第26話 寿々花への普通の反撃

「今日のお前はよくやってくれた。ここまで来ればあと一つだ。それで……まあ“ほぼ終了”という所だな」



 寿々花がだらしなく手を真横へ払うとシャランという砂を搔いたような音が空へ響き、それと同時に算盤の珠が無数に現れた。



 「それって…………なんかすごーく見慣れた物な気がするんだけど…………」


 「それはそうだろう。お前ならコレが私の使い慣れた物である事が理解できるはずだ」



 さらにいつ出てきたのか寿々花の手には算盤が握られていた。峰途商店でレジの代わりにいつも使われているアレである。



 「知ってます! アレに乗ると早く移動できて便利なんですよね!」


 「算盤は乗り物じゃねーから! 履くモノじゃねーから! あと、それ日本文化をバカにしてるから!」



 そろそろ慣れてきたシスリーの偏見だった。



 「まあ、今時目にするのは珍しいけども…………つか、アレって…………やっぱもしかして……」



 まさか寿々花が計算をするために出したワケではないだろう。


 その算盤が、浮遊する珠を制御する役割を持っている事はこの場を見ればごく普通に予想できる。


 そして、算盤を持った手が振り下ろされれば――――きっと浮遊する珠が雅久とシスリーを襲うだろう事も。


 さらにその算盤の珠に常識外れの力――――シスリー達と同質のモノが込められているのは間違いない。


 それはつまり――――



 「こ、これは魔界力ですか!? いつのまにッ!?」



 先程とは打って変わって、シスリーの表情に緊迫感が滲み出る。



 「他世界人との戦闘に慣れすぎているからこうなる。まあ、知っていたとしても今のお前では何もできないだろうが」


 「くッ……」



 シスリーはとっさに特攻防衛黙示録(ブラストバイブル)を出すが、この珠をを防げる白色頁(サンライト)を出す事はできなかった。



 「ハッタリにもなっていないぞ。お前の魔界力が尽きかけているのは知っている」


 「う……」



 寿々花から感じ取れる魔界力で解る。


 あの珠一つ一つにトゥトゥラの放つ覚醒拳(グラディウス)に匹敵する――――――いや、それ以上の威力が込められている。


 それが無数に宙を舞っているのだ。


 万全の状態であったとしても、全てを防ぐのは難しいだろう。



 「隠しても意味の無い事ですね…………はい、あなたの言う通りです」



 無くなったページは幾分時間が経過した事で僅かに回復しているものの、その程度では寿々花の展開する珠を防ぐ事は不可能だ。


 赤色頁(インハルト)として使えば一軒家を半壊させる程度の威力は行使できるだろう。だが、その程度の攻撃が成功するとは思えないし、できてもたった1回だけ。それに攻撃しようとした瞬間、珠の餌食になる事は必須だった。


 防御は不可能。攻撃の成功確率もほぼゼロ。



 「私に貴方を相手にできる力はありません…………」



 だから、今のシスリーにできる事は――――――――――――これしかない。



 「――――――お願いします! 今の私はどうしようもなく無力なんですッ!」



 そう、この場にいる三人に全てを任せる事だけだった。



 「百億万度の炎(ラグナクリメイション)!」



 その言葉と同時に寿々花の足下から溶岩と見間違うような火柱が吹き出した。



 「おっと」



 その火柱は珠達を全て飲み込み蒸発させ、寿々花は即座に飛び退いた。



 「見た目程のダメージはありません。そんなに慌てなくても大丈夫ですよ」



 バァンと勢いよく吹き飛ぶ瓦礫の下から、杖を高々と掲げリーンベルは現れた。



 「まあ、浴びれば全身火傷でしばらく動けなくなるのは確実ですが」



 自身の持つ炎の属性力を解放し、寿々花を生け捕りにしようとしたのだ。


 だが、寿々花本人には紙一重の差で避けられてしまい仕留めらない。



 「惜しいとも言えない攻撃だ。こんな簡単に避けられてしまうのではな。そんな未熟な属性力で私を捕まえられると思ったのか?」


 「なかなか言ってくれますね」



 だが、リーンベルの目の中に後悔は宿っていなかった。



 「ですが、不用意に跳ぶのはやめたほうがいいんじゃないですか? 魔界力を使うという事は、あなた正義界(セイントフォース)の人ではないのでしょう?」



 リーンベルが忠告し、寿々花が着地した瞬間にその体はソウルマフラーで雁字搦めに拘束された。



 「むッ!?」



 寿々花は咄嗟に引き千切ろうとするが、僅かにゴムのように伸びるだけで何の意味もない。



 「油断大敵だねー」



 寿々花の背後、リーンベルと同時に瓦礫の下から現れていたレナがその瞬間を狙っていたのだ。


 どんな者でも着地の瞬間はタイミングに気が向くし、その時はかならず体は硬直する。


 着地の瞬間はどんな強者だろうと晒してしまう絶対の隙なのだ。



 「リンちゃんの属性力は囮だよー。範囲の広い攻撃でワザとあなたを跳ばさせたのー。魔界力を使ったって事は、空を飛べないのは確実だからねー」



 こうすれば確実に身動きを封じれる、とレナは言った。



 「あー、ソウルマフラーを無理矢理千切るのは難しいよー? 簡単に切れちゃうヤツで捕まえたりしないからー」



 寿々花はソウルマフラーに抗うものの、その束縛を解く事はできない。


 むしろ、どうにかしようとする度にソウルマフラーがキツく縛られていき、段々と締め潰すかのように力が強くなっていく。



 「普通ならここで終わりなんだけどねー。でも、さっき見たあなたの魔界力の強さはちょっと凄まじかったからさー」



 さらに、ソウルマフラーの一部がアンカーのように伸びて地面に突き刺さると、レナは準備は終わったとでも言うかのように空を見上げた。



 「ちょっと痛い目にあってもらうよー」



 そのレナが見上げた空。



 「必中ッ!」



 いつの間にそこまで移動したのか、遙か上空で一撃必殺を解き放つため滞空する銀光があった。



 「《断絶に煌めく銀の臨界点(ヴォーパルセイグリッド)》」



 魅入るような煌めきと圧倒的な破壊を同居させた流星が寿々花に落ちて行った。


 何十人も包み込めるような激しい覚醒力がトゥトゥラの全身から吹き出しており、それはそのままこの必殺の威力を示している。


 このまま直撃するだけでもタダでは済まないのは必至だ。なのに、わざわざ無防備状態にして寿々花へ超必殺技(とっておき)を放ったのは、それだけ寿々花を警戒しての事なのだろう。



 「はあああああああああああああああッ!」



 直撃――――――――――一瞬、全ての色を奪うような輝きで世界が満ちた。


 シスリーの時とは違い、トゥトゥラの全力が寿々花に命中した証だった。


 耳をつんざくような音が鳴り響き、気を抜けば吹き飛ばされる突風が直撃点から吹き荒れた。



 「す、すごいです! もの凄い連携技ですッ!」


 「吹き飛ぶッ! ズボンが吹き飛んでいっちゃうッ! 踏ん張らないとトイレも飛んでいきそうッ!」



 三人の連携に感動するシスリーと、下半身を晒してしまいそうで慌てる雅久の姿は酷く対照的に映った。


 というか、かなり間抜けな図である。



 「す、寿々花姉ちゃんは?」



 寿々花のいた場所を中心に、雅久の周囲は衝撃で散った《断絶に煌めく銀の臨界点(ヴォーパルセイグリッド)》


の覚醒力が漂っている。それは濃霧のように視界を遮っており、直撃を受けた寿々花がどうなったのか確認できない。



 「消滅した…………と思います。あの威力を無防備で受けたら、そうなるのが普通ですから…………」


 「姉ちゃんが……消滅?」



 たしかに、シスリーの言ってる事に間違いがあるようには思えなかった。


 あんなモノを見慣れていない雅久でもわかる。氷に溶岩をぶっかけるくらい、圧倒的な様子があの攻撃にはあった。アレを受けて重症程度で済むのなら、この世の理というヤツを全て見直す必要が出てくるだろう。


 つまり寿々花は死んだのだ。トゥトゥラの超必殺技(とっておき)をその身に受けて。



 (死んだ…………と思うべきなんだろう……けど)



 そう思うのは間違いであると、雅久は知っている。

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