第8話  蛇の思い出~ヘビイチゴ

 実家の周りにはいくらでもあったはずなのに、たまに帰ってもなかなか見かけなくなった植物が幾つもある。開発のせいばかりともいえないだろうとは思う。カラスノエンドウなんか道路際に大量に生えているのだ。環境が変わって適応できなくなったものが少なくなっているのだろう。

 その見かけなくなったものの一つにヘビイチゴがある。春には小さな黄色い花を咲かせ、その後は魅惑的な赤い実をつける。丸い実はイチゴとは形は似ていないが、表面の様子はイチゴに似ている。ランナーを伸ばして増える所もイチゴと同じで、そもそも、同じバラ科の植物である。これもやはり帰り道に随分と摘んで帰ったものだが、その後どうしていたのか、さっぱり思い出せない。誰かに毒があるとか言われて随分脅されたような記憶がかすかにあるが、これも今となっては夢だったのか現実だったのか定かではない。

 ヘビイチゴは食用にはならないと聞いていたので、口にすることはなかった。食べられる、と聞いていたものは口にしたことがある。例えば、元は桑畑であったろう場所にまだ桑の木が何本か生えていたので、それが小学校への通学路沿いにあったので摘んで食べた事がある。食べられると聞いたので、どんな味がするのか、興味の方が先行していたと思う。畑の生り物は取ってはいけない、栗畑の栗は拾ってはいけないというのは先生方から厳しく言われていたが、桑の実は農作物という認識が無かった。まあ、はっきり言って窃盗である。味はすっぱかったということしか覚えていない。幼稚園の庭にあったグミの木の実も食べた事があるような気がするのだが、こちらは記憶があやふやである。

 ヘビイチゴは食用には使わないが、民間療法に使うという事を知ったのは中学生頃の事である。ある日、母が駅で観光客の風体をしている中年女性の団体に偶然出くわしたのだが、その手には袋一杯に詰まったヘビイチゴがあり、「これが良い薬になるのを知らないでいるなんてもったいない」と話していたのだという。

 このエッセイを書き始めてから当時は解らなかったことをちょくちょく調べたりしている。ヘビイチゴも調べてみると、漢方薬の材料の一つで、鎮痛剤のような利用に使われるそうだ。例えば、焼酎漬けはかゆみ止めにとして使用するのだという。

 蛇と言えば、当時は学校の周りに時々マムシが出た。小3か小4の時だったと思う。体育館の辺りで遊んでいると、同級生の男子が「シマヘビを捕まえた」といって蛇を持ってきた。シマヘビを見たことは無かったが、シマヘビは毒を持たないという事は知っていた。何かを食べた直後らしく、腹が大きく膨れた小さな蛇を触ったりしていたのだが、そこを通りがかった大人が「マムシだ!」と叫んだので、慌てて逃げた。今になって調べてみると、シマヘビとマムシでは見た目が全然違う。その蛇には縞が無かったのだ。その後、高校生の時にもマムシに出会う機会があったのだが、あの時の蛇と同じだったので、やはりあれはマムシだったのだろう。食後だったのでおとなしかっただけなのだ。同じクラスの男子が下校中に通学路のど真ん中にいたマムシに飛び掛かられて噛まれ、入院したこともあった。藪などに入り込んだ訳ではない。また、その頃に川岸に作られた市営プールの柵には「危ないので柵に近づかないように」という注意書きが張られていたが、その理由は工事中に50匹もマムシが捕れたから、という事だった。借家に住んでいた頃には、風呂桶の下にアオダイショウが住み着いてしまったこともある。小6の時、塾で知り合った隣駅の辺りに住んでいる子は「庭にヤマカガシが住んでいる」と言っていた。東京都ではあるけれど、40年前の西多摩には蛇が日常的にその辺に居たのだ。夜に口笛を吹くと蛇が来るという言い伝えは、成人してから知った。蛇なんてその辺に居たから特に珍しくも怖くもなく、戒めに利用しようにも恐怖心を煽りきれない存在だったのだろう。ちなみに母は「夜に口笛を吹くと、合図に使っているから過激派がやってくる」と言っていた。当時の世相を見事に反映しているが、母の創作であることは明らかである。

 今は蛇が出たとか、マムシに噛まれたとかいう話は聞かない。蛇もヘビイチゴも山奥に引っ込んでしまったのだろう。なお、蛇はヘビイチゴは食べない。









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