4章(暫定版) えんかい・えんさいくろぺでぃあ
2人の女子高生からはチンコの写真要求されませんでした(挨拶)。
春は足早に去って行く。
この間まで夜の寒さに震えていたと思っていたら、日中に身体を動かせば汗ばむ陽気になっている。上着を着たり脱いだり、体温調節が忙しく且つ、体調を崩しやすい。おまけに、花粉症ときた。
「ヒノキだよなぁ、これ」
温まった外気に、混じる匂いが鼻腔を突く。気休めに毎日ヨーグルトを飲んでいるけれど、本当に気休めだ。本来無害な花粉を外敵と判断した我が免疫部隊が、勝手に戦闘準備を始めてくれるから難儀な話である。ダルい、熱っぽい、クシャミが止らないは、風邪の症状と変わらない。たまに悪寒が走って本当の風邪だったりもする。どっちにしろ、まともな活動の支障でしかない。
「これもまた、蒼ちゃんとの会話のネタだ」
我が身の不幸すらネタと喜ぶのはインターネット芸人の性だそうだが、とにかく女の子に送るメールのネタを仕入れなきゃならない現状も、似たような感じか。
「それに、一応、進んでるしね」
女子高生3人集めての、モンハンリアル集会所計画は、蒼ちゃん、美夕さん、ミャコちゃんの3人がモンハン経験者であったお陰で、すんなりとゴーサインが点った。恐るべきはその、世代障壁突破力である。40年に及ばんとする歴史を誇るガンダムですら、ファンの中で世代格差が生じているというのに、一つのゲームで繋がることが出来るというのは本当、どういう時代であろうか。
「ま、その反面、オンラインで知り合った中学生女子に手を出す悪党がいるって言うんだから、世も末だけど」
ゲームが切っ掛けで結婚する人たちもいれば、ゲームですら仲間はずれにされて引きこもる者もいる。オフパコと称して、ゲームが切っ掛けで出会って性行為に及ぶ場合だってあるそうだし、中には女子小学生すら被害に遭っているという。
何が運命で何が努力で改善できる項目なのか、そんなのは終わってみなければ分からない。いや、本当、こればっかりは、謎だ。
十人十色、個性百般、千差万別が人の道。なれど「結婚せよ」と世は強いる。「とりあえず結婚は正義である」と言いながら、夜の居酒屋では「嫁が怖い」「家に癒やしがない」と後輩たちに管を巻く。
愛の結晶たる子供たちは、親の暴力のはけ口にされ、時は殺され、生き延びても心に傷を負い、結局は離婚の末に貧困家族へ分類される災難もあるわけで。そこには愛があったはずなのに、結婚は決して幸せだけとは限らない。
『能書きは良いから、一回しておけ』
いやいやいや、それは相手に失礼でしょ。「社会的体面を保つために僕と結婚してください」とプロポーズする? そこには愛がないけど大丈夫? そもそも性欲があからさまに減退して10年、女性を熱烈に求めるという感情が湧き上がらないのは、単に多忙だけが理由じゃなくて、性欲の絡まない愛なんて存在しない、からじゃないかと思えてきた。
下心のある愛が失礼だというのなら、下心がなくて芽生えない愛で、どうやって永遠を相手に誓おう。とりあえず、当座の生活費が必要なので結婚してください、とでも言うのか? けど、男の場合は一人暮らしくなら現状維持でなんとかなるし、どちらかと言えば「あなたの生活費は面倒見ますから、どうか僕を労働力として家に置いてください」くらいまで自分の値打ちを下げないと、結婚なんてドダイ無理ではなかろうか。
「というか、そこまでして結婚したいかね?」
今ある金銭的精神的肉体的自由を自ら封印し、女房と子供の奴隷の立場に愛を信じて幸せだと
そんな事を考えていたら、アラフォーになってしまっていたんですよ、俺は。
というか同年代、男女に聞いても「子供は育ててみたいけれど、そのために結婚するのは負担が大きいよね」という意見が目立つわけでね。
一体、男女って何なのさ、と頭を抱えてしまう夜。
本当のところ、キャバクラにもフィリピンパブにも嵌まらなかった時点で、自分には夜の遊びは縁がないと思っていた。30過ぎてから遊びを覚えるとハマる、と警告はされていたけれど、40目前で一体ナニをやっているんだか。
そこも、理解不能なんだよなぁ。なんで既婚男性、そんなにキャバクラが好きなのかしら。お店に行けば確実に会えるから? けれど、どれだけ貢いでも「自分だけの彼女」にはなり得ない相手だ。裏ではホテル営業もあるかもしれないけれど、それにしたって割が合うとは思えない。フィリピンパブに入り浸って結婚しちゃって、海外の親戚に有り金吸い取られるって話も聞くけれど、そういう出会いが「アリ」で、援助交際はNGというのが、今の世の中なん?
「合コンでも婚活でもオフ会でも街コンでも、何でも良いけどね」
出会いは素晴らしい、と皆が言う。正確には『旨い汁が吸えた』皆は口を揃えて「外へ出ろ」とけしかける。
けど、それは「野球は素晴らしいから皆で野球しようぜ」と言って、全員が全員野球経験者か、という話だ。得手不得手はあるものだ。人の個性はそれぞれなのだ。恋愛が不得手で苦手で面倒だという人間に、「出会い」を強要して碌な事などあるものか?
極論、結婚なんてしなくても、偉大な結果を残した先人は山といる。中には遺伝子を残さなかったのが人類全体の損失、レベルの人もいたかも知れないが、結婚しなかったからこそ、その人は偉大な足跡を残せたのかも知れないのだ。
結婚しない、恋愛しないという選択肢は、なぜに市民権を得られないのか。そもそも長い歴史の中で、今ほど結婚と恋愛が強制されている時代はないのではない?
それとも普通の人々は、本当に「普通に」恋愛出来るものなのか?
だったら尚更、放っておいて欲しい。野球が好きな人間にサッカーボールをプレゼントしたって意味ないじゃない。どうしてそんな単純な理屈が、『結婚』というフィールドでは通用しないのか。
男が求める「性的な充足」と、女が求める「経済的安定」を、「愛」なんて曖昧模糊で無理矢理接着して成立させているのが『結婚』だ。少なくとも『結婚』が男女2人だけの問題になってしまってからは、それ以外の説明のしようがない。人間の脳内の恋愛感情なんて、三ヶ月で消失する成分なのだ。それ以降の関係を維持しようとしたら、「愛」以外の何かしかあり得ない。それを『子ども』でアップデートするのか、共同生活パートナーとしての『信頼と安心』を育んでいくのか、はたまた単なる同居人として適切な距離をとって良しとするのか、そこは人それぞれなのだろう。
『家』という強制施設がなくなった今となっては、『結婚』なんて不断の努力でしか維持できない。そういう重責を隠したまま、未体験の若者になぜ、結婚を強要するのか。
『俺も地獄に落ちたんだから、お前も落ちろ』
と勧誘されたって、誰が喜んで煮え湯を呑みに行くというのか。そんな意図で伸ばされた手は、踏みつけてでもご遠慮申し上げる。
別に、自然体で出来る人は、それで良いんだよ。好きにやってくれ。それが得意で良かったね。出来れば他人の所有物には手を出さないでね。あと、自分が出来たからって他人も同じように出来るなんて思い上がらないでね。
美容院に通った、量販店を避けてセレクトショップにも行った、本も沢山読んで女性の理屈にも得心が言ったし、外食にもそれなりの店が重要だと合点がいった。恋愛指南の究極目標が『相手の心を支配して自由にコントロールするゲームだと思え』だと辿り着いた時は流石に萎えた。
そこまでする価値が『恋愛』にあると信じられなきゃ、全部無意味な努力じゃないの。
そして残念ながら、俺には無理でした。そこまでして『恋愛』しても心の贅肉だわ。
となると、今の時代、『恋愛』からの『結婚』しか認められないという価値観では、結婚なんて夢のまた夢、画餅でしかない。詰んだ。死のう。
「……なんてことを、10年ぶりくらいに真面目に考えたな」
そもそも、結婚と恋愛では、使う筋肉が違うのだ。遊びと生活、どっちが大事かなんて、真剣に問うべき案件でもないだろう。遊びだけに特化して恋愛の末に結婚しても、破綻しかないじゃない。なのに世の中、生活だけに特化した人間には、恋愛が出来ない不肖の人間だと、落第のレッテルを貼りつけるのだ。
そっちがそう来るなら、コッチだって知らねーよ。頼まれたって結婚なんかするもんか、と捻くれたって道理とは思いませんか? 思わない? 屁理屈言う前に婚活の一つも始めろって言われても、サクラ掴まされる微食パーティに使うお金が勿体ないから、せめて恵まれない中東の人たちに寄付するわ、と開き直って30代。
……なんで15歳処女を買うなんて事になってるんですかねぇ?
自問して自戒して自省して自制を固く誓うものの、何かあったら辞世の句でも準備しておかなきゃならん面白事態に直面して、毎日がエキサイティングですよ、本当。こんなん、会社にバレたら大事じゃないですか。それでなくとも大損じゃないですか。何やってんですかアラフォーにもなって。バカなの? 死ぬの? うん、死のう。いやいやいやせめて蒼ちゃんに足を洗わせ、だからそれが無駄な出費だって言ってんでしょ、そりゃそうなんだけどさ。
と、心が千々に乱れる春爛漫……何が救いがたいって、自分が現状を楽しんでいるって事です。
あー、もー、半月前の自分を殺しに行きたい。
けれど、胸に堅く、神に誓って、これだけは言える。
これは、『恋愛』なんかじゃない。
『援助』なんておこがましい事は言わないし、人助けかどうかと言ったら微妙な案件だけれども、多分、どうにか現状を言い表す単語を探すのならば、『運命』とでも言っておくしかないのだろう。
今日まで独身でいたのはきっと、蒼ちゃんの手をギリギリで掴まえる為だったんだと。
……そうでも思わなきゃ、20万円を捨てる覚悟に相当しないじゃないですか。
というか、今度のモンハンリアル集会所、女子高生3人を半日確保するだけで、15万は飛んでいくんですけど。
その額全部蒼ちゃんに渡せば、一気にゴール突入なんですけど?
……本当、なにやってんですかね、俺。
たまに現実に帰還すると死にたくなるような残高を目の当たりにすることになるから、最近はなるべく考えないようにしていたのに。
「女遊びは金がかかるってこういう事か」
うん、多分、絶対に違う。
「もう、春のせいにして、踊って誤魔化すしかないな」
始めてしまったんだから仕方あるまい。
今更全部ご破算にするなんて、ノミみたいなプライドだって傷つくわい。
というか、
「なんで俺、こんなに金への執着がないんだ?」
考えてみれば、支払いに対して、渋ったり値切ったりした記憶がない。
言い値でポンと払って「ありがとう」が基本スタイルだ。
金は天下の回りもの。自分が払った分だけ景気が回って帰ってくるなら、気持ちよく使った方が良いじゃないの、というお気楽思考。
「うん、だからこそ、女遊びにハマっちゃ駄目なんだって、俺は」
人生40年、まだまだ気付きはあるものだ……そこ、手遅れとか言わない。
【モンハン女子会、楽しみにしていますね】
ま、蒼ちゃんがノリ気になっているなら、このくらいの出費、痛くないやい(吐血)。
で、なんでこんなに結婚を意識しているのか。
実は、結婚披露宴の音響進行アルバイトを意図しているからである。
今後、蒼ちゃんと関係を続けるにあたり、単にデートだけを重ねても、楽しいかもしれないけれど意味はない。と言うか、無為に遊ぶだけのデートに、俺が持たない(財布的な意味でも!)。
それなら、彼女をアルバイト助手として雇ってしまえばどうよ? と思いついた次第。
こう見えも、学生時代から始めて10年以上、1000組を超える結婚披露宴をこなしてきた過去を持つ男だ。今でこそ前線を退いて久しいが、当時の道具とノウハウは手元にある。それを蒼ちゃんに継がせるのは、彼女に他の稼ぎ扶持を与える、という意味で有意義だと思うのだ。
なんでそこまでやるの? なんて聞かれても、その方が面白そうだったから、でしかない。
この男の行動に、説明なんて求めても徒労だよ。自分が一番戸惑っているんだから!
「ま、映画館デートよりは刺激的でしょ」
社会に触れるチャンネルは、多ければ多いほど身になるもんだ。一つとして同じ式がない結婚披露宴は、様々な人生を垣間見られて飽きが来ない。何より、俺が圧倒的イニシアチブを握られる!
……知っているか、少女に説教する行為に快感を感じる生き物を、オッサンと呼ぶんだぜ。
そんなこんなで裏工作に邁進しつつ、ハーレムデートのXデーは、止まることなく近づいてくる。
あれ、俺、全然モンハン、遊べてなくない?
「あの、わたし、その、人違いだと思います」
やーらーかーしーたー!!
「あ、ミャコちゃん?! うわっ、超失礼、すいません。ゴメンナサイ」
スパッと晴れ渡った抜けるような大空。行楽に最適な暖かな春の日に、あえて不健康にゲームに興じる一大イベントで、のっけから大爆死したバカ一匹。
ミャコちゃんと美夕ちゃんを間違えるという大チョンボ。おまけに、ミャコちゃんだけはキチンと、時間前に来てくれたというのに。
……人の顔覚えるの、苦手なんすよ。なんて言い訳をして良いわけない。
「なんか、前と印象違わない?」
「え? そうですか?」
前回はもっと、化粧がコテコテしていた気がするし、ホットパンツにTシャツというラフな格好と生足に意識が奪われて判断力が低下しているのかも知れない。うん、現役女子高生の素足にこれほどの威力があろうとは。
「とりあえず、今日はよろしくお願いします、先生」
「せ、先生とか大げさ過ぎです」
「んにゃ。美夕さんはともかく、蒼ちゃんがポンコツなのは確認しているから。今日はほとんど、保護者のつもりで、導いてくだされ」
女子高生3人に囲まれてモンハンするからって、浮かれているわけにはいかない。うん、財布は川に浮くくらい軽くなりましたけどね。って笑えねぇよ、それ。
「で、あとの2人が遅い……待ち合わせ場所、分かりづらかった?」
「あ、その、初めてなので少し迷いました。でも、ちゃんと分かりましたよ」
新大阪駅3階、千生り瓢箪前。
新幹線が停まる以外には何の価値もない『新大阪』という駅の中では、唯一開けていて、それなりに待ち合わせが可能そうな場所である。
「というか、大坂生まれの大坂住みのくせに、新大阪知らないとか」
「いや、その、待ってください。新幹線なんて滅多に乗りませんし」
軽いカルチャーショックだった。外から来る客にとっては新大阪は「玄関口」なのだが、内の住民からしたら、梅田よりキタは生活範疇外と来ている。そりゃ、新大阪なんて駅を出たらオフィスビルくらいしかない街だ。そのくせ、御堂筋線と東海道新幹線とJR線が複雑に絡んでいるため、慣れていないと確実に迷う、と来ている。
「ま、梅田ダンジョンよりはマシか」
「わたし、ひとりで梅田歩けませんよ」
「おい、関西人」
「メインは日本橋ですから!」
とりあえず、軽く笑える話題で、出だしの失敗を払拭しよう。出来てなくても、そう思い込もう。というか、俺はこのままミャコちゃんと二人きりでも楽しいけれど、肝心の蒼ちゃんはどうしたよ?
「すいません、遅れちゃって」
「いやいや、そんなに待ってないから大丈夫。こちら、ミャコさん。フォローはしていたよね?」
「あ、はじめまして。よろしくお願いします」
続いて現れたのは美夕さん。今日もまた、肩出しルックとは攻めのコーデ。こちらは黒ストッキングで渋く決めていて、要所要所にアクセサリが煌めいている。
「あ、そのリップ、使い勝手どうです?」
女が3人寄れば
「ううむ」
「連絡、取れないですか?」
「蒼ちゃん、携帯もってないんだよね」
「あ、そうか。LINEはパソコンでも出来るから」
「え、蒼ちゃんLINEやってるの?」
「女子垢同士でグループ作って、やってますよ」
知りたくなかった、そんな事。
「ま、昨日は普通にDMくれていたから、単に迷ってるだけだと思うけ……来た」
「え? どこです?」
改札口とは明後日の方向から、小走りに近づいてくる子猫が一匹。金髪、マスク、白長Tに黒ジャージと、ちょっとそれデートの出で立ちじゃないですよね? とツッコミたくなる要素はあるけれど、一応キチンと、本命のご到着。
「すいません、遅れました……」
蚊の鳴くような、すこしハスキー入った謝罪。
「んにゃ。こっちこそ、分りづらい待ち合わせ場所でゴメンね」
オッサン一匹に少女3人。傍から見たらどんな絵面か気になるけれど、ともかく本日、ひたすらにモンスターを狩るために、4人はここに集結した。
「んじゃ、テキトーにお菓子と飲み物買い込んで、移動しよか」
少女の時間を金で買うオッサンと、若さを売ってお小遣いを得る女子高生のパーティが、新大阪駅の中を一列で貫いていく。まるでルイーダの酒場で仲間を募集したばかりの勇者の気分だ。とりあえず下見は済ませてあるのでスムーズに、駅から5分のアパートの一室に到着する。
1時間1000円の、貸し会議スペースを5時間。ソファ付きのユッタリフロアに招待されて、とりあえず電源コードを準備する。女の子3人はソファ側で。オッサンは床、ではないけど少し離れたスツールに。
「とりあえず、集会所を作っちゃいましょか」
別に急ぐ必要はないけれど、積もる話があるわけでなし。目先のゲームに没頭するフリをしながら時間を稼げば、多少は潤滑油も回るでしょ。そういう意味でも、まず目的が与えられるゲームは有難い。共通の敵を協力して倒せば、自然と連帯感も生まれるだろう。倒せなくてもそれはそれ。一緒の時間を共有したという積み重ねが大切だ。それにこれなら、蒼ちゃんと直にコンタクトを取る必要がない。こちらは女の子同士のキャッキャウフフが見られればそれでいい。
「あの、これ、どうしたらいいですか?」
いきなり蒼ちゃんが、必要な素材の見方が分らずに困惑している。お前さん経験者じゃなかったんかい、とか言ってはいけない。ネット上でのイキッた饒舌はあくまでキャラクターであり、1人では何とも心細いあどけなさが、この子の本性なのだ、多分。
「あ、ちょっと見せてください」
と、ミャコちゃんが身を乗り出す。ありがてぇありがてぇ。その太ももが拝めるだけでありがてぇ。じゃなくて。中学生の妹がいるというミャコちゃんは、こういう時に実に頼りがいがある。本当、選んで良かった。え? 俺は何をしているかって? 国語辞典くらいあるガイドブックを片手に、とりあえず蒼ちゃんと美夕さんの装備をあつらえる下準備してますですよ。
「では、先生、よろしくお願いします」
「だから、先生って止めてください」
ミャコちゃん、G3級。アキラ、上位の入り口。美夕さん、下位。蒼ちゃん、下位初期。
パーティを組むってレベルじゃないですね、これ。美夕さんと蒼ちゃんの防具を作らないと上位に行くのもままならない。
「大丈夫です。わたしが0分で仕留めますから」
「おぉ。頼もしい」
ミャコちゃんの大胆発言に、思わず残り3人がハモった。
実際、他の3人がえっちらおっちらフィールドを走っている間に、ミャコちゃんがモンスターを捕捉。俺がなんとか狩猟笛でサポートしている間に、モンスターが瀕死、もしくは即死、という流れでリアル集会所が進んでいく。
「あ、お菓子食べて食べて」
適当に買い込んできた観光客向けのお菓子を、片っ端から机の上に開けていく。1人じゃ絶対買わないモノばかり。色とりどりの包装紙がバラ撒かれて、なんともカラフルな景色である。
さて、そろそろ1時間経過。ゲームに疲れる程でもないけれど、この面子で黙々とゲームしてても仕方ない。ちょっと意地が悪いけれど、折角なのでお仕事の話でもしますかね。
……知っているか、少女に説教する行為に快感を感じる生き物を、オッサンと呼ぶんだぜ。
知ってるよ。今日はその快感のためだけに、15万円を下ろしてきたんだ!
「4の頃はさ、ゼニーの無限増殖とか、出来たよね」
ひと狩り終わって、それぞれがアイテムの整理や装備の買い物チェックをしている隙間時間に、唐突に会話をねじ込んで行った。
「あ、ありましたね、そういえば。なにか調合するんでしたっけ?」
うん、ミャコちゃん、リアクションありがと。他の2人は「何言ってんだコイツ?」みたいな視線を向けてくるけど、無問題。
「角笛と解毒薬を半額で買って、調合して解毒笛にしてから売ると、30ゼニー儲かるってバグがあってさ。ひたすら解毒笛を調合していた記憶があるよ」
「現実にも、そんなこと出来たら良いですよね~」
と、ここまでなら只のゲームオタク会話。
「現実だって、似たようなもんだけれどね?」
女子高生3人の動きが止まる。視線こそ向けてこないけれども、「何かヤバいこと語り出したぞ、こいつ」という警戒信号が発令中。
「だって、材料を仕入れて、それを機械で加工して製品にして、出荷して儲けを得ているわけじゃん。ゲームと違うのは、作った物が、全部決まった値段で売れるかどうかって問題だけど」
「売れるものを作らないといけないって話ですか?」
美夕さんは、この話がどこに向かうか心配しているのか。
「売れるものを、キチンと儲けが出る値段で、ね」
ちなみに今日の会議室は、1時間当り1000円である。目の前の女子高生たちの時給がその5倍であることを考えたら、利益になるのかどうか心配になったりするが、実際、月10万円の家賃と考えたら、一月に100時間以上稼げばいいわけで。あとは管理人の人件費とかあるだろうけれど、きっと多分、それ以外のカラクリも動いているに違いない。空き部屋にするよりマシとか、そんな大人の事情が。
で、目の前の少女達。時給5千円のデートを毎日1時間ずつ受注出来れば、月の儲けは15万。高校生にしたら破格の収入だろうけれど、それだけの自由時間の確保と、何より顧客管理が大問題だろう。15人の固定客が居たとしても、それを毎日スケジュール管理して、常に笑顔を維持し続けなきゃいけない重圧に耐えられるか? 俺なら無理ですゴメンナサイ。
「原価って聞いたことあるでしょ? コストでも良いけれど。要は、部品一個一個の値段を足していって、それを作るのに何人が必要で、一個当り作業時間はどれだけかかって、最後に梱包する袋や箱の値段、トラックで運ぶ運賃と倉庫代まで計算して、それを全部合わせたもの」
「マクドナルドのコーラが0円とか、そういう話、です?」
ミャコちゃんも、そういうネタは知っているか。
「そうそう。でも現実は、ちょっとバカらしくてね。
原価3割って聞いたことある? そうやって足し算して算出した原価に、管理費やら他の社員の人件費をザックリと7割上乗せして、最終的な売値にしちゃうの。全部が全部そうじゃないけれど、外食産業なんか概ね、原価3割以下じゃないと成り立たないみたいね」
「え゛、じゃぁこのお菓子とかも、売ってる値段の3割くらいしか、かかってないんですか?」
「逆に言えば、スーパーで半額で売っても儲けが出るカラクリだよ。もちろん、割引無しで売れれば儲けがチャンと出るから嬉しい。嬉しいけど、実際は売れ残ったり、
おまけに、会社ってのは、製品を造る人だけじゃ無いからさ。社長とか営業とか、自分では製品を造らない人たちの給料も全部、商品を売ったお金で養わないといけない。で、そういう人たちの人件費は、ザックリ7割の中に含まれちゃうわけ。社長が一週間ゴルフで出かけていたり、営業の人が夜に呑みに行くお金とかも、全部ザックリ」
15年、17年の人生で、どこまで想像力が働くのか。小学生に話すわけじゃ無いから、こっちも説明を端折っているけれど、ゲーム画面を見ながら耳だけはコチラに集中してくれているから、どうやら聞く価値があるらしいと判断してくれたようだ。
「で、さっきのゲームの無限稼ぎの話。これをやっているのが、金融とか投資とか言われている世界でさ。あの人達は、現実のお金をやり取りしている訳じゃ無くて、データ上の数字を弄くって、一応の計算式の下でお金を増やしたり減らしたりしているわけ。でもそれが、瞬時に現金に変わるわけじゃないし、その増減の計算式が、本当に真っ当で公正で良心的なものかどうかは、そのルールを作った人にしか分らない。銀行の引き出し手数料が、顧客に対して真っ当な値段かどうか、こっちが決められないみたいなもんね。
それに現在、データ上でその辺を飛んでいるお金を全部合わせたら、実際に印刷されている札束の何十倍もの現金が必要になるっていうんだからさ。こりゃもう、雲を掴むような話でさ。真面目に働くのがバカらしくなって来ない?」
「え? じゃ、ある日いきなり、みんなが銀行に殺到したらどうするんです?」
美夕さんの疑問は尤もだ。尤もだと思うよ、本当に。
「どうするんだろうね? 多分、窓口を閉めて逃げるんじゃないの?」
「そんなの、通用するんです?」
「そんなのを、全力で通用させてるのが、今の世界経済の仕組みなんだもん」
さて、世界の欺瞞を剥ぎに行きますか。
「昔はね、ちゃんとあったのさ。そういうバブルを防ぐ仕組みが」
「そうなんです?」
「例えば、1万円」
現物を取り出したりはしないけれど、判りやすい単価として提示する。
「これ、昔は、何グラムの金塊と交換できるって、決められていたんだよね」
「江戸時代とかの話、です?」
「違う違う。ごくごく最近。金本位制って言ってさ。どこの国も、持っている金塊の量以上の紙幣は、印刷しちゃ駄目だったの。さっきの話、お客が『やっぱり金塊に換えたい』って窓口に来たときに、ちゃんと金と交換できる。それが紙幣の売りだったのさ」
「今は、違うんです?」
「うん。だって、今のお金、根拠ないんだもの。一応『国が保証しますから、国を信用してください』っていう建前だけれどね。多分、本当に危機的状況に陥ったら、金持ちと国は逃げて、被害者だけが野に溢れるよ。というか実際にそういう危機が起こってる。
今の不況だって、元を辿ればそんなバカな話だよ。土地を買えば、半年で地価が上がって、またその土地を売って新しい土地を買っての土地転がし。マンションを持っていればそれだけで値段が上がって小金持ちになれた時代。だけど、そんな土地の値段が、いつまでも上昇し続けるはずがないじゃん? 小学生でも分る話を、大の大人が分らずにハシャいで遊び散らして、何も残せずハジケちゃって、残ったのは紙くずだけ。
それが、君たちが生まれる前の話」
そして、俺たちが直面した、就職氷河期の原因だ。正社員への道は断たれ、今のように派遣が無かった時代。何が何でも、どんな仕事でもとにかく就職できれば、どんな地獄のような環境でも耐えるしか無い、と改善を願って平蜘蛛のように這いつくばって耐えた時代……まさかそれが、20年経っても改善されないどころか、悪化の一途を辿っているとはね。
本来なら、月給として年齢×10万円は貰っているべきという社会システム。あらゆる支払いが、そのくらいの年収を意図して組まれていた。結婚も出産も育児もローンも、全てが。その根本の収入がズッパリと断たれたまま、生まれた子供が成人して就職するだけの年月が過ぎている。
どうなるか?
まともな職に就けず、まともな年収が望めないまま結婚し、出産し、育児した家庭に待つのは、支払いきれない生活費とローンと学費に見舞われる、貧困への道だ。
そういう世代の子供達が、今、目の前に居る。
自分が早くに結婚していたら、娘はこのくらいの年になっていてもおかしくない。
けれど、自分の時は、とても結婚するだけの金銭的余裕なんてなかった。深夜残業朝帰り、休日出勤がデフォルトで、おまけにサービス残業のおまけ付き。コスト削減だけが正義とされて、人間としての尊厳なんて捨てなければ生きられなかった。
そんな地獄のような環境でも、結婚する猛者はいた。出来ちゃったから、愛が故に、たまたま正社員になれたから。いつか、景気が良くなると信じて。
その判断が正しかったかどうかは判らない。いつか俺も、若い頃に結婚しておけば良かったと、枕を涙で濡らすのかも知れない。
けれど、『貧乏でも家族が居れば幸せ』なんて幻想は、この20年で確実に崩壊した。気がつけばこの国は、身体を売らないと食べていくのもままならない子供たちを、見て見ぬふりして放棄する国に成り果ててしまった。
生活保護を受けている母子家庭の少女が、頑張って勉強して勝ち取った奨学金を、『臨時収入は贅沢』といって没収する役所が実在するのだ。本当に少子化が問題で、若い世代に将来を託そうと思うのなら、大学までの学費を国費で見るくらいの気概があって当然だろうに、先立つものが無ければいとも簡単に、国は民を見捨てる。
そんな時代だからこそ、明らかに今の援助交際は、かつてとは事情が異なる気がする。そもそも社会全体に余裕がなさ過ぎる。あの頃は、贅沢さえ望まなければ、身体を売ろうなんて発想に至らなかっただろう。勿論、そこまで食い詰めている子も居たかも知れないし、イジメや、グループへの帰属の見返りとして、ウリをさせられた女の子も居たかもしれないけれど。
今は、普通に生活するために、身体を売って稼がないと成り立たないところまで、追い詰められている子供がいる。
何時の時代の発想だよ。東北の娘の身売りが当たり前だった時代への逆行かよ。子供を労働力として数えなきゃ成り立たないほど先進後退国なのかよ。昨今の回帰願望ってそういう事? もっかい家父長制度からやり直さなきゃ立ちゆかないくらい、落ちぶれちゃったの、大日本帝国様は。
とまぁ、そんな背景を知らない少女たちに語ったところで、自己満足どころか自慰でしか無いのだけれど、だからこそ言うのさ、ハッキリと。
「だから本当、お金に振り回されて身体まで売っちゃうなんて、バカな話よ」
「けれど、やっぱり、先立つものはお金ですよ」
「それに、綺麗事だけじゃ、お腹は膨れないですし」
「やらなくて良いなら、こんなことしないし」
うんうん、みんな、すなおでよろしい。
というわけで、もう少しだけ、踏み込むかな。
「うーん、綺麗事云々というかね。貨幣ってそもそも、何なん?」
「お金は、その、お金じゃないんですか?」
「品物を売買するのに必要な、通貨ですよね?」
「あの、準備できたんですけど」
蒼ちゃんの脱落宣言でゲーム再開。再開するけれど、画面の向こうでモンスターと死闘を繰り広げながらも、現実的な話題だけがザクザク進む。
「そもそも昔はさ、物々交換だったわけよ。モンハンで言うなら、素材さえ狩ってくれば、村の鍛冶屋が武器と防具を造ってくれていたわけ。その分、ハンターは余った素材や肉をを、村人に分けたりもしていただろうけどね」
「分業体制が出来ていたって事ですか?」
「村々で自給自足が成り立っていたんだよ。衣食住に、医者さえ居れば、小さい村なら互助制度で何とか回っていたわけさ。けれど!」
狩猟笛をぶん回す。珍しくモンスターの頭部にヒットして、相手は気絶して倒れ込む。すかさずに溜め斬りをぶち込むミャコさん素敵スギ!
「国を回すとなると、それじゃ不便なの。各村から集めた税金を、全部村の特産品で納めさせたら、倉庫は要るわ腐るわ再分配出来ないわで、面倒しかないからね」
「……税金のために、お金が生まれたんです?」
「というか、便利が良かったんだろうね、その方が。世界で最初の貨幣制度は、大麦の束だったらしいよ。次が銀の重さ。で、紀元前にようやく、硬貨の元祖が創られる。
この硬貨の価値ってのが曲者でね。この硬貨には何グラムの銀が必ず入っています、というのを、王様が保証しているんだ。領民は『あの王様が保証してくれるなら』という同意で、その硬貨での品物の交換や、納税を納得したわけ。だから硬貨偽造は国家反逆罪の大罪でね、そりゃ厳しく、取り締まられたらしい」
淡々と、武器を振るうかけ声と、モンスターの悲鳴が木霊する。が、ここまで来たら止りはしない。今日は元々、このネタを語りに来たんだ。
「けど今は、ぶっちゃけ貨幣そのものには、価値はないんだよ。1万円札の原価が2円って知ってる? お腹が減ったからって、100円玉を飲むバカはいないでしょ? けれど、皆は1万円札を有り難がって使っているし、100円でジュースを買って喉を潤すことが出来ている」
なぜか。
「皆が、その幻想を、共有しているからさ。
この100円は、俺も蒼ちゃんも美夕さんもミャコちゃんも、みんな100円だって信じてる。
この部屋の管理人さんは、俺がカードで支払ったお金が、日本銀行券として通用する価値があると、信じてる。
今日、俺がみんなに渡す1万円は、明日化粧品屋さんに使われたとしても、その店員さんは明日も明後日も1万円として通用すると、信じてる。
そこに、根拠なんてないんだよ。
明日にでも、『日本は破綻しましたゴメンナサイ』って時が来るかもしれない。それは5年後かも知れないし10年後かも知れない。未来永劫、日本円は変わらずに通用するのかも知れないけれど、残念ながら数千年変わらない価値なんて、存在した例がない。
だから、これだけは、覚えておいて。
紙切れに価値があるなんていう幻想は、今だけの、特別なお約束なんだ。
ましてやそれが、電子データに置き換わったら、尚更ね。
『信用』っていう『夢』を、みんなで見ているだけなんだよ、本当のところ。
そりゃ、例えばこのゲーム機を、ネジの一本までバラしてコストを計算すれば、1円の価値ってのが見えてくるかも知れないさ。
でも知ってるでしょ? 転売屋にかかれば、元の価値の数倍数十倍に、簡単に跳ね上がっちゃう。その値段にどんな根拠があるかなんて、不明だよ。ただ、『それで買うバカ』が存在する。それだけの根拠しかない。その値段にどんな意味があって、その値段にどんな綿密なコスト計算があって、その値段にどれだけの根拠があるかなんて、関係ないんだ。
『それで買う人が居る』。
最低限の原価をクリアさえすれば、そこにどれだけ上乗せするかなんて、そんだけの話なんだよ。だからブランド品なんていう幻想が、商売として成り立つわけ。あれは、商品の綺麗さとか頑丈さとか使い易さだけで、評価された価格じゃないでしょ? 皆が「あのブランドは素晴らしい」っていう幻想を共有して、そのブランドを身に着けられる事こそがステータスだと信じているから、成り立つ商売なわけ。
世の中なんて、そんな曖昧な価値観で回ってるんだよ。
もちろん、生活にお金は必要さ。化粧品だって欲しいだろうし、整形する自由だって否定しない。稼ぐのは生きるためだし、多少はアコギな事もするだろう。けどさ」
ミャコちゃんがモンスターを追い詰める。珍しく、蒼ちゃんが最前線で戦っている。美夕さんは負傷して回復中だ。俺は用意しておいた回復笛を吹き鳴らす。
「そんなテキトーで曖昧で幻想的なお金なんかに振り回されんの、バカらしいと思わねぇ?」
「はぁ」
「まぁ」
「あ、勝った」
渾身の演説は、聴衆には不評だった。
そりゃそうである。今日ここに彼女たちがいるのは、単にお金が貰えるから、でしかない。俺だって、あの話で彼女たちが感涙に咽び泣くなんて、期待しちゃいない。
ただ、
「ちゃんとモノの価値を見極めないと、簡単に騙されるよって話。欲しい物に付いている値札が妥当かどうかぐらい、自分で判断出来なくちゃ、損する一方でしょ?」
「アキラさんにとって、今日のこのリアル集会所は、妥当なんですか?」
おおぅ。美夕さんから手痛いツッコミ来た来た。
「ん~、どうだろね? コスパは無茶苦茶悪いけれど、一生の思い出にはなるんちゃうかな」
「うわ、超テキトー」
イイネイイネ、ゾクゾクしちゃう。
「だって、自分で稼いだ金だもの。どう使おうと、自分の勝手じゃん」
ま、一生のうちで『春を買う』予算なんて、今まで組んだこと無かったんですけどね。
「ちなみに、ざっと今日の出費を言っちゃうと、大卒の初任給くらいは軽く飛ぶわけなんだけど……自分たちは、それに見合うだけの時間をちゃんと演出出来てる?」
キャバクラで働く女性並みの時給を貰っておきながら、それに匹敵するだけのサービスなんて、果たして理解できるかどうか。男性からのセクハラ発言や執拗なボディタッチ、時には身辺を探られて、盗撮やストーカー紛いの被害も確かにあろう。
けど、それもこれも全部、「お金が欲しい」という自分の欲求から出た身の錆だ。確かに同情もするし大変だと思うけれど、わざわざ好き好んで、『世界で一番ダメな男たち』に会いに行ってるのもまた、事実なのよ。
女子高生をお金で買おうなんて大人に、まともな奴がいるわけないじゃない。
素敵なパパ? 優しい彼氏(仮)? そんなのブッチャケ居るわけねぇ。
「ま、それはそれとして、だ」
箱を開けちゃったお菓子は食べなきゃ勿体ない。テキトーにバリボリとしながら、ミャコちゃんと目配せしてモンハンは進めていく。微妙な空気と相成りましたが、まだまだ第二幕が待っている。
というか、どっちかというと、次が本命。
【学校で売春が駄目な理由をしっかりと教えてもらえなかったから、体を売ることの何が悪いのかいまいちわかっていない】
ここをシッカリと、絞めるとしましょうか。
「どうして、売春が職業として駄目なのか、わかる?」
「道徳的に、とか、そういうお説教ですか?」
美夕さんが警戒モードから敵対モードに切り替えてきた。ま、この子はどこか「お姫様」的雰囲気があるから、自分が主役じゃ無い今日のようなデートは不快なんだろうけど、知ったこっちゃない。
こっちは金払ってんだから(サイテーな言い訳)。
ま、それでなくてもデート援という代物は、レイプされたり本番を持ちかけられたり、結果として性的行為に発展する可能性が非常に高い。というか、デート援にお金を出す男の9割は、仲良くなってワンチャン狙い、がデフォルトだ。それでなくてもお金が目当ての少女達は、デートでは固定客が安定せずに稼げない状況に焦り出す。焦り出すとサービスを過激にする。過激にすると反応が増える。結果的に、本番まで一直線。というパターンが考えられる。
デートと本番では、単価が倍以上違うのだ。手っ取り早く稼ぎたいなら、春を売った方が効率が良いのは確か、に思えても仕方がない。
仕方がない、で済ませちゃってると、取り返しがつかないからこそ今、ここで引導を渡すんだけれど。
「君らに、倫理とか道徳とか説いてもムダなのはわかってんよ。俺だって、ろくでもない大人だしね」
だから、
「もっと、経済的な理由」
「でも、稼げる人は、月に何百万も稼げるって言いますよね?」
ま、若い娘が風俗なり夜のお仕事に求めるモノは、結局ソレなのだ。目先の金に釣られて、墜ちる。その先のことまで考えたら、とても続けられる商売ではないのだけれど、気がついた時には後の祭り。
「その、何百万稼げる期間って、十代後半から二十代前半まで、だけどね。
25歳~30歳だと、その半分くらい。30歳を過ぎると3分の1くらいまで激減して、40歳過ぎると、手元に15万入るかどうかって生活らしいよ?」
夜の商売白書なる統計のデータだ。数字はうろ覚えだけれど結局、30を過ぎたら贅沢できるような収入は望めない。おまけに、
「夜の仕事が長くなっちゃうとさ、昼の仕事に転職するのも難しいんだよね。経理とかパソコンとか、全然覚えていないから。で、夜の仕事を辞めることも出来ず、かといって稼ぎは減るばっかりで、50歳を超える頃には死ぬしか選択肢が無いって酷い状況になるって噂よ」
「でも、若い頃はやっぱり、それが一番稼げるんですよね?」
月収何百万というキラメキは、あらゆる難を誤魔化すだけのチカラがある。あるけれど、それは単に誤魔化しに過ぎないのだよ、残念ながら。
「ん~、普通の仕事ってさ、経験を積めば積むほど、効率も品質も上がって、単位時間当りの収入が増えるもんなんだよね。極端に言えば、半分の時間で同じ商品を作れれば、収入は倍になるわけ。
じゃ、売春はどう? 経験を積んだって、一月にこなせるお客の数は倍になるかい? 10年経験すれば、一人のお客を5分で捌いて次のお客に乗れる? そういう商売じゃないことくらい、想像つくでしょ?
おまけに、相手が増えれば増えるほど、性病のリスクが高まるんだよね。
これ、なかなかに厄介よ。性病って潜伏期間もあるから、定期的に検査しないと発見が遅れちゃうし、それに時間とお金を取られるのが必然。おまけに女の子の日があるからさ、一月に一週間くらい、絶対に稼げない期間が出てくるんだよ。その間、無収入って事になるけれど、そんな非効率な話はないっしょ?
あと、これが重要なんだけれど、内蔵って鍛えられないんだよね、筋肉と違って。
だから、アソコを鍛えに鍛えたら、10人連続でも大丈夫ってわけにはいかないの。普通の仕事は、鍛えれば鍛えるほど、長時間労働で効率よく、品質向上が見込める仕事が出来るもんだけど、売春は無理だよね。1日に相手を出来る数は上限があるし、そのたびにメンテナンスしないといけないし、体調が悪いと一銭にもならない。
これ普通の事務の仕事なら、一日に裁ける仕事はある程度増やせるし、その分自分が楽になるし、なんなら有休を取ったりして休んでも給料が貰えるんだよ。しかも、年齢が上がって経験を積めば普通は、給料が上がる。転職も容易になる。30を過ぎても稼ぎは増やせるってわけ。
ね、真逆なの。風俗とか売春って、若い頃だけが、特別なの。
あとは極端な下り坂。上る可能性はゼロに等しい。
普通の仕事と違って、他の職種でも活かせる技能なんてないし、毎日決まった時間に出社してっていう習慣が身につかないから、結局まともな転職も難しい。
勿論、例外はあるよ。目標金額を設定して、最短距離で稼ぐために夜のバイトを選んで、キッチリ卒業できる女の子だって、いる。いるけれど、それって結局、公表できない苦労じゃない。それなら、若い頃は多少安くたって、真面目にコツコツ努力した方が、将来的な自分の助けになるって、そう思わない?
夜のお仕事の高すぎるお給料って、裏を返せば、『お前らの将来なんて知ったことか』っていう社会のメッセージなんだよ。
あとね、売春が駄目なのは、日本だからってのも、大きい。
これがオランダとかみたいに、国から許可をもらって経営している風俗だったら、労働組合も組めるし、会社が検査や治療、入院も面倒見てくれるし、生理で働けない期間だって補償をつけられるかも知れないけれど、いかんせん日本は、全部、自己責任だからね。自分が好きに身体を売ったくせに、文句を言うんじゃねぇ、で終わっちゃう。
性を売るって言う商売を、プロとして誇りを抱けるようには、なってないんだよ。ま、それは未来永劫変わらないのかも知れないけれど、ましてや個人営業じゃ、時には強姦紛いの被害も起きるわけだけれど、日本じゃ『誘った女性も悪い』って被害者扱いしてくれないから」
誰に、とは言わない。けど、これだけは、言っておく。
「だから本当、売春って、割に合わない仕事だと思うよ」
「そんなの、学校じゃ教えてくれなかったですよ」
ミャコちゃんが若干、涙声になっている。
「ま、学校で教えるには、少しばかり生臭いし」
ついでに言えば、
「夜の仕事のエグいところってさ、女の子の稼ぎを、ホストに貢がせるように仕向けるんだよ。もしくは、ホストに狂って借金を抱えちゃった娘に、売春させたり。結局は、暴力団にお金が回るシステムになってる。これ、分かってても脱出が難しいらしいね」
相手は百戦錬磨の手練手管で攻めてくるプロなのだ。『女』を『商品』として扱うことに関しては、重厚なデータの蓄積と経験がある。20そこそこの社会経験でどうにかなるような、甘い世界じゃないんだよね、これが。
「たかが売春、と言うけれども、これが中々、闇が深いからさ。可能なら、近づかない方が無難なんだよ。
身体一つで寝てれば稼げる、なんて言うバカがいるけれど、実際は頭も身体も使う総合スポーツみたいなものじゃない。おまけに相手は、不潔で臭くてデブなオッサンなわけだろ? 望んで拷問受けに行くみたいなものじゃない」
さて、オッサンのお節介は、ここいらが限度かな。
これ以上演説を続けたら、ゲーム機をぶん投げられそうな雰囲気だし。
ま、楽しい話じゃあ、ない。
この憂さは、可愛そうだけれど、画面の向こうのモンスター達にぶつけて発散させて貰うとしよう。
「で、蒼ちゃんの装備は、どこまで揃ったんだっけ?」
話題を強引にヘアピンカーブに放り込む。会議室の予約時間まで、あと少し。結局、ゲーム自体にはめぼしい進展がなかったのが残念だけれど。
「もう少し、やっていきません?」
あんなエグい話の後で、まさかの延長を頼まれるとは思わなんだよ。
4月も下旬となれば、夕方5時はまだまだ明るい。
「もうすぐ、ゴールデンウィークですね~」
「学生はお休み多くて良いっすね」
謎の集団4人組が、休日のオフィス街を練り歩く。目指すはモンハンが出来る個室のある居酒屋。彼女らが、さっきの話をどうやって消化しているのかは知らないけれど、道行きの話題は月末の大型連休の過ごし方で、それなりに賑わっている。
「そろそろ、女子会したいよね」
「3日なら、予定合うんじゃなかった?」
「おまえさんら、襲われた場合を想定して、格闘技でも習ったらどうなの?」
「一応、カッターナイフくらいなら持ってますよ?」
「いや、いきなりカッターナイフを振り回せられるかって話だよ。相手に奪われたらどうしたらいいかとか、ちゃんと考えてある?」
「私、いざとなったら喉笛突けますよっ」
意外とおっかないことをスルリと吐くのは美夕さんで。
「喉笛って、おまえ……」
「金的と鳩尾狙えば良いんですよね?」
急所狙うの、素人がやると本当危ないと思うの。
「一回くらい、本気で金玉蹴ってみたいですよね」
ミャコちゃんもメチャクチャな願望を口にするな。
「お、俺を練習台にするのは止めてね」
往来で話すような事でもあるまいに、会話は弾むから仕方が無い。流れで飛び込んだ居酒屋で、アルコール抜きの雑談はダラダラと続く。続いていく。
「好きなの頼んで良いからさ」
「あ、だし巻き食べたいでーす」
「チーズ料理、ないんですか?」
気がついたら、テーブルいっぱいの一品料理の山が出来ている。
「蒼ちゃんも、どうぞ。美味しいよ、これ」
ミャコちゃんが自然と、本当に素直に、蒼ちゃんに料理を勧めていた。
「あ、でも、お腹空いてないから……」
今日一日、暗黙の了解で誰も話題にしていなかったけれど、蒼ちゃんは頑なにマスクを外さず、また、水も飲んでいなかった。5時間に及ぶゲームの最中も、だ。いくらなんでも、色々限界があろうというもの。
「あ、マスク取らなくても、食べられない?」
「え、あ、だったら……」
その瞬間を、凝視するような真似はしなかった。
けれど確かに、蒼ちゃんの前に並べられた料理の皿は空になり、彼女はウーロン茶をおかわりして、会話に参加していた。
うん、なんというか。
色々ゴチャゴチャ語るまでも無く、たったそれだけの事実だけで、今日の会は成功だったんじゃないだろうか。
「で、皆さん、ゴールデンウィークもデート援やるわけなの?」
「まだ予定は組んで無いですけど」
「せっかくの連休ですし」
「襲われる可能性もあるんだからさ、ほどほどにしときなよ?」
それでなくとも、今日一日で、一人あたり5万円が飛んでいくのだ。大型連休を遊ぶくらいの軍資金なら、多すぎる額だろう。
「定期さんが出来たら、もっと楽なんでしょうけど」
そういうのはミャコちゃんで、どうも今まで、ロクな男性と会ってないとの事。
「だからって、プチとかしちゃ、駄目だよ」
「分かってますよ、絶対やりません」
「けど、デートだけだと厳しいのも、確かなんですよね」
美夕さんの言葉には、やけに情感が籠もっていた。
「オッサンの半分は、地雷ですし」
「一体、なんでそんなに稼がなあかんの?」
そう言えば、美夕さんの目的をハッキリ聞いていなかった。
「韓国行きたいんです。整形しに。だけど親が厳しくて、ほんまウザいんですよね。一人で旅行くらいさせろって言ってるんですけど」
「美夕ちゃん、可愛いのに」
ミャコちゃんの賛辞も、美夕さんの耳には届かない。
本当、なんで女子って、自分の容姿にメチャクチャ厳しいんですかね?
ま、正面に座ってる蒼ちゃんだって、それで悩んでマスクしているわけだけれど……意外と食ってるな、この子。
「アキラさんは、ゴールデンウィーク、忙しいんですか?」
「ま、バイトの準備とか、色々かな」
「アルバイト? なんでです?」
おっと、まだ蒼ちゃんには秘密なんだった。て、別に隠すことでもないんだけれど、他の二人に聞かせる話でもないから。
「会社が倒産したときのための保険、かな」
「また、モンハン会開いてくださいよ」
「お金に余裕があったらね」
いや、もう、本当、勘弁してつかあさい。
けれど、今度こそ、蒼ちゃんと二人きりだ。
今日で、なんとか、向かい合って話が出来る空気は出来たと思う。
その時は、もう、こっちの想いを吐き出してしまおう。その代わり、こっちも、聞き出したいのだ。
一体どうして、処女を売るなんて行為に、走ってしまったのか。
それが家庭の事情なのか、単なる好奇心だったのか。
彼女の言っていた『貧困』はどの程度のものなのか。
パパとデート援嬢としてではなく、アキラと蒼ちゃんとしてでもなく、奇妙な縁で繋がってしまった一人と一人として、聞きたいのだ。
うん、多分、それだけのために、20万円を捨てても良いと、直感したんだ。
だから、今度こそ、リスタート。
どれだけ信用されるかは分からないけれど、なんなら大人になるまで、サポートをしたって構わない。
好いた惚れたは無いけれど、こうなったのも何かの縁だ。
相手の顔が見たい、から始まった好奇心が、相手の将来を見守りたいに、進化しただけの事。
どうせ恋人も嫁さんもいないのだ。
そのくらいの道楽も、長い人生の一時期に、あっても良いんじゃないでしょかね。
「さて、今日は長い時間、ありがとうございました、と」
気がつけば7時過ぎ。
結果的に8時間近く、少女達を連れ回してしまった事になる。
「いえ、こちらこそ、いっぱい貰っちゃってすみません」
「あ、じゃあ、最後にこれを、みんなにプレゼントで」
そうそう、用意していたのに忘れるところだった。
そうやって取り出したのは、ビニールの小さなトートバックが3つ。
「文庫本と、缶バッチ?」
「文庫本の方は、東京で色々と困っている女子高生たちの話。缶バッチの方は、大阪の女子高生が作ったって言う、痴漢防止の「泣き寝入りしませんバッチ」ね」
「え、そんなことしてる女子高生がいるんですか?」
「みんな意外と、地元のニュースには興味ないのね」
アラフォーのオッサンが、文房具売り場まで出かけて買ってくる代物でもないけれど。
「本の方は、読んだら感想聞かせてよ。どこにも居場所がなくって、難民になっちゃった女子高生の話、JKの感想っての、聞いてみたいからさ」
そのタイトルは『難民高校生』。例の『買われた展』を主催していた女性の著書だ。
その後書きに、こうあったのだ。
『もし、この本を読んで「自分にできることをしたい」と思ってくれたなら、ぜひこの本を母校や近所の高校、フリースクールや大学の図書館などに寄付してほしい。私は、今”難民”となっている高校生たちや”難民予備軍”の子どもたちや、彼らの近くにいる大人たち、そして、これから大人になり親になって行く大学生たちに、この本を手にとってもらいたいと思っている』
それを、援助交際の女子高生に渡すのが正解なのかどうかは、分からない。
渡しても、何の意味も無いのかも知れない。
ただ、まぁ、世界に一人くらい、こんなバカなオッサンがいたって、面白いんじゃないだろうか。
そう思ってしまったら、実行するしかないじゃないですか。
ByeByeBlue 河野辺山人 @fullbom
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