第14話 普通の神の力
それはシスリー達が来るずっと前の事だ。
雅久が毎週の日課で、峰途商店にある雑誌コーナーで漫画雑誌を読んでる時、突然話しかけられたのだ。
「神様になれるとしたら、お前はどうする?」
夕方近い時間、テレビから流れるニュースが寂しく店内に響く中、寿々花は雅久にそんな事を聞いた。
「……は? 神様?」
峰途商店は別に賑わうような店では無いため、雅久以外の客が来る時間ははっきりと分かれている。
特に閉店前の時間帯になれば店内にいるのはいつも雅久だけになり、寿々花はこの時間になるとよく話しかけてくるのだ。
しかし、今日はいつもと少し違っていた。
「神様になれるというのは………………人がして良い事なんだろうか…………」
何処か変な質問だった。
普段なら他愛も無い会話で寿々花は雅久をからかうのに、これらの言葉にそんな気配は全く無い。
か細い声で吐かれたその言葉は、雅久に何らかの答えを求めているようだった。
「神様になれるとしたらどうするって…………そんなの神様になれるヤツじゃないとわからないと思うけど……」
もっと気の利いた答えがあるはずだが、ただの普通の子供である雅久ではそう答える事しかできなかった。
「…………まあ、そうだな。神様にならないとわからないな………………」
それで会話は終わったとばかりに、寿々花はつけっぱなしのテレビに目を向ける。
だが、寿々花の目はテレビに向けられていても見てはいない。
ボーッとした視線があるだけで、テレビの内容など完全に目も耳も素通りしている。
「…………姉ちゃんどうかしたの?」
こんな寿々花は始めてだった。
雅久の知っている寿々花はクールな口調で凛とした姿勢を崩さない女性であり、今のようにボーッとして隙だらけの姿勢を晒すなどありえない。
「何か……あった?」
寿々花はもうこの話を終えている。話を続けるなら、いつものように他愛も無い話題に変えるべきだ。
しかし、雅久は聞かなければならない気がした。
もっと真剣に何か答えなければならない気がした。
寿々花がこれまで見せたことのなかった弱い部分に――――――――自分が触れていると思ったからだ。
「…………神様になれる力が手に入ったんだ」
寿々花の口から出たのは本気で信じるには難しい内容だった。
「え? 神様?」
「そう、神だ。神様になれる力が手に入ったんだよ私は」
寿々花は断言する。それ以上でもそれ以下でもないと、完全に言い切った。
冗談では無いだろう。いつもと雰囲気が違いすぎる。
「正確には神に等しい力だがな。誰も抗う事のできない力が手に入るというのは、神様になれると言っていいだろう」
しかし、冗談で無いのなら寿々花の言っている内容は事実という事になるが。
「ふーん、そんな力があるのか」
だが、そう返事する雅久の言葉に疑いはなかった。
「何も疑ってないような口ぶりだな」
「別に疑わないよ。まあ、一瞬だけ何言ってんの? って思ったけど、普通に考えれば姉ちゃんが嘘つく時はちゃんと嘘つくし」
「それでも信じるのに難しい内容だと思うが」
「別に嘘なら嘘だったでいいよ。オレは単純に、今の姉ちゃんは嘘をついてないって思ってるだけだから」
普通に考えればその程度の事はわかると雅久は断言する。
これは雅久の寿々花に対するこれまでの付き合いの密度と信頼と友情の現れだった。
「でも…………そうだな…………」
寿々花に何か言わなくてはいけない。
何でもいい。意見と言えるモノを。そう思うと言えるだけの答えを。
「その神の力を普通の人が持つ事になるなら、別に問題は無いと思うけどな。さっき持たないとわからないって言っといて何だけど」
普通の人間である雅久だから出せる何かを。
弱さを見せてくれた人に対する真摯な姿勢を見せようと雅久は続ける。
「どうしてそう思う?」
「神様の力を持ったのだとしても、それを扱うのは人の心だからさ。人の心が力をどうするか決めるのなら深刻になる必要は無いと思う」
「それは、だからこそ危険なんじゃないのか? 人の心が神の力を扱うなんて事は傲慢やエゴを振りかざす、自分勝手な最悪の結末に向かう事を意味すると思うが」
「うーん、そうかなぁ」
そう言った寿々花の答えを、雅久は考えながら否定した。
「何故そこで疑問が浮かぶ? 全てをどうにかできる力があるなら、それを行使するのが当たり前だろう? 自分を縛っていた全てを破壊したいと思っても不思議は無い」
「じゃあさ、姉ちゃんは神様の力が手に入ったとしたら、オレを殺したいとか思うの?」
「……どういう事だ?」
その質問に寿々花は言い淀む。
「もしくは、自分達の住んでるこの町を破壊したいとか、近隣住民を殺戮したいとか、生意気な子供を病院送りにしたいとか、そういうのでもいいけど」
「いや、別にそんな事をしたいなどと思わないが…………」
「そうでしょ? だって、それが普通なんだからさ」
その偽り無い雅久の発言には、何の不安も心配もなかった。
「映画でも漫画でも小説でもゲームでも現実でも、何でもできる力が個人に手に入ったら世界が滅びるって言うけどさ。でも、それって普通の人だったら絶対にしない事だと思うんだよね」
それは雅久が普通に思っている事だった。
「生きていれば大切な友達もできるし、好きな事をしたいって思うし、そもそも世界をどうにかしようって発想に行かないと思うし。というか、そういう発想に至れる人っていうのが世界に一パーセントもいるか疑問だし。だって、この世は普通に生きてる人が大半なんだから」
どうして“普通では無い人”を中心にして考えてしまうのかと雅久は言った。
「そりゃ普通に生きてるなら嫌いな人もできるだろうし、目を背けたい現実も、逃げたくてたまらない出来事に遭遇したりすると思う。そして、そういった事を排除してしまったりする事もあるだろうけど…………それってずっと“そのまま”になってしまうものかな? 普通に生きてる人には心があって、それは心である以上“色んな気持ちが届いてしまう”はずなのに」
「…………随分と明るく楽観的な意見だな。雅久は人の可能性とかいうヤツを信じているのか?」
「そんな大したもんじゃないよ。ただ、姉ちゃんだったりオレの友達だったり友達の知り合いだったりが“普通の人しかいない”ってだけ。普通レベルなら何が良くて何が悪いなんて簡単にわかるし、世界ってそんな人ばっかりだと思うからさ」
「世界の大半がお前の言う普通…………だというのか?」
寿々花は雅久の言う事に驚いていた。
子供だからでは無い。ただ、寿々花は“普通の考え”というモノが雅久と決定的に違っていたからだ。
大きな力はそれだけで人を黒く染め、やがて自欲のため世界を崩壊させる。
それに間違いは無い。人が過ちを繰り返す生き物なのは歴史を見れば一目瞭然だ。
ただ後悔を繰り返すだけの生き物であり、破滅に向かう事を止められない。
「随分と面白い意見だ。あまりに世界を善で見過ぎている」
しかし――――――この考えはあまりに人という生物をネガティブに捕らえている。
「だって、願いがかなうとしたら何がいいって話題になった時、普通の願いしか出てこないんだもん。、金持ちになりたいとか、魔法が使えるようになりたいとか、成績を良くしたいとか、好きなモノをいっぱい食べたいとかさ。他だと、ムカツクのはみんな消えろとか、うるさいヤツはいなくなれとか、そういうのもあるけど。でも、これって“普通”でしょ? 誰もが思い浮かべる不満だし、そのくらい考えるモノだしさ」
「お前の言う事を聞くに、人はそんなに大した存在じゃないから、深刻に考える必要は無いというように聞こえるが」
「いや、そうじゃなくてさ。なんていうか、人は普通だから善にも悪にもなるけど、それを“凄く”する事は心がある以上簡単にはできないって事。だって、心がある以上は説得だとか影響だとかで、そのままにしておく事がやたら難しいからさ。完全に子供の感覚のまま大人になる人っていないでしょ? まあ、感覚が残ってる事もあるかもだけど、それは成長の過程で“その感覚を残したいと心が世界に反応してる”って証拠だし」
そう、雅久が知っているような普通の人なら、何でも無い当たり前の事しか思わない。
もっとポジティブにとらえる事ができるはずなのだ。
大きな力を持ったから間違ってしまう――――――その考えがおかしいと。
当然、間違わないとも限らない。だが、それを扱うのが人であるならば心が存在する。
心は影響を受ける事のできる、人が持つ善悪の判断機関だ。
ならば神に等しい力があろうとも、それを“普通に扱う”事ができるはず。
「……………………」
寿々花は何とも言えない顔で雅久の言葉を聞いていた。
「お前は…………人にそんな事を思っているのだな…………」
雅久の言っている事は危険であまりに人という存在を信じすぎている。見た通りすぎる子供の言う戯言であり、そんな事があるはずが無い。
これまでの人類史を見て雅久のような意見を言うヤツがいたら、十中八九ソイツは馬鹿以外の何者でも無いと思われるだろう。
人が間違いを起こすのは必然で、正しくある事ができるなど、虫の餌にもできないクソな戯言だ。
だが、そんな戯言を当たり前と思う事は――――――――――本来、普通なのではないか。
そう、人は決して悪とも善とも決まっているワケではない。
ただ、善意で行動しようとする“虚ろう普通の生命”であるはずなのだ。
「何というか…………人を諦めてるのか諦めてないのかよくわからんな」
「別に諦めてるとかは無いけど…………むしろ、オレは信じてるよ。人の可能性ってヤツは。だってさ」
それが普通でしょ? と。
九九でも答えるかのように、雅久は当然のごとく寿々花に答えた。
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