第28話 異常なる魔人(ブレイザー)
「露木さんが! 露木さんが! 露木さんが!」
声を震わせながら泣きじゃくり、雅久の名を繰り返すシスリーからは後悔の二文字だけが伝わってくる。
「シスリー……」
抵抗できないくらい強大な敵だとしても、寿々花を前に警戒を解くわけにはいかない。
トゥトゥラは振り返らず同情するようにシスリーの名だけを呟く。他二人は何も言わなかったが、胸中はトゥトゥラと同じだろう。
知り合ってから数時間程度しか経ってないないとしても、死んだ事に何も思えない程、この場の四人は人をやめてなどいない。
死んだ露木の元へとっさに駆けつける事はできなくても、四人とも思っている事は一緒だった。
「露木さん……露木さん……が……」
きっと今日の事をずっとシスリーは忘れずに生きていくのだろう。二度とその顔に笑顔は宿らず、消えない後悔を背負って日々を過ごしていく。その狼狽には、それだけの絶望があった。
先程起こった冷徹な事実は一人の少女の生き方を決定させてしまったのだ。
「こんなに体内から光を発する人だったなんてッ!」
と、そんな事を思わせていたシスリーだったのだが。
「みなさん見てくださいッ! 凄いですッ! 凄すぎですッ! 露木さんに開いた穴から光りが噴出してますよッ!」
そんな絶望な雰囲気で満載だったはずの人物は、好奇の視線を雅久(死体?)に向けていた。
「はあああああああああああ!? 何なのコレってえええええ!?」
「こ、これは凄くー、お、驚きかもねー?」
「ふむ、こんな事があるものなのですね」
たしかに、何故か雅久から突然光が溢れ出している。
「何なんでしょうかコレッ!? こんなの初めてですッ!」
カブトムシやクワガタを見つけた子供のように、シスリーは雅久に起こった異変に夢中になっていた。
「うわーっ! こんどは目がッ! 口がッ! 耳がッ! 溢れてますッ! 光り輝いてますッ!」
胸に一センチ穴が空いたせいでくの字で俯せている雅久の顔を持ち上げ、シスリーは目を輝かせながらマジマジと見つめていた。
「どういう事よオイッ!」
思わずトゥトゥラはツッコミを叫んでしまう。
「この世界の人って懐中電灯いらずなんですね! 真っ暗になったら心臓に穴を開ければいいとか斬新すぎますッ!」
「そんなワケあるかぁぁぁぁぁぁ! そこは普通に! 冷静に! 正常に! そう考えるべき所だっての!」
「勉強になりますよねー。うんうん、世界は神秘の塊です」
「こんな神秘があってたまるかッ!」
トゥトゥラが指差した雅久は、何度見ても一字一句間違いなく、たしかにシスリーの言う通り光に溢れている。二〇世紀なF○Xのタイトルロゴ登場のごとく見事な放出っぷりだ。
正直、意味がわからない。
いや、ホントに。
「まあ、、真夜中にこんなのに出会ってしまったら打ち抜きますが」
そう言いつつ、リーンベルは杖先に属性力を集め始めた。
「ダメだよーリンちゃん。そこは未確認生命体として捕獲してー。何処かに売りつけるのが正解だと思うなー」
「ダメですよ! そんなの露木さんが可哀想すぎます! 夜中に輝きながら歩く人の幸せを奪わないでください!」
「あんたら…………露木が泣くぞ……」
光り輝く雅久を放置し、四人は好き勝手に喋りまくっていた。
「盛り上がってる所悪いが“ソイツの本番”はこれからだぞ」
四人の会話熱を冷ますように寿々花の声が響く。
「雅久の体内には最強の魔界力(ディスダッド)、究極の覚醒力(ジュナイゼル)、無限の結集力(グルバウナ)、絶対の属性力(アリアルド)という四つの秘薬力がある。これらはたった一つだけでも世界を制する事のできる力だ。だが、当人の雅久はその片鱗すら見せる事ができない。その理由はお前達のほぼ予想通り、この四つの力が相殺現象を起こしているからだ。そのおかげで雅久は一見何の変哲もない一般人として日常を過ごせている。しかし――――――」
寿々花がそこまで言った時だった。
「うわッ!? な、なんですかっ!?」
雅久から溢れ出ていた光が上空にグラスに注がれた水のようにたゆたいながら、球体の形になっていく。
そして、その球体は静かに雅久の身体を飲み込んでいった。
「何? 何が起こってるの?」
トゥトゥラは事態が把握できず混乱するが、それは他の三人も同じだ。
四人が黙って球体を見ていると、段々とその輝きが失われていく。
その後、輝きと代わるように現れたのは、それと真逆に位置する闇だった。
「つ、露木さ――――――――ッ!」
何が起こっているのかわからない。わからないが、マズイ事が起こっているのではないか。
そう思ったシスリーは慌てて手を伸ばし雅久を掴もうとしたが――――――意味はなかった。
「ッく!」
球体に弾かれてしまい触れる事ができないのだ。磁石の同極同士が反発しあうように押し返されてしまう。雅久以外を許可する事はできないとでもいうように、球体は他の者を寄せ付けようとしない。
「――――その相殺現象を引き起こしている“命が消えた時”は話が別だ。四つの秘薬力は得た者の命によってその“暴走”が押さえられている。もし、その本人が死ねば相殺現象は消え、四つの秘薬力は混ざり合い誰も並ぶ事のできない力として――――――そう」
寿々花は、ただ事実を告げるように“その名”を言った。
「――――魔人(ブレイザー)となって姿を現す」
球体の光が次第に闇へと染まっていく。寿々花の語りに呼応するかのようにその闇を深めていく。
「うう……一体……一体露木さんに何が起こってるんですか!」
「な、なんなのよ! この“何の力ともわからない”このゾッとする気配はッ!?」
「…………これってー、何かとんでもないモノが目覚めようとしてるみたいねー」
「もっと正直に言いましょうフィルナート。この思わずゲッソリしてしまう“露木雅久だったモノ”から感じ取れるのは…………ひたすら蹂躙する事をやめない圧倒的な暴力だという事を」
ただならぬ誰かがあの球体の中に――――――――いや、“何かが”あの球体の中にはいる。
シスリー達より何千倍も強い力――――――――いや、個人の力と比べるなどおこがましくなるような力が。
「魔人(ブレイザー)がする事は力の行使だけだ。止める事はできない。最強、究極、無限、絶対の四つが世界を焼き払い、それはやがて無となり終焉を迎えるだろう。それは誰にも止められない事だ。そう、誰にもな……誰にも……だ……」
(…………あれ?)
ずっと話している寿々花に初めてシスリーは違和感を覚えた。
寿々花はこの場にいるシスリー達四人に話しているのかと思ったが――――――――
(誰かに…………言っている?)
――――――――もしかして“他にも説明している人物がいる”のだろうか。
この場にいる四人だけに話しているだけでは無いように思える。
何処か寿々花の注意が散漫なのだ。いや、他に注意を向けているというべきか。
言うなれば“プレゼンテーションでもしている”かのようであり、あまりに寿々花の口調は説明的だった。
(でも、私達以外なら一体誰に…………?)
この場の四人に説明していると思うには無駄過ぎる。なぜなら“元・露木雅久”から感じられる力は何処の世界のどんな人物でも勝てないと断言できる程圧倒的なのだ。
そんな力が現れればシスリー達は殺される。一瞬で灰も残らないだろう。そんな人物達に説明などするだろうか。
冥土の土産とも思えない。それならさっき攻撃した時に再起不能にして行った方がてっとり早いからだ。今のような状況を作って聞かせる意味はない。
(ううう……わからないです……)
きっと“これから起ころうとしている事”に比べれば遙かにどうでもいい事なのは違いない。
だが、シスリーはどうしてもぬぐえない寿々花への違和感を感じるのだった。
「ちなみに当人(雅久)の意識と身体は、内部にある永遠世界(アズフェルト)に幽閉され魔人(ブレイザー)が行う全てをその眼に焼き付ける事となる。雅久は死ぬと“そういう事になる”んだ。雅久に普通に言われる死は該当しない。雅久と魔人(ブレイザー)は重なったカードのようなモノになっているからな。命が失われると裏表が逆となり、裏だった魔人(ブレイザー)が現れる」
フフフと寿々花は笑った。
「四世界全ての秘薬の力を併せ持つ人を超えた存在………………最強の魔界力(ディスダッド)、究極の覚醒力(ジュナイゼル)、無限の結集力(グルバウナ)、絶対の属性力(アリアルド)を持つ魔人(ブレイザー)を討つなど不可能だ………………そう、不可能なんだ」
不意に寿々花の視線がある方向へと向いた。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッッッ!」
寿々花の視線の先にいたのは、闇球が弾け現れたのは全身が煤で汚れたような漆黒の鎧を来た“人の形”をした何かだった。
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