第4話 雅久とシスリーの普通の会話
その昔、ここでは無い違う二つ世界で大きな戦争が起こっていた。
その両世界は対立しており、永遠と思われるような長い時間戦い続けていた。
時々の和平と膠着を繰り返し、二つの世界は今も戦争を続けている。
正義界セイントフォース
悪党界ブラッドブラック
両世界は全く五分の力をもっており、その拮抗状況に変化は訪れない。一向に決着は見えず、未来永劫ずっとこの戦いは続くのだと誰もが思っていた。
だが、ある時この戦争に終わりの兆しが見える。
悪党界(ブラッドブラック)が最強の魔界力を得る事ができる秘薬開発に成功したのだ。
魔界力とは悪党界(ブラッドブラック)の者達なら誰もが持つ、武器を媒介して使う事のできる基礎的な力の事だ。
この魔界力を使って悪党界(ブラッドブラック)は正義界(セイントフォース)と戦っており、様々な奇跡を可能としている。
秘薬はこの魔界力を常人の何万倍――――――いや、それ以上にする効果をもっており、普通なら手に入れる事のできない最強の魔界力を身に宿す事を約束してくれるのだ。
その秘薬の名は最強の魔界力(ディスダッド)といった。
これがあれば正義界(セイントフォース)にどんな強敵がいようと関係ない。悪党界(ブラッドブラック)が圧勝して戦争は終わる。
そう、ついに長い戦争が終わるのだ。完全に終止符が打たれるのだと、誰もがそう思った。
しかし、そう簡単に事態は運ばない。
秘薬の開発者が最強の魔界力(ディスダッド)を持って悪党界(ブラッドブラック)から逃げてしまったのだ。
その後、最強の魔界力(ディスダッド)は開発者の手により何処かへと隠されてしまう。使われたくなかったのか、何処かに欠陥があったのか、どうしてそんな事をしたのかはわからない。
だが、真意はどうあれ隠し場所は“すぐに判明し”、その回収にシスリーが任命された。
だが、最強の魔界力(ディスダッド)の回収は不可能だった。
「なぜなら、最強の魔界力(ディスダッド)に擬装されたあんパンを露木さんが食べてしまったからです!」
「そんなんに偽装すりゃ食べられるに決まってんだろッ!」
露木家の二階。机とベットと棚に少し本が並んでいる以外は何も無い殺風景な雅久の部屋で、シスリーは事の経過と事態を何も知らない雅久に説明していた。
あの後、話が長くなりそうだったので雅久がシスリーを家に上げたのである。
ちなみに、いくらか用意した茶菓子はシスリーによって全て食べられてしまった。十個用意されていた温泉まんじゅうは開始十秒で完食されている。
「木を隠すには森の中。食品に偽装されたなら商店に隠すのは当たり前だと思いますよ?」
「それは何処か違うだろ!? つか、なんで食品に擬装してんだよ! あと、「なんでそんな当然の事がわからないの?」っていう顔するのやめろ!」
「いやー、露木さん凄いですね。最強の魔界力(ディスダッド)を食べてしまうなんて。そんな偶然、早々起こりませんよ。はわぁ~~恐ろしく低い確率を当ててます~」
「うっとりしながらオレを見るんじゃない!」
「もしかしたら、私は歴史に残る的な人物を見ているのかもしれません。そういった人物は誰しも強運の持ち主らしいですからね。あのー、すいません。よかったらサインもらいたいんですけど。エヘヘ」
「自分勝手に妄想して照れんな! あと、これは強運じゃなくて純粋な不幸な!」
「あ、これって運命というモノなんでしょうか。という事なら、私は露木さんに出会うべくして出会ったワケですね。帰ったら自慢します。えっへん」
「お前はさっきから何を言ってるんだ!?」
「あ、食べこぼしがちらほらと。ちょっと片付けますね、テッシュは何処でしょうか?あ、テッシュといえば、やっぱりベッドの下にエッチな本隠すのが主流ですか? 恥ずかしがる必要はありませんよ。それが人間界の常識だって事はちゃんと理解していますから。というか、今ならインターネットというヤツでエッチな事は探し放題なんでしたっけ? 本を隠すなんて完全に都市伝説の領域とかですか?」
「話題が色々と激変して勝手な理解を披露したッ!?」
大いに本筋から外れた話題を繰り広げ、雅久はシスリーにツッコミを繰り返していた。傍から見ればヘタな漫才を練習している男女コンビに見える。
いや、それにしか見えない。
「しかし、お前の言ってる事は…………それって…………うーん…………」
いきなりの話で実感の沸かない所が多いが、かといって笑い飛ばすには少々躊躇われた。
寿々花の予知の事もあるが、こんな内容をシスリーが雅久が帰って来るのをワザワザ待ってまで伝えようとした事に信憑性を感じたのだ。
「ホントです。でも、こうして任務を受けるまでは噂話だと思ってました。最強の魔界力(ディスダッド)ってホントにあったんですね。うんうん」
雅久に嘘をつきたいならもっと信じやすい嘘にするだろうし、嘘をつく事によるメリットも見えない。否定されるのが当たり前過ぎていて逆に真実と思えてくるのだ。
他にも手足に纏わり付いた紙の件だってある。
あの紙はたしかに何も無い場所で雅久を拘束した。手品と思うにはあまりに見せつけられた部分が多く、何か“能力”と呼ぶべきモノに思えるのだ。
(でも、簡単に信じるというもの…………)
だが「何言ってるんだお前?」という思考が大半を占めているのもまた事実だ。
あっさりと頷く事もできず、雅久は俯きどう答えるべきか考えていた。
「あ、もしかして信じられないですか? まあ、そうですよね…………いきなりこんな話を他世界の人が信じるのは難しいはずです」
シスリーは何度もウムウムと頷く。
「あ、そうだ。その辺りの地面に大穴開けたり、この部屋を吹き飛ばすとかした方がいいですかね? 衝撃的事実は実感と理解を産みやすいですし、そのぐらいなら簡単にできますからさっそく――――」
「たまりませんからやめてくださいお願いします」
ピンと来た顔で物騒な事を言うシスリーに雅久は全力で首を振る。
確証も何も無いが、肯定すれば大変な事が起きるような第六感が全力で働いたのだ。嘘にしては実行速度が異常に早そうだったのもある。
「ならよかったです。ご近所に迷惑をかけるのは、人として褒められたものではありませんからね」
ホッとシスリーは胸を撫で下ろした。雅久も胸を撫で下ろす。
「えっと、話を戻すんだが」
「え? この部屋を吹き飛ばすんですか?」
「全然戻れてない! もっと戻して!」
「じゃあ、地面に大穴ですね。ではさっそく――――」
「ほんの少ししか戻ってねぇよ! もっと戻れよ!」
「ある所に二つの世界があって一つは悪党界――――――」
「お前ワザとしてるよねぇ!?」
不意のツッコミでハァハァと荒い息を吐きつつ、改めて雅久は言った。
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