第2話 峰途寿々花(みねとすずか)は普通の店長の予言者
思わず聞き返す。
「死ぬ」
再び死の宣告。
「………………もう一回だけ聞いていい?」
「死ぬな」
「………………………………………………」
さすがに三度も聞けば耳に入るし理解もできる。
だが、顔が唖然としたままなのは仕方ない。
「………………………………………………」
ポカーンの表情。
「そういう事だ」
「おいィ!? ちょっと待て!」
雅久はポカーンな表情から焦りの表情になると、再びテレビに向けられた寿々花の首をグリンと無理矢理自分の方へ向かせた。
「何なのそのトンデモ予知!? おかしくない!?」
「たしかにトンデモだな。死ぬんだからな」
首を摩りつつ寿々花は言うが、そこに何か特別な感情といったものはない。事実を告げているだけで、これまでとはレベルの違う予知が視えた事による困惑は全くない。
「死ぬってどういう事だよ! おいィ!?」
「安心しろ。ちゃんとこの運命を回避する手段はある」
「本当!? ホント!? つか、死ぬなんて占い結果は外れて欲しいんだけど!?」
何しろ寿々花の予知は百発百中だ。寿々花が晴れると言えば晴れるし、雨が降ると言えば雨が降り、五分後にくしゃみが出るといえばその通りになり、夕方腹を壊すといえばその日の夕方はトイレに直行なのだ。
なので、その予知で死ぬと出たならば――――――――――その通りになる。
「普通に考え、普通に決断しろ。そう、自分の身に何が起ころうともな」
だが、その絶対の予知がその死を回避できると言うならばそれも絶対だ。その通りにすれば雅久の命がなくなる事はない。
「なんか全然回避できる気がしないんですけど!?」
「特別な事をする必要は無いと言ったんだ。簡単だろう?」
「いや、凄まじい武道の達人みたいな事言われても戸惑うっつーの!」
しかし、その回避手段は“何処か曖昧”なモノだった。
「も、もっと具体的に! その普通って何なの!? どういう事なのッ!?」
「そのままの意味だが?」
「ああああああああああああああああああッ!」
この後、何度か寿々花を問い詰めたがそれ以上の答えが返ってくる事はなかった。
「死ぬ……死ぬ……死ぬって……」
店を出るとすぐにあんパンを平らげ、コーヒー牛乳をストローで時々すすりながら雅久は歩いていた。
死という絶望的な事を言われようとも腹は減るのである。
寿々花を問い詰めた事により空腹状況はさらに悪化し、あんパンはほんの三口で食べてしまった。雅久は自分の精神が意外と図太かった事を今知った。
「今までの予知と比べてもあまりにも違いすぎる。これまでそんな物騒な予知は全くなかったのに、なぜあんな予知が…………」
これまで寿々花が言ってきた予知と比べると明らかに異質だ。
いつもならこんな予言や占いは信じないのだが、それを言った相手は寿々花という“予知能力者”だ。
気にしない、というのは非常に難しい。
「いや……いやいや……いやいやいやいや! いくら寿々花姉ちゃんの予知とはいえ、そんな事起こらないって!」
グシャリとあんパンのビニールを握りつぶし「そうだそうだ! ワハハハ!」と自身を元気づけるため笑ってみる。
よく考えよう。これまでの寿々花の予知は取るに足らないモノばかりだったのだ。それなのに突然“死ぬ”なんて予知が出てくるワケがない。
そう、あまりにもかけ離れた予知過ぎる。
「そうだよ! そうそう! こんなの何かの冗談に決まってる! 寿々花姉ちゃんが何かオレにサプライズしようと思ってるんだろ! 何のサプライズかわかんないけど、絶対そうだって!」
それに、本当に雅久が死ぬならあんな軽く言い放つわけがない。雅久と寿々花は十年前後の付き合いなのだ。もっと深刻に思ってくれるはずで、そのくらいの関係は作れているはずだ。
「そうに違い無いって! ハッハッハッハ! ハッハッハ!」
そう思って雅久は笑うが。
「…………ハハハ…………ハハ…………ハハハ…………ハハ」
顔は全く笑っていなかった。雅久の心の中には不安が溢れており、それを笑顔でギリギリ蓋いでいる。
「マジ……なのかなぁ……」
雅久は何ら特色の無い高校生である。
性格は活動的というワケでもなく、特別な賞などももらった事もなく、学校行事では常に受け身だった。私生活でもそれは同じで雅久は特に何でも無い“普通”の人物である。
そう、普通。
別に毎日をダルいと思っているワケではない。ただ、その場に流される場合が多く否定する理由がないだけで、そうする内に平均的という名の“普通”を手に入れたに過ぎない。
平均的な行動と平均的な私生活と平均的な成績と平均的な運動神経と平均的な容姿と平均的なと平均的な友達と。
ただ、本当にそれだけの人間。
そんな有り触れた特別でも何でも無い人物が露木雅久なのだ。
「ホントに……ホントに……ホント…………に」
だが、こんな自分に雅久は不満を抱いた事は無い。
普通に過ごすという事は問題を起こさず過ごせていると言う事であり、その人生は安息に繋がっている。そんな人生に、雅久は感謝こそすれ悪態など出るわけがない。
それに“普通だからこそ自分にも自分以外にも正常な想いを持つ”事ができる。
雅久はこの普通という事に誇りを持っていると言ってもよく、これからも今のように生きていたいと強く思っている。
「マジな……ワケ……」
なので。
「ワ…………ケッ!」
普通ではなくなる状態――――――――死ぬという予知はあまりにも認めたくない未来だった。
「ないよなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
その重く辛い不幸がやってくる事に雅久は思わず咆えた。その事実による精神的負荷を発散するためである。
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