第9話 シスリーとトゥトゥラの普通の対決

「これで戦績は五分だと…………これからそう言い張るんですね」



 「ッヌ!?」



 それを聞いてトゥトゥラの顔がカチンと強張った。ピタリと一時停止のように身体も固まり、何やら二人の周囲に不穏な空気が漂い始める。



 「私に勝った…………そう思いたいんですね。一勝五十引き分けの戦績。この私が勝ち越してる記録が嫌で、まさかこんな手を使うだなんて……トゥトゥラちゃんの事見損ないました。そうまでして勝ちが欲しいですか……これは戦闘での勝利じゃないのに……そうですか」



 「な、なんですって…………」



 「そして吹聴するってワケですね……この程度の労力で戦績は互角になったと納得しちゃうワケですね。たしかにこれも勝負事かもしれませんが……トゥトゥラちゃんがその程度の人だったとは……こんな事で一勝が欲しいんですか……そうですか」



 「ぐぬぬぬ」



 「でもそれってつまり、それだけ私の勝ち越しはトゥトゥラちゃんにとって痛すぎる一勝って事ですよね。なんたって“こんな事までして”互角に戻したい一勝を私は持ってるワケですもんね」



 「…………す、好き勝手に言ってくれるわね」



 バタン、ゴン、と雅久の身体が地面に落ちた。顔面から床にへモロにぶつかったが、特に雅久が痛がっている様子はない。「オレの部屋が……天井が……愛すべき……」と、突っ伏したままブツブツ繰り返しているだけだ。



 「人が…………気にしている事……をッ!」



 「私悪党ですもん。人の気にしている事を抉るのは悪党のやる事です」



 「で、でもアレは偶然よッ! たまたまよッ! あんたが死んだフリとか卑怯な真似さえしなければ私は勝ってたんだからッ!」



 「勝負の結果に文句を言うなんて正義の人らしくないです。それに、死んだフリなんて悪党の基本です。騙される方が悪いです。ふーんだ」



 「ぐぬぬぬ……」



 トゥトゥラの握った拳がワナワナと震える。


 何やら相当怒り心頭らしい。言い返せないのが余程腹に据えかねているようだった。


 冷静を保っているつもりなのだろうが、顔に血管マークが浮き出ている。



 「い、いいわ! なら勝負しようじゃない!」



 「臨む所です!」



 そう言うと、シスリーの服装が見る見る変化していく。


 私服が光となって弾け、その変わりに先の折れ曲がった三角帽子にヴェールのような薄く透明な生地のマントとロングスカート、それら赤を基調とした衣服がシスリーを包み外見を一新した。その姿は帽子のせいか魔女を連想させる。



 「トゥトゥラちゃんに勝って、露木さんは私がいただきます!」



 シスリーが胸の前に手を翳すと、そこに雅久を待っている間に読んでいた分厚い本が現れた。



 「特攻防衛黙示録ブラストバイブル!」



 シスリーは弾くようにしてその本を開く。すると、捲れた部分から次々とページが飛び出し、シスリーの周囲に土星の輪のように円を作った。


 展開されたページは主を守ろうとする騎士のように立ち並び、それだけで見る者を威圧する。



 「それは私のセリフだってのッ!」



 トゥトゥラは雅久の手を掴むと「はぁッ!」と気合一閃に声を上げ、身体に激しく銀色に光る覚醒力を吹き出した。その覚醒力は周囲の“あらゆるものを吹き飛ばし”トゥトゥラの覚醒力の強さを見せつける。


 その凄まじさたるや、部屋の壁を“一瞬にして全壊”し、ベットは空中に飛んでいったかと思うと庭に激突して“破壊”された。机は空中に飛んで行った時点で“分解”してしまい破片が家の周囲へと散らばっていく。


 トゥトゥラが雅久の腕を掴んだのはこのためだった。


 雅久の手を掴む事によって、薄い覚醒力の膜を作ったのである。こうする事で覚醒力を激しく解放させた時に起こる嵐に巻き込まれないよう守ったのだ。吹き出した覚醒力はそれだけで攻撃力を持つのである。



 「………………………………………………………………………………………………」



 バラバラになった家具達はそれを暗に告げており、言われなくても雅久は理解した。


 そう、理解した。



 「………………………………………………………………………………………………」



 雅久は破壊されたベッド、バラバラのボロボロになった机、粉微塵に吹き飛んでしまった部屋四方の壁を虚ろな視線で眺めていた。


 「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」



 その落ちていくモノを見る雅久の表情はなんと痛ましい事か。



 「戦闘開始よッ!」



 トゥトゥラは遙か上空へとその身を移動させる。吹き出す覚醒力をシスリーに勢いよくぶつけるため助走の距離をとったのだ。



 「だああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」



 迸る覚醒力をぶつけるべくトゥトゥラがシスリーに迫る。


 だが、シスリーに狼狽はない。



 「無駄です!」



 本が勝手に開いたかと思うと赤い色をしたページが勢いよく五十枚吐き出された。


 赤色頁インハルトと言われるそれは、十枚ずつ折り重なると星座を刻むような動きでトゥトゥラに向かって疾走する。


 すぐさまページはトゥトゥラを取り囲む陣形を取り一斉に赤い光線を放った。一度撃つごとにページ達は機動を変え、違う方向から再び光線が穿たれる。



 「くっ……」



 不規則に動きながら撃ち込まれるその光線を避けるのは至難の技だ。咲き乱れるような多方向の同時攻撃は、たちまちトゥトゥラの周囲を真っ赤に染めていく。



 「でも――――――この程度でッ!」



 だが、それだけではトゥトゥラの突撃を止める事はできない。光線が乱れる中を無理矢理突破し、勢いそのままにシスリーへと向かっていく。


 その間、拳を振り上げると覚醒力を一点集中、その拳を必殺へと昇華させる。



 「はあああああああああッ!」



 迸る覚醒力を纏い空中から落下するその姿は流星だ。星をも穿ちそうな迫力に満ち、向けられただけで蒸発しそうな光はそれほど強烈だった。


 そして、その光を放つトゥトゥラに容赦は無い。



 「ぶっとび――――――――なさぁぁぁぁぁぁぁぃッ!」



 トゥトゥラの覚醒拳グラディウスがシスリーへと迫って行く。尾を引く銀光が駆け抜けて行ったが、その衝撃は直前でシスリーに防がれた。



 「負けません!」



 ほんの一歩手前で周囲に展開されていた白のページ、白色頁サンライトと呼ばれる防御手段バリアでシスリーは自分の身を守ったのだ。



 「うううううううううッ!」



 だが覚醒拳グラディウスの威力は凄まじく、たった一つの白色頁サンライトでは防ぎきれない。シスリーはすぐに周囲へ展開していた全ての白色頁サンライトを集め幾重もの防壁を作る。



 「ううううううううん!」



 シスリーを守るため幾重にも重なり、一枚、また一枚と破れていくが、その防壁は強固だ。そのページが犠牲になる度、眩むような輝きを持つ覚醒力は消え失せていき、白色頁サンライトは確実にトゥトゥラの攻撃力を削いでいく。


 やがてその拳は三十ページ程貫いた時点で完全に勢いをなくし、トゥトゥラは体勢を整えるべくシスリーから即座に距離を取る。



 「くっ…………相変わらず堅いんだから」



 覚醒拳グラディウスを放った手をプラプラさせながらトゥトゥラは苦い顔をした。



 「トゥトゥラちゃんと違って私は頑丈じゃありませんから、そう簡単に突破されるわけにはいかないん――――ですッ!」



 「っと!?」



 トゥトゥラの飛行速度は目を見張るモノがあるが、シスリーも負けてはいない。


 急に距離を取られても周囲を囲むようしっかりと追尾させ、赤色頁インハルトで絶えず攻撃をしかけていく。


 休む暇も攻撃する暇も与えず、防戦一方のトゥトゥラを段々と追い詰めていく。



 「もう近づけさせませんから!」



 このシスリーの持つ力、それは魔界力と呼ばれている。


 魔界力とは媒体に様々な強化を施し、それを振るう力の事を言う。なので、悪党界ブラッドブラックの者達はそれぞれ専用武器を持つのが常識だ。


 シスリーの場合それは本となる。本にある無数のページを操る事で自身を守る盾にも武器にもしているのだ。


 シスリーの好みもあるが、己の武器を本にしているのには理由がある。


 ページは一枚一枚だと脆いが何枚も重ねれば強固な防御と攻撃が可能であり、何より広く防御しやすいため便利なのだ。


 面での防御が可能という事は多人数の攻撃に対しても有効であり、常に周囲に展開させる事ができるため不意打ちにも対応しやすい。ページを飛ばせば遠くの人物を守る事もできるため、そこも大きな利点だ。


 さらに一枚一枚が小さく平面なので、目立たず相手の傍に潜ませる事ができる。死角から狙う事ができるので、戦いに置いて大きなアドバンテージを得る事ができるのだ。


 つまり、本が武器というのは攻撃と防御のバリエーションが多く便利であり、非常に応用の利く武器としてシスリーは使用している。



 「もっと射出ですッ!」



 赤色頁インハルトの数をさらに二十ページ増やし、シスリーはさらにトゥトゥラを追い詰めていく。

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