第5話 ごほうび映像


 田中くんのお父さんは、30年くらい前に「変な映像」を見たという。


 当時はゲーム全盛期で、子供たちは猫も杓子もテレビゲームだった。ハードのスペックとしては8ビットほどの容量しかなかったものの、子供たちがそれに傾ける熱というのは、現代のそれを遙かに凌駕していたと言ってもいい。

 田中くんもそんなゲーム少年であったし、毎日のようにお父さんから「ゲームもいいけど勉強もちゃんとしろ!」と怒られていたという。


 だが。そんなお父さんには、息子には言えない秘密があった。

 休日、田中くんが外へ友達と遊びに行っている時などに、

「しめしめ。ヒロキめ、夕方までは帰って来ないな」

 何と彼のゲームを、こっそりプレイしていたというのだ。

 RPGとかは意味がわからなかったようだが、アクションなどは好物と言ってもよく、田中くんが「ただいまー」と玄関を開けて帰ってくるギリギリまでゲームを楽しんでいたという。

「親の金で買ったものだ。親が遊んで何が悪い」

 後年、お父さんはそう語っている。

 しかし当時は、子供に勉強しろ宿題しろと口うるさく言っている手前、実はこっそりお父さんもゲームやってるんだよ、などとは絶対に言えなかった。大人がゲームで遊んで全面的に許されるのは、高橋名人くらいだった時代だ。

 そんな軽い背徳感も、お父さんのゲーム趣味に拍車をかけていたのかもしれない。ゲームに夢中になるお父さんを後目、田中くんのお母さんは「まったくもう」と呆れていたそうだ。


 そんなある夏の日曜日、田中君は友達とプールに出かけた。

 日曜日であるから、会社勤めのお父さんももちろん一日フリーだ。

「さて、こないだ買ってやったアレをやらせてもらうか」

 お父さんはワクワクしながらゲーム機にカセットを突っ込み、電源を入れた。

 それは主人公の青年が、中途半端な距離までしか飛ばないオーラのような飛び道具を武器に、敵の妖怪を倒しながら進んでいくという内容のアクションゲームだった。

 息子のプレイする姿をちらちらと見ながら「面白そうだなぁ」と思っていたお父さんは、満を持してコントローラーを握った。

 しかし。

 当時のゲームの特徴として、「すさまじく難しい」というものがある。

 対象年齢は小学生くらいに設定してあるのだろうが、「こんなのやりこみゲーマーでない限り切り抜けられんでしょう」みたいな難易度の高いシーンが、80年代のゲームにはけっこう多くあったのだ。

 このゲームも、その類だった。

 お父さんは、悪戦苦闘した。

 そしてゲーム開始から約1時間、やっと1面をクリアすることに成功したという。

 ああ、やった。 夏だったせいか汗をグッショリかき、心地よい疲労感と達成感に身を震わせるお父さん。


 そこで、画面がいきなり切り替わった。

「ン?!!」


 テレビのブラウン管は、どこかの廃墟らしき建物の中を映している。

 もちろんゲームのドット絵ではなく、実写映像だ。

 全体的に「青みがかったモノクロ」の趣がある薄暗い廃墟の内部に、今度は一人の人物がふらりと現れたという。大人の男のようだった。

 異様な姿だった。

 ほとんど骨と皮といった風情に痩せこけ、首には犬用の首輪のようなものをはめている。顔には七福神の「大黒さま」そっくりのお面を付けており、着ているものは腰に締めたふんどしのみ。

 そのふんどしにも、ところどころに黒い染みのようなものが浮いている。

 見ているだけで不安をかき立てられるようなその男は、しばらくその廃墟の部屋の中をうろうろしていた。己の意志がないような、ふらふらした足取りだったという。

 するとやがて、画面の隅に黒くて長いものが現れた。太い鎖か、大きな蛇に見えた。それはスルスルスル、と意志を持つように男の足下へ伸び、


 また、画面が切り替わった。

 ゲームの、2面が始まったのである。


(今のは何だったんだろう・・・)

 お父さんはしばらくぼーっと考えていたが、

(ああ、そうか。1面をクリアしたから、ごほうびの映像が見られたんだ)

 と、納得した。

 きっと2面をクリアしたらその続きが、3面をクリアしたら更にその続きが、視聴出来るに違いない。

(子供向きとは思えないくらいよく出来たホラー映像だったな。よぅし、やってやるぞ!)

 お父さんは俄然ハッスルして、ゲームの続きにかかった。

 が、健闘虚しく。 その日は2面をクリアする前に、田中くんが帰ってきてしまったのだった。


 それから仕事の都合もあり、お父さんは長らくゲームとご無沙汰の日々を送ることになってしまった。

 しかしあの時見た映像が忘れられず、あの続きをどうしても見たいという欲求は募っていった。見られないまでも、続きの内容を知りたいーー

「なぁ、ヒロキ」

 ある日、お父さんは決心して田中くんに話しかけた。

「こないだ買ってやった妖怪のゲーム、あれ面白いなぁ。お父さん実は、ヒロキがいない間にこっそりやってたんだ」

 正直に打ち明け、本題に入る。

「あれ、一面クリアするごとに怖い映像見れるだろ。お父さん、最初のヤツまではどうにか見れたんだが、2面からダメだったんだ。あの大黒さまのお面の男、続きはどうなっちゃうんだ?」


 田中くんは、「はぁ?」と返した。

「そんなん、あるわけないじゃん」

 いや、お前こそ何言ってる。俺はちゃんと見たんだというお父さんに、きっぱりした口調で告げる。


「ゲームはカクカクしてるものなの!そんなビデオみたいな絵が、入ってるわけないでしょ!!」


 お父さんは、憑き物が落ちたような顔になった。

 それ以上何も問わず、「風呂に入る」と言って部屋を出て行ってしまった。

 田中くんも、何だか気味が悪くなったので、そのゲームカセットは後日、お父さんには黙って売ってしまった。



 今でも、家族が集まってゲームに関係する話が出ると、お父さんはこの話を蒸し返すという。

「俺は確かに見たんだがなー。アレは何だったんだろうなー。あの男、やっぱり殺されたりするのかなー、わっはっは」

 その度、家族は盛り下がってしまうのでどうにかしてほしいと田中くんはこぼした。

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