第6話 まだまだ続くよ、シスリー・末露・スティアードの普通の目的

「…………ん? 待てよ? そういえば、今日の姉ちゃんの反応――――ってぇぇごごごご!?」



 「露木さん! これからそのお店に案内していただく事はできないでしょうか! というか、案内してほしいです! どうかお願いしますッ! どうかッ! どうかッ!」



 シスリーは雅久の首根っこを掴むと、これでもかとばかりに揺らし始める。



 「ぐ、おごごごご……」



 ぐらんぐらんと雅久の頭が揺れる。シェイクされる世界が雅久の眼前に広がり、興奮しているせいかシスリーは首も次第に締め上げてきた。



 「最強の魔界力(ディスダッド)の情報を持っている唯一の人なんです! 正義界(セイントフォース)も捕まえようとしているみたいで、そうなる前に私が捕まえなきゃないけないんですッ!」



 「わ、わかったから…………はな……せ」



 「はっ! も、申し訳ありません!」



 生死を彷徨う雅久のギリギリの声を聞いてシスリーは慌てて手を離す。



 「…………でも、今からじゃ無理かな。あの店って閉店が異常に早いからもう閉まってるし。一度閉まると、寿々花姉ちゃん必ず引き籠もって、何の反応も無くなるんだよ。だから、今日行っても無駄に終わるぞ」



 「そ、そんな……せっかく捕縛できると思ったのに……」



 あと一歩で捕まえられた怪盗を逃がしてしまった心境に近いのだろう。シスリーは希望に満ちた顔をたちまち絶望に変えた。



 「うう……逃げられてしまったんでしょうか……なんて事でしょう……うう……悪党界(ブラッドブラック)に帰ったらなんて報告すれば……」



 「オレも気になるけど……確率的に明日を待つ方がいいと思うな。それとも殴りこむか? それならオレは無関係で頼むぞ。」



 「いや、殴りこみはしません。私なんかより露木さんの方がミネの事を知ってますし…………うう……おとなしく明日を待ちます」



 嘘を言ってると思わなかったのか、シスリーは素直に雅久の言った事を聞いた。


 最強の魔界力(ディスダッド)の事なのに意外と諦めがいいなと思ったが、その理由はすぐに判明する。



 「では今日の所は勧誘に全力を尽くします! こちらはミネの件よりも大事ですからね!」



 「お前、切り替え早いのな!」



 さっきまでの弱気は何処にも無い。シスリーは任務の優先度を変え、ズイッと雅久へ詰め寄った。


 考えれば、シスリーの世界で続いているという戦争は雅久が仲間になれば解決するのである。


ミネ・ルトス・逗火(ズカ)の件も大事だが、目の前にいる雅久の勧誘と比べれば、そのどちらに天秤が傾くかは火を見るより明らかだ。



 「というワケで、露木さん悪党界(ブラッドブラック)入っていただけないでしょうか? そうすれば互いに色々と解決すると思うのですが」



 「…………そうだよな」



 両手を合わせて見つめてくるシスリーを前に雅久は考え込む。が、頭の中で答えはもう決まっていた。

 答えはイエスだ。


 というかイエスに決まっている。自分の中にそんな物騒なモノがあるなら取り出してほしいのは当たり前だし、普通で平均的である中学生には荷が重すぎる。



 「ああ、いいよ。そんな物騒な力があるなら除去してくれ」



 これが普通の判断、否定する理由は何処にもない。


 あっさりとOKを口にすると、シスリーの目がみるみる輝いていった。



 「本当ですか!? その言葉に偽りは無いのですかッ!?」



 「ね、無ぇよ! ちょ、ちょっと離れろッ! 近よりすぎだッ!」



 感激のあまり顔面一センチまで迫ったシスリーを雅久は押しのける。



 「うう……ありがとうございます。これで悪党界(ブラッドブラック)は救われます。長い戦争をこれで終わらせる事ができます。本当にありがとうございます……うう……ううう……ううう……バァックション!」



 思い切り涙を流しながら盛大なくしゃみをした。



 「ほれ、ティッシュ」



 「あ、ずびばぜん」



 ドグユアアアン! と鼻をかんだとは思えない盛大な音を鳴らした後シスリーはティッシュをゴミ箱に捨てた。



 「で、具体的にオレはどうすればいいんだ? お前についていけばいいの?」



 「そうですね。組織についたら色々としてもらう事がありますけど」



 「結構時間かかるのか? 学校休まないといけないなら困るんだが」



 「その辺りは最大限に善処させていただきます! お手間はとらせません!」



 ビシッ! と右手の甲を差し出してシスリーは宣言した。


 想定内の質問だったのだろう。答えに淀みは無い。



 「すぐに終わらせます。三時間程ベッドに寝ていただければ大丈夫ですから」



 「あ、そんなんでいいのか。寝てる間に何かすんの?」



 「そうですね、二リットル程度の注射を三十本ほど」



 「………………は?」



 唖然とする雅久を無視してシスリーは続ける。



 「あと、四肢をバラバラにして吸水液につけて徹底的に手足の活力を奪います。脳も念のため八分割して最強の魔界力(ディスダッド)の誤発動を阻止して、神経は全部ほじくり返して切り刻んだ後に採取ミキサーで最強の魔界力(ディスダッド)成分を全部とってコシます。骨はあらかた砕いた後、血液と混ぜて庭園の方にブチまけてその後は――――」



 「またんかコラぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」



 雅久の人生で最大音量のツッコミが雅久から炸裂した。



 「何だよソレ!? 何すかソレ!? 何なんでしょうかソレ!? そんな事されたらオレという成分はどうなっちまうのよ!?」



 「最強の魔界力(ディスダッド)ですからね……それを全部取り尽くすのは大変な手術が必要なのです。でも心配ご無用! 全行程を無理矢理三時間で終わらせますから!」



 「無理矢理終わらせるんじゃない! もっと時間かけるべきだろがソレ!」



 「え? だって、露木さん短い方がいいですよね? なら、さっさと終わらせた方がいいと思いまして……あ、二時間で終わらせる方がよかったですか?」



 「そんな大手術を特番ぐらいの時間で終わらせるなよ! もっと手間暇かけろよ! つか、元に戻す行程が神秘だぞ!?」



 「じゃあ、そんな感じなんですけど、悪党界(ブラッドブラック)に入ってくれて感謝です露木さん。術後は少し人格変わっちゃうと思いますけど大丈夫ですよね?」



 「否定否定否定否定否定否定否定否定だバカヤロォォォォォォ! そんな恐ろしい事されるのにOKするワケあるかッ!」



 普通に判断すれば、こんなのに頷くことは絶対にできない。


 寿々花の予知した「死ぬ」というのはきっとこの事を言っていたのかもしれないと雅久は思った。



 「そんな! さっきは笑顔満面で泣きながら「ありがとうございますありがとうございます」って握手つきでOKしてくれたじゃないですか!」



 「オレは重度の宗教患者じゃないッ!」



 「そこをなんとか!」



 「電化製品を値切るような口調で言うなッ!」



 ギャーギャーと言い合う雅久とシスリーだが、どちらも引く様子は無い。


 シスリーは悪党界(ブラッドブラック)の命運のため。


 雅久は自分の命と人格のため。


 シスリーは大丈夫と連呼するが、とても信用する事などできない。


 シスリーの言う事は「先っちょだけ! 先っちょだけだから!」とか「この戦いが終わったらハンカチ返しに来ますから」とか「この洗剤を五人に売るだけで億万長者だよ!」といった言葉と同じくらい信用皆無の響きを感じる。


 いくら他世界であり文化といった様々なモノが違うといっても、あんな凄まじい事をされると聞いて首を縦に振れる神経は雅久に無い。



 「悪党の世界として身体を分解するとか改造するとか当たり前の事です! だから安心してください!」



 「もっと不安になるわ! あと、それって別人になるパターンだろッ!」



 一歩も引かないやり取りは続き、それはどちらも平行線のまま終わらないと思われたが。




 ボコォォォォォォッ!




 と、明らかに聞き慣れない破壊音により互いの言葉が悲鳴に変わった。

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