第21話 普通のままである雅久自身

「まー、だから私達ー、というかー“私達の世界”はねー、秘薬が欲しいワケなんだけどねー」



 レナは微笑を浮かべながら言った。



 「アレがあればそれだけで決着がつくに等しいしー。そうなれば他三世界は大敗確実よねー。きっと一つの世界を圧倒的な勝者にして戦争は終わると思うー。戦力の均衡が崩れるから平和も長く続くはずだしねー。圧政が始まる可能性があるけどー、あくまで“一人だけが尋常ならざる力を持つ”だけでー“その力がいつまで永続するかもわからない”からねー。治安崩壊やゲリラなんて面倒な事が発生してその後に響かないようにー、なるべく他世界にも憂慮した政治をしていくはずー。報復も怖いだろうしねー」


 「その説明がどうしても不思議なんだが…………そんなに凄い薬ならなんでオレに何の反応もないんだ? 今だって何ともないぞ?」


 「うーん、そうだねー。今思った事なんだけどー。きっと四つの秘薬が一緒になった事でー、ある種の相殺現象が起こったんじゃないかなー?」


 「相殺現象?」



 それなら納得というようにレナは頷いた。



 「同じ系統の秘薬が四つも一つの体に入った事からねー、その力が目覚める事をお互いが邪魔してるんじゃないかなー。ある意味安定状態だねー。だから露木君の体は以前と同じく変わり無い健康状態を維持できてるワケー」


 「マジかよ……」


 「つまり、毒を毒で制してるって事なのかしら? まあ、それだと一応の説明はつくけど、そんな事ってありえるの?」



 トゥトゥラの言った疑問はもっともだ。


 秘薬四つが一緒になったから発現しないなど単純すぎて偶然が過ぎている。この秘薬はそんな簡単に事が済むようなモノでは無いはずだ。



 「普通はそんな事ありえないだろうねー。でもー、この“私達の状況”を思えば納得できると思うよー」


 「…………たしかに…………そうだな…………」


 「…………“仕組まれてる”からあり得ている……って事ね」



 四つの秘薬が偶然この世界に隠されていた事。


 四世界の人間達が偶然回収のためほぼ同時にこの世界へやって来た事。


 それらを偶然に露木雅久が得てしまった事。


 そして秘薬を飲んだ露木雅久に偶然その効果が現れない事。



 「改めて考えると、この流れはおかしいというよりも“凄い”と言った方がいいのかもね……」



 そう、ここまでくると首謀者が何か考えてるとしても、それを“全く隠す気がない”ように思えてしまう。何か事を起こそうとしているなら、気づかれずにひっそりとやる事が当たり前なのに。


 まさか、“ワザと誰もがおかしいと思うように事を起こしている”のだろうか。


 だが、そうだとしてもこの首謀者の目的は全く見えてこない。


 別に目的があるのかもしれないが、だとしても――――――――



 「まあー、結果がどうあれさー。この状況は大問題発生だよねー」



 そう、この状況はある意味大問題だ。



 「…………? 何か大問題になるような事があるのですか?」



 話に入ってきたリーンベルがレナに聞いてくる。



 「露木君の体は“世界を破壊できる爆弾になってる”かもっていうねー。もしかしたらー、突如暴走する可能性があるって事ー」



 レナは諭すようにリーンベルの疑問に答えた。



 「安定しているといってもー、それは“何もトラブルの無い状態”が続けばー、の話だからねー。戦争の結果を左右できる秘薬が四つも入ってるからさー。何かしらの外部的要因とかー。他でも内部的要因で秘薬のバランスが崩れればさー、いつ何が起こっても不思議じゃ無いからねー。さっき言っといて何だけどさー、秘薬が四つ一緒にあれば大丈夫って思う方が変だと思うよー」


 「え? ちょっと待ってよ。てことは……」



 シスリーの隣でトゥトゥラは何か閃いたようにハッとした。



 「それって…………私達が露木をヘタに“自分の世界に連れ帰る事ができなくなった”んじゃない? 一番の目的である秘薬の力を取り出す事が、なんかものすごく難しくなったような気がするんだけど?」




 そう、政治的にも物理的にも。




 雅久を連れ帰るという事は、他三世界がなりふり構わず襲ってくるという事であり、秘薬を取り出す事も、四種類混ざっているせいでリスクが大幅に上がっている。


 これでは雅久を連れ帰る事など、とてもできないだろう。



 「まあ、そうだねー。秘薬一つなら誘拐して取り出してー、時間さえかければハイ終了ってできたんだろうけどー。この状況でそんな事したら残った三つの力が何を起こすかわからないからねー。四つ同時に取り出すとしてもー。魔界力、覚醒力、結集力、属性力は各世界の人間じゃないと扱いが凄く難しいしー。秘薬全部を処理する事は不可能に近いんじゃないかなー」





 ――――用意周到に、あまりに都合が良すぎるこの展開。


 ――――関わっている者全てが利用され、抗えない大きな流れが、何か大きな計画を動かそうとしている。





 「おかしい…………昨日までのオレはこんなのとは無縁で普通だったはずなのに……」



 ――――そう、この露木雅久という男子を中心にして。



 「じゃあどうすんのよ私達? 連れ帰ろうとすれば他三世界からの即刻総攻撃で、なおかつ連れ帰ったとしても、力取り出そうとしたら何が起こるかわからないなんて、それじゃお手上げじゃない」


 「私の今の考えはー。あくまで予想でしかないけどねー。証拠とかないしー。でも大方的を得てると思うなー」



 その意見にはトゥトゥラと雅久も同じ意見だ。リーンベルとシスリーが首を傾げているが、雅久が大変な事になっているという事は感覚で察しているようだ。。



 「うーん、そうだねー。今は報告だけしてさー。自世界からの返答を待った方がいいんじゃないかなー。ヘタに連れ帰れなくなったんだしー」


 「今日のオレって、色々ともの凄い事になってるよな……」


 「今日っていうかー。今日からずっとかなー? アハハハー。露木君大変だねー」


 「だ、大丈夫ですよ露木さん! レナさんも言ってるじゃないですか! 今のはあくまで予想です! 本当はもっとひどい結果かもしれませんから!」


 「フォローする気ならオレをちゃんと励まさんかぁぁぁぁぁぁ! っと、ツッコミのやりすぎで忘れる所だった…………」



 露木は席から立ち上がる。



 「あれ? 露木さん何処か行くんですか?」


 「トイレだよ。料理が来るまでには戻る」


 「すぐには戻れないって事ですか?」


 「そこに疑問を挟むんじゃない!」



 少し顔を赤くした雅久のツッコミだった。



 「えー、すぐ戻るならそんな言い方にならないと思いますし――――――」


 「生理現象は前触れ無く来るモノなのッ! 仕方無いのッ! 見逃してあげるモノなのッ! 察してあげるモノなのッ!」



 そのまま雅久はスタスタと歩いて行った。



 「うう……何だかわからないですけど、露木さん怒らせちゃいました……」


 「そこは反省しときなさい。というか、アンタが怒らせたって凄く今更だけど」



 そう言うトゥトゥラもどうかと思うのだが、そこにツッコミを入れられる人物はここにいない。



 「フィルナート、質問があるのですが」


 「なーに?」


 「いつになったら料理は来るのでしょうか。いい加減お腹が空きました」


 「ああー、そういえばそうだったねー」


 「つか、注文取りに来てないわよね? 店員はなんで来ないのよ」



 トゥトゥラは店内を見渡しながら呼び鈴を押した。


 呼び出しの電子音が再び店内に響き渡る。



 「こんなに空きまくってるのに誰もこないとか、このレストラン仕事する気あるのかしら?」


 「ずっと喋ってたからねー。店員さんの事気にしてなかったよー。速く注文取りに来て欲しいねー」



 呼び出し音がなって十秒近く経っても、店の奥から誰か来る気配はない。


 再びトゥトゥラが呼び鈴を押すも、反応は変わらなかった。



 「…………変ね」



 二回、三回とやっても誰も出てこない。


 ここまで何の反応も無いとなると、かなりおかしい。



 「ちょっと呼んでくるよー。居眠りでもしてるのかもしれないしねー」


 「私も行きます。文句言ってポテトの一つでもサービスしてもらわないといけません」



 レナとリーンベルは席を立つとレジ向こうにある厨房へと向かって行った。


 レナは飄々としているがリーンベルは余程お腹が空いているようで、何処か苛立たしげだ。「怠慢です」とブツブツ呟いているのをレナが微笑を浮かべながら宥め、そのまま店の奥へと姿を消した。



 「全く、席案内はして注文は無視とか意味わかんないわ」



 そういって二人だけになった席にトゥトゥラが寝転んだ時だった。



 「席案内……ですか?」



 その単語を不思議そうにトゥトゥラが呟く。


 「そうよ。あんた店員にこの席案内されたでしょ? そん時だけ仕事しても意味ないって愚痴ったの」


 「え? 席案内なんてされてないですよ?」


 シスリーは顔をキョトンとさせた。

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