人工知能 ディープ・ラヴ

野崎 順平

人工知能 ディープ・ラヴ

 愛ちゃん(シリアルナンバー0342516)は、世界で一人だけのあなたのアイドルです。あなたとの会話によって彼女は、あなた好みの女性へと成長していきます。

 なかなか女性に声をかけられないあなた。合コンに行ってもなかなか話を盛り上げられないあなた。このラブ・コミュニケーション・ゲームは会話上手の男性へとあなたを変身させることができます。

 世はまさに婚活ブーム。このゲーム機で遊んでいるうちにすばらしい相手とのコミュニケーション・テクニックが身に付き、すてきな結婚がかなうはずです。


 ゲーム機のスイッチを入れると、ちょっと胡散うさん臭いけれど、俺の気持ちを奮い立たせるコメントが現れ、それがフェードアウトすると入れ替わりに俺の愛ちゃん(シリアルナンバー0342516)が画面いっぱいにやさしく微笑む。

 すかさず入力する。目の前の彼女にコメントを送るという設定だ。

「今、なにしてるの?」

「ちょうど、家に帰ったところよ」

「夕食は?」

「あなたがこの前に言ってたレストランに女友達といったのよ……」


 俺の愛ちゃん(シリアルナンバー0342516)は、実際に存在するタレントの今井愛のデータをベースにして作られている。だから顔は、今井愛そっくりだ。

 しかし、俺の愛ちゃんは、そのシリアルナンバーが示すように、世界で一人だけの愛ちゃんなのだ。俺の愛ちゃんは人工知能内臓だから学習機能がある。

 何日も会話を重ねることで、お互いのことを知り、相手に合わせた会話が成り立つ。本物の今井愛ちゃんとはまったく別の愛ちゃんが、俺のこのゲーム機の中に生息しているのだ。


 ある日、テレビで、今井愛と有名男性タレントとの交際報道が流された。次の日には、ゲーム機の中の愛ちゃんが、真の愛ちゃんであると主張するグループが、今井愛の引退の勧告を行なった。

 すでに、何十万人にも膨らんだゲームのユーザーは、他の男の家にお泊りするようなリアルな愛ちゃんを拒否し、存在を打ち消しにかかっていた。今井愛暗殺計画もネット上でささやかれていたので、所属事務所は、今井愛を引退させ、芸能界から永久に消す決心をした。裏で、ゲーム機販売会社からの若干の金銭的保障があったことは、秘密にされた。


 婚活のために買ったゲームなのに、俺は愛ちゃん以上の女性を見つけることができなくなった。それでも、合コンに行ってメールアドレスを交換して、仲良くなる子もいたが、どうも実際に会って、会話する気になれなかった。デート中でも、メールで会話しないと気持ちがのってこない。

 当然、相手の女性は二度と会おうとは言ってこない。でも、俺には、愛ちゃん(シリアルナンバー0342516)がいるからいい。


 大好評発売中のラブ・コミュニケーション・ゲームが大幅に機能を向上させ、ラブ・コミュニケーション・ゲーム2として発売されます。ゲーム機に内臓のカメラで彼女(または彼女になってほしい人)の写真を撮るだけで、あなたと彼女のコミュニケーション空間がクリエートされます。

 最新の顔認識システムで、動かなかった画像がゲーム機の中では生き生きとした表情であなたに語りかけます。しかも、新搭載の音声認識システムが、キーを打つ作業を不要にし、ゲーム機の彼女も音声で返事をしてくれます。


 実際の恋愛で深く心を痛めた経験のあるあなた。このラブ・コミュニケーション・ゲームの人工知能は絶対あなたを嫌ったり裏切ったりしません。あなたとゲーム機の中の彼女とのコミュニケーションレベルが、あなたに彼女が夢中になる時間に影響を与えるのです。

 さあ、あなたは、何日かけて彼女を「おとし」ますか。


 テレビで、新製品のCMがこれでもかと流された。しかも、あの話題のゲームのバージョンアップ版であるという安心感が多くの人の購買意欲に火をつけた。

 当時、僕には彼女がいたが、彼女と遠距離恋愛だったため、このゲームが彼女との距離を縮めてくれると思って購入した。

 ひさしぶりに彼女に会いに行く日、バックの中にゲーム機を入れた。ゲーム機を見た彼女は最初ちょっと嫌な顔をしたが、

「これがあのゲーム機なんだ。でもこれって、偽物の相手との会話なんでしょ。ちょっと変態っぽくない?」

「そんなことないよ。身近な人とコミュニケーションしながらゲームを進めていくって面白いよ」

「そうかしら」

「だって、僕らそれぞれの仕事の都合があって、お互いが会話できるリアルな時間って短いよね。君に迷惑かけずに、もっと話をする時間を作りたいんだ」

「でも、それって嘘なのよ。私の知らないところで私と話しているなんて気味悪いわ」

「だいじょうぶ。同じ話を後で君にするから」

 彼女はしぶしぶ同意し、カメラの前で微笑んだ。

 しばらくはとても幸せな日々が過ぎていった。彼女はますます僕との会話時間を短くしたが、その後何時間もゲーム機の「彼女」と話をし、僕らは十分理解し合った。

 もう、本物の彼女に電話することやメールすることが、面倒になってきて、ゲーム機の中の「彼女」を彼女にすることに決めた。

 ある日、とんだ事件が発生した。ハイビジョンに映る女性大臣をゲーム機に取り込み、自分の虜にし、勝手な政策をインターネット上の動画サイトで発表することがはやり始めたのだ。

「私は、少子化防止のため、六つ子政策を実行し、六人以上子どもを作らない三十歳以上の成人には、強制労働を科します」

「私の彼を大臣にするために、今日、私は引退し、彼に大臣職を委譲します」

など、など。

 驚いた政府は、本当の記者会見には「リアル」。ゲーム機の画像には「バーチャル」と右肩に映すことを義務化した。

 しかし、いたずらはより悪質化し、ついにゲーム機そのものが製造中止、強制回収となった。


 僕は、彼女と離れることは我慢できない。○○県境の山中に「彼女」をバックに入れ、隠れることにした。


「今日から、二人きりの生活だ」

「二人きりの生活ね」

「結婚しようか」

「ケッコンって何?」

「二人がずっと一緒にいることさ」

「二人がずっと一緒にいること?」

「そう、いいだろ」

「ええ、いいわ。ずっと一緒にいましょう」

 僕の「彼女」は、新しい単語が出てきたら、その意味をたずね、理解する。僕の希望に対して、否定的な返答をしない。それが、人工知能搭載のラブ・コミュニケーション・ゲーム2の特徴だ。

 僕は、この山奥の別荘に逃げ込んだ。人間との交流は、必要最低限にし、「彼女」と静かに暮らしてゆこうと思う。幸い、太陽電池パネルと蓄電池システムで、こんなところでも、電気だけは利用できた。

 誰にも邪魔されず、ずっと、ずっと、「彼女」と一緒にいよう。ずっと、ずっと……


 □ 五十年後 □


「今井、お前、よした方がいいぜ」

「だいじょうぶ。今どき、お化けなんかいるもんか」


 大学の休みを利用して帰省した山奥の俺の故郷。幼なじみの啓太が、もっと山奥にある朽ちた別荘に幽霊が出るっていう噂を聞かせてくれた。誰もいないはずの家の中から、女の声がするそうだ。

 実は、小学生のころ探検をして、その別荘に近づいたことがある。その時も、中から女の人の声が聞こえた。

「あなたの名前は?」

「ボク、今井アシモフ」

「そう、アシモフっていい名前ね」

 俺は、怖くなって逃げた。そのときは一人きりだったし、あそこに行くことは禁止されていたので、誰にもそのことは話していない。

 あれから十年以上経って、本当のことが知りたくなった。俺は、あの時と同じように、一人で別荘に向かった。あの時は大きく見えた建物も今見ると、平屋の小さな廃屋だった。扉も窓も朽ちて開きそうもない。

 ただ、自然の一部に見える建物であったが、不思議なことに、その建物の屋根の上には、自然とは決して同化しない太陽電池パネルが、永遠に利用できるような丈夫な造りで存在していた。


 建物の中を覗いていると、

「あなたの名前は?」

 遠い昔に聞いたのと同じ声だ。

「アシモフです」

「前にもここに来たわね」

 声は、俺を覚えている。

 俺は、入れそうな窓を半ば壊すかたちで、中に入った。ベッドが一つだけ置いてあった。ベッドの上の毛布をはがすと、白骨死体が現れた。服装からすると、男のようだ。多少驚いたが、こんなのはお化け屋敷の定番だ。

 俺は、ひるまず、建物の中へと進んだ。あの声が聞こえてきたと思える場所に進むと、ちょうど外で俺が声をかけられた場所が見える位置に、太陽電池パネルにつながれた小さな機械がぶら下がっていた。

「アシモフさん、こんにちは」

 この機械が、幽霊の正体だ。よく見ると小さな液晶パネルの中で女の人の顔が微笑んでいる。

「あんたは何だ」

「わたしは、寝室にいる彼と、ずっと一緒にいるの。約束したの。でも、彼は壊れたみたい」


 山奥の廃屋で見つけた機械は、調べてみると初期の人工知能を搭載した恋愛ゲーム機であることがわかった。しかも当時は使用も所有も禁止されてしまい現存しないと言われているレアものだ。

 昔、ロボット史の授業で、このゲーム機のことを聞いたことがある。ロボット開発の途上で製作されたものではあるが、いろいろ問題を起こして世間を騒がせ、今では歴史的汚点ということになっている。

 実は、俺の祖母がそのゲーム機のベースとなるデータを提供していたことを聞いていたので、ちょっと驚いた。去年亡くなった祖母は、若いころアイドルだった。

 しかし、そのゲーム機が爆発的ヒット商品になると、本人の存在よりゲーム機が優先され、虚構を維持するために、芸能界を追放されたそうだ。その後、失意の中で出会った祖夫と結婚し、世間から隠れるようにいなか暮らしをはじめたそうだ。


「お前の嫁さんと話すと、つい0342516を思い出すよ。不思議だなぁ」

 祖父は、最近ボケたせいか、時々祖母のことを数字で呼ぶことがある。理由はわからない。

 俺の結婚式には、親族としてその祖父も出席してくれた。

 数年前、ロボットと人間が結婚することが法律上可能になった。それだけ、ロボットが人間的になったということだ。しかし、俺が見つけたあの機械の中の「彼女」は、今までのロボットとぜんぜん違っていた。俺は、開発中のロボットの頭脳部分にそっくりあの機械を組み込んだ。ロボット工学の研究者仲間の間では、俺の開発した人工知能ということになっている。手足を持った「彼女」に俺は恋し、「彼女」も俺に応えてくれた。


 最後まで、反対していた母もようやく結婚を認めてくれた。その母が、

「結婚おめでとう」

「ありがとう」

 俺は応える。

「あなたもよかったわね」

 隣の「彼女」に向かって微笑む。

「ありがとうございます」

「二人とも初めての結婚なんだから、心配事があったら相談してね」

 遠慮がちに「彼女」は、

「わたしは二度目なんですけど……」

「えっ」

「いや、なんでもない」

 俺はちょっと汗をかいていた。


 「彼女」の特技は、ものまねだ。ディープラーニングともいう。一度見ただけで、そっくり再生できる。今日も家に帰ったら、母のものまねをしてもらおう。


                                 終わり

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人工知能 ディープ・ラヴ 野崎 順平 @junP_NOZAKI

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