第29話 異常な光景

「これが魔人(ブレイザー)だ。あらゆる全ての世界を滅ぼす力を持った……な……」



 赤い血のようなラインがその鎧の所々に通っている。華奢にも見える鎧姿だがそこに秘められた圧倒的な“覚醒力、魔界力、結集力、属性力”は見る者を畏怖させるには十分で“コレが”雅久であったとは信じられない迫力に満ちていた。


 首元にマフラーが巻かれているが、それをただの衣服だと思っている者はこの場に誰もいない。


 あのマフラー自体が魔人(ブレイザー)の力とでも言うべきなのか、国の四つや五つは簡単に壊せる――――――――恐るべき力が込められている。


 並程度の人間では、触れただけで消滅してしまう程の力だ。


 おそらく、最強の魔界力(ディスダッド)、究極の覚醒力(ジュナイゼル)、無限の結集力(グルバウナ)、絶対の属性力(アリアルド)の四つの力が、あのマフラーから漏れているのだろう。


 そして、マフラーから漏れ出る力など、あの魔人(ブレイザー)にとって大したモノではない。



 「じっくりと“見て”おくんだな。魔人(ブレイザー)の強さというモノを」



 寿々花が空を見上げて言ったその台詞が戦いのゴングとなった。



 「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」



 魔人(ブレイザー)が寿々花へ向かってきたのだ。その凶暴性そのままに、寿々花の体を八つ裂きにすべく、その手を振りかざす。


 僅かでも触れれば消し飛ばされるだろう破滅の一撃。


 しかし、寿々花はその一撃を。



 「ぬうううッ!」



 受け止めた。


 魔人(ブレイザー)の放った破滅の一撃を、人の身で防御したのだ。



 「なっ…………ふ、防いでる!? あの攻撃を!?」



 トゥトゥラは思わず心の声を漏らす。だが、今見ているモノは事実だ。


 魔人(ブレイザー)には世界を滅ぼせる、圧倒的な四種類もの力がある。それを防御できるなど考えられないが――――――――――――――――――――――考えられるとするなら。


 そう、考えられるとするなら。



 「寿々花さんの力も…………魔人(ブレイザー)に迫ってるという事なんでしょうか……」


 「はぁ!? そ、そんなワケないでしょ!? あんな力が他にもあるわけなじゃない!」


 「でも、そうじゃないと…………あの力を受け止められるなんて考えられないですよ……」


 「そ、そうだけど…………」




 そうとしか考えられない。



 どういうワケか、寿々花には“魔人(ブレイザー)と戦う事のできる力がある”のだ。



 それが“どういった意味を持つのか”シスリー達にはわからない。



 だが、地面が僅かに陥没し、寿々花から放たれた“覚醒力”が尋常ならざる量だったとはいえ、寿々花が攻撃を防ぎきったのは間違いない。



 「はあッ!」



 そして、そのまま魔人(ブレイザー)の腹部に覚醒拳(グラディウス)を直撃させる。トゥトゥラに放ったような“気の抜けた”一撃ではない。正真正銘、寿々花の本気だ。


 その一撃は魔人(ブレイザー)の腹部の衝撃だけに留まらず、背後に広がる森林を大いに揺らした。


 解放された覚醒力の衝撃が周囲に影響を与えたのだ。こんな現象はまず起こらないが、魔人(ブレイザー)に有効打を与えられる攻撃なら、この程度起こるのは当たり前なのだろう。



 「グオオオオオオオオオオッ!」



 覚醒拳(グラディウス)の一撃で吹き飛んだ魔人(ブレイザー)だったが、即座に体勢を立て直し寿々花に向かってくる。



 「ふっ!」



 しかし、それは計算済の行動だった。寿々花は“難なく”魔人(ブレイザー)の攻撃を防ぎ、そのまま反撃する。



 「はあああああッ!」



 寿々花の連打される覚醒拳(グラディウス)が次々と決まっていき、距離が開けば魔界力で強化された珠が魔人(ブレイザー)の体を切り刻む。


 寿々花の猛攻は止まらない。


 魔人(ブレイザー)を戦闘不能に追い込むべく、その攻撃は激しさを増すばかりだった。



 「大地の合言葉は広大(グリージヤルボウ)」


 大きく魔人(ブレイザー)を吹き飛ばし、その体勢が整う前に寿々花の結集力での追い込みをかける。


 寿々花の周囲数十メートルの地面から、鉄骨のような重量感のある結集力の塊が現れると、それが高速で次々に魔人(ブレイザー)へ激突して行った。


 体勢が整っていない魔人(ブレイザー)では空で次々と直撃をくらっていく。その様子は、空で戦闘機が直接ぶつかっているようなモノで、本来なら一撃でも当たれば致命傷になるはずだ。


 なのに、何度ぶつけられても原型を保っているのは、おそらく魔人(ブレイザー)だからなのだろう。



 「ゴオオオオオオオオオオオオ!」



 大地の合言葉は広大(グリージヤルボウ)として放たれた一つ一つの結集力は、攻撃を当てたら終わりではなく、対象が先頭不能になるまで自動で攻撃し続ける。


 さらに、大地から現れ続ける大地の合言葉は広大(グリージヤルボウ)は十、二十、三十と、その数が増える事はあっても減る事はない。


 攻撃の終わる隙はなく、このまま魔人(ブレイザー)が嬲り殺される――――――そう見るのが自然だが。



 「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」



 一度、魔人(ブレイザー)がおぞましい咆哮を上げると、全ての大地の合言葉は広大(グリージヤルボウ)は掻き消えた。


 魔人(ブレイザー)だけが扱う事のできる“無の属性力”が寿々花の結集力を消してしまったのだ。


 そして、猛攻を受けた魔人(ブレイザー)に見えたのは――――――――



 「嘘…………ですよね?」



 ――――――綺麗な漆黒の鎧姿だった。



 「あれだけの攻撃を受けたってのに…………無傷なの?」



 そう、無傷だった。


 そして、激しい攻撃が終わった事で見えた魔人(ブレイザー)の体は、ゾッとするくらい綺麗な体のままだったのだ。


 寿々花の力は魔人(ブレイザー)と同じく圧倒的だと思っていたシスリー達だったが、それは大きな勘違いだった。


 圧倒的な力を持つ寿々花を――――――――魔人(ブレイザー)はさらに圧倒的な力で超えている。



 「グルルルルル……」



 寿々花の本気で放たれた覚醒拳(グラディウス)の直撃をくらい、大地の合言葉は広大(グリージヤルボウ)に嬲り殺されるように空で踊った魔人(ブレイザー)だったが、その全ては限りなくゼロに近いダメージだった。


 あの猛攻はシスリー達が今の全力の“何百倍以上の攻撃をしても届かない”モノのはずだが――――――――世界を滅ぼす災厄というのは、その程度の火力では涼風以下という事なのだろう。



 「むッ!?」



 突如、空にいた魔人(ブレイザー)の姿が消える。


 寿々花は魔人(ブレイザー)が何処に行ったのか、何処から襲いかかってるのかと、周囲を警戒するが――――――――――――――その行為は間違いだったと思い知る。


 魔人(ブレイザー)は常に対象を屠る事しか考えていない。


 なら、姿が消えたという事はたった一つの答えを表している。



 「はっ!?」



 寿々花の背後。


 それに気がついた時は既に遅かった。



 「グルアアアアアアアアアアア!」



 魔人(ブレイザー)の覚醒拳(グラディウス)が、先程のお返しとばかりに寿々花へ直撃し、不意をつかれた寿々花はたまらず地面に叩きつけられた。



 「ぐっ!」



 クレーターのように地面が抉れ、寿々花は起き上がろうとする――――――――――だが、そこへ魔人(ブレイザー)の足が寿々花の腹部を踏みつけた。



 「がはっ!」



 口から漏れそうになる血を寿々花は懸命に耐える。だが、同情など沸くはずもない魔人(ブレイザー)にとって、その様子は悦びでしかない。



 「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」



 何度も踏みつけられ、たまらず寿々花の口から血が漏れる。



 「オオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 「がっ! はっ! ぐはっ!」



 吹き出す血は止まらない。


 魔人(ブレイザー)は寿々花の口から吹き出る血を浴び続けたいのか、抉るように踏みつけるその速度がだんだんと速くなっていく。


 ボキリと音が聞こえたのは寿々花の骨が折れた音だろう。しかし、それを聞いてやめる魔人(ブレイザー)ではない。



 「ぐッ……」



 寿々花は反撃すべく右手を掲げようとするが、すかさずその手を魔人(ブレイザー)のマフラーが絡めとると、即座に“締め潰し”た。さらにその行為は左足にも及ぶ。


 聞くだけで吐きそうになる音が二つ静かに、だがはっきりとこの場にいる全員の耳に突き刺さった。



 「ぐああっ!」



 マフラーは血飛沫で真っ赤に染めあがり、その先端には寿々花の右手と左足だったモノをダラリとぶら下げている。


 そして、その右手は魔人(ブレイザー)の口元へと運ばれ――――――――乱暴に咀嚼された。




 ガリガリガリガリガリガリガリガリガリ

 グシュグシュグシュグシュグシュグシュ




 ひたすら乱暴に、凶暴に。


 肉と骨が歯に潰され砕かれる音が聞こえた。



 「これが……魔人(ブレイザー)…………なんですか?」



 もし、人を食う悪魔というモノが存在し食事をするというのなら、きっとこんな姿なのだろう。その滴る血まで味わうように、身を千切っては口へ運ぶのだ。


 強者が弱者を蹂躙する。


 これは当然の結果なのだと――――――――魔人(ブレイザー)にとって下等な人は“こうされる”ような肉の塊でしかないのだと。


 “異常”な光景が――――――――――そこにはあった。

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