3章 ヒットえんどラン
「今ごろ蒼ちゃんも、花見くらいしてるのかしらん」
歴代の桜ソングを適当にチャンポンで口ずさみながら、一人、桜舞い散る並木通りを歩いていた。
新年度、新学期。少しずつ温まる気候に心も弾み、希望も高まり、草木萌え出ずる季節に、それは、突如として実行された。
ツイ消し。
それは、ツイッターにおける過去の発言を、消してしまう行為である。
失言や明らかな間違いであれば、一つや二つの発言を削除することはあるだろう。
けれどもそれは、軒並み、洗いざらい、一切合切、綺麗サッパリ、すべてだった。
目が覚めてその光景に出くわした時は、一瞬何が起こったのか分からなかった。
「ツイ、消しちゃったの? 蒼ちゃんの文章、ファンだったのに」
【ツイ消しは駄目かなと思ったのですが、やはりまだ十数年間しか生きておらず、無知で文章も拙い私が倫理や持論を偉そうに展開するのもいささかどうなのかと思いまして。もう少し学んで知識を身につけたらまた色々呟きます】
それでもシッカリと、プロフィールに残る醜形恐怖症の文字。
けれども、知っている。彼女がそれを、克服するために歩き始めたことを。
『顔ニモマケズ』という本がある。発売されたばかりのインタビュー集だ。『どんな「見た目」でも幸せになれることを証明した9人の物語』というコピーの添えられたインパクトのある表紙に心を鷲掴みにされて、一も二もなく蒼ちゃんにプレゼントしていた。
醜形恐怖症。己の容姿に苦しむ人々。その本は、先天性や後天性の疾患で、顔に様々な障害を抱えながらも前向きに進み続ける人々の言葉で編まれていた。
血管に、骨に、頭髪に、リンパ腺に、遺伝子に。原因は様々だけれど、一目で異形と分かる人々は、著者のインタビューに、時に笑顔を、時に涙を浮かべて、それでも強く声を揃えた。
「でも、この顔でなければ出会えなかった人たちがいるから、私は、この顔で良かった」
それは強がりでも開き直りでもない、長年の葛藤の末に辿り着いた、受容。
もちろん蒼ちゃんが、昨日の今日で辿り着ける境地ではない。彼女はこれからも、自分の容姿と社会との関わり方を、苦しみながら模索していくのだろう。
それに付き添えるのかは分からないけれど、光の方向は示した。あとは一人でも辿り着けるだろう。それはそれとして。
「次のデート、どうしよう」
とても二人きりで時間を潰せる自信がない。
そもそも食事が無理という条件がハードだ。いや、別に映画館で黙々デートでもいいのだけれど、こちらの目的は彼女に援助交際から足を洗わせることである。
処女という武器を封じてしまえば、他の男に会うのも困難となろうし、定期で月5万円のパパが他に簡単に見つかるとも思えない。
けれど、こちらの手の内を晒すのは、時期尚早だと思われた。彼女はいまだ日々、自分は汚れてしまったと思い続けている。それはそれとして、阿呆な事をしたツケとして、受け止めるべき感情だと思うのだ。
どちらにせよ、面と向かって込み入った話をするには、あまりにも親睦が足りない。
あと二回は援助として会って、こちらへの警戒心を解くべきだと感じていた。
では、彼女の警戒心を弛めるに足る、デートとは何だ?
……ここは助っ人を呼ぶべきではないだろうか。
【援垢女子とつながりたい】
次に攻めるべきポイントは、そこか。
「いわゆるメンヘラですね」
創業40年の老舗の喫茶店で、桜ケーキセットのクリームソーダに浮かぶアイスをスプーンの先で撫でながら、目の前の少女は躊躇なく断言した。
「メンヘラですか……」
「メンヘラはめんどくさいですよ~」
淡々と返す言葉に、籠もる感情はない。タイミング的には、タバコを一服くゆらせて、こちらの顔面に副流煙を吐きつけてもおかしくない雰囲気だ。
美夕さん、17歳(自称)。愛嬌ある丸顔に濃いめの化粧を載せ、まだ4月だというのに胸元広めのセーターで色気を立ち上らせる、デート専門女子高生である。体型的ではなく、纏ったオーラが分厚くて、年上男性の扱いの手慣れた感から、「この道15年のベテラン」と言われても頷いてしまうだけの、重厚感に満ち満ちている。
【援垢女子とつながりたい】
そう呟いた蒼ちゃんと美夕さん(さん付けしてしまう程の貫禄!)は、相互フォローの関係にある。実際にはウェブ上で二言三言やり取りしただけで面識は無い、との事だったが、この際、何も知らない相手に頼るよりは良いだろうと判断して、平日の夕方にも関わらずデート援を申し込んでみた次第。
「まぁ、私は、お金さえもらえれば、何でもお手伝いしますけどね?」
ガラステーブル越しに向き合い、桜ケーキを一口。スプーンを咥えたまま上目遣いで首を傾げる仕草は、店の雰囲気と相まって、昭和の出会い喫茶にでも迷い込んだ気分になる。うん、ちょっと口周り舐めすぎて、せっかくの口紅落ちちゃってるけどね。
「相互フォローしている女の子が多すぎて、誰だかよく分かってないんですけど」
注文を済ませて開口一番、蒼ちゃんを知っているかと問うた自分に、美夕さんは困惑気味にそう返した。自分が蒼ちゃんと定期契約をしている旨を伝え、蒼ちゃんのアカウントを示すと、「メンヘラですね」と冒頭の会話になったのだ。メンヘラとは「精神疾患、精神障害を抱えている人」を示すスラングである。事のあらましを掻い摘まんで話した結果の
「いや、たまにいますよ、こういう子。私もいちいち覚えていないんですけど、この子……自傷行為って感じしません? リスカする代わりに、男に傷つけて貰おう的な」
リスカ=リストカットは、自殺のためで無く、生きている実感を肉体で感じたいが故に、自分の肌に刃を当てる行為だ。血が流れている時間の独特の感覚に気分がスゥッと冴えていくらしいのだけれど、経験はない。美夕さんは、同年代の女の直感として、蒼ちゃんの処女売春は、それと同じだと断言する。
「手首とか、どうでした?」
「いや、ごめん。全然気にしていなかった」
が、思い出せば他にも数人、【リスカ跡あっても良ければ】だの【太もも切ってても気にならない人】だの、物騒な文をプロフィールに載せていた女の子がいた気がする。
「どっちにしろ、こんな風に処女売ろうなんて、ちょっとまともじゃないですよね」
「ちなみに、まともな子は、どうするの?」
「相場知らずに売っちゃう子、多いですよ。2人知ってますけど、2と3で売っちゃったって言ってました。5は堅いよって教えてあげたら、すっごい悔しがってましたけど」
歯に衣着せぬ台詞は、自分がどんな事を話しているのか、まるで無頓着な風情だ。そんな事、日常茶飯事じゃないですかと語る17歳には、自分とは違った業界を渡り歩いてきた凄みが漂っている。
「じゃ、最近、ツイ消ししちゃったのは?」
「うーん、メンヘラって、全てがその瞬間の気分次第ですから」
「……なんでそんなにメンヘラに詳しいの?」
「女の子って大体、メンヘラっぽいところありますよ」
生まれて初めて見たというクリームソーダに溶けたアイスを掬いながら、美夕さんの口調はあくまで、感情を乗せずにスルリと口から滑り出てくる。
この軽さ、ほんと一体何なんだろうか。罪悪感とか、恥じらいとか、女の子として大切な何かをお母さんの子宮に忘れてきてはないですか? と問いただしたくなるけれど我慢我慢。なに、相手だってこの時間、相当の忍耐力を駆使して耐えているはず。
「で、アキラさんは、私にどうしてほしいんですか?」
チラリと、時計を気にしての発言だった。危ない危ない。1時間の約束だった。キッチンタイマーこそ置いていないものの、彼女はあくまでビジネスでお茶に付き合ってくれているのである。こちらもカルチャーショックに呆けている場合では無い。
本題に入ろう。
「実は、今度の蒼ちゃんとのデートの時に、付き合ってほしくてね」
「はぁ?」
それまで、女ボスの貫禄を湛えてドンと座していた美夕さんが、初めて動揺を見せた。
「そんなに、変なことかな?」
「あ、ごめんなさい。いえ、良いですよ。私は、デート代さえ貰えれば、それで」
いっそ「蒼ちゃんと友達になって欲しい」と言い出したいところだけれど、さすがにそれは相手も承諾できないだろう。面識の無い女の子同士、いくら援垢という共通項はあっても、まずは出会いの場を設けるだけで良しとせねば。
「ありがとう。じゃ、追ってまた日時は連絡するよ」
とりあえず、段取りはつけた。
これから女子会に行くという美夕さんを駅まで送りながら、「この子はどういう事情でお金が必要なのだろう」と考えてしまう。分かったところで、自分に出来ることなど、高が知れているのだけれど。
「じゃ、またね」
やけにアッサリと、そして思いのほかスムーズに、人生二度目の援助交際は、呆気なく終了した。
出会いから喫茶店、お見送りまで、喋りっぱなしの1時間。美夕さんが気を利かせてくれた事もあるのだろうけれど、これが普通の「デート援」というものなんだろうか。
だとしたら、蒼ちゃんって……。
メンヘラ、という単語が脳裏をよぎる。
実に面倒くさい物件を引き当ててしまった、と己のくじ運の悪さに泣けてくる。などと、落ち込んでいる暇は無い。翌日にはまた、別の女子高生との『デート』が予定に組み込まれているのだから!
ミャコさんもまた、美夕さんと同じ17歳の女子高生だ。
昨日の美夕さんが、純粋に蒼ちゃん対策の為だとしたら、今日のミャコさんは3割くらい自分の趣味が入っている。そのプロフィールに、オタク、モンハンの単語が練り込まれていたからだ。アラフォーオタリーマンとしては、同じ趣味を語れる現役女子高生と交流したい欲求くらい、固有スキルとして標準装備している。
で、残り7割は、ミャコさんが蒼ちゃんのツイートのファンだったからだ。友達になるなら最初から、興味を抱いている相手の方が成算があろうというもの。
そんな思惑で、「はじめまして、アキラと言います」と見知らぬ少女にDMを送り、待ち合わせの約束をし、お互いに見つけやすい方法を話し合って合流する。
一連の所作も、三度目となれば大分、慣れてきていた。
いや、慣れてどうする。
実際、驚くほど簡単に出会えてしまえている現状に、これが援助交際であるという感覚が、麻痺し始めていた。
どうせ皆やっているから、とか、他の酷い男みたいに手を出すわけじゃ無いから、とか言い訳をどれだけ積んだところで、自分のやっていることが反社会的行為であることは変わらない。蒼ちゃんとの最初の会合(デートとは呼べない)時、警察から声をかけられたら、どう言い訳しようかとドキドキしていた初心など遙か彼方へ置き去っている。けれどもこれは、どう言い繕っても、青少年の健全な教育に対する冒涜以外の何ものでも無い。
困っている女の子にお金を渡すことを「援助」なんて言うのは、誤魔化しだ。
本当に「支援」するつもりなら、出会わずに淡々と、銀行振り込みでもすれば良い。
それが出来ないのは、「出会い」という遊びに、魅入られてしまうからだろうか。
割り切り。大人の関係。節度ある交際。
そんな高度なゲームに興じられるほど、自分は深みのある人生を送ってきたとは思わない。反対に、そんなゲームに金銭を投じるなら、本でも読んでいた方がマシだ、と己の興味を優先させて生きてきた。
本来、ガラじゃ無いのだ。「国境なき医師団」や「赤十字」など、ちゃんと誰かを救ってくれる機関に、黙々と自動振り込みで募金をするのが関の山。「家族」という社会の最小単位を構成することが叶わぬのなら、せめて稼いだお金を恵まれぬ人々のために役立てて貰えばまだ、生きている理由になる。
アラフォー、オタク、ブラック企業の安月給に出来ることなど、精々がその程度。15歳の少女の人生を背負うなど、身の丈に合わない事は、願うが阿呆だ。
「なんだかんだで、楽しんでるのか、俺」
財布に厳しい遊びだ。
それまでの節制が嘘のように次々と、万札が懐から消えていく。
その仕組みを支えているのは、「日本という国は破綻しないだろう」という信用だけだ。世界中の人間が「信用」している限り、その紙切れは価値交換券としての効力を維持し続ける。その「信用」が高じれば、物質としての紙切れが電子データになったとしても、0と1の記号の羅列が、「日本銀行券」と同じ価値を持つものとして、電子の海で複雑な計算の果てに、膨張し続けるのだ。
世界中で流通している金銭やり取りの内、9割が電子データとすら言われる時代である。
「こんなアナログな方法でお金のやり取りするくらいなら、投資して数十万、振り込んだ方が喜ばれるのかもしれんけど」
しかし、先払いも後払いも、「信用」できぬのが援助の世界だ。出会って最初に手渡しだけがジャスティス。それは多分、世界共通の「信頼」構築の正解だろう。
さて、バカなことを考えていないで。
今日のデートは、食べログで評判の良いカフェに目星を付けていた。なんでもモテる男は、そうやって店を選ぶべきらしいのである。
「サイゼリアで、向かい合ってモンハンでも良さそなもんだけど」
それは仲良くなればこその選択肢である。それに本題は、自分ではなく蒼ちゃんだ。ミャコちゃんが、蒼ちゃんとつながるに足る女の子かどうか。そういう意味では今回は、採用面接に近いと言っても良いかもしれない。
「俺が警戒されたら意味ないけどね」
そこはそれ、40年に近い経験値から導き出されるは、「人畜無害」を体現したかの如き、無警戒に女性に扱われるヒエラルキーの低さだけがウリである。
「どうせ舐められるんなら、蟻の戸渡りでも舐めてもらいたいもんだけど」
女性グループにすんなり馴染んで溶け込んでしまうのは、特技なのか災難なのか。出会った瞬間、知り合い、友達という路線切り替えすら通り越し、「犬または奴隷」という駅に向かってレールを敷かれるのが常である。
ごめん、少し、泣く。
「すいません。迷っちゃいまして……あの、大丈夫、ですか?」
駅の改札出口で泣いている場合ではなかった。相手には今日のコーデ写真を送ってあるので、発見が容易なのだ。
「ミャコさん?」
「あ、お待たせしてすいませんでした。アキラさん、ですよね?」
えらく腰が低いけれど、女子高生にしては背の高い子が来たもんだ。ポチャで化粧濃いめとプロフィールにあったけれど、この上背と化粧とちょっとお洒落な着こなしが合わされば、20代のかわいいOLさんでも通用するんじゃなかろうか。それとも、俺の女子高生基準が幼すぎるだけ?
「どこがポッチャリやねん。全然可愛いやないの」
思わず本音が漏れてしまった。
「いやいやいや、脱いだらスゴイんですって」
いやいやいや、ミャコさんでポッチャリなら、世の中の女性の大半がポッチャリになるわ。というかネットのプロフィール、自称ポッチャリさんの方が普通に可愛くて、自称スリムさんが鏡餅っていう不文律でもあるんだろうか?
なんにせよ。
二人、週末の梅田の人混みに紛れていく。少し足早に移動するも、けなげに隣を維持しようとするミャコさんが愛おしい……蒼ちゃん、かたくなに並ぼうとしなかったからさ。なんだろう、デートに対するイメージの違いなんだろうか。
そして、うん、甘く見ていた。
食べログで評判な店くらい、予約を入れておきましょう。
「ごめん、ちょっと待っても良い?」
「あ、はい。わたし、こんなオシャレなお店、初めてです」
1時間しか予定していないデート援で、出鼻から順番待ちとは、時間の無駄使いだ。幸い、ミャコさんが仏すぎて何とか間が持っているけれど、これ、普通の男女の初デートなら、大失敗で今後の展望が崩壊するんじゃないだろうか? うむ、まだまだ修行が足りない。反省反省、と隣をチラ見。
そこで所在なげにスマホを弄っているのは、紛れもなく女子高生である。蒼ちゃんが「美少女!!」なら、ミャコさんは「癒やしの天使」といった雰囲気だ。実際、ここまでの対応の柔らかさに、若干惚れそうになっている。うん、初めてがミャコさんなら、あんな苦労は無かったんじゃなかろうか。いやいやいや、そもそも【処女、売ります】が無かったら、今がないからな。仮定の話はキリが無い。
この状況に至るまで、若干のDMのやり取りのみ。いまだお金は渡していない。それでも相手はスンナリと、言い方を変えればノコノコと男に付いてくる。もちろん、こちらの雰囲気で信用されているんだろうけれど、そりゃぁ、事件も事故も起きるだろうってなもんだ。
おそらくツイッターで、普通に相互フォローになって何度かメールのやり取りを交わしたとしても、こうして実際に会えるかどうかは稀だろう。相手が出会いを目的としていなかったら尚更だ。
世の中、それでも次々とオフ会に持ち込んではオフパコを果たす野獣が存在するから一概には言えないし、それは単にお前の要領が悪いだけだと言われればウグゥの音もでない。
が、1万円である。
日本政府が国内での通用を保証する価値交換券。
この国に住まう誰もが「信用」しているからこそ、こうして取引が成立する元凶。
逆に言えば、多少のリスクを冒してでも、こうして女子高生が直接取りに来なければならないほどの、糧。
一体、この1万円に、彼女たちはどれほどの価値を認めているんだろう。もちろん、未成年者のアルバイト事情を慮れば、それが月収の四分の一にも相当するだろう事は想像できる。時給1万円のアルバイトなら、誰でも飛びつくだろう事も、だ。
けれど片や、成人男性にしたら、その1万円はどれほどのものか。月収の20分の1? 30分の1? もちろんその為に費やす時間を考えれば割は合わないかも知れない。知れないが明らかに重みは違うだろう。2日分の居酒屋通いを我慢すれば捻出できる程度の額ならば、痛いには違いないが必死になるほどのモノでもない。
その不公平な価値観を餌に、大人達はどんなゲスな欲望を抱えて、未成年者と笑顔で接しているのか。
「闇だ」
「え? どうかしました?」
デート中に思案する事柄ではないとは言え、そう考えざるを得ない状況に、若干後悔が押し寄せてくる。もちろん、余裕があるからこそ援助が可能だ、という理屈はあろう。あろうがそこに下心が見え見えなら、すべての詭弁は気泡と化す。今の自分がそれに値しないとは、何を持って証明すれば良いのか。
バカみたいに、頼まれたら財布を開く、パパと化すか。
それこそ、本当のバカだ。カモだ。情報弱者の恋愛カースト最下層だ。
「あ、呼ばれましたよ」
おっといけねぇ。目の前のデートに集中集中。
駅地下のカフェは、照明も抑え気味で、さりとて開放感もあり、デートで来るならこういうお店、といった風情だ。決して一人では来ないでください。そんなカフェで、女子高生と向かい合わせで座る可能性が、まさかこの人生に微粒子レベルで存在していたとは。
「え゛、ガンダムSEED、知らない?」
「はい。わたしまだ、幼すぎて見たことなくて」
いきなりジェネレーションギャップの直撃を食らって死にそうになりました。
料理が運ばれてくるまでの間、オタクで腐女子だというミャコさんと、どんなアニメを見ているかで話題を振った最中の悲劇。
そうか、あれから15年。腐女子と言えどもキラ×アスラン(危険表現)を知らない世代が存在するのだ!
「じゃ、嵌まってるのは?」
「とうらぶ、ですかね」
返す刀で刀剣乱舞と来たよ、全然知らないよ。会話が盛り上がれないよ。
こ、これが年齢の差か。オタトークなら何とか繋げると甘く見ていた。見過ぎていた。17歳といったら、エヴァンゲリオンすらリアルタイムで見ていないのだ。おまけに腐女子の世界は新参者に厳しく、確定されたジャンルに飛び込もうものならば、先輩方から手ひどい扱いを受けて泣く泣く退散させられるのだという。結果、若い彼女らは未開拓の世界で、なるべく小さく萌えを育てるか、大きすぎる市場に紛れるしかないらしい。
エロければオーケー、という単純すぎる男の世界とは、ナニかが違う。けれどそこには、踏み込まない方が賢明なのだろう。
そんな訳で、話題チェンジ。
「大剣なんだ。意外」
「一通りやりましたけれど、ヤッパリ大剣ですかね。アキラさんは?」
「狩猟笛で画面端をウロチョロしながら、たまにハンマーで頭狙いに行ってます」
アラフォーと女子高生を、垣根無く飲み込んでしまうモンスターハンターというゲームの懐の深さよ。
「もうG3級? 早ぇな!」
「そんなことないですないです。学校で友達に手伝って貰ってやっとですし。最近はバイトも忙しくて、なかなかゲームできなくて」
協力プレイが前提で、世代差があっても関係なく会話が出来て、おまけに時間潰しにも最適! モンハン、アリじゃないでしょうか?
「バイト忙しいって、なんでそんなに稼がなあかんの?」
デート援で時給5千円稼ごうというのなら尚更だ。普通のアルバイトなんて割が悪いから、援助交際の世界に飛び込んでくるのじゃないのか? 少なくとも、美夕さんはそういう雰囲気だったけれど。
「4月だから、定期代と送迎バス代を払わなくちゃいけなくて。教科書代払っちゃったら、お金なくなっちゃって」
「ん? ちょっと待って。それ、ミャコさんが払ってるの?」
「はい。学費は親が出してくれてますけれど、他の費用はアルバイトして払えってなっちゃって、大変なんです」
……それは、大変、なんてレベルじゃないだろう。大学生でも、猛バイトして学費稼いで、という人種はいるが、あれはもっと割の良いバイトや深夜勤を入れられるからこその荒行だ。時給千円を超えない高校生が、日中は学校、深夜も働けず、でまとまった額の収入を確保しようと思ったら普通の方法じゃ……だから、援助交際なのか。
けれど、それは。
思わず腕組みしてしまった。それが本当なら家に怒鳴り込んでミャコさんの親に説教くらわしたい気分だ。そうなった事情もあるだろうけれど、無理なモノは無理だろうし、それで子供が性犯罪に巻き込まれたら元も子もないし、何より怖いのが、ミャコさんがそれを「当たり前」として受け入れてしまっている事だ。
どうにかしなきゃ、という責任感がたどり着いた結論が、援助交際。けど、それは本当に、未成年の彼女が身体を張ってまで「どうにかしなきゃ」ならない案件なのか?
目の前の女子高生の言を、すべて真実と受け止めてしまうのも、もちろん危ういのだろう。百戦錬磨の強者ならば、相手に合わせて、色んな泣かせるシナリオを用意しているのかも知れない。
けれど、うん、30分ちょっとしか話していないけれど、多分、ミャコさんは、そこまで、頭良くない。もちろん、お互いに「援助用」の仮面を被ってのやり取りだから、話2割で聞く姿勢は大事だけれど、少なくとも美夕さんから感じられたオーラは全く感じられない。良くも悪くも、等身大の、17歳だ。むしろ、こんな無防備な状態で知らない男に会いに来るのか、と不安になるほどで。
生きていくために、仕方なく、「買われた」少女が、現実にいる。
程度の差こそあれ、ミャコさんもまた、他の方法が思いつかなくて今、目の前でお茶しているわけだ。
「あ、そう言えば……」
「どうしたんです?」
聞きたいことが色々ある中で、当の本人達はどう受け止めているのだろうと思っていたのが、DY亜美の存在である。サイバーポリスの情報や、補導されたらどれだけ大変かなど、ミャコさんもまた、DY亜美のツイートをいくつか引用していたのを思い出した。
「やっぱり、最初は何も分からないから、色々と勉強になりましたよ。警察のこととか、知らなかったですし。男の人の欺し方も色々とあるから、気をつけなきゃって思ったり」
「でもあの人、デート援は合法だ、みたいな書き方してるじゃない。それはどうなの?」
「う~ん、そこはちょっと引っかかりますけど、けど、お金が必要なのは確かなので、目を瞑るしかないかなぁって」
「怖い目にも遭うでしょ?」
「こんなに笑ったデート、初めてですよ」
今まで、どんな相手と会ってきたんだ、おい。
「う~ん、それはまた、別料金ですかね?」
おっと、デート援嬢らしい事も言えるじゃないの。
じゃ、時間も迫ってきているし、本題といこうかね。
「実は、お願いがあってさ……」
蒼ちゃんの名前を出すと、ミャコさんはあからさまに身を乗り出してきた。
ツイッター上での絡みしかなかったが、彼女の投稿に親近感を覚え、「私たちの本音を代弁してくれている」とまで思っていたらしい。
「え? 蒼ちゃんと会ったんですか?」
「うん、一回だけだけど」
「その、可愛かった、ですか?」
醜形恐怖症だの、ブスだのを強調していたからだろう。怖々と、聞きたいけれど聞いちゃ駄目かな、という配慮が、女の子らしくて素晴らしい。
「マスクしていたから何とも言えないけれど、小さくて可愛かったよ」
こちらも、そこは自信を持って断言する。ミャコさんも緊張を解いて、軽く笑みをほころばせた。
「……そうなんですね。女子会やりたいね、って話はしているんですけど、みんな忙しくて、全然会えてなくて」
「うん、それでね」
「はい?」
「蒼ちゃんと一緒に、デートしてくれないかな、って思って」
「え? え? どういうことです?」
「うん、これは思いつきだから、蒼ちゃんにも聞いてみなきゃなんだけれど」
心の中ではもう、これしかない、と決めていて。
「みんなで、ひと狩り、行かない?」
デート援嬢たちとの、モンスターハンターリアル集会所プロジェクトを、ここに立ち上げる事とした。
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