第37話 雅久と寿々花の普通の会話
「……………………ん」
目が覚めた時に見えたのは白い天井だった。
何処か知らない病室に一人、ベットで寝そべっている。
「っててててててててて!?」
雅久は起き上がろうとしたが、全身が酷い筋肉痛で起き上がる事ができない。首や指くらいなら動かせるが、それ以上は無理だ。
半ば金縛りのような状態で天井を見るしかなく、それ以外できる事はない。
雅久は今の自分が何故こんな状態になっているのか、なぜ病室なんかにいるのか誰かに説明してもらいたかったが。
「魔人(ブレイザー)から人間に反転する時はすんなりと行かなくてな。気絶と地獄の筋肉痛に襲われて一日動けなくなる。だが、それだけだ。別に異常は起こらない。またいつも通り、普通に動けるようになるだろう」
聞き慣れた声がすぐにその説明をしてくれた。
「反転した後、お前はあの場で気絶したんだ。どうするか揉めたようだが、倒れたお前をそのままにしておくわけにはいかないからな。あの四人娘達が救急車を呼んで、お前はここに運ばれた。四人は付き添いたかったようだが、今までの事態を報告するために、帰還命令が下されてな。今はそれぞれの世界に帰っている」
ナイフでリンゴを剥く音が聞こえる。おそらく雅久が目覚める時間がわかっていたのだろう。そうでなければあまりに良いタイミングが良すぎる。
「色々ともう終わった。普通の日常がまたお前に戻って来る…………魔人(ブレイザー)の力がある事だけは………………どうしようもない異常だがな……」
寿々花がすぐ隣に座っている。
雅久の知っているいつもの寿々花だ。
そう、雅久の知っているいつもの――――――――
「…………姉ちゃんの強さや予知って、そういう事だったんだな……………………魔人(ブレイザー)の力…………自分の体で実験してたんだろ? 人に使う秘薬である以上、人体実験は必要だもんな」
リンゴを剥く手が止まった。綺麗に向けたようで、リンゴの長い皮が床に届きそうになっていた。
「…………予知は魔人(ブレイザー)になった時に発生する不純物のようなモノだ。もうお前が予知の力を使う事はできないだろう。秘薬を作り上げるまでの“人体実験段階”では、その不純物はよく発生してな。これまでの私の予知は、その貯金を使っているようなモノなんだ。あの魔人(ブレイザー)の真似ごとのような力も…………」
リンゴを素早く一口サイズに切ると、それを雅久の口のそばにもっていく。
雅久は口を開けてそのリンゴを頬張った。汁気の強い甘みと美味さが口いっぱいに広がる。知らない味だ。かなり高級なリンゴなのかもしれない。
「予知ができるという事は、あらゆる行動の結果を自分の思うがままに操れるという事だ。私の“作戦”は最後までうまくいったよ。特にレストラン跡での“戦闘中継”は各世界のお偉方をビビらすには効果的だった。私が魔人(ブレイザー)に対して無意味にベラベラとワザとらしく喋った意味もあったというものだ。今頃、魔人(ブレイザー)の力を全く関係の無い世界の人間が持ってる事に頭を悩ませている頃だろう」
「まあ、その結果も見えているが」と寿々花は呟いた。
寿々花にはこの先も何が起こるかわかっているのだろう。随分と落ち着いているのを見るに、この先も問題なく事態は進行していくようだ。
雅久の予知では短い先の結果しか見る事ができなかったが、寿々花は長い先の結果や過程までもしっかり見えているようで、予知を完全に使いこなしているようだった。
「その作戦って…………何のためにやったモノだったの?」
寿々花は“私の作戦”と言った。やはり今回のこの一件の“何もかも”は全て寿々花が仕組んだ事だったのだ。
あれらはどういった意味を持っていたのか。寿々花は何を目的として今回の事件を起こしたのか。
おそらく、ここで全部聞いておかなければ――――――――もう“二度と”この先聞くことができない気がした。
「…………お前はあの四人娘を見てどう思った?」
「え? どう…………思ったって…………」
唐突な質問に少し戸惑うが、その答えはこれまでに何度か思った事だ。
雅久はあっさりとその質問に答える、
「普通…………って思ったかな」
そう、普通だ。会って少し経ってから思った事だが、シスリー達は雅久が知っているような普通の女の子だった。
戦争をしている世界にいる女の子だと感じる事はなく、自分の暮らすこの町の何処かに住んでいるような――――――――そう“特別な違和感を感じない”そんな女の子に思えた。
「そうだな」
その答えは正解だったのか。
雅久が寿々花を見ると、その表情から僅かに堅さが取れた気がした。
「私達の各世界は戦争を続けている。もう誰もわからないくらいずっと昔からな。それはいつからか“戦争をしているから戦争をしている”という戦争になり、戦ってる連中は戦わなければならないから戦い、憎まなければならないから相手を憎んでいる。戦争の発端を知る者はもはや誰もおらず、どうでもよくなってしまっている事に気づいてすらいない。そんな、意味も感じずに続けるだけの戦争を…………各世界は続けている。そんな異常としか思えない戦いを…………ずっとな…………」
それは見てきた者だけが吐ける血の言葉なのだろう。
そこには理由も信念も求められず、機械のように行動し続けなければならない義務だけがある。
あまりに“空虚”すぎるその出来事を雅久ではとても理解できない。だが、それが途轍もない苦悩になっている事は、言葉を吐いた寿々花を見ればすぐに理解できた。
「だが、そんな世界でも…………希に“変なヤツ”が出てくるんだ。理由無く相手を倒す事を教育され命令されても“お前のように普通”に生きているヤツが。戦っている世界の人間とバカな漫才ができたり、心配したり、殺すのを良しとしなかったり、気に入ったり、恥ずかしがったり、友達になったり………………“自分の思う普通”を本能で優先できるヤツがな」
シスリー達の事だろう。寿々花はその事実を淡々と語ったが、その無機質な声の何処かに、雅久は何か暖かさがあったような気がした。
「私は…………アイツらでなければいけないと思った。魔人(ブレイザー)になれる人物のそばにいる事ができるのは“普通である”アイツらだと」
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