3 かえで

「おはよう。久しぶりね、って、週二日じゃ当然か」

 プラスチック加工工場に出勤すると眼が合った香織さんが、おれに声をかける。

「おはようございます。今日は仕事ありますか」

 いつものように、おれが返答する。

 実際、出勤日に出勤しても半日分くらいの受注しかないときがあるからだ。それ以下の受注しかない場合、前もって自宅待機の連絡を受ける。

「営業の久間田くんが頑張って走りまわってるけど、インターネット注文の方が多いのは可哀想だよね。ねぇ、祐太くん、そう思わない」

「不況なのもご時世。ネットで注文が入るのもご時世。時代には逆らえないでしょう。だったら流されたり、棹差したり、溺れたりしないで上手くその流れに乗らないと損ですよ」

「あらあら、ご大層な発言だこと。新しい勤め先で覚えてきたの」

「あっちだって同じ肉体労働ですよ。質は違いますけど。まあ、客と面と向かうから言葉遣いなんかの研修はしっかり受けさせられましたけどね」

「ふうん。でも、裕太くんなら大丈夫よね」

「それがダメでした。まず『おれ』がNGワード。次に態度が偉そうなのも卑屈に見えるのもNG。さて、どうしたものかと困り果てましたよ」

「へーっ、そうなんだ」

「まぁ、結果的に先輩たちの受け答えを聞いて憶えましたけどね」

「やっぱり現場主義になるのね。面白いわ」

 そこで話題を変え、

「ところで香織さん、今日の仕事は」

 質問する。

「B3、C6、E1の型でそれぞれ製品を二百個づつ。商品ディスプレイ用」

「じゃ、飾りつけもするんですか」

「そう。でも今日、それは無理ね。だから、あなたの仕事にはならないわ」

「スッキリしませんね」

「分業もアウトソーシングもご時世でしょ。着替えてお茶飲んだら頼むわよ」

「はい。任せておいてください」

 プラスチック加工には幾つかの種類がある。

 スライス加工や旋盤加工などの機械加工。接着や溶着および加熱や単純な曲げで行う板加工。それに金型の中に加熱して柔らかくなった樹脂ペレットを流し込んで行う金型加工などだ。工業製品の試作加工及び、その後の量産品の受注が、これまでの主な工場の仕事。最近では以前に造った幾つものオリジナル金型で抜いた製品を組み合わせ、ドレスや時計や大きいものでは自動車商品展示の企画・搬送・飾り付けという仕事も請け負う。一つや二つでは単純で面白みのない丸や四角や星型立体も数百個から千個組み合わせればカラフルで見映えの良いディスプレイ装飾品に変わる。仮に、それら立体を単に立体そのものとして販売しようとしても価格の点で中国や東南アジアに負ける。けれども納期一週間以内で商品展示まで請け負えば、彼らの参入は不可能だ。もっとも価格の点では加工品でも事情は同じ。そちらは導入した加工装置と職人の腕でカバーする。例えば中国には怖ろしい技術を持った名人が幾らでもいるが、そういった人たちは生半可な金では動かない。また日本人に比べ、一般労働者の勤労意欲が著しく低い。

 工場独特の機械油と樹脂や可塑剤の焦げる寸前の臭いの中に佇んでいると引越し課業の汗臭い現場とはまた違う勤労意欲が湧き出てくる。

「香織さん。じゃ、始めますよ」

 事務所から更に臭いのキツい工場内に入り、おれが香織さんに一声かけ、機器の調整に取りかかる。

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