第12話 シスリーとトゥトゥラの普通の関係

「それでは行きますッ!」



 シスリーは特攻防衛黙示録ブラストバイブルを開くと、そこから部屋を埋め尽くす程のページが一気に飛び出てきた。そのページは部屋いっぱいに広がり、一瞬で四方に飛び散り“以前のままの露木家”を形成していく。


 百科事典程度の大きさだとしてもあまりに多すぎるページの量だが、特攻防衛黙示録ブラストバイブルにあるページは見た目よりずっと多い。一軒家を包み込むくらいの量は納められているのだ。



 「あー?」



 家が修復される様子に雅久が僅かに反応した。その姿はゼンマイ仕掛けのオモチャを見たアウストラロピテクスのようである。



 「ていっ! ふっ! てっ! はっ!」



 ページが忙しく動くたび雅久の部屋が形作られていく。


 壊れた電灯や本棚、ベットも修復し完全に雅久の部屋が再現されていった。



 「あー? あああー? ああああ…………おおお……オレ……の……」



 部屋が修復されていくに連れて雅久に生気が集まってきた。目に光が戻り始め、ゾンビから人へと戻り始める。



 「とう! やぁ! はぁ! たぁ!」



 操作している本人のシスリーは身体全体をヘタクソに奮われる指揮棒のように動かし作業を続けていた。ポンコツロボットのような動きでもあり、どうもこの動きをしなければ修復ができないようだ。



 「はー、こりゃ凄いわね」



 トゥトゥラから思わず感嘆の声が漏れた。こんな短時間で半壊(ほぼ全壊だが)した家を元に戻すなど、並のブでは不可能だ。シスリーは戦闘以外でも魔界力を活用できる高等な術を身につけており、トゥトゥラはその事に素直に感心した。



 「それっ! やぁっ! っと、これでよし!」



 やがてページ達の忙しい動きが止まり家の修復が完了した。


 終了した瞬間、雅久は自分の部屋を見に行ったが、外見も内装も全てそのままそっくり再現されていた。何処にもおかしな所や変化は見られない。見事に半壊してしまった露木家が元に戻った。



 「も、戻ってるッ!? 元に戻ってるぞッ!」



 まさか元に戻るとは思わなかったので部屋を確認した後、雅久は外に飛び出しシスリーの手を握ってぶんぶん振った。



 「戻った! 戻った! 戻ったッ!」

 「ふふふ、私の手にかかればちょちょいのちょいですよ」



 シスリーはフゥと額の汗を拭いながら雅久へと振り返る。



 「どうですか露木さん? これで大丈夫でしょうか?」

 「おお! オレの部屋がそのままオレの目の前にッ! オレの現実として存在しているッ!」



 元に戻った事により雅久はゾンビ状態から脱していた。肌に色がつき、顔には表情が戻り涙まで流していた。



 「よかった! 雅久さんが戻ってきてくれて……」



 それを見てシスリーはホッと安堵の溜息をつく。



 「素晴らしい……なんて良い仕事ができる娘なんだ……」



 雅久は目尻に溜まったままの涙を拭う。



 「えっへん! 私、修復は結構得意なんですよ」



 シスリーは鼻を鳴らし誇らしげに胸を張った。



 「すっげ……ここまでとは思ってなかったな。ホントにそっくり直すなんて」

 「ふふふー、これが私の魔界力の真骨頂ですよー。どんなにズタズタになっても大丈夫!」

 「これは恐れ入った。いや、ホントにお前は凄い!」

 「そ、そんなに言われ過ぎると照れちゃいますよー」

 「文句無し! 天才修復少女!」

 「そんなに喜んでくれたなら……全ページ消費したかいがあったというものです……嬉しいです……えへへ」



 と、ヨイショする雅久にシスリーは照れていたが。



 「全ページを使ったってアンタ、それ魔界力切れ(ガス欠)って事なんじゃないの?」

 「…………あ」



 そう言うトゥトゥラの言葉にシスリーは間の抜けた声を漏らした。



 「私、アンタと違ってスッゴィ余裕あるんですけど?」



 フフンと鼻を鳴らしてトゥトゥラはニンマリと笑った。



 「今のアンタなら楽勝すぎるわねー。簡単にソイツを連れ帰る事できちゃうわよ?」

 「あああ……あわわわわわ…………」



 今のシスリーはトゥトウラの言った通り、特攻防衛黙示録ブラストバイブルのページを全て使い切ってしまったので戦う事ができない。戦うための武器がなくなっている状態だった。


 魔界力を消費しきった特攻防衛黙示録ブラストバイブルを全快するにはそれなりに時間がかかってしまうため、シスリーは何もできない一般人と化している。


 だが、トゥトゥラはシスリーと違って覚醒力に余力がある。修復時に何もしていなかったのだから当然だ。先程の戦闘での攻撃は不発で終わっているので、ほぼ全快に近い状態である。



 「どうするのシスリー? たぶん、私が軽くパンチしただけでアンタ吹っ飛んでっちゃうと思うけど、一応抵抗とかしとくの?」



 今、力づくで雅久を連れて行かれればシスリーにそれを止める手段はない。


 雅久を連れて行くトゥトゥラを悔し涙で見送る事になるのは目に見えていた。



 「あわわわわわ……あわわわわわわ…………」



 シスリーの顔がたちまち青ざめていく。


 たしかにトゥトゥラの言う通りで、今のシスリーではただのパンチですら耐えられるか怪しい。そんな状態で覚醒拳グラディウスといった攻撃が来てしまえば、せっかく修復した壁を突き抜けて空の向こうへと飛んでいってしまう事必至である(それで済めばいいが……)



 「わわわわわ……ど、どどどどどどどどうしよう……」



 青ざめた顔は戻らない。身体をフリーズさせ、懸命にシスリーは思考をフル回転させるが良い案などでるわけがない。



 「…………ぷっ」



 慌てふためくシスリーだったが、それを見てトゥトゥラが吹き出した。



 「くっくっくっ……あはははははっ! あーっはっはっはっ!」



 その笑いに続いて出た言葉は、きっとかなり意外なモノだった。



 「大丈夫よ。別にコイツを連れていったりなんかしないからさ。こんなんで勝った気になるのは嫌だからね。安心しなさいっての。でも、そんな顔するなんて…………ブッ……アハハハハハ!」



 青ざめるシスリーを見てトゥトゥラは我慢できないとばかりに笑った。そんなに青ざめた顔が可笑しかったのか、腹を押さえながら笑っている。



 「そ、そんなに笑うなんて酷いですトゥトゥラちゃん!」

 「だ、だって傑作な顔してたんだもの! 今まであんな顔見た事なかったし、ちょっとからかっただけであんな顔だし。ハハハハッ!」

 「むぅ~! なんか少しムカついてきちゃいましたッ!」



 目尻にたまった涙を拭いながらもトゥトゥラは笑い続けている。そんなトゥトゥラにシスリーはポカポカと頭を殴りに行った。「むー!」と口を引き締めており、かなりご立腹なのは間違いないようだ。



 「…………あれ? ひょっとしてお前らって仲良いの?」



 その様子をポカーンとした表情で見ていた雅久は素直にそう思ってしまった。


 とてもさっきまで本気の戦いをしていた二人に見えなかったからだ。



 「お互いの世界が仲悪いみたいだから、てっきり憎み合ってると思ったんだが……」



 それに、悪党界ブラッドブラックと正義界セイントフォースは戦争を続けていると言っていた。なのに、この仲の良さは何なのだろう。敵対組織なら険悪状態なのが当たり前と思うのだが。



 (違う……のか?)



 雅久は世界や国といったモノが敵対しているなら“そこに属している者もそうでないとおかしい”と思ったが――――――――――――そんな事は無いのだろうか。

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