3-20 授業
「じゃあ早速、授業を始めます!」と言って、クララ先生は眼鏡をかけた。
俺は気持ちを引き締め、背筋を伸ばした。
「偉大な
「はい」
「その一! 〝走り込み〟!」
「……?」
「今日は
「ちょ、あの、先生」
「なぁに?」
「これ、
「そうよ!」
「なぜ走り込みを……」
先生は「いいから走れ!」と、さわやかに言い切ってから、「……と言いたいところだけど、教えてあげるわ! 意味がわからないままやってても効果的じゃないものね!」と言った。
それから先生は、黒板に○を四つ、ひし形状に並べて書いた。
「これはなんだと思う?」
「
「そう!」
「この中で
「中列か後列です」
「そうね! 編成にもよるけど、
そして、「それじゃあダメなのよ!」と言い、図全体に大きく×をした。
「……」
「そもそも
「……
「それじゃあダメなのよ!」と言って、先生はさっき描いた×の上に、もう一度力強く×を描いた。
「
「でも、無防備にならないっていうのは……」
「走りゃあいいのさ!」と言って、先生は「めいじ」の○から矢印を出して「はしれ!」と書いた。
「突っ立ったままの詠唱は卒業なさい! 走り回りながら詠唱できるようになれば、守ってもらう必要なんかなくなるわ!」
……なるほど。
「その昔、他の誰でもない、私がエバンス君たちに陣形戦を教えたんだけど、もうあれは古いの! ごめんね!」
「いえ、そんな、謝っていただくことじゃないですけど……」
「さぁ、これで意味はわかったわね! 元気にいってらっしゃい!」
「あの、すいませんもう一つ」
「なぁに?」
「そういう目的なら、ただ走るんじゃなくて、詠唱しながら走ったほうがいいんじゃないですか?」
「うん! ゆくゆくはそうしたほうがいいと思うけど、最初は走るだけでいっぱいいっぱいなんじゃないかしらね!」
「え?」
「行けばわかるわ!」
塔を降りて即、理解した。
「槍術教えます! 今なら入会金無料!」
「
「野球やろうぜ!」
そうか……
この人混みの中を「走る」のか……
けど、このぐらいできなきゃ、魔物の攻撃をかわしながら魔法の詠唱なんてできるわけがない。
よし、行こう!
と、走り出した瞬間、トーストをくわえた女の子と激突した。
幸か不幸か、パンツは見えなかった。
当たり前だけれど、人混みの中を走るのは難しい。森の中で樹をよけて走るのとは全然違う。周囲の動きを予測して、その都度コースを修正しなきゃならない。
難しい上に、疲れる。ジグザグになるから距離が伸びるし、足運びもせわしない。
そして、心の損耗も激しい。迷惑そうな――当然だ――視線が突き刺さる。いつ文句を言われてもおかしくない。穏便にこの訓練を続けるには、一日でも早く
どうにか三十周走り終えて、へろへろになりながら教室に戻ると、そこは花園だった。
「ええっ、お砂糖ってこんなに入れるんですか?」
「そうよ! だから太るの! こんな風にね!」
「やだぁ先生!」
「あんた痩せすぎよ! ちょっとは太りなさい!」
華やかな笑い声。色とりどりのエプロン姿。〝ステラおばさんのクッキー教室〟が開講されていた。
クララ先生、もといステラおばさんは俺に気づくと、「あ、みんな! オーブンさんが帰ってきたわ!」と言った。
オーブンさんって誰だ。
生徒たちは声を揃えて、「おかえりなさい、オーブンさん!」と言った。
だから、オーブンさんって誰だ。
「さぁオーブンさん、お入りください!」と、ステラおばさんは大きな窯を示し、それから小声で「
「え、
「課題その二!
「……なんで
「説明してあげたいとこだけど、今は授業中だから!」
俺も授業中なんですけど。
「あとで説明するから、入って入って!」と、俺は窯に中に押し込められ、生徒たちから「お願いしまーす!」と、クッキー生地が乗った耐熱皿を次々と渡された。
窯の中には耐熱皿を置く用の棚があった。
「……」
受け取ってしまった生地は、焼くしかない。俺は
炎のドームはすぐに窯の壁まで達し、消えた。
生地を確認すると……焼けていない。弱すぎたか?
「どうしたオーブンさん! オーブンなんだから十分以上は焼かないと!」
「な……!」じゅっぷん?
「それも、コゲたり場所によってムラが出たりしないようにね! さぁ、もう一度!」
「……」
さっきより強めに、
壁際で、〝止まれ〟……いや、〝止まる〟……よし、止まった!
「お、うまいじゃん! 昔は
そういうこと言って大丈夫ですか先生。追われる身でしょう。
……と、人の心配をしている場合じゃない。魔法を出し続けるのがこんなに大変だとは知らなかった。まるで指一本で逆立ちをしている――そんなことできないけど――みたいだ。
「くそっ……!」
三十秒と持たなかった。しかも、消え際に
「あー……」と、生徒たちの残念そうな声。
俺はたくさんの女性を傷つけるクソ野郎になってしまった。穴があったら入りたい。あ、穴には入っている。
「元気出して、オーブンさん!」と、ステラおばさんが言った。
すると、生徒たちも努めて明るく「元気出して、オーブンさん!」と声を揃えた。
「さぁみんな、もう一度生地からやり直しよ!」
「はーい!」
そして、キャッキャウフフの生地づくりが始まった。
え、ウソだろ。もう一回やんの? まだ全然コツがわからない。
先生、なにかアドバイスを……と思ったけれど、ステラおばさんは生徒たちとの談笑で忙しい。
これは、やばい。早くコツをつかまないと、尽きる――魔力より先に精神力が。
空の窯の中で練習をしていると、「オーブンさん、なにしてんの?」と、一人の生徒から声をかけられた。
「……あ」
それは、さっきぶつかったトーストの女の子だった。
回収しなくていいフラグが回収された。尚、発展することはない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます