第17話 リーンベル・ルト・美羽(みう)という普通の幼女

「酷いよリンちゃんったらー。不意打ちなんて可愛らしい君のやる事じゃないと思うなー」


 「私はリンちゃんではありません。リーンベル・ルト・美羽という、しっかりとした名前があります。何度も言わせないでください」



 苛ただしげな台詞と共に火球の大きさが二倍に膨れあがる。



 「あなたと無駄話をする気はありません。さっさとその男を渡してください。でなければ手痛い教訓を知る事になります」


 「うわー、相変わらずリンちゃんは怖い事言うなー。もしかして、そんな調子でブラッドブラックやセイントフォースとも話してるのー?」


 「あんな腑抜け悪集団や口だけ正義集団と話す事などありません」


 「つまり問答無用って事だねー。相変わらずリンちゃんは口下手だなー」



 ドンッ!



 「ぎゃああああああッ!」



 瞬間、リーンベルの火球が発射され雅久は盾にされる。



 「お前、さっきから何でオレを盾にするんだッ!?」


 「ソウルマフラーで防ぐのが一番いいからねー。私と露木君を守ってくれる絶対の盾だからー。私を狙ってくる攻撃を露木君で防ぐのは自明の理だよー? 私も露木君も守れる、一石二鳥だもーん」


 「何処が自明の理!? 一石二鳥かもだけどなんかおかしくない!?」


 「露木君がリンちゃんの天国界(レイレーン)から命を狙われる事は予想できてたからー。ソウルマフラーで包んでおけば暗殺や誘拐の危険は大幅に減るしー。いつでも私の冥府界(エンドレシア)に連れて行けるからさー。巻き付けない理由が無いんだよねー」


 「攻撃に晒されまくってめっちゃ怖いけどな! そして顔はノーガードだけどな!」


 「そうはいきませんよフィルナート。私は絶対の属性力(アリアルド)入手のため露木雅久を連れ帰り心臓を抉り出し雑巾絞りしなければならないのです。連れ帰るなど、そんな勝手を許すはずがありません」


 「ぬああああッ! 幼女の発言からマイペース女以上に命の危険を感じるッ!」



 リーンベルの目的をはっきり知って(何となく察していたが)雅久は絶望した。



 「うーん、リンちゃんにも色々あると思うけどー。こっちも色々あるからねー。仲良く分け合うワケにも行かないしー。うーん、どうするべきかなー」


 「どうもしません。露木雅久は私がもらう。それだけです」


 「ふふふ、私はそう簡単に負けないよー?」


 「さて、それはどうでしょうか。さっきは露木雅久を傷つけたくなかったので、手を抜いていましたから」


 「え? アレって手を抜いてたの? 傷つけたくなかったの? マジで? 傷つけたくないのに? オレがこっちにいるのに? あの幼女はオレに攻撃を乱射してたの?」



 雅久の抗議は華麗に無視して、リーンベルの杖の先端に再び火球が、そしてその周囲に水流の槍、風圧の刃、地面の拳が同時に展開された。



 「ふー、悪党界(ブラッドブラック)と正義界(セイントフォース)からはうまく逃げられたと思ったけどー。リンちゃんからもってワケにはいかなかったかー。何事も無く冥府界(エンドレシア)に帰りたかったよー」


 「それは残念ですね。でも、安心してください。露木雅久から絶対の属性力(アリアルド)を取り出せれば天国界(レイレーン)と冥府界(エンドレシア)の戦争は決着がつきますから、その際にあなたを私の下僕として迎えてあげます。奴隷としてこき使われるよりはいいでしょう」


 「リンちゃんの下僕になるのはいいかもねー。でも、魅力的なのはその姿だけにするべきだと思うなー」



 冷徹な視線を向けるリーンベルとは対照的にレナは飄々とした態度を崩さない。


 しかし、そこに油断が無いのは明白だ。もし、レナが本当に見たままであるならリーンベルはとっくに攻撃している。



 「………………」


 「………………」



 レナの結集力とリーンベルの属性力。


 今、その二つの力が相対している。



 「うーん、私の結集力じゃ…………まああっさりってワケにはいかないよねー」



 レナの使う力である“結集力”とは周囲の生物から“ほんの少しエネルギーを借り受ける事のできる”冥府界(エンドレシア)の者達が扱える力だ。自身に頼る力では無いため基本的に不足状況(ガス欠)に陥る事がなく、常時扱う事のできる便利な力である。


 結集力は具現化させておくとその力を発揮しやすくなる性質があるため、武器や防具といったモノに具現させている冥府界(エンドレシア)の者達は非常に多い。ソウルマフラーもその一つであり、これがレナの結集力の“形”である。


 絶えず結集力を集め続ければ、その力は止まることなく大きくなっていく。だが、自身の力量(レベル)によって扱える量は異なり限界以上の結集力を扱う事はできない。


 周囲がいくらエネルギーに溢れていたとしても、それをそのまま巨大な力として使う事はできないのだ。どんな強者であろうと世界全ての生物からエネルギーを借り受け、その結集力を持つ事は不可能であり、自身が持っている“器”に収める事はできない。


 だが、その器を際限なく広げる事が――――――もし可能となるなら。


 仮に世界全ての生物からエネルギーを借り受ける事のできる――――――――――そんな結集力をが手に入ったなら、きっとその者は何者をも凌駕する圧倒的な存在になるだろう。どんなに強敵が現れようとも関係ない力をその身で扱えるようになる。


 そう、無限の結集力(グルバウナ)と呼ばれる結集力の秘薬を手に入れたならば。



 「互いに辛いよねー。よりによって一人の人間を取り合わなきゃならないなんてさー」



 だからレナは雅久を連れ帰ろうとしているのだ。雅久がある日“とある食品に偽装させた無限の結集力(グルバウナ)の秘薬を買って食べてしまった”から。


 だが、雅久を連れて行く理由はそれだけでは無い。


 連れて行かなければ無限の結集力(グルバウナ)を失うと共に――――――――――天国界(レイレーン)に決定的な“とあるモノ”を与えてしまう事になる。



 「全くですね。そこの人間はなんて偶然を引き越してしまったのか。よりにもよって飲料に偽装させた絶対の属性力(アリアルド)を選んで買っていくとは」


 「…………は?」



 リーンベルが呆れるように言ったその言葉を聞いて――――――――圭吾は途轍もなく嫌な予感がした。



 「ま、まさかそれって……」



 そう、雅久は無限の結集力(グルバウナ)だけを持っているのではない。リーンベルの所属する天国界(レイレーン)、その“属性力の秘薬”である絶対の属性力(アリアルド)も得てしまっているのだ。



 「あなたでは絶対の属性力(アリアルド)を扱う事はできません。早く私に投降する方があなたのためでしょう」



 リーンベルの使う力である属性力とはその名の通り属性を扱う力だ。


 火、水、風、地の属性から始まりもちろん光や闇といった属性も存在する。


 だが、属性力はそれ以外にも音、樹、鉄、斬、打、冷、熱、鉄、砂というような様々な種類があり、見つかっていない属性力も含めれば無数に存在するとも言われている。属性力とは膨大な種類を要する力の塊なのだ。


 そのため全てを極める事は不可能であり一人が習得できる属性力は精々四つが限度とされていた。それ以上の属性力を習得するのは器用貧乏な結果に陥りやすいため、四つを超える習得は愚かとされているのだ。


 なので、多くの属性力を身につける事に意味は無い。


 しかし、その豊富な属性力全てを極める事が可能だったら。


 存在する全ての属性力を扱う事ができるなら、それはもうあらゆる事象や概念を手中に収める事に等しいだろう。神と呼ぶに相応しい存在になれるに違い無い。


 なので、それを可能とする秘薬である絶対の属性力(アリアルド)を“飲んだ”露木雅久をリーンベルは捕らえようとしているのだ。雅久がある日“とある飲料水に偽装させた絶対の属性力(アリアルド)を買ってしまった”ために。



 「昨日、峰途商店でポテチ買ったでしょー? アレが無限の結集力(グルバウナ)ー」


 「昨日、峰途商店でポカリを買いましたね? アレが絶対の属性力(アリアルド)です」



 二人はほぼ同時に告げた。



 「な、なななななな…………」



 雅久はカタカタと身体を震わせながら。



 「なんだとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!?」



 驚愕の叫び声を上げた。

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