5 知り合い

 明けて翌日、最初のシフト――符丁ではターン――で生欠伸ばかりしているおれに、ほぼ同期に入社し、歳も近い大滝啓治が呆れ返る。

「藤木、おまえさあ、好きだよなぁ」

 おれが欠伸を繰り返す度に繰り返す。

「偶に重なることがあるんだよ。大滝だって経験なくネ」

「おれだったら理由つけて休むな」

「そんなのバレバレじゃネ」

「いいんだよ。そんでその後、またしっぽりする」

「だったら、そっちの方がずっと好きじゃネ」

「何日も続けて違う女とヤル方がどう考えても好きモンだろ」

「場合によっては、そうとも限らねんじゃネ」

「おまえさあ、疲れていても精力が有り余ってますって顔してるよ」

「自分じゃそんなことわからネ」

「おい、気色悪いな。その喋り方止めろ」

「今朝なあ」

「何だ」

「電車の中にいまどき珍しいガングロ系がいてさ。罹(うつ)った」

「ふうん。で、可愛かったのか、顔は」

「あんな塗りたくり化粧でわかるわけないじゃん。でも」

「でも」

「笑った歯は白くて可愛かったな」


 途中で食事をし、午後二時過ぎに一旦支店に戻る。事務所では新規採用の面接をしている。今月末で退社予定の総務庶務兼務の所謂、便利屋の水川明恵さんの代わり。パートの面接だ。水川さんは旦那の転勤でここを辞める。が、既に転勤先でも同様のパートタイム・ジョブを見つけた遣り手。

「だってさ、生活費が足りないんだもの。しょうがないじゃない」

 と言いつつ、

「で、浮いた分は自分へのご褒美よ」

 大きくはないが趣味の良い指輪や、珍しくははないがブランド物の小物をおれたちに見せる。

「だけど二人目の子供は無理だね」

 そう呟く水川さん抑揚のない口調から本人――か、あるいは旦那さん――が二人目の子供を欲しがっているのかどうかわからない。おれは随分前に香織さんにした質問を思い出す。

『ねぇ、かえでさんは、これまで子供が欲しいと思ったことないの』

 あのとき香織さんから返ってきた答は、

『あるわよお。三十過ぎてすぐの頃、自分に才能がないと悟ったときに。『あーもう、あたし、結婚して子供産んで普通の女になっちゃおうかしら』って』

『普通の女って』

『わたし、これでもW大の国文科出てんだからね』

 少しだけ表情を曇らせ、

『でもまあ、卒業しちゃったからさ。中退か放校だったら道が違ったかもね』

 と呟く。

 意識を戻すと事務所の奥でこちらに背中を向け採用面接を受けていた若い女の面接が終わったらしい。面接官の湯島営業所長に一礼し、出入口のある、こちらの方に顔を向ける。その顔を見、おれが、あっ、と驚く。おれが会いたくない女の一人だったからだ。

「あーっ」

「あーっ」

 互いに認識し、口をあんぐりと似たように開ける。

「あははは。裕太だ、裕太だ。藤木裕太がここにいる」

 仲谷睦美が思わず叫び、ついでその場の空気を読み、慌てて両手で口を押える。

「知り合いか」

 すかさず、おれの隣にいた大滝が問う。

「まあな。大学のときの」

 おれが答える。

 仲谷睦美はおれと同じ大学の違う学科出身で当事のおれの恋人の友人。

「お久し。でも仲谷さん、就職してたよね」

 すでに知り合いなのが周りにバレているので無視するのもヘンだと思い、おれが訊く。

「それがさ、先々月潰れちゃったんだよね。急に」

 それからおれに目配せすると事務室にいた全員に向かい、

「皆様、大変お騒がせいたしました。機会があれば、またこちらに伺います」

 元気溌剌に告げ、意気揚々とその場を去る。

「ふうん。結構可愛いな。化粧のせいじゃないだろう」

 睦美が姿を消すなり大滝が小声でおれに問う。

「ああ、スッピンでも十分いけるよ」

 問われたまま、うっかりおれがそう答える。

「じゃ、見たことあんだな、すっぴん」

「土砂降りの日にね」

 咄嗟に浮かんだ返答をしたが嘘ではない。次の瞬間、

「痛ッ」

 おれの近くにいた祥子が定規で思い切り脛を叩く。慌てて祥子に顔を向けると別に怒っているのではないらしい。が、微笑んではいるものの、その目の中に、『後で説明してよ』という文字が浮かんでいる。

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