第23話 ミネ・ルトス・逗火という普通の女性

「…………何? 何が? 何が一体起こったん?」



 雅久は自分の行動を思い返す。たしか自分は便器に立っていたはずで、今まさに済ませた所だった。

 だが、そのスッキリした瞬間とも言うべき時。


 その時、突如やってきた巨大光線が雅久の前後と上方を過ぎ去って行き“座っている便器以外”をかき消してしまった。



 「何? 何なの? 何ですかコレは?」



 その後、爆発音が聞こえたかと思うとレストランは崩壊。外国のギャグアニメのように崩れ落ち、粉塵が晴れた時に見えたのはトイレからの美しい夕焼けだった。


 突如、周囲が瓦礫の詰まった水風船が割れたような状況になった、とでも言えばいいのだろうか。


 僅か数秒の間に起こった出来事である。



 「………………」



 一瞬で終わったからか雅久はパニックも起こせない。


 ただひたすら、この崩壊の光景を呆けた顔で眺めるしかできなかった。



 「露木さん! 大丈夫ですかッ!」


 「どわッ!?」



 だが、そんな状況はすぐに終わる。



 「いやー、ビックリしました。レストランって爆発するモノなんですねー」



 ボコッと地面が盛り上がったかと思うと、そこからシスリーが姿を現した。衣服についた汚れを叩きながら立ち上がり「危なかったー」と安堵する。



 「さすが露木さんは慣れてますねー。私なんかあっと言う間に埋まっちゃいましたよ。あははは」


 「慣れてねぇよ! オレは何の力もないノーマル人間なんだぞッ!」



 もはや予想通りと言うべきかシスリーは全力で勘違いしていた。



 「え? そうなんですか? てっきり、こういうのに慣れてるから爆発に巻き込まれても平気なんだと思ってました。怪我も無ければ汚れも無いみたいですし」


 「………………え?」



 シスリーに言われて雅久は自分の衣服を見てみる。



 「たしかに…………変……だな……」



 あれだけの爆発だ。相当に運良く爆発の被害は回避できたとしても、天井の崩落まではそういかない。屋内にいた以上絶対に巻き込まれてしまう。崩落で閉じ込めらてしまった、ならまだわかるが、何故か雅久は外にいる。崩落に全く巻き込まれず安全にやり過ごしてしまったのだ。


 こんな事は万にも億にもありえない。


 いや、そもそも爆発に巻き込まれて無事でいる事だって絶対におかしいのに。



 「…………もしかしてあの光線が?」



 そういえばあの光線。てっきり狙っていた自分を外してしまった攻撃だと思っていたが、アレが被害を激減させた気がする。


 自分周囲にあるモノを削り取られたせいで――――――――いや、アレがきっと“防いでくれた”せいで自分は無事なのだ。


 偶然にも雅久の周囲で降るはずだった瓦礫は無くなり、こんな酷い爆発に巻き込まれながらも無傷だった。


 たまたま、あの光線が爆発とほぼ変わらないタイミングで自分の周囲に撃たれたから。



 「……………………」



 考えるまでもなく、非常に都合の良い現象だ。


 これも秘薬に関係する事で起こった何かの“必然”なのだろうか。


 誰かの手の平の上にいるのは間違いない――――――――――だが、その誰かはこの爆発も含め雅久に“何をしたい”のか。


 現状ではいくら考えても答えはでない。



 「で、何で露木さんはそんな格好してるんですか?」


 「は? そんな格好って―――――――きゃああああああああああ!」



 男十四歳の黄色い悲鳴が上がった。



 「やめてぇぇぇぇ! 見ないでぇぇぇぇ! 視線を向けないでぇぇぇぇ!」


 「いやー、あんな爆発があっても席に鎮座する勇気! 私には真似できません。露木さんの心臓にはカビが生えてるんですね!」


 「カビじゃねぇぇぇ! 毛だよ毛! いや、今はそんな事はどうでもよくてぇぇぇ! オレから目を背けてぇぇぇぇ!」


 「あ、露木さん早く立った方がいいですよ。あんな爆発ありましたし、トイレはそろそろ終わりにしとかないと。このありさまじゃ料理も食べられないですし」


 「話を聞いとけぇぇぇぇぇ! 頼むからオレの話を思い出せぇぇぇぇぇ!」


 「はー、ページがちょっぴりだけ回復しててよかったー。そうじゃなかったら特攻防衛黙示録(ブラストバイブル)で爆発の防御できなかったですよー」


 「マイペースぅぅぅぅ! あまりにもこの女はマイペースぅぅぅぅぅ!」


 そんなワザとしか思えないレベルなシスリーのため立ちあがれない雅久だったが、それに追い打ちをかけるような出来事が起こった。




 それは知っている声だった。




 「お前のそんな姿を見るのはウチのトイレに落ちた時以来だな」



 元凶と言っていい“雅久の知ってる女の声”が聞こえたのだ。



 「さすがにもう泣きわめく事はないか。しかし、いい加減パンツくらい履いたらどうだ? みっともない姿を私やその子に見せてくれるな」



 その声、その姿は間違い無く。



 「くっそぉぉぉぉぉ! こんな時に何もかも知ってそうな姉ちゃんが登場とかぁぁぁ!」



 しかし、寿々花の登場タイミングはあまりに悪い。普通ならシリアスモードになる所だが、便器に座ったままの雅久ではそんなモードになれなかった。



 「あ、露木さんの知り合いなんですか?」



 そして、あまりに脳天気すぎる返事まで隣の天然女から告げられた。



 「お前は寿々花姉ちゃん追ってたんじゃないのかッ! レトルト逗火を探してたんだろうがッ!」


 「えっ!? この人がそうなんですかッ!?」


 「一応言っておくが、私はレトルトじゃなくてミネ・ルトス・逗火(ズカ)だからな」



 寿々花は冷めた視線でそう言った。

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