夏
4話:昼食
夏も盛りになって暑くなると、冷房の効いた家を出たくないなどと贅沢を言う学生が増え、授業に出席する者が減る。試験前なのに家に引きこもる友人たちを見て心配になるが、そういう人間ほど過去問を餌として夏休みを生き残るのを溝口は知っている。
一方、潰しのきかない学部に入ってしまったのを若干後悔し、教員免許を取るべく尽力している溝口は、夏休み直前でも1日中大学にいることも多い。そんな中、試験期間に入る学部も増えてきた頃には、運が悪ければ昼食を食べるような友人がいなくなることもでてきた。
そんなときには、学食で注文する前に知り合いを必死で探すか、見つからなければ急いでいる人間風に軽食をコンビニで買って、歩きながら済ませる。ここまでして、食堂への単騎突撃するのを忌避するのは何かの病気なのではないかと自分でも思うが、まだまだそういうのに多感な年頃なのだ、と無理やり思い込んでいる。
そして、今日の場合、見つかったのはこれまた単騎でカレーを食す鹿島だった。自分の仲間を見つけた喜びと同時に、単騎突撃を回避したという安堵感が湧く。溝口は慌てて、この暑いのにうどんを購入し、走って鹿島の元へ向かう。うどんを選んだのは、食堂に常にあるメニューの中で、最も早く作ってもらえるからだ。
「よう鹿島」
溝口が声をかけると、鹿島は無表情で口をもぐつかせながら手を挙げて応じた。
「隣でご飯食べてもいい?」
鹿島は口を動かすのと同じタイミングで、うんうんと首を縦にふる。器用な動かし方だ。
「千弘も今から来るけどいい?」
ぼっちの極みのような鹿島ですら友人と食べているのかと思うと、若干の敗北感がある。
うどんをすすっていると、すぐに千弘が来た。千弘と鹿島は学年が同じだとはいえ、まさかプライベートでも仲がいいとは思っていなかった。千弘は証明写真には笑顔で映るタイプで、鹿島は真顔で写るタイプ。性格だけで言えば正反対に近いように見えるのに。
「千弘と鹿島って、学部も違うのに仲がいいんだね」
普通、学部が異なれば取る科目も異なってくる。共に行動する人間として、他の学部の人間を選ぶというのは珍しい。
「クラブが一緒だからね」
「あれ、千弘ってバドサーに入ってるんじゃなかった?」
バドミントンのラケットを背負って帰宅する千弘の姿には覚えがある。一方で、言っちゃ悪いが鹿島の方は、その青白さと痩身さを見るに、運動サークルと縁があるようには見えない。
「バドサーの他にも入ってるんだよ」
「何に入ってるの」
「生物研究会」
この広い大学には、数え切れないほどの部活サークル出会い系政治団体カルトその他諸々があり、その生物研究会という名前に溝口に心当たりはない。千弘曰く、部員も多く歴史もある、由緒ある部活とのことである。
「まあ、活動自体は、上下関係もないし、ゆるゆるだけどね」
「生物研究会で何してるの」
「僕も俊一郎も野鳥を見てるんだよ」
千弘が両手で2つの円を作って覗き込む仕草をする。双眼鏡のつもりらしいが、別に可愛くない。
「休みの日なんかには、2人で山に鳥を見に行ったりするよ」
「あれ、千弘って車を運転できないんじゃなかった?」
「運転するのは俊一郎だよ」
「千弘の車を?」
不可思議なコンビだ。
「保険とかそういうの大丈夫なの?」
「僕は絶対に運転しないし、運転したくないから、被保険者を鹿島に変えたんだ」
ボンボンのやることは派手だ。
「俊一郎に運転してもらったら、僕は自由にお酒が飲めて楽だし」
友人を勝手に運転手にするのは凄まじいとも思うが、鹿島にとっては購入してもいない車を、ガソリン代のみで自由に使えるからいいのだという。
「しかし、千弘が野鳥って、なんか意外だなぁ」
「女の子が可愛い趣味だねって褒めてくれるよ」
彼女のいる男としてふさわしい発言であるのかは置いておいて、いかにも千弘らしい発言である。
「そんな不純な動機で野鳥を見る千弘をどう思いますか?」
いたずらっぽく、溝口は鹿島に拳で作ったマイクを向ける。
「どんな動機で鳥を見てもいいんじゃない?」
口の中身をゆっくり飲み込んだ鹿島からは、哲学的な答えが返ってきた。
「千弘は女ウケのためとか言ってるけど、楽しそうに鳥を見てると思うけどね。山には女の子なんていないのに」
顔を赤くして早口で弁解する千弘を見ていると、不覚にも、少し可愛いのではないか、と思ってしまう。腹黒い男でも女にモテるという理屈が分かったような気がした。
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