくいった。

 ―ジュワ!

 水の中で火が点いたためまとめて蒸発した。

 うん。これは便利だ。

 お皿が乾いているのを確認すると、十個以上あった火を一つにまとめる。そしてもう一個乾いていないお皿を手に取り、火を分裂させようとする。

 だが、火が分裂することはなかった。それどころか火の大きさを変えることもできない。

 不思議に思ったが、先に皿を乾かすことにした。

 火を皿の上にある水の中に移動させる。

「あれ?何も起こんない」

 水は蒸発することなく、火も水の中で消えることなく燃え続けている。

 これはどういうことだろう。俺が出した火は水に触れると自分の意志で動かせるものの、大きさを変えることが出来なくなる。

 水の中で燃え続ける理由はわからないが、水が蒸発しないということは温度ないのだろうか。

 触ってみるか?いや、予想が違えば俺の手は間違いなく火傷だ。ルノがシャワーから出てくるのを待った方がいいだろう。

 だが、一度気になるとすぐに確かめたくなる俺は、好奇心に勝てなかった。

 恐る恐る水の中にある火に指を近づける。

 ―ジュワ!

「あっつ!」

「何をしておるんじゃ?火を触ったら熱いに決まっとるじゃろ」

 シャワーから出てきて、白いワンピースになったルノはあきれながら言った。

「これを見ろ。水の中で火が燃えているんだよ」

「ふむ、燃えとるな」

 ルノは俺の手元にある火を見ていったが、特に驚いた様子はない。

「それで水の中にあるから熱くないのかなって思ったんだよ」

「ふむ。して、結果は?」

「見ていた通りさ。熱かった」

 ルノはそれを聞きため息をついた。そして一言、

「馬鹿じゃな」

「ぐぬぬ」

「おまけにあほじゃ」

 そ、そこまで言わなくてもいいじゃないか。熱いってことがわかったんだし。

「よいか?たとえ水の中で燃えようと火は火なのじゃ。熱いに決まっとる」

 それは分かった。

「じゃあ、何で水の中で火が燃えるんだ?」

「そんなの我は知らぬ。ただ、」

 ただ、何だ?

「火を自由に操るという能力は、自然の理を無視して使うことが出来るじゃろ?じゃから水の中で火が燃えるという自然の理を無視した事態が起きても、不思議ではないということじゃ」

 なるほどな。

「じゃあさルノ」

「なんじゃ?」

「この火、どうしよう」

 お皿の上では水の中で火がゆらゆらと燃えている。

 俺の能力でこの火を消すことはできない。

「あ、能力以外で消せばいいのか」

 そう言って火をまな板の上に移動させる。

「何をする気じゃ?」

「まぁ見てろって」

 まな板の上にあった火にお茶碗をかぶせる。

 火は酸素を使って燃えている。だから燃えないように酸素を遮断してしまえばいいと思ったのだ。

 だがルノは俺の考えを否定した。

「無駄じゃ」

「え?」

「無駄じゃよ。水の中に酸素はあるのか?酸素がなくても燃えているのを見つけたのお主自身じゃろ」

 それもそうだ。だが、酸素がなくても燃えるということは、宇宙でも燃え続けるということなのだろう。

「もうどうしようもねぇな」

「そうでもないぞ。そもそも奏太の考え方は間違っておる」

「え」

「奏太が出した火は、酸素がなくても燃えているじゃろう?この時点で火が別の物を燃料に燃えていると考えられる。そうじゃな?」

 そうだ。酸素がなくても燃えるのだから、それ以外の物で燃えているということを今ではすぐにわかった。それでも何が燃料なのかはわからない。

「この火の燃料は奏太には今まで無縁じゃったからのぉ、さすがにわかりはしないか。この際によく覚えておくのじゃ」

 今まで無縁だったものか。どうせこっちの世界の物ではないのだろう。

「で、その燃料って?」

「魔力じゃよ」

「魔力、か」

 魔力・・・多数のRPGゲームではマジックポイント、通称MPと呼ばれるものだろう。大体の場合、魔法を使ったり、必殺技を使ったりしている。MP切れになると動けなくなるという話もあるが、所詮はゲーム内の話なので真偽は定かではない。

「ふむ、それがゲームというものから得た知識か」

「そうだ」

「人間もなかなかいい線いくのぉ」

「ん?あってんのか?」

「いや、うむ」

 どっちだ。

「だいたいあっているぞ。じゃが、別に魔力がなくなっても動けなくなりはしない。あと、魔力は別に魔法を使うための力ではない。魔法以外にも色々使われるしのぉ」

 ふーん。

「それで、この火は燃料が魔力だから、俺からそれがなくなれば消えるってことか」

「そんな時間のかかることはせん。奏太よこの火を我の口元まで寄せてくれ」

 言われた通りに火を移動させる。

「これでいいか?」

「うむ。それじゃあ。いただきます」

 言うのと同時にルノは火を飲み込んだ。

「熱くないのか?」

「?特に熱くないぞ?この火は魔力のこもった普通の火じゃからのぉ」

 魔力がこもっている時点で俺にとっては普通じゃないんだよなぁ。

「それで、火は何で消えたんだ?」

「我が魔力を吸収したんじゃよ。魔力で燃えていたのじゃから、燃料を失えば当然火は消える」

 理屈は分かった。

「それじゃあ吸収した魔力はどうなったんだ?」

「元はお主の物じゃからお主の体に戻ったぞ?」

 ふーん。俺の体にも魔力があるってことか。

「お主だけじゃなくだいたいの人間は魔力を宿しとるぞ」

「え?そうなの?」

「そうじゃ。奏太だって我と契約する前に宿しておったぞ?」

「へー、気づかなかった」

「まぁ当然じゃな。魔力があっても使うことはできなかったんじゃから。今は契約して魔力の大幅な増加とコントロールができるようになっているがのぉ」

 そうだったのか。

「さっき、だいたいの人間が魔力を宿しているって言っていたけどさ、使えないのに何のために宿しているんだ?」

「難しいことを聞くのぉ。そうじゃな、人間の場合は今のお主のように自由に使うことはできん。じゃが、自分の意思関係なしに魔力が使われていることもある」

「どういうことだ?」

 難しい話はやめてほしい。

「簡単に言えば身体能力の向上じゃな。それでもほんの少しじゃがな」

 なるほど。

「魔力に気付いた人間っていないのか?」

「ごく少数じゃがいるぞ。手品というものに使ってお金を稼いでいる者が多いようじゃがな」

 手品、ね。俺の能力もお金稼ぎに使えないだろうか。

「ダメじゃぞ。そんなことのために能力を与えたつもりはない。もしするのならすぐに能力を返してもらうからの」

 それはそれでいいんだけど。

「ダメじゃ!」

「何で?そもそも俺は征服なんてしたくないんだから能力なんて持っていても、今のところ料理する以外に使うところはない。いっそ、俺と契約を切って他のもっとやる気のあるやつと契約したら?」

「いやじゃ」

「何でさ」

「我がお主を、堀井奏太という男を気に入ったからじゃ」

 その言葉を聞いて顔が赤くなるのを感じた。少し恥ずかしそうに言うのもずるい。

「けどさ、俺と契約しなくても征服はできる。しかもそっちの方が断然早かっただろ。このゲームをするにしても情報が少なすぎる」

「なんじゃと?」

「そもそも、このゲームが始まった理由を俺は知らない。なぜ世界各地でこんなことが始まった?今まで普通の人間だった奴らが、コントラクターを殺してまで力を手に入れたいのはなんでだ?俺の住んでいない世界で何が起こっている?」

 挙げればきりがないが、このゲームの主な不明点はこんなところだろう。

「もっともな疑問じゃな。じゃが教えることはできん。征服をするというのなら教えてやるぞ?」

「俺は理由を教えてくれないとやらないぞ」

「そうか、理由を聞いたらするということじゃな」

「ああ」

 口だけでなら何とでもいえる。聞いてからやらないといっても問題ないだろう。

「残念じゃがその手は通用せんぞ。我は考えていることがわかるのじゃぞ?目の前でそういうことを考えてはならぬ」

 しまった。

「それじゃあ聞いたら征服してもらうからな、おい、どこへ行く」

「寝る」

 聞かなきゃいいんだ。それではおやすみなさ、

「おいルノ。無言でズボンを下げようとしないでくれ。お前だって汚いものは見たくないだろ?」

「我は長年生きておるからなんともないわい」

「わかった。俺が恥ずかしいからやめてくれ。聞くから力をこめるな」

「確かにその言葉耳にしたぞ」

 何か嵌められた気分だ。

「それじゃあ始めるとするかのぉ。まずは、このゲームが始まった理由じゃ」

 そこが一番重要だ。

 人間すべてが変わってしまうような事態だ。きっとゲームとかのように壮大で、壮絶なものなのだろう。

「このゲームが始まった理由。それは、」

 それは?部屋に緊張が走る。

「神の気まぐれじゃよ」

 はい?

「どういうことだ?」

「この世界には人間界以外に別の世界、『アーウェルサ』という人間が一切踏み入ることのできない別世界があるのじゃ」

「要するに、お前のような悪魔やライのようなエルフが生きている世界ってことだな?」

「そうじゃ。その世界を統べる神なんじゃが。その神が気まぐれでこのゲームを開始したんじゃよ」

 大変迷惑な話だ。

「何のためにそんなことをしたんだよ」

「神は人間が好きなんじゃよ」

「ふむ?」

「じゃが、アーウェルサに人間が入ることはできない。じゃから、人間界にこちらの世界から精鋭を送り込み契約させた。そして、勝ったコントラクター1名をアーウェルサに招待しようとてるのじゃ」

「ん?コントラクターも人間だろ」

「まぁそうじゃが、契約すると人間ではありえない力を手に入れるじゃろ?そこから、アーウェルサでは人間扱いされないのじゃ」

「そうなの?」

「神がゲームを始める前にそう決めた」

 自由だな。

「それで、お前に何か得はあるの?」

「ん?どういうことじゃ?」

 わかっているくせに。

「人間がそのアーウェルサに入るためにお前らは契約しているんだろ?」

「それは違うぞ?我等だってちゃんと目的があって契約しているわ」

「あれ?そうなの?」

「そうじゃ。各契約種は人間に協力する代わりにゲーム終了後の安定した生活が保障されるのじゃ」

 そうか。まだ、何か忘れているような。

「そうだ、何で普通の人間が異常なまでに力を欲しがっているんだ?」

「簡単じゃろ。コントラクター以外にもこの情報が漏れているのじゃから」

 それでも全員が力を欲しがるとは思えない。裏で何かがあるようにしか思えない、のは考えすぎか。

「単純に自分が死にたくないだけじゃないかのぉ」

 それもそうか。俺も死にたくはないし。

「でも、死んだところで結局普通の生活に戻るだけだろ?なら、死んでも」

「まぁそうじゃな。別にすべての人間が殺意を持っているわけじゃないと思うが」

 そうであると願いたいな。

 それにしても、アーウェルサか。今生きている世界とは違う世界とか、想像しただけでもワクワクする。

 ただ、そこに行けるのはゲームを勝ち抜いた1名だけか。何でだ?

「人間が好きならこんなことしないで招待すればいいのに」

「それは神の選別というやつじゃな。お主が気にすることではない」

 十分気にすることだと思うが。

「それはともかくじゃ。やる気になったか?」

「まぁ、アーウェルサには行ってみたいけど」

 まだ重要な問題がある。

「人間を殺したくない」

「じゃと思ったわ。我から一つ提案があるぞ」

「提案?」

「そうじゃ。お主が人間を殺さなくても征服出来る方法じゃ」

「・・・コントラクターは人間扱いされてないからって殺せないからな?」

 俺からしたらコントラクターもちゃんと人間だ。

「違うわ。お主は人間以外なら殺せるんじゃないかのと思っての」

 人間以外。つまり、

「先に契約種を殺すのか?」

「そうじゃ。先にそっちを殺せばコントラクターは普通の人間に戻る。そうすれば自分で殺さなくても征服できる」

 コントラクターのまま死んだら下僕にはならないって言っていたな。けどそれだと、

「コントラクターじゃなくなった普通の人間はどうするんだ?」

「それは、我がやる」

 それなら、初めからルノが全部やってくれればいいのに。

「それだと時間がかかるじゃろうが」

 けど、悪くない案だ。

 契約種がルノのように力を与えているなら俺にだってできるかもしれない。それに、人間以外の生き物なら殺したことはあるから特に嫌悪感もない。

「さて、そうと決まれば作戦会議じゃな」

 ルノは眠そうに言った。

「いやいや」

 俺は時計を見ていった。

「もう日付が変わってる。それにお前も眠そうじゃないか。作戦をたてるのは明日にしてもう寝ようぜ?」

「まぁ、そうじゃな。お主にも整理する時間が必要じゃろうしな」

「まぁな。それじゃおやす」

「待つのじゃ」

 なんだよ。寝ようと思ったのに。

「シャワーでも浴びてきてはくれないか?少しにおうぞ」




 翌日。

 あの後はちゃんとシャワーを浴びてから寝た。

 今は朝食という名の昼食を食べつつこれからの予定を立てる。

「とりあえず最初にやるべきは、あのダークエルフじゃな」

「この街にいるからか?」

「そうじゃ」

 あの二人は今、昨日教えた山小屋にいるようだ。

 貰った端末のマップ機能には、コントラクターのバングルについている発信機から場所が特定できるようになっている。

「山で戦うのならお主の能力が使いやすくなるな」

「ただの山火事だろ。あまり町にも被害は出したくない」

「そうか。なら山で戦うのはダメか」

「うーん、人に被害を出さないなら山なんだよなぁ」

「どっちじゃ?」

「それはこれから考える」

 何かやるにしても情報が少なくて何をしていいかわからない。

 端末のコントラクターアイコンを開く。

 鈴野莉佐。女。大学二年生。能力は弓の精度を上げる。自由にいろいろな弓を出すことが出来る。

 完全な遠距離型だ。つまり、エルフと戦っている最中に当てられることもあるだろう。

 なら、莉佐の射線を切らなくてはいけない。戦うならやっぱり森の中だろうか。それとも札幌の町並みを生かしてビル群で戦うべきだろうか。

 いや、それでも町に被害が出てしまう。

 見える範囲なら火を出すことはできるから、この能力をいかにうまく使うかがカギになるだろう。

 他に何か情報はないだろうか。もう一度マップを見る。

 莉佐は街中にいるようだ。何をしているのかはわからないが、きっと征服だろう。

 と、ここであることに気付いた。

「なぁルノ。これ、契約種の情報は分からないのか?」

 マップで莉佐の場所は分かるが、ライの場所は示されていない。

 また、莉佐を調べたときのようにライの情報を調べることが出来ない。

 顔写真もなければ、細かい情報もない。わかるのは種族のみ。

「そうじゃな。あくまでコントラクター同士の殺し合いが前提になっていたじゃろうから情報がないんじゃな」

 んー。こちらには少し不利だな。

 場所がわからないのも厄介だ。常にペアで行動しているならいいが、そうじゃない場合はどこにいるかわからない。

「何か思いついたか?」

 オレンジジュースを飲んでいたルノはのんきにそんなことを聞いてきた。

 きっとこいつは何も考えていないんだろうな。そう思いながらもこれからの予定を話す。

「本当は様子を見に行きたいんだけど、耳がいいって言ってたからそんなに近づけないし、見つかって返り討ちの可能性もある」

「ふむ、それで?」

「耳がいいなら奇襲もしにくい。だから、明日の朝、用事があって山小屋に訪れるフリをする」

「何で明日の朝なんじゃ?別に今からでもいいじゃろ」

「今はあの二人が一緒にいるとは限らないだろ?朝なら一緒にいる可能性が高いからわざわざ探しに行く手間が省ける」

「ふむ考えたな。じゃが、コントラクターは、」

「しっ」

 ルノが言いかけたのをやめさせる。

「いきなりどうしたんじゃ?」

「今から少しだけ俺の考えをよんでくれ」

 そうルノに小声で伝える。ルノは不思議そうな顔をしていたが小さく頷いた。

(窓を少し見てくれ。うっすらだけど人影がある。莉佐は街中で、他のコントラクターはこの街にいないから、恐らくライだ。俺らの場所は分かるから別にいても不思議じゃない。ただ、来たからには情報をあげないとな)

 ルノはまた小さく頷く。

「最終確認だ。明日の朝、莉佐のところに行く。いいな?ルノ」

「ああ、異論はない。征服の第一歩じゃな。よいな?そこのダークエルフよ」

 ルノが言い終わると同時に窓の人影が消えた。

 うまく勘違いしてくれるといいんだけど。

「契約種を殺そうとしていることを聞かれていないといいがのぉ」

 そこがばれていてはもう終わりに近いので、あまり考えたくはない。

「さて、明日まではまだまだ時間があるがこれからどうするんじゃ?」

「ちょっと能力を使う練習をしようかなって」

 料理をするとき以外にはまだ使っていないので、試したいことはたくさんある。

 練習場所は、このマンションの屋上でいいか。

 窓から外に出て、人様のベランダを使って屋上まで登る。

「さすがに、自分の部屋の2倍ある高さから見る景色は全然違うな」

「まぁそうじゃろうな」

「何だついてきてたのか」

「何だとはなんじゃ。慣れてないのだからちゃんと見てないと何しだすかわからんしのぉ」

 心配してくれてるのか。

「ち、ちがうわ!そうだ、これをやる」

 焦ったようにルノが出したのは、

「手袋?」

「耐火手袋じゃ。これを履けばある程度の火なら触ることが出来るぞ」

 なんて便利な。火を纏った拳なんかもかっこいいな。

「残念じゃが、そこまでは耐えられん。耐えられるのはちょっと触る程度じゃ」

 一気にしょぼく感じた。触れないよりはまだましか。

「さて、始めるか」

 手袋を履きながら、料理するときと同じように火を一つ出す。

 手のひらと同じくらいの火が現れた。

 手を伸ばして火に触れてみるが特に熱さは感じない。

「いずれはそれがなくても触れるようになるのが理想じゃな」

 それ、とは手袋のことなのだろう。これがなくても平気ならそれは完全に人間じゃないだろうな。

 昨日は、出した火を二つに分裂させたが、元からある火はそのままに新しい火を出した方が速いだろう。

 見える範囲に出せるだけの火を出す。

「奏太!熱い!」

 出しすぎて熱気が大変なことになってしまった。

 けど、分裂させるよりはかなり楽だ。

 いったん、すべての火を消して、新しい火を出す。

 今度は出した火に形を持たせてみる。

 球。三角柱。円柱。四角柱。いずれも成功した。大きさを変えることもできる。

「これは、戦闘の時に役に立つのか?」

「わかんないけど、あくまで能力に慣れるためだ」

 あ、そうだ。

 球の形にしていた火を大きな直方体に変える。さらにそれをあるものに変える。

「これは?我か?」

「正解」

 すぐ横にいるのだから、想像することは簡単。さらに、自由に動かすことも・・・

「いただきます」

 そう言ってルノがルノを飲み込んだ。

「何すんだよ」

「遊んでないで練習をしてくれ」

「はい」

 まじトーンで言われては従うしかない。




 札幌大通り。

 鈴野莉佐はビルの上から行き交う人々を見ていた。

 まだ誰の下僕になっていない人たち。自分はコントラクターなのだから見ているだけではだめだ。じゃなきゃこのゲームが終わることはない。

 ・・・やりたくないな。

 人間であるはずの自分が人間を殺す。やっぱりおかしい。昨日はライがいたため、仕方なくやったのだ。そう、仕方なく。

「莉佐!ここにいたのか」

 突然うしろから声がした。なるべく笑顔を意識して振り返る。

「おかえり、ライ。意外と早かったね」

 そこにいたのは莉佐の契約種のダークエルフ。

「今からあの小僧のところに行くぞ」

 あの小僧とはカナのことだろう。先ほどまでライはカナのところに偵察へ行っていたはずだ。

 だが、少し様子がおかしい。焦っているように見える。

「何かあったの?」

「私がいたのがばれた」

 ばれたのは自分の責任だろう。莉佐には関係ない。それでも、先を促す。

「それで?」

「どうやらあいつらは明日の朝、私たちのところに行くらしい」

「それって、山小屋のこと?」

「ああ、恐らくな」

 来てくれるなら莉佐はそれでもいい。

「だから、今のうちに潰しておこうと思ってな」

「ふーん。ライ1人で頑張ってね」

「は?私にはお前がいないと」

「ライ1人でも十分強いじゃん。征服のほとんどはライがやったんだし」

「相手はコントラクターだ普通の人間とは違う!」

 普通の人間ね。

「明日来るならそれでいいじゃん。一応カナの背中だけ取っておこ?それでいい?」

「よくない。今この間にもあいつらは作戦を立てているはずだ。何かされる前に」

「ライは頭が固いなぁ。莉佐に任せてよ」

「大丈夫、なのか?」

「当然」

 嘘だ。何の案もない。実際のところ殺し合いなんてしたくない。それはきっとカナも同じはずだ。まだこのゲームが始まって二日だが、カナだけは誰も殺していない。それは端末を見れば明らかだ。


 北海道〈征服率〉

 ・神谷優衣 約30パーセント

 ・鈴野莉佐 約30パーセント

 ・高島玄魔 約30パ―セント

 ・堀井奏太 なし

 ・残り約10パーセント


 これが今の北海道の現状だ。カナだけが誰も殺していない。そのおかげで札幌のほとんどの施設が使えないのだが、それはしょうがないことだ。

 それにしても、カナの契約種。ルノちゃんは可愛すぎた。昨日は近くにいたおかげで手を出してしまった。さらに理性を抑えきれず持ち帰ろうとしてしまった。

 さすがに嫌われてもしょうがないことだった。明日は、うん、できるだけ気を付けよう。もう手遅れかもしれないが、もう一度抱きしめたい。

「さて、今日はもういいか」

「あれ?何かしてたの?」

「お前が何か考えていたようだったから、征服を少し進めてきた」

 いつの間に。そんなことしなくても別にいいのに。

「やっぱり人が多いとやりがいがあるよ」

 へー。

「今日はもう帰ろ?」

「そうだな、汗をかいたから風呂に入りたい。それにしても山小屋って風呂もあるんだなぁ」

 それには、莉佐も驚いていた。水もお湯も蛇口から出るし、電線がないのに電気も来ている。

 大抵の山小屋にそんなものない。むしろキャンプなどを楽しむために付けないはずだ。

 あそこは、一体。いや、

「気にしすぎかな」

「ん?何か言ったか?」

「ううん。行こっか」

 そう言い、建物の屋上を通って山小屋へ帰った。




「さて、行くか」

 翌朝。時間はまだ6時過ぎ。ほんのり空が明るい。

「この時間に外に出るのもいいのぉ」

「普段は起きるの昼頃だからなぁ」

 そう言って端末のマップを開く。まだあの二人は山小屋のようだ。

 こっちの作戦は訪れたフリをしてライを殺すこと。

 だが、昨日の話をライは聞いていたはずだ。ならば、必ず何か仕掛けてくるはずだ。それにさえ警戒していれば、あとは何とかなるだろう。

「覚悟は決まったか?」

「あぁ」

 その声は少し震えてしまっていた。喉に力を入れないと声が出しにくい。

「本当に大丈夫か?」

「正直こえぇよ。最悪、いや何でもない」

 最悪の場合は絶対に考えたくない。

「昨日あんなに練習したんじゃ。自信を持て」

 そうだ。昨日は気づいたら夜まで練習していたんだ。火も最初よりも使えるようになった。だからきっと、大丈夫。

「おっしゃ、行くか!」

「うむ」


 その山は自宅のマンションから普通に歩いていけば30分はかかる。あくまで普通に歩いた場合だ。コントラクターとなった今なら10分程度で着く。

 あの山小屋は山の中腹あたりにある。そのあたり一帯は少しだけ広くなっている。周りは森。円形の闘技場のようで、戦うのにちょうどいいだろう。

 今は森の中。空気が澄んでいて、散歩好きにはちょうどいいかも知れない。

「あれが山小屋か?」

「あぁ、そうだ」

 茶色のログハウスが見えてきた。恐らくここにあの2人はいない。ドアの前から真新しい足跡が森に向かって続いている。

 それには気づいていないふりをしておこう。

「なぁ、奏太」

「何だ?」

「これ、」

「それ以上は言うな」

 ルノも気づいたようだ。

 警戒するべきは後ろだな。

 そんなことを思いながら、ログハウスのドアの前に着いた。

 ―コンコン

 ドアをノックし、

「ごめんください」

 そう言った瞬間だった。

 ―ヒュン!

 矢が頬をかすめてドアに刺さった。

 矢のスピードが速い。いきなり終わるとこだった。

「何しとるんじゃ」

「うん、予想外だった」

 うしろを振り返りながら言った。

 いた。ここから数100メートルほど離れた木の上。

 褐色肌のエルフと人間の女性。間違いなく莉佐とライだ。

「おっはよーカナ。こんな朝早くに何の用?」

 わかっているくせに。まぁいい。

「俺と勝負してくれよ」

 俺はニヤリと笑いながら言った。

「勝負?」

「ああ」

 ライの顔が険しくなる。

 莉佐も一瞬困ったような顔をしたが、すぐに真顔になり、

「いいよ」

 冷たく低い声で言った。

 この冷たく低い声はこのあいだも見た、本気になった証拠だろう。

「小僧いいのか?お前じゃ相手にならんぞ?」

 そんなの百も承知だ。

「始めようぜ」

「あの娘、もしかして」

 ルノが何か言ったが、もう耳に入らない。それくらい集中していた。

 目の前から矢が飛んでくる。それをぎりぎりで避ける。

 普通の人間なら避けることが出来ずに死ぬんだろうな。

 莉佐の手にはこの間見た弓とは違い、クロスボウのようなものを持っていた。

 どうりで前よりも弓の速度が速かったわけだ。前回喰らったわけではないけども。

 そんなことを考えている間にも矢が次々と飛んでくる。

 こちらもそろそろ反撃しなければ。

 ポケットから耐火手袋を出し装着する。

「もう使うのか?」

「いや、履いただけ」

 何かあった時のための保険として履いただけだ。

「おいルノ」

「なんじゃ?」

「俺に飛んできた矢を全部はじいて」

「はぁ?」

「いや、動きながらだと莉佐を捉えるのが難しくて、能力が使えない」

 避けながらだと、どうしても莉佐が視界から外れてしまう。

「ほんの2、3秒でいい」

 それだけあれば十分だ。

「わかった、頭と心臓だけは守ってやる。最悪、手なんてなくても能力は使えるじゃろ」

 それだと激痛に耐えられなくて死ぬな。

 ルノが俺の前に立ち、例の包丁を取り出す。それで応戦するつもりか。

 ―ヒュン!

 矢が飛んできた。だが、包丁に当たり矢が真っ二つになった。

 切れ味凄すぎんだろ。

「奏太、まだか?」

「あ、悪い」

 さっきまでの集中はどこへやらだ。

 もう一度集中し直し、莉佐の真上に火を一つ出す。それを、半円形上に広げて莉佐を覆う。

 これで、射線が切れただろう。

 いきなりドーム状にしなかったのはこの方が楽だったからだ。昨日の練習の成果がもう出ている。

「莉佐!大丈夫か?」

「うん。これくらいなら。これがカナの能力か」

 これくらいなら?

 それと同時にドーム内から矢が放たれる。

「嘘だろ」

 その矢はまっすぐ俺めがけて飛んできた。

「ったく、手がかかるのぉ」

 目の前で矢が消える。

「さんきゅう。っていうか今何をした?」

 切ったわけではなく、文字通り消えた。

「どうやら、この矢は魔力でできているようでな。火を消した時と同じで、魔力を吸収して消したのじゃ」

 それも能力なのか。けど、端末にそんなこと書かれていなかったような。

「おそらくは、特性が移ったのじゃろう」

 特性か。ルノには、考えが読めるんだっけか。

「特性の伝わり方は個人差があるから奏太に伝わるのはまだ先かもしれないがな」

 と、また矢が飛んできた。

「うーん。射線切っている割によく飛んでくるな」

「火を通してあの中見てみればよいじゃろ」

「そんなことできんのかよ」

「ん?言わんかったか?」

 初耳だよ。

 とりあえず、あの火を意識する。

 うっすらだが莉佐が見える。クロスボウを構えている反対の手で見ているのは、端末か?

「どうやら発信機を頼りに撃っているようじゃな」

「でもそれだけじゃ」

「あやつの能力を忘れたのか?」

 弓の精度をあげる、か。

 だが、発信機が頼りなら動き回れば当たらないだろう。

 一度出した火は、消えるイメージをしなければ消えない。

 だから、火は気にせずに戦える。

 問題は、あのダークエルフだ。ずっと観察されている気がする。もう少しガンガン来ると思ったのだが。

「莉佐。この火を何とか出来ないのか?」

「大きな風を起こせば何とかなるんじゃないかな」

「そうか、弓をチャージしてろ。私はあの小僧と遊んでくる」

 そう言ってるのは火を通して丸聞こえです。

 やっと、あいつと戦うことになりそうだ。莉佐のチャージが終わる前までにケリをつけたい。

 と、莉佐の隣にいたライが一瞬にして姿を消した。

「よう、小僧」

 次に見たときはすでに懐にいた。

 頭がこの状況を理解する間もなく、俺は腹に衝撃を受け後ろに飛ばされた。

「ぐっ」

 山小屋の壁にぶつかり背中にも衝撃を受ける。

 ズキズキとした痛みが残っているが、それもすぐになくなった。

「フッ、コントラクターの治癒能力は相変わらずすごいな。だが、これならどうだ?」

 そう言ってライが取り出したのは、ゲームに出てきそうな長剣。

 剣はほんのり白く光っていて神々しさも感じる。

「奏太!見惚れている場合ではない!集中せぇ!」

 ルノの言葉で我に返る。

 またライはすぐそこまで来ていた。ライの通った後に白い光の残像が残っている。

 とりあえず。避ける。

 それでもよけきれずにいくらか切れて一瞬だけ痛む。

 剣と素手じゃあ勝負になるわけがない。

 距離を置こうにも、向こうが速すぎて撒けない。どうにかしようと考える。

「勝負中に考え事か?随分と余裕だなぁ!隙だらけだ」

 ―ザクッ

 しまった。

 その音共に、左肩に強烈な熱と、血液が流れる出るのを感じた。さらに、勢いのまま、またも山小屋の壁にぶつかる。

 左肩には矢が刺さっている。

 莉佐かと思ったが、彼女はまだチャージを続けている。

「剣だけだと思ったら大間違いだよ。小僧。あぁ、次はちゃんと頭を狙ってやるよ」

 ・・・別にいいです

「莉佐!もう終わるか?」

「後10秒くらいかな」

「そうか、なら止めは莉佐にやらせよう」

 後10秒ね。

 心の中でカウントダウンを始める。

 傷が塞がらないからって別にあきらめたわけではない。

 発射まであと5秒。

 右手で新たな火をイメージする。

 4秒。

 弧を描くように火を広げる。

 3秒。

 弧の両端から細い火をつなぐ。

 2秒。

 肩に刺さっていた矢を引き抜く。

「小僧、何をする気だ?まぁ、何をしても無駄だがな」

 その油断が命取りになる。

 1秒。

 矢を火の弓に装填して構える。矢は、魔力からできているおかげで、燃えないようだ。

 0。

「いっけぇー!」

 莉佐が放った矢は物凄い風を纏ながら高速で飛んできた。火のドームは消えてしまっている。

 莉佐の矢がすぐそこまで迫っている。俺は、矢を避ける間際にライに向かって自分の矢を放った。

 そして、莉佐の矢をぎりぎりで跳んで避けた。

 行き場を失った莉佐の矢は、小屋を粉々に破壊して止まった。

 莉佐は力を使い果たしたのか、フラフラだ。

「うがあぁぁぁ!」

 考えを打ち消すような獣の雄たけびのような悲鳴があたりに響いた。

「ちゃんと当たったようじゃな」

「そうだな」

 雄たけびの主はライだ。左腕がなくなり地面に横たえている。

 血が出すぎて、みていると具合が悪くなる。

「はぁはぁ。ライ、大丈夫?」

 疲れた様子の莉佐がライに駆け寄る。

 もうひと押しだな。

「はぁ、はぁ、小僧!図ったな!?」

 図った?

「いいや?何も図ってないさ。お前が勝手に莉佐狙いだと勘違いしただけだろ」

「なん、だと?」

 ライはフラフラながらも、莉佐に手伝ってもらって立ち上がった。

「お前は昨日、俺の家に来て話を聞いていただろう?」

「あぁ、『明日の朝、莉佐のところに行く。征服の第一歩』。確かにそう言っていた」

「うん。別に俺は覚えてないけどそんな感じだったと思う。けどさ、莉佐のところに行くとは言ったけど、お前に手を出さないなんて言ってないよな?」

「奏太、いいのか?」

「あぁ。どうせあとは死ぬだけだろ?死ぬ前に教えてあげてもいいだろう?」

 ライは片手を失い瀕死。莉佐は力を使い果たしている。

「ふっはっはっは!」

 突然ライが笑い始めた。気が狂ったのだろうか。

「小僧。ダークエルフの戦闘力を舐めるな。油断は命取りだぞ?」

「え?」

 いきなりお腹に衝撃を受け、小屋だったものに当たって止まる。

 骨が折れた音が、直接鼓膜に響いた。

「大丈夫か?奏太よ」

「大丈夫そうに見える?」

「その程度ならすぐ治るじゃろ。それよりもあれを見よ」

 ルノが指をさす。

「もげた腕が治っておる」

 う、うそだろ。

「あぁ、あいにく私たちダークエルフも治癒能力が高くてなぁ。残念だったな小僧」

 ったく。プランAは失敗か。

 プランBは今から考える。

 俺とライの距離は100メートルほど。莉佐は少し遠くの木の下で休んでいる。

 天気は快晴。湿度はそんなに高くなく、温度は高い。風はない。

「風、か」

 一つ、閃いた。

「なるほどな」

 ルノは俺の考えを読んだらしく、納得している。

「行けると思うか?」

「奏太の気持ち次第じゃな」

 気持ち、ね。一旦おちついて深呼吸する。

「何だ?お前らから来ないなら私から行くぞ!」

 進行方向はどうせ一直線だろう。そこに、

「なんだ、これは?」

 渦を巻いた小さな火が出現する。

 その火は周りを巻き込みながら徐々に大きくなり、やがては竜巻となった。

 火の竜巻。山火事などでたまに自然現象としても起こるらしい。それを、簡単に作った。

「さすがに、これはまずいな」

 ライは大慌てで逃げる。だが、竜巻はそれを追いかける。

「ッち!おい莉佐!体力なんてもうそこらの植物の魔力でとっくに回復しているだろ!」

「今、回復したとこだよ」

 その言葉と、同時に矢が飛んでくる。

「ルノ、矢は任せた」

「了解じゃ」

 ライはいまだに逃げ回っている。

「竜巻よりも若干スピードが速いのか。なら、」

 ライの進行方向に突然大きな火の直方体が出現した。ライは止まり切れずに火に突っ込んだ。

「チェックメイト、だな」

「うがぁぁぁぁ!己、こぞぉぉぉぉぉぉ!」

 スピードが落ちたところに、竜巻が直撃した。

「ライ!」

 莉佐が叫ぶ。

 だが、竜巻に巻き込まれたライは雄たけびをあげ、上空に飛ばされて塵となって消えた。

 それとほぼ同時に何かが落ちる音がした。

 音のした方を見る。莉佐からバングルが外れて落ちている。

 莉佐も目に涙を浮かべていた。当然か。俺は莉佐の大切であったであろう相棒を殺した。

「俺が、殺した」

「それがどうしたんじゃ?」

「何でもない」

 少しだけ心が痛むだけだ。

「ライ。ありがとう、さよなら」

 莉佐は泣きながら言って立ち上がった。そして、まっすぐ俺を見て歩いてきた。

 なんと声をかければいいのだろう。そんなことを迷っていたが、

「ありがとうね!カナ!」

「え」

 その想定外の言葉に戸惑ってしまう。俺は莉佐に感謝されるようなことはしていない。むしろ恨まれるようなことをしたと思ってる。

「何、で?」

「相手がカナじゃなきゃったら、私はコントラクターのまま死んでいたと思うんだ。今こうして生きていられるのはカナのおかげだよ。だから、」

 ありがとう。と、莉佐は言った。

 けど、俺は、

「ライを殺してしまった。気にして、ないのか?」

「うーん。そもそも仲良くなかったからね。強いて言うなら、アーウェルサに行ってみたかったかなぁ。やっぱり異世界には憧れていたし」

 あっさりと言った。

「そ、そっか。じゃあルノ、後は任した」

「了解じゃ。鈴野莉佐。お主には、ちゃんと死んでもらうぞ?」

「うん。じゃなきゃカナがアーウェルサに行けなくなるもんね」

 まぁ、それもそうなのだが。

「怖く、ないのか?」

「うん。ルノちゃんがやるんだったら怖くない。それに、痛いのは一瞬で、下僕になればすぐに傷治るしね」

 強いというか何というか、普通に過ごしてほしかった。このゲームが始まらなければこんなことなんて思わないで済んだのに。

「奏太、どうしたんじゃ?」

「え?」

「なんか、寂しそうな顔してるよ?」

 莉佐が笑って言った。あれ?

「その左手」

 莉佐の左手の甲に痣のようなものがある。模様か?

「ん?ああ、これね」

 そう言って莉佐は手の甲を見せてくる。

 黒いフォーク、だろうか。一本の棒の先から三つにとんがった棒が伸びている。

「下僕になった証だよ」

 下僕の証?

「ルノ、もうやったの?」

「うむ、お主が何やら考えている間にな」

「うん、一瞬だったよ」

 う、少しだけ吐き気が。ゲームで血だとか死だとかは慣れていたはずだが、リアルだとそこまで耐性はない。

 それと疲れのせいか、突然、目の前が真っ暗になった。




 いったいどらくらい経ったのだろう。

 俺は目を覚ました。辺りはもう真っ暗でよく見えない。

 何やら頭元の下が柔らかい。土の上ではないのか?

「あ、カナおはよ!」

 頭上から声がする。よく目を凝らすと、莉佐が俺の顔を覗き込んでいた。

「うわ!」

 驚いて思わず顔を上げる。

「痛い!」

 俺の頭が莉佐の額にぶつかってしまった。

「あ、ごめん」

 女子に膝枕されるのが初めてだったため、ちょっと驚いただけだ。

「カナ、大丈夫?」

 大丈夫です。いくらか落ち着いた。

「ここ、何処だ?」

 どこか建物の中っぽいが見覚えがない。

「あの小屋の近くにある物置小屋だよ」

 そういえば、そんなのあった気がする。

「さすがに、外で寝かすのはかわいそうだと思ってここまで運んだんだよ」

 それはご迷惑おかけしました。

 気を失ってそのまま寝ていたから頭がすっきりした。

 今は何時だろう。端末を取り出そうとポケットにてをのばす。だが、手に触れたのは柔らかい感触。

 暗くてよく見えないので目を凝らす。そこにいたのはやっぱり、

「ルノちゃんも疲れちゃったみたいで、ここに運んだら寝ちゃったんだ」

 別に寝るのは良いんだ。問題なのは、軽すぎ。

 触れるまでいることに全く気づかなかった。

「おい、ル」

「カナストップ!」

 え、起こそうとしたのだが何かまずかっただろうか。

 実はけがを負って眠っているのかもしれない。

「この可愛い寝顔をもっと見ていたいなぁって」

 とてつもなくしょうもなかった。わからなくもないけど。

「莉佐見えてるの?」

 暗くて目を凝らさないと顔をよく見えないのだが。

「ずっとここにいるから、目が慣れたよ」

 笑ってそう言った。ほんと申し訳ない。 

 ルノを背中に乗せて立ち上がる。ずっとここにいるわけにもいかない。

「なぁ莉佐。お前、これからどうするの?」

 小屋から出る際、訊ねた。

 まぁ、いつもの生活に戻るだけなんだろうけど。

「悪い、つまんないこと聞いて」

「え、何でカナ謝ってるの?カナは何も悪いことしてないでしょ」

「まぁ。そうだ、一つだけ聞いても良いか?」

「うん?いいよ」

 戦闘中に気になることがあったのだ。

「さっき、ライと仲が良くないって言ってたよな」

「うん、言ったね」

「殺したいって思ってた?」

 莉佐の表情が固まった。図星、のようだ。

 仲が良くなくても異世界に行きたいのなら、もう少し積極的に攻撃してきても不思議じゃないと思ったのだ。

 戦闘中に飛んできた矢の本数は確かに多かった。だが、弓の精度が上がっている割に、俺を狙った矢は少なかった気がする。 

 だから、恐らくは、

「奏太の考えは当たっとるぞ」

「お、ルノ起きたのか」

「うむ、お主の心音でな」

 そんな馬鹿な。

「まぁ嘘じゃ。それよりも、この娘は奏太が考えている通りじゃ」

「そっか」

 やっぱり、何かある。

「あと、この娘はお主が『勝負しろ』って言ったときこう考えておったぞ」

 そういえば困ったような顔してたような。

「『カナは恐らく人を殺せない。狙いがライだといいなぁ』とな」

 莉佐は何も言わない。

「何があったのかは聞かないよ」

 顔が、辛そうだ。わざわざ人の傷を開くほどサディストではない。

「それがいいな」

 ルノはもう知っているのだろう。なんとなくそんな気がした。

「そういえば奏太よ。端末の機能が増えてたぞ」

 端末の機能?

 ポケットから端末を取り出す。電源をつけて画面に表示されたのは『レベルアップ』の文字。

 これは、

「端末のことか?」

「他に何がある?」

「えーと、俺?」

「最初に端末の機能が増えたと言ったじゃろ」

 さーせん。俺のレベルが上がってステータスが向上するっていう展開が欲しかった。

 にしても、機能の追加か。普段のスマホと違うのは、『コントラクター』というアプリがあるだけで他は大差ない。

 きっと、殺し合いに関わるものなのだろう。

「何じゃ?開かないのか?」

「まぁ、どうせろくでもないだろ」

 そして、端末をポケットに戻そうとする。

「増えた機能は『命令』だと思うよ、カナ」

 莉佐が言った。

「命令?」

「うん、そう。莉佐の端末も征服率が一定になったら増えた機能だよ」

 征服率、はきっとそのままの意味で、どのくらい征服が終わっているか分かるものなのだろう。

 莉佐の契約が切れて、征服していたものが俺の物になったのだろう。だから、端末に新しい機能が追加された。

 そして、命令機能は下僕たちに命令することが出来るようになるのだろう。多分。

「考えるより見た方が速いじゃろ」

 ルノにそう言われ、端末を開く。

 ホーム画面に新しいアイコンはない。ならば、『コントラクター』のアプリ内にあるのだろう。

 そのアプリの中に、やはり『命令』という機能が増えている。

「確か、『戦闘』、『待機』、『自由』の三つがあったよね?」

 莉佐の言うと通りできる命令はその三つのようだ。

「後は、まとめて命令することも、個人にすることもできるのか」

 命令の種類わかったが、具体的にはどうなのかわからない。今は全員に『自由』の命令がされている。

「『戦闘』は、下僕の主以外のコントラクターを見つけると攻撃するようになる命令じゃ。常に血気盛んな状態になり、見つけると一気に襲い掛かるようになる」

 その命令をすると、誰の下僕でもない状態に近い気がする。それに、仮にコントラクターを下僕が殺すと、契約が移ってしまうのではないか。

「正解じゃ。我はおすすめせん」

 だよな。

「次の『待機』じゃが。これは下僕に場所と時間を命令させ、待機してもらうだけじゃ。我にはこの命令の使用意図がわからん」

 これは恐らく。

「『戦闘』と組み合わせるんだろ。命令は二つまでなら同時にできるみたいだし」

 血気盛んな下僕たちを、別のコントラクターが来るまで待機させておいて、攻撃する。俺がこのゲームに積極的なら、きっとそうするだろう。

「なるほどのぉ。じゃあ、これもお主にも必要ないの」

「そうだな。『自由』はその名の通り自由に生活させるんだろう?」

「そうじゃ。じゃから命令を変える必要はなさそうじゃな」

 命令機能は、俺には必要ないようだ。

「さて、と。帰ろうか」

 時間はもう20時を回っている。

「莉佐は?斜里町に帰んの?」

「ううん。大学札幌だし、家もこっちにあるからそこに帰るよ」

 すこし寂しそうなのは俺の気にしすぎ、だろうか。

「送ってく?」

「大丈夫だよ。下僕になってもう死ぬことはないからさ」

「それもそうだな」

 ・・・このゲームは下僕が一番強いのではないだろうか。

 何はともあれ、このゲームの初戦は無事勝利した。

 これから、もっと強い敵が現れた時のことは考えていない。

「俺は、人間を助けるために戦うんだ」

「何か言ったか?奏太よ」

 背中のルノが問う。

「ううん。何でもないよ」

「相変わらず仲がいいね」

 莉佐が茶化す。

 ここは平和だ。残りの人々も助けることが出来ますように。

 帰り道を歩いている俺たちの頭上で流れ星が一つ、流れて消えた。

「そういえば、あの壊れた小屋はどうするんじゃ?」

 ルノの言ったその言葉に俺と莉佐は目を合わせ、小さく頷く。そして、山を駆け足で降りた。






 カナたちと別れて自室へと戻った莉佐は一人考えていた。

 それは、元契約種であるダークエルフ。ライのことだ。

 ライと初めて会ったのは、このゲームが始まる少し前。つまり、一昨日だ。




 そのときは実家へ帰省していたため、今いるここではない自室で寝ていたはずだった。

 だが、目を覚ました時はまるで目をつぶっていると錯覚してしまうほどの暗闇が広がっていた。

 体を動かそうにも、指一本動かすことも、目を閉じることさえもできなかった。

 そうか、これは夢か。そう思って夢から覚める方法を考えた。

 だが、考えが出るよりも先に、褐色肌の女性が突然目の前に現れた。よく見ると、耳がとんがっている。

 まず真っ先に、昨日夜遅くまでRPGゲームをしていたために夢に出てきたのだろう、と思った。

 ・・・ダークエルフ、というものだろうか。

 ゲームでのイメージと同じで特に驚くところはない。

「鈴野莉佐。だな?」

 しゃ、しゃべった。ちゃんと日本語だ。夢だとわかっているが、興奮せずにいられない。これでも、ゲームみたいな異世界ちっくなものにあこがれ続けていたのだ。

 夢でいくら見ようとしても現れなかった人間以外の種族が、莉佐の名前を呼んで話している。

「もう一度問う」

 よんだのに反応がないのを不思議に思ったのかもう一度聞いてくる。

「鈴野莉佐だな?はいなら右手を。いいえなら左手を上げてくれ」

 それと同時に両手が軽くなった。慌てて右手をあげる。

「そうか、お前が鈴野莉佐か。お前は異世界というものに憧れていないか?返答方法はさっきと同じ、はいなら」

 瞬時に右手を上げる。異世界なんてみんな憧れているだろうと、莉佐は思っていた。

「そうか。それはよかった」

 ダークエルフは嬉しそうに笑った。

「お前は運がいい。私に協力してくれれば、異世界に連れて行ってやろう」

 異世界に行ける?これは、夢、なんだよね。

 いや、ダークエルフとか異世界とか現実じゃありえないんだから、夢だと自分に言い聞かせる。そして、右手を上げる。

「それは、協力してくれる。ということだな?」

 そういうと、ダークエルフは指パッチンした。

 すると、莉佐の左腕に見慣れないバングルがついていた。

 ・・・なんだろうこれは。

「私はダークエルフのラックド・ライ。その左手のバングルは、われわれ契約種との契約の証だ」

 ・・・契約?

 なんだか雲行きが怪しくなってきた。

「私からお前にダークエルフの力を与える。そして、コントラクターになったお前は、その力を駆使して地球の人間を全て殺す」

 人間を殺す?莉佐が憧れていたものはそんな血生臭いものではない。左手を上げる。

「残念だが、バングルがついている時点で、お前の運命は決まっている」

 はぁ、残念だ。早く目が覚めてほしい。もう聞く理由がない。

「・・・お前これを夢だと思っているか」

 右手を上げる。

「やっぱりか。まぁいい。これは夢ではない。これからお前には協力してもらう。だから最後まで聞け。いいな?」

 左手を上げようとする。だが、上がらない。また動かなくされたようだ。

「お前には人間を殺し、世界を征服してもらう」

 そんなの一人で頑張ってもらいたい。

「他のコントラクターも殺して最後にお前が残った時。我々の住む世界、『アーウェルサ』への扉が開かれる」

 他のコントラクター?他にもいるのかなぁ?それに、これが現実なら『アーウェルサ』というところに行くことになるのかもしれない。

「ちなみに、征服のために殺した人間はコントラクターを除いて、生き返る」

 生き返るなら・・・

 と、意識が傾きそうになるが、それではだめだ。人間としての何かを失う気がする。

「・・・これがその端末だ。なくすなよ」

 何か説明していたようだが、全く聞いていなかった。

 莉佐の手には見慣れない端末が握られている。これをなくすなということだろう。

「それじゃあ、後でな」

 その言葉と共に視界が自分の部屋に変わった。

 自由に動けるし、本当に目が覚めたようだ。

 だが、バングルはついているし端末も握っている。

 まだ、夢の中なのだろうか。

「うわぁぁぁぁぁぁ!」

 そんな考えを打ち消すように悲鳴が鼓膜を切り裂いた。

 この声は、母だろう。一体なにがあったというのだろう。

 何か、嫌な予感がする。

「うがぁぁぁぁ!」

 また、悲鳴。今度は多分父。

 いずれも一階にあるリビングから聞こえた。

 急いで自室を飛び出し一階へ降りる。

「父さん!母さん!」

 リビングのドアを開ける。

 むせかえるような匂いの真ん中に父と母が胸から血を出して倒れている。どっちも動かない。死んでいるの?

「よぉ、莉佐」

 さっき聞いた声がした。

「ライ!あなたがこれをやったの?」

 声の主は笑いながら言った。

「ああそうさ。どうやらお前にはやる気が足りていない。逆らうとどうなるかはっきりしていた方がいいだろう?」

 最悪だ。逆らえば、殺される。

「あなたさっき、死んでも生き返るって」

 言っていたはずだ。

「残念だが、ゲームはまだ始まっていないんだ。開始は12時だからな」

 今は11時59分。

「ちなみに、ゲームが始まると警察とやらは動かなくなるらしい」

 ならば、急がなければ。

「さん、にぃ、いち。ぜろ」

 まさか、

「ゲーム開始だ」

 そういってライはニヤリと笑った。


 そこから、莉佐はコントラクターを殺すから、征服は任せたと。莉佐は動かなかった。いや、動けなかった。

 ライを殺すことも考えたが、戦闘能力は与えてくれなかったために諦めた。

 父と母の仇はカナが打ってくれた。感謝してもしきれない。

 奏太はきっとすべて人間を救ってくれる。莉佐はそう信じていた。

 そして、奏太が全部征服したら、そのときは『アーウェルサ』に連れて行ってもらおう。

 幸い、コントラクターじゃなくても端末は使えるようなので、カナとも連絡がとれる。

 そこまで考えたところでとてつもない眠気が襲ってきた。

 三日間で疲れすぎたのかもしれない。

 莉佐は深い眠りに落ちた。

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