第11話 雅久、シスリーとトゥトゥラに普通の怒り

「お前らあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッッ!!!!」



 雅久の怒号によって両者は同時に耳を塞いだ。


 その瞬間トゥトゥラの覚醒力は霧散し、シスリーのページ達は全て辺りに散ってしまった。


 お互いに集中力が強制的に途切れ、戦闘の緊張感も一緒に何処かにいってしまう。



 「お前らお前らお前らお前らお前らお前らお前らお前らぁぁぁぁぁぁぁ!」



 怒りと悲しみによる強烈な叫びに二人とも同時に驚き、両者は同時に雅久のいる方を向いていた。



 「お前らよくもやってくれたなッ!」



 シスリーとトゥトゥラが目を向けた先にいたのは、明らかに“キレている”雅久だった。



 「返せッ! オレの部屋をッ! 責任をとれッ! オレの憩いの場をとった責任をッ!天井だけでも大損害で大災害なのに、部屋の壁まで吹き飛ばしやがってッ! 思い出いっぱいのグッスリベッドをバラバラにしやがってッ! これから埋めていこうと先月買った本棚をゴミクズにしやがってッ! 一番色んな事に集中できる机を粉砕しやがってッ!」



 雅久は言い続ける。自分をガン無視して自分達だけの世界に突入し戦闘なんぞ始めた二人に思いっ切り物申していた。


 目にはいっぱいの涙が浮かんでいる。この部屋がなくなった事、お気に入りの家具がなくなった事を相当悲しんでいた。普通でなくなった惨状を嘆いていた。


 つまりマジ泣きしていた。



 「何てことをしてくれたッ!? どうしてこんなことしてくれたッ!?」 



 その様子は愛する恋人が死に、これからの人生を彷徨いそうな人物を彷彿とさせた。


 もうまともに生きる事はできず、ただのウ○コ製造器に成り下がる負の可能性すら秘めている。



 「平均的な男子の……ふ、普通を……普通を……」



 雅久の涙は止まらない。止まる様子もない。


 思わずシスリーとトゥトゥラの二人は「えぐえぐえぐ」と、嗚咽を繰り返す雅久に駆け寄り慌てて言い繕う。



 「な、泣かないでください露木さん!」

 「そ、そうよ! 大の男が泣くなんてみっともないと思うわ!」



 もう、とても戦闘を続けられるような空気ではない。


 「そ、そのえっと…………ちょ、ちょっと本気出し過ぎちゃったといいますかなんといいますか……」

 「そうそう! そうなのよ! た、戦うとこんな惨状になるのは普通でさ! むしろ、これだけで済んでるのはラッキーで、本当ならここら一体が灰燼と化すのは当たり前――――」

 「そんな事よりお前らオレに言う事あるだろがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」




 「「ご、ごめんなさいッ!」」




 二人とも息のあった呼吸で頭を下げ雅久に謝罪した。大半を壊したのはトゥトゥラだが、戦い始めたシスリーも部屋を滅茶苦茶にした者として同罪だった。



 「…………解れば……謝ってくれれば……いいよ」



 二人が謝罪した事で幾分か落ち着いたのだろう。ボロボロの床にペタンと座り込み、思い切り俯いた。



 「…………………………………………………………はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」



 雅久は深い深い溜息をつく。


 どうすればいいんだこの惨状。


 一階部分は損害無いようだが、二階だけを見るなら大破だ。つか、これは家の半壊だ。どうしようもないダメージを負ってしまっている。


 この辺りの家は共働きが多いので、この上半分がほぼ吹っ飛んでしまった惨状を見ている者は少ない。


 時折ペットの散歩で通りかかる人や、帰っている途中の小学生や中学生が見上げていたり、車が何台か通りすぎたがそれだけだ。通報といった警察騒ぎにはまだなっていないらしい。あまりに現実味の無い光景なのでうまく実感が沸かないのだろう。


 だが、それも時間の問題だ。夜になれば親が帰ってくるし、時間が過ぎれば過ぎる程近所に注目され現実味は沸いてくる。


 その時、どういった事態になるだろうか。


 露木雅久は考える。



 「………………」



 親は半壊した家を見て倒れるかもしれない。保険はこの不可解な半壊では出ないかもしれない。警察がやってきたら取り調べという名の監禁を味わうハメになるかもしれない。マスコミに見つかれば「爆弾魔の少年犯行認めず」とか嘘偽りを書かれるかもしれない。そうなればクラスの風辺りが強くなり、事実無根の噂をいくつも囁かれるかもしれない。


 脳内に問題の雨が嵐のように吹き荒れる。



 「………………」



 というか、その前に部屋がないので落ち着ける空間が無いのが一番痛い。


 雅久にとって帰る場所というのは自分の部屋であって、それがないのでは眠れぬ日々を過ごしてしまう。無意味なストレスを感じ指を囓り続ける毎日が来てしまう。安心できる場所を他に求め付近を彷徨ってしまう。


 「………………あー」



 考えれば考える程色々ネガティブな発想が出てくる。いや、出ざるを得ないのだがいっぱい出てきてしまう。


 「…………あーあーあー」



 やがてため息を出す気力もなくなり、雅久はゾンビのように一定の音程で声を出し始めた。



 「あーあーあーあーあーあー」



 目の焦点も合わなくなり、首をキョロキョロと動かしつつボケっとした顔で、風通しが良くなりすぎた部屋を何度も見回す。その際も、もちろんゾンビの声は出続ける。


 軽く精神錯乱状態だが、そんな雅久にシスリーは声をかけた。



 「ごめんなさい露木さん! 家を壊してしまった責任はキチンととりますから、元気出してください!」

 「あー」



 充分な責任を感じているのだろう。そっと雅久の肩へ手を置くシスリーの表情は張り詰めており、申し訳ない気持ちがいっぱいだった。



 「お願いします! そんな露木さんにならないでください!」

 「あー」



 だが、雅久のゾンビ声は止まらない。



 「本当ですから! 私なら直す事ができますから! 任せてください!」

 「あー」

 「露木さん…………」



 一向に顔を上げずゾンビを繰り返す雅久を見かねたのか、シスリーがギュッと雅久の手を握った。


 いきなりの行為に思わず雅久はドキリ――――――――――――とはならない。


 何処か抜けた天然女とはいえ美少女なのだが、余裕の無い今の雅久は何の反応もできなかった。



 「雅久さんをこんな風にしちゃったのは私の責任…………私、絶対に露木さんの家を全て元に戻しますから!」

 「あー」

 「この表情見てると…………心が痛むわね…………」



 トゥトゥラは乾いた顔でゾンビ化した雅久の頬をツンツンと突いているが、それにも当然反応無し。



 「あー」

 「よーし! 私、頑張っちゃいますから!」



 頬をピシャリと叩き明るさを取り戻したシスリーは、さらにドンと胸を叩いて自身を鼓舞した。

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