最強究極無限絶対インストールの心得
三浦サイラス
第1話 露木雅久(つゆきまさひさ)は普通の中学生
「手持ちは……百七十円ッ……」
ポケットから財布を取り出し、数えるのに二秒。たったそれだけの時間で残金を知れてしまう悲しみに耐えながら露(つゆ)木(き)雅(まさ)久(ひさ)はため息をついた。
ほんの一週間前までこの中には五千円という大金が入っていた。元々入っていた二千円に、親からもらった小遣いが二千円、そして制服のポケットに入れ忘れたままだったお金を発掘しプラス千円で合計五千円。
齢十四歳にして五千円という金額は果てしなく巨額であり、そう簡単に得る事のできないモノだ。
なので、そんな金額をもっていれば、それなりの贅沢をしてしまうものだった。
といっても本を何冊か購入し、何度か学校帰りに外食をし、昼食ではパンをいくつかオプションでつけたというだけだったのだが。
「知らず知らずの内にオレからこんなにも搾り取るとは……高校生の分際でラーメンなんぞ何度も食べにいったのが悪かったか……買い食いも多かったしな……」
一週間も経たずして大金がここまですり減ってしまう事に恐れおののきながらも、雅久は自分の財布の中身を見てため息をついた。
次のお小遣いデイズまでどうにかしてこの百七十円で耐え抜かなければならない。だが、高校生活においてこの残金で過ごすのはあまりに酷である。
さらに現在、壊滅的な空腹的状況下に置かれているならば、この残金の無さは深刻に雅久へのしかかってくる。
「ぬううう……」
学校の終わったその帰り道。
現在、雅久は幼い頃から学校帰りにいつも立ち寄っている店に来ていた。
住宅街と学校を挟み、付近に何ら建物の無い坂の上に立つ一軒の個人商店。営業時間が朝七時から夕方四時までという、閉店時間が意味不明の早さだが、多くの学生が通学路として店の前を利用するため客入りはそんなに悪く無い。
開店して数年あまり一人の女性が経営しているこの店の名は【峰(みね)途(と)商店】と言い、この店内にあるパンの半額コーナーを雅久はジッと見つめていた。
「ああ! やっぱ無理!」
空腹には耐えられず。
たっぷり一分程半額パンとにらめっこしていた雅久はあんパンを掴むとレジへと向かった。その途中、使ってしまうなら全て使ってしまえと、リーチインからコーヒー牛乳も掴み取りそれも一緒に持って行く。
「買い食いか? 昨日ポテチとポカリを同時購入したばかりだろう。もう食べきって飲みきってしまったのか」
「ああ……そんな余裕ある財政だった時もありましたね……できる事ならそんな贅沢をまたやりたいね…………」
店主である峰途寿々花(みねとすずか)は机の傍らに置いてあるテレビを見ながらそう告げた。テレビでは夕方のニュースが事件を報道しており、たまにブツブツとその内容に反応して喋っている。
「寿々花姉ちゃん……一度くらい誰かを救ってもいいと思うんだけど? 例えば、この目の前に差し出されたあんパンとコーヒー牛乳を無料で差し上げたりとか」
「以前、ウチのトイレに落っこちて私が引き上げてやったのは、雅久を救った事にはならないのか」
テレビを見たまま雅久に振り向きもせず寿々花は言った。
「ご、五年も前の事を持ち出すなんて年長者の言う事じゃないぞ! そ、そんな本人も忘れようとしてた事実を持ち出すなんて卑怯だッ!」
「以前、店の前で自転車から派手に顔面からスッ転んで大怪我して気を失った雅久を私が病院に連れていったのは救った事にならないのか」
「あ、あれを救わないのは人としてどうかしてる! あの救いは人類が当たり前にする善意という事でノーカンだッ!」
「夏で気温と日差しがキツい時に、脱水と日射で熱射な状態になった雅久を救った事もあるんだがな」
「そ、それも人道的見地で当たり前の事! そ、それもノーカン!」
「最近、店のエロ本のシールをなんとかしてハガそうとする健全な高校男子を見つめてるんだが、これは救いに――――いや、そもそもパソコンで見ればいいだろうに、何故そんなリスクを? 何か矜恃でもあるのかお前は――――――」
「キエエエエエエエエエェェェェェェェェ!」
雅久が奇声を上げながら財布を逆さまにするとチャリンと音を立てて小銭が机の上へ転がった。寿々花はそれを確認すると傍に置いてあったソロバンを馴れた手つきで弾く。
この店にキャッシュレジスターはなく、お会計場所(レジ)には年季の入った木製テーブルの上に算盤と古くさい十五インチのテレビが置いているだけだ。
「いいだろう。百七十円丁度だ」
寿々花はどうも機械に弱いらしくソロバンを使って計算する。ちなみにその動きは残像が見える程速い。この辺りでは神速と呼ばれるほどだ。
「うう……腹すかせたガキんちょにパンと飲み物を恵むくらい許してよさそうなモノを……」
「半額だぞ。感謝こそされ文句言われる筋合いは無いな」
「くッ! このババ――――」
その瞬間、寿々花の持っていた十円玉が雅久の顔横をかすめる。
「最近のガキは根性がある。いや、無謀と言うべきか」
背後で十円玉が跳弾する音を聞き、雅久は青ざめた。
「やだなぁ! 僕なんかに根性なんかあるわけないじゃないっすか! 煎餅投げ飛ばして皮膚切っちゃう人に暴言とかあり得ない! 暴言吐くとかアリエナ! すんげぇアリエナ!」
誤魔化すように笑いながら雅久は出口へそそくさと向かう。
「じゃ、そういうわけでー もう閉店時間だしー。今日も、いつもと同じでずっと引き籠もるんでしょ? 謎時間の始まりかー」
「…………まあ、そうだな」
「――――ん? どうしたの? 何かいつもと反応違うっぽいけど」
財布をポケットに入れ、あんパンのビニールを開けて食べようとすると。
「待て」
いつの間にか寿々花が雅久の顔をガン見していた。テレビを消し「ふーむ」と雅久を見てうなっている。
「――――あ、もしかして」
雅久は嫌な予感がした。
「お前の思っている通りだ」
「マジかよ……」
雅久はガックリと肩を項垂れた。
寿々花はソロバンでの素早い計算が得意だが、それともう一つ特技があるのだ。
「こんどはオレに何が起こるっての?」
最近知られるようになった特技で、それはこの辺りで“予知”と呼ばれていた。
「ちょっと待て。今、視えかけてる」
始めは当然寿々花の言う事を聞く者などいなかった。しかし言った事が十回、二十回、三十回と当たっていけば誰もが信じるようになる。
何でも財界や政界の大物や裏稼業のギャングまで寿々花の予知を聞きに来るとか来ないとか。
まあ、峰途商店は普段見かけない人物がたまに出入りするので、そこから広まった噂なのだろうが――――――そういった話を雅久は何度も聞いている。
「あー、面倒くさい事じゃありませんよーに」
しかし、寿々花の予知は好きな時に“視える”というワケではない。さっきのように、突然閃く時がほとんどだ。
さらに内容も規模が小さいモノばかりで、そのほとんどが気に止めずとも問題無いものだ。
一時間後犬に吠えられるとか、二十分後に小学二年生女子とすれ違うとか、そこの電柱に明日午前八時丁度にツバメが止まるとか、店から二メートル先に生えてる雑草が下校途中の何年何組の誰々に引き抜かれるとか、その程度だ。
そう、内容はその程度だ。本当に気にしないでいいような事ばかりだ。
「こんどは宿題をし忘れたとか? それとも弁当を家に忘れるとか?」
だが、その程度でも何か起こるのならば気になってしまう。
ちなみに雅久は最近だと、二週間前に寿々花から「ゴムボールが四発頭部にヒットする」と予知されその通りになった。
公園を横切って近道して帰ろうとした時、偶然その公園に幼稚園男子二十人という大軍勢に出くわしたのである。
密林に潜む兵のように遊具に身を隠し、突然出てきたのだ。ゴムボールを使って大勢で遊んでいたらしい。その時に乱れ飛ぶゴムボールが四発頭部にヒットした。
ゴムとはいえ頭部へ強烈にヒットしたので中々痛かった。
「あー、またゴムボールが当たるとかは嫌だな。アレ何気に痛かったし」
「見えたぞ」
まあ、生死に関わるような事を言われるワケではないので雅久の様子は軽い。
酷い事が起こったとしてもゴムボール程度をぶつけられるくらいなのだ。それくらいならもう馴れている。
「雅久、お前は――――」
そんな雅久に寿々花はごくごく普通に、何ら慌てる事なく、いつものままの口調で。
「死ぬ」
と言った。
「…………………………………………………………………………何て?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます