第13話 シスリーとトゥトゥラの普通のうっかり

「はぁ? 憎みあってる?」



 だが、意味不明だと言わんばかりの顔をトゥトゥラは向けてくる。



 「なーんで国の揉め事を個人レベルで感じなきゃいけないのよ。私はただ言われた仕事をやりにきただけ。だいたい私は正義界(セイントフォース)と悪党界(ブラッドブラック)が戦争してるそもそものきっかけすら知らないっつーの」


 「戦争は終わって欲しいと思ってますが、それでトゥトゥラちゃんを憎むなんて事できません。トゥトゥラちゃんが全ての元凶ってワケでも無いですし」



 さも当然のように二人は語った。



 「え? じゃあお前らなんでさっき戦ってたの?」


 「そりゃケンカ売られたら買うのは当たり前でしょ?」


 「私はお仕事をきっちりするためです!」



 これもまた当然のように二人は答える。



 「オレが言うのもなんだけど、お前らって戦争止めるとか、そういった理由で動いてるんじゃないのな」


 「べ、別に悪党界(ブラッドブラック)の事を考えて無いワケじゃありませんからね!? 露木さんがミンチになってくれれば平和が訪れるなーとは思ってますし……」


 「お前今ミンチって言った!? ミンチって言ったよね!? それ、オレの体が無事じゃなくなってるよね!?」


 「真面目よねーアンタって。仕事なんてテキトーにやってりゃいいじゃない。疲れるだけだしさー」

 「テキトーにやってお前はオレの家に破壊乱入したのか!? それでオレの癒やし空間を破壊したのか!? お前はもしかしてDとQとNがくっつくヤツなのか!?」


 「ダメですよトゥトゥラちゃん。お仕事はキチンとしないと他の人に迷惑かかっちゃいますよ」


 「いくらしっかりやってっも迷惑なんて巡り巡ってどっかで発生するって。気を抜いてやるくらいで丁度いいの」


 「お前らってなんて言うか………………すっげぇ軽いのな」




 雅久は話す二人を見ていると何とも言えない虚脱を感じてしまう。


 自分を連れ帰る理由はもっと重いと思っていたため拍子抜けしたのだ。



 (こんなヤツを送り込んでよかったのか? コイツらの世界って…………)



 二人曰く、自分は“世界の命運を決める力を持っており”それは是が非でも連れ帰らなければならないはずだが――――――こんなノリでいいのだろうか。


 いや、いいワケがない。



 (それとも“コイツらじゃなきゃいけない理由”でもあるんだろか…………)



 そうでなければおかしいだろう。


 コイツらからは“事の本気”を感じない。


 本気で連れ帰るにしては人選を間違えてる気がする。雅久に対して“異常な熱”が無いのだ。


 国の命運を背負うような任務なら、もっと狂信的なヤツの方が来ても良さそうなモノなのに。


 シスリーとトゥトゥラの内面から感じられるのは――――――――そう、雅久のような人間なら誰もが持っている“普通”だった。



 「あ、そういやアンタさ。さっきからずっと気になってるんだけど」



 トゥトゥラは雅久の傍に近づくと、顎をさすりながら全身をなめまわすような視線で雅久を見続ける。



 「な、何だよ……?」


 「…………アンタ本当に例のあんパン食べてコーヒー牛乳飲んだのよね?」


 「あ、ああ……最強の魔界力(ディスダッド)の入ったあんパンと究極の覚醒力(ジュナイゼル)の入ったコーヒー牛乳なら昨日食べちまったけど」


 「…………おかしいわね。なら、何でアンタから何も感じないのかしら? 今、アンタは二つの秘薬を飲んで無敵の存在になってるってのに、全くもって無害で無力な人間の気配しか感じないわ」


 「あ、そういえばそうですね」



 トゥトゥラの言葉にシスリーも反応した。ポンと手をつくシスリーに「気づいてなかったんかい……」と呆れ気味にトゥトゥラは呟く。



 「言われてみれば…………たしかに…………」



 雅久も言われて気がついた。


 自分は大層な力を手に入れたようだが、そんな力など微塵も感じられない。体調は普段通りで、何か特別な事も起こったようには思えない。


 それどころか、トゥトゥラが言われなければ意識もしなかっただろう。


 ただ、普通にあんパンを食べコーヒー牛乳を飲んだだけ。それ以外の感想が無い。いたって普通で平均的な高校生のままだ。


 最強と究極の力、自分はそんな無敵に等しい力を得てしまったはずなのに。



 「何も感じないな…………」



 何か大きな力を得ているようにはとても思えなかった。シスリーとトゥトゥラの戦闘を見れば尚更思える。


 最強の魔界力(ディスダッド)と究極の覚醒力(ジュナイゼル)を得ているのは間違いないはずなのに。



 「実は、オレが食ったあんパンとコーヒー牛乳は別に何でも無いものだったって事は――――」



 と、その時だった。


 突如三人の周囲が真っ白に染まり、一センチ先も見えない煙幕に包まれる。



 「な、なんだッ!? 何が起こったッ!?」


 「つ、露木さん! 何処ですかッ!? てか、これなんなんですかー!? あわわわ! トゥトゥラちゃんも何処ですかッ!?」



 この事態にシスリーは慌てふためく。雅久を見つけようとアタフタと手を動かすが空を切るのみだ。



 「何のんきな事言ってんのシスリー!」



 慌てふためくシスリーを落ち着かせるためトゥトゥラの怒号が響く。シスリーと違ってトゥトゥラは何が起きているのか察していた。



 「ちゃんと警戒しなさいッ! どっから狙われるかわかんないわよ!」



 この町の住人は争いとは無縁の日常を過ごしているので“こんな事をするヤツ”はいない。いたずら目的だったとしても、こんな濃い煙幕はそう簡単に用意する事はできないだろう。


 つまり、こんな煙幕を使ってくるようなヤツがいるとするならば。



 「一体何処のどなたが来たんですかッ!?」



 そう、トゥトゥラやシスリーの“関係者”以外にありえない。



 「慌てるのやめなさいっての! 少しは落ち着きなさい!」



 だが、最強の魔界力(ディスダッド)を狙うシスリーも究極の覚醒力(ジュナイゼル)を狙うトゥトゥラも既にいる。


 互いに邪魔者である二人は揃っているのに一体誰が――――――――



 「で、でも慌てちゃいますよ! それに私、ラジオ体操しないとすぐには落ち着けないのに……」


 「なんで落ち着くのにラジオ体操踊らなきゃいかんのじゃッ!」



 姿は見えなくともトゥトゥラのツッコミがシスリーに炸裂する。



 「だって、ラジオ体操はすると落ち着きますし、なんか優しい動きが多いじゃないですか」


 「優しい動きって何!?」


 「あ、なるほど! トゥトゥラちゃんがいつも荒々しいのはラジオ体操してないからなんですね。今やっとわかりましたよー」


 「荒々しいってどういう意味!? アンタ私をバカにしてんの!?」



 シスリーとトゥトゥラの漫才は煙幕が晴れるまで続いた。


 互いに攻撃されたりする事はなかったが、晴れた時に見えたのは。



 「こ、これは……やられたわね…………」


 「あれ? 露木さん? 露木さーん?」



 十数秒程で煙幕は晴れたが、そこに雅久の姿はなかった。


 そう、雅久の姿が無い。



 「あぁぁぁぁぁ……しまった……敵が私達を攻撃するって決めつけてたわ」



 あまりにも初歩的なミスだ。額に手を当て、声にならない悔しさを上げると、トゥトゥラは苦い顔をした。




 露木雅久は誘拐された。




 誰ともわからない輩に、おそらく何処か遠い場所へ。



 「露木を狙ってるのは私達だけじゃないって事ね……失態すぎるわ……」


 「トゥトゥラちゃんって時々こんな失敗しますよね。前も私と戦ってて、スカートが破れてるのに気づかずドヤ顔してたり…………」


 「だあぁぁぁぁぁぁぁ! その事は忘れろって言ったでしょぉぉぉッ! つか、ソレ関係なくない!?」



 トゥトゥラの悲痛な声が木霊する。



 「しかし、まいったわね……露木のヤツ何処に連れて行かれたのかしら……それがわからないとどうしようもないわ……」



 ウーンと唸りながら焦るトゥトゥラだったが、それとは逆にシスリーには焦りの表情はなかった。



 「………………」



 ただジッと一点を見ており、その視線は露木家のずっと先――――――山の中を通る道路付近に向けられている。



 「…………誰……ですか?」



 そう呟くシスリーに呼応するように一際大きな風が二人を凪いだ。

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