第35話 普通の逆転アイデア

「なんでッ!?」


 「あらー、水を弾く油みたいにー」


 「なんですかコレは? どういう事なのですかコレは?」



 全く通じていない。いや、届いてすらいなかった。


 魔人(ブレイザー)に放たれた三人の必殺技(とっておき)は、効く効かない以前の問題で、全く威力を発揮する事はなかった。


 攻撃する資格が無いとでも言うように、必殺技(とっておき)は魔人(ブレイザー)に弾かれ霧散してしまった。



 「どういう事よ露木ッ!?」



 買えば必ず儲かると聞いた株が暴落した時のような、悲鳴とも取れるツッコミが雅久へ炸裂した。



 「え? 嘘? マジかよ!? そんなバカな!?」


 「んー、露木君? とりあえず、私達を騙してくれたって事でいいのかなー?」



 笑顔で語るレナだが、やや怒気がその身から溢れているのが見て取れた。



 「そ、そんなはずはない! お前達の全力攻撃で、この魔人(ブレイザー)は倒されるんだ! そんで、反転が起きてオレは元に戻るはずなんだよ!」


 「露木雅久。あなたの言ってる事は、何だかこの事態を見てきたように聞こえるのですが?」



 さっきからの雅久の発言は全て断定されたモノばかりだ。


 発売された漫画単行本の内容は週刊誌で見たから知ってる、というような言い方にリーンベルは違和感を覚えた。



 「いや、見たんだよ! さっき“予知”で結果が見えたんだ! お前達の必殺技(とっておき)ではっきりと倒された魔人(ブレイザー)の姿が!」


 「――――予知? あなたは予知が使えるのですが?」


 「そうだ! だが、その辺の説明は後回しだ!」



 嘘ではないだろう。ここで嘘をつく意味はないし、明らかな確信を持って雅久は言っている。



 「今だって予知の結果は…………ぐ……ぐうッ!」


 「露木さん!」



 シスリーは魔人(ブレイザー)に駆け寄ろうとするが、すぐに雅久は止めた。



 「来るなッ! く、来るんじゃない…………」


 「で、でも! 露木さん苦しそうですッ!」


 「くそ…………魔人(ブレイザー)が目覚めそうだ…………」



 さっきまで微動だにしなかった魔人(ブレイザー)の腕や足が僅かに震え始めた。



 「このままだと……またコイツに主導権を…………握られちまう…………そうなったら…………誰もコイツを止められない…………全力を出されちまう…………」



 雅久の声は苦しげだ。内部で必死に魔人(ブレイザー)を押さえているのだろう。


 だが、それも限界が近いようだ。すぐにも魔人(ブレイザー)に飲み込まれそうであり、ここで倒せなければ“本当の魔人(ブレイザー)”が目覚めてしまう。



 「次に目覚めたら……間違いなく、最初にここにいる四人が…………くそ…………」


 「――――――グオオ――――――オオ」



 魔人(ブレイザー)の体が震えがほんの少し少しづつ――――――――――だが、はっきりと大きくなっている。



 「――――――グ――――オオオ――――――――――――オオ――――――――」



 解放される、とうでも言ったほうがいいのだろうか。


 束縛を引きちぎるような荒々しさがその震えからは感じられ、時折漏れるように聞こえる唸り声も獲物を狙う獣のようだ。


 魔人(ブレイザー)は待っている。己に自由が戻るその時を。


 全てを蹂躙し、破壊し尽くすために。



 「早くなんとか…………なんとかしないといけません…………」



 雅久の言葉を聞いてシスリーは焦る。


 だが、残っている魔界力の乏しい自分では、トゥトゥラ達のように魔人(ブレイザー)に攻撃する事はできないし、やれたとしても微々たるモノだろう。


 シスリーで魔人(ブレイザー)を攻撃する事はできない。


 しかし、そのダメージを与えなければ。それも、事態が好転するくらいのダメージをブチ当てなければ、活動を再開した魔人(ブレイザー)が全て終わらせてしまう。



 「ダメージです…………なんとか魔人(ブレイザー)にダメージを…………」



 雅久は魔人(ブレイザー)に全力で攻撃すればいいと言った。それで魔人(ブレイザー)を倒す事ができれば、反転という現象により雅久は元に戻り、魔人(ブレイザー)は再び眠りにつくのだと。


 だが、魔人(ブレイザー)の防御力は想像以上であり、弱体化させていても簡単に弾かれてしまう。


 「私達の火力を上げる事は無理…………なら、魔人(ブレイザー)の弱体化をもっと…………」



 トゥトゥラ、レナ、リーンベルの必殺技(とっておき)の威力はさっきので限界だ。引き上げる事はできない。


 なら、魔人(ブレイザー)をもっと弱体化させなければならない。だが、魔人(ブレイザー)の防御力は限界値まで下げられている。しかし、それをもっと下げなければ――――――――



 「…………ん?」





 ――――――そう、魔人(ブレイザー)をもっと弱体化させなければ。





 「あ…………」



 と、そこまで考えた時だった。



 「…………もしか……して…………」



 天啓とも言える考えがシスリーの脳内に浮かぶ。



 「これは…………いや、これっていいので…………しょうか…………?」



 それはあまりにバカバカしい方法だった。思いついたのは考えなどと呼べるようなモノではなく、誰かに相談すれば一蹴されるようなアイデアだ。


 そう、これはとてもバカバカしくて、とても実行していいようなモノではない。



 「…………いや! そんな事は無いはずです!」



 シスリーは己を鼓舞する。


 これしかない。この事態を解決させるには、もうこの手しか残されていないはずだ。



 「露木さん!」



 もう打てる手は無いと項垂れている三人を横目に、自信たっぷりのシスリーの声が響いた。



 「なん……だ……?」



 脳内にその声を聞いて、シスリーは雅久が自分に注目したと判断する。







 ――――――そう、雅久が自分に注目したと。






 「見ていてください。行きますよ!」



 シスリーは自分の周囲に二つの赤色頁(インハルト)を発生させた。今のシスリーに出せる限界量の赤色頁(インハルト)だ。

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