第25話 普通の願い
「お前達が予想している通り、秘薬の件も含め全て私が仕組んだ事だ。なかなか骨が折れる作業だったぞ。お前達が突然立ち寄ると決めたレストランを爆破したり、この辺りの道路を封鎖したりするのはな。そして、その全ての疑惑を私に向けるようにするのも」
だから私の事を探すのはてっとり早かっただろう? とでも言うような視線を寿々花はシスリーに向ける。
「たしかに……あなたを探すのはてっとり早かったですけど……」
四世界全員が同じ人物を探しに来たのだ。寿々花がどれだけ捜しやすいと判断されたかは想像に固くない。
「でも、なぜそんな危険な真似をしたんですか? あなたを探しているのは私一人だけとは限りません。大量の追っ手があなたを捕まえに来るかもしれないのに」
それは当然の事だった。
秘薬開発に関わっている者である以上、寿々花は四世界が絶対に捕まえなくてはならない者の一人なのだ。
まあ、悪党界ブラッドブラックの捜索任務はシスリー一人(おそらく他の三世界も)だけで、これはあくまで結果論だ。
寿々花のような人物をたった一人だけで捜索すると考えるのはおかしい。秘薬の開発者を探す者は大量にいると思うのが普通だろう。素性が判明している者ならなおさらだ。
だが、その考えを寿々花はあり得ないと否定した。
「大勢でこの世界に私を探しに来る事はないさ。あの四つの秘薬は世界をひっくり返す力。誰もが知っていい事ではない。秘薬を手に入れたヤツが裏切るかもしれないんだからな。必ず人は厳選される」
そう、寿々花は秘薬に関する知識があり、雅久はその力を持っている者なのだ。
任務者によっては連れ帰らず“秘薬の知識、力を奪ったり”してもおかしくはない。
「秘密とはほんの少人数だけが知っているから秘密なんだ。ならば、複数で私や雅久を探しに来るはずはない。捜索するなら一人だけだろう」
よって、この任務に大勢を関わらせる事は不可能だ。秘薬自体は噂話として知られていても、それが本当であるという事は可能な限り秘匿すべきである。
関わる者は少なければ少ない程いい。
そして、任務に真面目で“秘薬に興味がない”者なら更に良い。
「まあ、目立っても馬鹿正直に居場所を発見されるワケにはいかないからな。情報改竄は逃げる者として相応に打ってきた。一番目立ってしまうのならなおさらな。お前達の知っている情報にはいくつか間違っている所があったはずだ」
たしかに、寿々花の言う通りシスリー達四人は寿々花を探し当てる事はできなかった。寿々花の居場所をかなり近くまで掴むのが限界で、それ以上近づく事はできていない。
だから――――
「だから私の思った通り――――お前達は私を探す事よりもソイツを優先してくれた」
寿々花は雅久を指差した。
「仲間にすれば戦争に圧勝できる存在もここにはいるんだからな。見つからない私の事より、秘薬対象者(露木雅久)を探す方が遙かに重要になるはずだ。連れ帰れば勝利が手に入るのだから」
秘薬が手に入ればその世界の勝利は確定する。優先度として秘薬制作者より秘薬対象者が上に来るのは当たり前の事だった。寿々花が見つからず雅久があっさり見つかるなら尚更だ。
「そうしてお前達四人は結果出会った。その行き着く先である露木雅久の元へほぼ同時に現れた」
「やっぱコイツらがオレの所にやって来たのは偶然じゃなかったのか……」
全て寿々花の計算通りだった。シスリー、トゥトゥラ、レナ、リーンベルの四人が同時にこの世界にいるのは、寿々花が誘導したからだった。
「あの……どうして私達だったのですか?」
それはきっとシスリーだけでなく、トゥトゥラやレナやリーンベルでも思う疑問だろう。
「あなたはかなり用意周到に今回の事件を起こしています。それならばきっとココにやってくる人物が“誰でもいい”という事はないでしょう。私達で無ければならない理由があったはずです。それは一体何なのですか?」
「…………それは」
僅かに寿々花の口元が笑った。
「そうだな。それは“お前達が普通だったから”と言う他無いな」
「……どういう事ですか?」
自身の思うようにこの事態を動かしている。その張本人の言う事にしては、的を得ない答えだった。
「お前達は基本的に世界に対するこだわりが薄い。任務だからという以上でも以下でもないんだ。たとえ戦闘になってもそこに狂信的なモノはなく、求めるのは純粋な決着だけ。だから敵同士とはいえ四人でふざけあったりするし、レストランなんかに来て一緒に何か食べようともする。思う主張はあっても、それを力ずくで短時間で叩き込もうとするヤツらでもない…………」
爆殺四散した瓦礫を見ながら寿々花は腕をすくめて見せた。
「…………いや、そんなのはどうでもいい理屈だな」
寿々花はシスリーの目をまっすぐ見据えた。
「私はお前達みたいな“普通のヤツを”せめて…………雅久の前に連れてきたかったんだ。しがらみなく、秘薬の力を持っている雅久に“普通の交流”ができるお前達を――――」
「――――ちょ、ちょっと待ってくれ! それ以外にも聞きたい事がある!」
突如、雅久が寿々花の話に割って入った。
「たしかに何故シスリー達なんだってのも気になるけど、一番気になるのは“なんでオレなのか”って事の方だ! シスリー達の世界に関与してないヤツらなんてこの地球には大量にいる! なのになんでオレに秘薬飲ませたんだ!? まさか偶然って事はないだろ!?」
「もちろんだ。心配せずとも四つの秘薬を全て偶然手に入れるなどあり得んさ」
当然それも私の仕業だとばかりに寿々花は告げた。
「ならやっぱ……理由があるんだな……?」
秘薬を飲む人物は異世界から派遣される人物よりも慎重に選ばなければならないはずだ。
何しろ個人で世界を滅ぼせる力を四つも手に入れてしまう。
全く自分達と関係の無い人物へあまりに恐ろしい力を託すのだから、雅久はシスリー達以上に細心の注意が払われた人選だったはずだ。
どうして露木雅久だったのか。
「…………簡単な理由だ」
その理由は酷く単調に告げられた。
「お前を秘薬を得るに都合のいい人物に私がしたからだ」
「……え?」
それは雅久にとって、一番“おかしい”発言だった。
「何のためにお前と長年一緒にいたと思っているんだ? 世界を滅ぼす力などもっても何も思わない“普通の人間”になるよう教育されていたんだよお前は。お前は秘薬の力を使おうとなどと思わない奴隷になっているんだ」
「ど、奴隷?」
「そうだ。そうでなければ秘薬の力を得させるワケがない。お前には都合よく動いてくれる価値があるんだ」
「じゃ、じゃあこれまでのオレとの付き合いは……」
「私の都合の良い人物にするため。言った通りだ。それ以外に思う事は何も無い」
そこには雅久がこれまで見た事のない寿々花が立っていた。
寿々花の言葉はいつも無愛想だがそこに優しさが潜んでいるのを雅久は知っている。寿々花は口調が少し威圧的なだけなのだ。それ以外はなんだかんだで親しくしてくれる面倒見の良い女性なのである。
(………………何か変だな)
だが、今の寿々花の言葉にはその優しさや親しさといったモノがまるで感じられない。
無実の人間へ冷淡に死刑を告げるような冷たい痛みだけがある。
「そんな…………じゃあ露木さんは寿々花によって調教されていたという事ですか……」
「お前、もっと別の言い方はできんのか?」
シスリーは誤解全開で受け取れる解釈をしていた。
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