最終話 雅久と四人の普通の日常

「いちち…………まだ少し痛むな…………」



 少し背伸びをして見て走った痛みに、雅久は僅かに顔を歪めた。


 これだと、まだ走るのはやめた方がよさそうだ。朝の七時半なら、学校へたどり着くのは余裕の時間帯だ。このままのペースでも問題ないだろう。


 大量の生徒達が行き交う中、そんな事を考えながら歩く。



 「でも、丸一日うごけなかった時に比べれば、遙かにマシだよな」



 ――――あの事件から四日後。たったそれだけしか過ぎていないのに、随分と前に起こった事件のような気がする。


 それだけ強烈な出来事だったという事だろう。これまで普通に生きてきた雅久にとって、アレは相当に刺激的だった。


 だが、事件は終わっても出来事は継続している。



 「わー! なんか同じ服着た人達がいっぱいですよ! これはどういう事なんですかッ!?」


 「私達が着てるのは制服っていうモノなの。学校に行く生徒達が着るモノなんだから、同じなのは当たり前でしょうが。あんま目をキラキラさせないでよ恥ずかしい」


 「へー、すごいねー。トトちゃんって博識なんだねー。リンちゃんは知ってたー?」


 「そんな事を知らずとも任務は遂行できます。いちいち、知識を自慢するのはどうかと思いますが」



 登校する生徒達が珍しいのか、四人はすれ違う生徒達に注目していた。トゥトゥラはそこまででもないようだが、シスリーは興味津々で、通り過ぎる生徒全員を注目している。


 トゥトゥラはそんなシスリーを微笑ましく見ており、リーンベルはいつも通り(?)一言多く呟きながら歩いていた。



 「なーんでこのおチビちゃんは余計な事を言っちゃうのかなぁ? 別に知識を自慢とかしてないですけど? いらない勘ぐりが過ぎるのは万国共通で可愛く無いってモノよぉ?」


 「青筋立ててる方がよほど可愛くないと思いますが」


 「ほ、ほぉ~~? そこまで言うのかこのガキんちょはさぁ…………」



 その様子は威嚇で毛を逆立てる猫と、ツンとすまし顔のまま相手から目を反らすリスだった。どっちも引く気がないのか二人の間で火花が散っている。



 「はいはいー。朝からケンカはみっともないよー。一通りも多いし、ダメな注目の的だよー」



 朝から火花を散らすトゥトゥラとリーンベルをレナが「まあまあ」と押さえる。


 だが、別に険悪だと思っていないしキツく言う気も無いのだろう。聞き分けの無い妹たちを諫めるようなソレであり、口元が微かに笑っていた。



 「ふふふー」



 シスリーは行き交う生徒達を一通り見た後、両手で口元を隠しながら嬉しそうに笑った。



 「何がそんなに面白いんだ? さっきからずっと笑ってるけど」


 「あ、すいません。みんなでこう歩いてるのが嬉しくて。それでちょっと笑っちゃいました」


 「お前らの仕事だからって事なんだし、こうやって五人で登校は自然の流れだと思うぞ」



 シスリー達は寿々花の言った通り、雅久の元へ戻ってきた。雅久の魔人(ブレイザー)化を戻した者として監視任務を受けたのだ。


 他にも他世界で同じ任務を受けた者(トゥトゥラ達)が“抜け駆け”しないように見張ったり、シスリー達が知らない“何者”かから雅久を守るためにボディガードの任務も受けている。


 魔人(ブレイザー)化できる雅久の存在はシスリー達の世界に大きな政治的意味を持っている。何かあれば、世界のバランスを崩してしまう事が起こっても不思議ではないのだ。


 魔人(ブレイザー)化の事は秘匿されているが、それだけで雅久の身が安全と思うのは危険だ。

 

秘密とは何処で漏れるモノかわからないモノであり、魔人(ブレイザー)化しなければ雅久はただの人間なのだ。そのため誘拐は容易であり、各世界に混乱を生みたいだけなら雅久を殺せばいいだけとなる。


 そのため、必然的にシスリー達四人での護衛は必須だった。



 「それでもですよ。みんなで一緒にいるっていうのは、それだけで嬉しいモノなんです。昨日とか楽しみで一時間くらいグッスリ寝ちゃいました」


 「それはグッスリ寝ているかもだが!? グッスリと眠れてはいないんじゃないか!?」



 シスリーはこの仕事に胸を膨らませているのか、ずっと楽しそうな笑顔のままだ。


 時折、心あらずといった顔もするので妄想も捗っているようだ。この中で今を一番楽しんでいるのは間違いなくシスリーだった。



 「……………………」



 雅久達が通学路を歩いていると、やがてそこに辿り着いた。



 「しばらくは開かない…………だろな…………」



 峰(みね)途(と)商店。その小さな建物の出入り口には『閉店中』という札がかけられ、窓は全て厚いカーテンで閉められていた。


 朝食や昼食をココで買おうとした生徒達は多いのだろう。何人もの生徒が閉店中の札を見ては悲痛な顔で膝をついていた。峰(みね)途(と)商店がこの時間に閉まっている事などなかったので、誰もが驚きを隠せないようだ。



 「寿々花さん…………戻るつもりは無いんでしょうか」



 峰(みね)途(と)商店の前を通ると、シスリーがそう呟く。



 「戻らない…………だろうな。少なくとも今はまだ…………」



 あの病室の出来事の後、寿々花は何処かへと姿を消した。


 元々、寿々花は各世界からのお尋ね者だ。姿を消しているのが当たり前であり、姿を見せている方がおかしい。


 だが、いつもそばにいた人物がいなくなるのは、雅久にとってショックだった。


 もう、この峰(みね)途(と)商店に来ても寿々花はいない。雅久の普通の日常は昨日までとは変わったモノとなり、この場所は通り過ぎるだけになったのだった。



 「戻って来て欲しいですね……」


 「まあな。お前らにとっては絶対に捜さなきゃいけない人物だし――――――――」


 「そうじゃありませんよッ!」



 シスリーは人差し指を雅久の口元に当てて、それ以上の発言を封印した。



 「露木さん、寂しそうな顔をしてるじゃないですか!」



 メッ、と子供をしかる親のようにシスリーは人差し指を雅久につきつける。



 「露木さんにとって大切な人なんですよね? なら、私に関係なく戻ってきて欲しいと思うのは普通の事ですよ!」



 プンプンという擬音が聞こえそうな表情をしながらシスリーは頬を膨らます。雅久の発言にどうやらご立腹のようで、昨日と変わらずその態度は実に悪党らしくなかった。



 「…………そうだな。それが普通だ」



 だが、言ってる事は至極当然の事だ。


 雅久の知らない異世界から来ているシスリーだが、その発言は雅久の思う普通と変わらないモノだった。



 「いつか…………いや、早く帰ってきて欲しいと思っているよ。姉ちゃんのいる毎日はオレにとっての普通だから」


 「…………はい!」



 その答えに満足したのか、さっきまであったシスリーの不機嫌顔は何処かに消えてしまった。再び、周囲を歩く生徒達に注意が移る。



 「変なヤツだよなホント…………いや、知ってるけどさ」



 シスリーにとって雅久は、自分の世界に政治的な意味を持つ存在なだけで、プライベート部分は興味の対象外であるはずだ。なので“余計なお世話”をしてくるのは全く意味の無い事で、得のある行動ではないだろう。



 「でも、それがアイツにとって……」



 だが、それはシスリーにとって普通の事なのだ。





 心配する。怒る。不機嫌になる。嬉しくなる。





 打算も何も無く、ただ他人にそう思う事はシスリーにとって何らおかしな事ではない。



 「あ! 露木さーん! 遅れてますよー!」



 シスリーと、いつの間にかケンカの終わったトゥトゥラとリーンベル、仲裁を終えたレナが数十歩先で待っていた。


 普段、考えないような事を頭に浮かべたからだろう。無意識に足が遅くなっていたようだ。



 「あ、そうです! 私達って転校初日なんですから、挨拶考えておかないといけません!」


 「バカねぇ。アンタ何も考えてなかったの? 私はその辺にぬかりはないわよ」


 「うーん…………やはり自己紹介なんですから、自分の得意技の一つくらい出すべきですよね。よし! それなら窓から見える景色の一部でも消し飛ばしますか! これで行きます!」


 「あー、自己紹介ってそういのがいいのー? なら私はクラスの誰かを縛ってフワフワ浮かせたりブンブン振り回したりしようかなー。クラス全員に体験してもらったほうがいいよねー?」


 「私は教室を火の海にでもしておきましょう。水攻めも捨てがたいですね。聞いてると、自己紹介はインパクトが大事みたいですから」


 「あんたら何考えてんのッ! どう考えてもやり過ぎでしょうがッ! 私みたいに覚醒力を突風程度で吹き起こすくらいにしときなさい! これが普通の自己紹介よ」



 そんな会話がすぐ先で聞こえてきたので、雅久は十数歩の距離を数歩で駆けつける。



 「コラぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! そんな人外スーパービックリショーしていいわきゃねぇだろぉぉぉぉぉ! 何考えとんじゃぁぁぁぁぁ! いや、何も考えて無いからその結論なのかぁぁぁぁ!?」


 「ホントよ。あんたらもっと普通の自己紹介に変えときなさいよ」


 「トゥトゥラさん!? あんたも異常な自己紹介だからね!? 普通の何でも無い自己紹介しようとしてるなんて思わないでね!?」



 ツッコミが終わると、雅久は盛大にため息をついた。あと三十分も経たない内に教室が惨劇に塗れたかもしれないと思うとゾッとする。「危ねぇぇぇぇぇ…………」と呟きながら、ヤツらをギリギリで止められた事を神に感謝した。



 「全く何考えとんじゃい…………」



 四人は考えた自己紹介が無に帰したので、雅久を横に何やらギャーギャーと討論を始めている。この分だと何も決まらず学校につき始業のベルが鳴るだろう。


 何も決まらないなら、自己紹介は挨拶と名前を言うだけで終わるはずだ。至って普通に自己紹介は終わって、普通に学校の一日が始まるだろう。



 「………………いや、それは早計か」



 シスリー達はこの世界に住む雅久のような普通に近い人物だ。


 だが、間違った日本知識を持ってる外国人のようにおかしい所が多々あるのは間違いない。少しづつ、その間違った部分を修正する必要があるだろう。



 「ど、どうしましょう! このままじゃ名前を言うだけになっちゃいます! そんな地味な自己紹介が許されるのでしょうかッ!?」


 「全ては第一印象っていうのがこの世界の掟らしいからね…………地味で終わると、最悪追放なんて事になりかねないかも…………」


 「追放は困るねー。露木君のボディガードができなくなっちゃうなー」


 「学校とは他人が私達の運命を決めるのですか。ならば、学校の運命を私達が決める事もできる――――という事を教えてあげていいのでは?」



 さっそく聞こえてくるおかしな話し合いに、雅久は頭を抱える。事態は自分が思うようになってはくれないらしい。



 「………………打ち合わせは必須だな」



 雅久はシスリー、トゥトゥラ、レナ、リーンベルにどう自己紹介をすればいいかを話す事を決めた。





 自己紹介なんて挨拶と名前を言うだけの、普通の事をやればいいと伝えるために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最強究極無限絶対インストールの心得 三浦サイラス @sairasu999

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ