第36話 あっけない普通の幕切れ

「ちょっと! あんた、その程度の火力で魔人(ブレイザー)に攻撃するつもりなの!?」



 トゥトゥラが確認するようにシスリーへ聞いてくる。


 三人の必殺技(とっておき)が全く効かなかったのに赤色頁(インハルト)を展開する意味は何なのか。三人同時の必殺技(とっておき)も効かないのに攻撃する必要はあるのか。


 攻撃するつもりなら明らかに火力が足りない。太陽の炎を消すために、バケツ一杯の水をかけるよりも無駄な行為だ。



 「そうじゃないってなら…………」



 それとも、ソレには別の意味があるのかと。


 トゥトゥラは不安と期待の入り交じる目をシスリーに向けていた。



 「大丈夫ですよトゥトゥラちゃん。これできっと全て解決ですッ!」



 赤色頁(インハルト)の輝きが増す。攻撃態勢が整ったのだ。



 「露木さん! 絶対に見といてくださいねッ! 絶対ですよッ!」



 その言葉がトリガーとでも言うように、二つの赤色頁(インハルト)が瞬時に動き始める。


 赤色頁(インハルト)は魔人(ブレイザー)との距離を即座に縮めて――――――――――――――そのまま通り過ぎていった。



 「な……なんだ?」



 てっきり魔人(ブレイザー)を攻撃するつもりで向かってきたのかと思っていた雅久は、その予想外の動きに首を傾げた。トゥトゥラ、レナ、リーンベルの三人も同じだ。



 「なにを……する気…………なんだ?」



 赤色頁(インハルト)はそのまま遠くへと向かっていく。


 シスリー達のいるこのレストラン跡をずっと超えて行き、遙か遠い街の方まで。



 「はっ! たっ! えええええいッ!」



 雅久達は赤色頁(インハルト)の場所は遠すぎてわからなくなったが、使い手であるシスリーはさすがにわかっているようだ。難しい顔をしながらも、飛び立っていった赤色頁(インハルト)を操作している様子が見てとれる。



 「シスリーのヤツ、何をするつもりなの?」


 「何か考えがあるみたいかなー?」


 「投げやりに見えなくもありませんが…………」



 シスリーの意図は読めない。


 ただ解るのは、シスリーはこの現状を打開しようとしているという事だけだ。



 「よし! ここですッ!」



 目的の場所についたのか、シスリーは気合いを入れるように目を見開いた。



 「全力で発射ですッ!」



 シスリーがそう言った時、街の方から煙が上がったのが見えた。


 同時に、ドウンッ! ボンッ! という爆発音も聞こえた。


 遠い場所で赤色頁(インハルト)が“何か”を攻撃したのだろう。かなり離れているのに音も聞こえるし、上っている煙からも、かなり激しい攻撃をしたのがわかる。


 煙が上がっているという事は燃えているという事だ。


 つまり、シスリーは“ここからでも解るような大きな物”に対して攻撃したようだが――――――――一体それは何なのか。



 「やりましたッ! 成功ですッ!」



 シスリーは何やら喜んでいる。攻撃がうまくいったのだろう。腕をグルグル回して、喜びのポーズを他四人に見せつける。



 「は? え? 何なの? 何をやりとげたのアンタは?」



 全く理解できない顔でトゥトゥラがシスリーに向かって告げる。



 「うーん? どういう事なのー?」


 「スティアードは何を成功させたのですか?」 


 シスリーが何をしたのか全くわからない。三人は首を傾げるばかりで、シスリーのガッツポーズの真意は不明だが――――――――――その答えは魔人(ブレイザー)の方を見てすぐに判明する。





 「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」





 雅久の悲鳴が木霊したのだ。






 それも“魔人(ブレイザー)が大げさに頭を抱えてる姿”とセットであり、圧力も恐怖も何も無い姿がそこに立っている。



 「は?」


 「あら?」


 「え?」



 あまりに信じられない光景にトゥトゥラ、レナ、リーンベルの目が点になる。


 それはそうだ。魔人(ブレイザー)がもの凄く人間的な動きをしているのだから。



 「あああああああああああ!」



 だが、バタついている魔人(ブレイザー)はそんな視線など全く気にしていない。いや、見えてない。

 足もジタバタさせ“自分の部屋がまた消えてしまった事に大変ショックを受けており”気が気じゃ無い状態になっている。


 我を忘れている状態とも言っていい。



 「なんて事をッ! なんて事をお前はッ!」



 悲しみと怒りの混じった言葉をシスリーに向けてぶつける魔人(ブレイザー)は、どうみても“雅久”だ。


 そう、今シスリー達の目の前にいるのは、魔人(ブレイザー)という異常な力の塊ではなく、雅久という我が家(部屋)を壊されて慌てふためく普通の青年だった。



 「お前何やってくれてんだぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」



 ワタワタと動く魔人(ブレイザー)からは、さっきまで感じた威圧(プレツシヤー)もまるでなく、魔界力を始めとした圧倒的な力も感じない。



 「せっかく直したのに、また壊したら意味ないだろがぁぁぁぁぁぁ!」



 つまり、それはさっきよりも弱体化が激しくなっているという事だ。



 「今ですみなさんッ! 最大火力でブッぱしてくださいッ!」



 今の魔人(ブレイザー)は“その体を動せるくらい雅久の意識が表面化している状態”になっている。


 シスリーはコレを狙って雅久の家を破壊したのだった。前に家(部屋)を破壊してしまった時、雅久がもの凄く取り乱したのを思い出し――――――――――“こうなる”可能性にかけたのである。


 家(部屋)が破壊された事で魔人(ブレイザー)の中にいる雅久が取り乱し、その際に意識が強く現れるのではないかと。


 火事場の馬鹿力が働いた時のように、限界以上の意識力が魔人(ブレイザー)を支配する。そうなれば雅久の意識が完全に表面化し魔人(ブレイザー)の防御力は消え失せる。そこまでは行かなくとも、魔人(ブレイザー)をさらに弱体化できるのは間違いない。



 「バカバカしいッ! あまりにもバカバカしいわよッ!?」



 トゥトゥラは頭を激しく振り回し、信じられないとばかり叫び続ける。


 だが、シスリーの作戦は成功し雅久の意識は完全に表面化している。このチャンスを逃すワケにはいかない。



 「早くッ! 露木さんが冷静じゃない間に一撃をッ!」



 今の魔人(ブレイザー)の防御力はシスリー達の基準で見ても並以下だ。


 これなら確実に魔人(ブレイザー)へ致命傷(クリティカル)を当てる事ができるだろう。



 「全くふざけてるわよこんなのッ!」


 「でも、ここで決めないとねー」


 「何であれ、チャンスはここしかありません」



 ここまでの弱体化はさすがに数秒が限界だろうが、それだけあれば時間は充分だ。



 「…………ん? 待てよ? あ、そうだよ! 壊されてもシスリーならまた直せる――――――」



 雅久が冷静さを取り戻した時には、もう三人の必殺技(とっておき)は決まっていた。




 ソウルマフラー・グリム


 四属絶対連滅刃(グリミナズヴィロウ)


 断絶に煌めく銀の臨界点(ヴォーパルセイグリッド)




 この三つの必殺技(とっておき)は魔人(ブレイザー)を砕き、その体は反転を開始した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る