第38話 普通の雅久の返答

寿々花は続ける。



 「魔人(ブレイザー)になったのが全く関係の無い世界の人物なら、各世界は魔人(ブレイザー)を監視できる人物を選出しなければならない。普段ならそんな人物を選ぶのは難航するが、アイツらはあの場で魔人(ブレイザー)を止めたという実績がある。それに、あの中継された結果を見れば魔人(ブレイザー)を反転させた原因がバカバカしすぎて無意味に警戒するはずだ。またすぐにアイツらはお前のそばに戻ってくるだろう。何が起因して反転が起こったのかわからないのなら、当事者を戻すくらいしか有効な策は無い」


 「……てことは、あの反転は影で姉ちゃんがやったの?」


 「初の魔人(ブレイザー)化でエンジンがかかっていない(全く力が出ていない)というのが大きいが、お前の意思そのものへ強烈に働きかける事ができれば、ああいう事ができる。本当は私が隠れてトドメを刺して反転させる予定だったんだがな。うまい具合に手間が省けたよ」



 寿々花は魔人(ブレイザー)にトドメを刺すと言った。それもかなりあっさりできてしまうようだ。どうやら魔人(ブレイザー)と戦っていた時の寿々花は、本気とはほど遠いモノだったようだ。


 寿々花が人体実験で得てしまった力というのは――――――――――――それだけ想像以上に大きいモノのようだった。



 「なぁ…………」


 「ん?」



 今の寿々花なら以前聞いた時と違う答えを聞ける。


 そう思った雅久は、自然とその質問を口にしていた。



 「なんで…………オレだったんだ?」


 「…………それは」



 その問いに、寿々花は少し間を開けてから言った。



 「…………私の知る限りあの秘薬を得ていい人物は………………魔人(ブレイザー)化していい者はお前しかいなかったからだ」



 以前聞いた時と答えが違っていた。やはりあの時言っていた事は嘘だったようだ。



「そう…………お前ならば、と…………そう思ってしまった」




 証拠に――――――その言葉は懸命に絞り出した答えのような苦しさがある。



 「各世界に関係ある人物に秘薬を飲ませるワケにはいかなかった。そんな人物が飲めば、世界のバランスは崩壊し、秘薬を得た世界以外は滅びてしまう。だが、全く関係ない“普通のたった一人”が秘薬を飲めば、各世界は戦争よりもその人物を気にする事の方が大事になる。秘薬を得るはずだった世界の悪党界(ブラッドブラック)、正義界(セイントフォース)、冥府界(エンドレシア)、天国界(レイレーン)は、これから露木雅久という人物を注視していく事だろう。ヤツらにとってお前は、瞬時に世界を滅ぼせる核ミサイルのようなモノだからな」


 「……………………」


 「そう、私はお前を――――――――――――そんな“異常”な人物にしてしまった。お前ならばと…………そう思ってしまったばかりに」



 沈黙が続いた。しばらく互いに喋らず、寿々花は目を床に向けたままだった。


 そして、その床が静かに濡れていたのは見間違いではないだろう。



 「そう……か」



 これは許されざる大罪だ。


 寿々花は自分のエゴを優先し、関係の無い雅久を完全に巻き込んだのだ。逃れる事のできない魔人(ブレイザー)の力を与え、シスリー達の世界を左右させる事のできる恐ろしい選択権まで持たせている。


 勝手に凄まじい力を作っておきながら、それを背負う事ができないと寿々花は逃げ、露木雅久という無力な人間に押しつける事を良しとした。





 普通だから――――――――――――――と、そんな理由で。





 最低の人間が雅久の隣にいた。人類史に刻まれるような悪が形を成して座っており、この場で殺される事が良しとされる人間がいる。



 ――――――しかし。



 「なら、仕方ないな」



 そんな人物にかけられたのは、あまりにも暖かすぎる言葉だった。



 「そんなに思い詰めないでよ。オレでよかったら何でも協力するからさ」



 雅久は「しょうがないな」とでも言うようにあっさりとその言葉を口にした。



 「色々と大変になるんだろうけど、シスリー達がそばにいてくれるんだろ? 一人じゃないなら、まあ何とかなるって」



 寿々花はその言葉に目を見開き、思わず雅久の方を見る。



 「雅久…………」


 「困ってる人がいてさ。それも知り合いだっていうなら、力になってあげたいと思うもんだよ。だって――――」






 ――――それが普通でしょ? と。





 いつか聞いたあの時と同じように――――――――九九でも答えるかのように、雅久は当然のごとく寿々花に答えた。



 「……………………ッ」



 寿々花は「すまない」とも「ありがとう」とも言わなかった。


 そんな上っ面だけの言葉を雅久に言うほど愚かではなかったし、それを言う資格が自分にはなかった。

 だが、伏せた顔で涙だけはどうしても溢れてくる。


 雅久はそんな寿々花の涙を、指先でそっと拭った。

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