第9話
「それじゃあ、僕はこれで失礼いたします。お預かりしたお金は、あちらのお金に替えてお返ししておきますので。」
それを聞いて、そう言えば、世界が違ったら通貨も違うんだっけなんてぼんやりと考えていた。
「あ、はい!お手数お掛け致します。」
私は頭を下げてから、急いで店を出た。
外に放ってきた二人が大丈夫だろうかと、急に思い出して足を早める。
…………二人は置いてきた場所にきちんと転がったままだった。
────
翌朝、私はベッドの上で頭を抱えていた。
別に二日酔いとかそう言うわけではない。
昨日の出来事を思い出したら、とても気になって眠れなかったのだ。
あの居酒屋で代金を代わりに支払ってもらったことに対して本人に直接お礼を言いたいという気持ちと、私の勝手な常識で全く知らない世界の善良な人を勘違いして怒鳴った罪悪感。
その二つに苛まれていたのだ。
そんなに悩むなら会いに行けばいいじゃない!と自分に渇を入れて頷いた。
ここまで悩んだのは、あの居酒屋が普通の居酒屋ではないということを知ってしまったから。
それまでは、全然普通に飲みに行っていたというのにだ。
自分の臆病さを嗤って、それが悔しくて逆に飲みに通ってやろうかと訳の分からないことまで考え始めてしまう。
大きな溜め息を吐いてからようやく仕事に行く準備をし始めた。
「おはようございます!」
「おはようございます。」
仕事場にいつもと同じ時間に出勤して、同じように挨拶を交わす。
今日もいつもと変わらない日常だ。
「先輩!おはようございます!」
誰かが叫んでいる声が辺りに響く。
「先輩!」
誰を呼んでいるのか分からないが返事をしてやればいいのに……と思いながら、自分の勤めるオフィスがある三階に向かうためエレベーターに乗り込む。
「木佐木先輩!無視しないでくださいよ~」
エレベーターの中で扉の方に向き直った途端、正面に遠藤くんの姿を見た。
扉が閉まって、遠藤くんは驚いた顔のまま取り残されてしまった。
私は、早く気づいてやれば良かったな……などと小さく呟きながらもそのままオフィスに向かった。
数分後、息を切らした遠藤くんと香田さんが私の所へやって来た。
「先輩~、酷いじゃないですか!無視して、置いてって!」
口を尖らせている遠藤くんと、苦笑いをしている香田さん。
「先輩、昨日はありがとうございました。私と遠藤くんを家まで送ってくださって。あんなすごく大変なことをさせてしまいました。」
「あ、もしかして覚えてる?」
とても申し訳なさそうな顔をしている香田さんの頭に優しく手を乗せる。
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