第20話 彼女達にとって普通の戦争

「何か知ってるのは間違いなさそうだし。どっか行ってるようだったら帰ってくるまで峰途商店にいて――――――」


 「あー、それは無駄だよー。なぜならねー、私は露木君を誘拐する前にねー、一度峰途商店に行ってるんだー。手荒な真似でねー、進入したけどー。誰もいなかったよー」



 レナはあっさりと圭吾の提案を否定した。



 「手荒な真似したのか……って、まあ、お前らならそうしても変じゃないか……」



 秘薬は戦争の行方を左右するような力なのだ。レナがそんな手段で進入するのは不思議な事では無い。



 「でもねー。手荒な真似といってもー。一枚ガラスを割ってカギを開けただけだよー。むしろ、手荒な真似はリンちゃんだねー。入り口を吹き飛ばして入って来たからさー。ビックリしたよー。そこから逃げるのに結構苦労したなー」


 「敵がいたなら排除するのは当然のことです」



 何ら後ろめたさも感じさせずリーンベルは言った。



 「で、その後露木君を誘拐しにいったんだー。元々冥府界エンドレシアに連れ帰るつもりだったしー。もしかしたらミネルトの事を知ってるかもー、と思ったしねー。まあー、撒いたと思ったリンちゃんに見つかって全部オジャンになったけどー」


 「ダメですからねレナさん! 露木さんを連れ帰ったりしたら絶対に許さないですから!」


 「うーん、じゃあシスちゃんー。私のサインを上げるからさー。ダメー?」


 「………………ダメに決まってます」


 「アンタ、なんで心動いてんのよ……」



 両手の人差し指をツンツンさせながら呟くシスリーに、トゥトゥラは少し呆れた。



 「自分で言うのも何だが…………お前らオレを連れ帰ろうとしないのな」



 多少、呆れ気味に雅久は呟いた。



 「四人もいるなら、オレの争奪戦でも起こると思ってたけど、こうしてレストランなんかに入ってワイワイしてるし」


 「うーんとねー、まあそこはアレかなー。したくてもねー。できないってヤツかなー」



 軽くため息をつきながらレナは言った。



 「ホントはさー。露木君を誘拐してドロンしたいんだけどねー。そんな事したら残りの三人からねー。追われて攻撃されるハメになっちゃうしー。そうなると間違い無くやられちゃうからねー。誘拐したくてもできないんだよー」



 コクコクとリーンベルが頷く。



 「一対一ならまだしも三人を相手するのは厳しいです。汚い手も使われるでしょうから」


 「……おチビちゃん? なんで私の方を見ながら言ったのかな? その視線、なんか気になったんだけど」



 ギロリとトゥトゥラの視線がリーンベルに突き刺さる。



 「別に。何だか相手を勝ちさえすればいいって思ってそうな顔に見えただけですが?」


 「…………ほう、そこのおチビちゃんってば中々面白い事を言うわね?」


 「トゥトゥラちゃん! 落ち着いて! 多分間違ってないじゃないですか!」



 シスリーがフォローになってないフォローをした。



 「あんたら二人とも私をバカにしてるみたいねッ!」


 「気に入らないとすぐに暴力。やはり正義界セイントフォースの人間はケダモノですね」


 「そこのガキんちょはまだ言うか!」


 「トゥトゥラちゃん冷静になって! ベルちゃんに悪気は無いんです!」


 「どう聞いても悪気ありありでしょうがぁぁぁぁぁぁッ!」



 リーンベルに殴りかかろうするトゥトゥラだったが、ギリギリの所でシスリーが抱きつき押し止めている。


 やんややんやと三人が対面の席で騒いでるのを見ながらレナは雅久に話の続きを振った。



 「つまりねー。私達四人が集合した事で“緊張状態が生まれた”んだー。互いが互いを見張っててー。抜け駆けする事はできないってねー」


 「目の前を見る限り、その糸は早々に断ち切られたように思えてならないんだが……」



 騒ぐ三人の前で緊張状態と言われても何処か説得力がなかった。



 (緊張状態か…………)



 しかしそれは本当の事だろう。雅久の体には各世界の秘薬が四つも入っているのだ。


 その重要性は破格なはずで、連れ帰れば他世界の秘薬入手阻止にも繋がる。誘拐しない方がおかしいというものだ。


 個人として見ると忘れそうになるが、この四人は各世界の秘薬を取り戻しにきた代表なのだ。乱暴に言ってしまえば外交官だとも言える。



 「暴力ダメですッ! もう、トゥトゥラちゃんはすぐ怒るんですから」


 「バカにされて怒って何が悪いッ!?」


 「…………ふぅ」


 「ガキんちょッ!? 何そのこれみよがしなため息はッ!?」


 「ベルちゃんももっと仲良くしようとしなきゃダメだよッ!」


 「アハハハー。シスちゃん大変だなぁー」



 そう、緊張状態というのは間違いないなく、世界代表も間違い無いはずなのだが。



 (コイツら見てると……そんな気しないんだよな……)



 雅久はこの四人が互いに本気で戦っていた姿を見ている。


 遊びでは無い。被弾すれば、回避できなければ、防御しそこねれば致命傷を負うであろう戦闘を。


 しかし、こうして互いに戯れている姿を見ているのも事実だ。こうして仲良く騒いでいるのが嘘とは思えない。


 どちらがこの四人の本当の姿なのかと思うが――――――おそらくその疑問に意味はないのだろう。




 そう、コイツらの態度は“普通”なのだ。




 戦っていた時とは全く違い、こうして話している姿は、雅久が今までよく見てきた風景に見える。


 だからその態度や行動に矛盾を感じるのだ。



 「お前らって戦争してるんだよな?」


 「え? してますよ。今は悪党界ブラッドブラックと正義界セイントフォースが戦争状態で冥府界エンドレシアと天国界レイレーンも右に同じですね」



 ついさっき落ち着いたのか、トゥトゥラはリーンベルを襲うのをやめていた。フゥと一息つくシスリーが頬の汗を拭く。



 「私が生まれる前は悪党界ブラッドブラックと天国界レイレーンが戦争してたらしいです。というか、どの世界とも戦争してますよ。歴史で見れば戦争なんてしょっちゅうです」


 「そんなに戦争してるのか?」


 「はい、いつも必ず何処かと戦ってて…………残念ながらこれは定期的に行われているようです。戦争、講和、平和、そしてまた戦争。このリズムがいつも繰り返されて、いずれかで留まる事が無いんです」



 そう語るシスリーの表情は悲痛に歪んでいた。



 「あんたって悪党界ブラッドブラックのクセにそういう事気にするわよね。不思議だわ」


 「だ、だってそうじゃないですか! 誰かが無意味に傷ついたり死んだりとかしたら悲しいじゃないですか! トゥトゥラちゃんは違うんですか?」


 「ちょっと違うわね」



 トゥトゥラはテーブルに肘をつき面倒くさそうに答える。



 「傷つくとか死ぬとか、そんなの弱いからそうなっちゃうのよ。強ければやられなんかしないわ。だいたい弱いヤツが戦場に来るなっての。そしてそんなヤツらを送ってくるなっての」


 「うう……トゥトゥラちゃんが完全に戦闘狂です……血に飢えてます……殺戮大好きな人で悲しいです……」



 メソメソとシスリーは泣き始める。



 「なんで泣くのよアンタは…………言っとくけど私は戦争が好きなワケじゃないからね? 殺戮が好きなのかって話になると、それは別。死体って好んで見たいもんじゃないしね」


 「だ、だよね! トゥトゥラちゃん! トゥトゥラちゃんは殺戮マシーンなワケじゃないよね!!」


 「う…………そんな目ができる所も悪党っぽく無いのよね」



 泣くのをやめて目をキラキラと輝かせるシスリーからトゥトゥラは視線を反らす。



 「臆病ですねウィンスレット。そんな事では戦闘中に命を落とすと思いますが」



 やれやれとでも言うようにリーンベルの横槍が入る。



 「別に関係無いでしょ。私は勝ったり倒したりするのが好きなだけなの」


 「その考えは甘いとしか思えません。襲ってくる誰かはいつかあなたの脅威になって命を奪いに来るかもしれないのですよ? 敵である以上トドメを刺すべく時に刺さなければ、その者がその後何をするかわかったモノではありません」


 「だったら上等よ。それなりの報いをソイツに与えてやるだけだわ」


 「だったらなおさら最初に叩くべきではないですか。驚異はいくらでも襲ってくるモノです」


 「うー、怖い怖い。天国界レイレーンのヤツらって無差別攻撃とか大好きなのね。だからそんなムッツリなジト目顔になっちゃうのよ」


 「あくまで襲いかかる敵は絶対に生かしてはいけないと思っているだけです。無差別に蹂躙したいワケではありません」



 リーンベルは首を振った。



 「そうだよね! ベルちゃんも好きで殺戮なんかしないよね!」



 シスリーはその意見に喜びリーンベルの手を取った。



 「スティアードが言うと何処か違和感を感じます」


 「うんうん、ちょっとぶっきらぼうな所があるだけで優しい子なんだよね。良い子良い子。お姉さんは最初からわかってたよ~」


 「突然頬を擦り付けるのやめて欲しいのですが」



 シスリーはリーンベルを自分の胸に思い切り抱き寄せ、ワシャワシャと音が聞こえるくらい頭を撫で始めた。


 リーンベルは無表情だがシスリーのされるがまま体を脱力させている。もしかしたら、あまり嫌ではないのかもしれない。

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